新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1261、2012/4/25 13:39 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・更新料の有効性・その基準・平成23年7月15日最高裁第二小法廷判決】

質問:家を借りていますが,更新の時期が来ます。家賃は月5万円ですが,大家さんから更新する場合は,期間は2年,賃料は据え置きで良いが,更新料として家賃の1カ月分を支払えと言われています(契約書にその旨の記載が明記されています)。更新料は支払う必要があるのでしょうか。平成23年に,更新料に関する最高裁判例が出たと聞きました。どういう内容なのか教えてください。

回答
1.更新の際に更新料を支払う旨の規定があり,更新後の期間が2年で,更新料が1か月家賃相当額ということであれば,更新料を支払う必要があります。
2.ご質問の最高裁判決は,「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。」として高額に過ぎると判断されない限り,更新料条項は有効と判断しています。
3.高額に過ぎるか否かについて,判断基準は明らかにされていませんが,更新後の賃貸借契約の期間が1年から2年,更新料が家賃の1か月から2カ月というように通常行われている建物賃貸借契約における更新料の規定であれば高額に過ぎるというような事情は認められないと考えられます。契約自由の原則(私的自治の原則)から言えば,最高裁の判断は妥当なものとして評価できると思います。以下解説で詳しく説明します。
4.事務所事例集論文1026番1083番その他参照。

解説:
1 はじめに
  平成23年7月15日,最高裁第二小法廷は借家契約における更新料条項の有効性について初の判断を行いました(以下,「本判決」と言います)。
  仮に,本判決において更新料条項を無効とする判断が出た場合,今後,更新料条項に基づく支払義務がなくなるというだけではなく,これまで支払っていた更新料が法律上の原因がないものであったとして,賃借人による不当利得返還請求(民法703条)の対象となりうるという側面も有しており,大きな注目を集めていました。しかし最高裁は,本判決において,結論として更新料条項の有効性を肯定しているため,賃貸人と賃借人の関係は従前と基本的には変わりのないままという状況に落ち着きました。以下,更新料特約の問題点,本判決の内容及び今後の動向について説明します。

2 更新料条項の問題点について
(1)問題点の整理
   更新料条項については,従来から争いがあり,数多くの下級審裁判例が積み重ねられてきました(詳細は事例集1083番参照)。理論上,同条項の問題点は,
  @消費者契約法10条に該当し無効となるか
  A法定更新制度(借地借家法26条)を没却する特約として無効となるか(借地借家法30条)
  B公序良俗違反(民法90条)として無効となるか
   という点にありました。ただし実務では,ABの主張はほぼ認められる可能性がなく(東京高判昭54年2月9日,東京高判昭56年7月15日,東京地判平3年5月9日等),近年において争いの中心となっていたのは,問題点@でした(該当性を認めたケースとして大阪高判平23年4月27日や大阪高判平22年5月27日等,該当性を否定したケースとして大阪高判平23年3月18日や大阪高判平21年10月29日等)。本稿でも,@を中心に説明します。

(2)問題点@の解説
ア 消費者契約法弟10条は,以下の構成になっています。
   ・民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であること(前段要件)
   ・民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであること(後段要件)
   ・前段要件及び後段要件に該当する消費者契約条項を無効とする(効果)
   そして,問題点@との関係で問題となる同条の文言は,
  (@)前段要件:「消費者の義務を加重する」ものといえるのか
  (A)後段要件:「消費者の利益を一方的に害するもの」といえるか
   です。

    この点,これまでの下級審裁判例は,問題点@について結論こそ別れていたものの,(@)については基本的にどの裁判例も要件該当性を認めていました(大阪高判平21年10月29日,大阪高判平22年2月24日,大阪高判平22年5月27日,大阪高判平成23年4月27日等)。すなわち,本判決において特に注目されていたのは,最高裁が(A)の要件該当性につきいかなる判断を行うかという点であったといえます。

イ (A)の要件については,当事者双方に関する諸般の事情を総合考量して「消費者の利益を一方的に害するもの」といえるかどうかの評価を行う必要があります(最判昭59年4月20年)。

