親族による囲い込み事案の対応

家事|親族による将来の相続財産所有者に関する成年後見手続の妨害、排除|将来の相続人間の利益対立|横浜地決平成30年7月20日判時2396号30頁

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

高齢の母との面会が出来ずに困っています。父が数年前に他界し、母が独り身になったのを契機として、母の認知症が大きく進行したため、心配になった私は、母と同居して面倒を見ていました。ところが、しばらくして兄が母を老人ホームに入れると言い出し、勝手に契約をして入所させてしまいました。

兄がこのような行動をとったのは、母の財産目当てであることが明らかです。その証拠に、私が兄に対して、母の財産がきちんと管理されているか確認したいので、母の通帳を見せて欲しいと伝えても、お前には関係がないと言って無視をし、さらには、母が所有する不動産の簡易査定を取得し、売りに出そうとしていることが判明したのです。

私は、母の財産を守るために、裁判所に成年後見人を選任してもらった方が良いと考え、成年後見開始の審判の申立てを準備していたのですが、先月から、施設での母との面会が突如出来なくなり、理由を確認したところ、契約者である兄が私との面会を認めていないからであると説明を受けました。そのため、母を病院に連れて行くことが出来ない状況です。裁判所の窓口で聞いたところ、病院で認知機能テストを受けてもらい、家庭裁判所専用書式の医師の診断書を取得しなければ、後見開始の審判をするのが難しいようです。

私はどうすることも出来ないのでしょうか。

回答:

1 本件の解決としては、①家庭裁判所書式の診断書を取得できないことを前提に、強引に成年後見開始の審判の申立てを実施する方法があります。家庭裁判所は、診断書の提出を原則として申立てを受理しておりますが、事情を説明すれば、診断書がない状態での申立ても受理される運用がとられております。この場合、申し立て後に、任意に診断書を作成するか、それができない場合は家庭裁判所が鑑定人を選任して鑑定を実施することで、後見相当か否かを判断することになります。家庭裁判所調査官による親族照会の中で、対立するキーパーソンに対して鑑定に協力してもらえるかを確認し、多くの場合は、鑑定に応じると思われます。

他方で、親族ないし本人が鑑定に協力しない姿勢を見せることも想定されます。この場合でも、本人が事理弁識能力を完全に欠いていることを裏付けるような客観的記録(過去の医療記録等)が存在し、裁判所が、鑑定をすることについて明らかにその必要がないと認めるような特殊事案では、鑑定を経ることなく後見開始の審判を下すこともあり得るでしょうが、それは限定的な場面といえます。鑑定が必要な場合で、本人が鑑定に協力をしない場合、鑑定の実施が困難との理由で、申立てが却下される可能性もあることを念頭に置いておくべきです。

2 次に考えられるのが、②成年後見人の選任申立前にお母様との面会を実現させることで、成年後見開始の審判申立てに向けた診断書の準備等を十分に行うことの出来る環境を調整するという方針です。具体的には、お兄様と施設を相手方とする面会妨害禁止の仮処分命令の申立てを行い、面会妨害禁止命令を出してもらう方法です。仮処分決定が出れば、施設も面会を認めざるを得なくなるはずです。そして、面会さえ実現できれば、裁判所書式の診断書も用意でき、診断書の記載次第では、鑑定を経ることなく診断書のみで成年後見開始の審判が下される可能性が出てきます。

どちらの手続を先行させるかは具体的な状況によります。 診断書なしで申立て、その後の手続きの中で裁判所から診断書作成、鑑定について説明があれば協力してもらえることが多いでしょうが、かたくなに裁判所への出頭を拒むような場合は、」診断書なしで成年後見開始の審判申立てに踏み切るよりも、先にお母様との面会を実現させる方が、見通しを立てやすく、より確実性のある方針といえるでしょう。

3 関連事例集 1501番1242番1185番1065番196番参照。その他、成年後見に関する関連事例集参照。

解説:

第1 成年後見開始の審判申立てにかかる諸問題

1 鑑定の実施、本人の陳述聴取が原則とされていること

⑴ 鑑定の実施について

家庭裁判所は、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について、本人、配偶者、四親等内の親族等の請求により、後見開始の審判をすることができます(民法7条)。

