自己破産・財産処分・詐害行為否認・偏頗行為否認
民事|住宅ローン|否認権行使|個人再生手続
目次
質問:
私は,自己破産を考えております。私は不動産(いずれも住宅です。)を3つ所有していましたが,不動産Aについては残ローンが約120万円あり,不動産Cについては残ローンはなく,不動産Bについては残ローンが約2000万円あります(なお,いずれもローン会社を抵当権者とする根抵当権が設定されています。)。
他にも,銀行,貸金業者や親族からの借入れが,総額3000万円ほどあります。3か月前に,私の持ち分が4分の3,妻の持ち分が4分の1であった不動産Aについては,贈与の形で妻に全ての持ち分を移転させ,不動産Bについては,贈与の形で私から娘に名義変更をしました。
これによって,不動産Aと不動産Bを手放さなくて済むでしょうか。また,不動産Cについては不動産時価で弟に売却しましたが,これは問題ないでしょうか。
今後,仮にこの不動産Cの売却代金を借入れの返済に充てる場合,問題はないでしょうか。また,住宅ローンをしっかり支払っていれば,破産しても家は手元に残せると聞いたのですが,本当でしょうか。
回答:
1 結論から言えば,問題点は多数あります。特に,否認権行使(破産手続開始決定前になされた破産者の行為等の効力を覆滅させるもの)の対象となりうる行為が複数あるようです。
2 不動産A・不動産Bの譲渡については,詐害行為否認の対象となりえます。また,不動産Cの売却についても,売却代金の使途如何によっては,相当対価取得時の詐害行為否認の対象となりえます。売却代金を借入れへの返済に充てることも,事情次第では,偏頗行為否認の対象たりえます。 そして,否認の対象となる(あるいはなりうる)場合には,適正価格での買い取りや,売却・返済等の中止も検討する必要があります。
3 自己破産(破産手続)の場合,住宅ローンだけを支払うという特則はありません。住宅についての特則は,破産手続における制度ではなく,個人再生手続における制度です。住宅を手放したくないということであれば,収入状況等をふまえながら,個人再生手続の利用も検討してみた方がよいと思います。
4 自己破産に関する関連事例集参照。
解説:
1.破産法の趣旨
解釈の指針となる破産制度の趣旨をまず説明します。破産(免責)とは,支払不能等により自分の財産,信用では総債権者に対して約束に従った弁済ができなくなった債務者の財産(又は相続財産)に関する清算手続きおよび免責手続きをいいますが(破産法2条1項),その目的は,債務者(破産者)の早期の経済的再起更生と債権者に対する残余財産の公正,平等,迅速な弁済の2つです。その目的を実現するため手続きは適正,公平,迅速,低廉に行う必要があります(破産法1条)。なぜ破産,免責手続きがあるのかといえば,自由で公正な社会経済秩序を建設し,個人の尊厳保障のためです(法の支配の理念,憲法13条)。我が国は,自由主義経済体制をとり自由競争を基本としていますから構造的に勝者,敗者が生まれ,その差は資本,財力の集中拡大とともに大きくなり恒常的不公正,不平等状態が出現する可能性を常に有しています。しかし,本来自由主義体制の原点,真の目的は,自由競争による公正公平な社会秩序建設に基づく個人の尊厳保障(法の支配の理念)にありますから,その手段である自由主義体制(法的には私的自治の原則)に内在する公平公正平等,信義誠実の原則(民法1条)が直ちに発動され,不平等状態は解消一掃されなければなりません。
そこで,法は,なるべく早く債務者が再度自由競争に参加できるように従来の債務を減額,解消,整理する権利を国民(法人)に認めています。したがって,債務整理を求める権利は法が認めた単なる恩恵ではなく,国民が経済的に個人の尊厳を守るために保持する当然の権利です。その権利内容は,債務者がその経済状態により再起更生しやすいように種々の制度が用意されているのです。
