区分所有の民泊とその対応(管理組合側)
民事|住宅宿泊事業法|東京高判昭和53年2月27日
目次
質問:
私は,50戸程度の小規模マンションの管理組合の理事をしています。ここ数か月,区分所有者からゴミ出しのルールを守らず,深夜までうるさく騒いでいる不特定多数の人がいる,という苦情が複数ありました。
どうやら,区分所有者の一人が,「民泊」をはじめてしまったようです。管理組合として,どのように対処すれば良いのでしょうか。「民泊用」にマンションの管理規約を変更・追加等もしていませんが,何か組合としてできることはあるのでしょうか。
回答:
1 民泊を禁止する方向での対処としては、管理規約の変更により、民泊の禁止を明記することが必要です。規約の変更の具体的内容については,国土交通省が出している標準管理規約が改正されたため参考になります。
なお、民泊に関する住宅宿泊事業法は,平成30年6月15日に施行される予定ですが,住宅宿泊事業法が施行され,民泊事業を始めてしまっている区分所有者がいる場合,区分所有法上,その区分所有者の承諾がない限り,民泊を禁止する管理規約の変更ができない場合が生じることも考えられることから,同法施行以前の規約の改正が望ましいといえます。
2 すでに管理規約によって民泊の禁止が定められている,というケースであれば(標準管理規約の規定を参考に管理規約を作成していることを前提に),理事会の承認があれば,民泊行為の差し止め訴訟等を含む対応が可能です。
管理規約上,直接的な民泊の禁止条項がないという場合に民泊行為を止めさせるためには,区分所有法によって,行為の停止請求等をすることになりますが,民泊の具体的な態様(使用方法)が他の区分所有者の「共同の利益に反する行為」といえる必要がありますし,訴訟には理事会ではなく総会の決議が必要です。
3 いずれにしても,証拠の収集や訴訟前の交渉(勧告等を含む)には,事案ごとの柔軟性が求められます。規約変更等には時間的制限もありますし,早急に弁護士に相談されることをお勧めします。
4 区分所有に関する関連事例集参照。
解説:
1 初めに(「民泊」について)
いわゆる「民泊」とは,宿泊料をもらって住宅に人を宿泊させることを指し,法律上は「住宅宿泊事業」といいます(住宅宿泊事業法1条)。例えば,自分の住んでいるマンションに,自分の留守中,お金をもらって旅行者を住まわせること等が典型例です(他にも,自分の持っているマンションでこれを行うことも民泊です)。
宿泊者を紹介する仲介業者も多く存在し,現在では一つの宿泊手段として広く認知されている状態です。
これらの民泊は,従前は旅館業法との関係で,特別に認められた地区以外では基本的に違法だったのですが,平成30年6月15日から施行される住宅宿泊事業法において,安全性等の確保や特定の管理業者への委託等の各条件を満たした場合には,届出によって民泊(をすること)が可能になりました。
しかし,民泊は始まってから一貫して周辺住民の間でトラブルを生んでいます。特に,マンションの一室を利用する形での民泊は,不特定多数の利用を前提とする以上,本件のようにゴミ出しや騒音の点でトラブルが多発している状態です。
そこで,以下では,本件のような事案において,民泊を否定する方向で,管理組合のできる対応等について,説明いたします。
2 民泊に関する管理規約の変更
(1) まず,管理組合側の対応の前提となるのは,管理規約です。後述しますが,管理規約にどのような定めがあるか,具体的には直接的に民泊を禁止する条項が入っているか,つまり当該マンションにおいて,民泊が管理規約違反となっているかに否かよって,対応のハードル(実現可能性)が異なることになります。
(2) 具体的な管理規約の内容については,国土交通省から参考となる「マンション標準管理規約(単棟型)」が出されています。規約案なので,このとおり管理規約を定めなければならないという強制力があるわけではありませんが,従前から一般的なマンションにおいて採用されてきたもので,(特別の事情がなければ)本件マンションもこれを参考にしていると思われるものです(標準管理規約は,単棟・団地・複合用途型とありますが,以下では本件に即して単棟型の規約を挙げています)。
この「マンション標準管理規約」が,上記住宅宿泊事業法の施工に伴い,平成29年8月29日付で改正されました。
従前の標準管理規約は,専有部分(各部屋)の使い方について,「区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない。」(単棟型・第12条)とのみ規定されていました。この規約のみでは,民泊としての使用が「専ら住宅として使用」していない「他の用途」に該当するか,解釈が分かれるところでした。
