新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1859、2019/03/18 13:12 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、恐喝未遂罪の起訴前弁護、黙秘権行使と示談交渉】

盗撮者に対する恐喝



質問:
都内在住の会社員(35歳)です。本日、とある商業施設内で、偶々私の目の前で女性客のスカート内をスマートフォンで盗撮している男を見かけました。その男が気が弱そうに見えたことから、お金をゆすることができるチャンスと思い、男がその場を立ち去ったところで、被害女性の関係者を装って声をかけ、「俺が示談にしてやるから50万円用意しろ。」、「そこにATMコーナーがあるだろう。」、「払えないならこのまま警察に突き出すことになるぞ。」、「捕まれば裁判になって懲役刑は確実だ。」などと迫り、お金を要求しましたが、隙を見て駆け込まれた交番の警察官に追いかけられ、捕まってしまいました。その後、任意同行を求められた先の警察署で逮捕され、現在に至っています。職場との関係のことを考えると、事実関係を全面的に認める供述をしてしまうことには非常に抵抗があり、できれば黙秘したいと思っています。他方で刑事裁判にかけられる事態も避けたいと思っています。今後の対応方法について相談させてください。



回答:
1. あなたが盗撮犯の男性に対して行った行為は、恐喝未遂罪に該当すると考えられます(刑法250条、249条1項)。同罪の法定刑は10年以下の懲役のみであり(罰金刑の定めはありません。)、比較的重い犯罪類型ということができます。
2. 黙秘権は法律上保障されている被疑者の権利ですので(憲法38条1項、刑事訴訟法198条2項)、取調べで黙秘すること自体は正当な権利行使といえます。ただし、逮捕されているということですから、黙秘していると勾留請求による10日間の勾留、さらに10日間の勾留延長による身柄拘束期間の長期化(刑事訴訟法208条2項)等が予想されるため、ある程度の覚悟を持って臨む必要があります。
3. 本件では被害男性にも盗撮行為に対する後ろめたさがあると思われるところ、本件が起訴となった場合、被害男性は、自らが盗撮行為を行っていたことを含めた本件事実経過について、公開の法廷で証人としての供述を強いられる可能性が高い状況に置かれることになり(法的な根拠については解説で詳述します。)、検察官による証人としての出廷協力要請を拒否する方向への強いプレッシャーになるものと考えられます。被害男性の供述があなたの有罪を証明する唯一の証拠である場合、検察官は実際上、この点の被害男性の協力なくして本件を起訴することはできません。
4. もっとも、被害男性が証人としての協力を承諾する事態も当然あり得るため、単に黙秘を貫くだけでは、確実な不起訴処分の獲得という見地からは危険といえます。不起訴処分をより確実なものとするためには、被害男性との示談交渉が必須といえるでしょう。黙秘したまま示談を目指すというのはイレギュラーな対応とはなりますが、証人として法廷に立つ事態を回避できるという意味で、被害男性にとっても示談に応じるメリットは大きいといえるでしょう。
5. ただし、あなたが黙秘していることは、被害者には、自己弁護、不誠実な対応、反省していない等と映るように思われ、そのような被害者に謝罪と反省の意を伝え、納得を得た上で示談に応じてもらわなければならないという点で、難しい交渉となることに変わりはありません。弁護人を選任するにあたっては、示談交渉の経験が豊富な弁護士、同種事案の対応経験がある弁護士等適任者に依頼することが望ましいといえるでしょう。


解説:

1.被疑罪名について

はじめに、被疑罪名について確認しておきたいと思います。

伺った事情によると、あなたには恐喝未遂罪の嫌疑がかけられているものと考えられます。恐喝未遂罪とは、「人を恐喝して財物を交付させ」ようとしたものの、その目的を遂げなかった場合に成立する犯罪です(刑法250条、249条1項)。あなたが盗撮行為をしていた被害男性に対して、示談金を支払わなければ警察に突き出す等の旨を告げて、現金の交付を要求した行為は、その要求に応じなければ、被害男性が盗撮していた事実を警察に通報して同人の名誉等にいかなる危害を加えかねない気勢を示して畏怖させる行為(恐喝行為)といえ、交番に駆け込まれたことで、結果として金員喝取の目的を遂げていないことから、恐喝の未遂罪が成立していると考えられます。

本罪の法定刑は、10年以下の懲役とされており、罰金刑の定めがない、比較的重い犯罪類型ということができます。本件は未遂犯の事案ではありますが、自己の意思により犯罪を中止したという、いわゆる中止未遂のケースではないため(障害未遂)、その刑は任意的に減軽され得るにとどまることになります(刑法43条)。

