医学部生の犯罪

刑事|医学部学生の刑事事件|対策と対応方法

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は,現在医学部に通っている大学5年生です。先日,友人と喧嘩になり,手でその友人を殴ってしまいました。友人とはそのまま別れましたが,数日後,警察署から呼び出しの連絡がきました。どうやら,私が殴った友人は怪我をしたらしく,別れた後その足で病院と警察に行ったようです。

警察に行って事情を聞かれ,調書を作成した際に聞いたのですが,友人の怪我は顔のあざで,全治2週間程度とのことでした。警察の人によれば,全治2週間,といっても大したことはなく,また友人同士の喧嘩なので,大きな問題にはならないと思う,とのことでした。

その日はそのまま帰されましたし,それからひと月ほど経ちますが特に何の連絡もありません。警察の人の言うとおり,このままで問題ないのでしょうか。これまで事件を起こしたことはなく,警察から呼び出しを受けた経験もないため,このまま終わるのか不安になってきてしまいました。

回答:

1 端的に申し上げて,すぐにでも対応をする必要がある状況です。

現在,あなたは傷害罪の被疑者としての立場になっていると思われますが,被害者が提出したであろう被害届が取り下げられないままであれば,たとえ友人との喧嘩によるものであっても,罰金刑等の刑事処分を受ける可能性は高いといえます。

そして,あなたは医学部の5年生ということですから,あと2年もすれば医師国家試験を受験し,医師免許の交付(医籍登録)申請をおこなうことになろうかと思います。しかし,医師法上,交付申請から遡って5年以内に,罰金刑以上の刑事処分を受けたことがある場合には,医師免許の交付が留保され,あるいは認められません。

したがって,あなたが現段階で傷害罪により罰金刑を受けてしまえば,そのまま順調に大学を卒業して,国家試験に合格したとしても,そのまま医師免許の取得がスムーズにできない,ということになります。

留保される期間は法定されておらず,刑罰の対象となった罪名や刑罰の重さによっても変わってくるところですが,少なくとも数カ月間の留保は考えられるところです。

そのため,何としても刑事処分の回避を目指す必要があります。本件のような場合,刑事処分を回避するためには基本的に被害者と和解(示談)をまとめ,被害届の取下げに同意してもらう必要があるといえます。

いずれにいたしましても,出来るだけ早く経験のある弁護士にご相談ください。

2 医学部生の刑事問題に関する関連事例集参照。

解説:

1 本件の刑事処分について

(1)本件で特別に考慮が必要な点は,加害者であるあなたが医学生である,ということですが,その前提として,本件のような傷害事件が辿る流れと想定される処分を簡単に説明していきます。

(2)暴力を振って相手が怪我してしまった場合,傷害罪(刑法204条)に該当する可能性があります。傷害罪の法定刑は「十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」となっています。傷害罪は故意に暴力を振って怪我をさせた場合を全て含むので(故意に傷害を負わせようとした場合から単に暴行をふるった結果傷害が発生してしまった場合まで広い形態を予定しています),法定刑の幅は大きいものとなっていますが,初犯で比較的軽微な怪我の場合の刑事処分としては,基本的に罰金刑が選択されることになります。

(3)また,被害者が被害届を提出している傷害罪の場合,基本的に警察段階では事件は終わりません。警察による捜査が終われば,事件は検察官に送致され,送致を受けた担当の検察官が処分(起訴・不起訴)を決することになります。

一般的に刑事事件について,検察官まで事件が送致されず,警察段階で終わる処分として,「微罪処分」があります(刑事訴訟法246条ただし書,犯罪捜査規範198条から200条)。「微罪処分」とは,「一定の軽微な事件について,事件を検察官に送致して刑事処罰を下すことをせず,警察段階で反省させて終了させる取扱い」,をいうところ,「一定の軽微な事件」とは,基本的に「窃盗,詐欺又は横領事件及びこれに準ずべき事由がある盗品等に関する事件」,「賭博」,「暴行」に限定されています。

したがって,傷害罪の場合は,他の要件について検討するまでもなく,微罪処分の適用はないことになります(微罪処分の他の要件については,本ホームページ事例集1508番1608番等をご参照ください)。

なお,微罪処分以外に警察段階で事件が終わる処理としては,警察がその裁量で,事件として取り扱わない判断をする,ということが考えられるところです。この取り扱いを,一般的に「認知せず」(あるいは「立件しない」)といいます。ただし,これは刑事処分が妥当しない軽微な事案等でなされる判断で,傷害の被害者が被害届を正式に提出し,これが受理されたままになっている状態で,この処理がなされることはありません。

(4)あなたの場合,警察から呼び出しを受け,事情聴取をされたということですから,警察の捜査が終わり次第,事件は検察に送致されます。送致を受けた検察官は,原則としてあなたを再度呼び出して,事情等を確認した上で,処分について検討することになります。

