再開発準備組合理事の法的責任

行政|都市再開発法|地権者とゼネコン・デベロッパーの利益対立|組合を事実上支配するゼネコン、デベロッパー、コンサルタントの集合体である参加組合員と現地弱小地権者等組合員の代理人である準備組合理事の本質的利益対立の問題点をいかに解決するか|東京地裁平成28年9月29日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

持ち家に住んでいますが、自宅周辺で再開発協議会の話合いが進行し、このたび「再開発準備組合」を設立しようという話になりました。デベロッパー担当者より「再開発準備組合の理事」に就任してくれないかと依頼されました。これに就任すると何か不利益がありますか。どのような法的責任を負う可能性がありますか。再開発組合(いわゆる本組合)の理事の場合はどうですか。

回答:

1、 再開発準備組合の理事、本組合の理事は、理事の業務を執行するについて民法644条のいわゆる「善良なる管理者の注意」を持って業務に当たる責任を負っています。注意義務を怠り組合や組合員に損害が発生した場合は損害賠償責任を負うことになります。

2、再開発準備組合は、都市再開発法による市街地再開発事業を推進するための「市街地再開発事業を定める都市計画決定」を得るために、都市計画法21条の2で、「都市計画の素案」を都道府県知事に対して提案する任意団体です。法形式としては、民法667条の組合契約により成立する「民法上の組合」として活動することになります。民法上の組合では、独立した法人格は成立せず、組合財産は組合員の共有ですし、最高意思決定機関は組合員全員の総会となりますが、日常の業務執行や、総会の議案を作成するために、理事が選任され、理事会が組織され、理事長が選任されて業務執行していくことになります。理事は組合契約で、組合業務を全組合員から委任されていますので、民法644条のいわゆる「善良なる管理者の注意」を持って業務に当たることが求められています。

3、準備組合の理事は、前記の通り、都市再開発法による市街地再開発事業を定める都市計画決定の素案を策定するために、区域内の地権者の意見を集約し、再開発ビルを建設するための事業計画を策定します。具体的には、補助金や保留床処分金などの収入を見積もり、工事費や地権者に対する保証金などの支出を見積もって、事業が成立し得るかどうかを検討するのが仕事です。

4、多くの再開発事業では、事業協力者である不動産デベロッパーを「参加組合員」として準備組合や再開発組合(いわゆる本組合)に加入させて、保留床の譲渡先として予定し、保留床処分金、つまり参加組合員分担金を拠出させて事業費を賄っていますが、この条件を定めることも再開発準備組合の大きな仕事になります。この時に、地権者が取得する権利床と、参加組合員が取得する保留床の割合をどうするか、再開発準備組合の理事会で議論して、事業協力者とも交渉することになりますが、この時に、地権者の利益を無視して、参加組合員に有利な事業計画案を作成して、組合員に損失を与えた場合は、民事上・刑事上の法的責任を負う可能性があります。民事上は民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任、あるいは、民法415条に基づく債務不履行責任を負う可能性がありますし、刑事上は、刑法247条背任罪で立件される可能性があると言えます。但し、これは、「(リベートを受け取るなど)自分自身の個人的利益のために、区域内地権者の権利を侵害し、不動産デベロッパーに利益を与える」という特別な逸脱行為をした場合の責任です。いわゆる「当不当の問題」について責任を問われるものではありません。地権者の代表として精一杯やったが、ベストなものとは言えなかった、というような場合に法的責任を問われるものではありませんので御安心下さい。地権者の代表として、自分自身の判断に基づき、当然の考え方に基づいて、当然の意思決定を重ねていれば何の問題もありません。マンション管理組合理事の責任について判例がありますので御紹介します。

5、市街地再開発事業の都市計画決定が告示され、本組合が設立された場合は、再開発組合は、都市再開発法8条で法人格を付与されており、理事は総会で選任され、準備組合と同様に全組合員から業務執行の委任を受けていますから、民法644条の「善良なる管理者の注意」を持って業務執行にあたることが求められています。更に、都市再開発法で、市街地再開発事業は、道路事業などと同じように行政目的(公益目的)を実現するための行政手続きである「都市計画事業」を施行する団体と位置付けられておりますので、再開発組合の理事は「みなし公務員」として贈収賄罪の客体と位置付けられています。理事の職務に関して賄賂を収受し、又は要求し、若しくは約束したときは、三年以下の懲役に処されます(都市再開発法140条1項前段)。また、その結果として、不正の行為をし、又は相当の行為をしないときは、七年以下の懲役に処されます(都市再開発法140条1項後段)。当然、組合員に損害を与えた場合は、組合からの損害賠償請求訴訟を提起される可能性もあります。関連判例がありますので、ご紹介します。但し、この点についても、個人的利益を図って、地権者の利益を蔑ろにするような特別の行為がなければ法的責任を問われることは有りませんので御心配はありません。どうしても心配な場合は、個人的に顧問弁護士を選任され、定期的に弁護士と御相談なさって理事の務めを果たしていかれることも御検討なさって下さい。