その上で、家事事件手続法119条1項は、「家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。」として、精神状況の鑑定の実施を原則としつつも、「ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。」として、鑑定を必要としない例外的場合を定めております。

実務上、裁判所書式の診断書を準備して申立てが行われた場合は、「明らかにその必要がないと認めるとき」に該当するものとして、鑑定を実施することなく成年後見開始の審判を出す例が多いです(鑑定が行われるのは10パーセント未満といわれています)。そして、実際には、裁判所書式の診断書が添付されて申立てが行われる例が圧倒的に多いことから、法が鑑定の実施を原則と定めているとはいえ、鑑定が実施される事案の方が圧倒的に少ない(いわば原則と例外が逆転している)というのが実情です。

⑵ 本人の陳述聴取について

次に、家事事件手続法120条1項は、後見開始の審判を行う場合は、予め本人の陳述を聴かなければならないことを定め、例外的に、本人の心身の障害により陳述を聴くことができないときは、陳述を聴取することなく審判を行うことが出来ることを定めています。

2 親族間の対立事案、本人の拒絶事案

⑴ では、本件のように、親族間の対立(キーパーソンによる囲い込み等)が原因で診断書の取得が物理的に困難な事案や、成年被後見人となることに本人が拒絶の意思を示している事案は、どのような経過を辿るでしょうか。

⑵ 囲い込みの事案

対立する親族の囲い込みの事案では、まず裁判所から囲い込みをしている当該親族に対して、職権調査の一環として親族照会を行うことが多いとされます。親族照会においては、本人について後見開始の審判の申立てがあったことを親族に知らせるとともに、後見開始についての意見などを聞き、併せて鑑定に対して協力する意向があるかを確認します。申立てに対して、親族の協力を得ることができずに診断書等が取得されない事案でも、裁判所が行う鑑定であれば協力できるという回答がされる場合も多く、親族照会の段階で親族の協力を得られることが明らかになった場合は、鑑定を実施することになります。

一方で、親族間の対立が激しい事案では、家庭裁判所調査官の働きかけにも親族が耳を貸さずに、事実上鑑定を実施することができない場合もあるようです。このような場合には、例えば審問期日を指定して当該親族を呼び出して、裁判官から当該親族に対して審問を実施する中で制度利用についての理解を求めることもあります。それでもなお、拒絶の意思を貫く場合、一見記録から、鑑定をすることについて明らかにその必要がないと認められるような特殊事案では、鑑定を経ることなく後見開始の審判を下すこともあり得るでしょうが、極めて限定的な場面といえます。それ以外の場合は鑑定が必要になります。但し、鑑定を行うには、本人が鑑定人である医師と麺がんが必要になりますから、それを他の家族が妨害するような場合は、別途妨害禁止の仮処分等の手続きの検討が必要です。

⑶ 本人が拒絶している事案

次に、親族による囲い込みではなくて、本人が医師の受診などを頑なに拒否している場合も、基本的には親族による囲い込みの事案と同様で、家庭裁判所調査官による本人調査を行い、本人の意向等を確認する中で本人に対して制度や手続に関する説明を行いつつ、鑑定への協力を求めることになります。

しかし、それでもなお、本人が頑なに拒絶の意思を示す場合は、鑑定の実施が困難であり、一見記録から、鑑定をすることについて明らかにその必要がないと認められるような特殊事案でない限り、申立てが却下される可能性が相応にあるといえます。

なお、家庭裁判所において、医師の診断書と本人の言動を根拠に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」と判断し、さらに「鑑定の必要がない」として後見開始の審判が下された事案の抗告審で、本人に一定の意思能力が残っている可能性が示唆され、診断書や調査結果からは、鑑定の必要がないと明確に判断できないと判断されたことに加え、本人が鑑定を強く拒否しており、抗告審でも鑑定実施が難しいとされたことで、最終的に原審の決定を取り消し、申立て自体を却下した例があり(東京高決令和5年11月24日判タ1524号94頁)、参考になります。

