個人事業主を相手方とする婚姻費用分担請求

家事|夫婦間の利益対立|東京高裁令和3年3月5日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文・判例

質問:

昨年、夫の様子がおかしく、念のため、携帯電話を確認したところ、夫が浮気していることが判明しました。そこで、私は、3歳の息子を連れて、夫と別居し、実家で暮らすことになりました。別居した当初は、夫も、ちゃんと反省している様子で、毎月、生活費を十分に振り込んでくれていたのですが、最近になって、生活費を一切振り込んでくれなくなり、音信不通となってしまいました。私は、このような夫の身勝手な態度に憤慨しており、現在、月々の生活費の支払いを求める法的手続を検討しています。

そこで、質問なのですが、夫は税理士をしており、そのような場合、月々の生活費の金額は、どのようにして計算されるのでしょうか。

また、子どもが15歳未満であるか15歳以上であるかにより、月々の生活費の金額が異なってくると聞きました。仮に月々の生活費の金額が一度決まったとしても、その後、子どもが15歳に達した場合には、その金額が自動的に増えることになるのでしょうか。

回答:

1 夫婦と未成年の子供の生活費のことを婚姻費用と呼びます。夫婦は互いに婚姻費用の分担義務を負っていますが、その法的根拠は扶養義務です(民法752条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない)。別居中であっても婚姻費用の分担の義務は存在しますから、別居中の相手に対しては生活費を負担する義務があります。ご相談の場合別居当初は十分な生活費が支払われていたということですが、任意の支払いがない場合、法的に請求できる金額が問題となります。金額は原則として話し合いにより決定されますが、話し合いができない場合は家庭裁判所の調停、審判により決定されます。調停審判においては実務上、いわゆる標準算定方式(夫婦双方の基礎収入(総収入から婚姻費用に優先して支払うべき公租公課、職業費、特別経費等を控除したもの)の合計額を、夫(+同居の子)と妻(+同居の子)のそれぞれの最低生活費で按分するという算定方式)というものによって計算することになります。この方式によれば、基礎収入さえ分かれば、裁判所の算定表に基づき、婚姻費用を簡易迅速に把握することができます。

相談者様の場合当初は支払いがあったということですから、一応合意があったものとみて当初の支払い額が基準となると考えられます。しかし、任意の支払いがない場合は調停審判が必要になります。

標準算定方式の計算ですが、夫は税理士であるということですが、一方配偶者がそのような事業所得者である場合には、原則として、確定申告書の「課税される所得金額」に、税務上、控除されるものの、現実には支出されていない費用を加えたものが基礎収入と認定されます。すなわち、「所得金額」の「合計」額から「社会保険料控除」額を差し引き、「青色申告特別控除額」及び現実には支出されていない「専従者給与(控除)額の合計額」を加えたものが基礎収入と認定されるのが原則です。

2 また、一度決まった婚姻費用が自動的に増額されるということはなく、婚姻費用を増額させるためには、改めて婚姻費用に関する合意をするか、婚姻費用分担額増額調停・審判の申立てをする必要があります。

婚姻費用分担額増額審判では、審判官(裁判官)がその当否を判断することになりますが、その際、主に、事情の変更があったかどうか、あったとして、それが通常予見し得なかったものであるかどうかが考慮されます。勿論、軽微な事情の変更があっただけでは足らず、失業による収入の減少等、顕著かつ重要な事情の変更がなければならないとされています。また、かかる事情の変更は、通常予見し得なかったものでなければならないとされています。

子どもが15歳になったことが婚姻費用の増額を基礎付ける事情の変更に当たるか否かについては、東京高裁令和3年3月5日決定が「標準算定方式を採用する場合、子が15歳に達すると生活費指数が増えるのであるから、当事者双方において子が15歳に達した後も養育費を増額させないことを前提として養育費の金額について合意した等の特段の事情が認められない限り、子が15歳に達したことは原則として養育費を増額すべき事情の変更に該当するものと解され」るとしています。

3 関連事例集1271番1193番1168番1132番1056番1043番983番、981番790番684番427番345番参照。その他、婚姻費用に関する関連事例集参照。

解説:

