質問
電気工事士として個人事業主(いわゆるひとり親方)として働いています。先日、新築ビルの内装工事に行ったところ、天井板が崩落してきて、腰骨を骨折する大けがをしてしまいました。内装工事が未完成で天井板の固定が十分為されていなかったのが周知されていませんでした。ひと月ほど入院し、完治するまで半年近く掛かるようで、しばらく仕事もできません。元請企業に補償を求めましたが、「あなたは当社とは契約関係が無いから対応できない。あなたの注文者と話し合って下さい。」と言われてしまいました。私に発注した会社(一次下請け企業)は零細企業であり補償能力が不十分です。建設現場には、元請企業の現場監督も居り、その指示に従って作業していました。現場の安全管理に落ち度があったと思っています。私は元請企業に補償を求めることはできないのでしょうか。
回答
1、あなたが孫請けとして工事現場の作業に参加しており、元請企業とあなたの間に直接の契約関係が無い場合に、あなたから元請企業に対して契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をすることができないことは、元請企業の担当者が説明している通りです。あなたが契約上の責任を追及できるのは、あなたの契約相手であり発注元である下請け企業です。
2、但し、現場を取り仕切る元請企業の安全配慮義務については平成3年4月11日最高裁判決があり、また、労働安全衛生法22条・57条に関する令和3年5月17日最高裁判決を受けて、令和8年4月1日から労働安全衛生法31条が改正されており、建設現場の安全性を監理監督する注文者(ゼネコン等元請企業)の孫請け一人親方などに対する安全配慮義務が明確化されております。
3、あなたから元請企業に対する請求は、元請企業との直接の契約関係に基づく民法415条の債務不履行責任ではなく、民法709条の不法行為責任、又は事案によっては民法717条の工作物責任を根拠とすることになります。もっとも、これは交通事故のように偶然その場に居合わせた者同士の一般不法行為とは異なります。元請企業が作業場所、設備、工程、安全管理等を実質的に支配管理し、作業従事者がその管理下で作業していた場合には、元請企業と作業従事者との間に特別な社会的接触関係が認められ、直接の契約関係に無い当事者間であっても、信義則上、元請企業に安全配慮義務が認められることがあります。
あなたは、元請企業に対して安全配慮義務違反を原因として損害賠償請求をすることができます。元請企業担当者が不誠実な態度を取っているのであれば、弁護士に相談するなどして、適切に補償を求めて行かれると良いでしょう。
解説
1、元請企業とあなたとの法的関係
ご相談にあるように、ビル建設を受注した元請企業から下請け企業に各工事の請負契約(民法632条)が締結され、そこから更にあなたのような孫請け事業者が請負契約(民法632条)を締結して、建設現場で業務に従事することになります。
このように下請契約が複数段階にわたって行われることを、数次下請又は重層下請といい、公共工事などでは、発注者の仕様書・契約条件・要綱等により、三次下請までに制限されることもあります。建設業法22条は、いわゆる丸投げにあたる一括下請負を禁止しており、建設業者が請け負った建設工事を一括して他人に請け負わせること、また、これを一括して請け負うことを禁止しています。これは、中間搾取や施工責任の希薄化に伴う工事品質の低下、現場労働条件の悪化、不具合発生時の責任所在の不明確化、施工能力を有しない建設ブローカーの増加による建設業界全体の不健全化等を防止する趣旨であるとされています。ただし、元請企業の人員不足への対応、専門工種ごとの役割分担、得意分野に応じた施工分担による工事品質の向上などの理由から、下請、すなわち一次下請や、孫請、すなわち二次下請を利用すること自体が直ちに違法となるわけではありません。
民法632条(請負) 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
民法415条(債務不履行による損害賠償)
1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2項 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一号 債務の履行が不能であるとき。
二号 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三号 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
契約関係にある当事者間であれば、契約に従って、仕事の目的を完成させるために、相互に協力して、安全に作業できるように注意手配する義務が双方に課せられることになります。この義務は、契約書で定めることもできますが、契約書に定めが無くても、危険を生じるような仕事を請負の目的として契約した当事者間では、社会通念に従って請負者が安全に作業できるように注文者が条件を整える義務を負う、安全配慮義務が認められており、注文者側の不手際により労災事故が発生した場合は、請負者は注文者に対して民法415条に基づいて損害賠償請求をすることができます。具体的な安全配慮義務の内容は、個々の請負契約毎に、仕事の目的の危険度や性質に従って、契約当事者の合理的意思解釈として、当事者の主張立証を経て、裁判所が最終的に認定することになります。民法415条による損害賠償請求では、原告が契約に基づいて被告に安全配慮義務があることを主張立証すると、被告は安全配慮義務を尽くしていたこと(抗弁事実)を主張立証しなければなりません。
