会社の二次会におけるセクハラ被害と損害賠償請求

【民事|セクハラ|損害賠償請求|使用者責任|男女雇用機会均等法】

質問

 私は、ある中小企業において、有期雇用6か月の契約で勤務していました。

 あるとき、上司とともに出張に行くことになり、その際、上司から、「出張先での顧客との会食後の予定を空けておくように」と指示を受けました。顧客との会食自体は、特段の問題もなく、終了しましたが、その直後、上司から、突然、「これからキャバクラに行くから、お前もついてこい」と言われました。

 女性であることもあり、そのような場所に行くことには強い抵抗がありました。しかし、その上司は、人事権を有する立場にあったため、ここで誘いを断れば正社員登用に悪影響が及ぶのではないかと考え、やむなく同行することになりました。

 キャバクラでは、当初は、通常どおり、会話をしながら酒席が進んでいましたが、時間が経つにつれ、上司の態度が変わり、女性キャストの腿を撫でるなど、次第に節度を欠いた振る舞いをするようになりました。

 そのうち、上司は、突然、私に対し、「女性キャストとキスをしろ」と命じてきました。冗談だと思い、笑いながら拒みましたが、上司は、「俺の命令が聞けないのか。」と声を荒らげて怒り出しました。その豹変ぶりに強い恐怖を感じ、逆らうことができず、命令に従って、女性キャストとキスせざるを得ませんでした。さらに、それだけにとどまらず、上司の命令により、女性キャストと互いの身体を触り合う行為まで強要されました。

 翌日、出張を終え、帰宅すると、悔しさで涙がこみ上げてきました。このままではいけないと思い、さらに、翌日、出社した際、別の複数の上司に対し、出張時の出来事について相談しました。しかし、「それも仕事のうちだよ。」などと言われるばかりで、まともに取り合ってもらえませんでした。

 このような職場環境では働き続けることはできないと考え、やむなく退職することにしましたが、その後、精神的な不調をきたし、精神科を受診したところ、適応障害と診断され、現在も、通院治療を余儀なくされています。

 私にセクハラ行為を行った上司はもちろんのこと、このような上司の言動を放置してきた会社の対応も絶対に許せません。ただ、これ以上の精神的な負担を考えると、警察沙汰にまではしたくなく、上司や会社には、金銭をもって償ってもらいたいと考えていますが法律的に金銭の請求は可能でしょうか

回答

1 法律上の金銭の請求は、損害賠償として不法行為責任(民法709条、715条)、契約上の債務不履行責任が問えるか問題となります。その際、上司の行為がセクハラ行為として違法行為といえるかが、問題となります。セクハラ行為として違法な行為といえるかについては、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」といいます。)11条において、セクハラ行為についての規定があり、セクハラ行為についての事業主の雇用管理上必要な措置等が規定されています。

2 本件の事実関係を前提とすれば、上司の言動は、法的にもセクシャルハラスメントに該当し得るものであり、違法性が認められる可能性が高いと考えられます。同法で定めるセクハラ行為は職場における行為が対象となっていますがりわけ、本件は、出張先での顧客との会食後、いわゆる「二次会」として、キャバレークラブに同行させられた場面での出来事であり、この二次会が法的に「職場」に該当するかが論点となります。

 一般に、勤務時間外の懇親の場であっても、業務との関連性が強く、参加が事実上強制されている場合には、実質的に職務の延長と評価され、「職場」に該当し得ます。本件では、上司が、予め、「会食後の予定を空けておくように」と指示しており、出張という業務の一環として行動していたこと、さらに、上司が人事権を有し、正社員登用に影響を及ぼし得る立場にあったことに照らせば、二次会への参加は、任意の私的行為とはいえず、実質的には、業務の延長線上に位置付けられるといえます。

 そのような場面において、人事権を有する上司が、部下に対し、女性キャストとのキスや身体的接触を命じた行為は、業務命令権の範囲を明らかに逸脱するものであり、社会通念上相当性を欠く違法行為といわざるを得ません。

