新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.852、2009/3/9 13:45

【労働法・有給休暇・時季変更権の要件・事業の正常な運営を妨げる場合】

質問:今度、転職することになりました。今の会社は来月一杯で退職し、再来月の1日から新しい会社にいくことになります。今のところ、有給休暇が10日ほど残っているので、来月の月末にまとめて有給消化したいと思い、そのことを上司に相談したところ、月末の忙しい時期にあたるから3日間しか取得は認められない、と言われてしまいました。有給をとることはできないのでしょうか。残った有給はどのような扱いになるのでしょうか。

回答:転職、おめでとうございます。結論からいいますと、原則として、今残っている全ての有給休暇を取得することができます。有給休暇は、労働基準法に基づいて労働者に認められた権利であり、有給休暇の取得を請求された場合、会社は、「事業の正常な運営を妨げる場合」でない限り、あなたの申し出た有給休暇の取得時期を変更すること(これを「時季変更権」といいます。)はできません。ご相談のケースのように、まもなく退職するような場合には、有給休暇を行使する期間も限られていますので、繁忙期にあたるとして、まとめて有給を取得することは難しくても、現在の会社に在職中には、原則として、全ての有給休暇を取得することができます。以下、解説します。

解説:

まず有給休暇の趣旨を説明します。

有給休暇とは有給で与えられる休暇をいい、年休といわれるものです(労働法39条)。労働者は労働条件において労働時間、賃金、休憩休日等の保護規定が置かれていますが、さらにどうして年20日以内の有給の休暇が認められるのでしょうか。どうして使用者は休日(35条)の他にさらに対価を支払い労働の義務を免除しなければならないのでしょうか。それは法の支配の理念、公平、公正の原理に求められます。契約自由の原則は、内在する信義則、対等、公平の原則により常に支配されています。労働契約は、労働者が使用者の指揮に従って労務を提供し,使用者が労務の対価に対して報酬を支払う契約であり(民法623条)、労働者は,使用者の業務上の指揮命令に従って働きますので,同じ労務の提供を行う委任と異なり裁量権がなく契約の性質上、業務に関して、指揮・命令を受け常に従属的で服従する立場に立っています。さらに、経済力の差に加え、労働者は生きてゆくため日々の労働関係だけでなく、さらには日常生活関係においても常に使用者側の顔色を窺い労働における精神的な自由も間接的に制限される状況にあります。労働は人間として生きてゆく不可欠な社会的基本権でありながら(憲法27条)、労働者は日々の労働において完全な精神的自由を保持できないのです。この状況は、個人の尊厳を至上の理想とする公正な社会秩序の形成の面から常に是正の必要があり、労働者には人間として労働環境からの精神的開放、自由な社会生活、余暇の必要性がさらに求められるのです。

憲法上様々な権利が定められ保障されていても、労働者の休暇が不十分で、権利について考えたり享受・活用する時間が無ければ画餅に帰してしまいます。勿論、有給休暇において何を活動するかは、法律では何も定めていませんし、当然に自由です。休養、趣味、読書、ボランティア活動、文化的活動、子供の養育、政治活動でも、何でも良いですが、社会の一員として、憲法上定められた国民の義務(教育、勤労、納税)に加え、法の支配を充実発展させることも期待されていると考えることができるでしょう。非常に簡単に言うと、どのようなことでも良いので公共のためになることも考えてみましょう、活動してみましょう、ということです。これは、法の支配の理念を実現・具体化するために、契約自由の原則が労働契約に関して修正されたと考える事ができます。他方、使用者の利益は、営業活動、財産権確保の自由であり(憲法29条)、人間として生きてゆくためにむしろ手段的な位置づけにあり、当事者の実質的公平を保障するため労働者の権利を軽視することはできず年次有給休暇の運用、解釈は常に労働者の権利を優先し、例えば時季指定権(年休の請求権)は自由であり(39条4項)、その制限、例えば有給休暇の時季変更権(年休請求の使用者の変更権)の行使に関しても使用者の利益が窮地に陥るやむを得ない客観的、具体的場合に限られることになります。

1.有給休暇とは
有給休暇は法律用語では、年次有給休暇といいます。有給休暇は、労働基準法で認められた労働者の権利のうちのひとつで、同法第39条1項で、以下のように定めています。

(年次有給休暇)
第39条 使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
つまり、就業を開始した日から半年間の出社率が8割を超えれば、10日間の有給休暇が当然に付与されます。また、同条3項においては、正社員以外のパート、アルバイトにおいても、勤務時間について、一定の要件を満たす場合には、有給休暇を付与するとしています。