そこで,改正された標準管理規約では,第12条の2項として,民泊(住宅宿泊事業を禁ずる場合)「区分所有者は、その専有部分を住宅宿泊事業法第3条第1項の届出を行って営む同法第2条第3項の住宅宿泊事業に使用してはならない。」との条項が追加されています。
管理規約との関係では,この第12条2項の規定(と同旨の規定)を設けることで,民泊が「管理規約違反」であることが明確になる,ということになります。
なお,国土交通省が出している各標準管理規約には,民泊をマンションとして認めるための管理規約の変更案についても示されています。本稿では省略しますが,民泊を導入されるという場合は,ご参照ください。
(3) 上記のとおり,標準管理規約第12条2項(のような)条項を入れる規約の改正をするためには,総会を開いて,規約の改正について決議をする必要があります。総会ついて必要なのは,区分所有者および議決権の4分の3以上の賛成です(区分所有法31条1項。)。
決議における議決権の行使は,書面(いわゆる委任状)でも可能(区分所有法39条1項)ということもあり,それだけであれば,区分所有者間の意思統一が特別できない事情がない限りは,規約の改正は不可能ではないところです。
(4) ただし,この規約の改正については,上記住宅宿泊事業法施行時期と絡んで,もう一つ問題があります。
住宅宿泊事業法は,上記のとおり平成30年6月15日に施行される予定ですが,当該法律上で住宅宿泊事業の要件となる,各区分所有者による届け出はそれより前に行われることになります。
仮に,規約の改正が区分所有者による届け出(あるいは実際の民泊事業の開始)に間に合わなかった場合,規約の改正について,届け出を出した(民泊をしている)区分所有者の承諾を要するのではないか,という問題が出てきます。
区分所有法31条は,「規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」には,その区分所有者の承諾がなければ管理規約の変更ができない旨を定めるものです。これは,特定の区分所有者にのみ不利益な規約を,他の多数の区分所有者により定めるといった不公平な結果を回避するための規定です。
すなわち,「既に民泊を始めている区分所有者にとっては,開始した後で民泊の禁止する旨の規約が作られることは,その区分所有者にとって「特別の影響」を及ぼすものであるから,その承諾を必要とするのではないか」という理屈です。仮に,承諾が必要だ,ということになれば,承諾を得られる可能性を考えると,スムーズな規約改正は望めません。
この点,直接の裁判例はないのですが,「特別の影響」の解釈については,最高裁判決があります。下記参考裁判例①では,駐車場の使用料の増額を定める規約の改正について,従前から駐車場を使用してきた区分所有者の承諾のない改正の有効性が争われたのですが,最高裁は「規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合」であるとしています。
他にも,参考裁判例②は,参考裁判例①よりも前の高裁裁判例ですが,ペットの禁止を定める規約改正について,従前からペットを飼っていた区分所有者の承諾のない改正の有効性が争われた事案で,具体的な双方の不利益や改正案の内容等に鑑みて,単なるペットを飼っている区分所有者に対しては「特別の影響」を及ぼす変更ではない,と判示しています。
これらの裁判例からは,単に規約改正によって「損をする」区分所有者がいる場合イコール区分所有法31条によって承諾が必要,という訳ではないことが分かりますが,上記のとおり,民泊に関してはその区分所有者がおこなう民泊自体は,住宅宿泊事業法によって(一定条件下で)適法になることからすると,仮に適法な民泊(事業)を始めていて,一定の設備投資等をしている場合,やはり「特別の影響」がある者に該当する,という判断がなされることは十分にあり得るところです。実際に各地方公共団体等は,住宅宿泊事業法の施行前の規約の改正を推奨しています。
3 具体的な組合としての対応
以上を踏まえて,管理組合としての具体的な対応ですが,上記のとおり規約によって民泊が禁止されている場合とそのような規約がない場合によって採り得る手段が異なるため,分けて説明します。