大きく分けると債務者の財産をすべて一旦清算し,残余財産を分配してゼロからスタートする破産 (清算方式の内整理)と,従来の財産を解体分配せずに,従来の財産を利用して再起を図る再生型(再起型内整理,特定調停,民事再生,会社更生法)に分かれます。唯,債権の減縮,免除が安易に行われると契約は守られなければならないという自由主義経済(私的自治の原則)の根底が崩れる危険があり,債務者の残余財産の確保,管理,分配(破産財団の充実)は厳格,公正,平等,迅速低廉に行われます。従って,破産の目的を実現するため破産法上特別な規定を用意しています。破産手続開始決定(破産法30条)があった後は,裁判所が破産債権を調査し(破産法116条),破産管財人が分配の原資となる破産財団を調査し(破産法83条),これを金銭に換価し(破産法184条),配当表(破産法196条)に従って債権者に分配していくというのが手続の原則になります。破産債権者としては,債権者集会(破産法135条)に参加し,裁判所が作成する債権者一覧表に異議を出し,破産管財人が作成する破産財団の財産目録や,配当表に記載された債権額などについて異議を述べて公平な分配を求めていくことができます。さらに免責手続きについても意見を陳述することができます(法251条1項)。しかし,分配のもとになる財産(破産財団)の確保が十分でなければ債権者は適正,公平な弁済を受ける機会を事実上失うことになります。そこで,破産法の趣旨から本来自由であるべき破産宣告前でも破産財団の充実確保のため破産者の将来破産財団を形成する財産の処分を一定の要件のもとに制限しています。これが「否認」制度です。主観的な要件は,否認される行為の性質から公平上立証責任を分配しています。
2.問題点
あなたとしては,何とか不動産をご親族の手元に残しつつ,ご自身は破産手続を進めて免責を受けようというご意向なのだと思います。しかしながら,このような方法をとることには多数の問題があります。
そもそも破産手続とは,平たく言えば,破産者の財産をすべて集めて金銭化し,他方で債権者及びその債権額をすべて把握したうえで,全額には満たないながらも債権額に応じて均等に分配する手続です。そのため,債権者に分配すべき財産を減少させたり,一部の債権者のみに対して偏った返済をしたりする行為は許されず,否認権行使の対象となりえます。
3.否認権について
この否認権とは,破産手続開始決定前になされた破産者の行為,またはこれと同視される第三者の行為の効力を覆滅させるものです。破産手続が開始すると,同時廃止にならない限り,裁判所が破産管財人を選任しますが(破産管財人とは,破産財団(破産者の生活に最低限必要な自由財産を除いた,破産者の総財産)の管理をする機関で,弁護士が選任されます。),否認権はこの破産管財人に専属します。否認権の類型には,大きく分けて詐害行為否認と偏頗行為否認という2類型があります。
詐害行為否認というのは,破産者の責任財産を絶対的に減少させる行為(詐害行為)を,債権者を害するような形でした場合に,その効力を覆滅させるものです。これには,①時期を問わず,詐害行為,破産者の害意及び受益者の悪意を要件とする類型(破産法160条1項1号)と,②支払停止・破産手続開始申立て後であること,詐害行為及び受益者の悪意を要件とする類型(同項2号)とがあります。なお,詐害行為否認の特則として,相当の対価を得てした財産の処分行為についても,財産種類の変更による隠匿等の処分のおそれ,隠匿等の処分の意思及び相手方の悪意の3要件いずれもがある場合には,否認の対象となります(同法161条1項。さらに特殊類型として,無償行為否認(同法160条3項)がありますが,ここでは詳しい説明は割愛します。)。
偏頗行為否認というのは,支払不能・破産手続開始申立てから破産手続開始までの時期に,既存の債務について担保を供与したり債務を消滅させたりする行為をした場合に,その効力を覆滅させるものです。そのような時期に,特定債権者のみを偏って利するような行為をした場合には,破産債権者にとって有害なもの(公平性から許されません。)として否認の対象とするものです。支払不能後または破産手続開始申立て後であること,既存債務についてされた担保供与または債務消滅に関する行為であること及び受益者の悪意が要件となります(同法162条1項1号)。また,非義務偏頗行為否認という特則もあり,以上のような偏頗行為が破産者の義務に属していないような場合には,支払不能前30日以内の行為であっても否認の対象となります(同項2号)。破産法の趣旨である残された財産の適正,公平な分配という観点から各要件は解釈されます。
4.本事例における各問題点
(1)不動産A・不動産Bの贈与による譲渡について