 たとえ物理的な強制がなかったとしても、職務上の優越的地位を背景とする心理的圧力の下で行われた場合には、自由な意思に基づく同意があったとはいえず、違法性は否定されません。正社員登用への影響を懸念し、その場で拒絶することが困難であったという事情は、法的にも十分に考慮されるべき重要な事情といえます。

3 まず、上司個人に対しては、民法709条に基づく不法行為責任が問題となります。これにより、慰謝料のほか、治療費等の積極損害、さらに、退職との相当因果関係が認められる場合には、逸失利益についても、損害賠償を請求することが可能と考えられます。適応障害との診断を受け、現在も、通院を余儀なくされている点は、精神的損害の存在やその程度を裏付ける重要な事情となります。強い羞恥心や恐怖、屈辱感を抱いた経緯は、単なる不快感の域を超えるものであり、法的にも十分評価され得ます。

4 次に、会社に対する責任追及としては、複数の法的構成が考えられます。第一に、上司の行為が、出張という業務遂行過程において、その職務上の地位・権限を利用して行われたものであると評価される場合には、民法715条に基づく使用者責任が成立する可能性があります。「事業の執行について」という要件は、広く解されており、形式的に業務外と見える場面であっても、職務と密接な関連を有する場合には、これに該当し得ます。

 第二に、会社は、労働契約に付随する安全配慮義務を負っており、労働者が安全かつ健全な環境で就労できるよう配慮すべき義務があります(労働契約法5条)。加えて、男女雇用機会均等法11条は、事業主に対し、職場におけるセクシャルハラスメント防止措置を講ずる義務を課しています。被害申告後に十分な調査や是正措置が講じられなかった事情が認められる場合には、これらの義務違反が問題となり、民法415条に基づく債務不履行責任が成立する余地があります。被害申告に対する不十分な対応は、精神的損害を拡大させた事情として、損害評価においても、考慮され得ます。

 もっとも、損害賠償請求の成否や具体的な賠償額は、証拠関係、因果関係の立証状況、退職との関連性の程度、会社の事前・事後対応の内容等により、大きく左右されます。そのため、診断書、相談時の記録、当時のやり取りを示す資料等を整理した上で、慎重に手続を検討することが重要となります。

解説

1 男女雇用機会均等法上のセクシャルハラスメント該当性

 セクハラ行為の違法性について検討するには、まず男女雇用行為基本法がセクハラ行為に該当するか否か、検討し、該当するような行為であることを理由に行為の違法性を主張することが容易になります。

 ⑴ 男女雇用機会均等法における判断枠組み

   セクハラは、セクシャルハラスメントの略語であり、これについては、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」といいます。)11条において、事業主の雇用管理上必要な措置等が規定されています。

   同条において、セクシャルハラスメントとは、「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」をいうものと定義されています。

   したがって、セクシャルハラスメントに該当するか否かは、①職場において行われたものであるか否か、②労働者の意思に反する性的な言動であるか否か、③当該言動に対する労働者の対応によって労働条件上の不利益を受けたか否か、又は、当該言動によって就業環境が害されたか否かによって判断されることになります。

 ⑵ 「職場」該当性の判断基準

   ①職場において行われたものであるか否かについて、厚生労働省の定める「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「本件指針」といいます。)は、「職場」とは、事業主に雇用される労働者が業務を遂行する場所をいうと定義しています。そして、通常就業している場所以外であっても、当該労働者が業務を遂行する場所は、「職場」に含まれるとされています。

   さらに、「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」(以下「本件通達」といいます。)によれば、勤務時間外の懇親の場や、社員寮、通勤中等であっても、実質的に職務の延長と認められる場合には、「職場」に該当するとされています。そして、その該当性の判断に当たっては、職務との関連性、参加者の属性、参加や対応が強制的であったか任意であったか等の事情を考慮し、個別具体的に行うものとされています。