この請負契約は、「元請と下請け」、「下請けと孫請け(あなた)」の関係には存在しますが、元請とあなたとの間には存在していません。あなたと元請企業との間には契約関係が存在していないため、あなたは元請企業に対して契約上の地位に基づく権利を主張することができません。
2、平成3年4月11日最高裁判決
https://www.courts.go.jp/hanrei/62640/detail2/index.html
『右認定事実によれば、上告人の下請企業の労働者が上告人のD造船所で労務の提供をするに当たっては、いわゆる社外工として、上告人の管理する設備、工具等を用い、事実上上告人の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も上告人の従業員であるいわゆる本工とほとんど同じであったというのであり、このような事実関係の下においては、上告人は、下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入ったもので、信義則上、右労働者に対し安全配慮義務を負うものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。』
この判例は、造船所でハンマー打ち作業を行っていた下請け企業の従業員(いわゆる社外工)が、元請企業の不適切な現場管理によって騒音性難聴に罹患してしまった事案で、元請企業の同従業員に対する安全配慮義務を負うものと認めました。
この事案では、造船所の敷地・ドック・工場建物・クレーンその他の機械類・工具類のすべてが元請企業の所有や管理にかかるものであり、作業内容も元請企業の従業員と下請け企業の従業員との間に差異はありませんでした。元請企業では、騒音測定や聴力検査を実施し、自社従業員(いわゆる本工)に対して耳栓の支給や装着方法などの指導や啓蒙活動を行っていましたが、下請け企業の従業員、いわゆる社外工については、対策が不十分であったと認められた事案でした。
裁判所は、形式的な契約関係よりも、作業現場における指揮監督関係や作業内容などの実質(元請企業と社外工との間の特別な社会的接触の関係)を重視して、元請企業の社外工に対する安全配慮義務を認めました。なお、この事案では、元請企業と下請け企業の従業員との間に直接の契約関係はありませんでしたが、元請企業と下請け企業との間には請負契約の関係がありました。
3、令和3年5月17日最高裁判決(建設アスベスト訴訟最高裁判決)
https://www.courts.go.jp/hanrei/90298/detail2/index.html
『安衛法57条は,労働者に健康障害を生ずるおそれのある物で政令で定めるものの譲渡等をする者が,その容器又は包装に,名称,人体に及ぼす作用,貯蔵又は取扱い上の注意等を表示しなければならない旨を定めている。同条は,健康障害を生ずるおそれのある物についてこれらを表示することを義務付けることによって,その物を取り扱う者に健康障害が生ずることを防止しようとする趣旨のものと解されるのであって,上記の物を取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあることは,当該者が安衛法2条2号において定義された労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また,安衛法57条は,これを取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあるという物の危険性に着目した規制であり,その物を取り扱うことにより危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると,所定事項の表示を義務付けることにより,その物を取り扱う者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。なお,安衛法は,その1条において,職場における労働者の安全と健康を確保すること等を目的として規定しており,安衛法の主たる目的が労働者の保護にあることは明らかであるが,同条は,快適な職場環境(平成4年法律第55号による改正前は「作業環境」)の形成を促進することをも目的に掲げているのであるから,労働者に該当しない者が,労働者と同じ場所で働き,健康障害を生ずるおそれのある物を取り扱う場合に,安衛法57条が労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難い。
また,本件掲示義務規定は,事業者が,石綿等を含む特別管理物質を取り扱う作業場において,特別管理物質の名称,人体に及ぼす作用,取扱い上の注意事項及び使用すべき保護具に係る事項を掲示しなければならない旨を定めている。この規定
