知的障碍者の更生、婦人保護施設、更生緊急保護制度
刑事|売春防止法違反|婦人保護施設|更生緊急保護制度
目次
質問:
質問:知的障害を持っている知人が売春をしたらしく,そのことで捕まってしまい起訴されてしまいました。その知人は,住むところがなく,前から売春でお金を稼ぎ生活していたみたいです。この後,どうなってしまうのでしょうか。また,刑務所以外で施設のようなところで保護してもらうことはできないのでしょうか。
回答:
回答:知人が売春をして捕まったということですが,売春行為そのものは犯罪ではありませんので,売春をして捕まるというのは,おそらく売春の勧誘や客引きをしたということで,売春防止法5条に違反したのだと思われます。起訴されたということですが,前科がないのであれば,執行猶予付きの懲役刑となるでしょう。
また、ご友人は,住むところがなく,さらに知的障害を持っているということですが,そのような状態であれば,刑事罰とは別に本人の保護のため売春防止法に基づく,婦人保護施設への入所が考えられます。婦人保護施設に入所するためには,まず市町村に設けられている婦人相談員に相談する必要があります。
ほかには,更生保護法に基づく更生緊急保護制度を利用して施設に入所する方法も考えられます。もっとも,施設への入所は,本人の意思で任意に行うものですので,強制はできないことに注意が必要です。まずは,本人の意思をしっかり確認することから始まります。
売春防止法に関する関連事例集参照。
解説:
第1 売春防止法について
1 売春防止法の趣旨と処罰対象について
売春防止法は,目的を「売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによって、売春の防止を図ること」と規定しています(売春防止法(以下「法」といいます。)1条)。そして,法第2章で刑事処分について定めており,処罰対象となる行為が,第5条から第13条まで規定されています。
なお,売春防止法は,売春を禁止してはいますが(法2条),「売春を助長する行為等を処罰する」ものとし(法1条),売春行為そのものは処罰の対象とはしていません。
2 売春防止法第5条について
売春防止法は,売春行為そのものは,処罰の対象としていないものの,公衆の目にふれるような方法で,売春の相手方となるように勧誘するなどの行為は処罰の対象としています(法5条各号)。ただし,国民の権利を不当に侵害しないようにするため(法4条),勧誘や客待ちの際には,「売春をする目的」が要件とされています(法5条柱書)。この点について,法5条3号前段では,「公衆の目にふれるような方法で客待ちを」することを処罰の対象としていますが,この「客待ち」の意義については,次のような裁判例があります。
「五条の一、二号がいずれも一般公衆に対し売春の目的があることを明らかにする挙動であって、外形的に、社会の善良の風俗をみだすに足りる行為を処罰していることに徴すれば、同条三号前段にいう「公衆の目にふれるような方法で客待ち」をするとは、単に売春の目的で公共の場所等をうろつき、あるいは立ち止まり、相手方の誘いを待つだけでなく、外形上、売春の目的のあることが、その服装、客待ち行為の場所・時刻等と相まち、一般公衆に明らかとなるような挙動を伴う客待ち行為をいうものと解するのが相当である。けだし、内心では売春の目的を有する者が相手方の誘いを待って公共の場所等をうろつき、あるいは立ち止るなどしていたとしても、右のような売春の目的が明らかとなる挙動のない限り、それは、外形上、単なる待ち合わせや人探しの行為と何ら選ぶところがなく、未だ社会の善良の風俗をみだすものとは認められないからである。もし、このような行為をも同条三号前段にあたるとするならば、売春以外の目的で、外形上同様の行為に出た女子が取締官により容易に誤認逮捕される等不測の人権侵害を受けるおそれがあり、前記四条の法意にも反する結果をもたらすであろう。」(東京高裁昭和52年6月21日)
第2 刑罰の種類及び執行猶予について
1 処罰
法5条に違反した場合は,6月以下の懲役又は1万円以下の罰金に処されることとなります(法5条柱書)。
一般的に刑罰の種類は,主刑として死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留及び科料があり,付加刑として没収があります(刑法9条)。
執行猶予は,1年以上5年以下の期間,刑の執行を猶予する制度で,前に禁錮以上の刑に処せられたことがないか,禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない場合に付される可能性があります(刑法25条1項)。また,再度の執行猶予といって,執行猶予中の者に厳しい要件の下,もう一度執行を猶予する制度もあります(同条2項)。
2 執行猶予がつく場合
以前に禁固以上の刑に処せられたことがない場合などは,執行猶予を付した判決がなされる可能性が高いといえます。また,売春防止法5条違反は,6月以下の懲役刑ですので,刑法25条2項により,執行猶予中の犯行であっても,再度,執行猶予が付される可能性もあります。
第3 施設について
1 更生緊急保護について
(1)更生保護法とは
