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No.1083、2011/2/17 15:35 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・特約として規定されている建物賃貸借契約の更新料の支払い義務・判断基準】

質問:私は,都内の某メーカーに勤務しており,都内のアパートに生活している者ですが,もうすぐアパートの賃貸借契約更新の時期が近づいています。契約書を見ると,賃料が月8万円の2年間契約,更新する場合には更新料が10万円かかる,という記載になっています。契約を締結する際には更新料が10万円かかるという説明は受けていましたが,更新時期が近づき,やはり10万円もの更新料を支払うのは大きな出費です。契約書に記載してある以上,私は更新料を大家さんに支払わないといけないのでしょうか。

回答:
1.現在の裁判例上,更新料特約を一律に有効もしくは無効と判断したものはなく,具体的事案によって更新料特約の有効性判断は異なってきます。ただし,平成21年以降,高裁レベルでは,具体的事案の下,消費者契約法第10条を根拠として更新料特約を無効と判断するケースが増えてきている状況です。

2.(有効無効の判断基準)
 理論的には,更新料の性質(対価性の内容),契約の経緯,当事者の情報力(不動産会社か個人か),対象物件の内容,地域の慣習,賃料,礼金,保証金(敷金引き金),更新料の実質相場(関西,大阪では賃料の他に名目的に別個の礼金,保証金,いわゆる敷金の敷き引き金,更新手数料などが高い場合が多いようです。現に無効判決は大阪周辺に多いと思われます。)等を総合的に考慮して決定されますが,一般的に言えば特別の事情(例えば礼金等名目の如何にかかわらず通常相場より実質賃料が高額である。)がなければ,賃借権の物権化(事実上更新拒絶ができない),物価の上昇もあり年間更新料が月額賃料程度(2年契約であれば2カ月分,月額賃料の約8.3%実質増加程度)までであれば有効となることが多いと思います。月額賃料(賃料の実質増加が8.3%を超える程度のもの)を超えるものであれば,更新料の内容,性格等を詳細に検討することになり無効となる可能性が生じるでしょう。一般的に年間更新料が通常月額賃料の1カ月(実質月額賃料8.3%増加)程度である限り更新料は有効とされる確率は高いと思われます。

 判例においても,有効とされた事例は,年間更新料は月額賃料額以内の事例が多いようです。例えば,
 @大阪高判平21.10.29は,年間更新料は1か月の賃料相当分,月額賃料8.3%の増加です。3回目はそれ以下となっています。
 A大津地方裁判所平成21年3月27日判決,更新料返還等請求事件,年間更新料は月額賃料1カ月。更新料の性質を,主として賃料の一部前払いとしての性質,付随的に更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価と解することが許されないとはいえないとして,消費者契約法10条後段,民法90条違反を否定しています。
 但し,B京都地方裁判所平成22年10月29日判決,更新料返還請求事件,は年間更新料が月額賃料の約2倍であっても有効としています。他に敷金の敷き引きが賃料の約5カ月分相当の支払い。更新料は,賃料の一部,途中解約の場合は違約金となると判断しています。
 
 他方,無効とされた判例は,年間更新料,手数料を加えると,年間更新料が月額賃料以上になっているようです。例えば,
 @大阪高判平21.8.27は,年間更新料は2.2カ月の賃料相当分,実質賃料18%の増加。しかし,第一審京都地裁20年1月30日判決は更新料の3つの性格を認め逆に有効との判断をしています。
 A大阪高等裁判所平成22年2月24日判決は,年間更新料は2カ月の賃料相当分であり,実質賃料約16.6%増加となる。賃料38000円,第一審京都地裁平成21年9月25日判決。賃借人熊本出身の大学生。賃貸人は不動産業者で目的物を競売により取得。)
 B大阪高裁平成22年5月27日判決は,年間更新料は,月額賃料の1カ月であるが,保証料控除額が3カ月分と高額であり,更新手数料を加えると年間更新料が月額賃料の約1.3カ月分 実質月額賃料は10.8%の増加です。
 C京都地裁平成21年9月25日判決,これはAとは別個の事件です。賃借人は法科大学院の学生。年間更新料は1か月の賃料53000円相当分であるが,他に更新手数料15000円があり月額賃料の1.14倍です。保証金,敷金引き15万円があります。
 後述の解説から判例の見解をまとめると,更新料の有効無効の判断は理論的に検討するとどちらにでも考えることが可能と思われる点が多々ありますので(賃料の補充,賃借権強化,更新拒絶の対価かどうか),実際的には賃料に対する年間更新料の額(年間更新料月額賃料の1カ月がポイントです。)が重要な要素になっていると判断することができるでしょう。年間更新料が月額賃料1カ月でも,更新手数料,礼金,保証金(敷金)の敷き引き金(関西に多い)の額を考慮して決定されることもあります。
 従って,本件では,賃料(8万円)の約0.62倍となる年間更新料(2年契約で更新料10万円,1年間の更新料5万円,)の定め(月額賃料として5.2%増加)を無効とすることは難しいと予想されます。

