新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1217、2012/1/19 11:11 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・借家契約と造作買取請求権・最高裁昭和29年3月11日判決】

質問:私は借家を事務所として賃貸していましたが,借家人から飲食店に改装したいので承諾してくれないかと要請され,気楽に承諾をしました。その後,借家人はカウンターや調理台,食器棚などの設備を設置し飲食店を開業していました。その後,借家契約の期間が終了しましたので,借家人は本件借家を明け渡すことになりました。その際,借家人は本件借家の造作を買い取るように要求してきました。買い取らないといけないのでしょうか?なお,借家契約には,特約として,造作買い取り請求権の行使を認めない旨を記載しております。

回答:
1 カウンターや調理台等の設備は,借家と一体となっているとは言えず独立性があり,賃借人の所有に帰属しており,また,借家の客観的な便益の向上にもつながると思われますので,造作買取請求権が認められるための,3つの要件を充足していると考えられ,借家人の造作買取請求権の行使は適法なものと考えられます。
2 しかし,造作買取請求権の行使を認めない旨の特約があるということですから,特約の効力が問題となります。この点については,本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期によって結論が異なります。本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期が,平成4年8月1日よりも前であれば,旧借家法が適用されますので,本件特約は無効です。よって,造作を買い取らなければなりません。本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期が,平成4年8月1日以降であれば,新しく制定された借地借家法が適用されますので,本件特約は有効です。よって,造作を買い取る必要はありません。
3 なお買い取る場合の価格ですが,時価と定められていますから,造作買取請求がなされた時点の評価額を求めることになりますが,設置の時点の価格を減価償却して算定することも可能と考えられます。
4 形成権に関連して当事務所事例集検索:807番812番814番821番900番986番1096番法の支配と民事訴訟実務入門,各論8,遺留分減殺請求を自分でやる。形成権の性質,根拠参照。

解説:
1 (造作買取請求権について)

(1)借家法,借地借家法において,建物賃借人が賃貸人の同意を得て建物に付加した畳,建具その他の造作や賃貸人から買い受けた造作がある場合,賃借人は賃貸借終了にあたり造作を時価で買い取ることを請求する権利があります(借家法5条,借地借家法33条)。これを造作買取請求権といいます。性質上形成権といわれるもので意思表示と同時に造作物を買い取るという契約が成立し請求権が発生します。単なる請求権ではなく,形成権とする理由は,買取請求権の性質に理由があります。すなわち,買い取り請求権は,後述のように賃貸借終了に伴い当然認められる権利ではなく,公平上例外的権利として認められており,意思表示をしなければ発生しないという構成になります。
 
  造作買取請求権の制度趣旨ですが,公平の観点から賃貸人と賃借人の利害調整のために認められています。原則から言えば,賃貸借契約が終了した以上,賃借人は,結果的に借家を現状に復して退去しなければならないはずです(民法616条,598条)。598条は,「収去できる」と規定していますが,収去しなければ(撤去して再利用しなければ),原状に復することは賃貸借契約から当然のことですから,本条は,権利と義務を双方規定していると解釈できます。しかし,借家人が賃借物に対して便益にかなう出費をした場合に,賃貸人に対して買い取りの請求を認めることにより,賃貸人の不当な利得の抑制を図り,賃借人が造作物を再利用することは事実上不可能なので,賃借人の投下資本を回収しやすくすることも公平上必要です。また,賃借目的物の価値の向上にもつながります。
  さらに,付加的理由として賃貸人に買い取る義務を認めて賃貸借契約の更新を容易にする効果も期待しています(旧借家法では賃借人保護のため強行規定となっています。借地借家法では借家状況が賃借人に有利になったこともあり強行規定を除いています。)ただ,賃貸人側の負担を調整するため,賃貸人の同意による付加を要件としています。
 造作買取請求権の要件は,@建物に付加した畳,建具その他の造作があること,A建物の賃貸人の同意を得ていること,又は,建物の賃貸人から買い受けた造作であること,B建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときです。

(2)(造作とは何か,その範囲) 
  この中で問題となるのは「造作」と言えるか否かの判断基準です。これは民法608条2項,有益費の返還請求の関係で問題となります。結論から言えば,建物に一体(構成部分となる)となっておらず(一体となると有益費の問題),かつ独立してもおらず(独立していれば賃借人のもので持ち去ればいいので問題にならない。),その中間的で建物に付加されて建物に客観的便益を与えているものです。性質上抽象的にしか定めることができません。

  判例において,「借家法五条にいわゆる造作とは,建物に附加せられた物件で,賃借人の所有に属し,かつ建物の使用に客観的便益を与えるものを云い,賃借人がその建物を特殊の目的に使用するため,特に附加した設備の如きを含まないと解すべき」と判示したものがあり(最高裁昭和29年3月11日判決民集8−3−672),学説においてもこの判断基準が通説とされています。つまり,借家に符合して一体となり分離できないようなものは賃貸人の所有に属してしまうので造作とはいえないが(この場合は有益費の問題となります。民法608条2項),逆に家具のように容易に取り外せて独立性が高いものは含まれないといえます。いわばその中間的なものです。しかし,具体的な判断は極めてむずかしいといえます。エアコンなどは天井や壁に組み込まれている場合は有益費となり,単に壁に設置されている場合は造作と考えられます。また,「客観的便益」に関しても,社会経済的な状況の変化により,その判断も時代,個人の価値観によってことなりますので,普遍的な基準を設定するのは難しいといえます。最終的には,前記の基準をもとに,個々具体的なケースごとに個別的に判断することになります。
 
