個人事業主を相手方とする婚姻費用分担請求
家事|夫婦間の利益対立|東京高裁令和3年3月5日決定
目次
質問:
昨年、夫の様子がおかしく、念のため、携帯電話を確認したところ、夫が浮気していることが判明しました。そこで、私は、3歳の息子を連れて、夫と別居し、実家で暮らすことになりました。別居した当初は、夫も、ちゃんと反省している様子で、毎月、生活費を十分に振り込んでくれていたのですが、最近になって、生活費を一切振り込んでくれなくなり、音信不通となってしまいました。私は、このような夫の身勝手な態度に憤慨しており、現在、月々の生活費の支払いを求める法的手続を検討しています。
そこで、質問なのですが、夫は税理士をしており、そのような場合、月々の生活費の金額は、どのようにして計算されるのでしょうか。
また、子どもが15歳未満であるか15歳以上であるかにより、月々の生活費の金額が異なってくると聞きました。仮に月々の生活費の金額が一度決まったとしても、その後、子どもが15歳に達した場合には、その金額が自動的に増えることになるのでしょうか。
回答:
1 夫婦と未成年の子供の生活費のことを婚姻費用と呼びます。夫婦は互いに婚姻費用の分担義務を負っていますが、その法的根拠は扶養義務です(民法752条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない)。別居中であっても婚姻費用の分担の義務は存在しますから、別居中の相手に対しては生活費を負担する義務があります。ご相談の場合別居当初は十分な生活費が支払われていたということですが、任意の支払いがない場合、法的に請求できる金額が問題となります。金額は原則として話し合いにより決定されますが、話し合いができない場合は家庭裁判所の調停、審判により決定されます。調停審判においては実務上、いわゆる標準算定方式(夫婦双方の基礎収入(総収入から婚姻費用に優先して支払うべき公租公課、職業費、特別経費等を控除したもの)の合計額を、夫(+同居の子)と妻(+同居の子)のそれぞれの最低生活費で按分するという算定方式)というものによって計算することになります。この方式によれば、基礎収入さえ分かれば、裁判所の算定表に基づき、婚姻費用を簡易迅速に把握することができます。
相談者様の場合当初は支払いがあったということですから、一応合意があったものとみて当初の支払い額が基準となると考えられます。しかし、任意の支払いがない場合は調停審判が必要になります。
標準算定方式の計算ですが、夫は税理士であるということですが、一方配偶者がそのような事業所得者である場合には、原則として、確定申告書の「課税される所得金額」に、税務上、控除されるものの、現実には支出されていない費用を加えたものが基礎収入と認定されます。すなわち、「所得金額」の「合計」額から「社会保険料控除」額を差し引き、「青色申告特別控除額」及び現実には支出されていない「専従者給与(控除)額の合計額」を加えたものが基礎収入と認定されるのが原則です。
2 また、一度決まった婚姻費用が自動的に増額されるということはなく、婚姻費用を増額させるためには、改めて婚姻費用に関する合意をするか、婚姻費用分担額増額調停・審判の申立てをする必要があります。
婚姻費用分担額増額審判では、審判官(裁判官)がその当否を判断することになりますが、その際、主に、事情の変更があったかどうか、あったとして、それが通常予見し得なかったものであるかどうかが考慮されます。勿論、軽微な事情の変更があっただけでは足らず、失業による収入の減少等、顕著かつ重要な事情の変更がなければならないとされています。また、かかる事情の変更は、通常予見し得なかったものでなければならないとされています。
子どもが15歳になったことが婚姻費用の増額を基礎付ける事情の変更に当たるか否かについては、東京高裁令和3年3月5日決定が「標準算定方式を採用する場合、子が15歳に達すると生活費指数が増えるのであるから、当事者双方において子が15歳に達した後も養育費を増額させないことを前提として養育費の金額について合意した等の特段の事情が認められない限り、子が15歳に達したことは原則として養育費を増額すべき事情の変更に該当するものと解され」るとしています。
3 関連事例集1271番、1193番、1168番、1132番、1056番、1043番、983番、981番、790番、684番、427番、345番参照。その他、婚姻費用に関する関連事例集参照。
解説:
1 婚姻費用の概要