1 婚姻費用の概要

婚姻費用とは、夫婦の「共同生活において、財産収入社会的地位等に相応じた通常の生活を維持するに必要な生計費」(大阪高裁昭和33年6月19日判決)をいい、子どもの養育費もこれに含まれます。

この婚姻費用については、民法760条が規定しており、夫婦で婚姻費用を分担しなければならない旨が定められています。その実質的根拠としては、夫婦間の扶助義務(民法752条)にあるといわれています。このように、一方配偶者(より収入を得ている配偶者)は、他方配偶者(より収入を得ていない配偶者)に対し、婚姻費用を支払う義務を負う反面として、他方配偶者は、一方配偶者に対し、婚姻費用の分担を求める権利(婚姻費用の支払いを求める権利)を有しているとされています。

婚姻費用の支払時期としては、実務上、その請求時とされています。これは、文献上、婚姻費用の分担請求権の発生要件として義務者の認識も要求されるからとされています(なお、ここでいう「認識」とは、婚姻費用の分担請求があったことの認識を意味すると考えられますが、上記のとおり、実質的根拠が夫婦間の扶助義務にある以上、そのような認識が果たして本当に必要であるのか、疑義が残るところです。婚姻費用分担の根拠が扶養義務にあると考えれば、請求者に扶養が必要となった時が支払い時期となるはずです。ただ、いつから扶養が必要となったかというのは、判断が難しいことですから、請求があったときが不要の必要が明らかになったと考えることもできるでしょうそして、通常、婚姻費用分担調停(婚費用費分担について、当事者間での話合いがまとまらない場合や話合いができない場合に、これを定めるために、家庭裁判所に申し立てる法的手続)の申立時(いきなり婚姻費用分担審判を申し立てる場合には、同審判の申立時)がその請求時、すなわち、婚姻費用の支払時期とされます。もっとも、婚姻費用分担調停・審判の申立て以前に、婚姻費用分担請求をしていることが立証されれば、その請求時が婚姻費用の支払時期とされます(東京家裁平成27年8月13日審判)。従って婚姻費用の請求をする場合は、速やかに調停、審判を申し立てるか、内容証明郵便で支払請求をして置く必要があります。

2 婚姻費用の計算方法

⑴ 婚姻費用については、実務上、いわゆる標準算定方式(夫婦双方の基礎収入(総収入から婚姻費用に優先して支払うべき公租公課、職業費、特別経費等を控除したもの)の合計額を、夫(+同居の子)と妻(+同居の子)のそれぞれの最低生活費で按分するという算定方式)によって計算されることになります。

この方式によれば、夫婦の基礎収入さえ分かれば、裁判所の算定表(平成30年度司法研究(養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について | 裁判所 )に基づき、婚姻費用を簡易迅速に把握することができます。例えば、夫の基礎収入が年1000万円(事業所得)、妻の基礎収入が0円、妻と同居する子(0~14歳)が一人であるとすると、婚姻費用は月額16~18万円となります。なお、無収入であるものの、潜在的稼働能力がある場合には、原則として、賃金センサス(政府が毎年発表している「賃金構造基本統計調査」の結果をもとに、労働者の平均賃金を纏めた資料)に基づき、基礎収入が認定されることになりますが、乳幼児を監護している場合には、潜在的稼働能力がないものとして、基礎収入は0円と認定されることになります。

ただし、給与所得者について基礎収入が年2000万円よりも多い場合、事業所得者について基礎収入が年1567万円よりも多い場合、子が4人以上いる場合、義務者において扶養すべき者が他にもいる場合には、算定表を用いることはできず、個別具体的な計算が必要となります。

⑵ 基礎収入の認定の仕方については、給与所得者である場合と事業所得者である場合とで異なります。

ア まず、給与所得者である場合には、原則として、源泉徴収票の「支払金額」又は課税証明書の「給与の収入金額」が基礎収入と認定されます。

もっとも、相手方から源泉徴収票又は課税証明書が提出されない場合には、その余の資料から基礎収入が認定されることになります。例えば、給与明細書を用いる場合には、直近3か月の平均の給与所得から通勤手当や旅費等の非課税所得を控除したものが基礎収入と認定されます。