売春防止法違反に限らず刑事裁判を受けた者は,死刑判決でない限り,また社会に復帰することとなるので,再犯防止を図り,自立更生がなされなければなりません。更生保護法は,法の目的を「この法律は、犯罪をした者及び非行のある少年に対し、社会内において適切な処遇を行うことにより、再び犯罪をすることを防ぎ、又はその非行をなくし、これらの者が善良な社会の一員として自立し、改善更生することを助けるとともに、恩赦の適正な運用を図るほか、犯罪予防の活動の促進等を行い、もって、社会を保護し、個人及び公共の福祉を増進すること」と定めています(更生保護法1条)。
同法の第二章では,仮釈放(刑法28条)や仮退院(少年院法16条)の要件や手続などの規定を置き,同法の第三章では,保護観察(刑法25条の2第1項,少年法24条第1項)の実施に関する規定を置くなど,刑法や少年法などと連動し,被告人や受刑者,非行少年や保護処分を受けた少年の再犯防止や改善更生を図っています。
そして,同法の第五章では,「更生緊急保護」に関する規定が置かれており,刑事手続などで留置場や刑務所などの矯正施設にいた者が,出所した後に親族からの援助を受けることができない場合などに一定の保護を行うことが出来る更生緊急保護という制度が定められています(同法85条参照)。
(2) 更生緊急保護について
更生緊急保護とは,刑の執行を終わった者や,刑の全部の執行猶予を受けた者などに対して(同法85条1項各号),更生保護施設で改善更生のための処置を施してもらえるものです(同法85条第1項柱書参照)。期間は,原則6カ月で,例外的にさらに6カ月の延長がされることがあります(更生保護法85条4項)。刑の全部の執行猶予を受けた者や出所者で,居住地がない者や生活環境に恵まれない者の利用が想定されています。
緊急保護の内容としては,宿泊場所の供与や,実家に帰るための交通費などの金品の供与などがあります(同条第1項参照)。
なお,検察官などは,更生緊急保護の申し出をした者に対して,更生緊急保護の制度及び申し出の手続について教示しなければならないとされており(更生保護法86条2項),実務上は,判決の前に被告人本人や被告人の関係者、弁護人らが事前に検察官に構成緊急保護に関して要請しておく必要があります。
2 婦人保護施設について
(1)売春防止法上の制度について
売春防止法では,同法36条で,都道府県に要保護女子を収容保護するための施設(婦人保護施設)の設置ができると定められています。この婦人保護施設に収容されることもある要保護女子とは,「性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子」のことを言います(法34条3項柱書)。売春の勧誘や客引きなどで売春防止法5条に違反した女子は,要保護女子に該当する可能性が高いと考えられます。
なお,売春防止法上,同法5条に違反した満20歳以上の女子に対しては,「補導処分」に付することもできます(法17条第1項)。この補導処分については,裁判において,懲役又は禁錮刑につきその刑の全部の執行が猶予された場合に付されることがあります(同項)。補導処分に付された女子は,婦人補導院に収容され,更生のために必要な補導がされます(同条2項)。具体的な補導の内容としては,生活指導や職業補導,身体的精神的障害に対する治療を行うなどがあり,社会で自立して生活できる女性へと更生させます。
(2) 婦人保護施設について
婦人保護施設とは,法36条により,都道府県に設置することができる施設です。法34条では,各都道府県に婦人相談所の設置を義務付けており(法34条1項),要保護女子の相談の対応にあたったり,要保護女子の一時保護を行うなどの業務を行うものとされています(同条3項各号)。また,都道府県知事は,社会的信望があり,かつ必要な熱意と識見を持っている者に,婦人相談員を委嘱することとの規定が置かれています(法35条第1項)。婦人相談員は,主に,要保護女子の発見に努め,相談に応じて,必要な指導を行うなどの職務を行います(同条第3項)。
婦人保護施設に入所するまでの簡単な流れとしては,まず,行政(役所など)に配置される婦人相談員(法35条)に施設に入所することの相談をします。そして,婦人相談員から婦人相談所に保護依頼をしてもらいます。そこで,入所を希望する女子の心理テストなどの調査を行い,大体2ないし4週間で入所の決定がされます。なお,入所決定がされるまでの間は,婦人相談所で一時保護をしてもらうことができます。
婦人相談所が入所決定をすると,無事,婦人保護施設に入所することができます。婦人保護施設では,生活能力を身に付けるために,日常生活の指導を行ったり,就労能力を身に付けるために施設内での作業をしたりします。また,婦人保護施設には,売春をしてしまう知的障害者も入所することがあり,障害者施策の活用を支援してくれることもあります。こういった活動を通して,社会内でも自立した生活ができるよう支援してもらえます。
なお,婦人保護施設は費用がかかりません(法38条)。
第4 まとめ
刑事処分を受ける者の支援について,2つ紹介しましたが,自身で施設等を探すことはなかなか難しいと思います。そのようなときは,早めに専門家に依頼をするのがよいでしょう。
以上