第39条
3 次に掲げる労働者(1週間の所定労働時間が厚生労働省令で定める時間以上の者を除く。)の有給休暇の日数については、前2項の規定にかかわらず、これらの規定による有給休暇の日数を基準とし、通常の労働者の1週間の所定労働日数として厚生労働省令で定める日数(第1号において「通常の労働者の週所定労働日数」という。)と当該労働者の1週間の所定労働日数又は1週間当たりの平均所定労働日数との比率を考慮して厚生労働省令で定める日数とする。
一  一週間の所定労働日数が通常の労働者の週所定労働日数に比し相当程度少ないものとして厚生労働省令で定める日数以下の労働者
二  週以外の期間によつて所定労働日数が定められている労働者については、一年間の所定労働日数が、前号の厚生労働省令で定める日数に一日を加えた日数を一週間の所定労働日数とする労働者の一年間の所定労働日数その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める日数以下の労働者

条文上、有給休暇は、労働者が「請求」し、雇用者が「与える」「与えなければならない」と表現されていますが、この点について、判例は、『有給休暇を「与える」とはいつても、その実際は、労働者自身が休暇をとること(すなわち、就労しないこと)によつて始めて、休暇の付与が実現されることになるのであつて、たとえば有体物の給付のように、債務者自身の積極的作為が「与える」行為に該当するわけではなく、休暇の付与義務者たる使用者に要求されるのは、労働者がその権利として有する有給休暇を享受することを妨げてはならないという不作為を基本的内容とする義務にほかならない。』(最判昭和48.3.2)として、有給休暇の取得について、雇用者からの許可や承認を要するものでないとしていいます。

一方で、法は、有給休暇の無制限な取得を認めているわけではなく、同条4項では、雇用者側にも、労働者が有給休暇を請求した日が「事業の正常な運営を妨げる場合」には、その時季をずらすことができるとしています。これを「時季変更権」といいます。ですから、例えば、(サッカーのワールドカップの決勝日などで)営業所の職員が全員一斉に有給を請求した場合でも、雇用主は営業所を臨時休業しなければならない、というようなことはありません。話し合いで決めるべきですが、最低限の営業に必要な人数は、出勤させることが出来ると考えられます。

第39条
4 使用者は、前三項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

また、同条5項では、第4項にかかわらず、労働組合、あるいは、労働者の過半数を代表する者と雇用者が「書面」により有給休暇の取得時季(ただし、5日を超える部分についてのみ)について定めを交わした場合には、その定めに従うものとしています。

第39条
5 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項から第三項までの規定による有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち五日を超える部分については、前項の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる。

2.時季変更権
では、第39条4項にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」とはどのようなケースを指すのでしょうか。この点について判例は、『事業の正常な運営を妨げる」か否かは当該労働者の所属する事業場を基準として、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮して客観的に判断すべきである。』(昭和53.1.31大阪高裁判決)としています。

この判例では、労使間の協約による『交替服務者が休暇を請求する場合は原則として前前日の勤務終了時までに請求するものとする旨』の定めについては、『前前日の勤務終了時までに年休請求を行うことによつて代行者の配置を容易ならしめ、もつて時季変更権行使をできる限り不要ならしめようとの配慮から定められたもの』として合理的であるから、労働基準法39条には違反しないとして、この規定に違反して、休暇当日に有給の請求をしたことは、『代行者の配置は困難であつたと考えられるから、右各年休請求については、控訴人の事業の正常な運営に支障を生ずる場合に該当するものといわざるをえない。』として、会社の時季変更権を認めました。

また、1ヶ月間に渡る長期の有給休暇が申請されたケースで、代替勤務者を確保することが困難であることを理由に、有給休暇を2週間に分けて2回取得するようにした会社の時季変更権の行使を認めました(東京高裁判決平成7.11.16)。この判決では、『労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によって、年次有給休暇が成立して当該労働日における就労義務が消滅』するので、法は会社に対して『使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであって、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならない。』とする一方で、会社が『右のような配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべき』であるとして、連続する長期の有給休暇の取得に対して、時季変更権を行使するのは適法であると判断しました。その理由として、長期かつ連続した有給の取得は、『それが長期のものであればあるほど、事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常』であり、また、『事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難』なのであるから、長期休暇の取得がもたらす『事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ない』ので、長期かつ連続した有給休暇の取得の申請があった場合には、『使用者の時季変更権の行使については、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない』としています。

