ドッグラン事故

民事|飼い主の利益と加害者の利益対立|大阪高等裁判所令和7年6月18日損害賠償等請求控訴事件判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文・判例

質問:

小さな犬を飼っており近所の公園のドッグランを利用することがあります。先日、大型犬が別の利用者に衝突した場面を目撃してしまいました。幸い怪我は無かったようですが、後ろから衝突されたら怪我をするのではないかと心配になりました。咬みつきもしくは衝突事故に巻き込まれた場合はどうしたら良いのでしょうか。事前にお伺いしたいです。

回答:

1、東京都動物の愛護及び管理に関する条例9条1号で、犬の飼い主はリードをつけて管理することが義務付けられており、違反すると同40条1号で30日未満の拘留や1万円未満の科料が定められています。但し,公園内に設置された「ドッグラン」ではリードを外すことが認められています(東京都の動物愛護条例施行規則3条)。リードを外して放し飼いにしてよいとはいえ、買主は飼い犬の動きに注意を払い他の利用者に危害を加えないように注意する義務が課せられています。注意義務に違反した場合の不法行為責任が、民法709条718条で規定されています。飼い犬が他の利用者に突進していき、不意に衝突してしまい、利用者に傷害の結果を発生させ、「後遺障害」を生じてしまう場合もあります。そのような場合には、例えば1600万円などの高額な民事損害賠償義務が判決で命ぜられてしまう場合もありますので注意が必要です。参考判例も御紹介致します。どのような場合に飼い主の注意義務違反となるかは解説で詳しく説明します。

2、犬の管理に重大な落度があり、または故意に飼い犬をけし掛けて他の利用者に衝突させ、または咬みついて怪我をさせてしまった場合、刑事責任を問われてしまう場合もあります。適用可能性のある罪名・罰条は、刑法209条過失傷害罪、刑法210条過失致死罪、刑法211条業務上過失致死傷罪・重過失致死傷罪、刑法204条傷害罪、刑法205条傷害致死罪、軽犯罪法1条12号などです。過失傷害罪と過失致死罪は、起訴するのに刑事告訴が必要な親告罪です。参考判例も御紹介致します。

3、ドッグラン内で事故が起きてしまった場合は、救命が必要な場合は救急車を呼んで病院の治療を受けると同時に、家族知人などにも頼んで、警察や公園事務所などへの事故報告も行うと良いでしょう。同時に、事故の相手方の特定情報(双方の運転免許証のスマホ撮影や、電話番号やメールアドレスのメモ書き、双方の犬の特定情報として全身スマホ撮影や、マイクロチップ番号や犬鑑札や狂犬病予防注射済票の撮影やメモ)を交換して、後日民事賠償問題を解決できるように証拠を保存されると良いでしょう。連絡先の交換を拒むなど穏当な話し合いを拒むようであれば、「事故の届け出は法令上の義務であるから協力して貰えないなら、過失傷害罪などでの被害届を出して刑事事件になってしまう」と警告されると良いでしょう。それでも連絡先を明らかにしない場合は、警察に連絡することになります。刑事民事の連絡は当人同士では感情が行き違いとなってしまう場合もありますので、早期に代理人弁護士に相談して代理人仲介も検討なさって下さい。

4、関連事例集444番参照。ペットに関する関連事例集参照。

解説:

1、動物愛護法、動物愛護条例

動物愛護法7条1項では、動物の所有者又は占有者は、他人の生命身体財産に危害を加えないよう努める義務が規定され、同7条3項では、「その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と規定されています。但しこれには刑事罰が規定されておりませんので、飼い主の法的な努力義務ということになります。

東京都動物の愛護及び管理に関する条例9条1号で、犬の飼い主はリードをつけて管理することが義務付けられており、違反すると同40条1号で30日未満の拘留や1万円未満の科料に刑事処分されることがあります。とはいえ、リードをしないで散歩していただけで罰されることはなく、何らかの重大結果が発生するとか悪質でないかぎり抑制的に運用されているようです。

この例外として、「逸走又は人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場合で、東京都規則で定めるとき」として、各都立・区立公園などの利用規則で指定された区域内(柵などで一般利用者の区域と区切られた管理区域、ドッグラン区域のこと)では、リードを外すことが認められています。各公園のドッグラン利用規約は様々な内容がありますが、概ね狂犬病予防注射済票を提示して利用登録した上で利用が認められているようです。

動物愛護法7条(動物の所有者又は占有者の責務等)抜粋

1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。この場合において、その飼養し、又は保管する動物について第七項の基準が定められたときは、動物の飼養及び保管については、当該基準によるものとする。

2項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。

3項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

東京都動物愛護条例9条(犬の飼い主の遵守事項)犬の飼い主は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。

一号 犬を逸走させないため、犬をさく、おりその他囲いの中で、又は人の生命若しくは身体に危害を加えるおそれのない場所において固定した物に綱若しくは鎖で確実につないで、飼養又は保管をすること。ただし、次のイからニまでのいずれかに該当する場合は、この限りでない。

イ 警察犬、盲導犬等をその目的のために使用する場合

ロ 犬を制御できる者が、人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場所並びに方法で犬を訓練する場合

ハ 犬を制御できる者が、犬を綱、鎖等で確実に保持して、移動させ、又は運動させる場合

ニ その他逸走又は人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場合で、東京都規則(以下「規則」という。)で定めるとき。

40条 次の各号の一に該当する者は、拘留又は科料に処する。

一号 第9条第一号の規定に違反して、犬を飼養し、又は保管した者

東京都動物愛護条例施行規則

第3条(犬の飼養の特例) 条例第九条第一号ニに規定する規則で定めるときは、次の各号に掲げるとおりとする。

一 犬を制御できる者の管理の下で、犬を興行、展示、映画製作、曲芸、競技会、テレビ出演又は写真撮影に使用するとき。

二 犬を制御できる者が犬を調教するとき。

東京都の動物愛護条例施行規則3条では、犬の飼い主がノーリードで管理して良い場合を「犬を制御できる者が犬を調教するとき」と規定しています。この規定は具体的にドッグランのことを指しているものではありませんが、各公園のドッグラン利用規則にも、犬の制御ができることが利用条件に含まれています。

このように、公園内に設置された「ドッグラン」は、動物愛護法や動物愛護条例で定められた飼い主のリードを繋いで動物を管理する義務が除外されている区画という法的位置づけになります。勿論、例外規定の条件を満たすために、ドッグランの利用規約を全て遵守することが必要となります。

2、飼い主の民事上の責任

(1)不法行為責任

ドッグラン内ではリードを外すことが認められていますが、飼い主は飼い犬の動きに注意を払い他の利用者に危害を加えないように注意する義務が課せられています。これは民法709条と718条で不法行為責任が規定されていることの裏返しで、社会生活全般に課せられた「他人に迷惑を掛けない様に行動する」という一般的な注意義務です。この注意義務は、前記の通り動物愛護法7条や、東京都動物愛護条例9条でも具体化されています。

民法709条(不法行為による損害賠償)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法718条(動物の占有者等の責任)

1項 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。

2項 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。

民法718条に規定された動物占有者の管理責任は、被害者保護のために一部立証責任が転換された構造となっています。つまり、民法709条など一般不法行為責任であれば被害者が加害者の故意過失に基づく不法行為の事実について立証責任を負うのに対して、動物占有者の責任については、被害者は動物による損害発生行為の発生を立証すれば良く、「相当の注意」を払っていたので故意過失が無かったことについては、動物占有者側が立証責任を負担しているのです。動物はそもそも、危険を及ぼす可能性がありますし、どの程度の注意をすれば良いのか、危険性を理解している飼い主が一番わかりますから、注意義務に違反していなかったことについて立証責任を負わされていることになっています。

この動物占有者責任は、占有者が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたことを主張・立証すれば、その責任を免れますが(民法718条1項ただし書)、相当の注意とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないと解されています(最高裁昭和37年2月1日第一小法廷判決・民集16巻2号143頁参照)。具体的には、動物の個性や、状況によって判断されることになります。