 ⑶ 「労働者の意思に反する性的な言動」の判断基準

   ②労働者の意思に反する性的な言動であるか否かについて、本件指針は、「性的な言動」とは、性的な内容の発言及び性的な行動をいうと定義しています。そして、性的な内容の発言には、性的な事実関係を尋ねることや、性的な内容の情報を意図的に流布すること等が含まれるとされ、性的な行動には、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触れること、わいせつな図画を配布すること等が含まれるとされています。

   さらに、本件通達によれば、「労働者の意思に反する性的な言動」に該当するか否かの判断に当たっては、当該労働者の主観を重視しつつも、事業主に課されるセクシャルハラスメント防止のための措置義務の対象となることを踏まえ、一定の客観性をもって判断する必要があるとされています。

   具体的には、セクシャルハラスメントが男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮し、被害を受けた労働者が女性である場合には、「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には、「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適当であるとされています。

 ⑷ 対価型・環境型セクシャルハラスメントの類型と要件

   ③労働者の意思に反する性的な言動に対する当該労働者の対応によって労働条件上の不利益を受けたか否か、又は、当該言動によって就業環境が害されたか否かについて、本件指針は、セクシャルハラスメントには、対価型セクシュアルハラスメントと環境型セクシュアルハラスメントの2つの類型が存在するとしています。

   このうち、対価型セクシュアルハラスメントの具体例としては、事業主が労働者に対して性的な関係を要求したものの、これを拒否されたため、当該労働者を解雇する場合等が挙げられています。他方、環境型セクシュアルハラスメントの具体例としては、上司が労働者の腰、胸等に度々触れたことにより、当該労働者が苦痛に感じ、その結果として、就業意欲が低下する場合等が挙げられています。

   さらに、本件通達によれば、対価型セクシュアルハラスメントに該当するためには、労働者による拒否や抵抗等の対応と、労働条件上の不利益な取扱いとの間に因果関係が存在することが必要であるとされています。そして、ここでいう労働条件上の不利益には、解雇、降格、減給のほか、労働契約の更新拒否、昇進・昇格の対象からの除外、客観的に見て不利益な配置転換等も含まれるとされています。

   他方、環境型セクシャルハラスメントに該当するためには、単に性的言動が存在するだけでは足りず、それによって就業環境が害されたと評価し得ることが必要であるとされています。その判断は、一定の客観的要件を前提として、個別具体的に行われるものとされ、一般的には、意思に反する身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、たとえ一回の行為であっても、就業環境を害するものとなり得るとされています。また、継続性又は反復性が要件となる場合であっても、被害者が明確に抗議しているにもかかわらず、当該言動が放置されているときや、心身に重大な影響を受けていることが明らかなときには、就業環境を害するものとなり得るとされています。

 ⑸ 本件における具体的検討

  ア 本件においては、相談者様が、出張先での顧客との会食後、上司によってキャバレークラブへ同行させられているところ、当該場所が、事業主に雇用される労働者が通常就業している場所ではないため、法的に「職場」に該当するかが問題となります。

    この点、相談者様は、上司とともに出張に赴き、顧客との会食を終えた直後に、上司から、キャバレークラブへの同行を命じられています。しかも、上司は、予め、「会食後の予定を空けておくように」と指示しており、キャバレークラブへの同行は、偶発的・私的な誘いではなく、出張行程の一環として予定されていたものといえます。

    さらに、相談者様は、当時、有期雇用6か月の契約で勤務しており、正社員登用を志向する立場にありました。他方、上司は、人事権を有しており、相談者様の正社員登用の可否に影響を及ぼし得る立場にありました。このような関係性の下では、形式的に明示の強制がなかったとしても、相談者様がキャバレークラブへの同行を拒絶することは、事実上、不可能であったといえます。

    したがって、キャバレークラブへの同行は、外形上は、通常の就業場所ではないものの、実質的には、業務の延長線上に位置付けられる行為といえ、当該キャバレークラブは、法的に「職場」に該当するといえます。