イ 次に、事業所得者である場合には、原則として、確定申告書の「課税される所得金額」に、税務上、控除されるものの、現実には支出されていない費用を加えたものが基礎収入と認定されます。すなわち、「所得金額」の「合計」額から「社会保険料控除」額を差し引き、「青色申告特別控除額」及び現実には支出されていない「専従者給与(控除)額の合計額」を加えたものが基礎収入と認定されるのが原則です。

更には、経費の水増しがある場合には、その経費分の額を加えたものが基礎収入と認定されることになりますが、当事者間で争いとなりやすい部分であり、一般に、これを主張・立証することは容易ではありません。

3 婚姻費用の増額請求

⑴ 婚姻費用の増額請求とは、一度決まった婚姻費用について増額を求めることをいうため、まず前提として、そもそもの婚姻費用の決め方について述べます。

協議で合意をすることができれば、勿論、婚姻費用を決めることができますが、これができない場合には、婚姻費用分担調停・審判の申立てをしなければなりません。

婚姻費用分担請求については、調停前置主義が採用されているため、まずは、原則として、調停の申立てをしなければならず、いきなり審判の申立てをすることはできません。なお、調停の場合、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことになります。

婚姻費用分担調停では、夫婦の資産、収入、支出等の一切の事情について、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらうなどして、裁判官1名と調停委員2名で構成される調停委員会において、紛争に関する事情を把握した上で、解決案を提示したり、紛争解決のために必要な助言をし、合意形成を目指して、話合いが進められることになります。このように、調停は、あくまでも裁判所での話合いの手続となりますので、当事者双方で合意が形成されなかった場合には、調停不成立となって終了しますが、婚姻費用分担請求の場合は、自動的に審判が開始されることになり、最終的には、裁判官が、必要な審理を行った上で、一切の事情を考慮して、判断を示すことになります。

⑵ その上で、一度決まった婚姻費用が自動的に増額されるということはなく、婚姻費用を増額させるためには、改めて任意に婚姻費用に関する合意をするか、婚姻費用分担額増額調停・審判の申立てをする必要があります。

婚姻費用分担額増額審判では、婚姻費用分担審判の場合と同様、裁判官がその当否を判断することになりますが、その際、主に、事情の変更があったかどうか、あったとして、それが通常予見し得なかったものであるかどうかが考慮されます。勿論、軽微な事情の変更があっただけでは足らず、失業による収入の減少等、顕著かつ重要な事情の変更がなければならないとされています。また、かかる事情の変更は、通常予見し得なかったものでなければならないとされています。

それでは、子どもが15歳になったことは、婚姻費用の増額を基礎付ける事情の変更に当たるのでしょうか。

標準算定方式は、15歳未満の子どもの生活費指数が62、15歳以上の子どもの生活費指数が85であることを前提としたものであり、子どもが15歳未満であるか15歳以上であるかにより、婚姻費用が異なってきます。簡単に言えば、15歳未満の子どもと15歳以上の子どもとを比べて、後者の方がより生活費がかかるため、その分、婚姻費用が増額されることになります。このように、子どもが15歳未満であるか15歳以上であるかは、婚姻費用に直接的な影響を及ぼす事情であり、子どもが15歳になったことは、顕著かつ重要な事情の変更といえます。

また、子どもは、当然、年を重ね、いずれ15歳になるのであり、子どもが15歳になったことは、通常予見し得なかった事情の変更とはいえません。しかしながら、婚姻費用を標準算定方式によって計算する以上、その当時、子どもが15歳未満であったか15歳以上であったかにより、婚姻費用が機械的に異なってくるため、ここでは、婚姻費用の増額の当否を判断するに当たり、通常予見し得なかったかどうかという点を基本的に考慮すべきではないといえます。

したがって、子どもが15歳になったことは、婚姻費用の増額を基礎付ける事情の変更に当たると考えられます。同旨の裁判例としては、東京高裁令和3年3月5日決定があり、これは、「標準算定方式を採用する場合、子が15歳に達すると生活費指数が増えるのであるから、当事者双方において子が15歳に達した後も養育費を増額させないことを前提として養育費の金額について合意した等の特段の事情が認められない限り、子が15歳に達したことは原則として養育費を増額すべき事情の変更に該当するものと解され」るとしたものです。但し、そのことだけで、具体的な金額がいくらくらい増加するかについては、の他の事情も考慮されますし、審判調停をする場合の弁護士費用とかもありますから、方針の決定については慎重な行うべきでしょう。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