一般的には、損害という結果が発生することの予見が可能であったか、可能として予見する義務があったか、それを前提に予見して結果を回避すること可能であったか、可能として具体的にどのような行動をする義務がったか、という予見義務、結果回避義務の違反があったか否かが問題となります。意外に思われるかもしれませんが、法律解釈には、一般人の日常生活の在り方(社会通念)が大きく影響するものです。同じような犬を飼っている飼い主が皆行っているような安全対策を、当該行為者も行っていたかどうか、そういう事項が重要視されるのです。

飼い犬がドッグラン内で他の利用者に突進して行って不意に衝突してしまい、利用者に傷害の結果を発生させ、脚や腕の関節の可動域が制限されるなど後遺障害を生じてしまう場合もあります。法律的には、損害論として議論されますが、過失があるとしてどこまでの損害を賠償する責任があるかという問題です。後遺障害が認定されると、障害の内容や程度に応じて被害者の労働能力喪失率が認定され、就労可能年数に対応する逸失利益(生涯収入の減少分)が算定され、損害賠償請求されてしまうことがあります。そのような場合には、例えば1600万円などの高額な民事損害賠償義務が判決で命じられてしまう場合もありますので注意が必要です。参考判例も御紹介致します。

(2)参考判例

東京高裁令和7年6月18日損害賠償等請求控訴事件判決

『(1) 動物占有者責任について

動物占有者責任は、占有者が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたことを主張・立証すれば、その責任を免れるところ(民法718条1項ただし書)、相当の注意とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないと解される(最高裁昭和37年2月1日第一小法廷判決・民集16巻2号143頁参照)。 そして、ドッグランは、リードを外して自由に走らせることができる施設ではあるものの、あくまで飼主の適切な管理下にある犬の利用が想定されているのであるから、施設の性格から上記の通常払うべき程度の注意義務が軽減されることはないというべきである。

(2) 被控訴人が、本件事故時、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたか否かについて

そこで、被控訴人が、本件事故時、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたか否かを検討すると、認定事実(3)ウによれば、被控訴人の認識では、飼主がドッグランにおいて行うべき管理の態様は、飼い犬の数mから10数mの距離にいて、何かあったらすぐに駆け付けてリードをつないで制御することができるように、いつもリードを手に持ち、犬の挙動を注視するというものであった。

もっとも、認定事実(2)ウによれば、被控訴人犬は、本件事故前に、控訴人犬を追い掛けることに夢中になり、控訴人に衝突しそうになり、幸い、被控訴人犬に正対していた控訴人がこれを自然によけたため大事には至らなかったことが認められる。そして、この直前、被控訴人は、南側のフェンス付近の白い椅子に座り、リードをテーブルに置き、腕を組んで被控訴人犬を注視し、一連の様子を観察していた。

したがって、被控訴人は、被控訴人犬が比較的温厚な性格で、基本的なしつけも行っており、本件事故以前に他の犬とけんかをしたことがなかったとしても(認定事実(3)ア及びイ)、ドッグランという広い空間で自由に走り回ることができる非日常的体験下においては、被控訴人犬が遊びに夢中になり、人に衝突する危険があることや、被控訴人犬に追い掛けられた控訴人犬がいわば安全基地である控訴人に向かって逃げることで、控訴人犬及び被控訴人犬が控訴人の方向に突進していくおそれがあることを具体的に予見し又は予見することができたというべきである。

そして、被控訴人犬と被控訴人の走る速度の違いを考慮すれば、このような危険を防止するためには、被控訴人犬にリードをつけたり、被控訴人犬を一時的に退場させたりするなどの措置をとり、被控訴人犬を遊びに夢中な状態から落ち着かせるか(事情2参照)、被控訴人犬のところに駆け付けるか、せめて「おいで」「止まれ」といった口頭の命令を試みるなどして制止する(事情3参照)ほかないところ、被控訴人は、このような行動をしたことはうかがわれない(なお、控訴人は、仮に控訴人犬が人間に突進した場合、まず大声で制止すると述べており(原審控訴人本人〔15頁〕)、通常の飼育経験のある飼主であれば、口頭の命令を試みることは自然かつ容易であると考えられる。)。

したがって、被控訴人は、被控訴人犬が合理的行動を取るであろうと過信し、体高50cm前後、体重約28kgの大型犬が人間の死角から高速で衝突した場合の衝撃の程度に思い至らず、遊びで興奮状態の被控訴人犬にリードをつける等の適切な措置を取らなかったり、被控訴人犬を制止する措置をしたりはしなかったのであるから、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたとは認められない。

(3) 本件事故時の状況について

本件事故時の状況について、被控訴人は、控訴人犬が、控訴人に背後から走って近づき、急に左に方向転換し、控訴人の左側を通り抜け、控訴人犬を追い掛けていた被控訴人犬も、それに合わせて左に方向転換し、控訴人犬を追い掛けようとしたが、その際、控訴人の脚に背後から接触した旨主張する。これに対し、控訴人は、原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸付近に立って、控訴人の家族と控訴人犬の様子を見ていた旨主張し、原審本人尋問においても、控訴人犬が柵の方や控訴人の配偶者の方をうろうろしていた旨供述している(原審控訴人本人〔16頁〕)。

そこで、本件事故時の状況を検討すると、控訴人は、意味もなくなくドッグランの中央部付近に行くことは少ないと述べているところ(原審控訴人本人〔6頁〕)、控訴人が本件事故に遭った原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸の位置から南側の柵の位置までは、航空写真(甲8)と対照すると、8m弱は離れていることが認められ、配偶者及び控訴人犬と別行動した合理性が見出し難い。むしろ、被控訴人犬は、本件事故前にも控訴人犬を追い掛けて控訴人と衝突しそうになったことがあるのであり(認定事実(2)ウ)、本件事故時も控訴人犬を追い掛けていたと考えるのが自然である。とするならば、控訴人は、自身の背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしておらず、そのため、被控訴人犬の接近に気付くことができなかった過失が認められる(なお、仮に、控訴人が主張するとおり、控訴人犬が柵の方や控訴人の配偶者の方をうろうろしていたのだとしても、控訴人は、控訴人犬が控訴人の配偶者の近くにおり、同人による管理が可能であり、控訴人が注視する必要があったとまではいえなかったにもかかわらず、合理的理由なく本件大ドッグランの周辺部でない部分に立ち、自身の背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしなかったのであるから、いずれにせよ過失が認められる。)。

以上の控訴人及び被控訴人の各過失の内容等を考慮すれば、本件事故における控訴人の過失割合は、20%とするのが相当である。』

この判例では、民法718条の動物占有者の注意義務を、「通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではない」としつつ、「被控訴人犬が合理的行動を取るであろうと過信し、体高50cm前後、体重約28kgの大型犬が人間の死角から高速で衝突した場合の衝撃の程度に思い至らず、遊びで興奮状態の被控訴人犬にリードをつける等の適切な措置を取らなかったり、被控訴人犬を制止する措置をしたりはしなかったのであるから、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたとは認められない。」と判示して、飼い主の注意義務違反を認定しています。ドッグラン内での犬の状況から、興奮して人にぶつかるという結果が発生することは予見可能であったこと、犬の状況を注意してそのような結果が発生すかもしれないことを予見する義務があったこと、その予見を前提に犬を落ち着かせるなり、リードをつけることで結果が回避できたのに適切な対応を取らなかったことが、通常払うべき程度の注意義務を払わなかったと判断されたのです。

損害の認定については、年収1071万円(損害額は賃金センサスの545万円で計算)の38歳の理容師が、左肩可動域が中程度の腱板損傷(部分損傷)と診断され、他動運動による左肩関節の外転運動の可動域(75度)が右肩関節の可動域(135度)の4分の3以下に制限されたことが認定され、左肩に残存した機能障害は、「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(12級6号)と評価されました。労働能力喪失率は、交通事故の賠償額算定で用いられているものと同じものが使われます。これは、労働能力喪失率14パーセントの後遺障害であり、就労可能年齢65才までの労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認定され、1600万円(過失相殺は2割)の高額賠償命令となりました。