不動産Aについては,残ローンも多額には上っていないようですので,不動産時価から,抵当権者からの借入れ残金を差し引いたとき,剰余価値があるようであれば,当該持ち分を無償で贈与するような譲渡は詐害行為否認の対象となりえます。この場合,①詐害行為,②詐害意思及び③受益者の悪意の要件をみたせば否認の対象となります。
本事例の場合,まず,①については,贈与による譲渡という無償行為ですから,他に実質的な対価の受領でもない限り,責任財産を絶対的に減少させる,詐害性のある行為と評価されます。
次に,②については,債権者に対する加害の認識が必要となります(いわゆる認識説。判例通説。最高裁35年4月26日判決 詐害行為取消権で判決。)担保となる一般財産の客観的侵害行為がある以上債権者の利益を侵害しようとする積極的意思まで不要となります。あなたにおいても責任財産が減少して債権者の満足が低下する旨の認識はあったでしょうから,詐害意思もあったと評価されるでしょう。
また、③については,消極要件として,受益者が行為時に破産債権者を害する事実を知らなかったことについて,受益者側が主張立証責任を負います。贈与という破産財団の直接の侵害行為であり立証責任を受益者に科しています。この点,お二人が夫婦関係にあることも考えると,奥さんが上記のような事実を知らなかったことの主張立証については,しっかりとしたものが必要となってくるでしょう。
そして,これらの各要件に該当するようであれば,否認権行使の対象となり,奥さんへの持ち分譲渡の効力は覆滅され,奥さんには持ち分について返還する義務が生じることになります。
不動産Bについては,ローン残が多額に上っているようですので,仮に抵当権者からの借入れ残金(残ローン)が不動産時価を上回っている,いわゆるオーバーローンの状態であれば,そもそも処分価値自体がありません。そのため,娘さんへの譲渡も,債権者を害する行為たりえず,譲渡自体は否認の対象にはなりません。もっとも,オーバーローンにならないようであれば,不動産Aと同様の問題が生じます。
(2)不動産Cの売却について
不動産の売却については,堅固な責任財産である不動産を,費消・隠滅しやすい金銭に換えるという側面を有するため,たとえ相当な対価を取得している場合であっても,詐害行為として否認の対象たりえます(破産法161条1項)。この場合,①財産種類の変更による隠匿等の処分のおそれ,②隠匿等の処分の意思及び③相手方の悪意の要件いずれをもみたせば,否認の対象となります。
本事例の場合,まず,①については,不動産の金銭への換価は同項1号において財産種類の変更による隠匿等の処分のおそれとして例示されており,典型行為としてこれに該当するものと評価されます。
次に,②については,その売却代金をどのように取り扱うつもりであったのか,保全しておかずに,隠したり使ったりしてしまう意思があったかどうかによって異なってくるところです。なお,仮に,質問中にあるような,借入れの返済に充てる場合には,原則として否定されると思われます(ただし,(3)で述べるような問題点があります。)。
また,③については,直接財産を侵害する行為ではないので,原則はその証明責任は破産管財人の側とされているものの,親族が相手方である場合については,事情を知っていることが通常であることから同条2項3号によって,悪意が推定されます。そのため,本事例においては,売却の相手方である弟さんの側が,隠匿等の処分意思を知らなかったことについての主張立証責任を負うこととなります。
(3)売却代金を借入れの返済に充てることについて
売却代金等を特定の借入れ先への返済のみに充てることは,偏頗行為として否認の対象となりえます。この場合,①支払不能後または破産手続開始申立て後であること,②既存債務についてされた担保供与または債務消滅に関する行為であること及び③受益者の悪意の要件をみたせば否認の対象となります。
本事例の場合,まず,①については,返済時期と,支払不能時期・破産手続開始申立て時期との先後が問題となります。この支払不能とは,債務者が支払能力を欠くために,弁済期にある債務について一般的・継続的に弁済をすることができない状態をいいます(破産法2条11項)。なお,たとえば代理人弁護士から債務を整理するとの受任通知が発送された場合には,その外部への表明をもって支払停止となり,支払不能であることが推定されます(同法15条2項)。
