新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.807、2008/11/4 14:12 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事・相続・遺留分請求権・形成権・除斥期間】

質問:母が先月死亡して、相続人は私と兄の二人ですが、母が兄に相続財産の全部を相続させるとの公正証書遺言を作成していることを、兄から伝えられました。私はまったく財産を相続できないのでしょうか。できるとしたら、いつまでに何をすべきでしょうか。母の相続財産は、預金が4000万円です。

回答:
1.お母さんが亡くなられて相続が発生した場合、お兄さんは遺言どおり遺産を相続することになります。しかし、あなたは、お兄さんに対して自分の遺留分が侵害されていることを通知し、相続財産について法定相続分(2分の1)の2分の1(4の1になります)までの金額の請求をすることができます。
2.なお、このような通知(「遺留分減殺請求」といいます)は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から、1年間これを行わないときは、時効によって消滅するとされています。また、相続の開始の時から10年を経過したときも同じです(民法1042条)ので、注意が必要です。
3.手続きについては事務所ホームページ、法の支配と民事訴訟実務入門、各論8、遺留分減殺請求を自分でやる。形成権の性質、根拠。を参照してください。

解説:
1.遺留分とは、民法が相続人に対して、遺言などによっても侵害されない権利として保証した法定相続分の一定割合の財産です。近代国家の民法の下では、私有財産制から人は自由に自分の財産を処分することができるのが大原則です。そして、自分の死後の財産の処分についても、誰に対してもどのような内容でも相続財産を処分することは変わりありません。ただし、そのためには遺言を作成する必要があります。自分の死後のことになりますから、遺言と言う厳格な様式をそなえた書面で処分の方法を客観的に決めておく必要があることになっています。亡くなった人に、どのように処分するのか聞くことはできないからです。従って、ご相談の内容の公正証書遺言も有効なことは間違いありません。しかし、それでは法定相続人として定められた相続人の相続に対する期待を侵害し、生活を犠牲(生活権の保護)にするおそれもあります。相続財産を当てにするわけではありませんが、相続人の近親者が相続財産の形成に寄与している場合も現実に多く見受けられます。そこで、わが民法は、法定相続人に相続分の一定割合を遺言などによっても侵害されない権利として遺留分を認めて、不利な遺言をされた相続人の保護を図っているのです。すなわち私有財産制の例外規定です。

2.このような遺留分が認められている相続人は、被相続人の配偶者と子供、親です。兄弟姉妹には認められていません。遺留分は相続人の生活保障の要請から法が例外的に被相続人の財産処分の自由に制限を加えるものですから、その範囲は法定相続人全員ではなく、被相続人の財産関係に近い法定相続人までしか認められなかったのです。また、遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人であるときは、3分の1、その他の場合には、2分の1です(民法1028条)。従って、本件は後者のケースですので、法定相続分の2分の1までが遺留分として保証されています。よって、相続分が2分の1ですので、遺留分はさらにその2分の1となり、具体的には1000万円まで遺留分として保証されます。なお、相続財産が現金だけでない場合は、相続財産の算定が必要になりますが、遺留分の価額の算定時は相続開始時点です。遺留分は、相続の際の相続人の期待を保護しようとする制度ですから、相続時が基準となります。従って、不動産のよう価格が変動し、また価額の算定が問題となる遺産の場合には、相続開始時点を基準に評価をすることになります。

3.遺留分を主張するには、遺留分を侵害された人が、贈与や遺贈によって財産を取得した人に対して、返還の意思表示をする必要があります。これを遺留分減殺請求権といいます(民法1031条)。遺留分減殺請求権の法的性質は形成権といわれており、いったん減殺の意思表示がなされれば、法律上当然に減殺の効力が生じるとされています。効力が生じると言う意味は、直ちに請求する権利が生じると言うことです。本件で言えば、減殺請求の通知がお兄さんに届いた時点で、1000万円を支払えと言う権利(債権)があなたに生じるということです。また、減殺請求権の行使方法は、受贈者又は受遺者に対する意思表示によってすれば足り、必ずしも裁判上の請求による必要はありません(最判昭和41・7・14民集20・6・1183)。裁判上でなくとも権利主張の意思表示があれば、法が得に認めた利益享受の意思として十分だからです。なお、この遺留分減殺請求権は形成権といわれおり、権利行使の意思表示により権利が具体化します。通常の請求権、たとえば金銭債権は消費貸借、売買によるものでも行使の意思表示とは無関係に権利は存在します。どうしてこのような権利が存在するのかというと、法が特別に権利者の利益を保護するため(残された相続人の期待権、生活権)、私有財産制の例外(被相続人の推定的意思に反する)として認めたものであり、保護される権利者が自ら権利主張の意思表示をした時に認めるのが権利の性格上妥当だからです。本件では、お兄さんに対して、裁判上裁判外を問わず、遺留分の減殺請求の意思表示をして、1000万円の支払いを請求することになります。そして、この1000万円の支払い請求は具体的な権利として発生していますから、お兄さんが支払わなければ、地方裁判所に訴えを提起できることになります。家庭裁判所の遺産分割とは異なる手続きです(勿論相続に関することですから家事調停の申し立てはできますが、家庭裁判所で審判することはできません)。

4.なお、回答でも注意すべきことを説明しましたが、遺留分減殺請求権は、1年間の短期消滅時効にかかることに注意が必要です。すなわち、遺留分減殺請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から、1年間これを行わないときは、時効によって消滅するとされています。また、相続の開始の時から10年を経過したときも同じです(民法1042条)。したがって、1年以内に確実に遺留分減殺請求の意思表示をしたことを証明するために、前述の意思表示は内容証明郵便ですべきです。すでに説明したとおり、遺留分減殺請求は公平上法が特に認めた例外的権利であり、行われると当然に権利関係に変動が生じますから、遺留分を行使するのか否か期限を決めないと、権利関係が不安定になるために時間的な制限が課せられているのです。従って、時効期間とは異なる除斥期間(時効中断はありません)と解釈されています。

