新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1056、2010/10/28 15:44 https://www.shinginza.com/rikon/qa-rikon-youikuhi.htm

【親族・一度決めた離婚における養育費の減額・支払い確保の方法】

質問:現在,夫との間で離婚調停中です。夫とはすでに別居中で,私は15歳の娘と二人暮らしをしています。離婚を希望しているのは夫の方で,理由は他に女性ができたからです。別居期間はまだ1年程度なので,この場合,夫からの離婚請求は認められないとは聞いています。ただ,別居が長引けば,いずれは離婚されてしまうそうで,その場合,今より不利な条件で離婚することになると聞き,迷っています。迷っている理由の一つは,女性に対する許せない思いですが,もう一つは,経済面の不安です。夫からは養育費の提示が出ており,算定表に照らしても悪くない数字のようですが,調停で離婚に応じた途端,支払わなくなったり,減額請求してきたりするのではないかと思い,不安です。養育費を将来減額できないようにする方法など,こうした不安に対処する手立てはありませんか。↓
回答:
1.養育費の総額と分割支払いを調停条項にしてしまうことで,将来減額請求をしにくくする方法があります。相手方からの抵抗も予想されますが,現在はまだ強気に出てもよい状況だと思いますので,提示されてはいかがでしょうか。
2.法律相談事例集キーワード検索:1043番983番770番684番669番345番参照。

解説:
1.養育費の法的性質
 養育費とは,未成熟子の監護費用(民法766条)であり,子が人間としての尊厳を確保し成長するため生まれながらに親に対して有する養育,教育を受ける権利すなわち自然権(憲法13条,24条2項,26条)及び親の子に対する扶養義務(民法877条)を根拠として,離婚して子と別居したとしても親である限り負担しなければならないものです。もちろん,その負担割合は両親で資力に応じて公平に負担し合うこととなります。婚姻が継続している間は,婚姻共同生活を維持する費用の一部として,当然に夫婦で負担し合っていると考えられますが(別居中であれば,「婚姻費用分担請求」ができる額に含まれています。),離婚して別々の生活を始める際には,親の子に対する養育費負担義務として顕在化します。
 夫婦が離婚をする際には,家事審判法9条乙類4号「子の監護について必要な事項」をその協議により,協議が整わない場合には家庭裁判所の審判により定めることとされており,これが,通常離婚調停において養育費についての話し合いもなされる根拠といえます。

2.養育費の定め方
 養育費の金額の定め方,支払い期間等については,当ホームページ上別に詳しい記載(事例集983番)がありますので参考にして下さい。具体的に調停で養育費を定める場合,合意ができる限り,その定め方はかなり自由です。
 通常は,養育費は月にいくらと定め,調停条項としては「申立人は,相手方に対し,長女○○の養育費として,平成○年○月から同人が成年に達する日の属する月まで,毎月末日限り,金○万円を,相手方名義の預金口座(○○銀行○○支店普通預金口座番号○○○○名義○○○○)宛て振り込んで支払う。」などと記載されます。

3.総額を定める方法
 しかし,この方法では,将来,相手の収入が減少したことや新たな実子が誕生したことなどを理由に養育費減額調停を起こされ,減額が認められてしまうリスクがあります。また,月々の養育費を支払わなかった場合に,調停調書により強制的に回収することはできますが,強制執行(給料債権,預金債権などの差押等)をしなくてはならないため,その実効性が弱いという問題があります。
 そのような不都合を避けるため,少々荒業的ですが,養育費の総額を予め合意し,確定債権にしてしまうという方法があります。調停条項としては,「申立人は,相手方に対し,長女○○の平成○年○月から同人が成年に達する日の属する月までの養育費の総額として金○○○万円の支払義務があることを確認し,これを分割して,毎月末日限り,金○万円を,相手方名義の預金口座(○○銀行○○支店普通預金口座番号○○○○名義○○○○)宛て振り込んで支払う。」などとします。さらに,「申立人が,前項の分割金の支払いを2回以上怠った場合には,申立人は当然に期限の利益を失い,相手方に対し,前項の養育費総額から支払い済みの金額を控除した残額を一括して直ちに支払う。」などという懈怠約款を入れればさらに良いでしょう。
 
 この定め方をした場合に減額調停がしにくくなる理由は,減額調停はあくまでも将来の養育費負担を変更する形成的効果しかもたないからです。一度調停で総額を定めてしまえば,それは確定した過去の債務になりますので,減額調停を申し立てても変更ができないと主張しうると思います。また,通常の定め方では毎月履行期の到来をまって初めてその月の分の強制執行が可能となるのに対し,懈怠約款付きで総額を定めてしまえば,期限の利益喪失により将来の全ての分をただちに回収することができるという利点があります。また,期限の利益を喪失しないよう毎月約束通り支払わせるという相手に対する心理的な圧力にもなるでしょう。
 まずは調停委員に総額を定める条項にしたい旨の希望を述べ,相手に伝えてもらって反応を見るのがよいでしょう。日々の生活費を負担するという養育費の性質上,裁判所が強制的に決める審判手続で総額を定める命令が出ることはありませんが,調停で当事者の合意があれば,総額の定めをすることができると考えられます。

4.参考のために,養育費減額の審判例をいくつかご紹介致します。養育費の総額を定めたあとに,事情変更を生じて養育費減額調停・審判が提起された場合に,過去に定めた総額について,変更をなしうるかどうか,最高裁判所の裁判例は出ていないようです。
 @平成4年12月16日,山口家庭裁判所審判。会社役員であった父親の年収が会社営業不振により,約1500万円から約500万円程度に下落し,また再婚し2子をもうけた事案で,「収入が著しく変化したばかりでなく,新たな家庭が出来,そのための生活費を確保しなければならない等,生活状況が大きく変化したことは明らかであるから,そのような事情変更を考慮し,事件本人らの養育費の額を相当減額することはやむを得ないというべきである」,として生活保護基準を用いて1人月額5万円の養育費を月額3万円に減額することを審判した事例。
 A平成19年11月9日,福島家庭裁判所会津若松支部審判。「事情変更に基づく養育費の減額(民法880条)は,当初の協議の際,当事者が予見し得ない事情の変更が後になって生じ,協議が実情に合わなくなった場合にのみすることができるとするのが相当である」とし,公正証書作成後に,再婚し,子をもうけたことは抽象的には想定されるものの,具体的な事情として存在していたとは認められないとして,再婚相手の育児休業期間に限って,月額6万円の養育費を3万円に減額することを審判した事例。

≪参照条文≫

憲法
第13条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
第24条  
2  配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。
第26条  すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。

民法
766条 父母が協議上の離婚をするときは,子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は,その協議で定める。協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,家庭裁判所がこれを定める。
880条 扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後,事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その協議又は審判の変更又は取り消しをすることができる。

家事審判法
9条 家庭裁判所は,次に掲げる事項について審判を行う。
乙類
4号 民法第766条第1項又は第2項(これらの規定を同法第749条,第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分
17条 家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。但し,第9条1項甲類に規定する審判事件については,この限りでない。

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