は,特別管理物質を取り扱う作業場が人体にとって危険なものであることに鑑み,上記の掲示を義務付けるものと解されるのであって,特別管理物質を取り扱う作業場において,人体に対する危険があることは,そこで作業する者が労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また,本件掲示義務規定は,特別管理物質を取り扱う作業場という場所の危険性に着目した規制であり,その場所において危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると,特別管理物質を取り扱う作業場における掲示を義務付けることにより,その場所で作業する者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。なお,安衛法が人体に対する危険がある作業場で働く者であって労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難いことは,上記と同様である。 のとおり,労働大臣は,昭和50年10月1日には,安衛法に基づく規制権限を行使して,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督すべきであったというべきところ,上記の規制権限は,労働者を保護するためのみならず,労働者に該当しない建設作業従事者を保護するためにも行使されるべきものであったというべきである。
以上によれば,昭和50年10月1日以降,労働大臣が上記の規制権限を行使しなかったことは,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち,安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。』
労働安全衛生法57条(表示等)
1項 爆発性の物、発火性の物、引火性の物その他の労働者に危険を生ずるおそれのある物若しくはベンゼン、ベンゼンを含有する製剤その他の労働者に健康障害を生ずるおそれのある物で政令で定めるもの又は前条第一項の物を容器に入れ、又は包装して、譲渡し、又は提供する者は、厚生労働省令で定めるところにより、その容器又は包装(容器に入れ、かつ、包装して、譲渡し、又は提供するときにあつては、その容器)に次に掲げるものを表示しなければならない。ただし、その容器又は包装のうち、主として一般消費者の生活の用に供するためのものについては、この限りでない。
一号 次に掲げる事項
イ 名称
ロ 人体に及ぼす作用
ハ 貯蔵又は取扱い上の注意
ニ イからハまでに掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項
二号 当該物を取り扱う労働者に注意を喚起するための標章で厚生労働大臣が定めるもの
この判例では、労働安全衛生法57条の表示義務や、石綿等を含む特別管理物質を取り扱う作業場における掲示義務について、形式的には「労働者」という文言が用いられている場合であっても、その規制は、危険な物や危険な作業場にさらされる者を保護する趣旨を含むものであり、労働者に該当しない一人親方や個人事業主等の建設作業従事者も保護対象に含まれると判断しました。そのうえで、国が必要な表示・掲示に関する規制権限を行使しなかったことは、これら労働者に該当しない建設作業従事者との関係でも、国家賠償法1条1項上違法であると判断しています。
条文で「労働者」と定められている(労働安全衛生法2条に「労働者」の定義があります。労基法9条は「労働者」とは職種を問わず事業または事務所に使用され、賃金を支払われる者であると定義しています。賃金を支払われていない一人親方は、この定義からは労働者には該当しません)ので労働者以外には適用されないとするのは形式的な文理解釈で、なぜそのような規制が設けられているのか制度趣旨に立ち返って考えるのが、実質的法解釈です。形式解釈ですべてが決まるのであれば、弁護士も裁判所も不要です。誰がどのような原因でどのように困っているのか、法律はどのような制度趣旨で制定されたのか、困っている人を法律で救済することはできないか、法律実務家は考え続けることが必要です。
4、労働安全衛生法31条の改正(令和8年4月1日施行)
上記判例を受けて、厚生労働省では、労働安全衛生法の省令改正が行われ、国会審議を経て労働安全衛生法31条の改正も行われ、施行されました。
改正前条文
労働安全衛生法31条 特定事業の仕事を自ら行う注文者は、建設物、設備又は原材料(以下「建設物等」という。)を、当該仕事を行う場所においてその請負人(当該仕事が数次の請負契約によつて行われるときは、当該請負人の請負契約の後次のすべての請負契約の当事者である請負人を含む。第三十一条の四において同じ。)の労働者に使用させるときは、当該建設物等について、当該労働者の労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
改正後条文
労働安全衛生法31条 特定事業の仕事を自ら行う注文者は、建設物、設備又は原材料(以下「建設物等」という。)を、当該仕事を行う場所においてその請負人(当該仕事が数次の請負契約によつて行われるときは、当該請負人の請負契約の後次の全ての請負契約の当事者である請負人を含む。)に係る作業従事者(労働者及び労働者と同一の場所において仕事の作業に従事する労働者以外の作業従事者に限る。)に使用させるときは、当該建設物等について、労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
「労働者に使用させるときは」という条文が、「作業従事者(労働者及び労働者と同一の場所において仕事の作業に従事する労働者以外の作業従事者に限る。)に使用させるときは」と改正されております。ここで、「特定事業」とは、労働安全衛生法15条で規定されている建設業と造船業を指します。「労働災害を防止するために必要な措置」とは、工事中にあなたのような電気工事士も含めて作業する従事者が労災事故に巻き込まれないように安全措置を執ることを指します。天井板が仮止めで崩落の危険があったのであれば、仮止めであることを明示して崩落事故が起きないように防止措置を執ることが必要でしょう。
