強制わいせつ罪の主観的要素|最高裁平成29年11月29日大法廷判決

刑事|強制わいせつの構成要件について|主観的要件に関する判例変更(最高裁平成29年11月29日大法廷判決)

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

都内在住の21歳男性・大学生です。昨日早朝、突然警察官が自宅にやって来て、両親も見ている前で逮捕状を示され、逮捕されました。3か月程前、友人たちと飲んで悪ノリしている中で、罰ゲームとして、塾帰りの小学生高学年と思われる女の子に後ろから抱きつき、両手で胸を揉むという行為をしてしまったことがあり、その件で被害届が出されていたようで、被疑罪名は強制わいせつ罪とされていました。

ところで、以前、わいせつな行為があっても、わいせつな意図がなければ強制わいせつ罪は成立しない、という話を聞いたことがあります。私としては、罰ゲームに従っただけで、小学生に対する性的嗜好もありませんので、本件行為に性的意図はなかったとして無罪を主張したいと考えています。不起訴になりますでしょうか。

回答

1 強制わいせつ罪(刑法176条)は、かつて行為者の心情や内心の在り方を構成要件要素とするいわゆる傾向犯の一種と解され、同罪が成立するためには刑法の条文上明記されていない主観的構成要件要素として、わいせつな主観的傾向(行為者の性欲を刺激、興奮、満足させる性的意図)が必要であると解されてきました(最高裁昭和45年1月29日判決)。

2 しかし、近年、性犯罪に対する社会の受け止め方の変化を背景に、強制わいせつの主観的要件について、わいせつの主観的傾向を一律の要件と捉えるべきではないとして、従来の判例解釈に変更を加える最高裁の判決が出されました(最高裁平成29年11月29日大法廷判決)。本判決は、問題となっている行為そのものが持つ性的性質が不明確な場合に、それが「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うにあたって、行為者の性的意図を含めた具体的事情を考慮する場合があることを否定はしないものの、行為そのものが持つ性的性質が明確な場合、性的意図の有無等その余の事情を考慮するまでもなく「わいせつな行為」に当たる、との判断枠組みを示しています。

3 本最高裁判決を前提とすると、小学生高学年の女子に後ろから抱きつき、両手で胸を揉むという、社会通念上行為そのものが持つ性的性質が明らかであると考えられる本件においては、たとえ性的意図がなかったとしても、直ちに「わいせつな行為」にあたると判断される可能性が極めて高く、強制わいせつ罪の成立自体を争うことは極めて困難であると考えられます。したがって、現在の最高裁の解釈を前提とすると、本件で性的意図の不存在を主張したところで、刑事処分の軽減に資することはないでしょう。

4 強制わいせつ罪は、その罪質の重さから、初犯であっても公判請求されるのが通例であり、実際上起訴を回避するためには、被疑者段階の身柄拘束期間中に被害者(実際には親権者である両親)と示談をするしかありません。 同種事案の経験が豊富な弁護士を弁護人に選任し、速やかに活動開始してもらうことをお勧めいたします。

5 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 強制わいせつ罪の構成要件

はじめに、本件であなたの被疑罪名とされている強制わいせつ罪の構成要件について確認しておきたいと思います。同罪は、刑法176条によって次のように規定されています。

刑法176条
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

(1)わいせつな行為

強制わいせつ罪は、行為の客体が13歳以上か13歳未満かによって異なる構成要件を設けており、前者(被害者が13歳以上)の場合、わいせつ行為が暴行または脅迫を手段としている必要がある一方、後者の場合(被害者が13歳未満)、わいせつな行為が行われるだけで足り、仮に被害者の承諾があったような場合であってもわいせつ行為がなされたことをもって同罪が成立することになります。

本件の場合、被害者は小学生高学年であるとのことで、13歳未満ですので、強制わいせつ罪の成否を検討するにあたって、暴行、脅迫の有無は問題となりません。

強制わいせつ罪における「わいせつな行為」とは、性欲を刺激、興奮または満足させ、かつ、普通人の制性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する行為をいうものを指す、とするのが判例上確立した解釈となっており、女性の胸を揉む行為が「わいせつな行為」にあたることは実務上争いがありません。仮に乳房が未発達な女児に対する行為の場合であっても、社会通念上性的感情の侵害があることが明らかである以上、かかる結論に変わりはありません。

(2)故意

強制わいせつ罪は故意犯ですので、犯罪成立の主観的要件として故意、すなわち、わいせつ行為という犯罪事実に対する認識、認容があったことが必要とされます(刑法38条1項本文)。

本件では、自身が被害女児に対してその胸を揉む行為を行っていることの認識、認容があったことは明らかと考えられますので、故意の存在についても争う余地は皆無と思われます。

(3)性的意図

上記に加え、従来の実務は強制わいせつ罪を傾向犯(行為者の心情や内心の在り方を構成要件要素とする犯罪類型)の一種であると解し、わいせつ行為の故意とは別の主観的構成要件要素として、わいせつな主観的傾向(行為者の性欲を刺激、興奮、満足させる性的意図)が必要であると解されていました。

最高裁昭和45年1月29日判決は、女性に対して、報復目的で、脅迫した上で裸にして写真撮影をした行為について強制わいせつ罪の成否が問題となった事案について「刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であつても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しないものというべきである。」として、強制わいせつ罪の成立を否定しています。

本判例を前提とすれば、事実、わいせつな性的意図がなかったとすれば、客観的事実としてわいせつな行為があったとしても、(暴行罪や迷惑防止条例違反等他の犯罪が成立する余地があることはともかくとして)少なくとも強制わいせつ罪には問えないということになります。