なお,この検察官による呼び出しですが,逮捕等されていない事件の場合(これを「在宅事件」といいます)には,処分までの期間制限がないため,時間がかかることがあります。そのため,事件自体から相当期間が経った「忘れたころ」に呼び出しがくることもあるのです。

(5)検察官による処分ですが,たとえ初犯であったとしても,全治2週間程度の怪我を負わせて,かつ被害者の被害感情(処分を求める意思)が強い場合,不起訴処分ではなく,起訴される,すなわち刑事処分を科す,という判断がなされる可能性は十分にあるといえます。

仮に起訴された場合の刑事処分ですが,上記のとおり,前科もなく素手で殴ったことにより比較的軽い怪我を負わせたあなたについては,懲役刑ではなく,罰金刑を選択される可能性が高く,その場合は「略式起訴」がなされることになります。

略式起訴とは,刑事訴訟法461条以下に規定があり,被疑者の同意を得て,公判手続を経ずに罰金刑を求める起訴をいいます。公判手続を経ないため簡易・迅速に処分がなされますが,通常の事件と同様に,罰金刑として前科が付される点は全く変わりません。

(6)以上が,現在あなたが置かれている状況です。処分を決めるのは検察官ですから,少なくとも警察段階で「大した問題にはならない」ことは判断できません。このままでは刑事処分を受けるということを前提とした,早急な対応が必要だ,ということになります。

2 医師免許交付と刑事処分について

(1)さらにあなたのような医学生の場合,低い金額の罰金刑でもその影響は甚大です。医師免許の取得に影響があるからです。

以下,説明していきます。

(2)一般的に,大学生が刑事事件を起こした場合,留意するべきであるのは,①大学からの処分,②前科が付いた場合の就職への影響です。

そのため,刑事事件を起こした場合,大学や内定先等に事件の事実が発覚しないような対応をする必要があるのですが,大学も内定先の企業も基本的に前科の調査権限がないため,捜査機関等と交渉すれば発覚の回避を狙うことが可能です(なお,就職活動について,履歴書等の賞罰欄への記載を通じて前科を申告しなければ,万が一発覚した際の懲戒事由になると考えられていますので,いずれにしても前科を回避するための対応は不可欠です)。

しかし,医学生の場合,上記一般的な留意事項に加えて,③医師免許取得への影響が問題となります。

(3)医師法の規定によれば,医師免許は厚生労働大臣が「医師国家試験に合格した者の申請により,医籍に登録すること」で取得する必要があります(医師法第2条,同6条)。

医師国家試験については,前科の存在による受験制限はないため(医師法第11条),通常通り受験が可能ですし,合否に影響はありません。

しかし,合格後におこなう医籍登録の申請に際して,厚生労働大臣は「罰金以上の刑に処せられた者」については医師免許を与えないことが可能です(医師法第4条3号)。

この「罰金以上の刑に処せられた者」とは,過去刑罰を受けた者のうち,刑の言渡しの効力が消滅していない者をいい,刑の言渡しの効力が消滅した者は当たらないというのが厚生労働省の運用のようです。

したがって,過去に禁固刑・懲役刑を受けた場合は執行猶予期間の経過か,執行後10年間の経過,罰金刑を受けた場合は5年間経過するまでの間は,医師免許の交付を拒否される「罰金以上の刑に処せられた者」に当たる,ということになります。

(4)この医師法上の措置が,上記大学からの処分や就職の場合と決定的に異なるのは,免許交付にあたって前科照会が認められている点です。したがって,対象となる前科がある場合,発覚の回避は不可能である,ということになります。

(5)上記のとおり「罰金以上の刑に処せられた者」については,「免許を与えないことがある」と規定するのが上記医師法第4条です。ただし,いかなる前科に対しても今後永続的に免許が与えられないわけではなく,一定期間の免許交付が留保されるのが運用です。

この留保期間については特に法定されておらず,また情報も少ないのですが,参考となるのはすでに医師免許を取得した者が刑事処分を受けた場合の行政処分です。医師免許交付に関する制限規定も,医師に対する処分規定も,医師としての適格性の担保を目的・趣旨とする規定であるためです。

医師に対する行政処分については,医師法第7条に規定があります。医師に対する行政処分は,基本的に罪名,行為態様,刑罰の重さ,刑罰執行後の事情等を考慮して決されることになります(詳細は本ホームページ事例集1540番1485番1332番1288番等をご参照ください)から,医師免許交付の留保期間も,これに対応して決されるものと考えられます。

なお,本件のような傷害罪によって罰金刑を受けた場合について,ひと月から数か月間の医業停止処分(医師としての業務の停止処分)が科された例があることに鑑みれば,医師免許交付についても,少なくとも数か月の留保は予想されるところです。