3、飼い主の刑事上の責任

(1)各刑罰法規

まず前提として、飼い犬が他人に衝突したり噛みついたりしても、主に民事上の賠償問題を生じるに過ぎないのが原則であり、刑事事件として捜査されたり、起訴されたりすることは稀であることを再確認したいと思います。事故があって被害届を出そうとしても、警察署などの捜査当局は「民事事件じゃないですか」と何度も確認してくるでしょう。診断書や目撃証言など、ある程度証拠を揃えて相談しないと刑事事件として取り扱われることは無いでしょう。

他方、犬の管理に重大な落度があり、または、故意に飼い犬をけし掛けて他の利用者に衝突させ、または咬みつかせ、怪我をさせてしまった場合、被害が重大であり、事実関係が証拠などにより明らかなものであれば、刑事責任を問われてしまう場合もありますので注意が必要です。

適用される可能性のある罪名・罰条を列挙致します。

刑法209条過失傷害罪(過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。)・・・犬の管理の落度により犬が他人に危害を加えた場合、その相当因果関係が認められる場合に、過失傷害罪に問われる場合があります。この罰条は起訴するために被害者の刑事告訴が必要な親告罪です。

刑法210条過失致死罪(過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。)・・・犬の管理の落度により犬が他人を死亡させてしまった場合、その相当因果関係が認められる場合に、過失致死罪に問われる場合があります。この罰条は起訴するために被害者の刑事告訴が必要な親告罪です。

刑法211条業務上過失致死傷罪・重過失傷害罪(業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。)・・・反復継続して社会生活上の地位に基づき業務として動物を管理する者(動物園飼育員、獣医、ペットトリマー、ペットホテル従業員など)が、動物の管理を怠り、他人に死傷の損害を生ぜしめた場合。

後段は重過失により他人を死傷させた場合です。重過失というのは、一般的な注意義務違反を超える、故意に近いような注意義務違反が認定されることです。通常人に要求される程度の相当な注意をせずとも、わずかな注意さえ払えばたやすく結果を予見できたのに、漫然と見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態により、他人を傷害させてしまった場合です。

刑法204条傷害罪(人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。)・・・他人を傷害させようと認識し故意により、または、傷害の結果を生じてもやむを得ないと容認しつつ、飼い犬をけし掛けて他人を怪我させてしまった場合。ナイフや棒などの凶器のように、飼い犬を道具として用いて他人を傷つけたと評価される場合があります。

刑法205条傷害致死罪(身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。)・・・傷害罪の結果的加重犯です。つまり、傷害の故意で飼い犬をけし掛けて他人を怪我させたが、怪我が重くて結果的に被害者が亡くなってしまった場合。なお、犬が他人を死亡させることが常態となることは通常想定できないことから、犬を道具として用いる殺人罪(刑法199条)が立件されることは通常考えられないことです。

軽犯罪法1条12号(第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。12号 人畜に害を加える性癖のあることの明らかな犬その他の鳥獣類を正当な理由がなくて解放し、又はその監守を怠つてこれを逃がした者)・・・これは過去にも他人に衝突したり噛みついたことのある犬を他人の前でリードを外して解放する行為そのものを処罰するものです。傷害の結果発生が要件となっておりません。更に具体的な危険発生も要件とされておりませんので、抽象的危険犯とされています。リードを外した時点で既遂となります。

東京都動物愛護条例40条1号・・・東京都動物愛護条例7条1号に違反して、犬を逸走させないため、犬をさく、おりその他囲いの中で、又は人の生命若しくは身体に危害を加えるおそれのない場所において固定した物に綱若しくは鎖で確実につないで、飼養又は保管をしなかった者は、30日未満の拘留もしくは1万円未満の科料に処せられます。

(2)参考判例

岐阜地方裁判所令和6年7月17日判決

『宣告日 令和6年7月17日

事件番号 令和6年(わ)第95号

事件名 重過失傷害

主文

被告人を禁錮6月に処する。

この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

当裁判所の認定した罪となるべき事実は、

第1 起訴状記載の公訴事実第1

第2 起訴状記載の公訴事実第2

と同一であるから、これらを引用する。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)省略

(量刑の事情)

本件は、「A」と名付けた闘犬種であるアメリカン・ピット・ブル・テリア1頭を飼育していた被告人が、①令和4年11月27日午後1時頃、被告人の力では十分に制御するのが困難なAを一人で散歩に連れ出した上、周囲の状況を注視せず、リードを適切に握持・操作しなかったなどの重過失により、前方の交差点を左側から自転車で右折してきた被害者(当時83歳)にAをかみ付かせて、回復不能の左耳介欠損と全治約1か月の右前腕犬咬創の傷害を負わせ(第1)、②その後の令和5年8月31 日午前7時頃、同居していた祖父(当時80歳)に適切な散歩の仕方を伝えて実行させることもないままAの散歩に行かせたなどの重過失により、道路を前方から自転車で進行してきた被害者(当時15歳)にAをかみ付かせて、全治約1か月半の膝窩部等犬咬傷の傷害を負わせた(第2)、重過失傷害2件の事案である。

アメリカン・ピット・ブル・テリアは、咬傷事故を起こしやすい犬種として知られ、被告人が住んでいた各務原市においても、咬傷事故が命に係わる重大事故につながるおそれがあるとして、犬の飼主に事故防止対策をとるよう呼びかけるパンフレットが配布されるなどしていた。Aはこのような犬種に属する上、しつけもできていなかったというのであるし、被告人は、このパンフレットは読んでいなかったものの、同犬種の犬が凶暴だとか、人を襲って死なせたなどとの記事がネット上に多数あるのは知っていたのであるから、不適切な仕方で散歩をさせれば重大な咬傷事故が生じる危険は十分予見できたといえる。そのような中で、被告人は、Aを自ら手に入れて被告人とともに飼育していた夫が自宅におり、夫に散歩をさせるなどの回避措置をとるのも容易だったのに、安易に自ら散歩に出た上、腰に巻いたリードを手に持つことなくAに引っ張られるまま歩いていて、第1の事故を起こした。

こうして上記の危険を自ら現実のものとし、それが容易に予見されるようになった後も、十分な事故防止対策をとらず、夫が不在となって祖父方に身を寄せた後は、高齢の祖父に懐いていないAの散歩を漫然と任せるようになって、第2の事故を起こしている。このように、いずれの事故についても過失は重大であり、被告人には強い非難が向けられる。その結果、被害者2名は突然犬にかみつかれて激しい肉体的苦痛を受け、上記のとおりそれぞれ相応に重い傷害を負い、生活や活動にも支障が生じるなどしている。以上によると、被告人の刑事責任には軽視できないものがあり、罰金刑ではなく禁錮刑を選択するのが相当である。

その余の事情をみると、被告人は、自らの重過失によって生じさせた各被害に、適切に向き合ってきたとは必ずしもいい難い。各被害者側への対応の仕方は稚拙で、平穏だった生活が受傷後に一変した第1の被害者を支えて心を痛め、苦しむ家族や、青春の1ページを損なわれた第2の被害者とその家族を、さらに傷付けたといわれてもやむを得ないものであり、彼らに真摯さ・誠実さを疑わせ、厳しい処罰感情を抱かせるに至っている。もっとも、被告人は、これまでAを殺処分すべく保健所に引き渡して再発防止措置をとり、捜査・公判を通じて事実を認め、治療費等の費用として請求された金額を支払うなど、自己の責任を認める姿勢は示してきた。そして、資力の問題もあって曲折を経たものの、各被害者側に対し、それぞれ相応の額の損害賠償金(省略)の分割払を約する示談を申し入れた上、その最初の支払(省略)もした。この申入れは現時点では受け入れられていないものの、被告人がこれらの行動によって改めて上記の姿勢を示し、申入れに係る支払を続けると約していることは、相応の評価に値する。なお、被告人にこれまで前科はない。