3.まずは弁護士に相談して具体的事案を聞いてもらい,見通しを立てことが有益だと考えられます。
4.法律相談事例集キーワード検索:678番570番420番も参照してください。

解説:
1.(1)はじめに,更新料の趣旨 
 まず,どうして建物賃貸借契約で決められた更新料の有効無効が問題になるのでしょうか。契約自由の原則からいえば当事者が合意した以上有効と考えることができます。しかし,契約自由の原則は,公正な社会秩序維持を理想とする私的自治の原則の基本をなすものであり,当事者が対等であることが前提となります(民法1条)。私有財産制の下では一般的に建物所有者である賃貸人は,財力的,情報力で勝っており,他方,賃借権は社会生活に密着した生活権の基本をなすものであり地域に差があるにせよ,どうしても賃借人側に不利益な契約締結が行われる建物賃貸借事情が今なお存在し,事実上の賃料増額につながる更新料の特約もその一つと考えられます。不動産賃借権について借地,借家法等の特別法,法解釈により不動産賃借権の保護がはかられてきましたが,これは,賃貸人側から見ると所有権(憲法29条,所有権の絶対性)の制限として存在し,更新料は利害調整の産物として賃貸人側の要請として取引上考えられた面も否定できません。
 しかし,更新料に関する規定は現在の民法,借地借家法にも見当たりませんから,公正,公平な法社会秩序維持の理想から更新料をどのように規制すべきか法解釈が必要になります。具体的には,消費者契約法10条,民法90条違反が問題となります。唯,戦後,取引上長年にわたり存在する更新料に関し直接の法的規制がない以上,前述のように私的自治の原則から当事者の契約合意は基本的に是認される可能性が大きく,賃借人側に不利,不公平であるという具体的詳細な理由,立証が無効を主張する賃借人側に求められることになるでしょう。

(2)最近の判例
 平成21年に,借家契約における更新料支払特約(以下,「特約」という)の有効性について,結論が異なる2つの大阪高裁判決が下されました(大阪高判平21.8.27は無効,大阪高判平21.10.29は有効と判断しました。以下,それぞれ「8月無効判決」「10月有効判決」と言います。)その後,大阪高判平22.2.24,大阪高判平22.5.27,と高裁レベルにおいて立て続けに,具体的事情の下で特約が無効であるとの判断がなされています。ただし,特約の有効性について一般的な判断を行った最高裁判例はまだ存在していないので,本稿を執筆する現時点(平成22年11月)では,特約の有効性を判断するに際してはこれらの大阪高裁判決を参考にすることが最も有益だと思います。そこで,これらの大阪高裁判決を中心にとして,特約の有効性についてどのように考えるべきかを以下説明します。

2.特約の有効性を争う場合の問題点
(1)本件のように,特約が存在するケースにおいて,特約の有効性が問題となる場合,
 @特約は,消費者契約法10条に反しないか
 A特約は,借地借家法の法定更新制度を没却するものとして同法の強行法規性に反し,又は公序良俗や信義則といった一般条項に反し,無効ではないか(借地借家法26条〜28条,30条,民法90条,1条2項)
 以上2点が争点となります。
(2)ただし,Aに関しては,少なくとも合意更新時における特約については,年間更新料の額が月額賃料の1〜2か月分と相当額であり暴利性が伴っていないものであれば,大半の裁判例がこれを有効と判断してきているので(東京高判昭54.2.9 年間更新料は月額賃料の約0.7カ月),(東京高判昭56.7.15),(東京地判平3.5.9,年間更新料は月額賃料の約0.4カ月分等),Aを理由に特約が無効と判断される見込みは極めて低いものと思われます。以上の判例は,法定更新の場合,更新料の支払い義務を否定しています。
(3)他方で,上記1における4つの大阪高裁の裁判例においては,@に対する判断が分かれているため,特約の有効性の結論に違いが出ました。現在は,@が認められるかどうかが,特約の有効性の判断の分かれ目となっています。ちなみに,消費者契約法第10条は,以下のように規定されています。