第2 面会妨害禁止の仮処分命令申立てという手段

1 親子間の面会交流が法的に保護された権利であること(被保全権利の存在)

親族(キーパーソン)による囲い込みが原因で、親子間の面会を妨害されている事案が跡を絶ちません。

前提として、そもそも親子間の面会が法的に保護された権利といえるのでしょうか。

この点について、横浜地決平成30年7月20日判時2396号30頁(以下、「参考事例」といいます。)は、「両親はいずれも高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、債権者は両親に面会をする権利を有するものといえる。」として、両親への面会交流権を法的に保護された権利として認めています。

そのため、本件のように、あなたがお母さまと面会しようとすることをご兄弟(及びその意を汲んだ施設)が妨害しているのであれば、そのような妨害行為は、違法と評価されることになります。

2 面会妨害禁止仮処分命令の概要

そのような違法行為を是正する手段としては、施設の所在地を管轄する地方裁判所に対して、妨害する親族や施設を相手方とする面会妨害禁止の仮処分命令の申立て(仮の地位を定める仮処分命令の申立て)を行うことが考えられます。

本来、第三者に対して自分の民事上の権利を実現する手段としては、相手方に対して民事訴訟を提起するのが原則ですが、民事訴訟(裁判)は、提起してから解決するまでに時間を要ることになります。

そのため、裁判が終わるのを待っていたのでは損害が大きくなってしまう場合や、権利を実現しても意味が無くなってしまうような場合には、裁判所に対して、仮に権利を実現させる処分を求めることができます。中でも、本件のような親との面会のように、直接的に権利の実現を達成させる仮処分は、「仮の地位を定める仮処分」に分類されます。

この仮の地位を定める仮処分は、暫定的なものではありますが、実質的に裁判で勝訴したのと同じ効果を与えることになります。そのため、裁判所が認める要件も厳しく、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる(民事保全法第23条2項)」とされています。

地裁レベルではありますが、上記参考事例は、本件と同種事案において、高齢の両親を囲い込んでいた兄と面会をさせなかった施設に対して、面会の妨害を禁止する仮処分を認めており、参考になります。

3 仮処分命令発令の要件

⑴ 被保全権利の存在とその侵害(面会の妨害行為)

まず前提として、被保全権利の存在とその侵害の事実が疎明される必要があります。

この点につき、参考事例は、上で述べたとおり、「両親はいずれも高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、債権者は両親に面会をする権利を有するものといえる。」とした上で、両親の権利を不当に侵害するような事情は見当たらないことから、被保全権利は疎明されていると判断しました。

また、参考事例は、もともと九州(妹の家の近く)の自宅に住んでいたアルツハイマーの両親が、妹の主導により、横浜の施設に入所させられた事案でした。その際、債権者に対し、事前に両親が退去する旨の連絡はなく、また、兄が、地域包括支援センターに問い合わせをしたところ、両親は施設に入所中であるが、妹から施設名を教えないように言われている旨の回答を受けており、妹が積極的に兄に対して居所を教えないようにしている事案でした。妹の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、債権者が現在両親に面会できない状態にあること、つまり妹が兄の面会を妨害していることが認定されております。

⑵ 保全の必要性

参考事例では、両親が現在入居している施設に入居するに当たり債務者(妹)が関与していること、債務者が債権者に両親に入居している施設名を明らかにしないための措置をとったこと、債権者が両親との面会に関連して、家庭裁判所に親族間の紛争調整調停を申し立てる方法をとってもなお、債務者は家庭裁判所調査官に対しても両親の所在を明らかにせず、調停への出頭を拒否したこと、本件審尋期日においても、債務者は、債権者と両親が面会することについて協力しない旨の意思を示したこと等の事実を認定しました。

そして、これらの事情を総合すると、債務者の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、債権者が現在両親に面会できない状態にあるものといえ、また、債務者の従前からの態度を考慮すると、上記の状況が改善する可能性は乏しいものといえ、今後も、債務者の妨害行為により債権者の面会交流する権利が侵害されるおそれがあるものといえる、としました。