5、あなたが損害賠償請求する場合の法律構成
工事現場で天井板が崩落してきて骨折してしまった場合、あなたが受けた損害は、「病院の治療費」、「入通院慰謝料」、「治療期間の休業損害」、「(後遺症がある場合)後遺障害慰謝料」、「後遺症により労働能力の一部又は全部が失われた場合の逸失利益」などがあります。要するに、事故がなければ被害者が置かれていたであろう状態との差を、金銭的に回復するための損害賠償を請求することになります。
(1)あなたの直接の契約相手である下請企業に対する請求
民法415条による損害賠償請求が考えられます。
民法415条(債務不履行による損害賠償)
1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2項 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一号 債務の履行が不能であるとき。
二号 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三号 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
これはいわば、あなたが直接の契約相手に対して「契約上の義務違反」を主張し、これによって受けた損害の賠償を求めるものです。請求する立場のあなたは、契約書、注文書、仕様書、作業指示書、工程表、安全衛生に関する資料、現場での指示内容等に基づき、相手方が負っていた契約上又は信義則上の安全配慮義務の内容を具体的に主張立証し、その義務に違反したことによって事故が発生し、損害を受けたことを主張立証することになります。これに対し、相手方は、必要な安全措置を講じていたこと、事故が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして自己の責めに帰することができない事由によること、又は義務違反と損害との間に因果関係がないことなどを反論することになります。
ただし、ご質問にもあるように、直接の契約相手である下請企業は零細事業者であることも多く、仮に損害賠償責任を負うとしても、賠償金を支払うだけの資力に乏しい場合があります。そのため、実際の請求にあたっては、直接の契約相手だけでなく、現場全体の安全管理について実質的な支配・管理又は具体的な指揮監督を行っていた元請企業や上位下請企業に対する請求も検討する必要があります。特に、元請企業等が作業場所、設備、器具、作業方法、工程、安全管理体制等について具体的に関与・監督していた場合には、直接の契約関係がない場合であっても、安全配慮義務違反又は不法行為責任に基づく損害賠償請求が問題となる余地があります。複数の法的構成や請求先が考えられる場合には、現実の被害回復を得るために、誰が事故発生の危険を管理していたのか、誰に安全措置を講じる権限と能力があったのか、どの相手に対する請求が実効的かを検討することが必要です。
(2)元請企業に対する請求
元請企業に対しては、民法709条の不法行為責任、又は事案によっては民法717条の土地工作物責任に基づく損害賠償請求が考えられます。
民法709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
1項 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2項 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3項 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。
民法709条の一般不法行為責任は、契約関係にない当事者間であっても、相手方に故意又は過失による注意義務違反があり、その行為によって被害者の権利又は法律上保護される利益が侵害され、損害が発生し、注意義務違反と損害との間に因果関係が認められる場合に、損害賠償請求を認めるものです。
民法717条の工作物責任は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵、すなわち当該工作物が通常有すべき安全性を欠いている状態があり、それによって損害が発生した場合に、当該工作物の占有者又は所有者に損害賠償責任を認めるものです。工事現場の建物、天井、足場、仮設設備等が土地の工作物に当たり、その設置又は保存に瑕疵があったといえる場合には、同条に基づく請求も検討することになります。ただし、元請企業に対して民法717条責任を問うためには、元請企業が当該工作物を事実上支配・管理し、危険を防止し得る立場にあったといえるか、すなわち占有者性が問題となり、主張立証が必要となります。
民法709条に基づいて元請企業の責任を追及する場合、原告は、元請企業が工事現場全体を管理監督する立場にあり、作業場所、設備、工程、作業方法、安全管理体制等について実質的な支配・管理又は具体的関与を有していたことを主張立証する必要があります。そのうえで、元請企業には、現場における危険を予見し、労働災害の発生を防止するために必要な安全措置を講ずべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったために事故が発生した、と主張することになります。
