財産分与における個人的な支出の持ち戻し

家事|財産分与における個人的な支出(浮気による慰謝料の支払い)の持ち戻し|離婚、財産分与における夫と妻の利益対立|浦和地裁昭和61年8月4日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

先日、とある男性より、主人がその方の妻と浮気をしたとして、慰謝料として300万円の支払いを求める旨の通知書が届きました。私は、これに大変驚きつつも、本当に浮気をしたのか、主人を追及しました。すると、主人は、信じられないことに、特に悪びれた様子もなく、あっさりと浮気を認めました。更に信じられないことに、婚姻後に夫婦で貯めた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払うなどとも話しています。

私は、主人の自身の過ちを一切省みない態度に呆れ果てて、将来的に離婚することを決意しているのですが、実際に慰謝料300万円を支払われてしまうと、財産分与を請求するに当たり、その分が差し引かれてしまうのでしょうか。

子どもが自宅からほど近い小学校に通っているため、直ぐに別居することは考えておらず、また、預貯金の名義人が主人となっていることから、慰謝料300万円の支払い自体を阻止することも避けられない状況です。

回答:

1 財産分与の対象となる財産は、実務上、別居時に存在する夫婦共有財産です。そうすると、ご質問のように別居前に預金から支払われてしまうと対象となる財産がないことになります。しかし、離婚が予定されているのに夫婦共有財産が夫婦の一方のためだけに支払いに充てられなくなった場合、財産分与の対象とならないというのは公平に反しますので、そのような場合は財産分与の対象として計算すべきであり、そのように扱うは裁判例もあります。

2 夫婦が離婚した場合、その一方配偶者は、他方配偶者に対し、財産分与を請求することができます(民法768条1項)。財産分与には、離婚による慰謝料の要素も含まれますが、この要素は、あくまでも補充的なものと位置付けられており、財産分与を受けた後であっても、別途、慰謝料請求権を行使することができます。

もっとも、財産分与の対象は、実務上、基準時(原則として別居時)に存在する夫婦共有財産であるとされており、これを前提にすると、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払った場合には、その分、財産分与の対象となる夫婦共有財産が減少し、ひいては、相談者様が財産分与として貰える金銭が減少することになってしまいそうです。

しかしながら、専ら個人的な支出であるにもかかわらず、基準時(原則として別居時)に存在しないという理由だけで、財産分与の対象から除外するというのは、夫婦間の公平性を害し、如何にも不合理です。このような不合理を是正するために、裁判例の中には、個人的な支出の金額やその必要性、家計の状況等の諸般の事情を考慮して(「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」(同条3項))、個人的な支出を夫婦共有財産に持ち戻した上で、財産分与の支払いを命じたものが存在します。その代表例としては、浦和地裁昭和61年8月4日判決が挙げられます。

本件でも、このような過去の裁判例に鑑みれば、たとえ、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払ったとしても、別居時における夫婦共有財産の存否及び内容によっては、当該300万円が夫婦共有財産に持ち戻され、相談者様は、その分の財産分与も受けられるものと考えられます。

その場合も、預金が存在していたこと、その預金から個人的な支出が行われたことは主張立証する責任がありますから、今から証拠を残しておく必要があります。通帳あるいはその写し、支払に関する書類として示談書や領収書、預金を支払いに充てることの合意書等が証拠となるでしょう。

3 実際に財産分与を請求する方法としては、離婚協議・調停・訴訟の中で財産分与を請求するという方法のほか、先に協議離婚をしてしまった上で、財産分与請求調停・審判を申し立てるという方法もあります。後者の方法を取る場合は、離婚が成立した日から2年以内に財産分与を請求しなければならないという期間制限がある点に注意が必要です(同条2項ただし書)。この期間制限は、除斥期間(法律で定められた期間内に権利を行使しないと権利が消滅する期間 で中断はありません。)であると解されており、消滅時効の場合のような、完成の猶予や更新といった期間の進行のストップやリセットの制度はありません。

4 財産分与に関する関連事例集参照。

解説:

1 財産分与の概要

夫婦が離婚した場合、その一方配偶者は、他方配偶者に対し、財産分与を請求することができます(民法768条1項)。同項では、その主体が「協議上の離婚をした者の一方」とされており、あたかも協議離婚でなければ財産分与を請求することができないようにも読めますが、そのようなことはなく、裁判離婚の場合でも、勿論、財産分与を請求することができます。

一般に、財産分与は、婚姻中における夫婦の財産関係の清算、離婚後における一方配偶者の扶養、離婚による慰謝料の3要素で構成するものと言われています。

もっとも、その主たるところは、婚姻中における夫婦の財産関係の清算にあり、離婚後における一方配偶者の扶養の要素も、離婚による慰謝料の要素も、いずれも、補充的なものと位置付けられています。前者の扶養の要素については、離婚後において一方配偶者の資力が十分でないときに、例外的に清算的財産分与として認められることがあり、また、後者の慰謝料の要素については、離婚調停等において調整的に用いられることがあるにとどまります。

特に、慰謝料請求権は、相手方の有責行為により、離婚をやむを得なくされ、精神的な苦痛を被ったことに関する損害賠償請求権であり、夫婦共有財産の分配を主眼とする財産分与請求権とは本質を異にし、財産分与を受けた後であっても、別途、慰謝料請求権を行使することができます。

2 財産分与の対象

財産分与の対象は、実務上、基準時(原則として別居時)に存在する夫婦共有財産であるとされており、普通の平均的な家庭を想定すれば、これを2分の1ずつ夫婦で分配することになります。不動産や預貯金、株式その他の有価証券等の資産は勿論のこと、住宅ローン等の負債も、その対象に含まれます。

これを前提にすると、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払った場合には、その分、財産分与の対象となる夫婦共有財産が減少し、ひいては、相談者様が財産分与として貰える金銭が減少することになってしまいそうです。

もっとも、衣食費や医療費、教育費等の家庭生活を営むために日常的に必要な費用やそのための借金については、夫婦が連帯して負担すべきものといえますが(民法761条)、家庭生活を営むために必要のない個人的な支出については、本来、その人自身が負担すべきものであり、相談者様のご主人の浮気を原因とする慰謝料300万円が財産分与の対象から差し引かれてしまうというのは、何ら非のない相談者様の利益を害し、如何にも不合理です。

裁判例の中には、このような不合理を是正するために、個人的な支出の金額やその必要性、家計の状況等の諸般の事情を考慮して(「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」(同法768条3項))、個人的な支出を夫婦共有財産に持ち戻した上で、財産分与の支払いを命じたものが存在します。

その代表例としては、一方配偶者が、夫婦共有財産である財形貯蓄等を用いて、自身の浮気を原因とする慰謝料合計595万円を支払い、別居時においては、夫婦共有財産が全く存在しなかったという事案に関し、当該595万円を夫婦共有財産に持ち戻した上で、500万円の財産分与を認めた、浦和地裁昭和61年8月4日判決が挙げられます。

本件でも、このような過去の裁判例に鑑みれば、たとえ、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払ったとしても、別居時における夫婦共有財産の存否及び内容によっては、当該300万円が夫婦共有財産に持ち戻され、相談者様は、その分の財産分与も受けられるものと考えられます。

なお、上記のとおり、基準時(原則として別居時)に存在する夫婦共有財産を財産分与の対象とするのが大原則であり、夫婦共有財産への持ち戻しが認められるのは、極めて稀なケースです。個人的な趣味のために少額を使ったという程度では、夫婦共有財産への持ち戻しは認められないため、この点、留意しておく必要があります。

3 財産分与の請求方法

⑴ 離婚協議における解決

離婚の点を含め、夫婦間の協議における解決が可能な場合には、離婚協議書の中に財産分与に関する条項を盛り込んで、夫婦間の紛争を一挙的に解決することになります。

離婚協議書については、強制執行認諾文言付きの公正証書にしておくのが良いでしょう。そうしておけば、その後、合意したはずの財産分与を受けられなかった場合でも、別途、訴訟手続等を経ることなく、預金債権や給与債権の差押え等の強制執行を行うことができ、これにより、財産分与を強制的に実現させることができます。

