新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1166、2011/10/5 10:33

【労働・名ばかりの管理監督者と残業代の請求】

質問:私は,服飾品を扱うショップの店長を約6年間務めているのですが,毎日残業続きです。月の残業時間は100時間を超える時も少なくありません。それなのに,会社から残業代が支払われたことはなく,仕方なくいわゆるサービス残業を続けてきました。それもここにきて体調を崩しがちになることもあり,社外のユニオンに加入して団体交渉を行い,会社に対して,店長の長時間労働・サービス残業の改善と残業代の支払を求めました。しかし,会社側は,店長は管理職であるから残業代は出ないと言って残業代を支払いません。店長である私には残業代は支払われないものなのでしょうか。何とか支払ってもらいたいのですが,訴訟をするしかありませんか。

回答
1.店長であるあなたが「監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法41条2号)に該当する場合には,労基法の労働時間,休憩,休日の規定が適用されないことになりますので,その場合には残業代は支払われないことになります。しかし,店長、管理職という名称であるからといって必ずしも労基法上の管理監督者にあたるとは限りません。どのような場合に管理監督者にあたるのかについて,以下でご説明します。
2.会社が支払うべき残業代の支払いを拒絶している場合,もちろん訴訟によって支払いを求めることができますが,訴訟手続による以外にも,労働審判を申し立てるという方法があります。労働審判手続によることのメリット等について,以下でご説明します。
3.本件に関連する法律相談事例集キーワード検索:763番762番1165番も参照してください。労働法に関する 参考事例,法律相談事例集キーワード検索:1133番1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番458番365番73番5番,労働審判手続は,995番参照。

解説:
1 残業代について
  まず,そもそもどういう場合に残業代の請求ができるかについてですが,所定労働時間(就業規則,労働協約や個別の労働契約で定められている労働時間)を超過して勤務した場合に,残業代の請求が可能となります。
  なお,その超過勤務時間が「1日8時間,1週40時間」(労基法32条)等の労働基準法の定める基準の範囲内に収まっている場合は,請求できるのは基礎賃金(時間単価)の100%のみであり,割増賃金(労基法37条)の請求まではできません。

2 「監督若しくは管理の地位にある者」の該当性について
  先ほど述べましたように,「監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法41条2号)に該当する場合には,労基法の労働時間,休憩,休日の規定が適用されないことになりますので,その場合には残業代は支払われないことになります。
  そして,ここにいう管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者を指すと解されています。そのため,店長という肩書を付けられている場合でも,今述べたような経営者と一体的立場にあるといえないような場合は,労働基準法上の管理監督者には当たりません。
  管理監督者にあたるかどうかの具体的な基準としては,@職務内容や職務遂行上,使用者と一体的な地位にあるといえるほどの権限を有し,これに伴う責任を負担していること,A出退勤について裁量があり,時間拘束が弱いこと,B基本給,役付手当,ボーナスの額において,一般労働者に比べて優遇され,その責任と権限にふさわしい待遇を受けていることが挙げられます。

  例えば,タイムカードで出退勤を管理され,遅刻や欠勤については賃金が控除されるような場合は,管理監督者には当たらないといえます。また,店舗人員が店長のほか正社員1名とパート社員2〜3名にすぎず,店長自身も店頭業務を行っていて,職務権限についても店長のみの決裁権限がある事項がほとんど無く,パート社員の時給や採用についての権限もなく,予算権限も数万円しかない場合や,待遇面でも店長昇進前の主任時代の給与とほとんど変わらなかったという場合も,管理監督者には当たらないといえるでしょう。

  会社側からは,管理職であるから残業代は支払われないということを言われることが実際にはよくありますが,法律上残業代が支払われない管理監督者にあたるのはごく一部に限られるのが一般です。近時の判例では、有名ハンバーガーチェーン店の店長が管理監督者ではないと主張して残業代を請求した事件で、上記の基準に従い、経営者との一体的立場には無いので管理監督者に該当しないと判断した事例があります(東京地裁平成20年1月28日判決)。
  その他、カラオケ店の店長の事例(大阪地裁平成13年3月26日判決)や、ファミリーレストラン店長の事例(大阪地裁昭和61年7月30日判決)なども、管理監督者性を否定した判例があります。これらの判例では、いずれも、形式的な肩書きよりも、待遇や権限などの実質的な状況が主な判断材料となっています。
  あなたの場合も,店長という肩書が付けられていても,上記の基準を当てはめてみた場合に,労基法上の管理監督者に当たらない場合も十分に考えられます。その場合には会社に対して残業代の支払を求めることができますので,管理監督者に該当するかどうかよく検討してみてください。法律的にどうなるのか判断が難しいという場合には,お近くの弁護士にご相談されるのもよいかもしれません。

