会社事業相続承継と経営者個人保証ガイドライン

家事|相続|経営者に対する融資機関の利益と企業承継人の利益対立

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考URL

質問:

私はとある事業会社を営む事業主です。年齢も70代半ばに差し掛かり、事業を息子に譲りたいと思っております。ただし事業承継においてネックとなるのが、法人の金融機関からの借入金とこれに対する私の個人保証です。息子においては個人保証を引き継ぐのに消極的で、そのために事業承継が円滑にできておりません。このような場合に、個人保証を引き継がない形での事業承継が可能なのでしょうか。教えて下さい。

回答:

1 事業会社を息子さんに譲る場合、法的には息子さんに株式を譲渡して、息子さんが代表取締役に就任ということで行えますが、問題となるのは会社の負債についての従前の代表者の保証債務を消滅させられるか、新たな代表者が保証債務を負担しなければ融資が継続できないのではないか、といいう点です。この点、解決しないと、会社の譲渡が円滑に行われないことになってしまいます。しかし、そもそも会社の負債について代表取締役当の経営者が個人保証をしなくては融資しないという、こと自体改善すべきであるという意見が多く、ましてや事業承継の場合に保証債務が問題となるということは避ける必要があります。そこで、経営者保証ガイドライン(中小企業庁、平成25年12月)が定められ、それに基づき、個人保証を引き継がない形での事業承継は可能になっています。

2 経営者保証ガイドラインでは、個人保証に頼らない事業承継を規律しており、当該特則の「事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則」(中小企業庁、令和元年12月)は、①前経営者と後継者からの二重の個人保証の原則禁止(二重徴求の禁止)、②後継者との保証契約の慎重な判断、③前経営者との保証契約の前向きな解除を定めております。

3 個人保証には、経営者への規律付けや信用補完といった機能が認められますから、事業者側においては、個人保証を求めない代わりに、金融機関が納得する程度の事業運営の透明性を確保と、法人単体の返済能力の向上を示す必要があります。

4 経営者保証ガイドラインに関する疑問点は、お近くの法律事務所にご相談してみてください。

5 事業承継に関する関連事例集参照。

解説:

1 事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則とは

近時、経営者の高齢化に伴い中小企業の事業承継が社会問題となっており、休廃業・解散件数が増加傾向にあります。さらには後継者未定企業も多数存在する中、このまま後継者不在により事業承継を断念し、廃業する企業が一段と増加すれば、地域経済の持続的な発展に障害が生じることが懸念されております。

円滑に事業承継が進まない要因の一つに、個人保証を理由に後継者候補が承継を拒否するケースが挙げられます。

内閣府が定める令和元年度「成長戦略実行計画」では、中小企業の生産性を高め、地域経済にも貢献するという好循環を促すための施策として、経営者保証が事業承継の訴外要因とならないよう、原則として前経営者、後継者の双方からの二重徴求をも行わないこと等を盛り込んだ経営者保証ガイドラインの特則が設けられました。

以下では、「経営者保証ガイドライン」の概要を簡潔に述べた上で、これの特則にあたる「事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則」の内容を解説します(以下、「事業承継時に焦点を当てた経営者保証に関するガイドラインの特則」を「事業承継特則GL」といいます)。

2 経営者保証ガイドラインとは

経営者保証ガイドラインとは、中小企業、経営者、金融機関共通の自主的なルールです。

経営者の個人保証は、経営者への規律付けや信用補完といった資金調達の円滑化に寄与する一方、経営者保証への依存によって経営者による思い切った事業展開や早期の事業再生等の障害になっている面もあります。

経営者保証ガイドラインでは、中小企業への融資について、合理的な保証契約のあり方を示しており、個人保証に依存しない融資慣行の確立に向けた取組の促進を狙っております。具体的には、新規借入時や既存借入の借換時に経営者保証を外したり、法人の破産による経営者保証の履行の場面で、保証債務の免除を求める、そして本件のような事業承継時に、経営者保証を外す形での承継を規律しております。