⑵ 離婚調停における解決

夫婦間の協議における解決が不可能な場合には、相手方となる配偶者の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、離婚調停を申し立て(家事事件手続法245条1項)、財産分与に関しても、その中で協議することになります。この調停手続は、あくまでも裁判所での話し合いの手続であり、夫婦間で合意に至らなければ、調停は不成立となって終了します。

このように書くと、離婚調停を申し立てる意味はあまりないのではないかと思われるかもしれません。ただ、離婚については、夫婦間の紛争を出来る限り話し合いで解決させようという配慮により、原則として調停を経なければ訴訟を提起することができないという調停前置主義が採用されているため、いきなり離婚訴訟を提起することはできません。

⑶ 離婚訴訟における解決

離婚調停における解決も不可能な場合には、いずれか一方の当事者の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、離婚訴訟を提起し(人事訴訟法4条1項)、財産分与に関しても、その中で主張・立証することになります。この訴訟手続では、裁判官が、離婚を認めるべきか否か、離婚を認めるとして、どのようにして財産分与をすべきかを判断します。

もし離婚訴訟を提起されたとして、その請求の中に財産分与が含まれていない場合、財産分与が審理の対象となっていない以上、財産分与に関する判断はなされないことになります。ただ、このような場合でも、離婚訴訟の附帯処分として財産分与の申立てを行うことができ、離婚訴訟を担当する裁判官に対し、財産分与に関する判断を求めることができます(同法32条1項)。

なお、離婚訴訟については、上記のとおり、離婚調停と異なり、自らの住所地を管轄する家庭裁判所に対しても、訴訟を提起することができます。これは、離婚調停の場合には、話し合いによる解決を実現するために、相手方となる配偶者が裁判所に出頭しやすいよう、一定の配慮をする必要があるのに対し、離婚訴訟の場合には、最終的には、裁判官が判断を下すことになるため、そのような配慮の必要がないからであると考えられます。

⑷ 財産分与請求調停・審判による解決

離婚をすること自体について争いはないものの、財産分与について争いがあるような場合には、先に協議離婚をしてしまった上で、相手方となる配偶者の住所地を管轄する家庭裁判所(財産分与請求調停の場合)、若しくは、いずれか一方の当事者の住所地を管轄する家庭裁判所(財産分与請求審判の場合)に対し、財産分与請求調停・審判を申し立て(家事事件手続法245条1項、同法150条5号)、最終的には、裁判官の判断を仰ぐという方法もあります。

離婚後に財産分与を請求するに当たり、最も注意しなければならないのは、離婚が成立した日から2年以内という期間制限があるという点です(民法768条2項ただし書)。この期間制限は、除斥期間(法律で定められた期間内に権利を行使しないと権利が消滅する期間)であると解されています。そのため、財産分与については、消滅時効の場合のような、完成の猶予や更新といった期間の進行のストップやリセットの制度はなく、離婚が成立した日から2年以内に必ず請求しなければなりません。

なお、離婚の場合と異なり、上記の調停前置主義が採用されていないため、いきなり財産分与請求審判を申し立てることもできます。

4 まとめ

たとえ、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払ったとしても、当該300万円の支払いは、専らご主人の個人的な支出であり、夫婦共同生活を円満に営むために必要なものでは一切なかった旨を主張すれば、財産分与を請求するに当たり、当該300万円が差し引かれてしまうという事態を回避することもできる可能性があります。

もっとも、このような主張は、過去の裁判例を踏まえる必要があるなど、多分に専門的な要素がありますので、いざ離婚するという段階になりましたら、お近くの法律事務所の離婚問題に精通した弁護士にご相談されることをお勧めします。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

【民法】

第761条(日常の家事に関する債務の連帯責任)

夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。

第768条(財産分与)

1 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。

2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。

3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。

【家事事件手続法】

第150条(管轄)

次の各号に掲げる審判事件は、当該各号に定める地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。

① 夫婦間の協力扶助に関する処分の審判事件(別表第二の一の項の事項に ついての審判事件をいう。次条第一号において同じ。)