婚姻費用とは、夫婦の「共同生活において、財産収入社会的地位等に相応じた通常の生活を維持するに必要な生計費」(大阪高裁昭和33年6月19日判決)をいい、子どもの養育費もこれに含まれます。
この婚姻費用については、民法760条が規定しており、夫婦で婚姻費用を分担しなければならない旨が定められています。その実質的根拠としては、夫婦間の扶助義務(民法752条)にあるといわれています。このように、一方配偶者(より収入を得ている配偶者)は、他方配偶者(より収入を得ていない配偶者)に対し、婚姻費用を支払う義務を負う反面として、他方配偶者は、一方配偶者に対し、婚姻費用の分担を求める権利(婚姻費用の支払いを求める権利)を有しているとされています。
婚姻費用の支払時期としては、実務上、その請求時とされています。これは、文献上、婚姻費用の分担請求権の発生要件として義務者の認識も要求されるからとされています(なお、ここでいう「認識」とは、婚姻費用の分担請求があったことの認識を意味すると考えられますが、上記のとおり、実質的根拠が夫婦間の扶助義務にある以上、そのような認識が果たして本当に必要であるのか、疑義が残るところです。婚姻費用分担の根拠が扶養義務にあると考えれば、請求者に扶養が必要となった時が支払い時期となるはずです。ただ、いつから扶養が必要となったかというのは、判断が難しいことですから、請求があったときが不要の必要が明らかになったと考えることもできるでしょうそして、通常、婚姻費用分担調停(婚費用費分担について、当事者間での話合いがまとまらない場合や話合いができない場合に、これを定めるために、家庭裁判所に申し立てる法的手続)の申立時(いきなり婚姻費用分担審判を申し立てる場合には、同審判の申立時)がその請求時、すなわち、婚姻費用の支払時期とされます。もっとも、婚姻費用分担調停・審判の申立て以前に、婚姻費用分担請求をしていることが立証されれば、その請求時が婚姻費用の支払時期とされます(東京家裁平成27年8月13日審判)。従って婚姻費用の請求をする場合は、速やかに調停、審判を申し立てるか、内容証明郵便で支払請求をして置く必要があります。
2 婚姻費用の計算方法
⑴ 婚姻費用については、実務上、いわゆる標準算定方式(夫婦双方の基礎収入(総収入から婚姻費用に優先して支払うべき公租公課、職業費、特別経費等を控除したもの)の合計額を、夫(+同居の子)と妻(+同居の子)のそれぞれの最低生活費で按分するという算定方式)によって計算されることになります。
この方式によれば、夫婦の基礎収入さえ分かれば、裁判所の算定表(平成30年度司法研究(養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について | 裁判所 )に基づき、婚姻費用を簡易迅速に把握することができます。例えば、夫の基礎収入が年1000万円(事業所得)、妻の基礎収入が0円、妻と同居する子(0~14歳)が一人であるとすると、婚姻費用は月額16~18万円となります。なお、無収入であるものの、潜在的稼働能力がある場合には、原則として、賃金センサス(政府が毎年発表している「賃金構造基本統計調査」の結果をもとに、労働者の平均賃金を纏めた資料)に基づき、基礎収入が認定されることになりますが、乳幼児を監護している場合には、潜在的稼働能力がないものとして、基礎収入は0円と認定されることになります。
ただし、給与所得者について基礎収入が年2000万円よりも多い場合、事業所得者について基礎収入が年1567万円よりも多い場合、子が4人以上いる場合、義務者において扶養すべき者が他にもいる場合には、算定表を用いることはできず、個別具体的な計算が必要となります。
⑵ 基礎収入の認定の仕方については、給与所得者である場合と事業所得者である場合とで異なります。
ア まず、給与所得者である場合には、原則として、源泉徴収票の「支払金額」又は課税証明書の「給与の収入金額」が基礎収入と認定されます。
もっとも、相手方から源泉徴収票又は課税証明書が提出されない場合には、その余の資料から基礎収入が認定されることになります。例えば、給与明細書を用いる場合には、直近3か月の平均の給与所得から通勤手当や旅費等の非課税所得を控除したものが基礎収入と認定されます。
イ 次に、事業所得者である場合には、原則として、確定申告書の「課税される所得金額」に、税務上、控除されるものの、現実には支出されていない費用を加えたものが基礎収入と認定されます。すなわち、「所得金額」の「合計」額から「社会保険料控除」額を差し引き、「青色申告特別控除額」及び現実には支出されていない「専従者給与(控除)額の合計額」を加えたものが基礎収入と認定されるのが原則です。