 ・民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって(前段),
 ・民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効とする(後段)。
 そして,@との関係で問題となる同条の文言は,以下のとおりです。
 (@)特約は「消費者の義務を加重する」ものといえるのか(前段)
 (A)特約は「消費者の利益を一方的に害するもの」といえるか(後段)
 ここで,(@)「消費者の義務を加重する」とは,消費者と事業者の間の特約がなければ,本来任意規定によって消費者には本来加重されることのない義務であるにもかかわらず,不当な特約によってその義務を加重することを意味します。また,(A)「消費者の利益を一方的に害するもの」とは,消費者と事業者との間にある情報,交渉力の格差を背景として,不当条項によって,消費者の法的に保護されている利益を信義則に反する程度に両当事者の衡平を損なう形で侵害することを意味します。

3.裁判例の状況
(1)総論
 一連の裁判例では,ともに争点@につき消費者契約法10条前段(以下,「10条前段」)の該当性は認めているものの,同法10条後段(以下,「10条後段」)の該当性について判断が分かれているために,特約の有効性について異なる結論を採るに至っています(なお,争点Aの主張は認められていません)。以下,特約が有効と判断した10月判決と,特約が無効と判断したものとして新しい判決である大阪高判平22.5.27を紹介します。
(2)10月有効判決の内容
  ア 事案の概要
  10月判決における事案の概要は以下のとおりです。
  契約日:平成12年12月1日〜平成14年11月30日
  賃料:5万2000円
  礼金:20万円(賃料の約4か月分)
  更新料:1,2回目の更新料は従前賃料の2か月分(10万4000円),3回目の更新料は従前賃料の1か月分(5万2000円)
  イ 結論
  本件特約は,有効である(消費者契約法10条後段の要件を欠く)。
  ウ 判決理由
  (ア)10条前段該当性について
  そもそも賃借人は,借地借家法28条に基づき,契約期間満了後も原則的に賃貸借契約の更新を受けることができるのであり,その際に当然に何らかの金銭的給付を義務付けられるものではないことからすれば,本件特約は賃借人の義務を加重する契約であり,10条前段に該当する。
  (イ)10条後段該当性について
  同条項の要件につき,「消費者と事業者との間にある情報,交渉力の格差を背景にして,事業者の利益を確保し,あるいは,その不利益を阻止する目的で,本来は法的に保護されるべき消費者の利益を信義則に反する程度にまで侵害し,事業者と消費者の利益状況に合理性のない不均衡を生じさせるような不当条項を意味するものと解される。」と示した上で,以下のとおり判断しました。

<更新料の法的性質及び事業者の利益状況>
 ・まず,20万円の礼金が,賃貸借期間を2年とする賃借権の設定を受けた賃借人としての地位を取得する対価であると認定(礼金支払条項につき,消費者契約法10条に反しないと判断したものとして,京都地判平20.9.30)。
 ・賃貸事業において,将来的に賃貸借が更新された場合には,結果的に期間の長い賃借権を設定したことになるとして,(礼金の場合と同様に)賃借権設定の対価の追加分ないし補充分として一定程度の更新料の支払いを受ける旨をあらかじめ賃借人との間で合意しておくことも,賃貸事業の効果的な投下資本回収及び利益追求の手段として必要かつ合理的な態度であることは否定できず,一概に社会的正義に反するとは言えない。
 ・本更新料は,更新により当初の賃貸借期間よりも結果的に長期の賃借権になったことに基づき,賃貸借期間の長さに相応して支払われるべき賃借権設定の対価の追加分ないし補充分と解するのが相当である(=賃貸借契約に基づく使用収益の対価であるとも判示)
<賃借人側の不利益の判断>
 「消費者にとって不利益な条項が無効と解すべき不当条項にあたるかは,消費者に生じえる具体的な不利益の程度だけでなく,当該契約条項が発動した場合に生じる事態の予測可能性を併せて考慮して判断する必要がある。」とさらに示した上で,
 ・更新料が,礼金の金額に比較して相当程度抑えられているなど適正な金額に止どまっている限り,直ちに賃貸人と賃借人との間に合理性のない不均衡を招来させるものではなく,賃借人にとって信義則に反する程度にまで一方的に不利益となるものではない。実際に本件更新料は,旧賃料の2カ月分の金額となっており,礼金よりも金額が相当程度抑えられている。
 ・本件更新料を事実上の賃料として計算した場合,実質的な月額賃料は約5万6333円となり,月当り5000円未満の差額しか生じず,名目上の賃料を低く見せかけ,情報及び交渉力に乏しい賃借人を誘因するかのような効果が生じたとは認められない。
・仮に本件更新料が存在していなければ,月額賃料や礼金額は当初から高くなっていた可能性があるという利益状況。
 ・本件更新料について,本件賃貸借契約が当初の賃貸借期間よりも長くなったことに伴って支払うべきものであるという認識を有していたのであれば,本件更新料の趣旨の理解として不十分とは言えない。
 といった事情を理由として,消費者契約法10条後段の該当性,借家法30条等の趣旨違反を否定しました。

