親族による囲い込み事案の対応
家事|親族による将来の相続財産所有者に関する成年後見手続の妨害、排除|将来の相続人間の利益対立|横浜地決平成30年7月20日判時2396号30頁
目次
質問:
高齢の母との面会が出来ずに困っています。父が数年前に他界し、母が独り身になったのを契機として、母の認知症が大きく進行したため、心配になった私は、母と同居して面倒を見ていました。ところが、しばらくして兄が母を老人ホームに入れると言い出し、勝手に契約をして入所させてしまいました。
兄がこのような行動をとったのは、母の財産目当てであることが明らかです。その証拠に、私が兄に対して、母の財産がきちんと管理されているか確認したいので、母の通帳を見せて欲しいと伝えても、お前には関係がないと言って無視をし、さらには、母が所有する不動産の簡易査定を取得し、売りに出そうとしていることが判明したのです。
私は、母の財産を守るために、裁判所に成年後見人を選任してもらった方が良いと考え、成年後見開始の審判の申立てを準備していたのですが、先月から、施設での母との面会が突如出来なくなり、理由を確認したところ、契約者である兄が私との面会を認めていないからであると説明を受けました。そのため、母を病院に連れて行くことが出来ない状況です。裁判所の窓口で聞いたところ、病院で認知機能テストを受けてもらい、家庭裁判所専用書式の医師の診断書を取得しなければ、後見開始の審判をするのが難しいようです。
私はどうすることも出来ないのでしょうか。
回答:
1 本件の解決としては、①家庭裁判所書式の診断書を取得できないことを前提に、強引に成年後見開始の審判の申立てを実施する方法があります。家庭裁判所は、診断書の提出を原則として申立てを受理しておりますが、事情を説明すれば、診断書がない状態での申立ても受理される運用がとられております。この場合、申し立て後に、任意に診断書を作成するか、それができない場合は家庭裁判所が鑑定人を選任して鑑定を実施することで、後見相当か否かを判断することになります。家庭裁判所調査官による親族照会の中で、対立するキーパーソンに対して鑑定に協力してもらえるかを確認し、多くの場合は、鑑定に応じると思われます。
他方で、親族ないし本人が鑑定に協力しない姿勢を見せることも想定されます。この場合でも、本人が事理弁識能力を完全に欠いていることを裏付けるような客観的記録(過去の医療記録等)が存在し、裁判所が、鑑定をすることについて明らかにその必要がないと認めるような特殊事案では、鑑定を経ることなく後見開始の審判を下すこともあり得るでしょうが、それは限定的な場面といえます。鑑定が必要な場合で、本人が鑑定に協力をしない場合、鑑定の実施が困難との理由で、申立てが却下される可能性もあることを念頭に置いておくべきです。
2 次に考えられるのが、②成年後見人の選任申立前にお母様との面会を実現させることで、成年後見開始の審判申立てに向けた診断書の準備等を十分に行うことの出来る環境を調整するという方針です。具体的には、お兄様と施設を相手方とする面会妨害禁止の仮処分命令の申立てを行い、面会妨害禁止命令を出してもらう方法です。仮処分決定が出れば、施設も面会を認めざるを得なくなるはずです。そして、面会さえ実現できれば、裁判所書式の診断書も用意でき、診断書の記載次第では、鑑定を経ることなく診断書のみで成年後見開始の審判が下される可能性が出てきます。
どちらの手続を先行させるかは具体的な状況によります。 診断書なしで申立て、その後の手続きの中で裁判所から診断書作成、鑑定について説明があれば協力してもらえることが多いでしょうが、かたくなに裁判所への出頭を拒むような場合は、」診断書なしで成年後見開始の審判申立てに踏み切るよりも、先にお母様との面会を実現させる方が、見通しを立てやすく、より確実性のある方針といえるでしょう。
3 関連事例集 1501番、1242番、1185番、1065番、196番参照。その他、成年後見に関する関連事例集参照。
解説:
第1 成年後見開始の審判申立てにかかる諸問題
1 鑑定の実施、本人の陳述聴取が原則とされていること
⑴ 鑑定の実施について
家庭裁判所は、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について、本人、配偶者、四親等内の親族等の請求により、後見開始の審判をすることができます(民法7条)。
その上で、家事事件手続法119条1項は、「家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。」として、精神状況の鑑定の実施を原則としつつも、「ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。」として、鑑定を必要としない例外的場合を定めております。
実務上、裁判所書式の診断書を準備して申立てが行われた場合は、「明らかにその必要がないと認めるとき」に該当するものとして、鑑定を実施することなく成年後見開始の審判を出す例が多いです(鑑定が行われるのは10パーセント未満といわれています)。そして、実際には、裁判所書式の診断書が添付されて申立てが行われる例が圧倒的に多いことから、法が鑑定の実施を原則と定めているとはいえ、鑑定が実施される事案の方が圧倒的に少ない(いわば原則と例外が逆転している)というのが実情です。