更には、経費の水増しがある場合には、その経費分の額を加えたものが基礎収入と認定されることになりますが、当事者間で争いとなりやすい部分であり、一般に、これを主張・立証することは容易ではありません。
3 婚姻費用の増額請求
⑴ 婚姻費用の増額請求とは、一度決まった婚姻費用について増額を求めることをいうため、まず前提として、そもそもの婚姻費用の決め方について述べます。
協議で合意をすることができれば、勿論、婚姻費用を決めることができますが、これができない場合には、婚姻費用分担調停・審判の申立てをしなければなりません。
婚姻費用分担請求については、調停前置主義が採用されているため、まずは、原則として、調停の申立てをしなければならず、いきなり審判の申立てをすることはできません。なお、調停の場合、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことになります。
婚姻費用分担調停では、夫婦の資産、収入、支出等の一切の事情について、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらうなどして、裁判官1名と調停委員2名で構成される調停委員会において、紛争に関する事情を把握した上で、解決案を提示したり、紛争解決のために必要な助言をし、合意形成を目指して、話合いが進められることになります。このように、調停は、あくまでも裁判所での話合いの手続となりますので、当事者双方で合意が形成されなかった場合には、調停不成立となって終了しますが、婚姻費用分担請求の場合は、自動的に審判が開始されることになり、最終的には、裁判官が、必要な審理を行った上で、一切の事情を考慮して、判断を示すことになります。
⑵ その上で、一度決まった婚姻費用が自動的に増額されるということはなく、婚姻費用を増額させるためには、改めて任意に婚姻費用に関する合意をするか、婚姻費用分担額増額調停・審判の申立てをする必要があります。
婚姻費用分担額増額審判では、婚姻費用分担審判の場合と同様、裁判官がその当否を判断することになりますが、その際、主に、事情の変更があったかどうか、あったとして、それが通常予見し得なかったものであるかどうかが考慮されます。勿論、軽微な事情の変更があっただけでは足らず、失業による収入の減少等、顕著かつ重要な事情の変更がなければならないとされています。また、かかる事情の変更は、通常予見し得なかったものでなければならないとされています。
それでは、子どもが15歳になったことは、婚姻費用の増額を基礎付ける事情の変更に当たるのでしょうか。
標準算定方式は、15歳未満の子どもの生活費指数が62、15歳以上の子どもの生活費指数が85であることを前提としたものであり、子どもが15歳未満であるか15歳以上であるかにより、婚姻費用が異なってきます。簡単に言えば、15歳未満の子どもと15歳以上の子どもとを比べて、後者の方がより生活費がかかるため、その分、婚姻費用が増額されることになります。このように、子どもが15歳未満であるか15歳以上であるかは、婚姻費用に直接的な影響を及ぼす事情であり、子どもが15歳になったことは、顕著かつ重要な事情の変更といえます。
また、子どもは、当然、年を重ね、いずれ15歳になるのであり、子どもが15歳になったことは、通常予見し得なかった事情の変更とはいえません。しかしながら、婚姻費用を標準算定方式によって計算する以上、その当時、子どもが15歳未満であったか15歳以上であったかにより、婚姻費用が機械的に異なってくるため、ここでは、婚姻費用の増額の当否を判断するに当たり、通常予見し得なかったかどうかという点を基本的に考慮すべきではないといえます。
したがって、子どもが15歳になったことは、婚姻費用の増額を基礎付ける事情の変更に当たると考えられます。同旨の裁判例としては、東京高裁令和3年3月5日決定があり、これは、「標準算定方式を採用する場合、子が15歳に達すると生活費指数が増えるのであるから、当事者双方において子が15歳に達した後も養育費を増額させないことを前提として養育費の金額について合意した等の特段の事情が認められない限り、子が15歳に達したことは原則として養育費を増額すべき事情の変更に該当するものと解され」るとしたものです。但し、そのことだけで、具体的な金額がいくらくらい増加するかについては、の他の事情も考慮されますし、審判調停をする場合の弁護士費用とかもありますから、方針の決定については慎重な行うべきでしょう。
以上