2.あなたが置かれている法的状況

 職場との関係を考えて黙秘したい意向とのことですが、黙秘権は被疑者の権利として法律上認められているものですので(憲法38条1項、刑事訴訟法198条2項)、黙秘すること自体は被疑者としての正当な権利行使といえます。将来、職場で本件に関して、あなたに対する懲戒処分を検討するにあたっての事情聴取等の場面を考えると、取り調べで事実を認めておきながら、職場に対しては、捜査段階でも一貫して否認していた等、虚偽の説明をすることは実際上難しいものですので、将来の職場対応のことも見据えて黙秘を選択するというのは、理にかなっている面もあるといえます。

 ただし、黙秘を貫いた場合、まず身柄拘束期間の長期化がほぼ確実視されることになります。あなたは今後、逮捕から48時間以内のタイミングで、事件が警察から検察官に送致(送検)された上、検察官による勾留請求を経て、勾留という比較的長期間の身柄拘束処分を受ける可能性が高いと考えられます(刑事訴訟法203条1項、205条1項・2項)。勾留期間は、原則10日間とされていますが(刑事訴訟法208条1項)、検察官があなたに対する終局処分(起訴するか、不起訴にするか)の決定にあたって追加で取調べや証拠収集をする必要があると判断した場合、10日間の延長が認められており(刑事訴訟法208条2項)、黙秘を貫いた結果、捜査機関があなたの供述を得られていない状態ですと、基本的に勾留延長が認められてしまうものと考えておく必要があります。

 また、黙秘を貫いたとしても、被害男性の供述のみによって犯罪事実が認定できるとして、起訴され、有罪の判決が下されることも当然あり得るでしょう(この点については後程詳述します。)。黙秘を貫く場合、これらのことをきちんと理解した上で覚悟を持って対応する必要があります。

 なお、本件は、恐喝未遂罪という比較的重めの犯罪類型ではありますが、同罪は個人の財産及び自由という個人的法益に対する犯罪であるため、かかる法益の主体である被害者との間で示談が成立し、被害者の宥恕(刑事処罰を求めない意思表示)を得ることができれば、不起訴処分(起訴猶予)となる可能性が大きく高まることになります。執行猶予中の犯行であるとか、前科が多数存在するといった特別な場合は別ですが、未遂にとどまっており、被害者とも示談が成立しているにもかかわらず正式起訴するというのは、通常の検察官による終局処分の判断としては明らかに不相当と思われます(刑事訴訟法248条参照)。

 あなたの場合も、上記のような特別な事情がなければ、被害者との間で示談を成立させることで、仮に証拠上あなたの有罪が認定できる状況であったとしても、不起訴処分を獲得できる十分な見込みがあるといえるでしょう。

3.本件の特殊性と具体的対応について

 本件では、現に恐喝未遂罪にあたる行為が行われており、被害男性の捜査機関への協力さえあれば有罪の立証が可能として、起訴される可能性が高いため、起訴を回避するためには、弁護人を通じての被害男性との示談交渉は必須ということになります。しかし、あなたとしては黙秘を貫く意向とのことですので、自らの罪を認めていない状態で示談の申入れをする、というイレギュラーな対応を行っていくことになります。恐喝のような被害者がいる犯罪の場合、被疑事実を認めた上で、真摯な謝罪と被害弁償を行う目的で示談の申入れを行うというのが通常の流れであり、被疑者が事実を認める供述をしていない場合、反省が感じられない等の理由から、そもそも被害者が示談交渉の入口に立つことすら拒否したり、捜査機関が示談交渉に必要な被害者の連絡先開示に非協力的であったりすることも多いものです。

 しかし、本件では、以下で述べる理由から、被疑事実を認めない状態で示談を行うという対応方針が比較的馴染み易いケースと考えることが出来るように思います。それは、本件では被害男性にも盗撮行為を行っていたという落ち度があるという点に関わってきます。結論から申し上げると、あなたが黙秘を貫いた状態で本件を起訴するとなった場合、被害男性は、自らが盗撮行為を行っていたことを含めた本件事実経過について、公開の法廷で証人としての供述を強いられる可能性が非常に高い状況に置かれることになり、そのことが示談交渉に応じる方向、あるいは検察官が起訴するにあたって必須となる、証人としての出廷協力要請を拒否する方向への強いプレッシャーとなると考えられるためです。

 あなたと被害男性とのやりとりの一部始終を把握している目撃者がいたような場合は別ですが、そのような事情がない場合、被害男性の供述があなたの有罪を立証するためのほぼ唯一の証拠ということになります。捜査機関は、当然、犯行に至る経緯や犯行状況を明らかにするため、これらを詳細に記載した被害男性の供述調書(警察官面前調書、検察官面前調書)を作成することになりますが、こうした裁判所の面前での反対尋問を経ない供述証拠は伝聞証拠といわれ、憲法上保障された被告人の証人審問権(憲法37条2項)行使の機会確保の見地から、検察官が証拠請求したところで、弁護人が証拠とすることに同意(刑事訴訟法326条1項)しない限り、原則として証拠とすることはできないものとなります(刑事訴訟法320条1項)。弁護人の同意なしでも証拠とすることができる例外的な場合としては、供述者の死亡、心身の故障等による供述不能など、厳格な要件が定められていますが(刑事訴訟法321条1項2号前段、3号)、基本的には認められないものと考えて差し支えないでしょう。

 検察官が事件を起訴しようとする場合、犯罪の証明に欠かせない供述証拠がある場合、その供述調書が不同意にされた場合のことを考え、必ず供述者に証人としての出廷協力要請を行い、その了解を得た上で起訴することになります。本件でも、後々、検察官から被害男性に対して証人としての出頭協力要請がなされることになるでしょう。しかし、被害男性としては、公開の法廷で自己の盗撮行為についてまで証言を強いられる状況、まして、あなたが黙秘を貫いていることで、その可能性が高い状況となれば、証人として協力することにはかなり躊躇することになるでしょう。証人としての協力が得られない場合、有罪の立証に欠かせない証拠が欠ける結果、無罪判決となる可能性が出てくるため、検察官としては不起訴処分にせざるを得ないことになります(検察官は、証拠上確実に有罪にできる事件しか起訴しません。)。

 もっとも、被害男性が証人としての協力を承諾する事態も当然考えられるため、単に黙秘を続けることで不起訴処分を期待するというだけの対応では、不起訴処分をより確実に目指すという見地からは危険と言わざるを得ないでしょう。

 そこで、並行して示談交渉を進めていく必要が出てくるわけですが、本件では、仮にあなたが事実関係を認める供述をしていなかったとしても、被害男性としては、本件が不起訴処分となるのであれば、自身が証人として法廷に立つ事態を回避できることから、示談交渉に応じるメリットは大きいといえ、黙秘しつつ示談を行うという対応が比較的奏功し易いケースであるように思われます。

 ただし、同種事案の経験上、被害男性としては、自身の盗撮行為に対する後ろめたさから、弁護人から示談交渉の要請があったとしても、相当な警戒感を抱いているのが通常と思われるため、この点の弁護人からのフォローは必須でしょう。弁護人からあなたに被害男性の連絡先等を開示しない旨の誓約、今後あなたから被害男性に一切接触しない旨の誓約等は必須として、謝罪と被害弁償を趣旨とする申入れであること、あなたが黙秘していることとの整合性、上記のような被害男性が置かれている法的状況等につき、丁寧かつ誠実な説明が求められることになるでしょう。

4.おわりに

 本件での対応については既に見てきた通りですが、事案の性質上比較的奏功し易いとはいえ、そもそも黙秘を続けた状態で示談を進めるという活動自体、イレギュラーであることに変わりはなく、決して簡単なことではありません。黙秘権が法律上保障された被疑者の権利であるとはいえ、被害者からすれば、自己弁護、不誠実な対応、反省していない等と映ることでしょう。そのような被害者に謝罪と反省の意を伝え、納得を得た上で示談に応じてもらわなければならないという点に難しさがあります。したがって、弁護人を選任するにあたっては、示談交渉の経験が豊富な弁護士、同種事案の対応経験がある弁護士等適任者に依頼することが望ましいといえるでしょう。


≪参照条文≫
日本国憲法
第三十七条  
○2  刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
○3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

刑法
(未遂減免)
第四十三条 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
(恐喝)
第二百四十九条 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
(未遂罪)
第二百五十条 この章の罪の未遂は、罰する。

刑事訴訟法
第百九十八条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
○2 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
第二百三条 司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
第二百五条 検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
○2 前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。
第二百八条 前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○2 裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。
第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
第三百二十条  第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。
第三百二十一条  被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。
一  裁判官の面前(第百五十七条の四第一項に規定する方法による場合を含む。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異つた供述をしたとき。
二  検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。
三  前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、且つ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。但し、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。
第三百二十六条  検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。


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