夫又は妻の住所地

② 夫婦財産契約による財産の管理者の変更等の審判事件(別表第一の五十八の項の事項についての審判事件をいう。)

夫又は妻の住所地

③ 婚姻費用の分担に関する処分の審判事件(別表第二の二の項の事項についての審判事件をいう。)

夫又は妻の住所地

④ 子の監護に関する処分の審判事件

子(父又は母を同じくする数人の子についての申立てに係るものにあっては、そのうちの一人)の住所地

⑤ 財産の分与に関する処分の審判事件

夫又は妻であった者の住所地

⑥ 離婚等の場合における祭具等の所有権の承継者の指定の審判事件(別表第二の五の項の事項についての審判事件をいう。)

所有者の住所地

第245条(管轄等)

1 家事調停事件は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所の管轄に属する。

2 民事訴訟法第十一条第二項及び第三項の規定は、前項の合意について準用する。

3 第百九十一条第二項及び第百九十二条の規定は、遺産の分割の調停事件(別表第二の十二の項の事項についての調停事件をいう。)及び寄与分を定める処分の調停事件(同表の十四の項の事項についての調停事件をいう。)について準用する。この場合において、第百九十一条第二項中「前項」とあるのは、「第二百四十五条第一項」と読み替えるものとする。

【人事訴訟法】

第4条(人事に関する訴えの管轄)

1 人事に関する訴えは、当該訴えに係る身分関係の当事者が普通裁判籍を有する地又はその死亡の時にこれを有した地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。

2 前項の規定による管轄裁判所が定まらないときは、人事に関する訴えは、最高裁判所規則で定める地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。

第32条(附帯処分についての裁判等)

1 裁判所は、申立てにより、夫婦の一方が他の一方に対して提起した婚姻の取消し又は離婚の訴えに係る請求を認容する判決において、子の監護者の指定その他の子の監護に関する処分、財産の分与に関する処分又は厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)第七十八条の二第二項の規定による処分(以下「附帯処分」と総称する。)についての裁判をしなければならない。

2 前項の場合においては、裁判所は、同項の判決において、当事者に対し、子の引渡し又は金銭の支払その他の財産上の給付その他の給付を命ずることができる。

3 前項の規定は、裁判所が婚姻の取消し又は離婚の訴えに係る請求を認容する判決において親権者の指定についての裁判をする場合について準用する。

4 裁判所は、第一項の子の監護者の指定その他の子の監護に関する処分についての裁判又は前項の親権者の指定についての裁判をするに当たっては、子が十五歳以上であるときは、その子の陳述を聴かなければならない。

《参考判例》

(浦和地裁昭和61年8月4日判決)

(離婚請求について)

一 〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

1 原告と被告は、ともに東京都江戸川区所在のA学園(高校)に教員として勤務していたことから知り合い、一年余りの交際の後、昭和五一年二月一二日に婚姻の届出をして夫婦となり、婚姻当初は埼玉県八潮市の借家に居住していたが、昭和五二年三月江戸川区のA学園職員寮に転居し、二人の間には一郎(昭和五三年八月五日生)、二郎(昭和五六年四月一七日生)の二子が生れた。

2 原告は、二子出産後も、教員として勤務し続け、被告も原告に収入のあることを前提として生活設計をしていたが、被告は気分の良いときに子と遊ぶことはあつたものの、家事育児を原告に任せてほとんど分担せず、被告を始めとして被告側は原告が職業を有することにあまり配慮せず、週末になると原告が家事を行ないたいときでも、被告両親宅に連れて行くなどした。

3(一) 被告は、昭和五五年から同五六年にかけて、女性と継続的な情交関係を持ち、右女性の関係者である村瀬(村上)幸作と名乗る者から、示談を迫られ、これを秘密裏に行おうとして、昭和五五年八月には、交通事故の示談金と偽つて、原告を欺き、示談金九五万円の支払を了解させ、示談金は、原被告の収入を原資とする被告名義の預金をおろして用意した。

