共有物分割請求訴訟における全面的価格賠償
民事|条文にない共有物分割請求訴訟における全面的価格賠償|建物居住している共有者と他の共有者の利益対立|最高裁平成8年10月31日判決
目次
質問:
今から10年以上前に、父が亡くなり、私、母及び弟の3人で協議の上、母が父名義であった土地(以下「本件土地」といいます。)及び建物(実家)を単独で相続することになりました。母もかなりの高齢であったため、私は、母と相談して、建物(実家)を取り壊した上で、新たに二世帯住宅(以下「本件建物」といいます。)を建て、一緒に居住することにしました。なお、本件建物を建てるに当たり、母が建て替え費用の半分ほどを援助してくれたことから、本件建物については、私と母の2分の1ずつの共有としました。その後、母も亡くなり、母の遺産について、私と弟の2人で分割協議を行ったのですが、揉めに揉めてしまい、ひとまず、本件土地及び本件建物の母の持分については、法定相続分に従い、私と弟の2人で半分ずつに分けることになりました。それからしばらくして、弟が私のもとにやって来て、本件土地及び本件建物を売却して、その売却代金を共有持分に従って分配したいと提案してきました。私は、既に10年近く、妻と子どもと共に本件建物に居住しており、子どもも近くの小学校に通っているため、その提案を拒否しました。すると、弟は、本件土地及び本件建物の売却に応じないのであれば、裁判をして競売にかけることになると脅してきました。
もし裁判となった場合、本件土地及び本件建物は競売にかけられることになってしまうのでしょうか。貯蓄も十分にあるので、勿論、弟の持分については、適正に評価して、金銭的な手当をしようと思っています。
回答:
共有とは、共有者間に特別な人的結びつきのない共同所有関係をいい、各共有者は、目的物について、それぞれの持分を有し、これをいつでも自由に処分することができるのみならず、目的物の分割を請求することもできるのが原則です(民法256条1項本文)。
共有者間の協議によっても共有物を分割することができますが、仮に協議が調わない場合には、共有物分割請求訴訟を提起し、裁判所に共有物を分割してもらうことになります(同法258条1項)。共有物の分割方法としては、共有物の性質を変えることなく、①そのまま現物を分配する現物分割の方法、②一部の共有者が現物を取得し、他の共有者には代価を支払う価格賠償(代償分割)の方法や、③共有物を売却した上で、その換価金を分配する換価分割の方法があります(同条2項及び3項)。
ここで、相談者様は価格賠償(代償分割)の方法を希望しているのに対し、弟は換価分割の方法を希望していますので、いわゆる全面的価格賠償の許否が問題となります。
この点、共有物の分割方法として全面的価格賠償によるべきか否かは、①当該共有物の性質及び形状、②共有関係の発生原因、③共有者の数及び持分の割合、④共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、⑤分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無、⑥価格の適正評価、⑦共有物を単独取得する者の支払能力等の諸般の事情を考慮して決せられることになります(最高裁平成8年10月31日判決参照)。
本件では、まず、本件土地上には本件建物が存在することから(①)、現物分割の方法によることは困難と考えられます。その上で、本件土地及び本件建物の共有状態は相続等によって生じたものですが(②)、本件土地については、相談者様と弟の持分2分の1ずつの共有、本件建物については、相談者様が持分4分の3、弟が持分4分の1の共有となっており(③)、その割合に大きな差異はないといえます。そして、相談者様は価格賠償(代償分割)の方法を希望しているのに対し、弟は換価分割の方法を希望しているという状況です(⑤)。持分の割合からすれば、いずれの希望を優先させるべきか、判然としませんが、相談者様は、既に10年近く、妻と子どもと共に本件建物に居住しているほか、子どもも近くの小学校に通っているため(④)、相談者様が生活の本拠として本件土地及び本件建物を利用する必要性は極めて大きく、価格賠償(代償分割)の方法によるのが相当といえます。
したがって、本件土地及び本件建物が適正に評価された上で(⑥)、当該評価に基づいて算出された弟の持分価格を支払う能力があるのであれば(⑦)、共有者間の実質的公平が害されることもないといえ、裁判所は、本件土地及び本件建物を分割するに当たって、価格賠償(代償分割)の方法によるのが妥当と判断するものと考えられます。
関連事例集2009番、1494番、1372番、1150番、821番、814番、733番、712番、681番、626番参照。
共有物分割に関する関連事例集参照。
解説:
1 共有物分割請求の概要
共有とは、共有者間に特別な人的結びつきのない共同所有関係をいい、各共有者は、目的物について、それぞれの持分を有し、これをいつでも自由に処分することができるのみならず、目的物の分割を請求することもできるのが原則です(民法256条1項本文)。その意味では、各共有者の有する持分は、所有権と基本的に異なるところはないものの、目的物が1つしか存在しないために、共有者相互で一定の拘束を受けているに過ぎないともいえます。
もっとも、共有者間で分割しない旨の特約(不分割特約)が存在する場合には、共有物を分割することができないことになります(ただ、それも5年間という期間制限があり(同項ただし書)、これを更新する際も、それは同様です(同条2項)。)。また、例えば、共有物分割請求の対象となった土地が、共有者らの所有に係る隣接地から公道へと至るための供用通路である場合などには、そもそも共有物分割請求になじまず、権利濫用に当たるとして、当該請求が認められないこともあります(福岡高裁平成19年1月25日判決参照)。