6、関連事例集603番等参照。

7、収賄罪に関する関連事例集参照。

解説:

1、第一種市街地再開発事業

第一種市街地再開発事業は、地方自治体や、区域内地権者からなる再開発組合などが施行主体となって、権利変換方式による区域内権利の一括転換という法的仕組みを使うことにより、区域内建物の一括建て替えを行う再開発事業です。道路や鉄道や空港や堤防などの建設工事と同じ、土地収用法が適用される公益事業である「都市計画事業」として、行政処分により法的効力が与えられ、事業が進行して行きます。なぜ、市街地のビル建て替えが公益事業になるのかと言えば、市街密集地において老朽化した建物が混在化していると、地震や火災などの場合に、隣地に倒壊して被害が拡大したり火災の延焼が広がって被害が拡大したり、路地が細ければ消防車や救急車の通行もできずに被害が拡大してしまうからです。老朽化した木造家屋密集区域について、耐震性能や耐火性能の高い不燃建築物に建て替えることは公益事業と位置付けられているのです。

都市再開発法第1条(目的)この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。

権利変換方式は、再開発組合が、権利変換計画を策定し、都道府県知事の認可を得ることにより、権利変換期日に、次の(1)~(4)の権利変動を一括で発生させるものです(都市再開発法87条)。建物は一旦組合に権利が移行しますが、建物除却及び再建築を経て、新しい建物の権利は、権利変換計画に定められた者が新たに取得することができます(都市再開発法73条1項2号)。

(1)施行区域内の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する(都市再開発法87条1項前段)。

(2)従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条1項後段)。

(3)施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者(組合)に帰属する(都市再開発法87条2項前段)。

(4)当該建築物を目的とする所有権以外の権利(借家権、使用貸借権など)は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条2項後段)。

権利変換計画の内容を定めた都市再開発法73条1項を引用します。

都市再開発法第73条(権利変換計画の内容)

第1項 権利変換計画においては、国土交通省令で定めるところにより、次に掲げる事項を定めなければならない。

一号 配置設計

二号 施行地区内の宅地(指定宅地を除く。)若しくはその借地権又は施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を有する者で、当該権利に対応して、施設建築敷地若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等を与えられることとなるものの氏名又は名称及び住所

三号 前号に掲げる者が施行地区内に有する同号の宅地、借地権又は建築物及びそれらの価額

四号 第二号に掲げる者に前号に掲げる宅地、借地権又は建築物に対応して与えられることとなる施設建築敷地若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等の明細及びそれらの価額の概算額

五号 第三号に掲げる宅地、借地権又は建築物について先取特権、質権若しくは抵当権の登記、仮登記、買戻しの特約その他権利の消滅に関する事項の定めの登記又は処分の制限の登記(以下「担保権等の登記」と総称する。)に係る権利を有する者の氏名又は名称及び住所並びにその権利

六号 前号に掲げる者が施設建築敷地若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等に関する権利の上に有することとなる権利

七号 指定宅地又はその使用収益権を有する者の氏名又は名称及び住所

八号 前号に掲げる者が有する指定宅地又はその使用収益権及びそれらの価額

九号 第七号に掲げる者に前号に掲げる指定宅地又はその使用収益権に対応して与えられることとなる個別利用区内の宅地又はその使用収益権の明細及びそれらの価額の概算額

十号 第八号に掲げる指定宅地又はその使用収益権について担保権等の登記に係る権利を有する者の氏名又は名称及び住所並びにその権利

十一号 前号に掲げる者が個別利用区内の宅地又はその使用収益権の上に有することとなる権利

十二号 施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に存する建築物について借家権を有する者(その者が更に借家権を設定しているときは、その借家権の設定を受けた者)で、当該権利に対応して、施設建築物の一部について借家権を与えられることとなるものの氏名又は名称及び住所