詳しい内容は、こちら(https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/)や弊所事例集705番816番などをご覧ください。

3 事業承継特則GLとは

以上の経営者保証ガイドラインの特則にあたる事業承継特則GLは、個人保証が事業承継の阻害要因とならぬように具体的な指針を示す趣旨で設けられました。事業承継特則GLの要点は以下の3点です。

⑴ 二重徴求の禁止(事業承継時に前経営者、後継者の双方から二重に保証を求めることの禁止)

⑵ 後継者との個人保証について、経営者保証が事業承継の阻害要因となり得る点を十分に考慮し、その必要性を柔軟に判断すること

⑶ 前経営者がいわゆる第三者となる可能性があることを踏まえて保証解除に向けて適切に見直しを行うこと。

以下では各内容を詳しく見てゆきます。

⑴ 二重徴求の禁止

事業承継特則GLでは、前経営者・後継者の双方から二重には保証を求めないことを原則としております。

例外的に二重徴求が許容される場面は限定されており、前経営者が死亡して相続事務手続完了後に前経営者の保証解除が予定されている中で一時的に二重徴求となる場合や、法人から前経営者に対する多額の貸付金等の債務が残存しており、当該債権が返済されない場合に法人の債務返済能力が著しく毀損するなど、前景者に対する保証を解除することが著しく公平性を欠く場合等です(事業承継特則GL2⑴)。

このように事業承継特則GLでは二重徴求が許容される場合が極めて限定されております。

⑵ 後継者との保証契約について

後継者との保証契約については、経営者保証ガイドライン・4(2)に定める5要件基づき、個人保証が事業承継の訴外要因とならぬよう、経営者保証を求めない可能性や、求めるにしても代替的な保証手段(停止条件又は解除条件付保証契約等)を検討することが求められております。

ここでいう経営者保証ガイドライン・4(2)が定める5要件は以下のとおりです。

①法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されていること

②法人と経営者の間の資金のやりとりが、社会通念上適切な範囲を超えな

いこと

③法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得ること

④法人から適時適切に財務情報等が提供されていること

⑤経営者等から十分な物的担保の提供があること

要するに、個人保証には返済能力の担保の他に経営への規律(モラルハザードの防止)といった側面も含まれることから、個人保証を求めない代わりに、法人単体の返済能力の向上と、事業運営の透明性を確保しなければならない、ということです。

金融機関においては、上記の観点を踏まえて、個人保証の必要性と、事業承継がとん挫する可能性、地域経済の持続的な発展への影響、及び、金融機関の経営基盤への影響を天秤にかけつつ、経営者保証を求めない対応ができないか真摯かつ柔軟に検討することが求められます。

⑶ 前経営者との保証契約の解除について

実質的な経営権・支配権を保有しているといった特別の事情がない限り、前経営者はいわゆる第三者に該当するものとして、金融機関においては、前経営者との保証契約の解除を含めた、保証契約の適切な見直しを検討することになります。

すなわち前経営者が退任後も影響力を有しない場合、主たる債務者である法人との関係では、第三者に該当します。令和元年の民法改正によって第三者保証は厳しく制限されましたし(民法465条の7以下に定める、公証人による意思確認や情報提供義務を参照)、経営者以外の第三者保証を求めないことを原則とする融資慣行が確立されていることから、金融機関は、前経営者の保証解除を原則に検討することになります。

⑷ 小括

金融機関において事業承継時に個人保証の必要性について、上記の点を踏まえて検討することになります。

4 債務者(経営者側)における保証債務の解除に向けた対応

それでは経営者側は個人保証の解除に向けてどのような対応をとればよいのでしょうか。事業承継時の経営者保証の問題は、金融機関のみが対応すれば解決するものでもありません。

事業承継特則GLでは、事業者側にも、経営者保証ガイドライン4(1)が定める、経営状態に関する3要件の充足や、事業承継ガイドラインが定める事業承継に向けた5つのステップを参照する必要があります。