(4) 大阪高裁平成22年5月27日判決(無効とした判例)
  ア 事案の概要
  契約日:平成18年4月1日〜平成20年3月31日
  賃料:5万3000円/月
  保証料:30万円(賃料の約4か月分)
  保証料引:15万円
  共益費:5000円/月
  更新料:賃料の2か月分(10万6000円)
  更新手数料:1万5750円
  イ 結論
  本件特約は無効である(消費者契約法10条に該当する)。
  ウ 判決理由 
  (ア)10条前段該当性について
  @更新料の対価性を否定した上で,特約は,民法601条が定める賃料支払義務に加えて賃料の補充たる性質を有しない合理性のない金員の支払義務の支払いを求めるものであるため,民法601条に比して,賃借人の義務を加重する契約条項に当たる。
  Aまた,本件特約により,賃借人は,更新料を支払わなければ賃貸借契約が更新されず,賃貸物件を明け渡さないといけない状態に追い込まれるので,借地借家法26条,28条における法定更新の要件を加重するものであると判断し,以上の2点を理由に,特約の10条前段該当性を認めました。
  (イ)10条後段該当性について
  10条後段の要件について,消費者契約条項締結時を判断の基準時として,消費者契約条項の内容のみならず,契約当事者の有する情報力,交渉力の格差の程度,同条項を無効とすることにより事業者が受ける不利益等諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきである,と示したうえで,

 ・そもそも更新料制度ができた背景には,昭和30年以降,地価の高騰が激しくなり,長期の借家契約では地価の高騰を更新後の継続賃料に反映させることができないという事情が存在していた。しかし,現在においては,そのような背景事情はもはや存在せず,賃借人の利益を害し,賃貸人や賃貸物件管理業者の利益確保を狙った不合理な制度となっている。
 ・更新料は,月額賃料を少なくし,賃借人の初期費用を抑える役割等のメリットが存在する場合があることは否定できないが,賃借人が当初の2年間の月額賃料の安さに目を奪われて,契約更新時の負担について十分な検討をしないままで契約を締結し,更新時には更新料が支払えなくなって賃貸物件から退去せざるを得ない事態に追い込まれる等のデメリットが大きい。
 ・賃貸人は,どのような賃貸条件を設定すれば賃借人を誘因したうえで賃貸人が最大の利益をあげられるかについて,十分な時間をかけて専門的知識を最大限に活用し,納得できるまで検討を加える上で賃貸条件を設定しているものと推認できる。
 ・更新料額,更新手数料額を事実上の賃料として計算すると,事実上の賃料は5万8073円となり,その他敷引き金が15万円であること等も考慮すると,事実上の賃料は近隣物件に比して安いとは認められない。
 ・賃貸人にとって,本件特約が無効であると判断された場合に被る不利益の程度は軽微である。
 といった事情を理由として,10条後段該当性を認めました。

4.特約の有効性について裁判例の考え方のまとめ
(1)総論
 一連の裁判例では,特約を一律に有効・無効と判断しているわけではなく,あくまで諸事情を総合考慮した事案判断を行っているものと解されています。

