トラック運転の長時間労働と安全配慮義務
民事|労災|差押え債権の拡張|取締役の責任|京都地方裁判所平成22年5月25日判決|大阪高等裁判所平成23年5月25日判決
目次
質問:
私の父はトラックの運転手をしているのですが,勤務中に脳出血により意識を失い事故を起こしました。自損事故で他人に怪我をさせなかったのは幸いですが,現在も父の意識は戻りません。父の勤務日報を確認したところ,恒常的に長時間労働が続いており,事故前1ヶ月間はほとんど休みがない中で,連日12時間以上の勤務をしていました。勤務先の会社からは,労災認定の際に協力してもらうとともに,わずかな見舞金をいただきました。
しかし,会社は,経営が厳しく父に対して賠償金を支払えば会社の倒産は避けられないことを理由に,父への補償を拒否しています。確かに勤務先会社の経営状態が厳しいことは父から聞いていましたが,会社の経営者は地元の有力者で,複数の会社を経営し,他の会社はうまくいっているようなので納得ができません。
父が現在のような状態になってしまったのは勤務先会社の責任だと思いますので,会社にはきちんと補償をして欲しいのですが何か良い方法はないでしょうか。
回答:
1.お父上の損害については,①労災申請(労災保険給付請求),②会社に対する損害賠償請求,③会社役員の個人責任追及,という3つの法的手段が考えられますが,本稿では,②と③を解説致します。会社に対し,安全配慮義務違反や不法行為に基づく損害賠償請求をすることになります。会社に資力がない場合,損害賠償請求を会社の役員等(以下,便宜上「取締役」といいます。)に対して請求することも可能です。会社の取締役に対しては,不法行為のほか任務懈怠(会社法429条1項)を理由に損害賠償請求することが考えられます。不法行為と安全配慮義務違反の違いや,会社の責任と取締役の責任の関係については,下記の解説をご覧ください。
2.労災に関する関連事例集参照。
解説:
1 安全配慮義務について
安全配慮義務とは,使用者またはそれに準ずる者が,労働者の労務提供の過程においてその生命・身体を危険から保護するように配慮すべき義務のことをいいます。いかなる場合に安全配慮義務が認められるかについては,判例により明らかにされてきました。昭和50年2月25日判決は,安全配慮義務を「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」としています。
こうした判例を受けて,労働契約法は5条で「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」と定めています。同条は,労働契約においては,安全配慮義務に関して,特に根拠規定を置かなくても,当然に生じることを示しています。
安全配慮義務の具体的内容については,労働者の職種,労務内容,労務提供場所等によって異なってきますので,会社に対して安全配慮義務違反の責任追及をする際には,労働者の側で義務の内容を特定する必要があります。
2 不法行為と安全配慮義務違反の違い
不法行為と安全配慮義違反は法律構成(根拠条文)が異なります。
不法行為については,民法709条に定めがあり,同条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。
安全配慮義務違反については,使用者が,労働者に対し,労働契約上生じる安全配慮義務という債務に不履行があった場合を意味するので,条文上は債務不履行に基づく損害賠償請求となります(民法415条)。
両者の法律構成の違いから,以下の点で差異が生じます。
1点目は,時効期間です。不法行為による損害賠償請求権は3年で時効消滅します(民法724条)。これに対し,債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効期間は10年です(民法167条1項)。
2点目は,故意・過失の立証責任の所在です。不法行為については,損害賠償を請求する労働者側が故意・過失の立証責任を負います。これに対し,債務不履行については,使用者側が故意・過失その他帰責性の存在しないことを立証する必要があります。もっとも,故意過失がないことを立証することは不可能ですから,労働者側で安全配慮義務の内容を特定し,そのうえ該当する義務違反の事実を主張し,ある程度は立証する責任を負うので,過失の立証が不要といってもその影響はそれほど大きいとはいえません。
3点目は遅延損害金の発生時期です。不法行為の場合,事故日から発生しますが,安全配慮義務違反の場合は請求がなされた翌日から発生します。
4点目は遺族固有の慰謝料請求の可否です。労働者が死亡した場合の遺族固有の慰謝料請求は不法行為の場合には認められます(民法711条)が,安全配慮義務違反の場合には認められません。