なお、共有と似た概念として、合有や総有というものが存在しますが、合有や総有においては、特別な人的結びつきが存在し、この点が共有と大きく異なり、分割請求も認められていません。
2 共有物分割の手続きと方法
共有者間の協議によっても共有物を分割することができ、その場合、分割の方法は自由です。共有物の分割方法としては、共有物の性質を変えることなく、①そのまま現物を分配する現物分割の方法、②一部の共有者が現物を取得し、他の共有者には代価を支払う価格賠償(代償分割)の方法や、③共有物を売却した上で、その換価金を分配する換価分割の方法があります。
仮に協議が調わない場合には、共有物分割請求訴訟を提起し、裁判所に共有物を分割してもらうことになります(同法258条1項)。その場合、条文上、現物分割や価格賠償(代償分割)の方法によることが原則であり、これらの方法によることが不可能なときや、これらの方法によると、目的物の価額が著しく減少するおそれがあるときに、換価分割の方法によることができるとされていますが(同条2項及び3項)、実務上は、裁判上の分割においても、諸般の事情に鑑み、柔軟かつ多様な解決が図られています。
共有物分割請求訴訟については、共有物分割請求権の存否の確定という通常の民事訴訟としての側面と当該請求権が認められた場合に当該共有物の分割を裁判上行う非訟事件としての側面の両面を有するという有力説も存在するところですが、通説・判例の立場は、共有物の分割の申立ては本質的に非訟事件であり、判決の確定によって共有物が分割された法的な状態が形成されることになるとしています。
また、裁判所は、共有物の分割方法につき、当事者の申立てには拘束されません。そのため、請求の趣旨(原告が裁判所に求める判決の内容のこと。)としては、例えば、「別紙物件目録記載1の土地及び同目録記載2の建物を分割する。」などと分割方法を指定せずに記載すれば足りるということになります。
3 全面的価格賠償の許否に関する裁判例
本件では、相談者様は価格賠償(代償分割)の方法を希望しているのに対し、弟は換価分割の方法を希望していますので、いわゆる全面的価格賠償の許否が問題となります。
上記のとおり、実務上、裁判上の分割においても、諸般の事情に鑑み、柔軟かつ多様な解決が図られていますが、全面的価格賠償のリーディングケースである最高裁平成8年10月31日判決は、「当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。」旨を判旨しています。
すなわち、共有物の分割方法として全面的価格賠償によるべきか否かは、①当該共有物の性質及び形状、②共有関係の発生原因、③共有者の数及び持分の割合、④共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、⑤分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無、⑥価格の適正評価、⑦共有物を単独取得する者の支払能力等の諸般の事情を考慮して決せられることになります。上記判例では、①乃至⑤の要件は全面的価格賠償の相当性として整理され、⑥及び⑦の要件は共有者間の実質的公平として整理されていますが、その後の裁判例も踏まえると、全面的価格賠償の相当性という観点からは、④共有物の利用状況(及び分割された場合の経済的価値)が重視されていると考えられます。
なお、以前は、「前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。」(改正前の民法258条2項)旨が定められるにとどまり、条文上、共有物の分割方法として、現物分割と換価分割の2つしか明記されていませんでしたが、現在は、判例法理を踏まえ、価格賠償(代償分割)の方法も追記されています。
4 本件における具体的検討
上記の判断基準に即して、以下、本件を分析していきます。
まず、本件土地上には本件建物が存在することから(①)、現物分割の方法によることは困難と考えられます。その上で、本件土地及び本件建物の共有状態は相続等によって生じたものですが(②)、本件土地については、相談者様と弟の持分2分の1ずつの共有、本件建物については、相談者様が持分4分の3、弟が持分4分の1の共有となっており(③)、その割合に大きな差異はないといえます。そして、相談者様は価格賠償(代償分割)の方法を希望しているのに対し、弟は換価分割の方法を希望しているという状況です(⑤)。持分の割合からすれば、いずれの希望を優先させるべきか、判然としませんが、相談者様は、既に10年近く、妻と子どもと共に本件建物に居住しているほか、子どもも近くの小学校に通っているため(④)、相談者様が生活の本拠として本件土地及び本件建物を利用する必要性は極めて大きく、価格賠償(代償分割)の方法によるのが相当といえます。
したがって、本件土地及び本件建物が適正に評価された上で(⑥)、当該評価に基づいて算出された弟の持分価格を支払う能力があるのであれば(⑦)、共有者間の実質的公平が害されることもないといえ、裁判所は、本件土地及び本件建物を分割するに当たって、価格賠償(代償分割)の方法によるのが妥当と判断するものと考えられます。
なお、不動産の評価額については、双方から不動産査定書を提出するなどしても折り合いがつかなければ、当事者の鑑定の申し出を受け、裁判所が鑑定人を指定し、当該鑑定人の鑑定意見を踏まえ、これが決せられことになります。鑑定費用としては、概ね50万円前後となることが多く、鑑定の申し出をした当事者において、一旦、全額を納付しなければなりませんが、最終的には、持分の割合に応じて負担することになるのが通常です。