(2)10条前段該当性について
 ア 結論として,特約の10条前段該当性は認められる可能性は高いです。
 イ 争点@につき,特約が前段に該当するという結論については,大半の裁判例が認めているところです。ただし,その理論構成としては,(@)更新料の対価性を認めないケースでは,特約により民法601条に規定する賃料支払義務が加重されていると判断したもの(8月無効判決,京都地判平21.7.23,京都地判平21.9.25,大阪高判平22.2.24,大阪高判平22.5.27),(A)更新料を使用収益の対価として認めつつも,借地借家法28条による無償の法定更新制度よりも義務が加重されていると判断したもの(10月有効判決,大阪高判平成22.5.27),(B)更新料を賃料補充の性質であると認めつつも,民法614条の賃料後払い原則よりも義務が加重されていると判断したもの(京都地判平20.1.30,大津地判平21.3.27。それぞれ,8月無効判決の原審,10月判決の原審です。),など様々なものが見受けられます。
 理論構成は様々ですが,基本的に特約の前段該当性は認められる可能性はかなり高いと考えてよいです。

(3)10条後段該当性について
 ア 先ほども延べましたが,一連の裁判例は,ある特定の事情があれば一律に10条後段該当性が判断できると解しているわけではなく,結局は,諸事情を考慮して,特約の存在によって「消費者の利益が信義に反するほど一方的に害されているか」否かを総合評価する必要があるとの判断を行っています。
この点,かかる総合評価を行うにつき,裁判例が重点的に判断している事情がいくつか存在していますので,以下説明します。

 イ 更新料に対価性があるか
 (ア)更新料の対価性の有無は,一連の裁判例において必ず重点的に判断されている事情です。そして,更新料の対価性の有無に関する結論は,10条後段該当性の結論を直接左右しうるものであるとも解されていて,一連の裁判例において,更新料の対価性が否定されているケースでは,結論として特約の10条後段該当性が認められています(ただし,理論的には,更新料の対価性が否定されたからといって直ちに後段該当性が認められるわけではありません。)。その理由は,更新料に対価性がないのであれば,賃借人は更新の際に何のいわれもないむしろ贈与ともいえるような形で金銭を賃貸人に支払うことになり(京都地判平21.9.25参照),結局は名目上の賃料額以上の負担を強いられるために,「消費者の利益を一方的に害する」との評価に近づきやすいからではないかと思われます。
 (イ)なお,更新料がいかなる対価性を有するのかについては,具体的事案に応じた当事者の合理的意思解釈に委ねられます(最判昭59.4.20)。ちなみに,従来までは,主に(@)更新拒絶権の放棄の対価,(A)賃借権強化の対価,(B)賃料の補充,の3点の該当性を中心に議論されてきましたが,近年では専ら(B)と評価できるかどうかの判断に収斂されているという見方がなされているようです。先ほど紹介した10月有効判決の事案でも,「賃借権設定の対価の追加分ないし補充分=賃貸借契約に基づく使用収益の対価」という認定を行っていますし,8月無効判決では,結論として当該事案における(@)〜(B)の該当性を否定したものの,きちんとした説明があれば「賃料とともに使用収益に伴う経済的な出捐」の性質足りえたことを示しました(Bの性質と近いものと思われます)。そのため,以上の裁判例の傾向からすれば,更新料の対価性として最も認められやすいのは,「賃貸借契約に基づく使用収益の対価」でないかと思われます。
 (ウ)なお,一連の裁判例を踏まえた上で,「賃貸借契約に基づく使用収益の対価」を有していたかを判断するに際して重要となる事情の例としては,(@)契約締結の際に,更新料が上記対価性を有することの説明があったか,(A)賃借人が途中解約した場合に徴収済みの更新料について清算条項があるか,(B)清算条項がない場合でも更新料が返還できないことに対して合理的理由が付されているか(更新料の支払いによって受ける利益を放棄したものとみなす約定,違約金として賃貸人の収益とする約定の存在等),(C)賃料と更新料が連動する合意になっているか(例えば,更新料が「賃料の2か月分」という合意になっていれば,賃料と更新料は連動することになります。)を中心に,その他(D)更新料に対する賃借人の法的知識の程度,(E)更新料を徴収するため,月額賃料を低く設定していると認められるような証拠があるか,等が考えられます。

