老人介護施設における施設側の業務と事故発生との相当因果関係

民事|安全配慮義務違反|債務不履行|不法行為|工作物責任|老人介護施設での事故|施設側の管理責任|福島地裁白河支部平成15年6月3日判決

質問

回答

1.治療費や慰謝料の損害賠償請求が認められる場合が多いでしょう。損害賠償請求の根拠となるのは,施設側が負っている①介護老人保健施設利用契約に基づく債務不履行責任と②民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」を理由とする不法行為責任です。

2.債務不履行責任については,第1に施設側に,介護老人保健施設利用契約に基づき,介護ケアサービスの内容としてポータブルトイレの清掃を定期的に行うべき義務があると言えるか,第2にそのような義務があるとして,本件事故は老人の自らの行為により事故が発生していることから施設側の債務を履行しなかった義務違反と事故との因果関係が認められるか,という2つの点が問題となります。②民法717条の不法行為責任については,汚物処理場付近の建物の構造等が民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当するか,という点が問題となります。いずれの問題についても,具体的に検討される必要がありますが肯定される場合が多いと考えられ得ます。

3.当事務所事例集1884番1204番1154番参照。

5.その他関連事例集参照。

解説

1 (問題の所在)

本件においては,ご相談のように,①本件事故の原因は,施設職員がポータブルトイレの清掃をしてくれなかったため,老人が自分で排泄物を捨てに行こうとして起こったもので,施設にはポータブルトイレを定期的に清掃する義務があるにもかかわらずこれを怠ったために起こったものですから,施設側の債務を履行していないという義務違反が認められます。次に義務違反と発生した損害との間に因果関係があるか,が問題となります。というのは,トイレの清掃を怠ったことにより本件の損害である傷害の結果が直接生じたわけではなく,被害者本人が排泄物を捨てに行った,という行為が介在するため,捨てに行かなければ被害は生じていないのであるから施設側の義務違反と損害の発生については因果関係がないとも考えられるからです。

また,②不法行為責任については,民法717条の要件である「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当するか否かの判断において,入居者が要介護老人であるということをどの程度考慮すべきか,すなわち施設の入所者は身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設であるという特質上,入所者の移動等に際して身体上の危険が生じないような建物構造・設備構造等が求められ,本件処理場の出入り口には仕切りが存在し,下肢の機能が低下している要介護老人の出入りに際して転倒等の危険を生じさせる形状の設備であり,民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当するといえるか(土地工作物責任の成否)という問題となります。

2 (判例の検討)

本件と同様の事例において,地方裁判所において(福島地裁白河支部判決平成15年6月3日),①債務不履行責任及び②土地工作物責任(民法717条)をいずれも認め,施設側に537万2543円の損害賠償を命じた判例があります。

① 債務不履行責任について

被告(施設を経営する社会福祉法人)には,介護老人保健施設利用契約に基づき,介護ケアサービスの内容としてポータブルトイレの清掃を定期的に行うべき義務があり,本件事故当日これがなされなかったこと,そのため原告(入所者)がこれを自ら捨てようとし,本件処理場に行った結果,本件事故が発生したことが認められる。原告が主張するとおり,居室内に置かれたポータブルトイレの中身が廃棄・清掃されないままであれば,不自由な身体であれ,老人がこれをトイレまで運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから,ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められる。

② 民法717条の責任について

本件施設は,身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設である特質上,入所者の移動ないし施設利用等に際して,身体上の危険が生じないよう建物構造・設備構造が特に求められているというべきである。にもかかわらず,現に入所者が出入りすることがある本件処理場の出入り口に本件仕切りが存在し,その構造は,下肢の機能の低下している要介護老人の出入りに際して転倒の危険を生じさせる形状の設備であるといわなければならない。これは民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当する。

3 (判例の検討)

平成12年4月の介護保険法の施行に伴い,要介護者がサービスを受ける際に転倒するなどの事故発生が見られますが,このような場合には,介護サービス業者の法的責任が問題となりえるため,上記の判例は重要な意義を有しているといえます。

上記の事件で,施設側は,要介護状態の入所者にはポータブルトイレの汚物処理は介護職員に任せ,自ら行わないように指導していたと主張し,清掃がされていなかったとしてもナースコールで依頼して処理してもらうことができたはずで,自分で処理する必要はなかったとして,仮に施設側の清掃がされていなかったという点に介護サービス上の義務違反があったとしても事故との因果関係はないと主張し,また,出入り口の仕切りについては,施設については,要介護者が出入りすることは予定されていない場所であった,と主張していました。