以上のように,不法行為と安全配慮義務については根拠条文が異なることで様々な差異がありますが,両構成で主張・立証すべき内容は重なり合う部分が多いため実務上は両構成がともに主張されることが多いです。
3 会社の責任と取締役の責任の違い
勤務先が会社の場合,労働者と労働契約を締結している主体は法人である会社であり,取締役と労働者との間には直接の契約関係はありません。今まで述べてきた安全配慮義務は,会社が労働者に対し負っている労働契約上の義務であり,取締役は労働者に対し直接契約上の義務を負う立場にはないといえます。
このような労働者との契約関係の有無という違いから,取締役に対する責任追及については,会社に対する責任追及の場合と主張・立証すべき内容に若干の違いが生じます。
4 取締役に対する責任追及について
(1)不法行為と任務懈怠構成の違いについて
そもそも,取締役は,労働者との関係では何ら契約責任を負う立場にはないことから,不法行為の要件を満たさない限り,労働者から取締役に対して損害賠償請求をできないはずです。しかし,会社法429条1項は,「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と定め,役員等(以下,説明の便宜上「役員等」を取締役に限定して解説します。)の会社に対する任務懈怠により第三者に損害が生じた場合には,第三者に対する不法行為を考慮することなく取締役の賠償責任を認めています。
同条項の趣旨については,最高裁判所昭和44年11月26日判決が参考になるので該当箇所を引用します。
「法は,株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること,しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して,第三者保護の立場から,取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し,これによつて第三者に損害を被らせたときは,取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり,会社がこれによつて損害を被つた結果,ひいて第三者に損害を生じた場合であると,直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく,当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。」
上記判例は,旧商法下での取締役の任務懈怠による対第三者責任について判断を示したものですが,現在の会社法の下でも規定の理論的根拠は変わっておらず当然妥当します。引用した判旨における「右義務」とは,取締役の会社に対する善管注意義務及び忠実義務(会社法355条)のことを意味します。
上記判例の示すとおり,会社法429条1項は,第三者保護のために取締役に対する責任追及の範囲を広げた規定です。賠償の対象となる損害についても,直接第三者が損害を被った場合(直接損害)のみならず,会社が損害を被った結果,第三者に損害が生じた場合(間接損害)まで広く認めています。
以上述べてきたとおり,不法行為と任務懈怠構成の違いのポイントは,取締役に何について悪意・重過失や故意・過失が認められれば責任追及できるのかという点にあります。すなわち,不法行為構成においては,第三者に対する加害行為について,取締役に故意・過失が認められる必要があります。これに対し,任務懈怠構成においては,取締役の会社に対する任務懈怠について悪意・重過失が認められる必要があります。
取締役の責任の趣旨ですが,本来であれば取締役は機関として活動しており,活動の主体は法人である会社ですから責任を負わないのが原則です。所有と経営の分離から会社の運営は,所有者でなく委任を受けた経営者であることから,会社への忠実義務を果たし会社に法的利害関係を有する第三者まで保護して結果的に会社の公正な運営と第三者の利益調整を図ったものです。取締役は会社の規模が大きければ大きいほど経営に興味のない株主を生みその権限は巨大化集中しますからこのような規定が必要になります。従って,この責任は,法が認めた特別責任(不法行為の)という性格を有しています。この様な趣旨から,会社と取締役の責任が併存することは理論的に当然と言えるでしょう。個人経営会社であっても取締役は事実上会社を運営しているのですから責任が併存することになります。
(2)取締役の任務懈怠責任を認めた参考裁判例
(1)労働者から,会社のみならず取締役に対しても責任を追及し,取締役の損害賠償責任も認められた裁判例として京都地方裁判所平成22年5月25日判決があります。
