新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.873、2009/5/20 14:43 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事・相続・遺留分請求・平成20年5月施行中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律】

質問:長年に渡り、非上場企業ではありますが、父親の工場経営を手伝ってきましたが、会社の株式は全て父の保有でした。高齢になった父親の希望で、来年か再来年を目途に、正式に、代表取締役を引き継ぐことになりそうです。しかし、私には、弟が二人おりますので、父親に万が一のことがあった場合には、父親の保有している会社の株は、弟達にも相続されると思います。弟達には預金やその他の資産を渡す形にして、工場としての資産や自社株式を私が引き継げるようにすると父は言ってくれているのですが、工場の建物や借地権、什器備品を考えますと、それに等しい額で弟達に渡せるのか、心配もあります。今、弟たちは、それぞれ別の場所に住み、仕事もそれぞれ順調で、工場については、何も言われてはいませんが、先のことはわかりません。株式を渡さざるを得なくなり、その後、経営についての意見が合わなくなったりすると困ると思っています。かといって、事業用資産を渡すわけにもいかないと思います。今のうちにできる対策はないでしょうか。

回答: 現行法上は、生前贈与であっても遺言であっても、弟様方が家庭裁判所で放棄の手続きをとらない限り、自社株式や事業用資産について、遺留分請求をされる余地が残ってしまいます。しかし、平成20年5月から1年以内に施行される、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」施行後は、特例として、弟様方の合意を事前に得て、こちらで家庭裁判所の手続を行えば、自社株式や事業用資産について、遺留分請求を防止できると思われます。

解説:
1.ご心配の通り、現行の民法では、お父様から、生前に、あるいは遺言によって、株式や事業資産の譲渡を受けても、お父様の死後、弟様方のご理解が得られず、遺留分として、法定相続分の2分の1を請求されると、その価額を渡す必要が生じてしまいます(民法1028条、1031条)。ご自身も弟様方も、同じお父様のご相続人ですので、お亡くなりになる1年以上前に贈与を受けた場合でも、特段の事情のない限り、請求が認められてしまうでしょう(民法1031条、最高裁第3小法廷判例平成10年3月24日)。もし、自己資金で精算ができなければ、自社株式を渡さざるを得なくなってしまいます。

2.もっとも、弟様方が、お父様のご生前から、それぞれ、家庭裁判所に対して、遺留分の放棄の申立を行っていただければ、このような請求はされないことになりますが(民法1043条)、ただ放棄するというだけでなく、わざわざ、家庭裁判所での手続を申し立てることまでは、頼みにくかったり、応じていただけなかったりすることも考えられます。お一人が応じて申し立ててしまい、もうお一人が応じなかった場合や、家庭裁判所の判断が双方で異なってしまった場合(判断は、あくまでも個別に行われます)も考えますと、あまり有効ではない方法、ということになりそうです。

3.しかし、これでは、ご心配のように、自社株式が他の相続人に渡る可能性があり、その自社株式を会社で引き取ろうとすると、会社の事業資金が流失してしまい、円滑に後継者が事業を承継することができないことになります。親子で事業承継をすることも多い、中小企業は、日本の企業の9割、雇用全体の7割を占めるとも言われており、これらの事業が円滑に承継されないことは、国の経済としても、大きな損失となります。そこで、平成20年5月9日に成立した、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」では、これらの自社株式及び事業用資産を遺留分算定の対象から除外する余地を認めています。

4.この特例の適用を受けるには、後継者を含む旧代表者(被相続人)の推定相続人全員が、書面により(同法第6条第1項)、後継者が旧代表者からの贈与等により取得した株式あるいは事業用資産等について、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないこと(除外合意)を決めることが必要です(同法第4条、第5条)。もっとも、これだけでは、後継者が一方的に利益を受けると思われ、他の推定相続人の同意が得にくいことも考えられますので、非後継者が贈与等により取得した財産についても、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないこと、と定めることもできます(同法第6条第2項)。もし、弟様方に対して、お父様がこれまで、贈与してこられた資産がある場合には、特にこの方法が有効だと思われます。

5.合意が得られた場合には、法律上の要件を満たしているかどうか確認するため、後継者が、合意から1ヶ月以内に、経済産業大臣の確認を申請し(同法第7条)、確認を受けてから1ヶ月以内に、家庭裁判所の許可を得て(同法第8条)、初めて合意の通りの効力が発生することになります。手続の手間はかかりますが、後継者が単独で、まとめて行うことができるため、その他の相続人の負担も軽減され、同意も得やすくなるはずです。