(1)まず,民泊を直接禁止する管理規約がある場合の対応ですが,標準管理規約67条には,区分所有者が管理規約等に即した場合,管理組合の理事長が,管理組合の理事会の決議を経て「その是正等のため必要な勧告又は指示若しくは警告を行うことができる」(1項)旨及び「行為の差止め、排除又は原状回復のための必要な措置の請求に関し、管理組合を代表して、訴訟その他法的措置を追行すること」(3項)旨が定められています。
そのため,(標準管理規約67条と同種の管理規約があることを前提とすれば)まずは理事会の決議を経て民泊の事業を止めるように勧告あるいは警告を出したうえで,それでも応じない場合には行為の差し止めを求める訴訟(仮処分を含む)を提起する,という流れになります(その先,区分所有法58条以下の措置については,要件が厳しくあまり現実的ではないため省略します)。
また,標準管理規約には,規約違反や不法行為があった場合には「弁護士費用及び差止め等の諸費用」も違約金として別途請求できる旨の規定もあります(標準管理規約67条4項)。なお,参考裁判例③では,違法な民泊をしていたケースにおいて,具体的な使用態様の問題を挙げたうえで,管理規約違反(及び不法行為)に該当するとして,弁護士費用の支払い請求を認めています。
(2)次に,民泊を直接禁止する規約が存在しない場合の,管理組合としての対応です。
ア なお,上記のとおり直接禁止する規定がなくても,民泊は標準管理規約第12条の「区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない」という条項に反するとした上で,上記管理規約違反があった場合の対応を採る,ということも一応考えられるところです。もっとも,内容が一義的に決まらない標準管理規約の内容(「専ら住宅として使用しなければならない」)を元に,行為の差し止め訴訟が可能か,またそもそも住宅宿泊事業法が施行され,それに伴う標準管理規約の改正があった後も,民泊としての使用が「専ら住宅として使用」に反しているか,という点で疑問です。
したがって,基本的には民泊そのものが規約に反している,という形ではなく対応する必要がある,ということになります。
この点については,当該民泊が住宅宿泊事業法の要件を充たしている場合,充たしていない場合に分けて考えることができます(ただし,後述のとおり結論はほぼ同じです)。
イ まず,要件を充たしていない場合ですが,その場合は,いわゆる「違法民泊」ということになり,民泊事業をしていること自体が「法令に反する」ということになりますから,少なくとも上記標準管理規約67条1項の「是正等のため必要な勧告又は指示若しくは警告」は理事会の決議を経て理事長ができる,ということになります。
他方で,行為の停止(差し止め請求)については,「区分所有者の共同の利益に反する行為」(区分所有法6条1項)である場合に限って可能であり,訴訟を提起する場合には,総会(理事会ではなく)の決議を経なければならない,とされています(区分所有法57条)。「共同の利益に反する行為」は,裁判例上「共同の利益に反する行為にあたるかどうかは、当該行為の必要性の程度、これによって他の区分所有者が被る不利益の様態、程度等の諸事情を比較衡量して決すべきものである」(東京高判昭和53年2月27日)とされていますから,基本的には「違法な民泊」であることのみをもって差し止め等ができるわけではない,ということになります。結局のところ,参考裁判例③のように,具体的な使用態様から,他の区分所有者への不利益を主張する必要がある,ということです。
ウ 次に,民泊が要件を充たしている場合ですが,民泊自体が違法ではない以上,標準管理規約67条1項の勧告等をすることはできません。
したがって,この場合には,上記区分所有法6条1項及び同法57条にしたがって,「共同の利益に反する行為」であることを示したうえで,訴訟をする場合には,総会の決議を経る必要がある,ということになります。
(3)以上が,具体的な対応の大まかな流れとなります。
もっとも,標準管理規約67条の「勧告」等や区分所有法6条1項に定める訴訟に至らない行為の停止請求についても,その具体的な内容(どのような書面にするか)はケースによって様々ですし,上記のとおり,(直接禁止する規約がない場合は特に)具体的な当該区分所有者の使用態様の問題を主張する必要がありますので,事前の証拠確保(ゴミ出しの態様等を写真に撮っておく等)も必要となります。
そもそも,上記の説明は,本件のマンション管理規約についてある程度「標準管理規約」を採用している,ということを前提にしています。早急に弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。
以上