次に,②については,すでに借入れをしている債権者への弁済ですから,その充足性に問題はありません。
また,③については,債務の弁済行為は本来債務者の義務であることから,受益者悪意の主張立証責任は原則的には破産管財人の側にありますが(同法162条1項1号但書),一定の内部者については公平上その立証責任が受益者側に転換されています(同条2項1号・同法161条2項)。本事例においても,業者等の借入れ先に対しては,破産管財人の側が受益者の悪意を主張立証する必要がありますが,親族からの借り入れについては,受益者たる親族の側に,自らの善意を主張立証する責任があります(同法161条2項3号)。
(4)本事例における各行為についての対処方法
本事例においては,以上の各問題点がありますから,自己破産の申立を考えているのであれば,本来は行ってはならない行為です。破産手続きを検討しているのであれば,オーバーローンの物件でない限りは贈与はもちろん,売買も中止しておくべきでしょう。
どうしても処分する必要がある場合は,適正な価格であること,譲渡したことによって得た現金は弁済のために保管し管財人に引き渡すことが必要です。
不動産Bについても,オーバーローンでないような場合には,やはり娘さんによる買い取りが必要となってくるでしょう。買い取り価額については,残ローンの存在をふまえた実質的な価格でということになるでしょうが,残ローンを今後誰が支払っていくかについても調整が必要です。
次に,不動産Cについては,売却代金の使途次第で異なってきますが,仮に否認の対象となる場合,売却自体を取りやめるか,売却代金をきちんと保全する必要があります。また,この場合,買い主である弟さんが自己の善意を主張立証できないと,弟さんは不動産Cを失ううえ,売却代金は破産債権として按分弁済しか受けられないことになるため,弟さんにも多大な迷惑がかかることにもなります。
また,売却代金を原資とした借入れの返済については,仮に①支払不能・破産申立て後の返済である場合,②受益者の悪意の有無次第で否認の対象となるかどうかが決まります。この点,受益者が業者であれば,これについて悪意であることは事実上ほとんどなく,否認の対象にはならないかもしれません(もっとも,受益者悪意の要件は受益者保護の点にあるのであって,偏頗弁済本来の趣旨からすれば,受益者の主観にかかわりなく特定債権者にのみ偏った返済をすることは望ましい形ではありませんから,できる限りは避けるべきという気はします。)。他方,受益者が事情を知っている知人や親族等である場合,これらの人々に返済してしまうと,後々になって否認の対象となり,再び返還させる形になってしまいますので,それはやめておくべきです。
5.個人再生手続におけるローン返済計画
ご指摘の住宅ローンだけは全額返済して家を残すという制度は,破産手続における制度ではなく,個人再生手続における制度です(民事再生法196条以下)。この点,両制度についての情報が錯綜してしまっているようです。
個人再生手続では,再生計画において住宅資金特別条項(同法199条。住宅ローンに限って他の債権とは別の扱いをする条項を設けるもので,期限の利益回復型,リスケジュール型,元本猶予期間併用型,合意型があります。詳細については,ここでは割愛します。)を定めることができ(同法198条),その計画が認可されれば(同法200条ないし203条),住宅を手放すことなく再生計画を進めていくことができます。住宅を手放したくないということであれば,収入状況等をふまえながら,個人再生手続の利用も検討してみた方がよいと思います。
6.最後に
破産手続を利用する場合,関連法令をしっかり理解していないと,予期せぬ事態に陥ってしまうこともままあります。関連法令を理解することは困難でしょうが,要は破産手続き開始決定以前でも,ことさら自己の財産を減少させて債権者への返済を少なくするような行為はできないと考えておくべきです。関連法令を知らずにしてしまった行為が直ちに犯罪行為になるわけではありませんし,直ちに免責がされなくなるわけでもありませんが,手続を進めていったとき,果たして思い描いているとおりにいくのかどうか,あるいは別の方法をとることによって,希望を実現させることができるかどうか,事前に十分に検討する必要があります。ご自分の判断のみで行動を進めていくのではなく,一度弁護士にご相談をされることを強くお勧めいたします。
以上