(二) しかし、昭和五六年五月には、示談金が村瀬(村上)の強い要求により前記九五万円のほか五〇〇万円と決まつたため、被告の父は、原告の父に事情を打ち明け、二男二郎の出産のため実家にいた原告は、これを聞き大きな衝撃を受けたが、被告が一旦は反省して、車を売り、煙草を止め、皆を幸せにするよう努める旨約束したため、原告ががまんすれば家庭は壊れないと考えて、いつたんは離婚を思いとどまつた。

(三) 被告は、車を安価にしか処分できず損であると考えて、車の処分を止め、原告が、右約束を守らせようとするのは、被告を苦しめるためではないかと思うようになり、家事育児にはあいかわらず非協力であつた。

示談金五〇〇万円は、財形貯蓄(原被告の収入をもとに原被告で家を買うために積み立てていたもの)及び原被告の積立保険を解約した一〇〇万円、勤務先からの借入金二〇〇万円(被告の給料から毎月二万円程度及び賞与から差し引いて返済し、退職金で一〇〇万円程度を清算)、被告の父から借り入れた二〇〇万円により支払つたが、被告の父には、昭和五六年及び昭和五七年一二月に各一〇〇万円ずつ、賞与等の一時金を原資として返済した。

(四) 被告は、後記海外研修の際通訳をした中村某女と昭和五七年九月頃箱根へ旅行に行き、昭和五八年前半には、前記高校の卒業生と不貞を働いたと疑われるような行為をした。

4 被告は、昭和五五年秋二〇〇万円(ローンにしたため約三〇〇万円の支払となつた。)の車を購入し、ほとんど自分一人の楽しみのために使用し、その代金は当時ローン等の支払のための銀行口座としていた原告名義の口座(この口座には原告の給料及び賞与が振り込まれていた。)から、毎月一万〇六〇〇円、賞与時三〇万円が支払われ、これは昭和五八年八月頃まで続いた。

前記示談金支払のため多額の債務を生じてからも、被告は家計を無視してスーツ、ゴルフ用品を買い求め、また被告は昭和五七年の夏頃四週間の海外研修に行つたがその際預金を引き出して準備費用としたほか、研修先で被告の夏の賞与約五五万円と学校からの手当二〇万円、餞別の所持金等をすべて費消し、右海外研修の後、金遣いが荒くなつた。

このため、原告は、前記原告名義の預金口座から三〇万円を引き出し、定額貯金したが、被告は、原告がこれを被告に無断で行なつたことを知つて、家計が自分の自由にならないと怒り、被告の預金の管理を被告自らが行うとして、原告から被告名義の預金通帳を取り上げた。

昭和五八年一月から被告は、寮費(一か月三万円、給与から差引かれ、給与はその後銀行振込み)、保育料(四月以降のみ)、電話・電気代(六月以降のみ)を銀行からの引き落としの方法により支払うだけで、給与を家計にいれなくなつたため、原告の収入で生活費を賄うようになり、被告の帰宅時間も連日午後一〇時、一一時を過ぎるようになつた。

5 被告は、婚姻後しばしば、原告や子らに暴力をふるい、原告は、顔面を殴られて眼帯をして前記学校に行つたり、被告に殴られて茶箪笥にぶつかり鼓膜を破つたこともあるが、昭和五八年に入ると、被告の原告に対する暴行は、いつそう酷くなり、「出ていけ」等といい、被告の乱暴のため二郎の爪が割れたこともある。

6 被告は、被告の両親に頼んで、同年七月二九日、一郎を被告両親宅に連れ出し、同月三〇日から三日間原告には無断で被告の両親宅に宿泊し、一郎と遊んだりしていたが、翌八月二日夜一〇時頃帰宅し、原告に対し、「馬鹿づらしてまだいるのか、出ていけばいい」等といい、食器の入つた食器籠を戸に投げ付けたりした。原告は、被告の父に電話したが来て貰えず、原告の父を呼んだが事態は納まらず、被告は逆上して警察官を同行して来る等したが、逆に被告が警察官から諫められ、同夜原告は、原告の両親宅に帰つた。