十三号 前号に掲げる者に借家権が与えられることとなる施設建築物の一部

十四号 施設建築敷地の地代の概算額及び地代以外の借地条件の概要

十五号 施行者が施設建築物の一部を賃貸しする場合における標準家賃の概算額及び家賃以外の借家条件の概要

十六号 第七十九条第三項の規定が適用されることとなる者の氏名又は名称及び住所並びにこれらの者が施行地区内に有する宅地、借地権又は建築物及びそれらの価額

十七号 施行地区内の宅地(指定宅地を除く。)若しくはこれに存する建築物又はこれらに関する権利を有する者で、この法律の規定により、権利変換期日において当該権利を失い、かつ、当該権利に対応して、施設建築敷地若しくはその共有持分、施設建築物の一部等又は施設建築物の一部についての借家権を与えられないものの氏名又は名称及び住所、失われる宅地若しくは建築物又は権利並びにそれらの価額

十八号 組合の参加組合員に与えられることとなる施設建築物の一部等の明細並びにその参加組合員の氏名又は名称及び住所

十九号 第五十条の三第一項第五号又は第五十二条第二項第五号(第五十八条第三項において準用する場合を含む。)に規定する特定事業参加者(以下単に「特定事業参加者」という。)に与えられることとなる施設建築物の一部等の明細並びにその特定事業参加者の氏名又は名称及び住所

二十号 第四号、第九号及び前二号に掲げるもののほか、施設建築敷地又はその共有持分、施設建築物の一部等及び個別利用区内の宅地の明細、それらの帰属並びにそれらの管理処分の方法

二十一号 新たな公共施設の用に供する土地の帰属に関する事項

二十二号 権利変換期日、土地の明渡しの予定時期、個別利用区内の宅地の整備工事の完了の予定時期及び施設建築物の建築工事の完了の予定時期

二十三号 その他国土交通省令で定める事項

権利変換手続きを取らない場合、再建築に必要な建物の除却や借家権の解除などは、ひとつひとつの権利者について個別に同意を得て権利消滅の法律効果を発生させていく必要がありますが、都市再開発法の権利変換手続を用いることにより、再開発施行区域内の権利関係を一度に処理することができ、建物の建て替えがスムーズに進むというメリットがあります。

2、都市計画事業として施行される市街地再開発事業

前記の通り、都市再開発法によるビルの建て替えは、公益目的を実現するための行政手続きである「都市計画事業」として施行されますが、都市計画事業を行うためには、都市計画事業としての市街地再開発事業を定める「都市計画決定」が必要です(都市再開発法4条1項)。

都市再開発法6条(都市計画事業として施行する市街地再開発事業) 1項 市街地再開発事業の施行区域内においては、市街地再開発事業は、都市計画事業として施行する。

その都市計画決定は、各都道府県に設置された「都市計画審議会」による建築士や会計士や弁護士や大学教授など、学識経験者による答申を経て、都道府県知事が決定し告示するのですが、その原案を策定するためには、実際にその区域で生活している区域内地権者の意見が必要となります。

そこで、都市計画法21条の2では、区域内地権者の意見を、「都市計画の素案」として、提案できる制度が規定されています。

都市計画法21条の2(都市計画の決定等の提案) 第1項 都市計画区域又は準都市計画区域のうち、一体として整備し、開発し、又は保全すべき土地の区域としてふさわしい政令で定める規模以上の一団の土地の区域について、当該土地の所有権又は建物の所有を目的とする対抗要件を備えた地上権若しくは賃借権(臨時設備その他一時的に使用する施設のため設定されたことが明らかなものを除く。第四項第二号において「借地権」という。)を有する者(同号において「土地所有者等」という。)は、一人で、又は数人共同して、都道府県又は市町村に対し、都市計画(都市計画区域の整備、開発及び保全の方針並びに都市再開発方針等に関するものを除く。次項及び第三項並びに第七十五条の九第一項において同じ。)の決定又は変更をすることを提案することができる。この場合においては、当該提案に係る都市計画の素案を添えなければならない。

この都市計画の提案を行うためには、提案する区域内の地権者の人数と面積で3分の2以上の同意を得る必要があります(都市計画法21条の2第4項2号)。人数要件と面積要件の両方を満たす必要があります。

都市計画法21条の2第4項2号 当該計画提案に係る都市計画の素案の対象となる土地(国又は地方公共団体の所有している土地で公共施設の用に供されているものを除く。以下この号において同じ。)の区域内の土地所有者等の三分の二以上の同意(同意した者が所有するその区域内の土地の地積と同意した者が有する借地権の目的となつているその区域内の土地の地積の合計が、その区域内の土地の総地積と借地権の目的となつている土地の総地積との合計の三分の二以上となる場合に限る。)を得ていること。

