新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1375、2012/11/20 12:19

【民事・債権譲渡禁止特約による無効を譲渡人が主張できるか・最高裁平成21年3月27日判決・最高裁昭和40年9月10日判決】

質問:私は,Xから,XのAに対する請負代金債権を譲り受けました。なお,XA間の請負契約には請負代金債権につき譲渡禁止特約が付されていたのですが,Aは,本件債権譲渡につき異議を唱える様子は見られませんでした。このたび,私は,Aに対し請負代金の支払を請求したところ,XもAに対し請負代金の支払を請求してきたとのことで,Aは,どちらに支払ったらよいかわからないので,とりあえずXと話し合ってくれと言われました。そこで,Xに対し,債権譲渡によって私が債権者である旨主張したところ,Xは,本件債権譲渡は,譲渡禁止特約により無効であるから,自分が債権者であるなどと主張し始めました。確かに譲渡禁止特約は存在するのですが,Xの主張は,自分で譲渡しておきながら,とても身勝手なものと思います。Xの主張は認められるものなのでしょうか。

回答:
1 債権には原則として譲渡性が認められつつ(民法466条1項本文),譲渡禁止特約の付すことが認められています(同条2項本文)。もっとも,「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,…債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されない」とされます(最判平21.3.27)。本件では,上記特段の事情は認められませんので,Xが本件債権譲渡の無効を主張することは許されません。すなわち,Xの主張は認められるものではありません。
2 具体的にはあなたとしては,債務者Aに対して,請負代金請求訴訟を提起し,その訴訟についてXに対して訴訟告知をすることになります。債務者は,訴訟に巻き込まれるのは迷惑であると考えて,債権者が不明ということで法務局に弁済供託をする可能性があります。訴訟提起前に供託する可能性もあります。その場合は,Aとの裁判はAの弁済の抗弁が認められますから不要となり,訴訟を提起した後で供託されれば取り下げざるを得ません。その場合は,Xを被告として供託金の還付金請求権が自分にあるという確認訴訟を提起することになります(債務者が弁済自体を争わないのであれば事前に供託してもらうように交渉したほうが無駄な裁判をしなくて良いことになります)。Xは譲渡禁止特約を主張して債権譲渡が無効であることを主張するでしょうが,このような主張は認められ得ないため供託金の還付請求権が自分にあることを確認する判決を法務局に提示して還付金を受領することができます。

解説:
1 (債権の譲渡性と譲渡禁止特約)
(1) 「債権は,譲り渡すことができ」ます(民法466条1項本文 いわゆる債権の譲渡性)。債権が財産権の一つである以上,私有財産制,財産権処分の自由から当然のことです。従って,下記のように譲渡禁止特約も自由に債務者と合意することができます。
 民法466条1項は「当事者が反対の意思を表示した場合には,適用」されません(同条2項本文 いわゆる譲渡禁止特約)。譲渡禁止とする理由は後記のように債務者側の事情から付加されるのが通常です。
 例えば,債務者が債権者に対して債権を有しているような場合には相殺により債権と債務を決済する期待がありますから,債務者の債権を担保するために債権者の債権に譲渡禁止特約が付加される場合もありますし,債務の弁済先を明確化して債務者として二重払いの危険を回避し,弁済手続きの煩雑性を省こうとすることもあります。
 もっとも,このことにはさらに例外があり,譲渡禁止特約は,「善意の第三者に対抗することができ」ません(同項ただし書)。「善意」とは,譲渡禁止特約の存在を知らないことをいいます。債権は抽象的な観念的な存在ですから,第三者が外部から「譲渡禁止特約の有無」を確認することが困難ですから,譲渡禁止特約の存在を知らずに債権の買い取りをしたような第三者を保護する必要があるのです。

(2) 譲渡禁止特約は,預金債権によく見られ,預金通帳には「この預金は当行の承諾なしには譲渡,質入れはできません」などと記載されています。
 譲渡禁止特約の効力については,特約違反の譲渡は譲渡自体が無効となるとの見解(物権的効力説)が通説です(これに対する見解としては,特約違反の譲渡であっても,譲渡自体は譲渡当事者間では有効であり,債務者は悪意[譲渡禁止特約の存在を知っていること]の譲受人に対し悪意の抗弁を主張できるにすぎないとする債権的効力説が挙げられます。)。財産権処分の自由から,当事者の意思を尊重すべきと考えられますので,通説が妥当でしょう。