5.なお、相続の放棄は相続発生前に認められていませんが、遺留分は、相続開始前でも家庭裁判所の許可により放棄をすることが出来ます(民法1043条1項)。これは、相続権が被相続人の推定的意思に基づき死亡後の財産管理を規定した一般的(原則的)な規律であるのに対して、遺留分は法が例外的に特別に認めた規定(被相続人の推定的意思に反する私有財産制の例外的権利です)であるに過ぎないからです。現実には、遺留分を放棄させて、相続財産を生前に贈与するということは良く行われていることですし、その必要性を法が認めているのが遺留分の放棄です。

6.遺留分減殺請求の意思表示をしてもなんら対応をしてこない場合には、法的な手続きが必要になります。具体的な方法としては家事調停か訴訟の手続きをとることになります。管轄の家庭裁判所において、家事調停を起こし、調停委員をはさんで話し合いをすることもできます。話し合いが全く出来ない場合には、遺留分の金額の支払いを求めて、裁判所に訴えを提起することになります。遺産分割の調停の場合は、調停が不成立の場合は、申立人が取り下げない限り、家事審判といって、審判官と言う家庭裁判所の裁判官が審判する手続き自動的に移ります。しかし、遺留分減殺請求の場合は家事審判の手続きには移りません。これは、遺産分割は被相続人の推定的意思を推し量り相続に関するさまざまな事情を考慮して決める必要があるのに対し、遺留分減殺請求の場合は権利者の基本的に単なる金銭的請求であり、すでに請求した時点で金額、割合が決まっているため、相続人の間のさまざまな事情を考慮する必要がないためです。そこで、地方裁判所で訴訟(権利があるのかないのかを決める手続き)事件として判断されることになるのです。訴訟ですから貸金の返還請求の裁判と同じように請求の趣旨に支払いを求める金額を記載して、請求の原因に遺留分減殺請求の内容となる事実を具体的に記載することになります。

7.相手が遺留分減殺請求に任意に応じない場合は、このように訴訟が必要となりますが、判決までには時間がかかります。はじめに説明したとおり、遺言は遺留分を侵害していても有効ですから、遺留分減殺請求をしても、遺言書のとおり遺産を分割することは可能です。本件の場合で言えば、相続は生後あなたが遺留分減殺請求をしても、お兄さんは遺言書を金融機関に持っていけば、遺言書の通り預金を全部引き出すことができます。そこで、判決までにお兄さんが預金を引き出せないような手続きが必要となります。まず、相続財産の預金の金融機関が判明している場合には、その金融機関に対しても遺留分減殺請求をする旨の通知をすることも一つの方法です。金融機関は、遺言が正式に成立していると判断した場合、その者の請求に応じて遺言通りの払戻しをしますので、それを防ぐために相続人間で遺留分の紛争が生じていることを金融機関に通知しておけば、金融機関は調査をして、即時に預金の払戻しには応じない扱いをすることが多く、預金全額が相手方に渡ることを事実上防止することができます。しかし、これは法律で定められていることではなく、あくまで金融機関独自の事実上取扱いの問題ですので、金融機関によって対応は違いますし、必ずしも払戻しが止まるとまではいえません。該当する金融機関にお問い合わせをするとよいでしょう。また、当事者の名義だけで請求しても、あまくみて無視し交渉に応じないような場合もありますから、御心配であれば弁護士名での内容証明郵便をだすことをお勧めします。

8.しかし、このような方法は、絶対のものではありません。絶対に預金を引き出せないようにするためには、預金の仮差押の手続きが必要になります。仮差押の手続きについては、仮差押について当事務所のHPで詳しく説明していますので参考にしてください。保証金として2割程度の金員が必要になりますが、相手の相続人にほかに資産がない場合は、仮差押の手続きをすべきでしょう。この場合の仮差押の手続きは少し難しいので専門家に依頼したほうが良いと思いますが、もしご自分でしたいのであれば、債務者を相手方、第3債務者を預金のある銀行として、相続の発生、遺言書、遺留分減殺請求権の行使を主張することになります。資料としては、相続人と相続の発生がわかる戸籍謄本関係、遺言書、遺留分減殺請求の通知書、相続財産についての資料が必要になります。

9.なお、預金ついては分割債権として相続した時点で、各相続人が単独で法定相続分について預金の解約引き出しをすることが認められています。そうすると、自分の遺留分を保全するため、銀行から自分の法定相続分だけ先に引き出してしまうと言う方法が一番手っ取り早い方法と言えるでしょう。但し、相続分と違う遺言書がある場合に、その存在を知って相続分に相当する遺留分以上の預金を引き出すことが許されるのか疑問はあります。遺留分に相当する金額だけ引き出すことができれば良いのですが、金融機関がそのようことを認めるかは疑問が残ります。遺言書があることを説明すると金融機関は引き出しには応じないでしょう。このような点を考慮すると、遺留分以上の自分の相続分全額を一度引き出し、その旨相手に連絡してすぐに遺留分を超える金額を返済するのが良いと思われます。この点は、弁護士によっては違う見解もあるかもしれませんので、具体的に相談してください。

≪参照条文≫

民法1028条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、左の額を受ける。
1 直系尊属のみが相続人であるときは、被相続人の財産の3分の1
2 その他の場合には、被相続人の財産の2分の1
民法1031条 遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するに必要な限度で、遺贈及び前条に掲げる贈与の減殺を請求することができる。
民法1042条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から、1年間これを行わないときは、時効によって消滅する。相続の開始の時から10年を経過したときも、同様である。

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