ドッグラン事故
民事|飼い主の利益と加害者の利益対立|大阪高等裁判所令和7年6月18日損害賠償等請求控訴事件判決
目次
質問:
小さな犬を飼っており近所の公園のドッグランを利用することがあります。先日、大型犬が別の利用者に衝突した場面を目撃してしまいました。幸い怪我は無かったようですが、後ろから衝突されたら怪我をするのではないかと心配になりました。咬みつきもしくは衝突事故に巻き込まれた場合はどうしたら良いのでしょうか。事前にお伺いしたいです。
回答:
1、東京都動物の愛護及び管理に関する条例9条1号で、犬の飼い主はリードをつけて管理することが義務付けられており、違反すると同40条1号で30日未満の拘留や1万円未満の科料が定められています。但し,公園内に設置された「ドッグラン」ではリードを外すことが認められています(東京都の動物愛護条例施行規則3条)。リードを外して放し飼いにしてよいとはいえ、買主は飼い犬の動きに注意を払い他の利用者に危害を加えないように注意する義務が課せられています。注意義務に違反した場合の不法行為責任が、民法709条718条で規定されています。飼い犬が他の利用者に突進していき、不意に衝突してしまい、利用者に傷害の結果を発生させ、「後遺障害」を生じてしまう場合もあります。そのような場合には、例えば1600万円などの高額な民事損害賠償義務が判決で命ぜられてしまう場合もありますので注意が必要です。参考判例も御紹介致します。どのような場合に飼い主の注意義務違反となるかは解説で詳しく説明します。
2、犬の管理に重大な落度があり、または故意に飼い犬をけし掛けて他の利用者に衝突させ、または咬みついて怪我をさせてしまった場合、刑事責任を問われてしまう場合もあります。適用可能性のある罪名・罰条は、刑法209条過失傷害罪、刑法210条過失致死罪、刑法211条業務上過失致死傷罪・重過失致死傷罪、刑法204条傷害罪、刑法205条傷害致死罪、軽犯罪法1条12号などです。過失傷害罪と過失致死罪は、起訴するのに刑事告訴が必要な親告罪です。参考判例も御紹介致します。
3、ドッグラン内で事故が起きてしまった場合は、救命が必要な場合は救急車を呼んで病院の治療を受けると同時に、家族知人などにも頼んで、警察や公園事務所などへの事故報告も行うと良いでしょう。同時に、事故の相手方の特定情報(双方の運転免許証のスマホ撮影や、電話番号やメールアドレスのメモ書き、双方の犬の特定情報として全身スマホ撮影や、マイクロチップ番号や犬鑑札や狂犬病予防注射済票の撮影やメモ)を交換して、後日民事賠償問題を解決できるように証拠を保存されると良いでしょう。連絡先の交換を拒むなど穏当な話し合いを拒むようであれば、「事故の届け出は法令上の義務であるから協力して貰えないなら、過失傷害罪などでの被害届を出して刑事事件になってしまう」と警告されると良いでしょう。それでも連絡先を明らかにしない場合は、警察に連絡することになります。刑事民事の連絡は当人同士では感情が行き違いとなってしまう場合もありますので、早期に代理人弁護士に相談して代理人仲介も検討なさって下さい。
解説:
1、動物愛護法、動物愛護条例
動物愛護法7条1項では、動物の所有者又は占有者は、他人の生命身体財産に危害を加えないよう努める義務が規定され、同7条3項では、「その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と規定されています。但しこれには刑事罰が規定されておりませんので、飼い主の法的な努力義務ということになります。
東京都動物の愛護及び管理に関する条例9条1号で、犬の飼い主はリードをつけて管理することが義務付けられており、違反すると同40条1号で30日未満の拘留や1万円未満の科料に刑事処分されることがあります。とはいえ、リードをしないで散歩していただけで罰されることはなく、何らかの重大結果が発生するとか悪質でないかぎり抑制的に運用されているようです。
この例外として、「逸走又は人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場合で、東京都規則で定めるとき」として、各都立・区立公園などの利用規則で指定された区域内(柵などで一般利用者の区域と区切られた管理区域、ドッグラン区域のこと)では、リードを外すことが認められています。各公園のドッグラン利用規約は様々な内容がありますが、概ね狂犬病予防注射済票を提示して利用登録した上で利用が認められているようです。
動物愛護法7条(動物の所有者又は占有者の責務等)抜粋1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。この場合において、その飼養し、又は保管する動物について第七項の基準が定められたときは、動物の飼養及び保管については、当該基準によるものとする。
