魚漁法違反と刑事処分
刑事|漁業法|対策と手続|被疑者と漁業組合の利益対立
目次
質問:
私は、現在、海岸でサザエ4個を取ってしまったという漁業法等違反の罪に問われています。
私は、家族で近所の海浜公園に遊びに行った際、子供と一緒に岩場で遊んでいました。周囲の方が、岩場でサザエを取っていたため、子供達も真似してサザエを4個捕まえました。私は、子供からサザエを受け取って、自分の車に戻ろうとしたところ、巡回中の海上保安庁職員に呼び止められ、事情聴取を受けました。サザエ4個を採捕した漁業法違反ということです。また、内2個の殻がいの大きさが長径3センチメートル以下でしたので、併せて都道府県の調整規則違反の罪も問われています。
現在、海上保安庁から取調べの呼び出しを受けています。できれば、前科は付けたくないと思っております。今後、私はどのようにしたらよいでしょうか。
回答:
1 一定の海域について、漁業協同組合が漁業を排他的に行うことができる権利(漁業権)を侵害した場合には、漁業法違反となります。今回の行為も、無断で養殖・漁業の対象となり得る貝類を取ってしまったということで、漁業法違反が成立します。
2 漁業法違反は、告訴がなければ処罰されない犯罪類型ですが、各地漁業組合では漁業従事者の生活権に関わる重大事案と捉えて一律に刑事告訴をする扱いになっていることが多いです。漁業法は、一定の海域の海産資源を保護するという社会的法益に関する罪でもありますので、何もしなければ罰金刑(100万円が上限)となる可能性がございます。
3 また、サザエの大きさ次第では、別途、各都道府県が制定する海面漁業調整規則違反も成立します。
4 調整規則違反は、告訴がなくても処罰されます。罰則は、一般的には、6カ月以下の懲役若しくは10万円以下の罰金と定める都道府県が多いようです。
5 具体的な活動としては、漁業協同組合と示談交渉を行い、告訴を取消してもらうことが必要となります。漁業権は、海産資源に関して独占することのできる財産的価値を有する権利ですので、その点に伴い生じた被害(海産資源相当額、捜査機関への捜査協力に伴う休業損害、迷惑料等)を弁償する必要があります。告訴を取消してもらえた場合には、検察庁に告訴取消書を提出することによって漁業法違反の罪については必ず不起訴処分となります。
もっとも漁業組合としてもこのような密漁行為に対しては厳格な姿勢で臨んでいることが多く、示談交渉については細心の注意が必要であり、また専門的経験も必要となります。基本的には通常の示談方法と異なるところはなく、誠心誠意お詫び申し上げる気持ちが重要で、相手方の対応に応じて示談金を受け取っていただけるような状況づくりが求められます。重罪ではありませんので方法論さえ間違わなければ告訴取消は可能といえます。
6 調整規則違反については、告訴がなくても処罰される犯罪にあたりますので、別途、送致を受けた検察官に対して、意見書を提出の上、漁業組合との示談が成立しており、被害弁償が済んでいることを説明する必要がございます。
7 その他、漁業法に関する事例集としては1755番、1724番、1411番等を参照してください。その他、漁業法違反に関する関連事例集参照。どうしてもお困りの場合には、お近くの弁護士への相談をお薦め致します。
解説:
第1 漁業法とは
現在、あなたの被疑事実である漁業法について、その概要および漁業権の内容について説明していきます
1 社会的法益の保護
そもそも漁業法とは、漁場の総合的な利用による漁業の発展を目的とする法律です(漁業法1条参照)。漁業権、漁業の許可等について規定しています。漁業法は、その海域周辺の海産資源の保護という社会的な法益保護もその目的としております。
2 個別的法益も保護
他方、漁業法を営む者については、「漁業権」という権利を与えることによって、その保護も図っています。「漁業権」とは、「置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権」を意味するものとされ(漁業法2条)、それぞれ定置網漁、区画漁業(養殖業)、共同漁業(定着性の水産動物を目的とする漁業、網漁具を利用する漁業)といった内容を有するとされています(漁業法6条各号参照)。漁業権は、通常、各地方の漁業協同組合が都道府県知事から許可を受けることによって与えられます(漁業法10条)。その上で、個別の漁業については、漁業を営む権利を有する者がこれを行使することとなります。
