新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1687、2016/05/20 17:33 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【民事、横領の疑いとその対策、名古屋地判昭和62年7月27日、横領を認める書面作成の効果、東京地判平成26年7月3日】

従業員の現金管理の注意義務について

質問:
 先日退職した会社から多額の損害賠償請求をされそうになって困っています。詳しい事情は次のとおりです。
 私は退職した会社で1年ほど小口現金管理の業務を担当していました。私が退職する数日前、小口現金管理用の金庫のダイヤルロックが何者かに解除されており、中から現金が150万円ほどなくなっているのに気付きました。実は、この会社では以前も同じように小口現金がなくなったことがあり、その時は当時の小口現金管理の担当者が会社に一方的に犯人と決め付けられ、なくなった現金を全額会社に弁償する旨の誓約書に半ば強引に署名させられた、ということがありました。そのため、本来であれば、すぐに上司に報告すべきところなのですが、会社から無くなった現金の補填を強引に迫られるのが怖くて、結局誰にも報告をすることなく、退職しました。
 そうしたところ、会社の上司や役員等から連日電話が鳴りやみません。私が電話口で事情を説明しようとしても会社は聞く耳持たずで、一方的に私を現金持ち出しの犯人と決め付け、「今すぐ全額返せ。」の一点張りです。その話し方も語気鋭く脅すような感じで、非常に恐怖を感じています。今週末に、実印と印鑑証明を持って会社に来るように言われているのですが、どのように対応していったら良いのでしょうか。



回答:

1. あなたが金庫内の現金を持ち去った事実や証拠が存在しないことを前提とすると、実際には、現金持ち出しの点ではなく、あなたの小口現金管理に関する債務不履行(民法415条)ないし不法行為(民法709条)の成否が問題となるものと考えられます。

2. 労働契約(雇用契約)上の使用者から労働者に対する損害賠償請求については、通常の損害賠償請求の場面とは異なり、労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求が認められる場合を限定的に解する法理が裁判例上確立されており、具体的には、あなたに義務違反行為(何者かによって金庫から現金が持ち出されることのないよう細心の注意を払って管理すべき義務)および単なる過失に止まらない重過失が認められることが必要であると解されます。

3. もっとも、仮に会社に呼び出された際、会社が用意した全額支払いの誓約書面に署名・押印するなどしたとなると、状況は全く変わってきます。会社は、後の民事裁判において全額支払いの合意が成立した事実を主張・立証しさえすれば請求認容判決の獲得が可能となり、かかる事実はあなたが署名・押印した誓約書面を証拠提出することで容易に立証可能であるためです。このような誓約書面が一度作成されてしまうと、訴訟内で合意の効力を争おうとしても、立証責任の負担及び必要な立証のハードルが高いこと、有力な証拠を収集することの困難性等から、実際には有効な反論が極めて困難となってしまうことが多いのです。本件と類似の事案における実際の裁判例を解説中に紹介してありますので、ご参照頂ければと思います。

4. 以前同様の現金逸失があった際の会社の対応や、会社のあなたに対する連絡内容、態度等からすると、会社としては、あなたを呼び出した際、現金を持ち出したことを認め、全額の賠償を誓約する、といった内容の書面に半ば強引に署名・押印させようとするであろうことが容易に想定されるところであり、かかる状況下では、会社の指示通りに呼び出しに応じることは非常に危険であると考えられます。速やかに代理人として弁護士を選任し、会社との連絡窓口となってもらうとともに、義務違反行為や重過失の不存在等必要な主張を行いつつ会社と折衝してもらうのが最も安全かつ確実な対応といえるでしょう。

5 労働者の注意義務に関連する事例集1553番1240番1141番971番926番865番852番730番692番参照。


解説:

1.(損害賠償義務の有無)

