新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1046、2010/8/31 12:26

【民事・依頼者から預かった債務整理の費用を弁護士が預金した場合債権者は弁護士の預金債権を差し押さえることができるか】

質問:私は甲に対して100万円の貸金債権を有しています。これについて、確定判決を取得し、債務名義もあります。しかし、甲には資産はほとんどありません。調べてみますと、甲は債務整理を弁護士乙に依頼し、そのための費用として200万円を弁護士乙に渡しているようです。そして、弁護士乙は、丙銀行に普通預金口座を開設しその200万円を管理していることまで分かりました。私は、その丙銀行の預金債権を差し押さえることができますか?本件預金債権は誰に帰属していることになるのでしょうか? 回収手段はどうなりますか?

回答:
1.この場合、甲に対する貸金債権を差押債権として、弁護士乙名義の預金債権を被差押債権とする差押え(債権差押)はできません。
2.この預金は弁護士乙の銀行に対する預金債権となり、甲の銀行に対する預金債権ではありませんから甲に対する債権により差押えはできないことになります。
3.次に、あなたは、債権者として、預金債権ではなく債務者の弁護士に対する預り金返還請求債権を債権差押することが考えられますが、弁護士としては、「債権者(依頼者)に対して対抗しうる事項(民法468条2項)」として、債務整理手続中なので手続き終了まで依頼者には返還できない、という「第三債務者の陳述(民事執行法147条)」をしてくることが考えられます。他方、差押命令を受けた弁護士は、差押命令の効力により、預り金を他の債権者に対して任意配当することが困難となりますので、預り金を資産目録に記載して、自己破産の申立てをすることが考えられます。あなたは破産手続きにおいて、裁判所の作成する配当表に従って配当を受けることが考えられます。

解説:
1.甲が債務の整理のために200万円を弁護士乙に預けたというのですから、甲のお金であり、甲に対する債権の執行のために差押えできるのではないか、と考えるお気持ちは理解できます。特に一部弁済するために弁護士が預かっている金員は債務者である甲のものとも考えられます。後で説明しますが、同様の問題について最高裁判所は弁護士の預金債権と判断していますが、高裁は債務者の預金として差し押さえを認めていますから、判断が分かれる問題だったと言えるでしょう。

2.まず、弁護士に債務整理を依頼しその費用を預けるということが法律上どうなるのか説明します。弁護士が依頼者から法律事務の依頼を受ける場合には、いわゆる着手金などの弁護士費用のほかに、当該法律事務の処理に必要な実費のために金銭を受け取ることが一般的です。着手金は、弁護士の手数料ですから、支払った時点で弁護士のお金となります。そのほかの実費等の預かり金は弁護士と依頼者との間の委任契約の目的に即して使用されることを予定した金員です。具体的には、印紙代、郵券代、交通費、通信料などに使用されます。依頼の事件が終了した後に余りが生じた場合には依頼者に返還がなされます。このような実費に当たられるべき預かり金の法的性質については、民法649条に規定する前払い費用に該当すると考えられています。
 問題となるのは、一部弁済の資金として預かった金銭が前払い費用と言えるかという点ですが、この点については最高裁判所の判決でも明確にはされていません。私見になりますが、弁済の資金は、委任の事務を処理する費用に該当するということは、通常の言葉の意味からすると無理があると考えられます。そのように考えると、弁済のための資金は依頼者、債務者の金銭であり、債権者が差し押さえることも可能では、という考えにつながります。しかし、その点については、金銭であることから現金なのか預金になっているか保管方法の検討が必要になります。債務者の金銭であるとしてもお金に色がないことから、保管方法によっては保管している弁護士の金銭とも考えられるからです。
尚、預かり金の保管方法についてですが、各弁護士により様々です。預かり金額が大きく、期間が長くなる場合には、金融機関に預託することが一般的です。その際、弁護士個人の固有の預金と区別するために「弁護士○○預金口座」「弁護士○○、XX会社預かり口」などの預金名義を使用するなど工夫されています。

3.そこで、弁護士が、このような預かり金を金融機関に預託した場合、預金債権が法律的に誰に帰属するのかという問題になります。この点、預金債権一般の問題として、学説上預金の債権者の認定の基準について、学説の争いがあります。まず、自らの出捐によって、自己の預金とする意思で自ら又は代理人を通じて預金契約をしたものを預金者とする客観説があります。次に、預入れ行為者が他人のための預金であることを表示しない限り、預入れ行為者を預金者とする主観説があります。そして、折衷的な学説として、客観説を原則としつつ、預入れ行為者が明示又は黙示に自己が預金者であることを表示した時は例外的に預入れ行為者が預金者であるとする折衷説があります。判例において、定期預金に関して、客観説を判示しています(最判昭48.3.27判時702−54など)。普通預金についてはありません。

