新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1535、2014/08/01 12:00 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【民事 貸金返還請求権に対して、利息制限法違反に基づく引き直し計算により発生した過払い金返還請求権を自動債権とする相殺は許されるか。最高裁平成25年2月28日判決】

過払い金で残債務を相殺できない場合

質問:
 私は,平成14年1月,A貸金業者から,弁済は分割支払の方法によるということで,100万円を借り入れました。その後,私は,弁済を続けてきたのですが,平成22年7月,支払遅滞により期限の利益を喪失し,残額につき全額支払の義務を負うこととなりました。
 他方で,私は,平成7年4月から平成8年10月にかけて,A貸金業者との間で,利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行いました。
 私は,私のA貸金業者に対する過払金返還請求権と,A貸金業者の私に対する貸金返還請求権との相殺を主張して,A貸金業者からの貸金返還請求の全部又は一部を拒絶することはできないのでしょうか。



回答:

1 利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行った場合,いわゆる過払金返還請求権を行使できる可能性があるのですが,その消滅時効は最終取引日から10年とされています。
 本件の場合,金銭消費貸借の取引は平成7年4月から同8年10月と同14年1月からということですが、平成14年以降の取引は前回の取引から5年以上経過しており、別々の取引となり、過払金返還請求権の消滅時効も別の債権としてそれぞれ検討が必要になります。あなたのA貸金業者に対する初めの取引の過払金返還請求権については平成8年10月から10年の消滅時効期間が進行しますから平成18年10月には消滅時効期間が経過していることになります。

2 もっとも,「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には,その債権者は,相殺をすることができる」ところ(民法508条),あなたは,この規定を根拠として,あなたのA貸金業者に対する過払金返還請求権(自動債権)と,A貸金業者のあなたに対する貸金返還請求権(受働債権)との相殺を主張することはできないのでしょうか。貸金の返還債務については期限の利益があるため、相殺に適する状態になっていたのか問題となるのですが、最高裁の判例では受動債権について期限の利益があり、その利益を放棄していない場合は相殺に適するようになってはいない、として相殺を否定しています(最高裁平成25年2月28日判決)。508条が既に時効消滅している自動債権について例外的に担保的機能に関する期待権を保護して相殺を認めた趣旨から受動債権も相殺の前提条件である期限到来(期限の利益放棄の意思表示が必要。)を要求することは妥当であると考えわれます。

3 平成14年以降の取引について別個に過払金が発生しているか否か検討が必要になりますので、債務整理(過払金返還請求あるいは負債が残っている場合は任意整理,破産等)も視野に入れて,弁護士に相談されることをお勧めいたします。

4 相殺に関連する当事務所事例集 1517番、 1419番1375番、 576番参照。


解説:

1 過払金返還請求権と消滅時効

(1) 利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行った場合,いわゆる過払金返還請求権を行使できる可能性があります(最高裁平成18年1月13日判決等)。
そして,過払金返還請求権の消滅時効について,時効期間は10年とされ(民法167条1項,最高裁昭和55年1月24日判決),時効の起算点は最終取引日とされています(民法166条1項,最高裁平成21年1月22日判決。なお当然充当につき最高裁平成19年7月19日判決参照)。

(2) 本件の場合,金銭消費貸借最終取引日が平成8年10月とのことですから,あなたのA貸金業者に対する過払金返還請求権については時効期間が経過していることになります。なお、過払金返還請求権については継続していたおり引きごとに発生すると考えられ、途中で取引が終わってまた取引を再開した場合は、近接した取引でない場合は別個の債権として消滅時効についても別個に進行することになります。

2 相殺と消滅時効

(1) 相殺について

ア 「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において,双方の債務が弁済期にあるときは,各債務者は,その対当額について相殺によってその債務を免れることができ」ます(民法505条本文)。
相殺を主張する者から見て,その者の相手方に対する債権を自働債権といい,他方,その者に対する相手方の債権を受働債権といいます。

イ 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合,一方の当事者は,たとえ他方の当事者が経済的に危機的状況に陥ったとしても,相殺することよって,いわば債権を回収したのと同じ状況を生じさせることができるわけです。民法上,このような相殺に対する期待は,合理的期待として保護されるべきとされます。言い換えれば,この場合の各当事者は,互いの債権について担保を有しているのと同じ状態にあるわけであり,このような相殺の機能を相殺の担保的機能といいます(最大判昭45.6.24参照)。