7 原告は、同月四日帰宅し、被告の両親に電話し、一郎を帰すように求めたが、断わられてしまい、同月六日二郎を連れて、原告両親宅に戻つていたところ、同月一四日、被告と被告の父が訪ねてきたが、被告にその行動を改める意思がみうけられなかつたため、原告は、被告との婚姻生活をあきらめ、同月二一日荷物を引き上げた。被告は被告両親宅で一郎と生活し、原被告は以来別居しており、その婚姻を継続していく意思がない。

右認定事実によれば、原被告間の婚姻生活は破綻し、原告につき、婚姻を継続し難い事由が存するということができるから、原告の離婚請求は理由がある。

(親権及び監護について)

二1 〈証拠〉によれば次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(一) 二郎は原告の許におり、被告は二郎の養育を望んでいないが、原告は、一郎と二郎双方の親権者及び監護者たることを望み、一郎が被告両親宅に連れていかれてから、これまで、一郎の引き渡しを一貫して求めている。

(二) 原告は、原被告同居時、被告が家事育児をほとんど担当しなかつたため、一郎と二郎の育児に従事していた。昼間は二子を勤務先の保育園に預けていたが、一日二回母乳を飲ませる等二子の育児について配慮し、被告は、原告が二子を自転車で右保育園に送つて行くのに、自分が独りで車で右学校(同校敷地内に右保育園がある。)に通勤することがある等非協力であつた。

(三) 一郎は、昭和五八年七月二九日以降、被告及び被告の両親と同居し、主に被告の母の手によつて育てられ、被告の母は、一郎に自己を「おかあさん」と呼ばせるだけの自信があり、被告は休日等に一郎と遊ぶなどし、一郎は、被告を好いて、右祖父母を慕い、学校生活に適応し、落ち着いた生活をしている。

(四) 原告は、かつて、一郎が二郎に玩具を貸さなかつたということで一郎を叩くなどし、一郎は、原告が二郎に比して自己につらく当たつたと感じており、被告の両親らに、原告を嫌う態度を示している。

(五) 被告の母は、一郎を自らの手元で育て始めてからは、慈しんでいるものの、かつては、原告が子を出産することを望まず、原告が子らを連れてその家を訪れるのを家が汚れるからとして嫌がつていたものであり、また、被告の両親は一郎をその跡継ぎと位置づけている。

(六) 被告の両親は、被告が暴力をふるうことを怖れて被告の自己中心的行為を放置していた。

(七) 原告は、昭和五九年に家を建築し、原告の両親と同居する予定であり、子らにその自室を提供することができ、被告と一郎の住む被告両親宅は被告の父の所有で、子らにその自室を提供することができる。

(八) 原告は、現在も前記学校に在職中で、被告は同校を退職し、現在は埼玉県立K高校に臨時採用され、共に学校の教職にあり、原告は、その収入は安定しているが、前記自宅取得のためローンを負担し、商売を営む原告の両親の経済的援助を受けており、被告は、臨時職員のためその収入は不安定であつて、経済的援助を受け得る被告の父には公務員としての定期収入があるが、被告の父親は前記自宅取得のためローンを負担している。

(九) 原被告側の人間環境は、原告の父が商人、被告の父が公務員であるということもあつて、その職業から生ずる家庭の雰囲気等生活感は異なるが、他にとりたてて差異はない。

2 前記一及び右1の認定事実に、鑑定結果を徴し、次のように判断する。

(1) 原被告側双方における、一郎を養育する居住環境、経済環境、人間的環境については、特に大きな差異はないといえ、二子の親権者をいずれに定めるかは、原被告のいずれが親権の行使者としてふさわしいかにかかるものといえるところ、原告は、二子の親としての自覚・責任感・主体性及び子自身の利益を重んじる考え方をかねてから有し、かつ現在も有している点において、被告に優つているといえ、この点は、親権者を定めるに重要な要素であるから、原告を二子の親権者として定めるべきであると判断する。