6.ただ、この合意が法的に有効なものとして、確認、許可を得るためには、後継者が合意の対象とした株式等を処分する行為をした場合、あるいは、旧代表者の生存中に、後継者が代表者として経営に従事しなくなった場合等、合意の前提に変更が生じた場合に備えて、対策を定めておかなければならないとされています(同法第4条第3項)。具体的には、その他の相続人が合意を解除できたり、後継者の株式処分による対価のうち一定割合を請求できたりする定めを設ける等の工夫が必要です。また、お父様のご生存中から、弟様方との関係が悪化しないようにするためには、当初から、それなりに同意を得やすい合意にしておくことも必要だと思います。会社の実態に即して、あまり不当な利益を得ているわけではない、ということを説明する方法等も、工夫しておく必要があるでしょう。具体的に進める場合には、贈与税の問題もありますから一度、お近くの法律事務所や税理士事務所にご相談いただいた方が、手続を円滑に進めやすいと思います。

《参考条文》

<民法>
第八章 遺留分
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条  兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二  前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
(遺留分の算定)
第千二十九条  遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。
2  条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。
第千三十条  贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
(遺留分の放棄)
第千四十三条  相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。

<中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律>
第二章 遺留分に関する民法の特例
(定義)
第三条  この章において「特例中小企業者」とは、中小企業者のうち、一定期間以上継続して事業を行っているものとして経済産業省令で定める要件に該当する会社(金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されている株式又は同法第六十七条の十一第一項の店頭売買有価証券登録原簿に登録されている株式を発行している株式会社を除く。)をいう。
2  この章において「旧代表者」とは、特例中小企業者の代表者であった者(代表者である者を含む。)であって、その推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者のうち被相続人の兄弟姉妹及びこれらの者の子以外のものに限る。以下同じ。)のうち少なくとも一人に対して当該特例中小企業者の株式等(株式(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株式を除く。)又は持分をいう。以下同じ。)の贈与をしたものをいう。
3  この章において「後継者」とは、旧代表者の推定相続人のうち、当該旧代表者から当該特例中小企業者の株式等の贈与を受けた者又は当該贈与を受けた者から当該株式等を相続、遺贈若しくは贈与により取得した者であって、当該特例中小企業者の総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。以下同じ。)又は総社員の議決権の過半数を有し、かつ、当該特例中小企業者の代表者であるものをいう。
(後継者が取得した株式等に関する遺留分の算定に係る合意等)
第四条  旧代表者の推定相続人は、そのうちの一人が後継者である場合には、その全員の合意をもって、書面により、次に掲げる内容の定めをすることができる。ただし、当該後継者が所有する当該特例中小企業者の株式等のうち当該定めに係るものを除いたものに係る議決権の数が総株主又は総社員の議決権の百分の五十を超える数となる場合は、この限りでない。
一  当該後継者が当該旧代表者からの贈与又は当該贈与を受けた旧代表者の推定相続人からの相続、遺贈若しくは贈与により取得した当該特例中小企業者の株式等の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないこと。
二  前号に規定する株式等の全部又は一部について、遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を当該合意の時における価額(弁護士、弁護士法人、公認会計士(公認会計士法(昭和二十三年法律第百三号)第十六条の二第五項に規定する外国公認会計士を含む。)、監査法人、税理士又は税理士法人がその時における相当な価額として証明をしたものに限る。)とすること。
2  次に掲げる者は、前項第二号に規定する証明をすることができない。
一  旧代表者
二  後継者
三  業務の停止の処分を受け、その停止の期間を経過しない者
四  弁護士法人、監査法人又は税理士法人であって、その社員の半数以上が第一号又は第二号に掲げる者のいずれかに該当するもの
3  旧代表者の推定相続人は、第一項の規定による合意をする際に、併せて、その全員の合意をもって、書面により、次に掲げる場合に後継者以外の推定相続人がとることができる措置に関する定めをしなければならない。
一  当該後継者が第一項の規定による合意の対象とした株式等を処分する行為をした場合
二  旧代表者の生存中に当該後継者が当該特例中小企業者の代表者として経営に従事しなくなった場合