(2) 相殺と消滅時効

ア 時効により消滅した債権を自働債権とする相殺

(ア) 「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には,その債権者は,相殺をすることができ」ます(民法508条)。
ここで「相殺に適する」状態のことを,「相殺適状」といいます。
(イ) 同規定の趣旨は,時効により自働債権が消滅する以前に相殺適状が生じていた場合における相殺に対する期待は合理的期待として保護されるべきである(前記(1)イ),ということにあります。時効消滅した以上債権は存在しないので相殺できるのはおかしいのではないかという疑問がありますが、時効消滅しても債務者の援用がない状態では、確定的に消滅したとは言えませんので相殺できるという合理的期待権を保護し担保的機能をさらに拡充優先しています。

イ 相殺適状の意義

(ア) そこで問題となるのは弁済期との関係で「相殺に適するようになっていた場合」と言えるかという点です。通常、相殺する場合、自動債権は弁済期が到来している必要がありますが受動債権の弁済期については期限の放棄することができるため問題となることはありません。一般的に受動債権が弁済期にない場合でもことさら期限の利益の放棄の意思表示をしないで相殺をした場合は、当前、受動債権(自分の債務)については期限利益は放棄されたものとして扱い、相殺は効力を生じるとされています。
このような扱いを考慮すると508条の場合も同様に期限の利益が放棄できたのであるから「相殺に適するようになっていた場合」と言えるのではないか問題となります。
この点について最高裁平成25年2月28日判決は,否定しています。「既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。」とします。

そして,同判決は,その理由として,
「民法505条1項は,相殺適状につき,『双方の債務が弁済期にあるとき』と規定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権についても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される」こと,及び,

「受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない」こと
を挙げます。

(イ) 本判決は,相殺適状の時期及び民法508条の適用範囲について,最高裁が初めて明示的な判断を示したものとなります。

相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨からすれば,相殺適状の時期はまさに相殺に対する期待がいつ生じたかという観点から考察すべきであり,その意味で本判決の「受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない」との理由付けは説得的であると考えます。

本来は、時効消滅している債権ですから強制的に権利行使はできないのですから、相殺もできないのですが、自分の債務が相殺ができる状態にあったという場合に限って相殺を認めたのが民法508条の規定と考えると、最高裁判所の結論は妥当なものといえます。

(3) 本件について

本件の場合,期限の利益を喪失したのは平成22年7月とのことで,この時点は消滅時効の起算点である平成8年10月から10年経過時である平成18年10月より後になるため,「その消滅以前に相殺に適するようになっていた」(民法508条)とはいえず,相殺は認められないことになります。もちろん平成14年以降の取引については過払い金返還請求が可能ですから、その分について計算することになります。

<参照条文>
民法
(期限の利益及びその放棄)
第136条 期限は,債務者の利益のために定めたものと推定する。
期限の利益は,放棄することができる。ただし,これによって相手方の利益を害することはできない。
(時効の援用)
第145条 時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない。
(消滅時効の進行等)
第166条 消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する。
2 前項の規定は,始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために,その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし,権利者は,その時効を中断するため,いつでも占有者の承認を求めることができる。
(債権等の消滅時効)
第167条 債権は,10年間行使しないときは,消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は,20年間行使しないときは,消滅する。
(相殺の要件等)
第505条 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において,双方の債務が弁済期にあるときは,各債務者は,その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし,債務の性質がこれを許さないときは,この限りでない。
2 前項の規定は,当事者が反対の意思を表示した場合には,適用しない。ただし,その意思表示は,善意の第三者に対抗することができない。
(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
第508条 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には,その債権者は,相殺をすることができる。

利息制限法
(利息の制限)
第一条 金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は,その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは,その超過部分について,無効とする。
一 元本の額が10万円未満の場合 年2割
二 元本の額が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分
三 元本の額が100万円以上の場合 年1割5分