先に説示した被告人の刑事責任の程度に加え、これらの事情も併せ考慮すると、被告人を直ちに実刑に処するには躊躇するところがある。そこで、被告人を求刑どおりの禁錮刑に処した上、長期間の執行猶予を付して、損害賠償金の支払を含む慰謝の措置に尽くすよう促すこととする。

(求 刑 禁錮6月) 令和6年7月17日 岐阜地方裁判所刑事部』

この裁判例では、2件の重過失行為が起訴され認定されていました。

①令和4年11月27日午後1時頃、被告人の力では十分に制御するのが困難なAを一人で散歩に連れ出した上、周囲の状況を注視せず、リードを適切に握持・操作しなかったなどの重過失により、前方の交差点を左側から自転車で右折してきた被害者(当時83歳)にAをかみ付かせて、回復不能の左耳介欠損と全治約1か月の右前腕犬咬創の傷害を負わせ(第1)

②その後の令和5年8月31 日午前7時頃、同居していた祖父(当時80歳)に適切な散歩の仕方を伝えて実行させることもないままAの散歩に行かせたなどの重過失により、道路を前方から自転車で進行してきた被害者(当時15歳)にAをかみ付かせて、全治約1か月半の膝窩部等犬咬傷の傷害を負わせた(第2)、

この事案では、飼っていた犬が「闘犬種」である、アメリカン・ピット・ブル・テリアであったことも、被告の重過失が認定された要素となっています。アメリカン・ピット・ブル・テリアは、咬傷事故を起こしやすい犬種として知られ、被告人が住んでいた各務原市においても、咬傷事故が命に係わる重大事故につながるおそれがあるとして、犬の飼主に事故防止対策をとるよう呼びかけるパンフレットが配布されるなどしていたという事情が事実認定されています。これらの事情を知っているか、または容易に知ることができたのに、その対策を取らなかったことに重過失があるとされたのです。

4、まとめ(証拠保存など)

御相談は、将来の事故が御心配であるということです。何も想定しておかずに突然事故に巻き込まれてしまうと気が動転してしまい、重要な証拠の保全も出来なくなってしまう場合もあります。ペットを飼っており、ドッグランを利用しておられるのですから、上記のような、民事上・刑事上の法律関係をある程度頭に入れた上で、どのような証拠保全が有効なのか、予め考えておかれると良いでしょう。

ドッグラン内で事故が起きてしまった場合は、救命が必要な場合は救急車を呼んで病院の治療を受けると共に、家族知人などにも頼んで、警察や公園事務所などへの連絡も行うと良いでしょう。

咬みつき事故があった場合は、法令上の届け出義務があります。24時間以内に都知事に届け出し、48時間以内に獣医師への検診が必要です。また、獣医師もしくは飼い主は、狂犬病の疑いのある犬について保健所への届け出義務があります。具体的な手続きは公園事務所でも相談できるでしょう。

東京都における都庁の届け出先は「区市保健所」もしくは「動物愛護相談センター」です。

https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kenkou/shisetsu/to_hoken

https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shisetsu/jigyosyo/douso

届出様式

https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/jikohassei2023

東京都動物愛護条例29条(事故発生時の措置)

1項 飼い主は、その飼養し、又は保管する動物が人の生命又は身体に危害を加えたときは、適切な応急処置及び新たな事故の発生を防止する措置をとるとともに、その事故及びその後の措置について、事故発生の時から二十四時間以内に、知事に届け出なければならない。

2項 犬の飼い主は、その犬が人をかんだときは、事故発生の時から四十八時間以内に、その犬の狂犬病の疑いの有無について獣医師に検診させなければならない。

狂犬病予防法8条(届出義務)

1項 狂犬病にかかつた犬等若しくは狂犬病にかかつた疑いのある犬等又はこれらの犬等にかまれた犬等については、これを診断し、又はその死体を検案した獣医師は、厚生労働省令の定めるところにより、直ちに、その犬等の所在地を管轄する保健所長にその旨を届け出なければならない。ただし、獣医師の診断又は検案を受けない場合においては、その犬等の所有者がこれをしなければならない。

2項 保健所長は、前項の届出があつたときは、政令の定めるところにより、直ちに、その旨を都道府県知事に報告しなければならない。

3項 都道府県知事は、前項の報告を受けたときは、厚生労働大臣に報告し、且つ、隣接都道府県知事に通報しなければならない。

事実関係特定のために、次のような証拠が必要となります。

(1)当事者の特定

自分と相手方を特定するための情報、住所・氏名・電話番号・メールアドレス。双方の運転免許証など本人確認書類のスマホ撮影や、電話番号やメールアドレスのメモ書きなど。

(2)犬の特定

双方の犬の特定情報として全身スマホ撮影や、マイクロチップ番号や犬鑑札や狂犬病予防注射済票の撮影やメモ

(3)事故状況の特定

目撃者の確保、連絡先の確認、監視カメラの確認とデータ保存。公園管理事務所への届け出、警察への事故の届け出。

これらの事情と証拠を保全して、後日民事賠償問題を解決できるよう準備されると良いでしょう。相手方が連絡先の交換を拒むなど穏当な話し合いを拒むようであれば、「事故の届け出は規約上・法令上の義務である。協力して貰えないなら過失傷害罪などでの被害届を出して刑事事件になってしまう」と警告されると良いでしょう。刑事民事の連絡は当人同士では感情が行き違いとなってしまう場合もありますので、早期に代理人弁護士に相談して代理人の仲介を入れることも検討なさって下さい。

以上

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※参照条文・判例

※動物愛護法7条(動物の所有者又は占有者の責務等)

1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。この場合において、その飼養し、又は保管する動物について第七項の基準が定められたときは、動物の飼養及び保管については、当該基準によるものとする。

2項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。

3項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

4項 動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(以下「終生飼養」という。)に努めなければならない。

5項 動物の所有者は、その所有する動物がみだりに繁殖して適正に飼養することが困難とならないよう、繁殖に関する適切な措置を講ずるよう努めなければならない。

6項 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有に係るものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講ずるように努めなければならない。

7項 環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。

※東京都動物愛護条例

第1条(目的) この条例は、動物の愛護及び管理に関し必要な事項を定めることにより、都民の動物愛護の精神の高揚を図るとともに、動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止し、もって人と動物との調和のとれた共生社会の実現に資することを目的とする。

第2条(都の責務) 都は、動物の愛護及び管理に関する法律(昭和四十八年法律第百五号。以下「法」という。)及びこの条例の目的を達成するため、法第六条に定めるところにより、動物の愛護及び管理に関する施策を推進するための計画を策定し、都民と協力して、実施するよう努めるものとする。

第3条(区市町村の協力) 知事は、法及びこの条例の目的を達成するため、特別区及び市町村に対し、必要な協力を求めることができる。

第4条(都民の責務) 都民は、人と動物との調和のとれた共生社会の実現に向けて、動物の愛護に努めるとともに、都が行う施策に協力するよう努めなければならない。

第5条(飼い主の責務)

1項 飼い主(動物の所有者以外の者が飼養し、又は保管する場合は、その者を含む。以下同じ。)は、動物の本能、習性等を理解するとともに、命あるものである動物の飼い主としての責任を十分に自覚して、動物の適正な飼養又は保管をするよう努めなければならない。

2項 飼い主は、周辺環境に配慮し、近隣住民の理解を得られるよう心がけ、もって人と動物とが共生できる環境づくりに努めなければならない。

3項 動物(犬及び猫を除く。)の所有者は、当該動物がみだりに繁殖してこれに適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがあると認める場合には、その繁殖を防止するため、生殖を不能にする手術その他の措置をするよう努めなければならない。