(後継者が取得した株式等以外の財産に関する遺留分の算定に係る合意等)
第五条  旧代表者の推定相続人は、前条第一項の規定による合意をする際に、併せて、その全員の合意をもって、書面により、後継者が当該旧代表者からの贈与又は当該贈与を受けた旧代表者の推定相続人からの相続、遺贈若しくは贈与により取得した財産(当該特例中小企業者の株式等を除く。)の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の定めをすることができる。
第六条  旧代表者の推定相続人が、第四条第一項の規定による合意をする際に、併せて、その全員の合意をもって、当該推定相続人間の衡平を図るための措置に関する定めをする場合においては、当該定めは、書面によってしなければならない。
2  旧代表者の推定相続人は、前項の規定による合意として、後継者以外の推定相続人が当該旧代表者からの贈与又は当該贈与を受けた旧代表者の推定相続人からの相続、遺贈若しくは贈与により取得した財産の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の定めをすることができる。
(経済産業大臣の確認)
第七条  第四条第一項の規定による合意(前二条の規定による合意をした場合にあっては、同項及び前二条の規定による合意。以下この条において同じ。)をした後継者は、次の各号のいずれにも該当することについて、経済産業大臣の確認を受けることができる。
一  当該合意が当該特例中小企業者の経営の承継の円滑化を図るためにされたものであること。
二  申請をした者が当該合意をした日において後継者であったこと。
三  当該合意をした日において、当該後継者が所有する当該特例中小企業者の株式等のうち当該合意の対象とした株式等を除いたものに係る議決権の数が総株主又は総社員の議決権の百分の五十以下の数であったこと。
四  第四条第三項の規定による合意をしていること。
2  前項の確認の申請は、経済産業省令で定めるところにより、第四条第一項の規定による合意をした日から一月以内に、次に掲げる書類を添付した申請書を経済産業大臣に提出してしなければならない。
一  当該合意の当事者の全員の署名又は記名押印のある次に掲げる書面
イ 当該合意に関する書面
ロ 当該合意の当事者の全員が当該特例中小企業者の経営の承継の円滑化を図るために当該合意をした旨の記載がある書面
二  第四条第一項第二号に掲げる内容の定めをした場合においては、同号に規定する証明を記載した書面
三  前二号に掲げるもののほか、経済産業省令で定める書類
3  第四条第一項の規定による合意をした後継者が死亡したときは、その相続人は、第一項の確認を受けることができない。
4  経済産業大臣は、第一項の確認を受けた者について、偽りその他不正の手段によりその確認を受けたことが判明したときは、その確認を取り消すことができる。
(家庭裁判所の許可)
第八条  第四条第一項の規定による合意(第五条又は第六条第二項の規定による合意をした場合にあっては、第四条第一項及び第五条又は第六条第二項の規定による合意)は、前条第一項の確認を受けた者が当該確認を受けた日から一月以内にした申立てにより、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2  家庭裁判所は、前項に規定する合意が当事者の全員の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを許可することができない。
3  前条第一項の確認を受けた者が死亡したときは、その相続人は、第一項の許可を受けることができない。
(合意の効力)
第九条  前条第一項の許可があった場合には、民法第千二十九条第一項の規定及び同法第千四十四条において準用する同法第九百三条第一項の規定にかかわらず、第四条第一項第一号に掲げる内容の定めに係る株式等並びに第五条及び第六条第二項の規定による合意に係る財産の価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないものとする。
2  前条第一項の許可があった場合における第四条第一項第二号に掲げる内容の定めに係る株式等について遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額は、当該定めをした価額とする。
3  前二項の規定にかかわらず、前条第一項に規定する合意は、旧代表者がした遺贈及び贈与について、当該合意の当事者(民法第八百八十七条第二項(同条第三項において準用する場合を含む。)の規定により当該旧代表者の相続人となる者(次条第四号において「代襲者」という。)を含む。次条第三号において同じ。)以外の者に対してする減殺に影響を及ぼさない。
(合意の効力の消滅)
第十条  第八条第一項に規定する合意は、次に掲げる事由が生じたときは、その効力を失う。
一  第七条第一項の確認が取り消されたこと。
二  旧代表者の生存中に後継者が死亡し、又は後見開始若しくは保佐開始の審判を受けたこと。
三  当該合意の当事者以外の者が新たに旧代表者の推定相続人となったこと。
四  当該合意の当事者の代襲者が旧代表者の養子となったこと。
(家事審判法の適用)
第十一条  第八条第一項の許可は、家事審判法(昭和二十二年法律第百五十二号)の適用については、同法第九条第一項甲類に掲げる事項とみなす。
(施行期日)
第一条  この法律は、平成二十年十月一日から施行する。ただし、第二章の規定は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

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