 まず、現時点でのあなたと会社との間の法律関係について確認しておきたいと思います。会社はあなたが金庫内の現金を持ち去ったと疑っているようですが、そのような事実や証拠が存在しないことを前提とすると、本件が民事訴訟等の法的手続に移行した場合、現金持ち去りを理由とする損害賠償請求(民法709条)が正面から追及される可能性は高くないものと思われます。実際には、あなたが会社との労働契約(雇用契約)上の義務(またはこれに付随する義務)に違反して現金を逸失させたとする、小口現金管理に関する債務不履行(民法415条)ないし不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)の成否が問題になるものと考えられます。会社としてはあなたが、現金を盗んだことを主張して盗んだ現金を返せと主張したいでしょうが、そのような事実を立証することは不可能でしょう。そこで、会社としてあなたに賠償を請求するには労働契約上の債務不履行、あるいは、管理不十分という不法行為という法律構成をとることになります。

 債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求を追及するには、通常、被請求者の義務違反行為(債務不履行行為ないし加害行為)につき故意または過失が必要とされます。もっとも、労働契約(雇用契約)上の使用者から労働者に対する損害賠償請求の場面については、労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求が認められる場合を限定的に解する法理が裁判例上確立されており、仮に労働者に義務違反行為があったとしても、過失の程度が重過失(過失の程度が著しいこと)に至らないような場合には、会社に対する損害賠償義務を負わないものと解されます(名古屋地判昭和62年7月27日参照)。かかる法理は、使用者はその指揮命令に服すべき従属的立場にある労働者の活動により事業を拡大して利益を得ているのであるから、それによる損失をも負担すべきであるという報償責任の原理に由来するものであると一般的には理解されています。
 これらを前提とすると、あなたが会社に対して損害賠償義務を負っているといえるためには、あなたに義務違反行為(具体的には、何者かによって金庫から現金が持ち出されることのないよう細心の注意を払って管理すべき義務)および重過失が認められることが必要であり、これらの有無を検討するにあたっては、会社内での小口現金管理の体制、現金管理に関する会社からの具体的な業務指示の内容、小口現金管理の具体的状況、金庫の性能・機能、現金逸失時の具体的状況、現金逸失前後の具体的経過等の詳細を追加でお聞きする必要があります。

 これらの検討の結果、会社に対する損害賠償の必要がないということであれば、会社の請求に対しては毅然と拒否すべきことになるでしょう。

2.(誓約書に署名押印することの意味合いについて)

 ただし、上記はあくまで現時点における、あなたと会社との間の法律関係についての一般論であり、仮に会社に呼び出された際、会社が用意した誓約書等の書面に署名・押印するなどしたとなると、状況は全く変わってきます。以前同様の現金逸失があった際の会社の対応や、会社のあなたに対する連絡内容、態度等からすると、会社としては、あなたを呼び出した際、現金を持ち出したことを認め、全額の賠償を誓約する、といった内容の書面に半ば強引に署名・押印させようとするであろうことが容易に推測されます。

 このような書面に署名・押印するということは、法律的には、あなたと会社との間で、あなたが逸失した現金相当額を補填する合意が成立し、これに基づき、会社に対して逸失した現金相当額の支払義務を負う、ということを意味します。このような書面が出来上がってしまった場合、後に会社があなたに対して民事訴訟等の法的手続を執る際、あなたにとって著しく不利な証拠となります。

 具体的には、訴訟手続の中で請求認容判決(あなたから見れば敗訴判決)を取得するにあたり、会社があなたの義務違反行為(債務不履行行為ないし加害行為)や重過失を立証する必要が無くなります。本来、会社があなたに対する損害賠償請求を認容してもらうためには、小口現金管理に関する債務不履行(民法415条)ないし不法行為(民法709条)の成立を主張・立証する必要があり、現金管理に関する注意義務違反の存在や重過失の存在は会社が立証しなければなりません。しかし、上記のような書面が作成された場合、会社としては、逸失した現金相当額を支払う旨の合意の成立を主張・立証しさえすれば、全額の支払いを内容とする請求認容判決の取得という目的が達成できてしまうことになります。