そのため、債権者が両親に面会することにつき、債務者の妨害を予防することが必要であることから、本件保全の必要性も認められると結論付けております。

このように、債務者(妨害をしている者)の従前の挙動が保全の必要性にかかる事実認定の基礎となる以上、従前の経過について、可能な限り証拠保全をしておくことが望ましいといえるでしょう。

第3 本件の進め方について

以上を踏まえ、本件の進め方を検討するに、お母様の後見開始の審判申立てと面会妨害禁止の仮処分命令申立てのいずれを先行させるかについては、判断が悩ましいところです。後見開始の審判申立てを実施するにしても、本件では、ご兄弟が家庭裁判所調査官の親族照会に適切に応じ、鑑定の実施に協力する意向を示す保証がありません。お手元にある従前の医療記録等から、後見開始にあたり鑑定を経る必要のないことが一見明白である等、特殊な事情がない限り、最後まで拒絶の意思を貫かれてしまうと、後見開始の審判申立てが却下されてしまう可能性を否定できません。

勿論、そのような経過を辿ったこと自体が、面会妨害禁止の仮処分の審理において、保全の必要性を補強する疎明資料となり得ることは事実ですが、そもそもの面会の目的が、お母様の後見開始の審判を得ることを容易にする(医療機関を受診し、裁判所書式の診断書を取得する等)点にある以上、面会妨害禁止の仮処分命令申立てを先行させるのが合理的である(後見申立ての手続きを先行させることはかえって迂遠である)、とも考えられます。

仮処分決定が出れば、施設も面会を認めざるを得なくなるはずです。そして、面会さえ実現できれば、裁判所書式の診断書も用意できますから、後見申立ての十分な準備をすることが可能となり、鑑定を経ることなく診断書のみで成年後見開始の審判が下される可能性も出てきます。診断書なしで成年後見開始の審判申立てに踏み切るよりも、見通しを立てやすく、より確実性のある方針といえるでしょう。

最終的には、ご依頼主のお考えなども踏まえ、十分に協議した上で、事案の解決方針を立てることになります。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照判例

●横浜地決平成30年7月20日判時2396号30頁

保全異議申立事件

横浜地方裁判所平成三〇年(モ)第四〇三一号

平成30年7月20日民事第三部決定

債権者 X

同代理人弁護士 山下敏雅

債務者 Y

主 文

一 上記当事者間の横浜地方裁判所平成三〇年(ヨ)第二四四号面会妨害禁止仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成三〇年六月二七日にした仮処分決定を認可する。

二 申立費用中、本件保全異議申立以後のもの及び本件保全異議申立以前の部分のうち、債権者と債務者との間に生じたものは、全て債務者の負担とする。

理 由

第一 申立ての趣旨

一 上記当事者間の横浜地方裁判所平成三〇年(ヨ)第二四四号面会妨害禁止仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成三〇年六月二七日にした仮処分決定を取り消す。

二 債権者の本件仮処分命令申立てを却下する。

三 申立費用は債権者の負担とする。

第二 事案の概要等

一 事案の概要

本件は、債権者が、債権者及び債務者の父であるA及び同母であるB(以下「A」及び「B」を合わせて「両親」という。)が入居している老人ホーム及び債務者が債権者と両親との面会を妨害していると主張し、人格権を被保全権利として、債務者及び同老人ホームを経営する会社は債権者が両親と面会することを妨害してはならないとの仮処分命令を申し立てたところ、横浜地方裁判所が、債務者及び前記会社のため各金二万円の担保を立てさせて認容する旨の決定をしたことから、債務者がこれを不服として保全異議を申し立てた事案である。

二 主要な争点及び当事者の主張

本件の主要な争点は、被保全権利の存否及び保全の必要性である。

債権者の主張は、「仮処分申立書」及び平成三〇年七月九日付け「答弁書」記載のとおりであるので、これらを引用するが、要するに、被保全権利については、債務者は両親を連れ去り、同人らが入居している老人ホームに対し、同人らの所在を明らかにしないように指示をするなどして、債権者が両親と面会する権利を著しく侵害しているところ、債権者には、人格権等により導かれる、親族である両親との面談を不当に妨害されないという地位に基づく妨害排除請求権及び妨害予防請求権が存すると主張する。また、本案判決の確定を待っていては、債務者の妨害により、債権者の損害が拡大し、回復困難となる危険性が高いことから、保全の必要性が認められる旨主張するものである。