  なお,参考として,過去の判例の具体例を指摘いたします。まず,判例上造作として認められたものとしては,店舗入り口の大戸ガラス表・陳列棚・表の夏戸・カウンター,レストラン用の調理台・レンジ・食器棚・空調・ボイラー・ダクト設備,水道施設・電灯引込線などがあげられます(最高裁昭和29年3月11日判決民集8−3−672,新潟地裁昭和62年5月26日判決判例タイムズ667−151,大審院昭和12年2月2日判決民集16−4−205)。判例上造作として認められなかったものとしては,屋根看板・袖看板・店の日よけ,別棟の建て増し家屋とその付属物件・門・囲障・庭木庭石などがあげられます(東京区裁判所大正14年3月6日判決法律新聞2380−6,横浜区裁判所大正11年9月18日法律新聞2077−5)。これらの判例はかなり古いものもあり,時代の変化の中で価値基準が推移しておりますので,現在の判断も全く同じものとなるとは言い切れません。また具体的な設置状況によっても結論は異なることになりますので,慎重な判断が必要といえます。

2 (造作買取請求権の行使を認めない旨の特約の効力について)
  旧借家法においては造作買取請求権については強行法規(賃借人に不利益な特約は無効となる。)とされていましたので,かかる特約は無効です。旧借家法時代に締結された契約については,今でも旧借家法が適用されますので,かかる特約は無効となります。賃借人保護を最優先したからです。
  借地借家法においては,この点が改正され,任意規定とされました。借家の賃貸事情が変化し(借家の増加等),賃借人の保護の程度についても柔軟性を持たせています。よって,平成4年8月1日以降の借家契約に関しては,かかる特約も有効です。これは賃貸人が造作の付加に同意することを慎重になることを防いで,賃借物の価値を増大させようとしたものです。
  旧借家法時代に締結された契約であっても,今後新たに施す造作に関しては,借地借家法が適用され,かかる特約も有効であると考えられています。造作を認めさせて賃借物の価値の向上を図ろうとした改正の趣旨からです。借地借家法施行よりも前に付加された造作に関しては旧借家法の規律,借地借家法施行後に新たに付加された造作に関しては借地借家法の規律に従うことになります。造作が付加された時期が問題となります。

3 (本件の検討)ご質問の事例を検討いたしますと,賃貸人の同意,賃貸借の終了の要件は満たしますので,本件では,飲食店のカウンターや調理台,食器棚などの設備が造作に当たるかが問題となります。これらの設備は,独立性があり,賃借人の所有に帰属しており,また,借家の客観的な便益の向上にもつながると思われますので,造作に該当すると考えられます。したがって,本件の場合,3つの要件を充足しますので,造作買取請求権は成立します。

  つぎに,造作買取請求権の行使を認めない旨の特約の効力が問題となります。これは,前述のとおり,本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期が問題となります。本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期が,平成4年8月1日よりも前であれば,借家法が適用されますので,本件特約は無効です。よって,造作を買い取らなければなりません。本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期が,平成4年8月1日以降であれば,借地借家法が適用されますので,本件特約は有効です。よって,造作を買い取る必要はありません。本件借家契約の締結された時期,及び,造作が付加された時期を調査する必要があります。

≪参照条文≫

借地借家法
(造作買取請求権)
第三十三条  建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳,建具その他の造作がある場合には,建物の賃借人は,建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに,建物の賃貸人に対し,その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても,同様とする。
2  前項の規定は,建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了する場合における建物の転借人と賃貸人との間について準用する。
(強行規定)
第三十七条  第三十一条,第三十四条及び第三十五条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは,無効とする。
(経過措置の原則)
第四条  この法律の規定は,この附則に特別の定めがある場合を除き,この法律の施行前に生じた事項にも適用する。ただし,附則第二条の規定による廃止前の建物保護に関する法律,借地法及び借家法の規定により生じた効力を妨げない。

借地法・・・借家法
第5条 賃貸人ノ同意ヲ得テ建物ニ附加シタル畳,建具其ノ他ノ造作アルトキハ賃借人ハ賃貸借終了ノ場合ニ於テ其ノ際ニ於ケル賃貸人ニ対シ時価ヲ以テ其ノ造作ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得
賃貸人ヨリ買受ケタル造作ニ付亦同シ
第6条 前7条ノ規定ニ反スル特約ニシテ賃借人ニ不利ナルモノハ之ヲ為ササルモノト看做ス

民法
(借主による収去)
第五百九十八条  借主は,借用物を原状に復して,これに附属させた物を収去することができる。
(使用貸借の規定の準用)
第六百十六条  第五百九十四条第一項,第五百九十七条第一項及び第五百九十八条の規定は,賃貸借について準用する。
(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条  賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
2  賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第百九十六条第二項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。

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