財産分与における個人的な支出の持ち戻し
家事|財産分与における個人的な支出(浮気による慰謝料の支払い)の持ち戻し|離婚、財産分与における夫と妻の利益対立|浦和地裁昭和61年8月4日判決
目次
質問:
先日、とある男性より、主人がその方の妻と浮気をしたとして、慰謝料として300万円の支払いを求める旨の通知書が届きました。私は、これに大変驚きつつも、本当に浮気をしたのか、主人を追及しました。すると、主人は、信じられないことに、特に悪びれた様子もなく、あっさりと浮気を認めました。更に信じられないことに、婚姻後に夫婦で貯めた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払うなどとも話しています。
私は、主人の自身の過ちを一切省みない態度に呆れ果てて、将来的に離婚することを決意しているのですが、実際に慰謝料300万円を支払われてしまうと、財産分与を請求するに当たり、その分が差し引かれてしまうのでしょうか。
子どもが自宅からほど近い小学校に通っているため、直ぐに別居することは考えておらず、また、預貯金の名義人が主人となっていることから、慰謝料300万円の支払い自体を阻止することも避けられない状況です。
回答:
1 財産分与の対象となる財産は、実務上、別居時に存在する夫婦共有財産です。そうすると、ご質問のように別居前に預金から支払われてしまうと対象となる財産がないことになります。しかし、離婚が予定されているのに夫婦共有財産が夫婦の一方のためだけに支払いに充てられなくなった場合、財産分与の対象とならないというのは公平に反しますので、そのような場合は財産分与の対象として計算すべきであり、そのように扱うは裁判例もあります。
2 夫婦が離婚した場合、その一方配偶者は、他方配偶者に対し、財産分与を請求することができます(民法768条1項)。財産分与には、離婚による慰謝料の要素も含まれますが、この要素は、あくまでも補充的なものと位置付けられており、財産分与を受けた後であっても、別途、慰謝料請求権を行使することができます。
もっとも、財産分与の対象は、実務上、基準時(原則として別居時)に存在する夫婦共有財産であるとされており、これを前提にすると、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払った場合には、その分、財産分与の対象となる夫婦共有財産が減少し、ひいては、相談者様が財産分与として貰える金銭が減少することになってしまいそうです。
しかしながら、専ら個人的な支出であるにもかかわらず、基準時(原則として別居時)に存在しないという理由だけで、財産分与の対象から除外するというのは、夫婦間の公平性を害し、如何にも不合理です。このような不合理を是正するために、裁判例の中には、個人的な支出の金額やその必要性、家計の状況等の諸般の事情を考慮して(「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」(同条3項))、個人的な支出を夫婦共有財産に持ち戻した上で、財産分与の支払いを命じたものが存在します。その代表例としては、浦和地裁昭和61年8月4日判決が挙げられます。
本件でも、このような過去の裁判例に鑑みれば、たとえ、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払ったとしても、別居時における夫婦共有財産の存否及び内容によっては、当該300万円が夫婦共有財産に持ち戻され、相談者様は、その分の財産分与も受けられるものと考えられます。
その場合も、預金が存在していたこと、その預金から個人的な支出が行われたことは主張立証する責任がありますから、今から証拠を残しておく必要があります。通帳あるいはその写し、支払に関する書類として示談書や領収書、預金を支払いに充てることの合意書等が証拠となるでしょう。
3 実際に財産分与を請求する方法としては、離婚協議・調停・訴訟の中で財産分与を請求するという方法のほか、先に協議離婚をしてしまった上で、財産分与請求調停・審判を申し立てるという方法もあります。後者の方法を取る場合は、離婚が成立した日から2年以内に財産分与を請求しなければならないという期間制限がある点に注意が必要です(同条2項ただし書)。この期間制限は、除斥期間(法律で定められた期間内に権利を行使しないと権利が消滅する期間 で中断はありません。)であると解されており、消滅時効の場合のような、完成の猶予や更新といった期間の進行のストップやリセットの制度はありません。