判例のように、時季変更権の行使について、会社にある程度の裁量的判断の余地が認められるのであれば、例えば、休暇当日になって従業員から有給を取得したいとの申出があったような場合には、客観的に時季変更権を行使できると判断できる場合はもちろんのこと、判断が難しい場合でも、会社には時季変更権を行使するか否かを判断する余地がないことになりますから、当日に時季変更権を行使することが一概に違法であるとも言えない、ということになります。この場合に会社が時季変更権を行使し、当該従業員が出勤しなかった場合には、その従業員は欠勤扱いされるということになります。

上記2つの判例から、代替要員が確保できず、また、それにより正常な業務の運営に支障をきたすような場合には、会社の時季変更権が認められるということが言えますが、逆に、会社が慢性的な人手不足に陥っていて、これを解消するべく努力を怠っているような場合には、法の要求する『できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮』をしていないことになりますので、このようなケースで会社が時季変更権は行使することは違法となる可能性が高いと言えるでしょう。

3.有給休暇の買い取り
では、ご相談いただいたケースのように、有給休暇が消化しきれずに残ってしまうような場合、会社は残った有給休暇を買い取ることはできるのでしょうか。労基法では、直接有給休暇の買い取りを禁止する条文は設けられていません。しかし、これについて、厚生労働省(旧厚生省)はその通達で、「年次有給休暇の買上げの予約をし、これに基づいて法第39条の規定により請求し得る年次有給休暇の日数を減じ乃至請求された日数を与えないことは、法第29条違反である」(S30.11.30 基収第4718号)として、はっきりと買い取り行為を違法であると言っています。これは、法は、従業員の疲労回復やリフレッシュを目的として有給休暇について定めているにもかかわらず、会社の買い取りを認めてしまうと法の定めた本来の趣旨から外れることになってしまうからです。会社が、有給休暇を買い取ると言って有給休暇を取得することを暗に認めず、従業員に過酷な労働を強いることにもつながりかねません。しかし、この買い取り禁止にも例外があります。

@ 会社が法律で定めた日数以上に有給休暇を与えることを就業規則等で定めている場合
法律で付与された有給休暇については、上述のとおり買い取りが禁止されていますが、会社が独自に法定日数以外にも有給休暇を付与している場合には、その独自の有給休暇については買い取ることが認められています。

A 有給休暇が時効で消滅した場合
有給休暇は、時効により2年間で消滅します(労基法第115条)。この消滅してしまった有給休暇を買い取ることは、特段従業員の不利益にはならないので、認められています。

B 退職により、有給休暇が消滅した場合
Aと同様、退職により有給休暇が消滅した場合にも、有給休暇の買い取りは認められています。しかし、この行為は、前述の通達で禁止されている「買い上げの予約」に該当しますので、違法であるということもできますが、消化できなかった有給休暇について日数に応じて手当を支給することまでは違法ではないと解されているようです。この買い取りも従業員の不利益にはならないと考えることができるからです。

4.最後に
ご相談のケースでは、会社の有給休暇の取得を認めない(時季変更権を行使する)という理由が、客観的な「事業の正常な運営を妨げる」理由に該当するか否かを検討する必要があります。しかし、これについては、あなたが既に退職の旨を告げている以上、会社には、退職により人員が不足することから生ずる「事業の正常な運営を妨げる」要因を取り除くべく、人員を補充するなどの努力をする義務があるので、時季変更権を行使することは難しいと考えることができなくもないとも言えます。一方で、会社が人員を補充する努力をしても、退職までにあなたの後任にふさわしい人材を確保できない、あるいは、あなた自身の引継ぎ業務が完全に終了しないなどいう状況も十分に考えられますので、その場合には状況に応じて、有給休暇を月末に全部まとめてではなく、何度かに分けて取得するという方法で会社と交渉してみてはいかがでしょうか。もし、会社が、それも難しい、有給休暇を全部取得させることすら困難であると主張するのであれば、前述した買い上げを希望して買い取ってもらう、あるいは、労働基準監督署や弁護士に相談してみるといいでしょう。裁判所に労働審判の申立をする手段も考えられます。

<参考条文>

憲法
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
○2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
第二十九条  財産権は、これを侵してはならない。
○2  財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

民法
(雇用)第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

労働基準法
(時効)第百十五条  この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。

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