債務者の主張は、同年六月二二日付け「答弁書」及び「保全異議申立書」記載のとおりであるので、これらを引用するが、要するに、債務者は、両親から懇願されたため両親を横浜に連れてきたのであり、連れ去りの事実はなく、また、債務者は、両親が債権者との面会を拒絶していることから、その意向に沿って施設にその旨伝えているにすぎず、面会妨害の事実はなく、債権者に対する権利侵害はないと主張し、さらに、両親は平穏な生活を送っており、債権者が施設に来ることに怯えている状態にあり、保全の必要性も認められないなどと主張するものである。

第三 当裁判所の判断

一 前提事実

当事者間に争いのない事実及び一件記録により容易に認められる事実は以下のとおりである。

(1)A(昭和六年××月××日生まれ、住所・横浜市《番地等略》)は債権者及び債務者の実父、B(昭和五年××月××日生まれ、住所・横浜市《番地等略》)は債権者及び債務者の実母であり、債務者が同人らの長男(兄)、債権者は長女(妹)である。

(2)Aは平成二五年九月一〇日から通院している医院において、アルツハイマー型認知症と診断されている。また、Aは、介護認定審査会において、要介護1に該当すると判定され、平成二九年四月二七日付けで同通知を受けた。

Bは、平成二七年一二月二一日にアルツハイマー型認知症との診断を受けた。また、Bは、平成二九年四月二五日、前記審査会において、要介護状態の区分を要介護2に変更する旨判定され、翌二六日付けで同通知を受けた。

(3)両親は、債権者の住居の近隣である福岡県小郡市内のA所有の自宅に居住していたところ、同年六月二〇日、債務者が両親を連れて同自宅から横浜市に移動したことにより、両親は同自宅を退去した。その際、債権者に対し、事前に両親が退去する旨の連絡はなかった。

(4)同年九月二九日頃、債権者は債務者及び両親を相手方として横浜家庭裁判所に、親族間の紛争調整の調停申立てをした。

同調停の第一回調停期日(同年一一月八日)に債務者及び両親は出頭しなかったため、家庭裁判所調査官が同人らに対し出頭勧告書を送付し、債務者に対し調査を実施するので同月二〇日に裁判所へ出頭することを求めたとろ、同日、債務者は同調査官に対し、調停には一切出席しないこと、両親の希望で債務者が両親の介護の責任を持っていること、債務者が両親に代理して両親の回答をしていること、調停には応じる考えはないことなどを電話で伝えた。

前記調停は、同年一二月六日に第二回期日が開かれたが、債務者及び両親は出頭せず、不成立となった。

(5)債権者は、同年一一月頃、地域包括支援センターに問い合わせをしたところ、両親は施設に入所中であるが、債務者から施設名を教えないように言われている旨の回答を受けた。

(6)債権者は、同年一二月頃、横浜家庭裁判所に対し、A及びBについて、それぞれ成年後見開始の審判を申し立てた。

家庭裁判所調査官による親族調査の際に、債務者は、Aの所在については明らかにしたくないとの意向を示した。また、同調査官が両親が入居していると想定される施設へ問合せをしても、入居しているか否かについて回答を得られなかった。

上記両審判申立事件について、現在に至るまで精神鑑定を実施して判断能力の程度を判定することができていない。

(7)両親は、平成二九年六月二〇日以降、債務者の住居で生活をしていたが、債務者が包括支援センターに相談をするなどして,同年一〇月一四日頃から老人ホームに入居した。その後、同年一一月頃、横浜市××区に所在する老人ホーム「Q」に転居し、現在まで同施設に入居している。