【民法】

第752条(同居、協力及び扶助の義務)

夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

第760条(婚姻費用の分担)

夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

《参考判例》

【大阪高裁昭和33年6月19日判決】

二、当裁判所の判断

夫婦は同居して共同生活(家庭)を営むのが本当である。その共同生活において、財産収入社会的地位等に相応じた通常の生活を維持するに必要な生計費は、これを民法第七六〇条にいわゆる婚姻から生ずる費用(婚姻費用)というべきであり、各自の生活費や子の養育費をふくむ。この婚姻費用は、特にその点の夫婦財産契約のないかぎり、右民法第七六〇条により、夫婦が各自の資産収入等に応じて分担する。

夫婦はまた、互に協力し扶助する義務があるが(民法第七五二条)、現実に扶助を要する場合も、右婚姻費用の分担として扶助は実現せられるわけであるから、この(特に夫婦財産契約のない)場合、扶助義務は、婚姻費用の分担義務の中に吸収されるものといわねばならない。

そして夫婦の共同生活が破綻を来し、別居生活に入つたとしても、離婚しないかぎり、婚姻は継続しているのであるから、離婚するか、または共同生活が回復するにいたるまで、夫婦各自の生活は、いわばそれまでの共同生活の二つの破片として、上記相当程度の各自の生活費用や子の養育費は、やはり婚姻費用とみるべきである。

従つて、原審判において、相手方が別居中の抗告人に対して申立てた生活費の請求を、婚姻費用の請求と解して判断したのは相当であつて、抗告人の主張するような、審判の目的を誤つた違法はない。

また、記録によれば、本件において審判の申立とみなされた相手方の調停の申立は、昭和三一年一〇月一二日付の申立書によつてなされているのであるが、相手方はその申立書で、生活費と長男Rの養育料の請求を合せてしているのであり、右の自己の生活費と子の養育料が、いずれも婚姻費用の一部とみとむべきことは、前記のとおりであるから、右申立は一括して婚姻費用の請求とみるのが当然であり、生活費養育料の区別は婚姻費用の項目をあげられているにすぎない。ところで、原裁判所は、事件の処理として、これについて二つの事件をたて、生活費請求の部分を昭和三一年(家イ)第八〇二号事件、養育料請求の部分を同年(家イ)第八〇三号事件とした上、併合して調停手続をすすめたが調停が成立せず、審判の手続に移るにあたつて、右第八〇三号事件については相手方から申立の取下がなされ、右第八〇二号事件が本件審判の手続に入つたことが、記録上明らかである。しかし相手方の右第八〇三号事件の申立の取下は、原裁判所の事件の立て方に照応した純粋に形式的なものと解せられ、本件が審判手続に入つた後も、相手方が長男Rの養育料の請求を維持し、婚姻費用の一部として「生活費」の請求中に含ませるにいたつたことは、記録中の相手方に対する尋問調書によつてもみとめられるから、本件における相手方の申立を、特に右Rの養育料を除外したものとみとむべきものとする抗告人の主張には同じがたく、原審判は、右Rの養育料をもふくめた婚姻費用につき審判したものとみとめられるが、右は相当であつて、この点に違法はない。

つぎに、相手方が抗告人の許から小学校に通つていた長男Rを、抗告人に無断で連れ去り、相手方の手許におくにいたつたことは、原審判の認定のとおりであるが、原審判が、右の事実にもとづく抗告人の憤懣に了解を与えつつ、なお、別居に当つて抗告人が右R等二子を連れ去つたのが、相手方の十分な納得にもとづかなかつたこと抗告人が他の女性と同棲していること、現にRが相手方の許から小学校に通い、母である相手方との現在の同居を希望していること等の諸事情を認定考慮した上で、双方の間でRの監護教育の方法につき根本的な解決がつくまで、一応現状を維持するのを相当とみとめ、その判断の上に立つて、抗告人の相手方に支払うべき婚姻費用の額を定めているのは、まことに首肯するに足り、この点につき、原審判に抗告人の主張するような不当な点はない。

