都市再開発法97条の損失補償について
行政|市街地再開発事業|通損補償|都市再開発法の趣旨|最高裁判所昭和48年10月18日判決
目次
質問:
当社は駅前ビルのテナント(店子)として、雑貨店を20年以上営んで来ました。このたび、駅前ビルを再開発で建て替えをすることになり退去を求められましたが、弁護士さんに相談し、都市再開発法第77条5項を根拠として、建替後の新建物への入居を選択しました。入居について大家側も了承してくれたのですが、新たな心配点があります。ビルの建替えに約4年掛かると聞いたのですが、その期間の補償はどうなるのでしょうか。建替え期間にも営業はできるのでしょうか。
回答:
1、 都市再開発法97条1項で、建替え期間に発生する借家人の損失は補償されますので御安心下さい。営業もできます。
2、 補償の対象は、建替え期間に発生する借家人の全ての損失です。引っ越し費用、仮営業所の契約費用、仮営業期間に見込まれる営業損失、その他の損失額です。その補償はすべての損害に対する完全補償です。
3、 都市再開発法97条1項の補償額は、原則として、当事者間の協議により決定されます。つまり、市街地再開発組合と、借家人の協議により決せられます。
4、 当事者間の協議がまとまらない場合は、支払う額については審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決により決められます(都市再開発法 97条、96条、79条2項後段、57条4項 1号)。さらにその決められた内容に不服であれば、都道府県に設置された収用委員会に補償額を決めるための裁決を申請することができます(同法97条4項)。
5、 収用委員会の裁決に不服がある場合は、裁決書正本の送達を受けてから60日以内に、借家権の所在地の地方裁判所に裁決取消請求訴訟を提起することができます。
6、 損失補償の見積もりや、補償額の決定には複雑な法律問題がありますので、御心配な場合は弁護士に相談して一緒に手続きしてもらうと良いでしょう。
7、通損補償に関する関連事例集参照。
解説:
1、 (補償の原則と、その趣旨)
都市再開発法97条1項で、建替え期間に発生する借家人の損失は補償されますので御安心下さい。勿論、営業することもできます。
都市再開発法97条第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
なぜ、このような規定があるかを理解するために、都市再開発法の2つの大きな考え方を学ぶ必要があります。
1つめは、都市再開発の促進による公共の福祉の増進です。都市再開発は、市街地の機能を高め、近隣住民の大きな利益になることなので、法律でこれを促進すべきだという考え方です。この手続きは、地主の利益のためでなく、また、借家人の利益のためでもなく、公共の利益の為に促進されるということです。条文も引用します。
都市再開発法第1条(目的)この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。
つまり、土地の合理的かつ健全な高度利用をすることにより、国民全体の利益になるようにしましょう、ということです。高度利用というのは、例えば、規制緩和などにより容積率の割り増しが認められるようになった場合に、
国民全体の利益のために再開発を促進するので、都市再開発の場面では、借地借家法で認められるような借家人の保護規定は適用されない、ということです。都市再開発法に則った手続きによって建物の建替えは促進され、借家人は、借地借家法の権利を根拠にこれを拒否することはできません。建物賃借権に関して、民法の特則が借地借家法であり、そのまた特則が都市再開発法ということになります。
そして、もうひとつは、都市再開発手続きにおける当事者間の公平の原則です。公共の利益のために建物の建替えを含む市街地再開発は促進されますが、促進されるのは再開発だけであって、再開発によって当事者間の不公平を生じるべきではないという考え方があります。条文を引用します。
都市再開発法74条(権利変換計画の決定の基準)第1項 権利変換計画は、災害を防止し、衛生を向上し、その他居住条件を改善するとともに、施設建築物及び施設建築敷地の合理的利用を図るように定めなければならない。
第2項 権利変換計画は、関係権利者間の利害の衡平に十分の考慮を払つて定めなければならない。
つまり、権利変換計画を定める場合は、都市再開発の目的に沿った敷地の合理的利用を図る必要があるし、関係権利者間の衡平にも十分考慮して進める必要があるということです。公共の利益のために建物の建替えを促進するとしても、当事者間の権利関係は公平な条件で建て替えを行いましょう、ということです。
これらの基本的な考え方を念頭に、都市再開発法97条を解釈すれば、借家人が建替えに伴って一時的に退去を余儀なくされたとしても、「通常受ける損失」が補償されるので、建替え前後で経済的損失を生じないように最大限保護されると考えることができます。建物を建替えることについては強制されてしまいますが、建替え前後で経済的に変化の無いように考慮されると考えて良いでしょう。その基本的考えの底にあるのは憲法29条私有財産制です。近代市民法の柱である自由主義、個人主義を支える所有権絶対の原則です。たとえ借家権であっても財産権である以上国家はこの権利を奪うことができないのです。その例外が公共の福祉ですが(憲法12条、29条2項、民法1条)、その代償としてその権利を奪うことによる代償処置、すなわち補償が絶対不可欠です。憲法29条3項は私有財産制から当然の規定です。この規定がなくても補償は要求できることになるます。この条文の「正当な補償」とは「合理的に算出された相当額の補償」 すなわち完全補償(収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償 )を意味しますからその趣旨にのっとり都市再開発法97条、74条が存在します。最高裁判所昭和48年10月18日判決 参照。
2、 (補償の内容)
補償の対象は、建替え期間に発生する借家人の全ての損失です。引っ越し費用、営業休止期間の損失、仮営業所の準備費用、仮営業期間に見込まれる営業損失、その他の損失額です。