2 最高裁平成29年11月29日判決

しかし、近年重要な最高裁の判決が出され、強制わいせつの主観的要件について上記昭和45年判決が示した解釈に変更を加える判例変更がなされましたので、ご紹介いたします。

本判決の事案は、被告人が知人男性から金を借りる条件として、児童ポルノ送信を要求され、それに従い、当時7歳の被害者女児に対し、自己の陰茎を口にくわえさせるなどしたうえで、その状況をスマートフォンで撮影して送信した、というものです。かかる被告人の行為が児童ポルノ製造罪(児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反)等の別罪に当たることは明らかではありますが、さらに強制わいせつ罪まで成立するのかという点につき、最高裁平成29年11月29日大法廷判決は次のように指摘して、裁判官15人の全員一致の意見により、これを肯定しました。

最高裁平成29年11月29日大法廷判決(抜粋)

今日では、強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべきであって、行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は、その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず、もはや維持し難い。

刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には、強姦罪に連なる行為のように、行為そのものが持つ性的性質が明確で、当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため、直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方、行為そのものが持つ性的性質が不明確で、当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。

刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、その行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって、そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし、そのような場合があるとしても、故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく、昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。

最高裁によれば、これまで一律に強制わいせつの成立要件と解されていた性的意図は、今日では同罪の構成要件として捉えるべきではなく、社会通念上当該行為がわいせつな行為に当たるかどうかを具体的事情から判断するにあたっての一要素として位置付けられることになります。

したがって、性的意図がなかったからといって必ずしも強制わいせつ罪の成立が否定されるわけではなく、むしろ、行為そのものが持つ性的性質が明確な場合であれば、性的意図の有無を含めたその他の具体的事情にかかわらず、当然に性的な意味があるとして、直ちにわいせつな行為と評価できる、としています。実際、最高裁も上記事案における被告人の行為につき、「当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから、その他の事情を考慮するまでもなく、性的な意味の強い行為として、客観的にわいせつな行為であることが明らか」であるとして、性的意図の有無につき何ら触れることなく、強制わいせつ罪の成立を認めています。

かかる判例変更の背景には、性犯罪に対する社会の受け止め方の変化が挙げられます。強制わいせつ罪に限らず、性犯罪にかかる処罰規定の適切な解釈は、性犯罪に対する社会の捉え方を踏まえた上でなければなし得ないところ、昭和45年判決当時から約半世紀ほど経った昨今における性犯罪被害の社会問題化や性犯罪厳罰化の流れを踏まえると、行為者の内心的傾向が行為の違法性を根拠づけるという捉え方や、犯罪の成立範囲の明確化といった観点よりも、被害の実態や被害者の心情といった、現に被害を受けた被害者の見地を重視して解釈すべきである、との考えに基づいた判例変更と捉えることが可能でしょう。わいせつ行為に対する社会全体の規範意識の高まりを法解釈に反映させたものと言えます。

現に性的被害を受けている被害者からすれば、行為者が性的意図を有していたか否かによって被害の大きさが左右されるものではなく、最高裁による本判例変更は、性的自由という強制わいせつ罪の保護法益を重視した妥当な解釈を示したものといえるでしょう。

3 本件における対応

以上を踏まえて本件を見ると、小学校高学年の被害女児に後ろから抱きつき、両手で胸を揉むという行為は、社会通念上、行為そのものが持つ性的性質が明らかであると考えられ、性的意図の有無やその他の具体的状況等を考慮するまでもなく、直ちに「わいせつな行為」と評価されてしまう行為類型であると考えられます。したがって、この点の認識、認容(故意)が明らかであることも併せれば、あなたが被害女児に対して行った行為について強制わいせつ罪が成立していることは争う余地がなく、同罪が成立していることを前提に今後の対応を考えていかなければならないように思われます。

強制わいせつ罪で逮捕された場合の対応については、他稿で繰り返し述べているところではありますが、基本的には、被疑者段階における逮捕、勾留期間内(最大で23日間)に被害者(実際には親権者である両親)との間で、弁護人を通して示談合意を成立させることができるか否かが、刑事処分の決定(起訴を回避できるか否か)にあたって非常に重要となってきます。

もちろん、勾留を回避できるだけの事情があれば、罪証隠滅のおそれ、逃亡のおそれ、勾留の必要性等(刑事訴訟法207条1項、60条1項各号、87条1項)、勾留の要件の不存在を具体的に示して身柄開放に力を入れる必要がありますが、強制わいせつ罪の場合、その罪質や処分相場の重さ(初犯であっても公判請求されるのが通例であり、有罪の場合、懲役刑に処されることになります。)に照らし、勾留の要件を満たしていないと判断してもらえるハードルは非常に高いため、勾留判断との関係で有利に働き得る特段の事情がないような場合、はじめから示談交渉に注力し、示談成立による早期釈放を目指すというのも1つの現実的な対応方針といえるでしょう。

なお、強制わいせつ罪は、平成29年7月13日の改正刑法施行によって非親告罪(被害者の告訴が起訴の要件とされていない犯罪)とされていますが、示談が成立し、その結果、被害者による宥恕や加害者の訴追を求めない旨の意思が明らかな場合、かかる被害者意思を尊重し、起訴を控えるというのが検察実務の運用となっているため、あなたの場合も、被害者との示談によって起訴を回避できる余地は十分あるものと思われます。

同種事案の経験が豊富な弁護士を弁護人に選任し、速やかに活動開始してもらうことをお勧めいたします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文
刑法

(故意)
第三十八条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

(強制わいせつ)
第百七十六条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

刑事訴訟法

第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

第八十七条 勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。

第二百七条 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。