  イ 相談者様は、上司の命令の下、女性キャストとのキスや身体的接触を強要されていますが、このような行為は、「平均的な女性労働者の感じ方」を基準としても、強い精神的苦痛を伴うものであるいえるため、上司の言動が労働者の意思に反する性的な言動に該当することは明らかです。

    また、相談者様は、その結果として、最終的に退職を余儀なくされるに至っているため、上司の言動は、相談者様の就業環境を著しく害するものといえます。

  ウ 以上より、上司の言動は、環境型セクシャルハラスメント、すなわち、男女雇用機会均等法上のセクシャルハラスメントに該当すると考えられます。

    男女雇用機会均等法は、事業主の雇用管理上必要な措置等を定めたものであるため、同法上のセクシャルハラスメントに該当するからといって、直ちに後述する民法上の不法行為責任や使用者責任が成立するわけではありません。

    すなわち、不法行為責任との関係では、加害者の故意・過失による違法行為の要件が充足されることや、使用者責任との関係では、被用者に不法行為が成立するとの要件が充足されることを、当然に意味する構造にはなっていません。

    もっとも、事実上、男女雇用機会均等法上のセクシャルハラスメントに該当すれば、加害者の故意・過失による違法行為の要件を充足するものと理解でき、同法上のセクシャルハラスメントに該当するか否かの検討は、加害者の故意・過失による違法行為の要件を充足するか否かの検討の参考になります。

2 上司個人の不法行為責任(民法709条)

 ⑴ 不法行為責任の成立要件

   上司個人に対しては、不法行為責任に基づく損害賠償を請求することが考えられます。一般的に契約関係ない当事者間での損害賠償については不法行為責任が問題となります。

   その請求が認められるためには、①加害行為(加害者の故意・過失による違法行為)、②権利利益の侵害、③損害の発生及びその数額、④①と②との間の因果関係、⑤②と③との間の因果関係が認められる必要があります。

   以下では、各要件について検討していきます。

 ⑵ ①加害行為(加害者の故意・過失による違法行為)

   相談者様は、当時、有期雇用6か月の契約で勤務しており、正社員登用を志向する立場にありました。他方、上司は、人事権を有しており、相談者様の正社員登用の可否に影響を及ぼし得る立場にありました。このような関係性の下で、上司が「俺の命令が聞けないのか。」と声を荒らげて命令していることからすれば、相談者様は、心理的に拒絶困難な状況に置かれていたといえます。

   このような状況の下で、女性キャストとのキスや身体的接触という性的行為を命令によって強要することは、業務命令権の範囲を明白に逸脱し、社会通念上許容される限度を著しく超えるものです。形式的に暴行・脅迫がなかったとしても、優越的地位を利用した心理的強制があれば、違法性は否定されません。

   したがって、上司の行為は、故意による違法行為、すなわち、加害行為に該当するといえます。

 ⑶ ②権利利益の侵害

   性的自己決定権とは、自己の性的行為について、それを行うか否か、誰と、どのような態様で行うかを、自らの自由な意思に基づいて決定することができる人格的利益をいいます。これは、個人の尊厳に直結する極めて重要な法的保護利益です。

   本件におけるキスや身体的接触は、相談者様の自由な意思によるものではなく、上司の命令という職務上の優越的地位を背景として強いられたものです。

   したがって、上司の行為は、相談者様の法律上保護される性的自己決定権を侵害するものといえます。

 ⑷ ③損害の発生及びその数額

   性的自己決定権の侵害は、それ自体が重大な精神的損害を発生させる性質のものです。本件においても、相談者様は、強い羞恥心、屈辱感及び恐怖を覚え、帰宅後に涙が止まらなくなるほどの精神的苦痛を受けているため、50万円~150万円程度の慰謝料請求が可能です。

   加えて、その後、適応障害との診断を受け、通院治療を余儀なくされています。これに伴う治療費等の実損害も発生しており、この点に関する請求も可能です。

   さらに、上司の行為及びその後の会社の対応により、相談者様は、退職を余儀なくされています。その退職が上司の行為と相当因果関係を有すると認められる場合には、逸失利益、すなわち、本来得られたはずの賃金相当額も損害として評価され得ます。例えば、月給が30万円程度であった場合、その6か月~1年分に当たる180万円~360万円の支払いを請求することが考えられます。