最後に、抗告人の相手方に支払うべき婚姻費用の額について、原審判に示された資料および金額に関する判断は、相当であつて、何等不当と目すべき点はない。

そして、他に原審判を不当とする点は見当らないので、本件抗告はこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

【東京家裁平成27年8月13日審判】

第2 当裁判所の判断

1 婚姻費用の具体的な分担額については、東京・大阪養育費等研究会提案の算定方式に基づく算定表(判例タイムズ1111号285頁参照。以下、単に「算定表」という。)を参考にして算定するのが相当である。そして、その分担の始期については、婚姻費用分担義務の生活保持義務としての性質と当事者間の公平の観点からすると、本件においては、申立人が相手方に内容証明郵便をもって婚姻費用の分担を求める意思を確定的に表明するに至った平成26年1月とするのが相当である。

また、長男については、同月時点で既に成人に達しており、また、長女についても、平成27年○月に成人に達するものの、長男及び長女ともに就学中であることに鑑み、算定表による算定に当たっては、未成熟子として取り扱うのが相当である。

2 算定表による算定

上記第1の1及び2で認定した事実によれば、申立人の総収入は約364万円、相手方の総収入は約485万円と認められる。

そこで、これらの総収入を、平成26年○月から平成27年○月までは算定表の表18婚姻費用・子3人表(第1子及び第2子15~19歳、第3子0~14歳)に、二男が15歳になる同年○月以降については算定表の表19婚姻費用・子3人表(第1子、第2子及び第3子15~19歳)に当てはめると、本件は、平成26年○月から平成27年○月までは、月額8~10万円の範囲内に、同年○月以降については、月額10万円の境界線付近に位置付けられる。

3 算定表によることができない特別の事情の有無

(1)住宅ローンの支払

相手方が、平成26年○月から同年○月までについては、毎月約8万9000円、同年○月については、約6万1000円、同年○月から平成27年○月までについては、毎月約4万5000円、同年○月以降については、毎月約5万円の本件ローンの支払を行っていることは、上記第1の12で認定したとおりである。

このような場合、申立人は自らの住居関係費の負担を免れる一方、相手方は自らの住居関係費とともに申立人世帯の住居関係費を二重に支払っていることになるから、婚姻費用の算定に当たって住宅ローンを考慮する必要がある。もっとも、住宅ローンの支払は、資産形成の側面を有しているから、相手方の住宅ローンの支払額全額を婚姻費用の分担額から控除するのは、生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果となるから相当でない。そこで、当事者双方の収入や住宅ローンの支払額、相手方の現在居住している住居の家賃の額や家計調査年報の当事者双方の総収入に対応する住居関係費の額などの一切の事情を考慮し、本件では、次のとおりの金額を婚姻費用の分担額から控除するのが相当である。

ア 平成26年○月から同年○月まで 3万円

イ 平成26年○月以降 1万円

(2)長男及び長女の教育にかかる学費等

長男が私立の大学、長女が専門学校にそれぞれ通っていること、長男の通う大学への学費その他の学校納付金が、大学2年次は92万7500円、大学3年次は94万7500円、大学4年次は96万7500円であること、長女の通う専門学校への学費その他の学校納付金(任意の受験費用を除く。)が、初年度は159万6000円、2年次は144万7000円であることは、上記第1の5及び6で認定したとおりである。

そこで、長男及び長女の教育にかかる学費等を算定表の幅を超えて考慮するかどうか検討するに、相手方は、長男が私立の大学に通うこと及び長女が専門学校に通うことについて承諾していたものの、これらの承諾は長男及び長女が奨学金の貸与を受けることを前提としたものであったことは、上記第1の7で認定したとおりであるところ、上記第1の5ないし7で認定した事実によれば、長男及び長女は毎月12万円の奨学金の貸与をそれぞれ受けており、長男及び長女の教育費にかかる学費等のうち、長男の通う大学への学校納付金については全て、また、長女の通う専門学校への学校納付金についても9割以上、各自の受け取る奨学金で賄うことができる。これに、算定表で既に長男及び長女の学校教育費としてそれぞれ33万3844円が考慮されていること、相手方が、現在居住している住居の家賃の支払だけでなく、本件ローンの債務も負担していること、長男及び長女がアルバイトをすることができない状況にあると認めるに足りる的確な資料がないこと、当事者双方の収入や扶養すべき未成熟子の人数その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、長男及び長女の教育にかかる学費等を算定表の幅を超えて考慮するのが相当とまではいうことはできない。