4.本件のような弁護士の預かり金の帰属に関して、最高裁判例は、次のように判示しています。これは、会社の債務整理を受任した弁護士が、初めに500万円を預かり弁護士名義の口座を開設したのですが、その後売掛金等についても入金した口座を税務署が差し押さえた事件で、弁護士が差押えの無効を主張して訴訟を提起した事件です。
 判決文を引用します。「前記事実関係によれば,上告人甲野は,上告会社から,適法な弁護士業務の一環として債務整理事務の委任を受け,同事務の遂行のために,その費用として500万円を受領し,上告人甲野名義の本件口座を開設して,これを入金し,以後,本件差押えまで,本件口座の預金通帳及び届出印を管理して,預金の出し入れを行っていたというのである。このように債務整理事務の委任を受けた弁護士が委任者から債務整理事務の費用に充てるためにあらかじめ交付を受けた金銭は,民法上は同法649条の規定する前払費用に当たるものと解される。そして,前払費用は,交付の時に,委任者の支配を離れ,受任者がその責任と判断に基づいて支配管理し委任契約の趣旨に従って用いるものとして,受任者に帰属するものとなると解すべきである。受任者は,これと同時に,委任者に対し,受領した前払費用と同額の金銭の返還義務を負うことになるが,その後,これを委任事務の処理の費用に充てることにより同義務を免れ,委任終了時に,精算した残金を委任者に返還すべき義務を負うことになるものである。そうすると,本件においては,上記500万円は,上告人甲野が上告会社から交付を受けた時点において,上告人甲野に帰属するものとなったのであり,本件口座は,上告人甲野が,このようにして取得した財産を委任の趣旨に従って自己の他の財産と区別して管理する方途として,開設したものというべきである。これらによれば,本件口座は,上告人甲野が自己に帰属する財産をもって自己の名義で開設し,その後も自ら管理していたものであるから,銀行との間で本件口座に係る預金契約を締結したのは,上告人甲野であり,本件口座に係る預金債権は,その後に入金されたものを含めて,上告人甲野の銀行に対する債権であると認めるのが相当である。したがって,上告会社の滞納税の徴収のためには,上告会社の上告人甲野に対する債権を差し押さえることはできても,上告人甲野の銀行に対する本件預金債権を差し押さえることはできないものというほかはない。」と判示しています(最判平15.6.12民集57−6−563)。
 この最高裁判例は、@適法な弁護士業務として債務整理事務の委任を受けたこと、Aこの委任事務処理のため交付された前払い費用を保管するため銀行口座が開設されたこと、B弁護士が当該銀行口座の通帳、届出印鑑を管理し、預金の出し入れをしていたこと、C預金口座の名義人が口座を開設した弁護士の名前であることを判断基準にして、本件銀行口座の預金債権は弁護士に帰属すると判示したものです。
 この最高裁判例の事案では、弁護士が初めに前払い費用として預かった金銭のために預金口座を開いたことを理由に同口座が弁護士の口座で預金債権者は弁護士としています。そして、その口座に後から入金された一部弁済に充てられるべき金銭も同口座の預金として債権者は弁護士であるとしています。その口座が弁護士の口座と考えれば後から入金されたものも当然弁護士の預金と考えられます。ですから、厳密に考えると、初めに一部弁済のための資金として預かったお金を弁護士名義で預金した場合はどうなるのか、という点には明確な判断をしていないと読むこともできます。
 債務整理をする弁護士としては、争いのないように口座を開く場合は、費用だけを預けておく方が良いと言えるでしょう。他方で500万円という金額は費用としては多額で一部弁済の資金も含んでいると考えれば、最高裁判所は債務者からの預かり金を弁護士名義で預けたのであればその口座は弁護士の口座で債権者は差押えできないと判断していると読むこともできるでしょう。

5.以上を踏まえて、本件相談者の事例を検討します。前記最高裁判例の判断基準から考えますと、乙は甲から適法な弁護士業務として債務整理事務の委任を受けたこと、乙はこの委任事務処理のため交付された前払い費用を保管するため丙銀行に口座を開設していること、本件預金口座の名義が口座を開設した弁護士乙の名前であることから、弁護士乙が当該銀行口座の通帳、届出印鑑を管理し、預金の出し入れをしていた場合には、本件預金債権は弁護士乙に帰属することになります。したがって、本件預金債権は甲の債権ではありませんので、本件預金債権を差し押さえることは出来ません。

6.以上の通りですので、あなたは弁護士の銀行預金を差し押さえることは困難なようです。債務者の弁護士に対する預り金返還請求権を債権差押することが考えられますが、弁護士は、依頼者に対して主張しうる抗弁として、「債務整理手続中なので返還できない(預り金返還の停止条件が成就していない)」という陳述をしてくることになるでしょう。他方、弁護士としても、差押命令を受けてしまった以上、弁護士委任契約を合意解除したとしても、預り金を依頼者に返還することはできず、また、依頼者の了解を得たとしても他の債権者に任意配当で支払うことはできない立場です。このような場合には、弁護士と依頼者間で協議して、通常は、債務整理の方針として任意整理ではなく、裁判所に対する自己破産の申し立てを選択し、できるだけ早く裁判所に対して破産の申し立てをすることが考えられます。現時点で、弁護士に対する取立訴訟の目立った判例は見当たりません。おそらく、(回収の可能性が低いため)弁護士の預り金を差し押さえるケースが少ないことと、(仮に差押申立したとしても)差押命令が出た時点で速やかに破産申し立てが行われるケースが多い、ということだと思います。
 裁判所の破産開始決定が出ますと強制執行の効力は消滅し(破産法42条2項)、弁護士の預り金は、破産財団に帰属することになり、破産申立代理人弁護士から破産管財人に引き継がれることになり、最終的には、配当手続によって、各債権者の債権額に従って配当表が作成され、配当手続がなされることになります。例えば、配当率が10パーセントであれば、あなたは債権額の10パーセントのみ回収できることになります。債務名義(確定判決)を取得し差押の申し立てまでしているのに、そのような低率の回収率となってしまうわけですが、債務者の財産の公平な精算という破産法の制度趣旨を考えますと、致し方ないことと思われます。

<参照条文>

民法
(受任者による費用の前払請求)
第六百四十九条  委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。


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