 そして、全額支払いの合意の存在は、あなたが署名・押印した誓約書面を証拠提出することで容易に立証可能となります。このような誓約文書をはじめとする私文書については、その文書が特定人の意思に基づいて作成されたこと(これを「文書の成立の真正」といいます。本件で言えば、あなたが自らの意思に基づいて全額支払いの合意をしたことを意味します。)の立証の困難性を緩和するため、特別の推定規定が設けられています(民事訴訟法228条4項)。本条は、文書上に本人の意思に基づく署名・押印がある場合、その文書全体が真正に成立したと推定する規定ですが、さらに、印影部分が実印等本人の印章によって顕出されたものである場合には、特段の事情がない限り本人の意思に基づいて顕出された印影であることが事実上推定されてしまうことになります(最判昭和39年5月12日)。したがって、結局のところ、誓約文書にあなたの押印があれば、真意に基づく全額払いの合意があったと認定されてしまう危険性が極めて高い状況となってしまうのです。

3.(全額支払いの合意を覆すことの可否)

 仮に、上記のような誓約文書に署名・押印したことで、会社に対する全額払いの合意の存在が認められてしまった場合、会社の請求を棄却してもらうためには、被告となるあなたの方で、合意に基づく支払義務の発生という法律効果を法的に排斥しうる事実を主張・立証する必要が生じます。どのような事実を主張・立証すべきかについては、誓約文書に署名・押印した際の具体的状況に応じて個別的に検討すべき事柄ですが、例を挙げると以下のような反論が想定されます。

(1)強迫による取消し(民法96条1項)

 民法96条1項は「強迫による意思表示は、取り消すことができる。」と規定しています。ここで言う「強迫」とは、他人に害悪を示し、畏怖させる行為を指し、誓約文書を作成するに際して会社関係者らから、もし署名・押印しなければ危害を加えかねない気勢を示して脅された、といった事情があれば、強迫による合意の取消しの可否が問題となり得ます。

 もっとも、強迫は社会通念上違法と認められる程度の強度のものでなければならず、取消しを認めてもらうことは容易なことではありません。例えば、事情聴取や誓約書面作成等が一定の節度を保って行われているような場合、会社関係者らによる追及の口調が厳しくなったり声が大きくなったりした、という程度では通常取消しが認められる程度の「強迫」があったとはいえないでしょう。また、強迫があった事実は取消しを主張する側で立証する必要があり、この立証は実際には困難であることが多いのです。

(2)公序良俗違反による無効(民法90条)

 民法90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」として、社会的妥当性を欠く合意が無効になる旨定めています。仮に、会社関係者らがあなたの畏怖状態に乗じて署名・押印を迫った等、著しく公正を欠く方法により支払合意がなされた場合、公序良俗違反による合意の無効を主張する余地が一応考えられます。また、困窮に乗じて著しく過大な義務を負担させる合意をなさしめた点をいわゆる暴利行為と捉えて、公序良俗違反を主張することが一応考えられます。

 もっとも、公序良俗違反の基礎となる事実の立証に困難を伴うことが多いこと、仮に事実関係の立証に成功したとしても無効と判断してもらうためのハードルが極めて高いことは上記(1)と同様であり、一般論として、実際に公序良俗違反に主張が認められる可能性はかなり低いと言わざるを得ないところです。

 一度作成されてしまった誓約文書の効力を争うことの困難性に関して、参考となる裁判例として、東京地判平成26年7月3日を紹介しておきたいと思います。本裁判例は、原告会社在職中に小口現金管理等を担当していた被告が、金庫内の現金が不足しているのを認識しながらそれを上司に報告せず、実際の金庫内の金額と異なる内容の金種表を作成する等して金銭管理を怠ったまま退職し、その後、会社役員らに呼び出され、逸失した現金相当額を原告に支払う旨の誓約書を作成したことから、かかる誓約書に基づく支払合意を理由にして合意金額の支払いを請求する等した事案において、以下のように述べて、支払合意の成立を認める一方、強迫による取消しや公序良俗違反による無効等の被告の主張を排斥し、誓約書の記載通りの金額の支払いを命じる判決を下しています。

○東京地判平成26年7月3日
「2 本件支払合意について
(1)前記1認定の本件誓約書の作成経過をみれば、被告は、示された誓約書案の記載内容を確認し、自ら文面の訂正を申し立てて、訂正された箇所を確認の上、自ら債務を負担すべき責任があるとの認識のもとで、自ら署名しているのであり、そうであれば、処分証書としての本件誓約書は、被告の意思に基づいて作成されたものと認められる。
(2)したがって、本件返還合意が成立していることになり、請求原因1は認められる。」