(8)本件保全異議申立事件の審尋期日において、債権者は、債権者が両親と面会することにつき債務者が応じないのであれば、家庭裁判所調査官と両親が面会することで、債務者に成年後見開始審判申立事件に協力することを求める旨の意向を示したが、債務者は、家庭裁判所調査官の調査にも応じるつもりはない旨述べた。

二 被保全権利の存否について

債権者は、両親の子であるところ、前記認定事実のとおり、両親はいずれも高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、債権者は両親に面会をする権利を有するものといえる。

そして、前記認定事実のほか、債務者提出の証拠及び本件に顕れた一切の事情を考慮しても、債権者が両親と面会することが両親の権利を不当に侵害するような事情は認められないことから、本件被保全権利は一応認められる。

三 保全の必要性について

前記認定事実によると、両親が現在入居している施設に入居するに当たり債務者が関与していること、債務者が債権者に両親に入居している施設名を明らかにしないための措置をとったこと、債権者が両親との面会に関連して、家庭裁判所に親族間の紛争調整調停を申し立てる方法をとってもなお、債務者は家庭裁判所調査官に対しても両親の所在を明らかにせず、調停への出頭を拒否したこと、本件審尋期日においても、債務者は、債権者と両親が面会することについて協力しない旨の意思を示したことが認められる。

これらの事情を総合すると、債務者の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、債権者が現在両親に面会できない状態にあるものといえる。また、債務者の従前からの態度を考慮すると、上記の状況が改善する可能性は乏しいものといえ、今後も、債務者の妨害行為により債権者の面会交流する権利が侵害されるおそれがあるものといえる。

なお、債務者は、両親の意向を尊重しているだけで、債務者が債権者と両親との面会を妨害している事実はないなどと主張するが、前記のとおり、債務者の行為が、債権者が両親と面会できない状況の作出に影響していることは否定できない。

以上によると、債権者が両親に面会することにつき、債務者の妨害を予防することが必要であることから、本件保全の必要性も認められる。

四 結論

よって、本件仮処分命令申立ては理由があるから、これを認容した原決定を認可することとし、主文のとおり決定する。

●東京高決令和5年11月24日判タ1524号94頁

後見開始審判に対する抗告事件

東京高等裁判所令和5年(ラ)第1676号

令和5年11月24日民事第11部決定

主 文

1 原審判を取り消す。

2 本件申立てを却下する。

3 手続費用は、第1、2審とも原審申立人の負担とする。

理 由

第1 本件抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告状《略》、同即時抗告理由書《略》、同上申書《略》及び同抗告人主張書面(1)《略》に記載のとおりであり、これに対する原審申立人の意見は、別紙主張書面3《略》に記載のとおりである。

第2 事案の概要

1 本件は、本人である抗告人の長女である原審申立人が、抗告人について後見開始の審判の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。

2 原審は、本件申立てを相当と認め、抗告人について後見を開始し、C弁護士を成年後見人に選任する旨の審判(原審判)をした。これに対し、抗告人が原審判を不服として即時抗告した。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は、本件においては、抗告人について後見開始の審判をすることができず、本件申立てを却下するのが相当であると判断する。その理由は、以下のとおりである。

2 認定事実

一件記録によれば、以下の事実が認められる。

(1)抗告人は、昭和10年×月×日生まれの男性であり、妻であるDとの間で長女B(昭和36年生。原審申立人)及び長男E(昭和40年生)をもうけた。

(2)抗告人は、令和3年7月21日、原審申立人の手続代理人でもあるF弁護士との間で、抗告人を委任者、F弁護士を受任者として、〔1〕抗告人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を委任する契約、〔2〕任意後見契約及び〔3〕死後事務委任契約(以下、併せて「F弁護士との契約」という。)を締結し、●●公証役場の公証人は、同日、抗告人及びF弁護士による嘱託により、その詳細を記載した公正証書を作成した。

(3)抗告人は、令和3年8月23日、F弁護士に対し、内容証明郵便で、F弁護士との契約を解除する旨の意思表示をし、同郵便は同月30日、F弁護士に配達された。

(4)抗告人は、令和3年12月20日、Eとの間で、抗告人を委任者、Eを受任者として、〔1〕抗告人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を委任する契約及び〔2〕任意後見契約を締結し、●●法務局の公証人は、同日、抗告人及びEによる嘱託により、その詳細を記載した公正証書を作成し、同月22日、上記任意後見契約についての登記がされた。