⑵ 本人の陳述聴取について
次に、家事事件手続法120条1項は、後見開始の審判を行う場合は、予め本人の陳述を聴かなければならないことを定め、例外的に、本人の心身の障害により陳述を聴くことができないときは、陳述を聴取することなく審判を行うことが出来ることを定めています。
2 親族間の対立事案、本人の拒絶事案
⑴ では、本件のように、親族間の対立(キーパーソンによる囲い込み等)が原因で診断書の取得が物理的に困難な事案や、成年被後見人となることに本人が拒絶の意思を示している事案は、どのような経過を辿るでしょうか。
⑵ 囲い込みの事案
対立する親族の囲い込みの事案では、まず裁判所から囲い込みをしている当該親族に対して、職権調査の一環として親族照会を行うことが多いとされます。親族照会においては、本人について後見開始の審判の申立てがあったことを親族に知らせるとともに、後見開始についての意見などを聞き、併せて鑑定に対して協力する意向があるかを確認します。申立てに対して、親族の協力を得ることができずに診断書等が取得されない事案でも、裁判所が行う鑑定であれば協力できるという回答がされる場合も多く、親族照会の段階で親族の協力を得られることが明らかになった場合は、鑑定を実施することになります。
一方で、親族間の対立が激しい事案では、家庭裁判所調査官の働きかけにも親族が耳を貸さずに、事実上鑑定を実施することができない場合もあるようです。このような場合には、例えば審問期日を指定して当該親族を呼び出して、裁判官から当該親族に対して審問を実施する中で制度利用についての理解を求めることもあります。それでもなお、拒絶の意思を貫く場合、一見記録から、鑑定をすることについて明らかにその必要がないと認められるような特殊事案では、鑑定を経ることなく後見開始の審判を下すこともあり得るでしょうが、極めて限定的な場面といえます。それ以外の場合は鑑定が必要になります。但し、鑑定を行うには、本人が鑑定人である医師と麺がんが必要になりますから、それを他の家族が妨害するような場合は、別途妨害禁止の仮処分等の手続きの検討が必要です。
⑶ 本人が拒絶している事案
次に、親族による囲い込みではなくて、本人が医師の受診などを頑なに拒否している場合も、基本的には親族による囲い込みの事案と同様で、家庭裁判所調査官による本人調査を行い、本人の意向等を確認する中で本人に対して制度や手続に関する説明を行いつつ、鑑定への協力を求めることになります。
しかし、それでもなお、本人が頑なに拒絶の意思を示す場合は、鑑定の実施が困難であり、一見記録から、鑑定をすることについて明らかにその必要がないと認められるような特殊事案でない限り、申立てが却下される可能性が相応にあるといえます。
なお、家庭裁判所において、医師の診断書と本人の言動を根拠に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」と判断し、さらに「鑑定の必要がない」として後見開始の審判が下された事案の抗告審で、本人に一定の意思能力が残っている可能性が示唆され、診断書や調査結果からは、鑑定の必要がないと明確に判断できないと判断されたことに加え、本人が鑑定を強く拒否しており、抗告審でも鑑定実施が難しいとされたことで、最終的に原審の決定を取り消し、申立て自体を却下した例があり(東京高決令和5年11月24日判タ1524号94頁)、参考になります。
第2 面会妨害禁止の仮処分命令申立てという手段
1 親子間の面会交流が法的に保護された権利であること(被保全権利の存在)
親族(キーパーソン)による囲い込みが原因で、親子間の面会を妨害されている事案が跡を絶ちません。
前提として、そもそも親子間の面会が法的に保護された権利といえるのでしょうか。
この点について、横浜地決平成30年7月20日判時2396号30頁(以下、「参考事例」といいます。)は、「両親はいずれも高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、債権者は両親に面会をする権利を有するものといえる。」として、両親への面会交流権を法的に保護された権利として認めています。
そのため、本件のように、あなたがお母さまと面会しようとすることをご兄弟(及びその意を汲んだ施設)が妨害しているのであれば、そのような妨害行為は、違法と評価されることになります。
2 面会妨害禁止仮処分命令の概要
そのような違法行為を是正する手段としては、施設の所在地を管轄する地方裁判所に対して、妨害する親族や施設を相手方とする面会妨害禁止の仮処分命令の申立て(仮の地位を定める仮処分命令の申立て)を行うことが考えられます。
本来、第三者に対して自分の民事上の権利を実現する手段としては、相手方に対して民事訴訟を提起するのが原則ですが、民事訴訟(裁判)は、提起してから解決するまでに時間を要ることになります。