同裁判例は,飲食店経営等を業とするY社(被告会社)に入社し,調理場で勤務していたXが急性左心機能不全により死亡したことにつき,Xの両親が,Xの死亡の原因は,Y社での長時間労働にあると主張して,Y社に対しては不法行為又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を求め,Y社の取締役らに対しては不法行為又は任務懈怠に基づき損害賠償を求めたという事案です。
同裁判例では,会社,取締役のいずれの損害賠償責任も認める判決が出されました。取締役らの責任について判断を示した箇所を引用します。
「会社法429条1項は,株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ,取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には,第三者を保護するために,法律上特別に取締役に課した責任であるところ,労使関係は企業経営について不可欠なものであり,取締役は,会社に対する善管注意義務として,会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮すべき義務を負い,それを懈怠して労働者に損害を与えた場合には同条項の責任を負うと解するのが相当である。
被告会社においては,前記認定の被告会社の組織体制からすると,勤務時間を管理すべき部署は,管理本部の人事管理部及び店舗本部であったということができ,a店については,そのほか,店舗本部の第一支社及びその下部の組織もそれにあたるといえる。
したがって,人事管理部の上部組織である管理本部長であった被告Fや,店舗本部長であった被告D,店舗本部の下部組織である第一支社長であった被告Eも,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたといえる。また,被告Cは,被告会社の代表取締役であり,経営者として,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたということができる。
しかるに,被告会社では,時間外労働として1か月100時間,それを6か月にわたって許容する三六協定を締結しているところ,1か月100時間というのは,前記1(6)のとおり,厚生労働省の基準で定める業務と発症との関連性が強いと評価できるほどの長時間労働であることなどからすると,労働者の労働状態について配慮していたものとは全く認められない。また,被告会社の給与体系として,前記1(3)アのとおりの定めをしており,基本給の中に,時間外労働80時間分が組み込まれているなど,到底,被告会社において,労働者の生命・健康に配慮し,労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制をとっていたものとはいえない。
確かに,被告会社のような大企業においては,被告取締役らが個別具体的な店舗労働者の勤務時間を逐一把握することは不可能であるが,被告会社として,前記のような三六協定を締結し,給与体系を取っており,これらの協定や給与体系は被告会社の基本的な決定事項であるから,被告取締役らにおいて承認していたことは明らかであるといえる。そして,このような三六協定や給与体系の下では,当然に,Gのように,恒常的に長時間労働をする者が多数出現することを前提としていたものといわざるを得ない。
そうすると,被告取締役らにおいて,労働時間が過重にならないよう適切な体制をとらなかっただけでなく,前記1(6)の基準からして,一見して不合理であることが明らかな体制をとっていたのであり,それに基づいて労働者が就労していることを十分に認識し得たのであるから,被告取締役らは,悪意又は重大な過失により,そのような体制をとっていたということができ,任務懈怠があったことは明らかである。そして,その結果,Gの死亡という結果を招いたのであるから,会社法429条1項に基づき,被告取締役らは責任を負う。
なお,被告取締役らは,被告会社の規模や体制等からして,直接,Gの労働時間を把握・管理する立場ではなく,日ごろの長時間労働から判断して休憩,休日を取らせるなど具体的な措置をとる義務があったとは認められないため,民法709条の不法行為上の責任を負うとはいえない。」
引用した判旨は,会社法429条1項の趣旨について冒頭で述べ,その後は,任務懈怠の対象となる当該事案での取締役らの「任務」を具体的に確定したうえで,任務懈怠と悪意・重過失を認定しています。
