電車内トラブルにおけるカッターナイフ示威行為と刑事責任

【刑事|暴力行為等処罰法違反|前科がつかない方法|示談における宥恕条項|不起訴処分】

質問

 先日、会社からの帰宅途中、満員電車に乗っていたところ、私の前の座席に座っていた乗客が、隣の座席にリュックサックを置き、二席分を占有していました。車内は混雑しており、立っている乗客も多かったため、私は、これをマナー違反だと感じ、「そのリュックサックをどけてください。」と声をかけました。

 すると、相手は、「お前にそんなことを言われる筋合いはない。」などと強い口調で言い返し、私に詰め寄ってきました。その態度と言動に私も腹を立て、双方の間で口論となりました。相手は、その後も一切非を認めようとせず、強い態度を取り続けたため、私は、次第に感情的になり、冷静さを失ってしまいました。

 その結果、衝動的に、たまたまカバンの中に入っていたカッターナイフを取り出し、刃を収納した状態のまま相手に示し、「ただじゃおかないぞ。」などと怒鳴ってしまいました。これを目撃していた周囲の乗客により、私は、取り押さえられ、その後、駅員を通じて警察官に引き渡され、暴力行為等処罰に関する法律違反の容疑で逮捕されました。

 現在は、処分保留のまま釈放されていますが、私の仕事は、海外出張が多く、前科が付くことは何としても避けたいと考えています。今回の件について、前科を回避するために取り得る方法はないでしょうか。

回答

 暴力行為等処罰に関する法律違反の容疑ということですが、(以下「暴力行為等処罰法」といいます。)同法は、大正期における集団的・示威的な暴力行為が社会問題化していた状況に対処するために、刑法に規定された暴行罪、脅迫罪に該当する行為が集団的・示威的に行われた場合を重く罰するために制定された法律です。もっとも、現在においても、集団性、常習性又は凶器性を伴う社会的危険性の高い行為について、刑法(一般法)よりも重い処罰を科す特別法として重要な役割を果たしています。

 暴力行為等処罰法1条は、行為自体が刑法上の暴行罪、脅迫罪又は器物損壊罪に該当する場合で、それが団体又は多衆の威力を背景として行われた場合や、凶器を示して行われた場合等には、同法が適用される旨を定めています。もっとも、実務では証拠等の関係で同法が適用される場合でも、単に暴行罪や脅迫罪として立件起訴される場合もありますから、必ずしも同法が適用されるということではありません。

 そこで、本件では、まず、前提として、脅迫罪(刑法222条1項)の成否が問題となります。脅迫罪は、生命、身体、自由、名誉又は財産に対する害悪を告知して人を畏怖させるに足りる行為があれば成立し、実際に相手が畏怖したかどうかは問われません。相談者様は、満員電車内で興奮して「ただじゃおかないぞ。」と怒鳴っただけでなく、収納した状態とはいえ、カッターナイフを示しあたかも、カッターナイフで切りつけるかの如く行動しており、身体に対する害悪の告知として、脅迫罪が成立すると考えられます。

 次に、暴力行為等処罰法1条にいう「兇器ヲ示シ」た場合に該当するかが問題となります。同条にいう「兇器」とは、人の生命又は身体を害し得る器具をいいますが、「示シ」たというためには、同法の趣旨に照らせば、単に兇器を所持しているだけでは足りず、兇器の存在が相手に認識され、それによって威迫の程度が現実に高められていることが必要であると考えられます。

 本件で示されたカッターナイフは、刃が収納されており、外観上、直ちに人の身体に危害を加え得る状態とは認識されにくいものでした。また、振り回したり、相手に突き付けたりする行為も認められません。これらの事情を総合すると、兇器の存在を背景として威力を示したとまでは評価できず、暴力行為等処罰法違反までは成立しない可能性もあると考えられます。

 処分の見通しとしては、暴力行為等処罰法違反が成立する場合には、示談が成立しない限り、罰金刑が科され、前科が付く可能性が高いといえます。これに対し、脅迫罪にとどまる場合には、前科・前歴のない初犯であれば、示談が成立しなかったとしても、起訴猶予として不起訴処分となる余地があります。

 いずれの罪名が問題となる場合であっても、示談の成否は処分を大きく左右します。示談によって被害者の処罰感情が解消され、示談書に宥恕条項が明記されていれば、検察官が不起訴処分を選択する方向に強く作用します。本件のように、電車内でのトラブルという偶発的な事案であっても、被害者を特定して示談を成立させることができれば、不起訴処分を得られる可能性は大きく高まります。

