新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.576、2007/2/14 11:46 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【債務整理・破産】
質問:私は生活保護を受けていますが、弁護士に債務整理(破産)を依頼したところ、その4日後に振り込まれた生活保護費が銀行から引き出せなくなりました。銀行というのは債権者のうちの1社です。銀行側は「破産管財人の指示に従う」と言うばかりで、埒が明きません。私は破産管財人がつかない破産(同時廃止)を選択する予定なので、銀行の言っていることは実現できません。どうしたらよいでしょうか。

回答:
1.債務整理を受任した場合、弁護士としては、受任当日もしくは遅くとも翌日までには債権者宛に受任通知書(介入通知とも言います)を発送します。受任通知書というのは、その人(債務者)が自分の借金について今後何らかの債務整理を行おうとしていること及びそのために弁護士に依頼したことを債権者に告げる文書で、これを受け取った債権者は、以後債務者に対して直接請求をする等の行為を禁じられます(法的効力ではなく貸金業のガイドラインによる)。従って、債務者は弁護士に依頼した後は、業者からの督促を受けることは基本的にはなくなります。

2.しかし、受任通知を弁護士が発送するということは、債務者に関して何らかの債務整理が行われることを公にする行為でもありますので、債務者の経済力が低下していることが伺われ、その信用が低下することになります(いわゆるブラックリストに載るような場合もあります)。従って、受任通知を受け取った債権者としては、債権回収の方法が残されていないかを模索することになります。例えば、銀行が債権者であれば、その銀行に債務者が預けてある預金を引き出せなくするような場合です。銀行は、債務者に対する貸金と預金を対当額で相殺するために預金を封鎖することが多くあります(民法505条、破産法67条)。そのため、債権者の中に銀行がある場合、弁護士としては、銀行預金を全て引き出すよう債務者に指導し、それを確認してから受任通知を発送するのが一般です。

3.本件においては、生活保護費の振込先変更の手続きが終わってから受任通知を出す方法もありましたが、債権者である銀行からの督促が激しく、その時間的余裕がなかったということです。確かに、民法505条を受けて破産法67条では、破産債権者は破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、(いつでも)相殺をすることができると規定し、銀行が貸金と預金を相殺することが可能としていますが、それは銀行の相殺への期待を保護する趣旨です(相殺の担保的機能)。しかし、破産手続の場合には、債権者の平等という要請がありますので、どんな場合でも相殺可能とすると債権者間の公平が図られないために、例外を設けています(破産法71条等)。

4.本件においては、受任通知発送後に振り込まれたお金と貸金の相殺ということですから、受任通知発送時にもともとあった預金と貸金を相殺する場合とは場面が異なります。破産法71条1項3号において、支払停止後の債務負担の場合には相殺禁止とされていますので、あなたの場合にはこの条文が適用できるでしょう。支払停止とは、債務一般を永続的に弁済できない旨を表示する債務者の行為及びこれに続く態度のことを言い、債権者に対する口頭や書面による通知もこれに含まれますので、弁護士からの○月×日の受任通知の発送も支払停止と解されます。従って、受任通知後に振り込まれた生活保護費は、支払停止後に銀行が債務を負担したものとして相殺禁止となり、あなたに全額返還するよう銀行に申し出ることができます。一方、銀行側の言っている破産管財人の指示というのは、破産管財人の催告権(破産法73条)だと思われますが、これは同法67条の規定により相殺をすることができる破産債権者に対するものであり、相殺禁止の場合には適用がありませんので、銀行側の主張は誤りと思われます。

5.銀行が生活保護費を保有し続ける理由がないことを別の観点から考えると、生活保護費はあなたの自由財産という考え方です。自由財産とは、破産者の財産のうち法定財団に属しない財産で、破産者が自由に管理・処分できる財産を言い、例としては差押禁止財産があります。ところで、生活保護費はあなたの唯一の収入源であり、実質的に差押禁止財産に該当し(民事執行法131条3号)、15万円という金額からしても、破産法改正により申立人が維持することを許された金額の範囲内(20万円。現金なら99万円)に収まるため、財団には所属しない自由財産となります。従って、これは法定財団を構成せず、債務者が所持することが認められ(そのために破産管財人が就任しない事件となる)、あなたに返還せよと銀行に主張することができるわけです。

6.いずれにしろ、生活保護費を引き出すことができなければ日々の生活にも困ることは目に見えて明らかですので、その場合には、福祉事務所に相談し、再度保護費を支給してもらうこともできるそうですから、担当者とよく相談してください。

≪参考条文≫

民法
(相殺の要件等)
第五百五条  二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2  前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。

破産法
(相殺権)
第六十七条  破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる。
2  破産債権者の有する債権が破産手続開始の時において期限付若しくは解除条件付であるとき、又は第百三条第二項第一号に掲げるものであるときでも、破産債権者が前項の規定により相殺をすることを妨げない。破産債権者の負担する債務が期限付若しくは条件付であるとき、又は将来の請求権に関するものであるときも、同様とする。
(相殺の禁止)
第七十一条  破産債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。
一  破産手続開始後に破産財団に対して債務を負担したとき。
二  支払不能になった後に契約によって負担する債務を専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結し、又は破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担した場合であって、当該契約の締結の当時、支払不能であったことを知っていたとき。
三  支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは、この限りでない。
四  破産手続開始の申立てがあった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
2  前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する債務の負担が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には、適用しない。
一  法定の原因
二  支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産債権者が知った時より前に生じた原因
三  破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因
第七十二条  破産者に対して債務を負担する者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。
一  破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。
二  支払不能になった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、支払不能であったことを知っていたとき。
三  支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは、この限りでない。
四  破産手続開始の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
2  前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する破産債権の取得が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には、適用しない。
一  法定の原因
二  支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因
三  破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因
四  破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
(破産管財人の催告権)
第七十三条  破産管財人は、第三十一条第一項第三号の期間が経過した後又は同号の期日が終了した後は、第六十七条の規定により相殺をすることができる破産債権者に対し、一月以上の期間を定め、その期間内に当該破産債権をもって相殺をするかどうかを確答すべき旨を催告することができる。ただし、破産債権者の負担する債務が弁済期にあるときに限る。
2  前項の規定による催告があった場合において、破産債権者が同項の規定により定めた期間内に確答をしないときは、当該破産債権者は、破産手続の関係においては、当該破産債権についての相殺の効力を主張することができない。

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