 ウ 更新料の金額
 (ア)一連の裁判例では,更新料の金額に着目したうえで,更新料を毎月の賃料に換算した場合に事実上の賃料額がいくらになるかを検討したうえで,どの程度名目上の賃料が事実上の賃料よりも低く見せかける効果が生じているかを判断しています。そしてかかる効果の発生程度を「消費者の利益を一方的に害する」要件の基礎事情の一つとして判断しています。
 (イ)この点,先ほど紹介した10月有効判決では,賃借人の利益の考慮の際に,更新料を毎月の賃料に換算すると,約4600円程度の賃料増額になるが,5000円未満の増額では,賃借人に名目上の賃料を低く見せかける効果が生じているとまでは評価できない,と判断しています。
 (ウ)他方で,先ほど紹介した大阪高判平22.5.27判決においては,事実上の賃料と名目上の賃料の差額が5073円という事案で,「事実上の賃料は近隣物件に比して安いとは認められない」という判断を行っています。また,8月無効判決では,事実上の賃料と名目上の賃料の差額が約8300円となる事案でしたが,裁判所は,事実上の賃料がかなり高額であり,賃貸人に大きな経済的負担を課しているうえ,賃借人に名目上の賃料を低く見せかける印象を誘因してしまう役割があると評価しています。これら(イ)と(ウ)の評価の違いは,一つ参考になるのではないかと思います。大阪高等裁判所平成22年2月24日判決では,年間の更新料が月額賃料の2か月分になっています。
 ちなみに,本件では,2年間で10万円の更新料を支払う特約になっていますから,事実上の賃料は,8万円+(10万円÷24か月≒4166円)=8万4166円/月になります。つまり,名目上の賃料である8万円との差額は4166円ということになりますが,この金額は,これまでの裁判例と比較する限りでは,名目上の賃料を低く見せかける効果が生じている度合いが高いものとは直ちに評価されにくいものと思われます。

 エ 情報力,交渉力の格差の有無
 (ア)消費者契約法の趣旨(同法1条)とも関連して,一連の裁判例に拠れば,特約が10条後段に該当するためには,情報力や交渉力の格差を背景として特約が締結された事情が必要です。この事情の考え方については,京都地判平21.9.25が一つ参考になり,同判決では,情報力の格差について,「情報量」及び「情報の質(どこまで契約内容の法的意味が理解できていたか)」の2点から検討を加えられています。
 (イ)例えば,賃借人が他の物件と契約条件を自由に比較検討した上で本件契約を結んでいるか,という事情は「情報量」の格差を検討するに際して重要な事情になると思われます。他方で,賃借人がただの学生に過ぎないのか,とか,更新料の法的性質や借家契約における法定更新制度の説明を受けているか,等の事情は「情報の質」の格差を検討するにあたって重要な事情となると思われます。本件では,あなたは都内のメーカーに勤務している方なので,少なくとも「情報の質」という観点からは,賃貸人との間に格差があったものと考えうるところです。
 (ウ)その他,現在では,インターネット等によって消費者は様々な賃借物件を比較検討することができます。そのため,かかる手段を用いて契約に望んだ賃借人においては,「情報量」の格差については,ある程度埋められているケースも十分あり得ると思います。ただし,かかる手段を用いても,更新料の対価性や法定更新の強行法規制までインターネットを通じて賃借人が承知できるわけではないので,「情報の質」の格差を埋めるとまではなかなかいえないかもしれません(京都地判平22.9.25参照)。

 オ 契約内容の合理性
 (ア)一連の裁判例では,賃貸人と賃借人の利益を比較した上で,特約は合理的な契約といえるかを検討する傾向にあります。実際のところ,上記10月有効判決では特約の合理性を認めていますが,上記大阪高判平22.5.27では,現在では更新料特約が結ばれるようになった背景事情がもはや存在していないものとして,特約の不合理性を認定しています。もちろん特約の合理性は,具体的事案によるでしょうが,後者の判決において,特約を結ぶ背景事情が現在では存在していないという判断に関しては,ある程度一般性があるのではないかと思われ,一つ注目に値すると思います。