解説

1 暴力行為等処罰に関する法律違反の概要

 ⑴ 暴力行為等処罰に関する法律(以下「暴力行為等処罰法」といいます。)は、元々、大正期における深刻な社会不安、具体的には、暴力団等による集団的な暴力行為や示威行動が頻発していた状況に対処するために制定された法律です。このような立法経緯からも明らかなとおり、同法は、単なる個人的なトラブルにとどまらず、周囲に強い威圧感や萎縮効果を与え、社会秩序を害するおそれのある暴力行為を特に重く評価する趣旨を有するものです。

   もっとも、暴力行為等処罰法は、過去の社会状況にのみ対応するための法律ではなく、現在においても、複数人による威迫行為、凶器を用いた威迫行為、さらには常習的に行われる暴力行為等、社会的危険性の高い暴力行為を対象として、引き続き適用されています。この点からすれば、同法は、現代社会においても、依然として重要な役割を果たしている法律であるといえます。

 ⑵ 暴力行為等処罰法は、集団性、常習性又は凶器性を伴う暴力行為について、通常の刑法による処罰では十分とはいえない場合に、これをより重く処罰することを目的とした特別法と位置付けられます。刑法が主として個別具体的な犯罪行為を処罰対象としているのに対し、暴力行為等処罰法は、その行為態様や背景事情に着目し、社会全体に与える影響の大きさを考慮して処罰を加重する点に特徴があります。

   とりわけ、暴力行為等処罰法1条は、「団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ、団体若ハ多衆ヲ仮装シテ威力ヲ示シ、又ハ兇器ヲ示シ、若ハ数人共同シテ刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百八条、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル者ハ、三年以下ノ拘禁刑又ハ三十万円以下ノ罰金ニ処ス」と規定しています。

   すなわち、同条は、行為それ自体が刑法上の暴行罪、脅迫罪又は器物損壊罪に該当する場合であっても、その行為が、団体や多衆の威力を背景として行われた場合、凶器を示して行われた場合、又は、複数人が共同して行われた場合には、刑法ではなく、暴力行為等処罰法が適用されることを予定しています。そして、この場合には、刑法に基づく処罰よりも重い法定刑が科されることとなり、社会的危険性の高い態様の暴力行為を特に強く抑止しようとする同法の立法目的が反映されています。

2 本件において成立する犯罪

 ⑴ 上記のとおり、暴力行為等処罰法1条が「刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百八条、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル」こと、すなわち、暴行罪(刑法208条)、脅迫罪(刑法222条)、器物破損等罪(刑法261条)が成立することを前提としていることから、本件では、まず、脅迫罪(刑法222条1項)の成否について検討していきます。

   脅迫罪は、個人の意思決定の自由を保護法益とし、生命、身体、自由、名誉又は財産に対して害を与える旨を告知して人を脅迫した場合に成立します。

   この「害悪の告知」は、一般に人を畏怖させるに足りる程度のものであることを要し、これに該当するかどうかは、相手の年齢、性別、職業等の属性や、加害者と相手との人間関係等の具体的事情を踏まえ、周囲の客観的状況に照らして判断すべきものとされています(最高裁昭和29年6月8日判決参照)。

   また、脅迫罪は、いわゆる抽象的危険犯と解されており、害悪の告知が相手に伝達された時点で既遂に達し、相手がその告知によって現実に畏怖したか否かは問われないとされています(大審院明治43年11月15日判決参照)。

   本件では、相談者様は、刃を収納した状態であったとはいえ、カッターナイフを示しながら、「ただじゃおかないぞ。」と怒鳴り、身体に対する害悪を告知しており、その言動は、一般に人を畏怖させるに足りる程度のものであると評価できるため、相談者様に脅迫罪が成立することは争い難いと考えられます。

 ⑵ 次に、本件が暴力行為等処罰法1条にいう「兇器ヲ示シ」て刑法222条1項の罪を犯した場合に該当するかについて検討していきます。

   暴力行為等処罰法1条にいう「兇器」とは、人の生命又は身体を害することができ、相手に殺傷の危険を感得させる器具をいいます。銃砲や刀剣のように、本来の性質上、人を殺傷する目的で作られた器具に限られず、本件で用いられたカッターナイフのように、その用法次第で人を殺傷し得る器具も、これに含まれます。