漁業権は、あくまで都道府県(行政)から許可を受けて漁業を営むという行政上の権利ですが、上記のとおり、漁業権の指定を受けた漁業協同組合(その組合員)は、その海域の漁業を排他的に独占する権利を有しており、組合の個別的な財産権と評価することができます。漁業権は、「漁業権は、物権とみなし、土地に関する規定を準用する。」(漁業法23条1項)とされているのはこの裏付けであり、海面上について私法上の財産権に準じた権利を有しているということになります。
3 小括
漁業上は、漁業資源の確保という社会的な法益を保護する法律であるとともに、各漁業権者が有する個別の財産権といった個別的法益を保護する法律であると評価することができます。この点は、後述の漁業組合との示談交渉の解釈において意味を有することとなります。
第2 本件で成立する犯罪
次に、あなたに成立する犯罪がみていきます。
1 漁業法違反
まず、漁業の対象となり得るサザエ(貝類)を無断で取ってしまうことは、漁業権者の「漁業を営む権利」を侵害したものとして、100万円以下の罰金刑に処せられる可能性があります(漁業法195条)。
なお、平成30年の漁業法改正(令和2年12月1日施行)により、大幅に罰則が強化されました。従前までは、漁業権侵害の罰則は、罰金20万円とされていましたが、改正後は、罰金100万円となっております。
一方で、本条違反の犯罪は、いわゆる親告罪と言って告訴がない限り処罰されない犯罪類型になります。ただし、漁業組合としても、海上保安庁に取締りを依頼している以上、本件のような密漁にも該当するような行為については厳格な態度で臨んでいることが多く、一律に告訴を行う方針であることも多いです。
2 調整規則違反
漁業法違反に加えて、あなたは各都道府県が定める調整規則に違反する可能性が高いといえます。調整規則は、各都道府県における水産資源の保護培養を図り漁業生産力を発展させることを目的としているため、稚貝や稚魚等、一定の基準以下の水産資源を採捕した場合は、処罰の対象なります。例えば神奈川県の調整規則においては、「殻がいの大きさが長径3センチメートル以下」のサザエを採捕した場合は、調整規則38条、同59条1項に反するとして、「6カ月以下の懲役若しくは10万円以下の罰金」という刑罰が規定されております。
魚漁法違反とは異なり親告罪とはなっておりませんので、漁業組合による告訴が取り消された場合も、必ず不起訴となる類型ではありません。
第3 今後の流れ
現在あなたは漁業法違反の被疑者として、海上保安庁に呼び出しを受けているとのことです。今後は在宅事件として所定の取調べを受け、検察庁に事件が送致され、検察官が最終的な刑事処分を決めることとなります。
上記のとおり、漁業法違反は、一定の海域の海産資源の確保という社会的な法益を保護する社会的法益に反する罪という側面があります。このような社会的法益に関する犯罪については不起訴処分にはなりにくい類型であり、何もしなければ略式請求を経て、罰金刑に処せられる可能性が高いと言えるでしょう。
第4 弁護活動
漁業法等違反による罰金刑を回避するための具体的な弁護活動を見てゆきます。
1 漁業組合との示談交渉
上述のとおり、漁業法違反は親告罪ですので、告訴がなければ処罰することができない犯罪類型となります。告訴は起訴されるまでは取り消すことができますので(刑事訴訟法237条)、示談交渉により告訴を取消してもらうことが重要となります。告訴が取り消されれば、不起訴処分です。
示談交渉の相手方は、告訴権者でありこの場合は漁業権を有する者になりますが、通常は、その海域について漁業権を有するのは各漁業協同組合となります。
上述のとおり漁業法は当該地方の海産資源の確保を目的とする社会的法益に関する罪である一方で、個別の漁業権・財産権をも保護することを目的とする犯罪類型です。漁業権は、あくまで行政から許可を受けて漁業を営む権利という行政上の権利に過ぎず、示談交渉の相手方にならないのではないかとの疑問も生じ得るところです。しかし、上記のとおり、漁業権とは私法上の財産権(物権)とみなすことができますので、海産資源を害された場合には財産的損害が生じたとして、損害賠償(金銭賠償・被害弁償)の対象となり得ます。実際に漁業組合自身が告訴権者ともなっておりますので、示談交渉の際には適切な被害弁償の上、告訴を取り下げてもらうように交渉を行う必要があるでしょう。漁業組合として受けた損害としては、具体的な海産動物の財産的な価値に加え、海上保安庁に対して告訴の手続きを行った場合にはその分の休業損害があります。刑事事件における良い情状としては金銭的な負担をある程度行ったという事実も重要ですので、一定程度の迷惑料も上乗せして支払う必要があるでしょう。
