新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.419、2006/6/8 16:08

[民事・不法行為] [刑事・違法性]
質問:セクハラの法的規制、裁判例を教えて下さい。

回答:
1.セクハラとは、英語の直訳では「性的に悩ませるもの」「性的な嫌がらせ」「相手方の意に反する性的な言動」となりますが、平成11年改正男女雇用機会均等法上では、「職場における性的な言動に起因する問題」(21条)すなわち「職場での相手の意思に反する性的言動」と考えてよいと思います。従来から、セクハラには、(1)地位を利用して雇用状の利益の対価として性的要求を行う対価型セクハラ(代償型、地位利用型)と(2)性的な言動が不快な労働環境を作り出す場合である環境型セクハラ(環境型)の2つに分類されていましたが、この分類は均等法にも受け継がれています。
2.セクハラに関する法的規制としては、均等法違反による行政からの規制(助言・指導・監督・公表、25、26条)の他に、程度によっては、民法、刑法に抵触する場合もあります。例えば、セクハラの加害者は、被害者の「人格権」や「働きやすい環境で働く権利」を侵害したとして不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負う可能性があり、性的言動の態様によっては、強制わいせつ罪(刑法176条)、強姦罪(刑法177条)、名誉毀損罪(刑法230条)、侮辱罪(刑法231条)、脅迫罪(刑法222条)などの刑事上の罪に問われる可能性があります。加害者には個人的な信用失墜だけでなく社内処分の対象となるなどの影響も生じる場合があります。また、セクハラを放置した事業主(使用者)としては、労働契約に基づく付随義務として労働者に対して職場環境を整備する責任を負い、使用者がこれを怠った場合には債務不履行に基づく損害賠償責任を負い(民法415条)また、使用者は不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります(民法715条)。
3.日本で初めてセクハラを前面に掲げた裁判は、平成元年1月福岡で提起され平成4年2月に原告勝訴の判決が出た福岡セクハラ訴訟です。福岡市内の小さな出版社に入社したした原告は、編集担当者として意欲を持って働いていましたが、原告の評価が高まるにつれ、上司である編集長は、原告から自分の地位が脅かされているように感じ、社の内外の人間に、原告は不倫をしているとか、水商売の方が向いているなどと性的な悪評を振りまき始め、最後には原告の異性関係のために会社の取引先を失ったという口実でやめるようにと言い出したことから、原告は、社長や専務に、編集長の嫌がらせをやめさせてくれるよう申し出たものの、専務は二人で話し合って解決するようにという指示だけであり、結局は、編集長とうまくやっていけないのなら辞めてもらわなければならないと退職を迫り、やむなく原告は任意退職に応じたという事案で、判決は、被告が原告の「名誉感情その他の人格権を害」し、「職場環境を悪化させ」たことを理由に不法行為に基づく慰謝料請求165万円を認めています(判例タイムズ783号)。上記分類では(2)の環境型の典型例です。他に環境型としては、京都ビデオ隠し撮り事件(京都地裁平成9年4月17日:労働判例716号)で、女子更衣室にビデオカメラを設置し隠し撮り、こうした行為を職場環境整備の義務違反として、210万円を認容したものがあります。
4.ところで、裁判で争われる事例は圧倒的に地位利用型が多く、多くの事例があります。概観すると、@奈良事件(奈良地裁平成7年9月6日:判例タイムズ903号163頁)社団法人に勤務する女性の身体を触る等の理事長の言動(出張中の特急内や別荘への同行を命じて性的な行為をしかけ勤務中にも性的言動をした等)がその内容、両名の関係、性差、年齢等に照らすと女性に著しい不快感を抱かせるものとして不法行為を構成するとして慰謝料110万円を認容したもの。A大阪葬儀社事件(大阪地裁平成8年4月26日:判例時報1589号92頁)入社早々の研修中の女性従業員の顧客周りの自動車に乗り込み、デートに誘ったり太股をさすったりした会社会長の行為が不法行為を構成し、会社にも使用者責任が認められるとして、会社及び会長に対する損害賠償請求が88万円の限度で一部認容された事例。B横浜事件(東京高裁平成9年11月20日:判例タイムズ1011号195 頁他)全額出資子会社に出向中であった従業員が、部下の女子従業員に対し、腰を撫でたり、髪を触ったり、またおよそ20分にわたって後ろから抱きついて首筋や唇にキスをしたり服の上から胸や下腹部を触ったりするなどの行為を行い、最終的に退職せざるを得ない状況をつくりだしたことは、当該女子従業員の性的自由及び人格権を侵害した不法行為に該当するとして慰謝料275万円を認容。