4 財産分与に関する関連事例集参照。
解説:
1 財産分与の概要
夫婦が離婚した場合、その一方配偶者は、他方配偶者に対し、財産分与を請求することができます(民法768条1項)。同項では、その主体が「協議上の離婚をした者の一方」とされており、あたかも協議離婚でなければ財産分与を請求することができないようにも読めますが、そのようなことはなく、裁判離婚の場合でも、勿論、財産分与を請求することができます。
一般に、財産分与は、婚姻中における夫婦の財産関係の清算、離婚後における一方配偶者の扶養、離婚による慰謝料の3要素で構成するものと言われています。
もっとも、その主たるところは、婚姻中における夫婦の財産関係の清算にあり、離婚後における一方配偶者の扶養の要素も、離婚による慰謝料の要素も、いずれも、補充的なものと位置付けられています。前者の扶養の要素については、離婚後において一方配偶者の資力が十分でないときに、例外的に清算的財産分与として認められることがあり、また、後者の慰謝料の要素については、離婚調停等において調整的に用いられることがあるにとどまります。
特に、慰謝料請求権は、相手方の有責行為により、離婚をやむを得なくされ、精神的な苦痛を被ったことに関する損害賠償請求権であり、夫婦共有財産の分配を主眼とする財産分与請求権とは本質を異にし、財産分与を受けた後であっても、別途、慰謝料請求権を行使することができます。
2 財産分与の対象
財産分与の対象は、実務上、基準時(原則として別居時)に存在する夫婦共有財産であるとされており、普通の平均的な家庭を想定すれば、これを2分の1ずつ夫婦で分配することになります。不動産や預貯金、株式その他の有価証券等の資産は勿論のこと、住宅ローン等の負債も、その対象に含まれます。
これを前提にすると、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払った場合には、その分、財産分与の対象となる夫婦共有財産が減少し、ひいては、相談者様が財産分与として貰える金銭が減少することになってしまいそうです。
もっとも、衣食費や医療費、教育費等の家庭生活を営むために日常的に必要な費用やそのための借金については、夫婦が連帯して負担すべきものといえますが(民法761条)、家庭生活を営むために必要のない個人的な支出については、本来、その人自身が負担すべきものであり、相談者様のご主人の浮気を原因とする慰謝料300万円が財産分与の対象から差し引かれてしまうというのは、何ら非のない相談者様の利益を害し、如何にも不合理です。
裁判例の中には、このような不合理を是正するために、個人的な支出の金額やその必要性、家計の状況等の諸般の事情を考慮して(「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」(同法768条3項))、個人的な支出を夫婦共有財産に持ち戻した上で、財産分与の支払いを命じたものが存在します。
その代表例としては、一方配偶者が、夫婦共有財産である財形貯蓄等を用いて、自身の浮気を原因とする慰謝料合計595万円を支払い、別居時においては、夫婦共有財産が全く存在しなかったという事案に関し、当該595万円を夫婦共有財産に持ち戻した上で、500万円の財産分与を認めた、浦和地裁昭和61年8月4日判決が挙げられます。
本件でも、このような過去の裁判例に鑑みれば、たとえ、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払ったとしても、別居時における夫婦共有財産の存否及び内容によっては、当該300万円が夫婦共有財産に持ち戻され、相談者様は、その分の財産分与も受けられるものと考えられます。
なお、上記のとおり、基準時(原則として別居時)に存在する夫婦共有財産を財産分与の対象とするのが大原則であり、夫婦共有財産への持ち戻しが認められるのは、極めて稀なケースです。個人的な趣味のために少額を使ったという程度では、夫婦共有財産への持ち戻しは認められないため、この点、留意しておく必要があります。
3 財産分与の請求方法
⑴ 離婚協議における解決
離婚の点を含め、夫婦間の協議における解決が可能な場合には、離婚協議書の中に財産分与に関する条項を盛り込んで、夫婦間の紛争を一挙的に解決することになります。