4項 動物の所有者は、動物をその終生にわたり飼養するよう努めなければならない。

5項 動物の所有者は、動物をその終生にわたり飼養することが困難となった場合には、新たな飼い主を見つけるよう努めなければならない。

第6条(飼い主になろうとする者の責務) 飼い主になろうとする者は、動物の本能、習性等を理解し、飼養の目的、環境等に適した動物を選ぶよう努めなければならない。

第二章 動物の適正な飼養等

第7条(動物飼養の遵守事項) 飼い主は、動物を適正に飼養し、又は保管するため、次に掲げる事項を守らなければならない。

一 適正にえさ及び水を与えること。

二 人と動物との共通感染症に関する正しい知識を持ち、感染の予防に注意を払うこと。

三 動物の健康状態を把握し、異常を認めた場合には、必要な措置を講ずること。

四 適正に飼養又は保管をすることができる施設を設けること。

五 汚物及び汚水を適正に処理し、施設の内外を常に清潔にすること。

六 公共の場所並びに他人の土地及び物件を不潔にし、又は損傷させないこと。

七 異常な鳴き声、体臭、羽毛等により人に迷惑をかけないこと。

八 逸走した場合は、自ら捜索し、収容すること。

第8条(猫の所有者の遵守事項) 猫の所有者は、法第三十七条第一項に掲げるもののほか、猫を屋外で行動できるような方法で飼養する場合には、みだりに繁殖することを防止するため、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

第9条(犬の飼い主の遵守事項) 犬の飼い主は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。

一 犬を逸走させないため、犬をさく、おりその他囲いの中で、又は人の生命若しくは身体に危害を加えるおそれのない場所において固定した物に綱若しくは鎖で確実につないで、飼養又は保管をすること。ただし、次のイからニまでのいずれかに該当する場合は、この限りでない。

イ 警察犬、盲導犬等をその目的のために使用する場合

ロ 犬を制御できる者が、人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場所並びに方法で犬を訓練する場合

ハ 犬を制御できる者が、犬を綱、鎖等で確実に保持して、移動させ、又は運動させる場合

ニ その他逸走又は人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場合で、東京都規則(以下「規則」という。)で定めるとき。

二 犬をその種類、健康状態等に応じて、適正に運動させること。

三 犬に適切なしつけを施すこと。

四 犬の飼養又は保管をしている旨の標識を、施設等のある土地又は建物の出入口付近の外部から見やすい箇所に掲示しておくこと。

第40条 次の各号の一に該当する者は、拘留又は科料に処する。

1号 第九条第一号の規定に違反して、犬を飼養し、又は保管した者

2号 第二十九条第一項の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者

東京都動物愛護条例施行規則

第3条(犬の飼養の特例) 条例第九条第一号ニに規定する規則で定めるときは、次の各号に掲げるとおりとする。

一 犬を制御できる者の管理の下で、犬を興行、展示、映画製作、曲芸、競技会、テレビ出演又は写真撮影に使用するとき。

二 犬を制御できる者が犬を調教するとき。

※大阪高等裁判所 令和7年6月18日 損害賠償等請求控訴事件判決

主 文

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人は、控訴人に対し、1600万4726円及びこれに対する令和3年2月6日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。

3 控訴人のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、3527万9753円及びこれに対する令和3年2月6日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要(以下、特記しない限り、略称は、原判決の例により、証拠に枝番のあるものは、全ての枝番を含む。)

1 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、ドッグランにおいて被控訴人の占有する犬が控訴人に衝突し(本件事故)、これによって控訴人が傷害を負ったと主張して、動物占有者責任(民法718条1項本文)に基づき、損害賠償金3527万9753円及びこれに対する令和3年2月6日(本件事故日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である(なお、前記第1の2と原判決「事実及び理由」第1は、表現を異にするが、同内容である。)。

原審が控訴人の請求を棄却したところ、控訴人が控訴した。

2 前提事実

次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第2の2(以下、補正後のものを「前提事実」という。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

原判決2頁5行目の「において、」を「のうち、大型犬が利用するエリア(以下「本件大ドッグラン」という。)において、控訴人に対し、」に改める。

3 争点及び争点に関する当事者の主張

次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第2の3(原判決別紙1を含む。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決2頁13行目の末尾を改行の上、「(4) 過失相殺(争点4)」を加える。

(2) 原判決7頁5行目、10行目、22行目及び8頁13行目の各「本件ドッグラン」をいずれも「本件大ドッグラン」に改める。

(3) 原判決7頁17行目の「過失1及び過失2」を「事情1及び事情2」に、19行目の「過失3」を「事情3」にそれぞれ改める。

(4) 原判決7頁21行目を次のとおり改める。

「(1) 次の事情に照らし、被控訴人は相当の注意を払ったとはいえない。」

(5) 原判決7頁22行目から23行目にかけての「入場させた過失がある(過失1)。」を「入場させた(事情1)。」に改める。

(6) 原判決7頁25行目から26行目の「措置をとる義務を負っていた。被告にはかかる措置をとらなかった過失がある。(過失2)」を「措置をとるべきところ、被控訴人はかかる措置をとらなかった。(事情2)」に改める。

(7) 原判決8頁1行目の「本件事故の発生地点」の次に「(同地点は本件大ドッグランの中央付近とはいえない。)」を加え、5行目から6行目にかけての「静止しなかった過失がある。(過失3)」を「静止しなかった。(事情3)」に改める。

(8) 原判決10頁20行目の末尾を改行の上、次のとおり加える。

「4 争点4(過失相殺)について

(被控訴人の主張)

被控訴人に責任が認められるとしても、控訴人にも過失があるので、過失相殺すべきである。控訴人の過失を基礎付ける具体的事実は、争点1において主張した控訴人に係る事実のとおりである。

(控訴人の主張)

否認ないし争う。」

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は、原審と異なり、控訴人の請求は、被控訴人に対し、損害賠償金1600万4726円及びこれに対する令和3年2月6日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。

2 認定事実

次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第3の1(以下、補正後のものを「認定事実」という。)に記載のとおりであるから、これを引用する。(原判決の補正)

(1) 原判決2頁19行目の「大型犬が利用するエリア」を「本件大ドッグラン(大型犬が利用するエリア)」に改め、21行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 犬の飼主等は、本件ドッグランのいずれのエリアにも立ち入ることができる。本件大ドッグランのうち、周辺部(フェンスのごく近傍やテーブル、椅子等の造作が設置されている部分)以外の場所では、犬が走り回ることがよくあるが、控訴人及び被控訴人は、いずれもそこに立ち入ることが特に危険であるとの認識を有していない(甲38、原審控訴人本人〔5、6頁〕、原審被控訴人本人〔14頁〕)。」

(2) 原判決2頁23行目の「本件ドッグランを訪れた。」を「本件ドッグランを訪れ、控訴人犬を連れて本件大ドッグランに立ち入った。」に改める。

(3) 原判決2頁24行目の「本件ドッグランを訪れた。」を「本件ドッグランを訪れ、被控訴人犬を連れて本件大ドッグランに立ち入った。」に改める。

(4) 原判決3頁2行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 その際、控訴人は、控訴人犬及びこれを追う被控訴人犬が控訴人に向かって走り、控訴人の左下肢に衝突しそうになったため、右によけたことがあった(甲38〔6秒目〕)。この時点の4秒前、被控訴人は、南側のフェンス付近の白い椅子に座り、リードをテーブルに置き、腕を組み、被控訴人犬を注視しており(甲38〔2秒目〕)、被控訴人犬が控訴人の左下肢に衝突しそうになった際、被控訴人犬から少なくとも3m圏内にはいなかった(甲38〔6秒目〕)。

控訴人犬及び被控訴人犬が控訴人の左側を通過した後、別の中型犬が追い掛けっこに合流し(甲38〔8秒目〕)、控訴人犬は再び控訴人の下へ戻ってきた。この際、控訴人は、前傾姿勢で控訴人犬の鼻及び口周辺を撫で(甲38〔12秒目〕)、1秒間程度、被控訴人犬及び上記中型犬に背を向けていた。また、被控訴人犬が、控訴人犬を時速11kmは下らない速度で追い掛けていたこともあった(甲17の2)。