2項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。
3項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
東京都動物愛護条例9条(犬の飼い主の遵守事項)犬の飼い主は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。
一号 犬を逸走させないため、犬をさく、おりその他囲いの中で、又は人の生命若しくは身体に危害を加えるおそれのない場所において固定した物に綱若しくは鎖で確実につないで、飼養又は保管をすること。ただし、次のイからニまでのいずれかに該当する場合は、この限りでない。
イ 警察犬、盲導犬等をその目的のために使用する場合
ロ 犬を制御できる者が、人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場所並びに方法で犬を訓練する場合
ハ 犬を制御できる者が、犬を綱、鎖等で確実に保持して、移動させ、又は運動させる場合
ニ その他逸走又は人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場合で、東京都規則(以下「規則」という。)で定めるとき。
40条 次の各号の一に該当する者は、拘留又は科料に処する。
一号 第9条第一号の規定に違反して、犬を飼養し、又は保管した者
東京都動物愛護条例施行規則
第3条(犬の飼養の特例) 条例第九条第一号ニに規定する規則で定めるときは、次の各号に掲げるとおりとする。
一 犬を制御できる者の管理の下で、犬を興行、展示、映画製作、曲芸、競技会、テレビ出演又は写真撮影に使用するとき。
二 犬を制御できる者が犬を調教するとき。
東京都の動物愛護条例施行規則3条では、犬の飼い主がノーリードで管理して良い場合を「犬を制御できる者が犬を調教するとき」と規定しています。この規定は具体的にドッグランのことを指しているものではありませんが、各公園のドッグラン利用規則にも、犬の制御ができることが利用条件に含まれています。
このように、公園内に設置された「ドッグラン」は、動物愛護法や動物愛護条例で定められた飼い主のリードを繋いで動物を管理する義務が除外されている区画という法的位置づけになります。勿論、例外規定の条件を満たすために、ドッグランの利用規約を全て遵守することが必要となります。
2、飼い主の民事上の責任
(1)不法行為責任
ドッグラン内ではリードを外すことが認められていますが、飼い主は飼い犬の動きに注意を払い他の利用者に危害を加えないように注意する義務が課せられています。これは民法709条と718条で不法行為責任が規定されていることの裏返しで、社会生活全般に課せられた「他人に迷惑を掛けない様に行動する」という一般的な注意義務です。この注意義務は、前記の通り動物愛護法7条や、東京都動物愛護条例9条でも具体化されています。
民法709条(不法行為による損害賠償)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法718条(動物の占有者等の責任)
1項 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2項 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
民法718条に規定された動物占有者の管理責任は、被害者保護のために一部立証責任が転換された構造となっています。つまり、民法709条など一般不法行為責任であれば被害者が加害者の故意過失に基づく不法行為の事実について立証責任を負うのに対して、動物占有者の責任については、被害者は動物による損害発生行為の発生を立証すれば良く、「相当の注意」を払っていたので故意過失が無かったことについては、動物占有者側が立証責任を負担しているのです。動物はそもそも、危険を及ぼす可能性がありますし、どの程度の注意をすれば良いのか、危険性を理解している飼い主が一番わかりますから、注意義務に違反していなかったことについて立証責任を負わされていることになっています。
この動物占有者責任は、占有者が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたことを主張・立証すれば、その責任を免れますが(民法718条1項ただし書)、相当の注意とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないと解されています(最高裁昭和37年2月1日第一小法廷判決・民集16巻2号143頁参照)。具体的には、動物の個性や、状況によって判断されることになります。