離婚協議書については、強制執行認諾文言付きの公正証書にしておくのが良いでしょう。そうしておけば、その後、合意したはずの財産分与を受けられなかった場合でも、別途、訴訟手続等を経ることなく、預金債権や給与債権の差押え等の強制執行を行うことができ、これにより、財産分与を強制的に実現させることができます。
⑵ 離婚調停における解決
夫婦間の協議における解決が不可能な場合には、相手方となる配偶者の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、離婚調停を申し立て(家事事件手続法245条1項)、財産分与に関しても、その中で協議することになります。この調停手続は、あくまでも裁判所での話し合いの手続であり、夫婦間で合意に至らなければ、調停は不成立となって終了します。
このように書くと、離婚調停を申し立てる意味はあまりないのではないかと思われるかもしれません。ただ、離婚については、夫婦間の紛争を出来る限り話し合いで解決させようという配慮により、原則として調停を経なければ訴訟を提起することができないという調停前置主義が採用されているため、いきなり離婚訴訟を提起することはできません。
⑶ 離婚訴訟における解決
離婚調停における解決も不可能な場合には、いずれか一方の当事者の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、離婚訴訟を提起し(人事訴訟法4条1項)、財産分与に関しても、その中で主張・立証することになります。この訴訟手続では、裁判官が、離婚を認めるべきか否か、離婚を認めるとして、どのようにして財産分与をすべきかを判断します。
もし離婚訴訟を提起されたとして、その請求の中に財産分与が含まれていない場合、財産分与が審理の対象となっていない以上、財産分与に関する判断はなされないことになります。ただ、このような場合でも、離婚訴訟の附帯処分として財産分与の申立てを行うことができ、離婚訴訟を担当する裁判官に対し、財産分与に関する判断を求めることができます(同法32条1項)。
なお、離婚訴訟については、上記のとおり、離婚調停と異なり、自らの住所地を管轄する家庭裁判所に対しても、訴訟を提起することができます。これは、離婚調停の場合には、話し合いによる解決を実現するために、相手方となる配偶者が裁判所に出頭しやすいよう、一定の配慮をする必要があるのに対し、離婚訴訟の場合には、最終的には、裁判官が判断を下すことになるため、そのような配慮の必要がないからであると考えられます。
⑷ 財産分与請求調停・審判による解決
離婚をすること自体について争いはないものの、財産分与について争いがあるような場合には、先に協議離婚をしてしまった上で、相手方となる配偶者の住所地を管轄する家庭裁判所(財産分与請求調停の場合)、若しくは、いずれか一方の当事者の住所地を管轄する家庭裁判所(財産分与請求審判の場合)に対し、財産分与請求調停・審判を申し立て(家事事件手続法245条1項、同法150条5号)、最終的には、裁判官の判断を仰ぐという方法もあります。
離婚後に財産分与を請求するに当たり、最も注意しなければならないのは、離婚が成立した日から2年以内という期間制限があるという点です(民法768条2項ただし書)。この期間制限は、除斥期間(法律で定められた期間内に権利を行使しないと権利が消滅する期間)であると解されています。そのため、財産分与については、消滅時効の場合のような、完成の猶予や更新といった期間の進行のストップやリセットの制度はなく、離婚が成立した日から2年以内に必ず請求しなければなりません。
なお、離婚の場合と異なり、上記の調停前置主義が採用されていないため、いきなり財産分与請求審判を申し立てることもできます。
4 まとめ
たとえ、相談者様のご主人が、基準時(原則として別居時)よりも前に、婚姻後にご夫婦で貯められた預貯金を用いて、慰謝料300万円を支払ったとしても、当該300万円の支払いは、専らご主人の個人的な支出であり、夫婦共同生活を円満に営むために必要なものでは一切なかった旨を主張すれば、財産分与を請求するに当たり、当該300万円が差し引かれてしまうという事態を回避することもできる可能性があります。
もっとも、このような主張は、過去の裁判例を踏まえる必要があるなど、多分に専門的な要素がありますので、いざ離婚するという段階になりましたら、お近くの法律事務所の離婚問題に精通した弁護士にご相談されることをお勧めします。
以上