【事実認定の補足】

動画(甲17の2、38)によれば、被控訴人犬は、一般人のジョギングよりも速い速度で走り回っていたことが認められる。そして、本件大ドッグランを計測した航空写真(甲14)によれば、本件大ドッグランの外周に沿って引かれた計測線(白線)の1目盛は2mであるところ、被控訴人犬は、動画(甲17の2)の3秒時点において、被控訴人が座っていた白いテーブル及び椅子付近におり、7秒時点においては、南側のフェンスの西側から6本目の柱(航空写真(甲15の1)にAと記載された地点の柱を0本目とした場合の、東側に向かって6本目の柱)付近まで走ったことが認められる。

そして、2枚の航空写真(甲14、15の1)を比較すれば、被控訴人犬は、幅13m程度(実際には斜めに走っているため、13m以上の距離と考えられる。)を4秒程度で移動したこととなり、これを時速に換算すると、時速約11.7km となり、現に一般人のジョギングより速かったことが認められる。」

(5) 原判決3頁3行目の「本件ドッグランの中央付近」を「本件大ドッグラン内の原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸付近」に改める。

(6) 原判決3頁8行目から9行目にかけての「本件ドッグランを利用していた(」を「本件大ドッグランを利用していた(甲17、38、」に改める。

(7) 原判決3頁9行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(3) 被控訴人及び被控訴人犬について

ア 被控訴人犬は、ゴールデンレトリバーの雄の室内犬で、本件事故時、生後約11か月で、体高は50cm前後、体重は約28kgであった。被控訴人犬は、比較的温厚な性格であり、本件事故以前に他の犬とけんかをしたことはなかった。被控訴人犬は、1日2回、1回当たり約1時間、被控訴人と散歩をしていた。(原審被控訴人本人〔1、6~8頁〕)

イ 被控訴人は、令和2年6月頃(被控訴人犬の生後約3か月頃)から数か月間、週1回の頻度で、犬のしつけ訓練学校に被控訴人犬を連れて行き、基本的なしつけを行った(原審被控訴人本人〔1頁〕)。

被控訴人犬は、落ち着いた状態の際は、被控訴人の「座れ」「伏せ」といった命令に従うことができた(原審被控訴人本人〔9~10頁〕)。

ウ 被控訴人は、令和2年秋頃から、被控訴人犬を本件ドックランに連れて行き、本件大ドッグランを利用するようになった。本件事故時の利用は、3、4回目であった。(乙18、原審被控訴人本人〔2頁〕)

被控訴人の認識では、飼主がドッグランにおいて行うべき管理の態様は、飼い犬の数mから10数mの距離にいて、何かあったらすぐに駆け付けてリードをつないで制御することができるように、いつもリードを手に持ち、犬の挙動を注視するというものであった(原審被控訴人本人〔3頁〕)。

被控訴人は、裸眼視力が0.6程度、矯正視力が1.0で、常に眼鏡をかけていた(原審被控訴人本人〔8頁〕)。

エ 被控訴人の認識では、犬がドッグランにおいて追い掛けっこをすることは通常の行動であり、本件事故日における被控訴人犬の追い掛けっこについても特に危険性を感じたことはなかった(原審被控訴人本人〔13頁〕)。

(4) 控訴人の受傷及び通院等(甲2〜5、8〜11、乙2~4)

控訴人は、本件事故後、左足関節捻挫、左肩関節捻挫、左下腿打撲傷、左肩関節拘縮の診断名で、以下のとおり、通院した(ただし、控訴人は、これに加え、棘上筋損傷と診断されたと主張している。)。

ア a1医院

通院期間 令和3年2月8日から同年6月28日まで(実通院日数:6日)

医療記録には、「ドッグランで犬の散歩中、右側から大きい犬が当たり、足をすくわれる感じで転倒」と説明した旨、記載されている。

イ b整骨院

通院期間 令和3年2月12日から同年4月30日まで(実通院日数:40日)(甲3、乙3。なお、同年4月分については、乙3の通院日数によった。)

ウ c病院

通院期間 令和3年6月9日

左肩関節のMRI検査につき、明らかな断裂は指摘できず、棘上筋腱損傷疑いという所見であった(乙4〔32枚目〕)。

(5) 控訴人の後遺障害診断及び後遺障害等級認定等

ア 後遺障害診断(甲8)

控訴人は、以下のとおり、a1医院で後遺障害診断を受けた(診断日:令和3年10月18日)

(ア) 症状固定日 令和3年10月18日

(イ) 傷病名 左足関節捻挫、左肩関節捻挫、左肩関節拘縮

(ウ) 自覚症状 左足関節の痛み。左肩の痛み。左肩を挙上する際に恐怖感があり。左足関節近位部まで布団を敷いて膝を伸ばして就寝するため左膝の疼痛も出現。

(エ) 他覚症状及び検査結果

MRIにて棘上筋損傷を認める

イ 主治医の意見

主治医は、控訴人の棘上筋損傷(部分損傷)は、中程度のものであり、それほど激しいものではないため、損傷直後に肩の違和感程度しか感じないことは臨床上起こり得るという意見を述べている(甲2の3、10、23)。

ウ 後遺障害等級認定(甲9)

控訴人は、d保険株式会社から、後遺障害には該当しないと判断された。

(6) 医学的知見

ア 腱板断裂は、身体所見及び画像所見(単純X線、超音波、MRI)に基づいて行われるが、軟部組織の病変なので、初期の段階では単純X線でみえる骨格には明らかな異常所見を認めないことが多い(甲20〔5枚目〕)

イ 腱板断裂が起きると、激しく痛むものは30%、軽い痛みのあるものは64%程度で、疼痛は患者の主症状とはなり得ておらず、腱板の変性が強いと考えられる高齢者では、疼痛の自覚がない症例もある。(乙12〔28枚目〕)。

住民健診では腱板断裂があっても痛みのない人が3分の2、痛みのある人が3分の1であったとする報告もある(甲20〔2枚目〕)。

痛みの原因は、断裂そのものではなく、炎症であるという指摘もある(甲21)。

ウ 肩の腱板断裂には、①加齢性変化により腱板が脆く傷んで、いつのまにか腱板が切れ、日常生活で症状が強くない場合(加齢性、高齢者に多い)、②転倒や急激に力を入れ、肩に負担がかかり、一気に腱板が断裂し、強い痛みが生じる場合(外傷性、50歳以上の中高年に好発する)、③オーバーヘッドスポーツ等による肩の使いすぎにより断裂する場合(オーバーユース、若年者でも生じ得る)等がある(乙6〔2枚目〕、7〔2枚目〕)。

エ 腱板断裂が起きると、脂肪変性が生じることがある。脂肪変性が生じる確率は、Goutallierの報告では棘上筋で56.7%であった(乙9〔3枚目〕)。

オ 堀克弘らの研究によれば、脂肪変性が生じる期間は、stage0(low density areaをまったく認めない場合)が平均2.6か月、stage1(わずかにlow density areaを認める場合)が平均3.3か月、stage2(low density areaが筋線維の占める面積よりも少ない場合)が平均3.7か月であった(乙9〔2、3枚目〕)。

また、交通事故案件において医学的知見を提供する医師は、腱板損傷後の脂肪変性併発率は30~70%とばらつきがあり、脂肪変性は受傷後3か月ほど経過してから画像上で認められるようになると指摘している(乙8〔2枚目〕)。」

3 争点1(被控訴人が相当の注意を払ったか)及び争点4(過失相殺)について

(1) 動物占有者責任について

動物占有者責任は、占有者が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたことを主張・立証すれば、その責任を免れるところ(民法718条1項ただし書)、相当の注意とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないと解される(最高裁昭和37年2月1日第一小法廷判決・民集16巻2号143頁参照)。 そして、ドッグランは、リードを外して自由に走らせることができる施設ではあるものの、あくまで飼主の適切な管理下にある犬の利用が想定されているのであるから、施設の性格から上記の通常払うべき程度の注意義務が軽減されることはないというべきである。