そのため、裁判が終わるのを待っていたのでは損害が大きくなってしまう場合や、権利を実現しても意味が無くなってしまうような場合には、裁判所に対して、仮に権利を実現させる処分を求めることができます。中でも、本件のような親との面会のように、直接的に権利の実現を達成させる仮処分は、「仮の地位を定める仮処分」に分類されます。
この仮の地位を定める仮処分は、暫定的なものではありますが、実質的に裁判で勝訴したのと同じ効果を与えることになります。そのため、裁判所が認める要件も厳しく、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる(民事保全法第23条2項)」とされています。
地裁レベルではありますが、上記参考事例は、本件と同種事案において、高齢の両親を囲い込んでいた兄と面会をさせなかった施設に対して、面会の妨害を禁止する仮処分を認めており、参考になります。
3 仮処分命令発令の要件
⑴ 被保全権利の存在とその侵害(面会の妨害行為)
まず前提として、被保全権利の存在とその侵害の事実が疎明される必要があります。
この点につき、参考事例は、上で述べたとおり、「両親はいずれも高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、債権者は両親に面会をする権利を有するものといえる。」とした上で、両親の権利を不当に侵害するような事情は見当たらないことから、被保全権利は疎明されていると判断しました。
また、参考事例は、もともと九州(妹の家の近く)の自宅に住んでいたアルツハイマーの両親が、妹の主導により、横浜の施設に入所させられた事案でした。その際、債権者に対し、事前に両親が退去する旨の連絡はなく、また、兄が、地域包括支援センターに問い合わせをしたところ、両親は施設に入所中であるが、妹から施設名を教えないように言われている旨の回答を受けており、妹が積極的に兄に対して居所を教えないようにしている事案でした。妹の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、債権者が現在両親に面会できない状態にあること、つまり妹が兄の面会を妨害していることが認定されております。
⑵ 保全の必要性
参考事例では、両親が現在入居している施設に入居するに当たり債務者(妹)が関与していること、債務者が債権者に両親に入居している施設名を明らかにしないための措置をとったこと、債権者が両親との面会に関連して、家庭裁判所に親族間の紛争調整調停を申し立てる方法をとってもなお、債務者は家庭裁判所調査官に対しても両親の所在を明らかにせず、調停への出頭を拒否したこと、本件審尋期日においても、債務者は、債権者と両親が面会することについて協力しない旨の意思を示したこと等の事実を認定しました。
そして、これらの事情を総合すると、債務者の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、債権者が現在両親に面会できない状態にあるものといえ、また、債務者の従前からの態度を考慮すると、上記の状況が改善する可能性は乏しいものといえ、今後も、債務者の妨害行為により債権者の面会交流する権利が侵害されるおそれがあるものといえる、としました。
そのため、債権者が両親に面会することにつき、債務者の妨害を予防することが必要であることから、本件保全の必要性も認められると結論付けております。
このように、債務者(妨害をしている者)の従前の挙動が保全の必要性にかかる事実認定の基礎となる以上、従前の経過について、可能な限り証拠保全をしておくことが望ましいといえるでしょう。
第3 本件の進め方について
以上を踏まえ、本件の進め方を検討するに、お母様の後見開始の審判申立てと面会妨害禁止の仮処分命令申立てのいずれを先行させるかについては、判断が悩ましいところです。後見開始の審判申立てを実施するにしても、本件では、ご兄弟が家庭裁判所調査官の親族照会に適切に応じ、鑑定の実施に協力する意向を示す保証がありません。お手元にある従前の医療記録等から、後見開始にあたり鑑定を経る必要のないことが一見明白である等、特殊な事情がない限り、最後まで拒絶の意思を貫かれてしまうと、後見開始の審判申立てが却下されてしまう可能性を否定できません。
勿論、そのような経過を辿ったこと自体が、面会妨害禁止の仮処分の審理において、保全の必要性を補強する疎明資料となり得ることは事実ですが、そもそもの面会の目的が、お母様の後見開始の審判を得ることを容易にする(医療機関を受診し、裁判所書式の診断書を取得する等)点にある以上、面会妨害禁止の仮処分命令申立てを先行させるのが合理的である(後見申立ての手続きを先行させることはかえって迂遠である)、とも考えられます。
仮処分決定が出れば、施設も面会を認めざるを得なくなるはずです。そして、面会さえ実現できれば、裁判所書式の診断書も用意できますから、後見申立ての十分な準備をすることが可能となり、鑑定を経ることなく診断書のみで成年後見開始の審判が下される可能性も出てきます。診断書なしで成年後見開始の審判申立てに踏み切るよりも、見通しを立てやすく、より確実性のある方針といえるでしょう。
最終的には、ご依頼主のお考えなども踏まえ、十分に協議した上で、事案の解決方針を立てることになります。
以上