一般的には、損害という結果が発生することの予見が可能であったか、可能として予見する義務があったか、それを前提に予見して結果を回避すること可能であったか、可能として具体的にどのような行動をする義務がったか、という予見義務、結果回避義務の違反があったか否かが問題となります。意外に思われるかもしれませんが、法律解釈には、一般人の日常生活の在り方(社会通念)が大きく影響するものです。同じような犬を飼っている飼い主が皆行っているような安全対策を、当該行為者も行っていたかどうか、そういう事項が重要視されるのです。
飼い犬がドッグラン内で他の利用者に突進して行って不意に衝突してしまい、利用者に傷害の結果を発生させ、脚や腕の関節の可動域が制限されるなど後遺障害を生じてしまう場合もあります。法律的には、損害論として議論されますが、過失があるとしてどこまでの損害を賠償する責任があるかという問題です。後遺障害が認定されると、障害の内容や程度に応じて被害者の労働能力喪失率が認定され、就労可能年数に対応する逸失利益(生涯収入の減少分)が算定され、損害賠償請求されてしまうことがあります。そのような場合には、例えば1600万円などの高額な民事損害賠償義務が判決で命じられてしまう場合もありますので注意が必要です。参考判例も御紹介致します。
(2)参考判例
東京高裁令和7年6月18日損害賠償等請求控訴事件判決
『(1) 動物占有者責任について
動物占有者責任は、占有者が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたことを主張・立証すれば、その責任を免れるところ(民法718条1項ただし書)、相当の注意とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないと解される(最高裁昭和37年2月1日第一小法廷判決・民集16巻2号143頁参照)。 そして、ドッグランは、リードを外して自由に走らせることができる施設ではあるものの、あくまで飼主の適切な管理下にある犬の利用が想定されているのであるから、施設の性格から上記の通常払うべき程度の注意義務が軽減されることはないというべきである。
(2) 被控訴人が、本件事故時、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたか否かについて
そこで、被控訴人が、本件事故時、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたか否かを検討すると、認定事実(3)ウによれば、被控訴人の認識では、飼主がドッグランにおいて行うべき管理の態様は、飼い犬の数mから10数mの距離にいて、何かあったらすぐに駆け付けてリードをつないで制御することができるように、いつもリードを手に持ち、犬の挙動を注視するというものであった。
もっとも、認定事実(2)ウによれば、被控訴人犬は、本件事故前に、控訴人犬を追い掛けることに夢中になり、控訴人に衝突しそうになり、幸い、被控訴人犬に正対していた控訴人がこれを自然によけたため大事には至らなかったことが認められる。そして、この直前、被控訴人は、南側のフェンス付近の白い椅子に座り、リードをテーブルに置き、腕を組んで被控訴人犬を注視し、一連の様子を観察していた。
したがって、被控訴人は、被控訴人犬が比較的温厚な性格で、基本的なしつけも行っており、本件事故以前に他の犬とけんかをしたことがなかったとしても(認定事実(3)ア及びイ)、ドッグランという広い空間で自由に走り回ることができる非日常的体験下においては、被控訴人犬が遊びに夢中になり、人に衝突する危険があることや、被控訴人犬に追い掛けられた控訴人犬がいわば安全基地である控訴人に向かって逃げることで、控訴人犬及び被控訴人犬が控訴人の方向に突進していくおそれがあることを具体的に予見し又は予見することができたというべきである。
そして、被控訴人犬と被控訴人の走る速度の違いを考慮すれば、このような危険を防止するためには、被控訴人犬にリードをつけたり、被控訴人犬を一時的に退場させたりするなどの措置をとり、被控訴人犬を遊びに夢中な状態から落ち着かせるか(事情2参照)、被控訴人犬のところに駆け付けるか、せめて「おいで」「止まれ」といった口頭の命令を試みるなどして制止する(事情3参照)ほかないところ、被控訴人は、このような行動をしたことはうかがわれない(なお、控訴人は、仮に控訴人犬が人間に突進した場合、まず大声で制止すると述べており(原審控訴人本人〔15頁〕)、通常の飼育経験のある飼主であれば、口頭の命令を試みることは自然かつ容易であると考えられる。)。