3 本件における具体的な対応について

(1)以上のとおり,本件においてこのまま何もしなければ,あなたは検察官に呼び出された上で罰金刑が科されて前科がつく上,医師免許の交付も数か月間留保される可能性が高いという状況にあります。

罰金刑以上の刑が医師免許交付留保の対象である以上,これを回避するためには,罰金刑の回避,すなわち起訴猶予処分を得る必要がある,ということになります。

なお,「免許を与えないことがある」という規定からも明らかなとおり医師免許交付留保は厚生労働大臣の裁量によるところですから,すでに罰金刑以上の前科がついてしまっている場合であっても,反省文の提出等によってスムーズな免許交付を求めること自体は可能です(詳細については,本ホームページhttps://www.shinginza.com/igakusei.htmをご参照ください)。

ただし,医師免許交付のタイミング等についての厚生労働大臣の裁量は広範ですから,確実性はありません。少なくとも,一定期間留保されること自体の回避は難しいところです。

結局,医師免許交付の留保を避けるためには,本件で起訴猶予処分を得ることが唯一確実な方法である,ということになります。

(2)そこで,本件で起訴猶予処分を得るための活動ですが,あなたが暴力をふるって,友人が怪我をした,という事実に誤りがない本件において起訴猶予処分を得るためには,友人の宥恕(許し)が不可欠です。

友人からの宥恕を得る,ということはすなわち,友人と和解(示談)をして,合意書を作り,被害届を取り下げてもらうことを意味します。

本件のように,初犯であり,凶器を用いていない素手での暴力による比較的軽い(後遺症等もない)怪我であれば,被害者の宥恕さえあれば,起訴猶予処分が得られる可能性はかなり高いといえます。

(3)もちろん,「友人からの宥恕」の事実を,処分を決める検察官に明確かつ確実に伝えるために,また被害者の翻意がないように,単に許してもらうだけでは足りません。被害者を説得し,法的な効力のある書面を作成することが重要です。

また,担当する検察官によっては,上記のような罰金刑と医師免許の交付との関係を知らない場合があるため,この点をきちんと説明することで,機械的かつ安易に罰金刑を選択されることを阻止する必要があります。

示談のタイミングは,基本的には早い方が良いといえます。在宅事件における検察官の処分時期は法定されておらず裁量に任されている一方で,示談交渉には時間がかかることもある上,加害者としての謝罪は早い段階で行うことが「誠意」を示すことになるからです。

もっとも,事件から時間を置いた方が,被害感情が弱まるケースもあるので,一概にはいえません。まずは接触することが重要です。

また,示談金の額も問題となりますが,これは事件ごとに異なるところです。初犯の傷害罪の場合,治療費に加えて,法定されている罰金額の上限である50万円程度までがおおよその相場ですが,示談を成立させる必要性や,被害者の被害感情,あなたの資力等の様々な事情によって大きく異なってくるところです。

4 まとめ

友人との喧嘩,という比較的単純な事案でも,何もしなければ大きな損失が生じることになります。

本件のようなケースは,対応を怠れば取り返しのつかないことになる一方で,しっかりと対応をすれば問題の回避が比較的容易に可能,という典型例です。示談交渉や検察官との交渉については,事案に応じた柔軟な対応が必要ですから,詳しい弁護士に相談し,一刻も早く動いてもらうことをお勧めします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

刑法

(猶予期間経過の効果)

第二十七条 刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは,刑の言渡しは,効力を失う。

(刑の消滅)

第三十四条の二 禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは,刑の言渡しは,効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも,同様とする。

2 刑の免除の言渡しを受けた者が,その言渡しが確定した後,罰金以上の刑に処せられないで二年を経過したときは,刑の免除の言渡しは,効力を失う。

(傷害)

第二百四条 人の身体を傷害した者は,十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法

第二百四十六条 司法警察員は,犯罪の捜査をしたときは,この法律に特別の定のある場合を除いては,速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し,検察官が指定した事件については,この限りでない。

第四百六十一条 簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する事件について,公判前,略式命令で,百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には,刑の執行猶予をし,没収を科し,その他付随の処分をすることができる。

犯罪捜査規範

(微罪処分ができる場合)

第百九十八条 捜査した事件について,犯罪事実が極めて軽微であり,かつ,検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたものについては,送致しないことができる。

医師法

第四条 次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。

一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの

二 麻薬,大麻又はあへんの中毒者

三 罰金以上の刑に処せられた者

四 前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者

第七条 医師が,第三条に該当するときは,厚生労働大臣は,その免許を取り消す。

2 医師が第四条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。

一 戒告

二 三年以内の医業の停止

三 免許の取消し