   したがって、本件においては、精神的損害と財産的損害の双方が発生しているといえます。

 ⑸ ①と②との間の因果関係

   上司の命令によるキスや身体的接触の強要行為と、相談者様の性的自己決定権侵害との間には、直接的かつ明白な因果関係があります。

 ⑹ ②と③との間の因果関係

   性的自己決定権の侵害により、相談者様が強い精神的苦痛を受け、適応障害を発症し、最終的に退職に至った経緯に照らせば、上司の行為とこれらの損害との間には、相当因果関係があるといえます。

 ⑺ 小括

   以上より、本件においては、民法709条所定の不法行為責任の成立要件を全て充足し、上司個人に対し、不法行為責任に基づく損害賠償を請求することができると考えられます。

3 会社の使用者責任(民法715条)

 ⑴ 使用者責任の成立要件

   会社に対しては、まず、使用者責任に基づく損害賠償を請求することが考えられます。

   その請求が認められるためには、①加害者が被用者であること、②加害行為が「事業の執行について」行われたものであること、③被用者に不法行為が成立することが必要となります。

   以下では、各要件について検討していきます。

 ⑵ ①加害者が被用者であること

   加害者である上司は会社に雇用されており、①の要件を充足することは明らかです。

 ⑶ ②加害行為が「事業の執行について」行われたものであること

  ア 使用者責任は、使用者が被用者の活動によって事業を拡大し、利益を得ている以上、その活動に伴って生じた損失についても負担すべきであるとする、いわゆる報償責任の原理を基礎として、被用者の加害行為について使用者に賠償責任を課す制度です。

    このような趣旨に照らし、「事業の執行について」という要件は、広く解釈されており、使用者の本来の事業そのものに属する行為に限られず、事業と密接な関連を有する行為についても、これに含まれると解されています。

  イ 本件においては、相談者様は、上司とともに出張に赴き、顧客との会食を終えた直後に、上司から、キャバレークラブへの同行を命じられています。しかも、上司は、予め、「会食後の予定を空けておくように」と指示しており、キャバレークラブへの同行は、偶発的・私的な誘いではなく、出張行程の一環として予定されていたものといえます。

    さらに、相談者様は、当時、有期雇用6か月の契約で勤務しており、正社員登用を志向する立場にありました。他方、上司は、人事権を有しており、相談者様の正社員登用の可否に影響を及ぼし得る立場にありました。相談者様がキャバレークラブへ同行せざるを得なかったのも、まさにその職務上の地位・権限に基づく影響力によるものです。

    このように、上司の行為は、出張という業務遂行の過程において、その職務上の地位・権限を利用して行われたものであり、事業と密接な関連を有する行為として、「事業の執行について」に該当するといえます。

 ⑷ ③被用者に不法行為が成立すること

   2で述べたとおり、本件においては、民法709条所定の不法行為責任の成立要件を全て充足し、被用者である上司には、不法行為が成立すると考えられます。

 ⑸ 小括

   以上より、本件においては、民法715条所定の使用者責任の成立要件を全て充足し、会社に対し、使用者責任に基づく損害賠償を請求することができると考えられます。

4 会社の債務不履行責任(民法415条)

 ⑴ 債務不履行責任の成立要件

   会社に対しては、さらに、債務不履行責任に基づく損害賠償を請求することが考えられます。

   その請求が認められるためには、①債務の発生原因事実、②①の債務の不履行、③損害の発生及びその数額、④②と③との間の因果関係が認められる必要があります。

   以下では、各要件について検討していきます。

 ⑵ ①債務の発生原因事実

   労働契約は、労働者が労務を提供し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを内容とする双務契約ですが、その内容は、単に労務提供と賃金支払義務にとどまりません。