2 (債権の譲渡人による譲渡禁止特約を理由とする無効主張の可否)
(1) 譲渡禁止特約の効力について通説(前記1(2)参照)に立つと,特約違反の譲渡は譲渡自体が無効となるのですから,債権の譲渡人であっても無効を主張できるのが論理的であるとも思われます。しかしながら,自ら債権譲渡をした者からの無効主張を認めるのは適切なのでしょうか。
 この点,最高裁平成21年3月27日判決は,「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって,債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されない」としました。
 同判決は,その理由として,「債権の譲渡性を否定する意思を表示した譲渡禁止の特約は,債務者の利益を保護するために付されるものと解される。」という譲渡禁止特約が付される根拠を挙げます。「債務者の利益」としては,具体的には,債務者の,債権譲渡に伴う事務の煩雑化の回避,過誤払いの危険の回避,相殺に対する利益の確保が挙げられるでしょう。

(2) なお,上記と類似の問題は,錯誤無効(民法95条)についても生じます。すなわち,「意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効と」されるところ(同条本文),最高裁昭和40年9月10日判決は,「民法95条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから,表意者自身において,その意思表示に何らの瑕疵も認めず,錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず,第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは,原則として許されないと解すべきである」とした原審を支持しています。

 この最高裁昭和40年9月10日判決と前掲最高裁平成21年3月27日判決は,似ているようでいて,微妙にその論理構成が異なっています。すなわち,上記最高裁昭和40年9月10日判決は単純に「第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは,原則として許されない」としているのに対し,前掲最高裁平成21年3月27日判決は単純に「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されない」とするのではなく,間に「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって」という理由をはさんでいます。このことから,「独自の利益」を有するものは無効主張が許されるとの理解を前提に,「譲渡人の破産管財人」や同一債権の差押債権者等は「独自の利益」を有するか否かが論じられています。

 債権譲渡禁止の特約の効力が通説(譲渡自体が無効という物権的効力説)によれば,第三者も無効を主張できるように思われますが,自ら債権を譲渡しながらその効力を否定することは,禁反言の法理(自分自身の過去の言動と矛盾する主張をしてはならない,という法理),権利濫用禁止,信義則の大原則(民法1条)から許されないということでしょう。また,債権譲渡禁止の趣旨からも譲渡人が主張することは特段の事情がない限り認めることはできないと思われます。最高裁の判断は妥当と思われます。錯誤に関する最高裁判例と同様の理屈と思われます。

3 (本件について)
 以上のとおり,「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,…債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許され」ません(前記2(1)参照)。そして,本件では,Aに「譲渡の無効を主張する意思があることが明らか」とはいえず,特段の事情は認められませんので,Xが本件債権譲渡の無効を主張することは許されません。

<参考判例>

1 被上告人が上告人に譲渡した請負代金債権について,債務者が債権者不確知を供託原因として供託をした。本件本訴は,被上告人が,上記請負代金債権には譲渡禁止特約が付されていたから,上記債権譲渡は無効であると主張して,上告人に対し,被上告人が上記供託金の還付請求権を有することの確認を求めるものであり,本件反訴は,上告人が,被上告人に対し,上記債権譲渡が有効であるとして,上告人が上記供託金の還付請求権を有することの確認を求めるものである。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成17年3月25日に特別清算開始決定を受け,同手続を遂行中の株式会社である。
上告人は,会員に対する貸付け,会員のためにする手形割引等を目的とする法人である。(2) 被上告人と上告人は,平成14年12月2日,被上告人が上告人に対して次のア記載の債権の根担保としてイ記載の債権を譲渡する旨の債権譲渡担保契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
ア 被上告人と上告人との間の手形貸付取引に基づき,上告人が被上告人に対して現在及び将来有する貸付金債権及びこれに附帯する一切の債権
イ 被上告人がA(以下「A」という。)に対して取得する次の債権のすべて
(ア) 種類 工事代金債権
(イ) 始期 平成14年6月2日
(ウ) 終期 平成18年12月2日
(エ) 譲渡債権額 1億5968万円
(3) 被上告人は,Aに対し,上記(2)イ記載の債権に含まれる第1審判決別紙債権目録記載1ないし3の工事代金債権(以下,「1の債権」,「2の債権」などといい,これらを併せて「本件債権」という。)を取得した。
(4) 本件債権には,被上告人とAとの間の工事発注基本契約書及び工事発注基本契約約款によって,譲渡禁止の特約が付されていた。
(5) Aは,平成16年12月6日に1の債権について,平成17年2月8日に2の債権について,同年12月27日に3の債権について,それぞれ債権者不確知を供託原因として第1審判決別紙供託金目録記載1ないし3の各供託金額欄記載の金員を供託した。