令和3年5月17日の最高裁判決は、労働安全衛生法上の一定の規制について、労働者だけでなく、同じ場所で働く一人親方等の労働者でない者も保護する趣旨を含むことを示しました。また、令和7年法律第33号(令和8年4月1日施行)による労働安全衛生法改正では、労働者と同じ場所で働く個人事業者等についても、安全衛生法制上の保護対象として位置づける方向が明確にされています。これらの法令・判例は、元請企業等が一人親方に対して負うべき注意義務の内容を基礎づける事情として重要なものです。
民法709条に基づく請求では、原告側が、元請企業の注意義務の存在及び内容、その義務違反、損害、義務違反と損害との因果関係を具体的に主張立証する必要があります。例えば、元請企業が工程表を作成し、現場監督を配置し、作業場所や作業方法について具体的な指示をしていた場合には、元請企業が現場の危険を把握し、必要な安全措置を講ずることができたことを基礎づける事情になります。そのうえで、天井板の崩落を防ぐために、事前点検、立入禁止措置、支保工・養生・落下防止措置、作業手順の変更、危険箇所の周知等の措置を講ずべきであったにもかかわらず、これらを怠ったために事故が発生した、という形で具体的に主張することになります。
6、まとめ
以上に見てきたように、最高裁判決を経て労働安全衛生法の改正も行われていますので、元請企業担当者の「あなたは当社とは契約関係が無い」という説明は、間違いではありませんが、だからと言って元請企業に法的責任、損害賠償責任がないという回答は誤りです。
次のような証拠資料を用意して、元請企業に損害賠償請求の交渉を継続すると良いでしょう。あなたのケガの程度が重大で後遺障害も残るようなものであったり、工事現場の安全対策が著しく不十分であるなどの事情があれば、当該事故は刑法211条の業務上過失傷害罪(業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。)として、刑事告発もしくは刑事告訴の対象となる可能性もあります。
<証拠資料の例>
・けがの内容を示す診断書、後遺障害診断書
・けがの部位を撮影した写真
・診療報酬明細書、領収書、通院交通費の記録
・休業損害を示す資料、事故前後の収入資料(確定申告書の控えなど)、確定申告書、請求書、入金記録
・工事現場の見取り図、現場写真、事故直後の状況写真
・天井板が仮止めであったこと、落下危険があったことを示す工程表、作業指示書、施工計画書、安全管理資料
・元請企業、下請企業、作業者間のメール、FAX、チャット、手紙、メモ
・交渉段階の会話録音、対応記録
・事故状況を説明する本人の陳述書
・現場を目撃した他の作業者の証言、陳述書
・下請企業とあなたとの請負契約書、業務委託契約書、注文書、請書
・あなたが当該現場でどのような作業を担当していたかを示す資料
・あなたが当該現場に行くことになった指示メール、FAX、LINE、作業予定表
・元請企業が工程管理、現場監督、安全指示をしていたことを示す資料
・朝礼記録、危険予知KY活動記録、新規入場者教育資料、安全衛生協議会資料、作業手順書
・労災事故報告書、元請又は下請が作成した事故報告資料
代理人弁護士に依頼して、刑事事件化する可能性も含めて請求すれば、元請企業側としても、訴訟提起に至る前に話し合いで早期に和解成立できる場合もあります。お困りの場合は、上記の資料を用意して経験のある弁護士事務所にご相談なさり、一緒に考えてもらうと良いでしょう。
以上
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参考条文
労働安全衛生法31条 特定事業の仕事を自ら行う注文者は、建設物、設備又は原材料(以下「建設物等」という。)を、当該仕事を行う場所においてその請負人(当該仕事が数次の請負契約によつて行われるときは、当該請負人の請負契約の後次の全ての請負契約の当事者である請負人を含む。)に係る作業従事者(労働者及び労働者と同一の場所において仕事の作業に従事する労働者以外の作業従事者に限る。)に使用させるときは、当該建設物等について、労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
民法415条(債務不履行による損害賠償)
1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2項 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一号 債務の履行が不能であるとき。
二号 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三号 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
民法709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
1項 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2項 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3項 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。
判例