「3 被告の抗弁について(請求原因1に関するもの)
(1)強迫による取消について
ア 被告が本件面談で話した内容を前提とすると、被告は、数十万円単位の現金逸失が既に発生している金庫に、原告名義の預金口座から払い戻した現金を延々と補充し続け、さらには、ある時期には母の預金口座から250万円以上の現金を引き出して追加補充する等していたことになるところ、被告は、こうした経過を一切上司に報告せず、さらに、会社に発覚しないように内容虚偽の金種表等を作成提出して、監査法人にも虚偽の説明をし、後任担当者にも現金逸失の事実を一切告げずに引継ぎを済ませたというのである。そして、被告は、D店において止まない現金逸失の全体的な原因解明を警察に委ねようとする原告の提案に強く反対し、自らが逸失分を負担すると繰り返し発言する等していたことになる(なお、被告が主張する会社(原告)への不信感の原因となった出来事については、いずれも被告が噂話として聞いたものと供述しており、そうした事実が実際に存在したと認める具体的証拠はない。)。
イ こうした被告の言動を極めて不自然でつじつまが合わないと捉えるのは社会通念上常識的なことであり、そのうちの不自然な点を確認し、仮に真実が被告の供述と異なるならば正直に話してもらおうと、管理部長の立場にあるFが繰り返し質問し、その過程で被告に対して問い質す声が大きくなることがあったとしても、やむを得ない状況であったと認められる。
 この点、Fと同時に本件部屋に入室したEは、Fが管理部長として被告のつじつまの合わない発言部分を問い質したり、口調が強くなったり、細かく聞いたりした事実は認めるものの、Fが大声でどなりつけたり、立ち上がったり、場所を移動したりしたことは一切なかったと供述し、本件F発言の存在を否定する(証人E)。そして、Fは、被告の話が納得できない話なので複数回聞いたことを認め、本件面談における発言として、ここにくる前に警視庁の方に相談はしてきたとする趣旨の発言をしたことを認めるも、その余の原告主張の本件F発言についてはいずれも発言していない旨供述する(証人F)。Eの上記供述も併せ検討すると、この点についてのFの上記供述は信用できる。
 一方、被告は、本件F発言が存在した旨供述し、その旨陳述するが(乙1)、F以外の3名は、被告が現金を取ったという話はしておらず、決めつけていたのはFだけで、E及びCとの関係は、普通に話せる関係であった旨供述する(被告本人32頁、33頁)。さらに、Fについても、被告が誓約書を書くと言った時点で態度が変わり、文面の訂正についても直してあげてと勧めてくれたとまで供述する(同32頁)。その他に、被告が主張する本件F発言の存在を裏付ける具体的な証拠はない。
 以上によると、本件F発言が存在したとまでは認定できない。なお、Fが被告に対して行ったことを認める上記問い質しの言動は、被告との関係が悪い訳ではないその他の3名の従業員が同席している状況で一定の節度をもって行われており、これをもって害悪の告知とは認められない。
ウ また、被告においては、本件誓約書に署名する以前から、現金管理者として自らに責任があることは認識していた。この責任の認識は、Fの発言・説得によってもたらされたものとは認められない。
エ さらに、被告の供述によっても、誓約書の文面の訂正時には、Fですら文面の訂正を積極的に被告に勧めたとのことであるし、誓約書の文面の訂正は、被告自ら申し出たことであり(Eはそうした申し出があったことに驚き、怖がっている様子はなかった旨供述している。)、その訂正された内容を確認の上で被告が署名していることになる。そうすると、本件誓約書の作成を通じて表出する債務負担の意思表示が、Fの発言により畏怖して行われたものとは認められない。
オ 以上によれば、強迫による取消は認められない。」