(5)原審申立人は、令和4年5月9日、甲府家庭裁判所都留支部に対し、本件申立てをした。本件申立てに係る申立書に添付されたG医師作成の令和4年2月8日付け診断書(以下「本件診断書」という。)には、〔1〕診断名は脳血管性認知症であり、所見として「易怒性が目立ち大声を出すことが続き、「泥棒がいる」「金を盗られた」といった幻覚もあり、短期記憶障害、昼夜逆転と認知機能の低下が目立つ。」等の記載があり、〔2〕長谷川式認知症スケールの結果は11点(令和4年2月2日実施)であり、〔3〕「回復する可能性は低い」にチェック印が付され、〔4〕「判断能力についての意見」として、「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。」にチェック印が付され、〔5〕「判定の根拠」として、〔ア〕見当識の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も軽度の「まれに障害がみられる」に、〔イ〕他人との意思疎通の障害の有無については、「あり」として、3段階中2番目の「意思疎通ができないときが多い」に、〔ウ〕理解力・判断力の障害の有無について、「あり」として、3段階中2番目の「程度は重い」に、〔エ〕記憶力の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も重い「顕著」にそれぞれチェック印が付され、具体的エピソードとして、〔ア〕については、「月の認識はあるが、年号、日の認識は無い。家に居ることや、家の構造の理解は出来ている。」、〔イ〕については、「その場の受け答えは行えるが、周囲への配慮は出来ず、欲求のままに行動する。機嫌が悪ければ攻撃となり人と交わらない。」、〔ウ〕については、「簡単な日常会話の理解は出来るが、日々の生活を振り返ると、断片的な話ししか出来ない。真冬でも暖房もなく、裸足で下着のみの格好で椅子に座っている。」、〔エ〕については、「直前に示した物を覚えていない。数分前の話を覚えていない。」、その他として、「「泥棒がいる」といった幻覚があり、被害妄想で周囲に攻撃的になることもある。」、参考となる事項として、「単純な作業は、作業スピードが遅いがこなすことが出来る。偏った思考で、こだわりが強く、指示通りに作業を進めることが出来ないこともある。」などと記載されている。

(6)原審は、令和4年9月28日、抗告人について精神の状況に関する鑑定を行う旨の決定をしたが、抗告人は、同年10月11日、年齢相応のものはともかくとして、自らは至って健康であり、鑑定など全く不要であること、原審申立人に対して強い不信感を抱いていること、身の回りのことや財産の管理等については、Eに任せたいと考えているので、裁判所は抗告人の考えを尊重してほしいこと等を記載した陳述書を提出し、鑑定を受けることを拒否した。

(7)甲府家庭裁判所都留支部の家庭裁判所調査官(以下「家裁調査官」という。)は、令和5年3月13日、抗告人が入所する特別養護老人ホームにおいて、抗告人について調査面接を行った。その際、抗告人は、家裁調査官に対し、自らの氏名及び生年月日を正確に答えることができたほか、自宅が近くにあること、当面は老人ホームで生活することになっていること、財産をEに渡したいこと、Eが全て考えてやってくれるから安心であること、Eのことは信頼しているし、面会にもよく来てくれること、原審申立人には既に取り分となる財産を渡していること、原審申立人は面会にも来ないこと、鑑定についてはこれまで頼まれたことはなく、裁判所から鑑定を依頼した場合は応じることなどを述べた。家裁調査官による調査面接は、約1時間行われ、抗告人は、上記のとおり、家裁調査官に対してある程度の受け答えをすることができたが、質問と答えがかみ合わないこともしばしばあり、時折脈絡なく、「原審申立人が自らの取り分以上に財産を欲しがっている。」、「役場の人が来て話をしたが、それきり来ない。」といった趣旨のことを答えることがあった。