引用文中の「前記1(6)」とは,脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定に関する厚生労働省の基準を指しています。過労死の労災認定は,この基準に従って行われていますが,労働者の使用者に対する損害賠償請求訴訟においても,実務上はこの基準が参考とされています。安全配慮義務違反について争いとなった近年の裁判例を概観すると,1ヶ月80時間を超える時間外労働が恒常的に行われているような事案では,多くの場合,会社の安全配慮義務違反が認められています。会社の安全配慮義務違反が認められれば,直ちに取締役の任務懈怠が認められる関係にはありませんが,上記判旨の示すとおり,取締役らが,恒常的に長時間労働をする者が多数出現することを前提とするような体制をとっていたといえるような場合には,取締役にも任務懈怠が認められることになります。
(2)上記裁判例では,取締役の任務懈怠に基づく損害賠償責任は認めたものの,会社の規模等を考慮して,取締役らが労働者個人の労働時間等を判断して具体的な措置をとる義務がないことを理由に不法行為を否定しました。
しかし,上記裁判例の控訴審である大阪高等裁判所平成23年5月25日判決では,以下のとおり述べて任務懈怠のみならず不法行為責任についても認めています。
「当裁判所は,控訴人会社の安全配慮義務違反の内容として給与体系や三六協定の状況のみを取上げているものではなく,控訴人会社の労働者の至高の法益である生命・健康の重大さに鑑みて,これにより高い価値を置くべきであると考慮するものであって,控訴人会社において現実に全社的かつ恒常的に存在していた社員の長時間労働について,これを抑制する措置がとられていなかったことをもって安全配慮義務違反と判断しており,控訴人取締役らの責任についても,現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず,控訴人会社にこれを放置させ是正させるための措置を取らせていなかったことをもって善管注意義務違反があると判断するものであるから,控訴人取締役らの責任を否定する上記の控訴人らの主張は失当である。なお,不法行為責任についても同断である。
控訴人戊田は管理本部長,控訴人丙川は店舗本部長,控訴人丁原は支社長であって,業務執行全般を行う代表取締役ではないものの,一郎の勤務実態を容易に認識しうる立場にあるのであるから,控訴人会社の労働者の極めて重大な法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し,長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは明らかであり,この点の義務懈怠において悪意又は重過失が認められる。そして,控訴人乙山は代表取締役であり,自ら業務執行全般を担当する権限がある上,仮に過重労働の抑制等の事項については他の控訴人らに任せていたとしても,それによって自らの注意義務を免れることができないことは明らかである(最高裁昭和39年(オ)第1175号同44年11月26日大法廷判決・民集23巻11号2150頁参照)。また,人件費が営業費用の大きな部分を占める外食産業においては,会社で稼働する労働者をいかに有効に活用し,その持てる力を最大限に引き出していくかという点が経営における最大の関心事の一つになっていると考えられるところ,自社の労働者の勤務実態について控訴人取締役らが極めて深い関心を寄せるであろうことは当然のことであって,責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し,長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり,この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお,不法行為責任についても同断である。」
第1審では否定された不法行為が控訴審では認められた理由については,上記判旨のとおり,「労働者の至高の法益である生命・健康」を損なうような体制を漫然と放置し,結果として労働者を死に至らしめた点に違法な加害行為を認めたものと解されます。確かに第1審判決が述べるとおり,取締役に個別の労働者の労働時間管理までの義務は認められないとしても,労務管理について適切な措置をとるべき取締役が生命を損なう程の長時間労働を課すような体制を放置することは,個別の労働者との関係で違法行為となりうるといえるでしょう。
5 ご相談の件の検討
ご相談の件では,長時間労働が原因かと思いますが,労災認定もされているようですので,会社に対する責任追及が認められる可能性は十分にあるかと思います。
取締役への責任追及については,会社が労働時間管理についてどのような体制をとっていたのかが重要になります。
責任追及にあたっては,会社の就業規則や労使協定を確認し,必要があれば労災認定の際に作成される復命書の開示を求める等の準備をする必要があります。
資料の検討については,専門家の助言を受けたほうがよいかと思いますので,お近くの法律事務所にご相談されることをおすすめいたします。
以上