したがって、被控訴人は、被控訴人犬が合理的行動を取るであろうと過信し、体高50cm前後、体重約28kgの大型犬が人間の死角から高速で衝突した場合の衝撃の程度に思い至らず、遊びで興奮状態の被控訴人犬にリードをつける等の適切な措置を取らなかったり、被控訴人犬を制止する措置をしたりはしなかったのであるから、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたとは認められない。
(3) 本件事故時の状況について
本件事故時の状況について、被控訴人は、控訴人犬が、控訴人に背後から走って近づき、急に左に方向転換し、控訴人の左側を通り抜け、控訴人犬を追い掛けていた被控訴人犬も、それに合わせて左に方向転換し、控訴人犬を追い掛けようとしたが、その際、控訴人の脚に背後から接触した旨主張する。これに対し、控訴人は、原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸付近に立って、控訴人の家族と控訴人犬の様子を見ていた旨主張し、原審本人尋問においても、控訴人犬が柵の方や控訴人の配偶者の方をうろうろしていた旨供述している(原審控訴人本人〔16頁〕)。
そこで、本件事故時の状況を検討すると、控訴人は、意味もなくなくドッグランの中央部付近に行くことは少ないと述べているところ(原審控訴人本人〔6頁〕)、控訴人が本件事故に遭った原判決別紙2の「原告」という文字が付記された黒丸の位置から南側の柵の位置までは、航空写真(甲8)と対照すると、8m弱は離れていることが認められ、配偶者及び控訴人犬と別行動した合理性が見出し難い。むしろ、被控訴人犬は、本件事故前にも控訴人犬を追い掛けて控訴人と衝突しそうになったことがあるのであり(認定事実(2)ウ)、本件事故時も控訴人犬を追い掛けていたと考えるのが自然である。とするならば、控訴人は、自身の背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしておらず、そのため、被控訴人犬の接近に気付くことができなかった過失が認められる(なお、仮に、控訴人が主張するとおり、控訴人犬が柵の方や控訴人の配偶者の方をうろうろしていたのだとしても、控訴人は、控訴人犬が控訴人の配偶者の近くにおり、同人による管理が可能であり、控訴人が注視する必要があったとまではいえなかったにもかかわらず、合理的理由なく本件大ドッグランの周辺部でない部分に立ち、自身の背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしなかったのであるから、いずれにせよ過失が認められる。)。
以上の控訴人及び被控訴人の各過失の内容等を考慮すれば、本件事故における控訴人の過失割合は、20%とするのが相当である。』
この判例では、民法718条の動物占有者の注意義務を、「通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではない」としつつ、「被控訴人犬が合理的行動を取るであろうと過信し、体高50cm前後、体重約28kgの大型犬が人間の死角から高速で衝突した場合の衝撃の程度に思い至らず、遊びで興奮状態の被控訴人犬にリードをつける等の適切な措置を取らなかったり、被控訴人犬を制止する措置をしたりはしなかったのであるから、通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたとは認められない。」と判示して、飼い主の注意義務違反を認定しています。ドッグラン内での犬の状況から、興奮して人にぶつかるという結果が発生することは予見可能であったこと、犬の状況を注意してそのような結果が発生すかもしれないことを予見する義務があったこと、その予見を前提に犬を落ち着かせるなり、リードをつけることで結果が回避できたのに適切な対応を取らなかったことが、通常払うべき程度の注意義務を払わなかったと判断されたのです。
損害の認定については、年収1071万円(損害額は賃金センサスの545万円で計算)の38歳の理容師が、左肩可動域が中程度の腱板損傷(部分損傷)と診断され、他動運動による左肩関節の外転運動の可動域(75度)が右肩関節の可動域(135度)の4分の3以下に制限されたことが認定され、左肩に残存した機能障害は、「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」(12級6号)と評価されました。労働能力喪失率は、交通事故の賠償額算定で用いられているものと同じものが使われます。これは、労働能力喪失率14パーセントの後遺障害であり、就労可能年齢65才までの労働能力喪失期間に対応する逸失利益が認定され、1600万円(過失相殺は2割)の高額賠償命令となりました。
3、飼い主の刑事上の責任
(1)各刑罰法規