<参照判例>
最高裁平成25年2月28日判決
主文
1 原判決中主文第1項を破棄し,同項に係る部分につき,第1審判決を取り消し,被上告人の請求を棄却する。
2 原判決中主文第2項を破棄し,同項に係る部分につき本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
3 第1項に関する訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人…の上告受理申立て理由第2の1について
1 本件の本訴請求は,被上告人が,自己の所有する不動産に設定した根抵当権について,その被担保債権である貸付金債権が相殺等により消滅したとして,上告人に対し,所有権に基づき,根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるものであり,反訴請求は,上告人が,被上告人に対し,上記貸付金の残元金27万6507円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるものである。被上告人による上記相殺につき,被上告人は自働債権の時効消滅以前に相殺適状にあったから民法508条によりその相殺の効力が認められると主張するのに対し,上告人は同相殺が無効であると主張して争っている。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,貸金業者である上告人との間で,平成7年4月17日から平成8年10月29日まで,利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行った。この取引の結果,同日時点において,18万0953円の過払金が発生していた(以下,この過払金に係る不当利得返還請求権を「本件過払金返還請求権」という。)。
(2) 被上告人は,平成14年1月23日,貸金業者であるA株式会社との間で,金銭消費貸借取引等による債務を担保するため,自己の所有する第1審判決別紙物件目録記載の各不動産に極度額を700万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定した。
Aは,同月31日,被上告人に対し,457万円を貸し付けた。この金銭消費貸借契約には,被上告人が同年3月から平成29年2月まで毎月1日に約定の元利金を分割弁済することとし,その支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(以下「本件特約」という。)があった。
上告人は,平成15年1月6日,Aを吸収合併する旨の登記を完了して,被上告人に対する貸主の地位を承継した。
被上告人は,A及び上告人に対し,上記の貸付けに係る元利金について継続的に弁済を行い,平成22年6月2日の時点において,残元金の額は188万8111円であった(以下,この残元金に係る債権を「本件貸付金残債権」という。)。被上告人は,同年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって期限の利益を喪失した。
(3) 被上告人は,平成22年8月17日,上告人に対し,本件過払金返還請求権を含む合計28万1740円の債権を自働債権とし,本件貸付金残債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。さらに,被上告人は,同年11月15日までに,上告人に対し,上記の相殺が有効である場合における本件貸付金残債権の残元利金に相当する166万8715円を弁済した。
(4) 本件根抵当権の元本は確定しているところ,被上告人は,上記の相殺及び弁済により,その被担保債権は消滅したと主張している。
(5) 上告人は,平成22年9月28日,被上告人に対し,本件過払金返還請求権については,上記(1)の取引が終了した時点から10年が経過し,時効消滅しているとして,その時効を援用する旨の意思表示をした。
3 原審は,次のとおり判断して,本訴請求を認容すべきものとし,反訴請求を棄却した。
(1) 本件貸付金残債権は,貸付けの時点で発生し,被上告人としては,期限の利益を放棄しさえすれば,これを受働債権として本件過払金返還請求権と相殺することができたのであるから,Aの吸収合併により上告人と被上告人との間で債権債務の相対立する関係が生じた平成15年1月6日の時点で,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とは相殺適状にあったといえる。
(2) そうすると,被上告人は,民法508条により,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とを対当額で相殺することができるから,本件根抵当権の被担保債権である貸付金債権は,相殺及び弁済により全て消滅した。
4 しかしながら,原審の相殺に関する上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法505条1項は,相殺適状につき,「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権についても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。
また,受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない。したがって,既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。
5 これを本件についてみると,本件貸付金残債権については,被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって,期限の利益を喪失し,その全額の弁済期が到来したことになり,この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして,当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば,同条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については,上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず,被上告人がした相殺はその効力を有しない。そうすると,本件根抵当権の被担保債権である上記2(2)の貸付金債権は,まだ残存していることになる。
6 以上と異なり,本件過払金返還請求権を自働債権とし,本件貸付金残債権を受働債権とする相殺の効力を認めた原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,原判決中主文第1項に係る被上告人の本訴請求部分は理由がないから,同部分につき,第1審判決を取り消し,被上告人の本訴請求を棄却することとする。また,原判決中主文第2項に係る上告人の反訴請求部分については,上記2(2)の貸付金債権の残額等につき更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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