(8)原審は、令和5年6月26日、鑑定を実施することなく、本人について後見を開始し、C弁護士を成年後見人として選任する旨の審判(原審判)をした。

3 検討

(1)家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族等による請求があった場合、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について後見開始の審判をすることができるが(民法7条)、審判に当たっては、原則として、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければならず、明らかにその必要がないと認めるときを除き、鑑定を実施することなしに後見開始の審判をすることができない(家事事件手続法119条1項)。

(2)そこで、抗告人の精神の状況に係る鑑定につき、「明らかにその必要がないと認め」られるか(同法119条1項ただし書)について検討するに、前記認定事実(5)によれば、確かに、本件診断書には、〔1〕診断名は脳血管性認知症であり、所見として「易怒性が目立ち大声を出すことが続き、「泥棒がいる」「金を盗られた」といった幻覚もあり、短期記憶障害、昼夜逆転と認知機能の低下が目立つ。」等の記載があり、〔2〕長谷川式認知症スケールの結果は11点(令和4年2月2日実施)であり、〔3〕「回復する可能性は低い」にチェック印が付され、〔4〕「判断能力についての意見」として、「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。」にチェック印が付され、〔5〕「判定の根拠」として、記憶力の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も重い「顕著」にチェック印が付されていること等が認められるが、その一方で、本件診断書には、〔ア〕見当識の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も軽度の「まれに障害がみられる」に、〔イ〕他人との意思疎通の障害の有無については、「あり」として、2段階中2番目の「意思疎通ができないときが多い」に、〔ウ〕理解力・判断力の障害の有無について、「あり」として、3段階中2番目の「程度は重い」にそれぞれチェック印が付され、〔エ〕具体的エピソードとしても、「月の認識はある」、「家に居ることや、家の構造の理解は出来ている」、「その場の受け答えは行える」、「簡単な日常会話の理解は出来る」、「単純な作業は、作業スピードが遅いがこなすことが出来る」など、抗告人には一定の意思能力があることを窺わせる記載もあることが認められる。

また、前記認定事実(7)によれば、令和5年3月に実施された調査面接時における抗告人の言動は、質問と答えがかみ合わないことがしばしばあり、時折脈絡なく質問の意図と異なる趣旨の回答をすることもあったものの、自らの氏名及び生年月日を正確に答えることができたほか、自宅が近くにあること、当面は老人ホームで生活することになっていること、財産をEに渡したいこと、Eが全て考えてやってくれるから安心であること、Eのことは信頼しているし、面会にもよく来てくれること、原審申立人には既に取り分となる財産を渡していること、原審申立人は面会にも来ないことなど、ある程度筋の通った受け答えをすることも可能な状態であったことが認められる。

以上によれば、原審申立人が別紙主張書面3《略》で主張する事情を考慮しても、抗告人については、限定的ではあるものの一定程度の意思能力がある可能性があり、少なくとも、鑑定の必要がない程に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条)に当たることが明らかであるとは認められない。

(3)しかるに,原審は、本人の精神の状況について鑑定をしないまま、本人について後見開始の審判をしており、家事事件手続法119条1項に違反するというほかはない。

この場合、家事事件手続法上必要な手続を履践していないことを理由に本件を原審に差し戻すことも考えられるが、前記認定事実(6)、(7)及び手続の全趣旨によれば、抗告人は、〔1〕原審において、自らは至って健康であり鑑定は全く不要である旨の陳述書を提出し、鑑定を受けることを強く拒否したこと、〔2〕その後、家裁調査官による調査面接では鑑定に応じる旨述べたものの、結局鑑定には応じなかったこと、〔3〕当審においても、鑑定に応じる意向を示さず、別紙即時抗告理由書《略》においても、本件を原審に差し戻すのではなく、原審判を取消して本件申立てを却下するよう強く求めていることが認められ、これらの事情に鑑みると、本件を原審に差し戻しても、抗告人について鑑定を実施することは困難であると考えられる。

(4)以上によれば、本件を原審に差し戻すのは相当でなく、本件申立てを却下するのが相当である。

第4 結論

よって、本件申立ては却下するのが相当であるところ、これと異なる原審判は失当であるのでこれを取り消し、本件申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。