まず前提として、飼い犬が他人に衝突したり噛みついたりしても、主に民事上の賠償問題を生じるに過ぎないのが原則であり、刑事事件として捜査されたり、起訴されたりすることは稀であることを再確認したいと思います。事故があって被害届を出そうとしても、警察署などの捜査当局は「民事事件じゃないですか」と何度も確認してくるでしょう。診断書や目撃証言など、ある程度証拠を揃えて相談しないと刑事事件として取り扱われることは無いでしょう。
他方、犬の管理に重大な落度があり、または、故意に飼い犬をけし掛けて他の利用者に衝突させ、または咬みつかせ、怪我をさせてしまった場合、被害が重大であり、事実関係が証拠などにより明らかなものであれば、刑事責任を問われてしまう場合もありますので注意が必要です。
適用される可能性のある罪名・罰条を列挙致します。
刑法209条過失傷害罪(過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。)・・・犬の管理の落度により犬が他人に危害を加えた場合、その相当因果関係が認められる場合に、過失傷害罪に問われる場合があります。この罰条は起訴するために被害者の刑事告訴が必要な親告罪です。
刑法210条過失致死罪(過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。)・・・犬の管理の落度により犬が他人を死亡させてしまった場合、その相当因果関係が認められる場合に、過失致死罪に問われる場合があります。この罰条は起訴するために被害者の刑事告訴が必要な親告罪です。
刑法211条業務上過失致死傷罪・重過失傷害罪(業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。)・・・反復継続して社会生活上の地位に基づき業務として動物を管理する者(動物園飼育員、獣医、ペットトリマー、ペットホテル従業員など)が、動物の管理を怠り、他人に死傷の損害を生ぜしめた場合。
後段は重過失により他人を死傷させた場合です。重過失というのは、一般的な注意義務違反を超える、故意に近いような注意義務違反が認定されることです。通常人に要求される程度の相当な注意をせずとも、わずかな注意さえ払えばたやすく結果を予見できたのに、漫然と見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態により、他人を傷害させてしまった場合です。
刑法204条傷害罪(人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。)・・・他人を傷害させようと認識し故意により、または、傷害の結果を生じてもやむを得ないと容認しつつ、飼い犬をけし掛けて他人を怪我させてしまった場合。ナイフや棒などの凶器のように、飼い犬を道具として用いて他人を傷つけたと評価される場合があります。
刑法205条傷害致死罪(身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。)・・・傷害罪の結果的加重犯です。つまり、傷害の故意で飼い犬をけし掛けて他人を怪我させたが、怪我が重くて結果的に被害者が亡くなってしまった場合。なお、犬が他人を死亡させることが常態となることは通常想定できないことから、犬を道具として用いる殺人罪(刑法199条)が立件されることは通常考えられないことです。
軽犯罪法1条12号(第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。12号 人畜に害を加える性癖のあることの明らかな犬その他の鳥獣類を正当な理由がなくて解放し、又はその監守を怠つてこれを逃がした者)・・・これは過去にも他人に衝突したり噛みついたことのある犬を他人の前でリードを外して解放する行為そのものを処罰するものです。傷害の結果発生が要件となっておりません。更に具体的な危険発生も要件とされておりませんので、抽象的危険犯とされています。リードを外した時点で既遂となります。
東京都動物愛護条例40条1号・・・東京都動物愛護条例7条1号に違反して、犬を逸走させないため、犬をさく、おりその他囲いの中で、又は人の生命若しくは身体に危害を加えるおそれのない場所において固定した物に綱若しくは鎖で確実につないで、飼養又は保管をしなかった者は、30日未満の拘留もしくは1万円未満の科料に処せられます。
(2)参考判例
岐阜地方裁判所令和6年7月17日判決
『宣告日 令和6年7月17日
事件番号 令和6年(わ)第95号
事件名 重過失傷害
主文
被告人を禁錮6月に処する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
当裁判所の認定した罪となるべき事実は、
第1 起訴状記載の公訴事実第1
第2 起訴状記載の公訴事実第2
と同一であるから、これらを引用する。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)省略
(量刑の事情)
本件は、「A」と名付けた闘犬種であるアメリカン・ピット・ブル・テリア1頭を飼育していた被告人が、①令和4年11月27日午後1時頃、被告人の力では十分に制御するのが困難なAを一人で散歩に連れ出した上、周囲の状況を注視せず、リードを適切に握持・操作しなかったなどの重過失により、前方の交差点を左側から自転車で右折してきた被害者(当時83歳)にAをかみ付かせて、回復不能の左耳介欠損と全治約1か月の右前腕犬咬創の傷害を負わせ(第1)、②その後の令和5年8月31 日午前7時頃、同居していた祖父(当時80歳)に適切な散歩の仕方を伝えて実行させることもないままAの散歩に行かせたなどの重過失により、道路を前方から自転車で進行してきた被害者(当時15歳)にAをかみ付かせて、全治約1か月半の膝窩部等犬咬傷の傷害を負わせた(第2)、重過失傷害2件の事案である。
アメリカン・ピット・ブル・テリアは、咬傷事故を起こしやすい犬種として知られ、被告人が住んでいた各務原市においても、咬傷事故が命に係わる重大事故につながるおそれがあるとして、犬の飼主に事故防止対策をとるよう呼びかけるパンフレットが配布されるなどしていた。Aはこのような犬種に属する上、しつけもできていなかったというのであるし、被告人は、このパンフレットは読んでいなかったものの、同犬種の犬が凶暴だとか、人を襲って死なせたなどとの記事がネット上に多数あるのは知っていたのであるから、不適切な仕方で散歩をさせれば重大な咬傷事故が生じる危険は十分予見できたといえる。そのような中で、被告人は、Aを自ら手に入れて被告人とともに飼育していた夫が自宅におり、夫に散歩をさせるなどの回避措置をとるのも容易だったのに、安易に自ら散歩に出た上、腰に巻いたリードを手に持つことなくAに引っ張られるまま歩いていて、第1の事故を起こした。
こうして上記の危険を自ら現実のものとし、それが容易に予見されるようになった後も、十分な事故防止対策をとらず、夫が不在となって祖父方に身を寄せた後は、高齢の祖父に懐いていないAの散歩を漫然と任せるようになって、第2の事故を起こしている。このように、いずれの事故についても過失は重大であり、被告人には強い非難が向けられる。その結果、被害者2名は突然犬にかみつかれて激しい肉体的苦痛を受け、上記のとおりそれぞれ相応に重い傷害を負い、生活や活動にも支障が生じるなどしている。以上によると、被告人の刑事責任には軽視できないものがあり、罰金刑ではなく禁錮刑を選択するのが相当である。
その余の事情をみると、被告人は、自らの重過失によって生じさせた各被害に、適切に向き合ってきたとは必ずしもいい難い。各被害者側への対応の仕方は稚拙で、平穏だった生活が受傷後に一変した第1の被害者を支えて心を痛め、苦しむ家族や、青春の1ページを損なわれた第2の被害者とその家族を、さらに傷付けたといわれてもやむを得ないものであり、彼らに真摯さ・誠実さを疑わせ、厳しい処罰感情を抱かせるに至っている。もっとも、被告人は、これまでAを殺処分すべく保健所に引き渡して再発防止措置をとり、捜査・公判を通じて事実を認め、治療費等の費用として請求された金額を支払うなど、自己の責任を認める姿勢は示してきた。そして、資力の問題もあって曲折を経たものの、各被害者側に対し、それぞれ相応の額の損害賠償金(省略)の分割払を約する示談を申し入れた上、その最初の支払(省略)もした。この申入れは現時点では受け入れられていないものの、被告人がこれらの行動によって改めて上記の姿勢を示し、申入れに係る支払を続けると約していることは、相応の評価に値する。なお、被告人にこれまで前科はない。
先に説示した被告人の刑事責任の程度に加え、これらの事情も併せ考慮すると、被告人を直ちに実刑に処するには躊躇するところがある。そこで、被告人を求刑どおりの禁錮刑に処した上、長期間の執行猶予を付して、損害賠償金の支払を含む慰謝の措置に尽くすよう促すこととする。
(求 刑 禁錮6月) 令和6年7月17日 岐阜地方裁判所刑事部』
この裁判例では、2件の重過失行為が起訴され認定されていました。
①令和4年11月27日午後1時頃、被告人の力では十分に制御するのが困難なAを一人で散歩に連れ出した上、周囲の状況を注視せず、リードを適切に握持・操作しなかったなどの重過失により、前方の交差点を左側から自転車で右折してきた被害者(当時83歳)にAをかみ付かせて、回復不能の左耳介欠損と全治約1か月の右前腕犬咬創の傷害を負わせ(第1)
