新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1391、2012/12/20 14:49 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【親族・有責配偶者からの婚姻費用請求・東京家庭裁判所・平成20年7月31日審判・福岡高等裁判所宮崎支部・平成17年3月15日決定】

質問:私は夫と結婚して8年になりますが,結婚生活中,夫から言葉の暴力やセックスレスなどに悩み,離婚したいと思うようになりました。そのような中,友人の男性に悩みを聞いてもらっているうちに,いわゆる不貞関係になってしまいました。夫から離婚を突きつけられ,とりあえず別居することになりました。子供はいません。相手の男性とは別れました。私はずっと専業主婦だったので,別居後に生活費に困り,弁護士に相談したところ,婚姻費用というものが請求できると聞きました。そこで家庭裁判所で婚姻費用の分担調停をしているのですが,夫は,有責配偶者の婚姻費用請求は権利の濫用であるから一円も支払わない,と主張しているようです。確かに不貞行為はしてしまいましたが,そうなったのも夫婦関係が冷え切っていたからであり,納得できない面もあります。私は婚姻費用はもらえないのでしょうか。

回答:
1.ご相談のような場合は,婚姻費用の請求は認められると考えられます。
2.有責配偶者からの婚姻費用分担の請求は,権利の濫用として許されないという裁判例が複数あることは事実です。ただし,権利の濫用となる場合は,有責性の程度が重く,婚姻費用の分担を命じるのが明らかに公平に反するような場合に限定されています。あきらめずに調停を続けるべきでしょう。
3.関連事例集論文1280番、1193番、1168番、1132番、1056番、1043番、983番、981番、790番、684番、427番、345番参照。


解説:
1 婚姻費用とは,夫婦と未成熟子によって構成される婚姻家族が,その資産,収入,社会的地位に応じた通常の社会生活を維持するのに必要な費用のこと(民法760条)であり,基本的な生活費をさします。夫婦の間に未成熟子がいれば,未成熟子の養育費もこれに含まれます。

2 その算定は,「資産,収入その他一切の事情を考慮して」算定すべきものとされています(民法760条)。しかし現在では,夫婦の収入状況,子の年齢と人数,この3点を要素として,婚姻費用を簡易に算定する方法が実務上定着しています。当事務所のホームページでも計算できますので参照してください。

https://www.shinginza.com/rikon/youikuhi.htm

3 上記のように,法律上婚姻関係が継続している以上,婚姻費用の支払い義務があるのが原則ですが,婚姻費用が,夫婦の相互扶助義務を根拠にしている以上,夫婦の協力関係を自ら破壊するような配偶者について,扶助を認めることが信義誠実の原則に照らして妥当でない場合もあります。
  この問題について,福岡高等裁判所宮ア支部平成17年決定は,「不貞関係の維持継続により婚姻関係が破綻したものというべきであり,これにつき相手方は,有責配偶者であり,その相手方が婚姻関係が破綻したものとして抗告人に対して離婚訴訟を提起して離婚を求めるということは,一組の男女の永続的な精神的,経済的及び性的な紐帯である婚姻共同生活体が崩壊し,最早,夫婦間の具体的同居協力扶助の義務が喪失したことを自認することに他ならないのであるから,このような相手方から抗告人に対して,婚姻費用の分担を求めることは信義則に照らして許されない」と判断しています。
  また,東京家庭裁判所平成20年決定は,「別居の原因は主として申立人である妻の不貞行為にあるというべきところ,申立人は別居を強行し別居生活が継続しているのであって,このような場合にあっては,申立人は,自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず,ただ同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるものと解するのが相当である」と判断しています。

4 上記裁判例,特に東京家庭裁判所平成20年は,実務上婚姻費用分担の調停や審判において,主張において引用されることが多い事件です。この裁判例から,「不貞行為を行った配偶者からの婚姻費用分担請求は認められない」という主張はもちろん,例えば,家事をしないとか,性格の不一致などの事情までも取りざたされ,「法律上婚姻関係が継続していても,婚姻費用請求が権利の濫用として許されないことがある」という考え方に結び付けている主張が,実際の調停や審判の場では多く見られます。