3 労働審判によることのメリット等について
  残業代を請求する場合に,訴訟を提起するという方法ももちろんあります。訴訟手続による場合には,当事者双方が主張・立証を尽くし,裁判所による厳密な事実認定を経て,判決が出されることで事件が終了します。そのため,事件解決に至るまで比較的長期間かかることが一般的です。解決まで1年以上かかることも少なくありません。
  一方で,同じ裁判所が関与する紛争解決手段として,労働審判手続があります。労働審判手続は,平成18年4月から実施されている比較的新しい制度ですが,地方裁判所において,裁判官1名と労働関係の専門的な知識経験を有する者2名(労使それぞれから1名ずつ出されます。)によって構成される合議体である労働審判委員会により行われます。そして,原則として3回以内の期日で行われる(労働審判法15条2項)こととされ,紛争の迅速で集中的な解決が図られます。この3回以内の期日での迅速処理が労働審判手続の目玉といわれていて,労働審判手続による場合は,平均審理期間は70日程度であり,2〜3か月で手続終了となることが一般です。

  もっとも,迅速・集中的に手続が進行しますので,早期解決に向いている反面,期日に向けた準備には負担もあります。相手方の答弁に対する申立人の反論は期日において口頭ですることとされ,主張書面は,口頭での主張を補充する補充書面としてのみ提出が認められることとされていますので(労働審判規則17条1項),基本的には,申立書の段階で全ての主張を尽くすことが求められます。その点で,ご自身では難しいとお考えの場合には,まずは弁護士にご相談することをお勧めいたします。

[参照条文]

労働基準法
第三十二条  使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2  使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
第三十七条  使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
2  前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
3  使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
4  第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
第四十一条  この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一  別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
二  事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三  監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

労働審判法
第一条  この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てにより、事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判をいう。以下同じ。)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)を設けることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。
第二条  労働審判手続に係る事件(以下「労働審判事件」という。)は、相手方の住所、居所、営業所若しくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所、個別労働関係民事紛争が生じた労働者と事業主との間の労働関係に基づいて当該労働者が現に就業し若しくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所又は当事者が合意で定める地方裁判所の管轄とする。
第四条  労働審判手続については、法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ代理人となることができない。ただし、裁判所は、当事者の権利利益の保護及び労働審判手続の円滑な進行のために必要かつ相当と認めるときは、弁護士でない者を代理人とすることを許可することができる。
2  裁判所は、前項ただし書の規定による許可を取り消すことができる。
第五条  当事者は、個別労働関係民事紛争の解決を図るため、裁判所に対し、労働審判手続の申立てをすることができる。
2  前項の申立ては、その趣旨及び理由を記載した書面でしなければならない。
第七条  裁判所は、労働審判官一人及び労働審判員二人で組織する労働審判委員会で労働審判手続を行う。
第九条  労働審判員は、この法律の定めるところにより、労働審判委員会が行う労働審判手続に関与し、中立かつ公正な立場において、労働審判事件を処理するために必要な職務を行う。
2  労働審判員は、労働関係に関する専門的な知識経験を有する者のうちから任命する。
3  労働審判員は、非常勤とし、前項に規定するもののほか、その任免に関し必要な事項は、最高裁判所規則で定める。
4  労働審判員には、別に法律で定めるところにより手当を支給し、並びに最高裁判所規則で定める額の旅費、日当及び宿泊料を支給する。
第十五条  労働審判委員会は、速やかに、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない。
2  労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結しなければならない。

労働審判規則
第二条 当事者は、早期に主張及び証拠の提出をし、労働審判手続の計画的かつ迅速な進行に努め、信義に従い誠実に労働審判手続を追行しなければならない。
第九条 労働審判手続の申立書には、申立ての趣旨及び理由を記載するほか、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実
二 予想される争点ごとの証拠
三 当事者間においてされた交渉(あっせんその他の手続においてされたものを含む。)その他の申立てに至る経緯の概要
四 代理人(代理人がない場合にあっては、申立人)の住所の郵便番号及び電話番号(ファクシミリの番号を含む。)
2 前項の申立書に記載する申立ての理由は、申立てを特定するのに必要な事実及び申立てを理由づける具体的な事実を含むものでなければならない。
3 予想される争点についての証拠書類があるときは、その写しを第一項の申立書に添付しなければならない。
4 第一項の申立書を提出するには、これと同時に、相手方の数に三を加えた数の当該申立書の写し及び相手方の数と同数の前項の証拠書類の写しを提出しなければならない。
第十七条 相手方の答弁に対する反論(これに対する再反論等を含む。以下この項において同じ。)を要する場合には、労働審判手続の期日において口頭でするものとする。この場合において、反論をする者は、口頭での主張を補充する書面(以下「補充書面」という。)を提出することができる。
2 補充書面を提出するには、これと同時に、その写し三通を提出しなければならない。第二十七条 当事者は、やむを得ない事由がある場合を除き、労働審判手続の第二回の期日が終了するまでに、主張及び証拠書類の提出を終えなければならない。

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