申立人は、長男及び長女が奨学金の貸与を受けていることは、相手方の婚姻費用の分担義務を軽減させるべき事情とはならないと主張する。

しかしながら、貸与とはいえ、これらの奨学金により長男及び長女の教育にかかる学費等が賄われていることは事実であり、しかも、これらの奨学金で賄われる部分については、基本的には、長男及び長女が、将来、奨学金の返済という形で負担するものであって、当事者双方が婚姻費用として分担するものではない(このことは、長男が相手方の別居を理由に奨学金の額を増額していたとしても、異なるものではない。)のであるから、奨学金の貸与の事実が、相手方の婚姻費用の分担義務を軽減させるべき事情にならないということはできない。

4 婚姻費用の分担額

(1)平成26年○月から同年○月まで並びに同年○月及び同年○月

本件が、月額8~10万円の範囲内に位置付けられることを踏まえ、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、相手方が申立人に対し支払うべき婚姻費用の額は、月額9万円とするのが相当である。

(2)平成26年○月から同年○月まで

本件が、月額8~10万円の範囲内に位置付けられることを踏まえ、相手方の本件ローンの支払の関係で3万円を控除すべきことその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、相手方が申立人に対し支払うべき婚姻費用の額は、月額6万円とするのが相当である。

(3)平成26年○月から平成27年○月まで

本件が、月額8~10万円の範囲内に位置付けられることを踏まえ、相手方の本件ローンの支払の関係で1万円を控除すべきことその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、相手方が申立人に対し支払うべき婚姻費用の額は、月額8万円とするのが相当である。

(4)平成27年○月以降

本件が、月額10万円の境界線付近に位置付けられることを踏まえ、相手方の本件ローンの支払の関係で1万円を控除すべきことその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、相手方が申立人に対し支払うべき婚姻費用の額は、月額9万円とするのが相当である。

5 過去の婚姻費用の支払

平成26年○月から平成27年○月までの間の相手方の婚姻費用の額の合計額は、153万円(9万円×7か月+6万円×3か月+8万円×9か月)であるところ、上記第1の11で認定した事実によれば、相手方は、平成26年○月から平成27年○月までに、申立人に対し、94万8000円の婚姻費用の支払をしてきたのであるから、これを既払金として、平成26年○月から平成27年○月までの相手方の婚姻費用分担額から控除するのが相当である。

なお、本件記録によれば、相手方が、平成26年○月、同居中に洗濯機等をクレジットカードで購入した関係で、債権回収会社に、5万3137円支払ったことが認められるが、この支払は、平成26年○月以降の申立人世帯の生活を支えるために行われたものというわけではないから、婚姻費用の支払と同視して、相手方の過去の婚姻費用分担額から控除することはしない。

他方、申立人は、平成25年○月に、申立人が管理している相手方名義の預金口座から引き落とされた自動車保険料や相手方の携帯電話の解約料について、相手方が負担すべき費用であるとして、清算を求めているが、これらの費用についても、平成26年○月より前に引き落とされたものであることに照らし、清算の対象とはしない。

そうすると、未払の婚姻費用は、58万2000円(153万円-94万8000円)となり、これについては一括で命じることとする。

6 結論

以上検討したところによれば、相手方は、申立人に対し、平成26年○月から平成27年○月までの未払婚姻費用58万2000円を一括で支払うとともに、同年○月以降、月額9万円の婚姻費用を毎月末日限り支払うのが相当である。

よって、主文のとおり審判する。

【東京高裁令和3年3月5日決定】

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は、原審判と異なり、長男の養育費について、平成28年調停の調停条項第3項に月額5万円とあるのを、令和2年1月支払分から月額6万円と変更するのが相当であると判断する。その理由は、次のとおりである。