5 しかし当然ながら,そのような単純な考え方が採用されることはありません。上記東京の裁判例では,請求が認められなかった申立人は,不貞の相手と同居していました。このことは,不貞行為の継続,さらには,不貞相手から何らかの経済的援助を受けていることを推認させる事情です。つまり,配偶者の生活を経済的に保持しなければならない事情が減殺されているといえるのです。

6 本件の場合,不貞行為を認めている場合も,それだけでは離婚の有責配偶者とは言えないでしょう。不貞の相手方と生活するために夫が反対するにもかかわらず別居をしてしまった,あるいは不貞を継続するために別居をした,という場合と夫から別居を強制されたという場合では結論が異なることになります。まずは,別居に至る経緯(やり直すために別居の期間を設けたというような事情があれば裁判所に説明すべきです)。
  また,不貞行為の違法性自体を争うべきでしょう。配偶者以外の男性と肉体関係を持った場合でも,その時点で婚姻関係が実質的に破綻していると認められる場合には,保護すべき法的利益がなく,不法行為は成立しないという理論も,判例上確立されているといえます。ただし,この破綻は客観的事情から認められることが必要であり,代表的なものが長期間の別居です。本件では,別居期間が短く,実質的破綻を認めてもらうのは困難ではあります。また不貞に至った経緯や事情についても具体的な事情によっては違法とは言えない場合や,違法性の程度が低いと言える場合もあるでしょう。
  いずれにしろ,有責配偶者からの離婚請求の問題と婚姻費用請求の問題は次元を異にする問題ですから,離婚請求が認められないような場合すべて婚姻費用の請求は認められないというような論理は成り立ちません。あなたの不貞行為は一回的であり,継続性がないのですから,あなたが不貞関係を継続する目的で別居をしたなどというな事情がない限りはあきらめずに,婚姻費用請求を続けるべきであると考えます。ご自身での請求が難しい場合には,弁護士を依頼することを検討されると良いでしょう。

《参照条文》

民法
第七百六十条  夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。

《参考判例》

福岡高等裁判所宮崎支部 平成17年3月15日決定
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(相手方の不貞)
 本件抗告事件記録により認められる基本的事実によれば,相手方がFと不貞に及んでこれを維持継続したことを有に推認することができる。
2 争点(2)(相手方の婚姻費用分担請求権の存否)
 上記によれば,相手方は,Fと不貞に及び,これを維持継続したことにより本件婚姻関係が破綻したものというべきであり,これにつき相手方は,有責配偶者であり,その相手方が婚姻関係が破綻したものとして抗告人に対して離婚訴訟を提起して離婚を求めるということは,一組の男女の永続的な精神的,経済的及び性的な紐帯である婚姻共同生活体が崩壊し,最早,夫婦間の具体的同居協力扶助の義務が喪失したことを自認することに他ならないのであるから,このような相手方から抗告人に対して,婚姻費用の分担を求めることは信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。

東京家庭裁判所 平成20年7月31日審判
 以上によれば,別居の原因は主として申立人である妻の不貞行為にあるというべきところ,申立人は別居を強行し別居生活が継続しているのであって,このような場合にあっては,申立人は,自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず,ただ同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるものと解するのが相当である。
3 未成年の子の実質的監護費用額を算定するに当たっては,申立人と相手方の総収入を元に,公租公課を税法等で理論的に算出される標準的な割合により算出し,職業費及び特別経費を統計資料に基づいて推計された標準的な割合により算出してそれぞれ控除して基礎収入の額を定め,その上で,相手方と子が同居しているものと仮定すれば子のために充てられていたはずの生活費の額を生活保護基準及び養育費に関する統計から導き出される標準的な生活費指数によって算出し,これを申立人と相手方の基礎収入割合で按分し,相手方の分担額を算出するのが相当である。


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