しかし上記の判決では,「居室内に置かれたポータブルトイレの中身が廃棄・清掃されないままであれば,不自由な身体であっても,老人がこれをトイレまで運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから,ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められる」として,生活の場所である施設において,からだの不自由な老人であっても少しでも快適に生活しようと考えて行動する人間としての行動習性を当然のものとして評価する姿勢で因果関係についての判断をしており,このような考えは,他の同種の事件にも適用の余地があると考えられます。妥当な判断でしょう。相当因果関係の損害とは,契約関係による債務不履行による損害の範囲を定めた民法416条により明らかにされています。

すなわち,通常生ずべき損害及び,特別事情により生じた損害は行為当事者が特別事情を予見したか,予見可能な場合にのみ認められることになります。民法の大前提たる私的自治の原則は,個人の行動の自由,契約の自由を基本内容にして故意,過失行為があった場合にのみ責任を負わせるという建前をとり公正,公平な秩序の実現による社会全体の発展を目指していますから,責任の範囲も社会的に相当な範囲という制限が求められることになります。因果関係の範囲を関連ある一切の損害(条件説といわれています)とすると,損害の範囲は無限に広がる危険もあり,過失責任の原則が拡大し,私的自治の原則の前提となる個人の自由な行為を結果的に制限することになり,妥当性を欠くことになります。例えば,治療ミスで入院した患者が病院の火災で死亡した場合の治療ミスと死亡の因果関係は,火災という特別事情が予見できませんから,因果関係の範囲外として責任を負わないわけです。通常の損害かどうかは損害の公平な負担という見地から,責任を負わせることが社会的に相当な範囲かどうか事件に応じて個別具体的に検討していくことになります。

また,「土地工作物の設置又は保存上の瑕疵」における瑕疵とは,当該工作物が通常有すべき安全性に関する性状又は設備を欠くことを指し,かかる瑕疵が工作物の築造当時より存在する場合が設置の瑕疵であり,その後,維持・管理されている間に生じた場合が保存の瑕疵となります。この瑕疵の存否を判断するに当たっては,危険責任,報償責任の趣旨である損害の公平な分担と言う見地から,その工作物の性質(特にそれ自体が有する危険性の程度),それが設置された場所の具体的状況,その利用状況等を総合考慮して,当該工作物が通常有すべき安全性を具備しているか否かを具体的に判断すべきであると解釈されています。本判例における施設の形状についても,「身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設であるから,その特質上,入所者の移動ないし施設利用等に際して,身体上の危険が生じないような建物構造・設備構造が特に求められている」との一般的な判断を示したうえで,本件は,民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当すると判断しました。

介護施設の設置・管理の一つの判断基準として,施設側には厳しい基準を示していますが,ほかの事案においても参考となるといえます。

本件は,介護老人保健施設内での事故であり,施設側に安全配慮義務違反の可能性もあります。安全配慮義務とは業務上相手方の生命身体に危害が及ぼす可能性がある一定の法律関係にある者は,相手方の生命身体の安全を配慮し保障すべき信義則上の義務を言いますが,施設と入居者との契約は,入居者の生命,身体の安全を保護すべき義務が認められと思われます。したがって,施設内の本件事故は施設側の管理上の不注意ととらえることも考えられます。

4 結論

あなたのお母さんの事故の場合も,上記の判例に照らすと,施設側の責任が認められる可能性が高いといえます。とはいえ,訴訟となると難しい裁判になるでしょうから,知り合いの弁護士に相談することをお勧めします。

《参照条文》

民法

(債務不履行による損害賠償)

第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。

(損害賠償の範囲)

第四百十六条  債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

2 特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。

(損害賠償の方法)

第四百十七条  損害賠償は,別段の意思表示がないときは,金銭をもってその額を定める。

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)

第七百十七条  土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。

2 前項の規定は,竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。

3 前二項の場合において,損害の原因について他にその責任を負う者があるときは,占有者又は所有者は,その者に対して求償権を行使することができる。

参考条文

民法

(債務不履行による損害賠償)

第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。

(損害賠償の範囲)

第四百十六条  債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

2 特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。

(損害賠償の方法)

第四百十七条  損害賠償は,別段の意思表示がないときは,金銭をもってその額を定める。

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)

第七百十七条  土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。

2 前項の規定は,竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。

3 前二項の場合において,損害の原因について他にその責任を負う者があるときは,占有者又は所有者は,その者に対して求償権を行使することができる。

判例