3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の本訴請求を認容し,上告人の反訴請求を棄却すべきものとした。
債権の譲渡禁止特約に反してされた債権譲渡は無効である。本件債権には譲渡禁止特約が付されており,その譲渡についてAの承諾があったと認めることはできないので,本件契約に基づく本件債権の譲渡(以下「本件債権譲渡」という。)は無効である。上告人は,本件債権譲渡の無効を主張できるのは債務者であるAだけであると主張するが,そのように解することはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 民法は,原則として債権の譲渡性を認め(466条1項),当事者が反対の意思を表示した場合にはこれを認めない旨定めている(同条2項本文)ところ,債権の譲渡性を否定する意思を表示した譲渡禁止の特約は,債務者の利益を保護するために付されるものと解される。そうすると,*【譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって,債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されない】と解するのが相当である。(*【】内は筆者)
(2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,自ら譲渡禁止の特約に反して本件債権を譲渡した債権者であり,債務者であるAは,本件債権譲渡の無効を主張することなく債権者不確知を理由として本件債権の債権額に相当する金員を供託しているというのである。そうすると,被上告人には譲渡禁止の特約の存在を理由とする本件債権譲渡の無効を主張する独自の利益はなく,前記特段の事情の存在もうかがわれないから,被上告人が上記無効を主張することは許されないものというべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。これと同旨をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の本訴請求は理由がなく,上告人の反訴請求は理由があるというべきであるから,第1審判決を取り消した上,本訴請求を棄却し,反訴請求を認容することとする。

<参考条文>

民法
(錯誤)
第95条 意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。(債権の譲渡性)
第466条 債権は,譲り渡すことができる。ただし,その性質がこれを許さないときは,この限りでない。
2 前項の規定は,当事者が反対の意思を表示した場合には,適用しない。ただし,その意思表示は,善意の第三者に対抗することができない。

<判例参照>

最高裁昭和40年9月10日判決
本判決は,代物弁済により土地の所有権を取得した被上告人が,土地上に建物を有し占有している上告人等に建物収去土地明け渡しを請求し,上告人が当該土地の譲渡人の錯誤無効を主張した事案です。95条の趣旨から上告人は代物弁済の錯誤無効を主張することはできません。妥当な判決です。

判旨抜粋
「原判決は,民法九五条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから,表意者自身において,その意思表示に何らの瑕疵も認めず,錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず,第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは,原則として許されないと解すべきである,と判示している。 右原審の判断は,首肯できて,原審認定の事実関係のもとで上告人の所論抗弁を排斥した原審の判断に所論違法はない。
 従つて所論は,採用できない。」
 上告代理人の上告理由参照
「第一点 原判決は被上告人は訴外関口政次から本件宅地につき代物弁済契約によりその所有権を取得したとの主張に対し上告人は右契約は要素に錯誤があるから無効であり従つて被上告人は本件土地の所有者ではないとの抗弁を排斥したのは民法第九五条の解釈を誤つたものである。
原判決は民法第九五条の律意は瑕疵ある意思表示をなした当事者を保護しようとするにあるものであるから表意者自身においてその意思表示に何等の瑕疵あることを認めず錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないのにかかわらず第三者において錯誤にもとづく意思表示の無効を主張することは原則として許されないものと解するを相当とすると判示する。
勿論民法第九五条の律意は第一に瑕疵ある意思表示をなした当事者の保護にあることは原判決の云うとおりではあるが訴訟上無効の主張が瑕疵ある意思表示をした者にのみ許されるものではないことは同条但書に表意者に重大なる過失ある場合には表意者自ら其無効を主張することが出来ないと言う規定からみて明らかである。かかる場合でも表意者以外の者からは無効の主張が許されると解すべきであるからである。一般的に言つて表意者に効果意思の薄弱な場合には,表意者以外の利害関係人にも無効の主張が許されるべきである。従つて第三者である上告人において錯誤にもとづく意思表示の無効を主張することはできないと判示する原判決は民法第九五条の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。」

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