   使用者は、労働契約に付随する義務として、労働者が安全かつ健全な環境の下で就労できるよう配慮すべき義務、すなわち、安全配慮義務を負うと解されています。この点については、労働契約法5条において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明文で規定されています。

   さらに、セクシャルハラスメントに関しては、上記のとおり、男女雇用機会均等法11条により、事業主に対し、職場におけるセクシャルハラスメントを防止するために必要な雇用管理上の措置を講ずる義務が課されています。

   したがって、会社は、個々の労働契約に基づく安全配慮義務として、また、同法11条に基づく公法上の措置義務を具体化する形で、職場において、セクシャルハラスメントが発生しないよう、体制を整備し、発生した場合には、迅速かつ適切に対応すべき義務を負っていたといえます。

 ⑶ ②①の債務の不履行

   本件では、上司が、出張という業務遂行過程において、職務上の地位・権限を利用し、相談者様に対し、キャバレークラブでの女性キャストとのキスや身体的接触を強要しています。

   このような行為は、労働者の性的自己決定権を侵害する重大なハラスメント行為であり、本来であれば、会社が防止すべき対象にほかなりません。

   会社において、

• セクシャルハラスメント防止に関する十分な教育・研修を実施していなかった

• 上司の行動を抑止する内部統制体制を整備していなかった

• 被害申告後に適切な調査・是正措置を講じなかった

  等の事情が認められる場合には、安全配慮義務に違反したものとして、債務を履行しなかったと評価されます。

   特に、本件では、相談者様が退職に至っていることからすれば、会社の対応が不十分であった可能性が強く、少なくとも、結果として、ハラスメントを防止できなかった点において、債務不履行が認められる余地が大きいといえます。

 ⑷ ③損害の発生及びその数額

   性的自己決定権の侵害は、それ自体が重大な精神的損害を発生させる性質のものです。本件においても、相談者様は、強い羞恥心、屈辱感及び恐怖を覚え、帰宅後に涙が止まらなくなるほどの精神的苦痛を受けているため、50万円~150万円程度の慰謝料請求が可能です。

   加えて、その後、適応障害との診断を受け、通院治療を余儀なくされています。これに伴う治療費等の実損害も発生しており、この点に関する請求も可能です。

   さらに、上司の行為及びその後の会社の対応により、相談者様は、退職を余儀なくされています。その退職が上司の行為を防止できなかった会社の義務違反と相当因果関係を有すると認められる場合には、逸失利益、すなわち、本来得られたはずの賃金相当額も損害として評価され得ます。例えば、月給が30万円程度であった場合、その6か月~1年分に当たる180万円~360万円の支払いを請求することが考えられます。

   したがって、本件においては、精神的損害と財産的損害の双方が発生しているといえます。

 ⑸ ④②と③との間の因果関係

   会社が適切なハラスメント防止措置を講じ、上司の行為を抑止し、又は、早期に是正していれば、本件における精神的損害及び退職という結果は回避できた可能性が高いといえます。

   したがって、会社の義務違反と相談者様の損害との間には、相当因果関係が認められる余地が大きいといえます。

 ⑹ 小括

   以上より、本件においては、民法415条所定の債務不履行責任の成立要件を全て充足し、会社に対し、債務不履行責任に基づく損害賠償を請求することができると考えられます。

参考条文

【民法】

第415条(債務不履行による損害賠償)

1 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。

 ① 債務の履行が不能であるとき。

 ② 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 ③ 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

第416条(損害賠償の範囲)

1 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

第709条(不法行為による損害賠償)

 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

第710条(財産以外の損害の賠償)

 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

第715条(使用者等の責任)

1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

【労働契約法】

第5条(労働者の安全への配慮)

 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

【雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律】

第11条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)

1 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

3 事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる第一項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。

4 厚生労働大臣は、前三項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。

5 第四条第四項及び第五項の規定は、指針の策定及び変更について準用する。この場合において、同条第四項中「聴くほか、都道府県知事の意見を求める」とあるのは、「聴く」と読み替えるものとする。

判例