(2) 被控訴人が、本件事故時、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたか否かについて

そこで、被控訴人が、本件事故時、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたか否かを検討すると、認定事実(3)ウによれば、被控訴人の認識では、飼主がドッグランにおいて行うべき管理の態様は、飼い犬の数mから10数mの距離にいて、何かあったらすぐに駆け付けてリードをつないで制御することができるように、いつもリードを手に持ち、犬の挙動を注視するというものであった。

もっとも、認定事実(2)ウによれば、被控訴人犬は、本件事故前に、控訴人犬を追い掛けることに夢中になり、控訴人に衝突しそうになり、幸い、被控訴人犬に正対していた控訴人がこれを自然によけたため大事には至らなかったことが認められる。そして、この直前、被控訴人は、南側のフェンス付近の白い椅子に座り、リードをテーブルに置き、腕を組んで被控訴人犬を注視し、一連の様子を観察していた。

したがって、被控訴人は、被控訴人犬が比較的温厚な性格で、基本的なしつけも行っており、本件事故以前に他の犬とけんかをしたことがなかったとしても(認定事実(3)ア及びイ)、ドッグランという広い空間で自由に走り回ることができる非日常的体験下においては、被控訴人犬が遊びに夢中になり、人に衝突する危険があることや、被控訴人犬に追い掛けられた控訴人犬がいわば安全基地である控訴人に向かって逃げることで、控訴人犬及び被控訴人犬が控訴人の方向に突進していくおそれがあることを具体的に予見し又は予見することができたというべきである。

そして、被控訴人犬と被控訴人の走る速度の違いを考慮すれば、このような危険を防止するためには、被控訴人犬にリードをつけたり、被控訴人犬を一時的に退場させたりするなどの措置をとり、被控訴人犬を遊びに夢中な状態から落ち着かせるか(事情2参照)、被控訴人犬のところに駆け付けるか、せめて「おいで」「止まれ」といった口頭の命令を試みるなどして制止する(事情3参照)ほかないところ、被控訴人は、このような行動をしたことはうかがわれない(なお、控訴人は、仮に控訴人犬が人間に突進した場合、まず大声で制止すると述べており(原審控訴人本人〔15頁〕)、通常の飼育経験のある飼主であれば、口頭の命令を試みることは自然かつ容易であると考えられる。)。

したがって、被控訴人は、被控訴人犬が合理的行動を取るであろうと過信し、体高50cm前後、体重約28kgの大型犬が人間の死角から高速で衝突した場合の衝撃の程度に思い至らず、遊びで興奮状態の被控訴人犬にリードをつける等の適切な措置を取らなかったり、被控訴人犬を制止する措置をしたりはしなかったのであるから、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたとは認められない。

(3) 本件事故時の状況について

本件事故時の状況について、被控訴人は、控訴人犬が、控訴人に背後から走って近づき、急に左に方向転換し、控訴人の左側を通り抜け、控訴人犬を追い掛けていた被控訴人犬も、それに合わせて左に方向転換し、控訴人犬を追い掛けようとしたが、その際、控訴人の脚に背後から接触した旨主張する。これに対し、控訴人は、原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸付近に立って、控訴人の家族と控訴人犬の様子を見ていた旨主張し、原審本人尋問においても、控訴人犬が柵の方や控訴人の配偶者の方をうろうろしていた旨供述している(原審控訴人本人〔16頁〕)。

そこで、本件事故時の状況を検討すると、控訴人は、意味もなくなくドッグランの中央部付近に行くことは少ないと述べているところ(原審控訴人本人〔6頁〕)、控訴人が本件事故に遭った原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸の位置から南側の柵の位置までは、航空写真(甲8)と対照すると、8m弱は離れていることが認められ、配偶者及び控訴人犬と別行動した合理性が見出し難い。むしろ、被控訴人犬は、本件事故前にも控訴人犬を追い掛けて控訴人と衝突しそうになったことがあるのであり(認定事実(2)ウ)、本件事故時も控訴人犬を追い掛けていたと考えるのが自然である。とするならば、控訴人は、自身の背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしておらず、そのため、被控訴人犬の接近に気付くことができなかった過失が認められる(なお、仮に、控訴人が主張するとおり、控訴人犬が柵の方や控訴人の配偶者の方をうろうろしていたのだとしても、控訴人は、控訴人犬が控訴人の配偶者の近くにおり、同人による管理が可能であり、控訴人が注視する必要があったとまではいえなかったにもかかわらず、合理的理由なく本件大ドッグランの周辺部でない部分に立ち、自身の背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしなかったのであるから、いずれにせよ過失が認められる。)。

以上の控訴人及び被控訴人の各過失の内容等を考慮すれば、本件事故における控訴人の過失割合は、20%とするのが相当である。

4 争点2(本件事故と控訴人の損害の因果関係の存否)について

(1) 前記認定事実(2)ウ及び(3)アによれば、被控訴人犬は、体重が約28㎏であり、時速11.7km以上の速度で控訴人に衝突したことが認められる。そして、体重約28kgは小学校低学年の児童の体重程度であると考えられるところ、本件事故は、小学校低学年の児童が、一般人のジョギングよりも速い速度で、頭から突進したに等しい衝撃が発生しており、さほど広くはない接触部位(控訴人の下肢の一部)にその衝撃が集中したことや、控訴人が防御の体勢ではなかったことも考慮すれば、軽微な接触であったとは認められない。

もっとも、控訴人は、本件事故後の令和3年2月8日、a1医院において「ドッグランで犬の散歩中、右側から大きい犬が当たり、足をすくわれる感じで転倒」と説明したことを踏まえれば(乙2〔3枚目〕)、前方に突き飛ばされ、宙に浮いた状態で前方に数メートル飛ばされたとは認められないが、控訴人が、初診時から左肩の違和感を訴え、レントゲンを撮影したことを踏まえれば、単に尻もちをついただけとも認められない。したがって、控訴人は、足をすくわれる形で転倒し、その際に左肩及び左腕を地面にぶつけ、左足関節捻挫、左肩関節捻挫及び左下腿打撲傷の傷害を負ったと認められる。

(2)ア 棘上筋損傷については、令和3年6月9日に撮影したMRIにおいて指摘されたものであるところ(乙4)、本件事故日(同年2月6日)から4か月以上が経っていることから、本件事故との因果関係が問題となる。

この点について、控訴人は、控訴人の左肩には棘上筋損傷が生じており、その原因は本件事故である旨主張し、控訴人の主治医であるa2医師も、控訴人の左肩の棘上筋損傷の原因は本件事故の可能性が高いという意見書を提出している(甲10)。

これに対し、被控訴人は、控訴人の肩症状は、本件事故当日は何もなく、2日後の初診時も違和感を訴えたのみで、9日後に強い痛みへと増悪しており、不自然な推移であり、左肩関節の画像も明らかな断裂がなく、腱板断裂の特徴的な症状もみられない。そして、MRI検査が行われたのは本件事故の約4か月後で、輝度変化は脂肪変性の併存率が低い棘上筋で認められていることからすると、脂肪変性がないことは輝度変化が外傷によることを裏付けるものではない。仮に、控訴人の左肩に腱板断裂が生じたとしても、外傷性変化によるものではなく加齢による変性断裂の可能性があり、本件事故との因果関係はない旨主張する。