(2) しかも、幼児期において兄弟が日常生活を共にすることによつて得られる体験は貴重なものであるから、一郎は二郎と共に育てられるべきであるところ、二郎を育てているのは、原告であつて、被告は二郎の養育を望んでいないのであるから、この点からも二子の親権者を原告と定めるのが適当である。

(3) これに対し、被告は、粗暴かつ自己中心的で、原告の立場及び自己の行動や希望が原告に与える負担に思いいたさず、しかも依存的な性格を有し、自らの夫及び父としての役割を果たしてこなかつたし、果していないといい得ること、親権は本来子の親が行使するものであつて、被告が被告の母に任せ切りにするのは適当ではなく、よつて、被告は、親権の行使者としてふさわしいとはいえず、このような被告を増長させ、しかも、一郎を跡継ぎと位置づけ、それゆえ手元に置きたいと考えているといい得る被告の両親が、一郎の実際の養育にあたつていることを考えれば、なおさらである。

(4) 一郎は、被告の両親らに原告を嫌う態度を示しており、これは被告の不貞行為発覚から、昭和五八年八月の別居時まで、原被告が対立を深め、感情的になつていたといい得る期間、二郎が乳幼児であつたこともあつて、一郎が辛い思いをしたためと考えられるが、一郎が原告を真に嫌い、また母たる原告を必要としていないとは考えられないし、一郎が原告の行為のみを記憶し、原告のみを嫌う態度を示しているのは、多分に被告側の一郎に接する態度に原因があるものということができる。

子にとつて両親の不仲及び別居は不幸な事態ではあるが、その不幸な事態がおきてしまつた以上、子はその現実を正しく受け止めなければ、その成長は歪められてしまうのであり、したがつて、一郎が原告を嫌う態度を示していることを放置し、一郎の母が原告であることに変わりがないことを教えていないこと自体被告側の自己中心的な発想によるものであるということができる。

よつて、一郎が原告を嫌う態度を示していることを親権者決定の際考慮すべき要素とすることはできない。

以上述べた理由により、原告を原被告間の二子の親権者と定め、原告に右二子の監護教育をさせるべきであると判断する。

3 引き渡しについて

前記二1の事実によれば、一郎は被告と同居し、原告と同居していないので、原告に一郎を監護養育させるため、被告から原告に対し、一郎を引き渡させることを相当と判断する。

4 二子の監護費用について

親は、未成熟の子を共同して監護養育すべきものであるが、離婚その他の事由により共同して監護養育することができない場合でも、子の監護養育費用を負担する義務を免れず、親同士ではその出捐にかかる費用を分担する義務がある。婚姻中にあつては、民法七六〇条によるが、協議離婚をする場合には、協議でこれを定めなければならず(同法七六六条一項)、裁判上の離婚においては、申立があればこれを裁判所が定めなければならない(同法七七一条、七六六条一項。人事訴訟法一五条一項は、「子の監護につき必要な事項」と定めるが、監護養育費用の分担に関する事項もこれに含まれると解される。家事審判規則五三条参照)。

この理を、親権者が同時に監護者と定められた場合において、別に解する理由はない。

本件において、原告は、一郎の引渡請求のほか、原被告間の二子の監護者の決定と監護養育費用の給付の申立て、当裁判所は、この申立に対し、まず、先に述べたとおり、原告をして監護養育させることとしたのであるから、次に監護養育費用の分担を定め、被告に対してその給付を命じることとする(人事訴訟法一五条二項)。

〈証拠〉によれば、昭和六〇年五月当時原告の手取り収入は、月給約二二万五〇〇〇円、賞与年二回各約四〇万円、助成金約七〇万円の年約四二〇万円で、昭和六〇年六月当時の被告の年収は約三二〇万円であることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の原被告の収入を標準的な家庭における消費支出割合にあてはめ、原被告間の二子の監護養育費を検討してみる。

右原告及び被告の収入の合算額七四〇万円のうち、消費支出にあてられるのはおよそその六六パーセントにあたる四八八万四〇〇〇円であると考えられ(財団法人労務行政研究所発行物価と生計費資料・生計費統計研究会「エンゲル係数、教育・教養娯楽費比率その他の消費支出」参照。)、これを一二で除した額四〇万七〇〇〇円が月額の消費支出と考えられる。