都市再開発法97条に関する判例は少なく、判例集に登載されたものも見当たりませんので、同様に借家人の立ち退きを要する土地収用法の手続きで認められている費目を見てみたいと思います。
移転費用(引っ越し費用)、、、『土地収用法第八十八条の二の細目等を定める政令17条1項 法77条の物件の移転料は、当該物件を通常妥当と認められる移転先に、通常妥当と認められる移転方法によって移転するのに要する費用とする。』要するに、建替えに際して、近隣の仮営業所に移転し、後日、新しい建物に戻ってくる場合の、通常の移転費用を見積もりして、この補償を受けることができます。
営業休止期間の損失、、、『土地収用法第八十八条の二の細目等を定める政令21条1項2号 休業を通常必要とする期間中の収益の減少額』例えば、会社の年間営業利益額から、1日あたりの営業利益額を算出し、これに、移転のためにどうしても休業しなければならない日数を掛けて休業期間の損失を計算します。
仮営業所の確保費用、、、『土地収用法第八十八条の二の細目等を定める政令21条2項1号 仮営業所を新たに確保し、かつ、使用するのに通常要する費用』これは、一時営業するための営業場所を新たに借りて営業を再開するに際して必要となった不動産業者の仲介手数料や、入居に際して大家に支払う礼金、仮営業所の設営費用などが考えられます。
仮営業期間に見込まれる営業損失、、、『土地収用法第八十八条の二の細目等を定める政令21条2項2号 仮営業所における営業であることによる収益の減少額』これは、仮営業所における営業であるために来客が減少して、収益が減少することによる損失額です。本件では駅前ビルで営業していたということですので、近隣には同等の立地条件がありませんので、近隣で仮営業所を確保できたとしても、必然的に収益が減少してしまうことになります。
この、都市再開発法97条の損失補償の特徴は、物件の明け渡しを行う前に補償額の支払いが行われることです(都市再開発法97条3項)。借家人がスムーズに移転するためには、移転前に事前に移転費用などの支払いを受ける必要があるからです。そのため、補償額は、実損害額ではなく、「通常受ける損失」の額と規定されています。
3、 (補償の手続き)
都市再開発法97条1項の補償額は、原則として、当事者間の協議により決定されます。つまり、市街地再開発組合と、借家人の協議により決せられます。
都市再開発法97条2項 前項の規定による損失の補償額については、施行者と前条第一項の土地の占有者又は物件に関し権利を有する者とが協議しなければならない。
前記の損失補償の費目について、借家人の立場で損失の見積もりを行い、これを再開発組合側に提示する必要があります。特に、仮営業期間に見込まれる営業損失については、減少額を事前に見積もることは困難ですし、建替えに要する期間が通常3~5年程度と長くなりますので、金額も大きくなる傾向があり、協議の困難が予想されます。
4、 (当事者の協議がまとまらない場合)
当事者間の協議がまとまらない場合は、再開発組合は、審査委員(土地及び建物の権利関係又は評価について特別の知識経験を有し、かつ、公正な判断をすることができる者として総会で選任された専門家)の過半数の同意を得て補償額を定め、これを借家人に支払うか、または供託することになります(都市再開発法94条3項)。
この補償額に不服があるときは、借家人は、都道府県に設置された収用委員会に補償額を決めるための裁決(土地収用法94条2項の規定による裁決)を申請することができます。
裁決申請書には、次の事項を記載します(土地収用法94条3項)。
一 裁決申請者の氏名及び住所
二 相手方の氏名及び住所
三 事業の種類
四 損失の事実
五 損失の補償の見積及びその内訳
六 協議の経過
収用委員会は、各都道府県に設置される行政委員会で、『法律、経済又は行政に関してすぐれた経験と知識を有し、公共の福祉に関し公正な判断をすることができる者』のうちから、都道府県の議会の同意を得て、都道府県知事が7名を任命して組織されます(土地収用法52条3項)。このように、各都道府県に行政委員会として収用委員会が設置されるのは、各都道府県によって土地の利用状況が異なっており、開発の必要性についても各々独自性が認められるので、単に法律・経済・行政の専門家というだけでは足りず、各都道府県の実情に精通した専門家である必要があると考えられるためです。
なお、収用委員会の手続きを経たとしても、再開発事業の進行は停止されず、影響されません。時間稼ぎには一切なりません。
都市再開発法85条2項 前項の規定による裁決の申請は、事業の進行を停止しない。
5、 (収用委員会の採決に対する異議)
収用委員会の裁決に不服がある場合は、裁決書正本の送達を受けてから60日以内に、借家権の所在地の地方裁判所に裁決取消請求訴訟を提起することができます。
土地収用法94条9項 前項の規定による裁決に対して不服がある者は、第百三十三条第二項の規定にかかわらず、裁決書の正本の送達を受けた日から六十日以内に、損失があつた土地の所在地の裁判所に対して訴えを提起しなければならない。
土地収用法の補償に関して裁判所は、完全な補償が必要であるとの考え方を示しています。これは公共用地として民有地を収用する場合の判断基準ですが、民間同士で再開発事業を行う場合にも当事者間の衡平が必要と考えられますので、同様の考え方に基づいて法的主張を行うべきです。
最高裁判所昭和48年10月18日判決 「おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。」
この判例の考え方は、借家権者が、再開発事業で一時的に仮営業所に移転する場合の損失補償にも拡張することができるでしょう。つまり、再開発の前後を通じて、借家人の営業利益(損益計算書)が等しくなるように補償がなされるべきであると主張するのです。
6、 (最後に)
都市再開発法97条の損失補償について判例が少ないのは、大多数の借家人が正当な権利を十分に行使できていないことの裏返しであると推測されます。都市再開発法の再開発事業に直面した借家人の方は、是非、都市再開発法を研究し、御自分に認められるべき権利について理解を深めて頂きたいと思います。損失補償の見積もりや補償額の決定には複雑な法律問題がありますので、御心配な場合は弁護士に相談して一緒に手続きしてもらうと良いでしょう。
以上