イ そこで検討すると、認定事実(5)イによれば、控訴人の腱板損傷は中程度の部分損傷にすぎず、それほど激しいものではなく、このことは、c病院の所見が、明らかな断裂は指摘できないものの、棘上筋腱損傷を疑ったというものであったこと(認定事実(4)ウ)とも整合的である。したがって、本件事故当日は何もなく、2日後の初診時も違和感を訴えたのみであったとしても、臨床上は起こり得るという主治医の意見が誤りであるとは認められない。また、外傷に起因する肩腱板損傷に伴う疼痛や可動域制限の症状は事故直後の急性期が最も重篤であるとするd保険株式会社の顧問医の意見(甲9)は、一般論としては理解できるものの、損傷の程度による違いが生じる可能性を考慮したことがうかがわれないし、肩腱板の炎症が継続すれば、組織の硬化や筋の拘縮が生じ、時間の経過や動作の種類によって可動域制限の症状が悪化し得る可能性を考慮したこともうかがわれないため、直ちには信用できない。

また、e医師の意見書(乙12)については、被控訴人に提供された資料(乙12〔8頁〕)のみに基づいて作成されたものであるため、意見の形成に当たり、控訴人に加わった外力の程度(約28㎏の物体が、一般人のジョギングよりも速い速度で、死角である背後から、さほど広くない接触部位に集中して衝突しており、控訴人は防御の体勢ではなかったこと)という、傷害の発生の可能性及びその程度を検討する上で最も重要となる基礎事実が考慮されていない。そして、控訴人が痛みを訴えている部位が左足関節、左肩関節、左下腿であり、左肘関節、左膝関節、左背部が含まれていないこと(甲2、3、乙2)を踏まえれば、転倒時の衝撃が伝わった部位が左肩及び左足周辺という局地的なものであったことや、転倒するに当たり地面からの高さがより高い左肩のほうが衝撃が大きかった可能性があることが推認されるが、被控訴人犬の衝突によって加わった力の一部及び成人男性である控訴人の体重に由来する力が一度に局所的に伝わった場合であっても、意見書のように「新たな外傷(打撲・捻挫)は生じ得なかった、または生じたとしても外傷としてはきわめて軽症のものであり、「左肩に違和感」が出現していたことから治療を要しない程度の「左肩関節捻挫」と推測される」(乙12〔2頁〕)といい得るものかは疑問が残り、直ちに信用できない。

したがって、控訴人の肩症状の推移は、臨床上は起こり得るものであることが認められる。

ウ 控訴人に脂肪変性が認められないことについては、認定事実(6)エ及びオによれば、棘上筋の断裂に係る脂肪変性の発生率は56.7%程度であり、患者によってばらつきがあることが認められる。そして、脂肪変性が認められる場合は断裂から相当程度の期間が経過したことが推認されるものの、逆の場合、すなわち脂肪変性が認められない場合は、上記発生率を前提とすれば、そもそも脂肪変性が発生しない患者であった可能性も43.3%程度はあるといえるのであるから、脂肪変性の有無が本件事故と控訴人の損傷の因果関係の有無を左右する事実であるとは認められない。

もっとも、控訴人(本件事故当時38歳、甲2の1〔2枚目〕)が本件事故前に肩関節痛を訴えて通院したことはうかがわれず、控訴人の業務内容も理髪業店舗の運営、経理及び事務であり、デスクワークが半分程度、理髪店のサインポール及び天井の照明の電球の手配及び交換が半分程度であるから(原審控訴人本人〔29頁〕)、肩関節を酷使する業務であるとは認められず、加齢やオーバーユースによる腱板断裂の可能性は低いというべきである(認定事実(6)ウ)。

(3) したがって、本件事故と因果関係のある傷害は、左足関節捻挫、左肩関節捻挫及び左下腿打撲傷、中程度の棘上筋損傷(部分損傷)であると認められる。

5 争点3(控訴人の損害の有無及び額)について

前記4を踏まえれば、控訴人の損害額は、次のとおりである。

(1) 治療費(甲2~4)

38万6654円

(2) 文書料(甲5の1~3)

ア 後遺障害診断書 1万1000円

イ 診療録開示代金

5860円

ウ 医療鑑定料 32万0100円

(3) 通院交通費

2万0520円

【事実認定の補足】

控訴人がa1医院、b整骨院及びc病院に通院したことが認められ、何らかの通院交通費が発生したことが認められるが、控訴人が計算の基礎とする片道の距離について、a1医院及びc病院については、立証がされていない。

また、b整骨院については、片道19.7㎞程度であることが認められ(乙17)、控訴人が主張する片道19㎞は合理的であるといえるものの、同整骨院に通院した日のうち令和3年4月5日、7日、16日及び19日の4日間(乙3〔5枚目〕)については、通院日の一覧(甲3〔2枚目〕)上は通院しておらず、通院したとしても、控訴人は勤務先にも出勤しており(甲6)、自宅から通院したとまでは認められないから、通院交通費は、2万0520円と認める。【計算式】19㎞×36回×2×15円=2万0520円

(4) 休業損害(甲6、7)

126万円

【事実認定の補足】

控訴人の本件事故当時の日給は3万円であると認められる(甲7)。そして、控訴人の業務内容は理髪業店舗の運営、経理及び事務であり、デスクワークが半分程度、理髪店のサインポール及び天井の照明の電球の手配及び交換が半分程度であるところ(原審控訴人本人〔29頁〕)、肩関節を酷使する業務であるとは認められない。また、控訴人は、自宅から片道19㎞の距離のb整骨院まで通院していた旨主張していることを踏まえれば、理髪業店舗に電球を届けることも困難とまではいえない。さらに、医師に休業を命じられたこともうかがえず、前記(3)のとおり、令和3年4月5日、7日、16日及び19日の4日間については、出勤日に通院も行ったことが認められるから、通院のために欠勤する必要性があったとも直ちには言い難い。加えて、本件事故と相当因果関係がある通院日数は、重複している同年2月15日を1日とすると、46日にとどまる。

したがって、控訴人の症状及び通院状況を踏まえれば、75日間の休業の必要があったとまでは認められず、控え目に算定し、勤務を行っていない通院日分として3万円×42日分=126万円を損害として認める。

(5) 後遺障害逸失利益

1465万9092円

【事実認定の補足】

控訴人は、MRI検査の結果、中程度の腱板損傷(部分損傷)と診断され、他動運動による左肩関節の外転運動の可動域(75度)が、右肩関節の可動域(135度)の4分の3以下に制限されたことが認められる(甲8)。

したがって、控訴人の左肩に残存した機能障害は、「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(12級6号)と評価すべきである。

控訴人は基礎収入として1071万6407円を主張するところ、控訴人は、親族が経営する会社に勤務しており、業務内容は理髪業店舗の運営、経理及び事務であり、デスクワークが半分程度、理髪店のサインポール及び天井の照明の電球の手配及び交換が半分程度であるから(原審控訴人本人〔29頁〕)、上記基礎収入が労働実態に見合った金額であるとは直ちには認め難い事情があるといえ、控訴人も業務日誌、業務内容の説明資料、勤務先関係者の証言等、何らの立証もしておらず、後遺障害の症状固定後に減収したこともうかがわれない。

もっとも、控訴人は左肩に後遺障害が残存しており、理髪店の天井の照明の電球の手配等の雑務に一定程度の支障が出ることが認められるから(原審控訴人本人〔14、29頁〕)、賃金センサス令和3年第1巻第1表の「男」「学歴計」「35~39」の年収である545万6800円を基礎収入とすべきである。

【計算式】

基礎収入545万6800円×労働能力喪失率0.14×労働能力喪失期間29年間に対応するライプニッツ係数19.1885=1465万9092円

(6) 通院慰謝料

102万6000円

【計算式】

令和3年2月8日から同年6月28日まで(4か月と21日)

90万円+(108万円-90万円)×21/30=102万6000円

(7) 後遺障害慰謝料

280万円

(8) 既払金 38万6654円

(9) 具体的金額

ア (1)~(7)の合計額 2048万9226円

イ 過失相殺(20%) 2048万9226円×(1-0.2)

=1639万1380円

ウ イ-(8) 1600万4726円

6 結論

よって、控訴人の請求は1600万4726円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、原判決を上記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第1民事部