労働科学研究所による消費単位は、昭和六〇年において、原告一・〇〇(原告は、教員として働いているものであるから、成人男子と同等に評価すべきである。)、被告一・〇〇、一郎〇・五五、二郎〇・四五であるから、標準的な家庭を想定した消費支出及び消費単位に基づく試算としては、同年当時一郎の監護養育費用は七万四六一六円(円未満切り捨て。四〇万七〇〇〇円の三分の〇・五五)、二郎の監護養育費用は六万一〇四九円(円未満切り捨て。四〇万七〇〇〇円の三分の〇・四五)であり、また、先に述べたとおり、原被告側双方における経済環境には特に大きな差異はなく、原被告は、右各監護養育費用を平等に分担すべきであるから、被告の分担は、昭和六〇年当時一郎につき三万七三〇八円、二郎につき三万〇五二四円(円未満切り捨て)となる。

ところで、監護養育費用の裁判は、後に変更することが可能である(人事訴訟法一五条四項)から、ここでは本判決言渡の時から、二ないし三年の間被告が分担し原告に対し給付すべき監護養育費用を判断することとし、右算定の結果をふまえ、一郎については三万八〇〇〇円、二郎については三万一〇〇〇円と定めることとする。

(慰謝料について)

三 前記一の事実によると、被告は、原告に対し、暴力をふるい、また、不貞を働いたばかりか、一人驕奢な生活をし、原告の置かれた立場を理解せず、逆に家事育児を担う原告の負担を精神的にも増加させる行動を採つていたということができ、原、被告間の婚姻生活は主として被告の責任により破綻するに至つたというべきであるから、被告はこれにより原告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき義務があるというべきであり、原告の右苦痛は三〇〇万円をもつて慰謝するのが相当である。

(財産分与について)

四 前記一の事実、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

1 婚姻後同居期間中の原告及び被告の給与等の額は概ね別表二のとおりであり、九五万円の示談金の支払時たる昭和五五年八月頃、原被告は定期性の貯蓄は被告名義でしていたが、それは、三〇〇万円から三五〇万円であつた。

2 しかし、前記九五万円及び五〇〇万円の示談金の支払、車の購入(支払額約三〇〇万円)、被告の浪費、昭和五八年からの被告の婚姻費用非分担のため、原被告の定期性の貯蓄、原告の預金等は前記昭和五八年八月の別居時点では、全く存在せず、被告は別居後も車を所有している。

3 なお、被告主張のダイヤモンドの購入は、原告の父の出捐によるものであり、原告は、原被告の収入を浪費していない。

以上の事実及び前記一の事実に鑑みれば、被告は離婚に伴う財産分与として原告に対し、五〇〇万円を給付するのが相当であり、かつこれをもつて相当と思料される。

以上のとおり、本訴請求のうち、離婚請求並びに慰謝料三〇〇万円及びこれに対する不法行為(婚姻関係の破綻)の後であり、かつ、訴状送達の翌日たる昭和五九年五月二三日から支払済まで民法所定年五分の割合による金員の請求は理由があるから、これらを各認容し、財産分与については被告から原告に金五〇〇万円を分与させることとして、その給付を命じ(財産分与の効果は、判決の確定により生じるから、これについての訴状送達の日の翌日からの遅延損害金支払の申立は理由がない。)、一郎及び二郎の親権者を原告と定め、被告に対し、原告へ一郎を引き渡すことを命じ、被告が分担すべき二子の監護養育費用として長男一郎については一か月金三万八〇〇〇円、二男二郎については一か月金三万一〇〇〇円と定め、被告に対し右各割合による金員を本判決確定の日から毎月末日限り(判決確定の日を含む月については、日割計算とする。)支払うよう命じ、仮執行宣言については、民事訴訟法一九六条(財産分与の効果は、判決の確定により生じるものであるから、これについては仮執行宣言を付しえない。)、訴訟費用の負担については同法八九条を適用して主文のとおり判決する。