5.(最後に)
 私見ですが,更新料の性質,根拠に関する有効無効の判例の見解は,理論的にどちらも成り立つような印象を受けました。要は,更新料の実質的増額すなわち,年間更新料が月額賃料を超えるかどうか(月額賃料8.3%増額までは有効と考える。)を基準にして,これを超えるものに関しては,礼金,保証金(敷き引き金),更新料の相場,対価性,当事者の性格,情報力,慣習,建物の性格を総合的に加味して判断している様にも思われます。
(有効無効の判断基準)
 理論的には,更新料の性質(対価性の内容),契約の経緯,当事者の情報力(不動産会社か個人か),対象物件の内容,地域の慣習,賃料,礼金,保証金(敷金引き金),更新料の実質相場(関西,大阪では賃料の他に名目的に別個の礼金,保証金,いわゆる敷金の敷き引き金,更新手数料などが高い場合が多いようです。現に無効判決は大阪周辺に多いと思われます。)等を総合的に考慮して決定されますが,一般的に言えば特別の事情(例えば礼金等名目の如何にかかわらず通常相場より実質賃料が高額である。)がなければ,賃借権の物権化(事実上更新拒絶ができない),物価の上昇もあり年間更新料が月額賃料程度(2年契約であれば2カ月分,月額賃料の約8.3%実質増加程度)までであれば有効となることが多いと思います。月額賃料(賃料の実質増加が8.3%を超える程度のもの)を超えるものであれば,更新料の内容,性格等を詳細に検討することになり無効となる可能性が生じるでしょう。一般的に年間更新料が通常月額賃料の1カ月(実質月額賃料 8.3%増加)程度である限り更新料は有効とされる確率は高いと思われます。
 
 判例においても,有効とされた事例は,年間更新料は月額賃料額以内の事例が多いようです。例えば,
 @大阪高判平21.10.29は,年間更新料は1か月の賃料相当分,月額賃料8.3%の増加です。3回目はそれ以下となっています。
 A大津地方裁判所平成21年3月27日判決,更新料返還等請求事件,年間更新料は月額賃料1カ月。更新料の性質を,主として賃料の一部前払いとしての性質,付随的に更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価と解することが許されないとはいえないとして,消費者契約法10条後段,民法90条違反を否定しています。
 但し,B京都地方裁判所平成22年10月29日判決,更新料返還請求事件,は年間更新料が月額賃料の約2倍であっても有効としています。他に敷金の敷き引きが賃料の約5カ月分相当の支払い。更新料は,賃料の一部,途中解約の場合は違約金となると判断しています。
 
 他方,無効とされた判例は,年間更新料,手数料を加えると,年間更新料が月額賃料の以上になっているようです。例えば,
 @大阪高判平21.8.27は,年間更新料は2.2カ月の賃料相当分,実質賃料18%の増加。しかし,第一審京都地裁20年1月30日判決は更新料の3つの性格を認め逆に有効との判断をしています。
 A大阪高等裁判所平成22年2月24日判決は,年間更新料は2カ月の賃料相当分であり,実質賃料約16.6%増加となる。賃料38000円,第一審京都地裁平成21年9月25日判決 賃借人熊本出身の大学生。賃貸人は不動産業者で目的物を競売により取得。) B大阪高裁平成22年5月27日判決は,年間更新料は,月額賃料の1カ月であるが,保証料控除額が3カ月分と高額であり,更新手数料を加えると年間更新料が月額賃料の約1.3カ月分 実質月額賃料は10.8%の増加です。
 C京都地裁平成21年9月25日判決,これはAとは別個の事件です。賃借人は法科大学院の学生。年間更新料は1か月の賃料53000円相当分であるが,他に更新手数料15000円があり月額賃料の1.14倍です。保証金,敷金引き15万円があります。
 
 後述の解説から判例の見解をまとめると,更新料の有効無効の判断は理論的に検討するとどちらにでも考えることが可能と思われる点が多々ありますので(賃料の補充,賃借権強化,更新拒絶の対価かどうか),実際的には賃料に対する年間更新料の額(年間更新料月額賃料の1カ月がポイントです。)が重要な要素になっていると判断することができるでしょう。更新料が1カ月でも,更新手数料,礼金,保証金(敷金)の敷き引き金(関西に多い)の額を考慮して決定されることもあります。
 従って,本件では,賃料(8万円)の約0.62倍となる年間更新料(2年契約で更新料10万円,1年間の更新料5万円)の定め(月額賃料として5.2%増加)を無効とすることは難しいと予想されます。

≪関連条文≫

【消費者契約法】
第一条  この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに,事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
第十条  民法,商法(明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法一条二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。