2 本件の事実関係は、次のとおり補正するほか、原審判の「理由」中「第2 当裁判所の判断」の1記載のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原審判2頁2行目「定め」を「定めた上、調停離婚し」と改める。

(2) 原審判2頁7行目「平成27年」の後に「(抗告人586万4884円、相手方742万1325円)」を加える。

(3) 原審判2頁8行目「当時の算定表」を「標準算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下参照)に基づく算定表〔改定標準算定方式(司法研究報告書第70輯第2号参照)に改定される前のもの(以下「改定前算定表」という。)〕」と改める。

(4) 原審判2頁9行目「に該当する。」を次のとおり改める。

「のやや下方に位置する。なお、抗告人は、平成28年調停時に平成27年の源泉徴収票を提出したことを争うが、同源泉徴収票記載額を改定前算定表に当てはめてもほぼ同様の結果となる。」

(5) 原審判3頁4行目末尾の後に次のとおり加える。

「また、抗告人は、令和2年分の源泉徴収票によれば、752万6580円の給与収入があり(甲22)、相手方は、同年分の源泉徴収票によれば、798万7243円の給与収入がある(乙1)。」

(6) 原審判3頁15行目及び16行目の各「当庁」をいずれも「横浜家庭裁判所川崎支部」と改める。

3 そこで、以上の事実関係に照らし、養育費を増額すべき事情の変更が認められるかどうかを検討する。平成28年調停当時、長男は11歳であったところ、長男の年齢が15歳とした場合に、平成27年当時の当事者双方の収入を基準として、改定前算定表〔表2 養育費・子1人表(子15~19歳)〕に当てはめると、養育費月額は4万円から6万円の範囲の最上位付近に位置する。相手方は、長男が20歳に達するまで養育費を月額5万円とする趣旨で合意した旨主張するが、平成28年調停当時、長男が20歳に達するまで養育費の額を増額しないことまで協議されて合意したことを認めるに足りる資料がない上、英会話学校の費用を考慮して改定前算定表の目安額よりも若干高めの月額5万円で合意しておきながら、15歳になった後においては、目安額より低めの月額5万円を維持すると合意したとは想定しにくいから、相手方の主張は採用できない。標準算定方式を採用する場合、子が15歳に達すると生活費指数が増えるのであるから、当事者双方において子が15歳に達した後も養育費を増額させないことを前提として養育費の金額について合意した等の特段の事情が認められない限り、子が15歳に達したことは原則として養育費を増額すべき事情の変更に該当するものと解され、本件においてそのような特段の事情を認めるに足りる資料がないから、長男が15歳に達したことをもって平成28年調停で合意された養育費を増額すべき事情の変更に当たると認めるのが相当である。

そこで、養育費の金額について検討する。令和2年の双方の収入を改定標準算定方式による算定表〔表2 養育費・子1人表(子15歳以上)〕に当てはめると、養育費の金額は、月額6万円から8万円の範囲の下方に位置する(改定前算定表を適用しても、月額4万円から6万円の範囲の最上位付近に位置するので、以下の結論を左右しない。)。なお、抗告人は、相手方の収入が増加していると主張するが、令和2年の双方の収入は前記のとおりと認められる。

抗告人は、長男の学習塾の費用等の教育費が増加した旨主張するが、長男は都立高等学校に在籍しており、通常の学校教育費は改定標準算定方式による算定表に織り込み済みである上、これに含まれない学習塾の費用等は、相手方が負担に同意しているとか、特に必要性が認められない限り、算定表の目安額を増加させる事情とはならないと解されるところ、平成28年調停時においては英会話学校の費用を考慮して目安額よりも若干高めの養育費の金額に合意していることが認められるものの、だからといって相手方が高校進学後の学習塾の費用の負担に同意したとはいえず、その他、学習塾の費用負担を考慮すべき特段の事情は認められない。

そうすると、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、抗告人が本件養育費増額調停の申立てをした令和2年1月の支払分から、養育費を月額6万円に増額することが相当である。

4 よって、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消し、主文のとおり決定する。