⑴ 経営者保証ガイドラインが定める経営状態に関する3要件

経営者保証ガイドラインでは、個人保証を求めない要件として、事業者側に次の3要件を満たす経営状態を求めております。

① 法人と経営者との関係の明確な区分・分離

主たる債務者は、法人の業務、経理、資産所有等に関し、法人と経営者の関係を明確に区分・分離し、法人と経営者の間の資金のやりとり(役員報酬・賞与、配当、オーナーへの貸付等をいう)を、社会通念上適切な範囲を超えないものとする体制を整備するなど、適切な運用を図ることを通じて、法人個人の一体性の解消に努めなければなりません。

金融機関や信用保証協会は、法人のお金が経営者個人に不当に流れることを懸念しますので、そのような懸念がないことを示すことができれば、保証を解除しやすくなります。

② 財務基盤の強化

経営者保証は主たる債務者の信用力を補完する手段のひとつとして機能している一面がある一方、経営者保証を提供しない場合においても事業に必要な資金を円滑に調達するために、主たる債務者は、財務状況及び経営成績の改善を通じた返済能力の向上等により信用力を強化しなければなりません。

主たる債務者である法人の財産状態が良く、法人の財産で十分返済できる状況にあれば、経営者から個人保証を取る必要性は低下しますので、個人保証が解除しやすくなります。

③ 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保

主たる債務者は、資産負債の状況(経営者のものを含む)、事業計画や業績見通し及びその進捗状況等に関する対象債権者からの情報開示の要請に対して、正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を開示・説明することにより、経営の透明性を確保しなければなりません。

なお、開示情報の信頼性の向上の観点から、外部専門家による情報の検証を行い、その検証結果と合わせた開示が望ましいとされます。

金融機関などの債権者が、法人の損益状況や財産状況を十分に把握できなければ、借入金の回収リスクが増え、そのリスクに対応するために個人保証を取る必要性が高まります。そのため、保証解除においては、財務情報を適切に開示して、経営の透明性を確保する必要があります。

主たる債務者および保証人が、経営者保証を提供することなしに事業承継を希望する場合は、まずは以上の3点を満たす経営状態であることが前提となります。これらの要件が未充足である場合には、後継者の負担を軽減させるために、事業承継に先立ち要件を充足するよう主体的に経営改善に取り組むことが必要となります(事業GL特則3参照)。

ただし、経営者保証を求めることにより事業承継が頓挫する可能性や、これによる地域経済の持続的な発展、金融機関自身の経営基盤への影響などを考慮し、上記3要件の多くを満たさない場合でも、総合的な判断として経営者保証を求めない対応の可否を検討することとされている(事業GL特則2(2))。

⑵ 事業承継ガイドライン記載の事業承継に向けた5つのステップ

さらに事業承継特則GLでは、「事業承継ガイドライン」(中小企業相、平成28年12月)記載の5つのステップを参照することも求めております。具体的には、①事業承継に向けた準備の必要性の認識、②経営状況・経営課題等の把握(見える化)、③事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)、④事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)/M&A等のマッチング実施(社外への引継ぎの場合)、⑤事業承継の実行を定め、計画的な事業承継を促しています。詳しくは中小企業庁HPで公表されている「事業承継ガイドライン」を参照ください。

5 結語

経営者保証ガイドラインの適用によって個人保証を求めない形での事業承継の実現を目指す場合、外部専門家も関与した上で、金融機関側が求める企業規律の整備運用や経営状態を実現し、その結果を対象債権者に開示することが望ましいとされます。お困りの場合は、お近くの法律事務所にご相談ください。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照URL

※事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策(中小企業庁)

https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/index.html

※事業承継特別保証制度(一般社団法人全国信用保証協会連合会)

https://www.zenshinhoren.or.jp/model-case/shokei/

※事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則、令和元年12月、経営者保証に関するガイドライン研究会

https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf