新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1441、2013/05/21 00:00 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm
【労働・試用期間の延長の可否・使用者側の視点から・長野地裁諏訪支部判決昭和48年5月31日・上原製作所事件】

質問:当社は,正社員として採用した従業員に対して3か月の試用期間を設けています。ある試用期間中の従業員について,上長の評価としては基準に達していないとのことでしたが,もう少し様子を見るため試用期間を延長することは可能でしょうか。



回答:
1.就業規則に延長を可能とする規定がない場合には,就業規則よりも不利益な労働条件として延長は認められないとされる危険があります。
2.就業規則に延長の定めがある場合でも,その規定によってすべての試用期間を任意に延長できるわけではなく,延長することについての合理的理由が必要と解されています。3.労働者側からの相談事例として,当事例集1317番もご参照ください。
4.関連事務所事例集1117番,925番,842番,762番,657番,624番,5番を参考に参照してください。手続は,995番,978番,書式ダウンロード労働審判手続申立参照。

解説:
 先ず労働法における雇用者,労働者の利益の対立について申し上げます。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば,特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を提供して賃金をもらい生活する関係上労働者は長期間にわたり指揮命令を受けて拘束される契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。
 しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
 ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定するのは以上の趣旨を表しています。従って,労働契約の文言にとらわれず,以上の趣旨を踏まえて試用期間,延長の契約内容を検討し,法規の解釈が必要です。

【試用期間の意義】
 試用期間とは,本採用決定前の「試みの期間」であって,その間に労働者の人物,能力,勤務態度等を評価して社員としての適格性を判定し,本採用するか否かを決めるための期間をいいます。
 試用期間付きの雇用契約の法的性質については,本採用後の契約とは別個の予備的な契約ではなく,期間中に一定の解約権(解雇権)が使用者側に留保されているものの,本採用後の契約と一体のものであると解されています(三菱樹脂事件,最高裁昭和48年12月12日判決)。

【試用期間の延長の可否――就業規則に延長の定めがない場合】
 試用期間の延長について直接規制する法令はありませんが,試用期間の延長は労働条件の変更にあたり,労働契約の変更となります。そのため,労働契約,労働条件の不利益変更に関する制限が及ぶものと解されます。労働契約の変更については労働者の保護と個別労働関係の安定という見地から労働契約法が民法の特別法として定められています。そして労働契約法12条では「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効とする」と定められていますから就業規則に試用期間の延長についての定めがあるか否か場合を分けて検討する必要があります。

 そこで,まず就業規則に試用期間延長の定めがない場合について説明します。
1  使用者側から一方的に試用期間を延長することができるか。
使用者側からの一方的な延長は,使用者が労働者の同意なく労働条件を労働者に不利益に変更することにあたり,労働契約法上許されないということになります(法3条1項,法8条)。
2  当事者間で合意をした(対象従業員の承諾を得た)場合。
この場合も就業規則で定める基準に達しない合意にあたるとして無効とされ,就業規則の基準が適用されることになります(法7条,法12条)。
   すなわち,「試用期間」という扱いが労働者にとって不利益なものであると解されるため,就業規則に延長の定めがない限り,仮に,対象従業員本人から承諾を得たとしても,「就業規則で定める基準に達しない労働条件変更の合意をした」ものとして無効になってしまうということです。
    もし,そうなってしまうと,就業規則で定める労働条件が適用されることになりますから(法12条),延長した試用期間中だったはずの当該従業員を既に本採用していたものと扱わざるを得なくなります。

 以上から,就業規則に試用期間延長の定めがない場合は,対象従業員を本採用したうえで教育に努力するか,あるいは,就業規則の定めのとおりに本採用拒否(解雇)をするかのいずれかを選択すべきです。
 また,今後のために,就業規則の改定をご検討ください。社会保険労務士や弁護士にご相談いただければご対応が可能です。

【試用期間の延長の可否――就業規則に延長の定めがある場合】
 一方,就業規則において試用期間の延長をなしうる旨が規定されている場合は,試用期間の延長が可能となる余地があります。
 しかし,規定さえされていれば自由に延長ができるというものではなく,規定があることが前提で,さらに,延長することについて合理的な理由があることが必要です(同7条)。

 合理的な理由があるかについての判示の例としては,
1  「試用契約を締結した際に予見しえなかつたような事情により適格性等の判断が適正になしえないという場合」(長野地裁諏訪支部判決昭和48年5月31日 上原製作所事件)。
2  「既に社員として不適格と認められるけれども,なお本人の爾後の態度(反省)如何によつては,登用してもよいとして即時不採用とせず,試用の状態を続けていくとき」,「即時不適格と断定して企業から排除することはできないけれども,他方適格性に疑問があつて,本採用して企業内に抱え込むことがためらわれる相当な事由が認められるためなお,選考の期間を必要とするとき」(大阪高判昭和45年7月10日 大阪読売新聞社試用者解雇事件)
3  「試用期間満了時に一応職務不適格と判断された者について,直ちに解雇の措置をとるのでなく,配置転換などの方策により更に職務適格性を見いだすために,試用期間を引き続き一定の期間延長することも許される」(東京地判昭和60年11月20日 雅叙園観光事件)。

 また,試用期間を延長しようとするときは,当初の試用期間が満了する前に明確な告知がされていることが必要です。
 以上から,使用者として取るべき措置は,就業規則上の試用期間延長に係る規定を確認すること,試用期間延長の合理的理由を基礎づける事実をきちんと積み上げておくこと,試用期間を延長する旨を試用期間満了前に明確に告知することであるといえます。

【一旦解雇】
 試用期間延長にまつわる法的リスクを回避する方法として,試用した労働者との労働契約を試用期間満了時に職務不適格を理由として解除(解雇)し,あらためて,職務内容や労働条件を見直して,再度,試用期間付きの労働契約締結することを提案する方法もあります。これは職務不適格が勤務成績を示す客観的な証拠資料により十分立証可能な場合に検討すべき方法です。但し,この場合でも,「試用期間満了時の解雇が法的に有効かどうか」「解雇された労働者が再契約に応じるか」「解雇,再契約,再度解雇という一連の流れが,全体として試用期間延長事例と同じであると法的に解釈される可能性がある」というリスクがありますので,この手段を採るかどうか決める前に,主に解雇の有効性があるかどうかを中心に,弁護士の相談を受けることをお勧めします。

【終わりに】
 これは私見ですが,試用期間を延長する合理的な理由を基礎づける事実として大切なのが,試用期間中の従業員に対し,本採用に向けて指導・教育することを欠かさないことではないかと思います。また,試用期間中の者から質問がないかを聞いたり,就業にあたっての悩みがないかについて相談に乗ったり,よく意思疎通を図ることです。こうしたことはまさしく試用期間を置く趣旨に即した行動であり,そうした適切な行動を取った使用者にこそ,試用期間延長の判断が許されるべきものといえるのではないでしょうか。
 労務問題は,小規模事業者の抱える法律問題の多くの割合を占めていると感じます。試用期間中の解雇や試用期間後の本採用拒否,その他,試用期間に関する問題でお困りのときは,弁護士へのご相談をご検討ください。

≪参照法令≫

【労働契約法】
(労働契約の原則)
第三条  労働契約は,労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し,又は変更すべきものとする。
2  労働契約は,労働者及び使用者が,就業の実態に応じて,均衡を考慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする。
3  労働契約は,労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする。
4  労働者及び使用者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行しなければならない。
5  労働者及び使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たっては,それを濫用することがあってはならない。
(労働契約の成立)
第七条  労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において,使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には,労働契約の内容は,その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については,第十二条に該当する場合を除き,この限りでない。
(労働契約の内容の変更)
第八条  労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
(就業規則違反の労働契約)
第十二条  就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効とする。この場合において,無効となった部分は,就業規則で定める基準による。

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