「(3)公序良俗違反について
ア 前記認定事実によれば、本件面談中に本件部屋のドアは閉まっていたが、確認すべき内容が被告の名誉に関わることであり、貸会議室を利用している関係上必要な配慮であったものと認められる(話の内容を他人に聞かれる可能性の高い喫茶店等で話すべき性質の内容ではない。)。また、本件面談の時間が長くなったのは、被告が多額の現金を立て替えていた等とするそれまで原告側が知らなかった話が出てきたことでその確認に時間を要した面があったためでもあり、被告の上記言動を考慮すればやむを得なかったといえる。そして、FとEの入室は、事情確認開始後約30分経過した後であったし、原告従業員4名がいずれも強面であった事実や詰問調の確認作業が休みなく行われた事実は認められない(被告の供述によっても、被告に強い言葉をかけたのはFに限られ、そのFですら、誓約書の文言訂正の前には対応が穏やかとなったとのことである。)。さらに、被告の供述する説明内容を検討すれば、本件面談当時被告が抗うつ薬(パキシル錠)を服用していた事実があったとしても、感情の起伏が多少大きくなること(抗うつ薬の薬理作用)はあっても正常な判断を妨げるまでのものではなかったと推測される。
 そうであれば、本件返還合意が著しく公正を欠く方法により形成されたとは認められない。
イ また、本件返還合意は、被告の着服を前提としなければ成立し得ない合意ではない(被告の言動の検討(前記3(1)ア参照)や、被告のために金銭を支出したはずの母が本件訴訟の被告の立証活動に協力しないこと(被告本人、弁論の全趣旨)によれば、被告には、自ら補填することで済ませて警察沙汰にはしたくないとする逸失現金の管理責任を強く自覚せざるを得ない特別な事情が存在することを強く推認させるが、その内容の検討まではしない。)。さらに、本件返還合意の成立過程に、被告の困窮、知識不足を利用した事実は認められない。被告にとっては不快な内容の退職前の事情の確認であって、被告が感情的になった面がなかった訳ではないが、小口現金管理を実際に担当していた元従業員として、これに対応するのはやむを得ないことであったし、そうした事情確認に関する話が出ることは十分予想して本件面談に臨んだはずである。そうであれば、本件返還合意に基づく請求が、暴利行為と評価されるものではない。
ウ よって、被告の公序良俗違反の主張は理由がない。」

4.(今後の対応について)

 以上のとおり、会社に対する支払いを約する誓約文書が一度作成されてしまうと、本来支払う必要のない金銭の支払義務を負担することになる可能性が高く、後に民事訴訟等の場で会社の請求を争う上で致命的となる可能性が非常に高いといえます。上記のとおり、以前同様の現金逸失があった際の会社の対応や、会社のあなたに対する連絡内容、態度等からして、会社があなたに対して逸失した現金の全額支払いの誓約書面に署名・押印させようとするであろうことが目に見えている現状においては、会社の指示通りに呼び出しに応じることは非常に危険であるといえます。

 かかる危険を回避するためには、まずは速やかに代理人の弁護士を選任し、会社との交渉や連絡の窓口を弁護士に一本化してしまうことが有効でしょう。その上で、会社内での小口現金管理の体制、現金管理に関する会社からの具体的な業務指示の内容、小口現金管理の具体的状況、金庫の性能・機能、現金逸失時の具体的状況、現金逸失前後の具体的経過等の詳細を確認した上で、代理人弁護士を通じて、あなたの事実認識を会社に伝えるとともに、あなたに義務違反行為や重過失がないことを主張していくべきことになるでしょう。特にあなたのケースのような問題のある会社の場合、話し合いによる解決に向けた交渉、折衝も含め、基本的に全て代理人を通じて対応する、というのが最も安全かつ確実な対応方法ということになろうかと思います。

 本件で言えば、金銭支払いの誓約文書に署名・押印してしまうといったように、トラブルの初期段階での対応を誤ってしまうと、後々取り返しのつかない事態に陥ってしまうことが良くあります。日々、様々な法律相談を受ける中で、「もっと早く相談してくれていれば、このような事態にならずに済んだのに。」と悔しい思いを抱くこともままあります。法的紛争を最善の方法で解決するためには、早いタイミングで弁護士に相談し、アドバイスを受けることが重要であるといえるでしょう。


≪参照条文≫
民法
(公序良俗)
第九十条  公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民事訴訟法
(文書の成立)
第二百二十八条  文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
4  私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。


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