【民法】
第一条  私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は,これを許さない。
第九十条  公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は,無効とする。
第六百一条  賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
六百十四条  賃料は,動産,建物及び宅地については毎月末に,その他の土地については毎年末に,支払わなければならない。ただし,収穫の季節があるものについては,その季節の後に遅滞なく支払わなければならない。

【借地借家法】
第二十六条  建物の賃貸借について期間の定めがある場合において,当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは,従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし,その期間は,定めがないものとする。
2  前項の通知をした場合であっても,建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において,建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも,同項と同様とする。
3  建物の転貸借がされている場合においては,建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして,建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
(解約による建物賃貸借の終了)
第二十七条  建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては,建物の賃貸借は,解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
2  前条第二項及び第三項の規定は,建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。
第二十八条  建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは,建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか,建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない。
第三十条  この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは,無効とする。

≪参照判例≫

(京都地方裁判所平成22年10月29日判決抜粋 更新料の経緯について・更新料の法的性質)
(3)借地借家契約における更新料のこれまでの経緯は,概要次のとおりである。
 借地借家契約における更新料の授受は,戦前にはほとんど例がなく,借地契約においては,地価が高騰し始めた昭和30年ころから東京地方や都市圏でその授受が急速に広まり始めた。本来であれば契約の更新時に賃料の増額をすべきところ,当事者間において,賃料額等で合意がされないと,時間と費用をかけて賃料増額訴訟等を提起する必要があるが,それを避けるために,更新料として一定額を支払うことで,賃料を増額しないあるいは合意できている賃料額の改定にとどめるということから更新料が発生し,拡大してきたようである。つまり,地価が高騰し,賃貸借期間が長かったことから,継続賃料と新規賃料との間に格差が生じ,それを是正するために更新料が始まり,発展していったものであるといえる。借家契約においては,借地の場合よりも時期的に遅く昭和40年ころ以降,特定の地域において,同様の理由により更新料の授受が普及してきた。次のとおりである。
 借地借家契約における更新料の授受は,戦前にはほとんど例がなく,借地契約においては,地価が高騰し始めた昭和30年ころから東京地方や都市圏でその授受が急速に広まり始めた。本来であれば契約の更新時に賃料の増額をすべきところ,当事者間において,賃料額等で合意がされないと,時間と費用をかけて賃料増額訴訟等を提起する必要があるが,それを避けるために,更新料として一定額を支払うことで,賃料を増額しないあるいは合意できている賃料額の改定にとどめるということから更新料が発生し,拡大してきたようである。つまり,地価が高騰し,賃貸借期間が長かったことから,継続賃料と新規賃料との間に格差が生じ,それを是正するために更新料が始まり,発展していったものであるといえる。借家契約においては,借地の場合よりも時期的に遅く昭和40年ころ以降,特定の地域において,同様の理由により更新料の授受が普及してきた。

(更新料の法的性質)
したがって,更新料を授受した時点では,いまだ更新料の法的な性質は確定しておらず,期間が満了した場合には賃料に,賃借人が途中で解約した場合には既経過部分については賃料に,未経過分は違約金として扱われることになり(当事者間において預託金として金銭の授受をし,後に売買代金や貸金等として処理することは世情よく行われており,同様に考えることができる。),純粋に民法601条にいう「賃料」ではないので,賃貸人が賃借人に対し更新料の未経過分を返還しないことに問題はないと考えられる。
 なお,本件賃貸借契約締結当時,両当事者が更新料につき上記のような性質を有するものとして認識していたとはいい難いが,原告が被告に対し賃貸借契約の更新時に更新料を支払う必要があるということは認識していたのであり,当事者が支払を合意した更新料がいかなる性質を有するかということを実態に即して解釈を行い,適切な法的取扱いの在り方を探るということは,当事者の合理的意思解釈として問題はないものと考えられる(もともと当事者は,法律家ではなく,通常,ある法律行為をしたとしても,それがいかなる法的性質を有するかについては意識しておらず,後日訴訟等において,法的な意味付けがされることは珍しいことではない。)。 
(5)まとめ
 以上の検討からすると,本件のような居住用賃貸建物を目的とする賃貸借契約における更新料は,授受の時点ではいまだ法的な性質は決まっておらず,賃貸借契約の期間が満了した場合には賃料に,契約期間の途中で解約された場合には,既経過部分は賃料に,未経過分は違約金ということになると考えるのが相当である。

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