また、本人の謝罪の意思を伝えるため、謝罪文を交付することも有効といえます。今回は家族も一緒にいたということですから、配偶者からも謝罪文を添付するとよいでしょう。
示談金額については、個別の具体的事情(被害にあった海産動物の価額、被害感情の強さ)を総合的に考慮して決定することとなりますが、具体的な指標といったものはありません。ただ、取得した海産動物の価額が極めて大きいということでなければ、本来処罰を受ける際の罰金額を被害者である漁業協同組合に交付するという結論が相当ともいえます。したがって、罰金額相当の金額に多少の謝罪金を上乗せした支払条件を提示することが了解を得られやすいでしょう。
ただ、漁業組合としても、このような犯罪類型は多数発生しているところであり、海産資源を害した者に対しては厳罰を持って臨むということで、基本的には示談交渉に応じない姿勢を示す組合も多いでしょう。具体的な弁護活動については、専門的な経験を有する弁護士への相談をお勧めします。
2 供託・贖罪寄付
仮に示談が成立しないような場合には、告訴の取消しもなされませんので、社会的法益を害した犯罪類型として、罰金刑の可能性が高まります。ただ、示談金を受け取らない場合であっても、法務局に同額の金銭を供託することによっていつでも被害弁償金を受け取れる地位を取得することになり良い情状と評価される場合があります。
また、本件のような社会的法益に関する犯罪類型に対しては、社会に対する贖罪の意思を示すために、一定の金額を贖罪寄付することも有効といえます。
供託金額については、示談交渉の際に提示した金額がベースになります。贖罪寄付の金額については、やはり明確な指標といったものはありません。ただ、贖罪寄付は自己の経済的負担をもって、社会に対して贖罪をするという意味合いもあり、本人の資力からしても十分な金額をもって行う必要があるでしょう。ここでも、社会的制裁としての漁業法違反における刑罰に相当する金額が一定の参考になるといえます。当該金額に、本人の資力の程度、謝罪の意思の強さを考慮して、供託額を増減させることになります。
贖罪寄付の対象については、様々な機関があります。もっとも有用なのは、当該漁業組合が口座を開示した場合には、その口座に一定の金銭を寄付金として振り込むことになります。直接の被害者である漁業組合への寄付金の交付はもっとも有利な情状となり得ます。漁業組合がこれを拒否したような場合には、日本弁護士連合会、全国の単位弁護士会(東京弁護士会など)が贖罪寄付を受け付けているので、そちらに寄付を行うとよいでしょう。贖罪寄付希望の旨の連絡を行うと、申込書等必要書類を頂けるので、当該申込書を提出し、一定の金額を振り込むと贖罪寄付証明書、領収書の発行を受けることができます。
これらの資料を有利な情状資料として担当検察官に提出することとなります。
3 検察官との交渉
上記の漁業組合との交渉の他に、仮に示談が得られたとしても、調整規則違反は処罰の対象となりますから、検察官に対して不起訴処分となるように意見書を提出し、交渉を行うことが重要といえます。特に本人からでは主張しづらい謝罪・反省の意思、示談に関する状況については、弁護人から主張してもらうことが望ましいと言えるでしょう。
4 「採捕」の意義について
最後に、本件では、あなたは子供からサザエ4個を受け取っていますから、そもそも調整規則の「採捕」に該当するかは、若干の問題をはらみます。
そもそも「採捕」とは、水産動植物を自らの支配下に置く行為をいいます。サザエを現に自らの支配下に置いたのは、あなたの子供ですから、子らに指示を与えたわけでもないあなたがサザエを「採捕」した、と評価するのは無理があるように思います。
したがってこの点も検察官に対しては適切に主張してゆく必要があります。
第5 総括
漁業法違反事案は、規模や行為態様など様々な類型があり、御相談のようなケースは比較的軽微なものと言えますが、漁業協同組合としても生活が掛かっている以上、安易に見過ごすことはできないものです。知識不足だったこと、悪意はない事、初回であること、十分反省していること、二度と繰り返さないと誓約していることなどを丁寧に説明し、適切な被害弁償金の提示を行い、告訴取り下げをしてもらえるよう真摯な弁護活動が必要です。お困りの方は経験のある弁護士事務所にご相談ください。
以上