   ここで,かかる評価の際に重要な問題となるのが,更新料の対価性があるかという点です。平たく言えば,何の対価として更新料を支払っているのかという問題です。更新料が何ら対価性のないものであれば,賃借人は何らいわれのない不合理な給付を行っていることになり,「消費者の利益を一方的に害する」との評価に大きく傾くことになります。
   近年における一連の裁判例においても更新料の対価性(法的性質)については重点的な判断がなされており,更新料の対価性の有無が事実上(A)の要件該当性判断の分かれ目であったといえます。具体的には,更新料には対価性がないと判断した上で(A)の要件該当性を認めるケースと,更新料には対価性(概ねの傾向として,賃料の補充たる性質もしくはそれに類似する性質があるものと認定しています)があると判断した上で(A)の要件該当性を否定するケースに2分されていたものといえるでしょう。
   その他,賃貸人と賃借人の間に情報力,交渉力の格差が存在していないか,という点についても一連の裁判例は判断を行っています。これは消費者契約法の趣旨(消費者契約法1条)から導かれるものであると解されます。ただし,情報力交渉力の点については,更新料の対価性の問題と比較すると,総合考量の際のウエイトは小さいものと考えられています。

3 本判決の内容
  最高裁は,本判決において,下記のとおり判断を行いました。
(1)消費者契約法10条前段要件について(@の要件該当性)
「賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。」
  すなわち,賃貸借契約は賃料の支払い合意があれば成立するにもかかわらず,更新料条項という更なる金銭の支払合意を賃借人に負わせている点が,「消費者の義務を加重」に該当するとの判断であると解されます。

(2)消費者契約法10条後段要件について(Aの要件該当性)
ア 更新料の対価性について
 「更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。」
  すなわち,更新料は,賃料補充ないし前払い及び賃貸借契約を継続するための対価等の複合的性質を有しているもの(対価性がある)と判断していることになります。

イ 情報力,交渉力の格差について
  上記アを前提に,「一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。」  すなわち,賃貸人と賃借人の間に一定の情報力交渉力の格差があることは否定しないものの,明確な更新料条項が記載された契約書がある場合には,更新料制度が社会に一定程度浸透していることにも鑑み,見過ごせない程度の格差とまではいえないという判断をしているものといえます。

ウ 結論
 「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。」
  上記ア及びイの事情を総合考量の上,賃貸借契約書に明確な更新料条項が記載されている場合は,原則として更新料条項は消費者契約法10条後段要件に該当せず,当該更新料条項は有効となる,と判断しているものといえます。

(3)10条後段要件に関する解説
ア 本判決を読み解くと,「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項」が存在しているケースにおいては,原則として更新料条項は有効であり,「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」がある場合に限り,例外的に無効となるという内容であることが分かります。
  本判決のポイントは,最高裁が正面から更新料の対価性を認めている点と,更新料条項を原則有効とする判断は,明確な更新料条項が記載された賃貸借契約書が存在している事例を対象としたものであるという点です。

イ ただし,更新料条項を有効とする本判決が事例判断であるとはいえ,本判決が更新料につき対価性を認めている点は更新料に関する一般的判断であると思われます。この点,更新料の対価性の有無が,10条後段要件の大きな要素になることは上記2(2)のとおりです。
  そのため,本件と異なり,契約書に明確な更新料条項が記載されていない場合であっても,「消費者の利益を一方的に害するもの」という評価につながりにくい(更新料条項は有効)のではないか,という解釈も可能であると思われます。あとは,契約書に明記されていないという事実が,情報力,交渉力の格差としてどれだけ意味を持つかという問題になるのではないかと思います。

ウ なお,本判決では,「特段の事情」の例として更新料が過度に高いか否かという点を挙げているため,今後,更新料特約の有効性を考える場合には更新料含みの実質賃料を計算することが必要です。
  ちなみに本判決の事例の1つは,2か月分(7万6000円),2年契約,更新後の契約期間は1年,賃料3万8000円,更新料が定額補修分担金12万円というものでした。このケースでは,更新後の実質賃料が約4万4333円(約6333円=約16.7%アップ)という計算になりますが,最高裁は更新料の額が高額に過ぎるなどの特段の事情はないという判断でした。
  その他本判決の事例も賃料4万5000円,1年更新,更新料が10万円という事例(実質賃料約5万3333円。約8333円=約18.5%アップ)についても同様の判断です。
  今後いかなる場合に更新料が過度に高いなどの理由で「特段の事情」が認められるかについては,裁判例の蓄積に委ねられることになりますが,少なくとも本判決以上の実質賃料の上昇金額または上昇率が見受けられない限り,「特段の事情」が認められる判断は期待できないものと思われます。例えば,大阪高判平23年9月16日の事案(賃料5万1000円,更新料が10万2000円,1年更新,実質賃料5万9500円。8500円=16.6%アップ)では,特段の事情はないという判断が行われているところです。今後の裁判例の蓄積が待たれます。

【参照条文】

<消費者契約法>
第一条  この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに,事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
第十条  民法 ,商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。

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