   もっとも、上記のとおり、暴力行為等処罰法が社会的危険性の高い態様の暴力行為を特に重く処罰する趣旨の法律であることに鑑みれば、兇器を「示シ」たといえるためには、兇器の存在が相手に認識され、そのことによって威迫の程度が現実に高められていることが必要であると考えられます。

   本件では、相談者様が示したカッターナイフは、刃を収納した状態にあり、刃先が露出していませんでした。このような状態のカッターナイフは、外観上、直ちに人の身体に危害を加え得る状態にあるとは認識されにくく、通常の刃物と比較すると、威迫の程度は相対的に低いものと評価され得ます。加えて、相談者様の行為態様も、カッターナイフを振り回したり、相手に突き付けたりするものではなく、刃を示して直接的に危害を示唆する行為も認められません。

   このような事情を踏まえると、相談者様の行為は、兇器の存在を背景として威力を示したものであるとまでは評価できず、単なる所持又は付随的な存在にとどまり、暴力行為等処罰法違反までは成立しない可能性があると考えられます。

 ⑶ 以上の法的評価を踏まえ、処分の見通しについて説明します。

   暴力行為等処罰法違反が成立する場合には、たとえ前科・前歴のない初犯であったとしても、社会的危険性の高い態様の暴力行為と評価されることから、示談が成立しない限り、罰金刑が科され、前科が付く可能性が高いといえます。

   これに対し、脅迫罪が成立するにとどまる場合には、前科・前歴がない初犯であれば、仮に示談が成立しなかったとしても、起訴猶予として不起訴処分となり、前科が付かないで済む可能性も一定程度存在するといえます。

   このように、成立する犯罪の如何によって処分の見通しは大きく異なるため、少なくとも、担当検察官に対しては、本件について暴力行為等処罰法1条にいう「兇器ヲ示シ」たものとは認められないとの主張を行うべきでしょう。

3 示談の重要性

  不起訴処分を獲得できれば、前科が付かず、社会的信用の喪失や将来の影響を回避することが可能となるため、弁護人にとっても、如何にして不起訴処分に導くかが最も重要な課題の一つとなります。そして、そのための有効な手段が示談を成立させることです。

  そもそも、示談とは、加害者(被疑者)と被害者との間で、損害賠償や謝罪の方法等について合意し、事件に関する民事的な問題を解決することをいいます。

  実務上は、示談の成立を明確にするため、示談書を作成するのが通常ですが、その際には、宥恕条項を盛り込むことが極めて重要です。宥恕条項とは、被害者が加害者を「許す」、「処罰を求めない」といった意思を明確に表明する条項であり、これが示談書に明示されている場合には、検察官としては、被害者の処罰感情が既に解消されているものと評価しやすく、不起訴処分を選択する方向に大きく作用します。

  暴力行為等処罰法違反については、その立法経緯に照らし、社会の平穏や公共の秩序といった社会的法益を主たる保護法益とするものと解されており、形式的には特定の被害者を観念しにくい側面があります。しかしながら、実務においては、暴力行為の対象となった特定の人物が存在する場合には、その具体的な被害状況を踏まえ、当該人物を被害者と位置付けて処理する運用が一般的に行われています。

  したがって、本件においても、電車内でトラブルの相手方となった人物を被害者として扱い、示談を成立させることにより、検察官による不起訴処分の可能性を高めることが可能です。特に、示談書の中に宥恕条項が明確に盛り込まれていれば、検察官に不起訴処分の判断を促す決定的な資料となり得ます。

  なお、本件では、被害者が電車内で偶然遭遇した人物ということで、連絡先等が不明と考えられますが、捜査機関は被害者の調書を取っているでしょうから、被害者の連絡先等を捜査機関に聞いてみることが可能です。ただし、捜査機関とすると、示談交渉とは言え本人同士ではさらに問題が生じることがありますので、弁護士を弁護人に選任し弁護士通じて、捜査機関にあ被害者を確認してもらうのが良いでしょう。その場合も被害者の了承が必要ですから、すぐに教えてもらえないこともありますから、早めに弁護士に相談したほうが良いでしょう。

以上

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参考条文

【刑法】

第222条(脅迫)

1 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

【暴力行為等処罰ニ関スル法律】

第1条

 団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ、団体若ハ多衆ヲ仮装シテ威力ヲ示シ又ハ兇器ヲ示シ若ハ数人共同シテ刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百八条、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル者ハ三年以下ノ拘禁刑又ハ三十万円以下ノ罰金ニ処ス

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