さらに、本件は、民法715条にいう使用者性につき、当該事業について使用者と労働者との間に実質上の指揮監督関係があるかどうかを考慮して判断すべきであり、上記行為は、いずれも事務所内で勤務時間中に上司としての地位を利用して行われたものであり、出向先会社は使用者責任を負うといえるが、他方出向元の会社は、出向先会社とは独立した別個の企業であり、出向社員との間には実質上の指揮監督関係はなかったといえるので、使用者責任は負わないと判断しています。また、この判決では、鑑定に基づき、強姦被害者等が被害を受けたときに感じる心理、行動を分析した点で当時のセクハラ裁判では踏み込んだ異色の判決となっています。曰く「さらに、証拠(〈証拠略〉)によると、米国における強姦被害者の対処行動に関する研究によれば、強姦の脅迫を受け、又は強姦される時点において、逃げたり、声を上げることによって強姦を防ごうとする直接的な行動(身体的抵抗)をとる者は被害者のうちの一部であり、身体的又は心理的麻痺状態に陥る者、どうすれば安全に逃げられるか又は加害者をどうやって落ち着かせようかという選択可能な対応方法について考えを巡らす(認識的判断)にとどまる者、その状況から逃れるために加害者と会話を続けようとしたり、加害者の気持ちを変えるための説得をしよう(言語的戦略)とする者があると言われ、逃げたり声を上げたりすることが一般的な対応であるとは限らないと言われていること、したがって、強姦のような重大な性的自由の侵害の被害者であっても、すべての者が逃げ出そうとしたり悲鳴を上げるという態様の身体的抵抗をするとは限らないこと、強制わいせつ行為の被害者についても程度の差はあれ同様に考えることができること、特に、職場における性的自由の侵害行為の場合には、職場での上下関係(上司と部下の関係)による抑圧や、同僚との友好的関係を保つための抑圧が働き、これが、被害者が必ずしも身体的抵抗という手段を採らない要因として働くことが認められる。したがって、本件において、控訴人が事務所外へ逃げたり、悲鳴を上げて助けを求めなかったからといって、直ちに本件控訴人供述の内容が不自然であると断定することはできない。」つまり、セクハラや強姦の被害を受けた女性はその場で声を上げるはずであり、それをしていない以上被害はなかったとする従来からの裁判所の壁を見事に覆すような認定でした。C知事セクハラ事件(大阪地裁平成11年12月13日:判例時報1735号他)では、口頭弁論に欠席して反論しないにもかかわらず、記者会見で被害者を侮辱し非難する発言を繰り返したとして名誉毀損行為による慰謝料300万円、虚偽告訴によるそれが500万円、わいせつ行為が200万円とされた事案です。D大学院セクハラ事件(仙台地裁平成11年5月24日:判例時報1705 号他)は、国立大学助教授の大学院生に対する性的言動・行動が、教育上の支配従属関係を濫用したもので性的自由等の人格権の侵害に当たり、不法行為を構成、慰謝料750万円を認容するとされた事例で、アカデミックセクハラでもあります。E青森セクハラ(バス運送業)事件(青森地裁平成16年12月24日:労働判例889号)は、被告会社の従業員である原告が、被告会社の従業員であり被告会社先々代社長の養子である被告から長年にわたり執拗かつ継続的なセクハラ行為を受けたにもかかわらず、被告会社は原告の申告を受けながら何ら対策を講じなかったため、原告は退職を余儀なくされたのであり、被告らによって人格権や快適な職場環境の中で就労する権利を侵害されたとして、被告従業員に対して、不法行為に基づき、被告会社に対して、使用者責任及び債務不履行責任に基づいて損害賠償を求めた事案で、慰謝料200万円の他に逸失利益約316 万円を認めています。原告は被告会社を退職後少なくとも1年間再就職が困難と思われる故、その間における得べかりし給与相当額は被告らの行為と相当因果関係にある損害(逸失利益)としたものです。
5.海外の事案としては1996年の自動車メーカー事件があります。アメリカには差別の救済を目的として設置された連邦政府機関としてEEOC(連邦雇用機会平等委員会)というのがありますが、この連邦政府機関が、自動車メーカー社員の訴えに基づいて調査をしたところ、社内にはセクハラがあるので改善するよう何度も求めたにもかかわらず、同社は社内のセクハラを放置したとして提訴したものです。請求額は当時の日本円にして約220億円。製品の不買運動や消費者運動にまで発展し、結局、1998年に和解が成立しましたが、同社は1企業が支払う総額としては過去最高の3400万ドル(1ドル100円として34億円)を補償金として支払いました。

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