②その後の令和5年8月31 日午前7時頃、同居していた祖父(当時80歳)に適切な散歩の仕方を伝えて実行させることもないままAの散歩に行かせたなどの重過失により、道路を前方から自転車で進行してきた被害者(当時15歳)にAをかみ付かせて、全治約1か月半の膝窩部等犬咬傷の傷害を負わせた(第2)、
この事案では、飼っていた犬が「闘犬種」である、アメリカン・ピット・ブル・テリアであったことも、被告の重過失が認定された要素となっています。アメリカン・ピット・ブル・テリアは、咬傷事故を起こしやすい犬種として知られ、被告人が住んでいた各務原市においても、咬傷事故が命に係わる重大事故につながるおそれがあるとして、犬の飼主に事故防止対策をとるよう呼びかけるパンフレットが配布されるなどしていたという事情が事実認定されています。これらの事情を知っているか、または容易に知ることができたのに、その対策を取らなかったことに重過失があるとされたのです。
4、まとめ(証拠保存など)
御相談は、将来の事故が御心配であるということです。何も想定しておかずに突然事故に巻き込まれてしまうと気が動転してしまい、重要な証拠の保全も出来なくなってしまう場合もあります。ペットを飼っており、ドッグランを利用しておられるのですから、上記のような、民事上・刑事上の法律関係をある程度頭に入れた上で、どのような証拠保全が有効なのか、予め考えておかれると良いでしょう。
ドッグラン内で事故が起きてしまった場合は、救命が必要な場合は救急車を呼んで病院の治療を受けると共に、家族知人などにも頼んで、警察や公園事務所などへの連絡も行うと良いでしょう。
咬みつき事故があった場合は、法令上の届け出義務があります。24時間以内に都知事に届け出し、48時間以内に獣医師への検診が必要です。また、獣医師もしくは飼い主は、狂犬病の疑いのある犬について保健所への届け出義務があります。具体的な手続きは公園事務所でも相談できるでしょう。
東京都における都庁の届け出先は「区市保健所」もしくは「動物愛護相談センター」です。
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kenkou/shisetsu/to_hokenhttps://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shisetsu/jigyosyo/douso
届出様式
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/jikohassei2023
東京都動物愛護条例29条(事故発生時の措置)
1項 飼い主は、その飼養し、又は保管する動物が人の生命又は身体に危害を加えたときは、適切な応急処置及び新たな事故の発生を防止する措置をとるとともに、その事故及びその後の措置について、事故発生の時から二十四時間以内に、知事に届け出なければならない。
2項 犬の飼い主は、その犬が人をかんだときは、事故発生の時から四十八時間以内に、その犬の狂犬病の疑いの有無について獣医師に検診させなければならない。
狂犬病予防法8条(届出義務)
1項 狂犬病にかかつた犬等若しくは狂犬病にかかつた疑いのある犬等又はこれらの犬等にかまれた犬等については、これを診断し、又はその死体を検案した獣医師は、厚生労働省令の定めるところにより、直ちに、その犬等の所在地を管轄する保健所長にその旨を届け出なければならない。ただし、獣医師の診断又は検案を受けない場合においては、その犬等の所有者がこれをしなければならない。
2項 保健所長は、前項の届出があつたときは、政令の定めるところにより、直ちに、その旨を都道府県知事に報告しなければならない。
3項 都道府県知事は、前項の報告を受けたときは、厚生労働大臣に報告し、且つ、隣接都道府県知事に通報しなければならない。
事実関係特定のために、次のような証拠が必要となります。
(1)当事者の特定
自分と相手方を特定するための情報、住所・氏名・電話番号・メールアドレス。双方の運転免許証など本人確認書類のスマホ撮影や、電話番号やメールアドレスのメモ書きなど。
(2)犬の特定
双方の犬の特定情報として全身スマホ撮影や、マイクロチップ番号や犬鑑札や狂犬病予防注射済票の撮影やメモ
(3)事故状況の特定
目撃者の確保、連絡先の確認、監視カメラの確認とデータ保存。公園管理事務所への届け出、警察への事故の届け出。
これらの事情と証拠を保全して、後日民事賠償問題を解決できるよう準備されると良いでしょう。相手方が連絡先の交換を拒むなど穏当な話し合いを拒むようであれば、「事故の届け出は規約上・法令上の義務である。協力して貰えないなら過失傷害罪などでの被害届を出して刑事事件になってしまう」と警告されると良いでしょう。刑事民事の連絡は当人同士では感情が行き違いとなってしまう場合もありますので、早期に代理人弁護士に相談して代理人の仲介を入れることも検討なさって下さい。
以上