この、区域内地権者の意見集約を行い、同意を取り纏めて、都市計画事業を定める都市計画の素案を作成して、行政に対して提案を行う団体が、再開発準備組合です。

3、民法上の組合としての再開発準備組合

このように、再開発準備組合が行う活動について、都市計画法21条の2第1項で規定されており、これに対応する「任意団体」が存在し得ることは当然に都市計画法が予定しているところではありますが、具体的にどのような法形式の団体を結成すれば良いのか、都市計画法には明確な規定はありません。極端に言えば、法的な団体を結成しなくても、地権者個人の連名で都市計画の提案を行うことも一応可能と言えます。

しかしながら、日本各地の市街地における再開発の意見集約を行う活動は、多くの区域において、「再開発勉強会」、「再開発協議会」などの任意の集会を経て、民法上の組合(民法667条)として「再開発準備組合」が結成されることが多くなっています。

民法667条(組合契約)

1項 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。

2項 出資は、労務をその目的とすることができる。

民法668条(組合財産の共有) 各組合員の出資その他の組合財産は、総組合員の共有に属する。

民法667条の組合契約により成立する「民法上の組合」では、独立した法人格は成立せず、組合財産は組合員の共有ですし、最高意思決定機関は組合員全員の総会となりますが、日常の業務執行や、総会の議案を作成するために、理事が選任され、理事会が組織され、理事長が選任されて業務執行していくことになります。

4、準備組合理事の善管注意義務

理事は組合契約で組合業務を全組合員から委任されていますので、民法644条のいわゆる「善良なる管理者の注意(善管注意義務)」を持って業務に当たることが求められています。

民法644条(受任者の注意義務) 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

善管注意義務は、委任契約の報酬が多額であれば、それに応じて責任も加重される傾向がありますが、委任契約が無報酬でも発生します。それは、受任者の社会的地位に基づいて当然に期待される一般的な注意義務を果たすことが求められていると言えます。例えば銀行員であれば、銀行届出印の照合について簡易な相違は見分けられなければならない、というようなものです。

※最高裁判所、昭和46年6月10日判決 『おもうに、銀行が当座勘定取引契約によつて委託されたところに従い、取引先の振り出した手形の支払事務を行なうにあたつては、委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもつてこれを処理する義務を負うことは明らかである。したがつて、銀行が自店を支払場所とする手形について、真実取引先の振り出した手形であるかどうかを確認するため、届出印鑑の印影と当該手形上の印影とを照合するにあたつては、特段の事情のないかぎり、折り重ねによる照合や拡大鏡等による照合をするまでの必要はなく、前記のような肉眼によるいわゆる平面照合の方法をもつてすれば足りるにしても、金融機関としての銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもつて慎重に事を行なうことを要し、かかる事務に習熟している銀行員が右のごとき相当の注意を払つて熟視するならば肉眼をもつても発見しうるような印影の相違が看過されたときは、銀行側に過失の責任があるものというべく、偽造手形の支払による不利益を取引先に帰せしめることは許されないものといわなければならない。』

準備組合の理事は、前記の通り、都市再開発法による市街地再開発事業を定める都市計画決定の素案を策定するために、区域内の地権者の意見を集約し、再開発ビルを建設するための事業計画を策定しますが、区域内地権者の集まりですから、様々な職業や社会的地位の人々が集合しており、法律や不動産や建築や会計の専門家として組織されているわけではありません。

従って、再開発準備組合の理事の善管注意義務の内容は、区域内地権者として通常有している知識や技能に基づいて、地権者として一般的に期待される注意義務に基づいて相当な判断が求められていると言えるでしょう。

事業計画の策定では、補助金や保留床処分金などの収入を見積もり、工事費や地権者に対する保証金などの支出を見積もって、事業が成立し得るかどうかを検討するのが仕事となります。行政庁との事前相談も必要になりますし、設計会社やゼネコン業者との折衝も必要になります。不動産事業の知識や経験に乏しい一般地権者には困難な内容も含まれています。

そこで多くの再開発事業では、事業協力者である不動産デベロッパーを「参加組合員」として準備組合や再開発組合(いわゆる本組合)に加入させて、組合運営のアドバイスを受けたり、保留床の譲渡先として予定し、その対価として参加組合員分担金を支出させることで、事業費を賄っています。この構造は、等価交換方式によるビルの建て替えと基本的に同じものです。参加組合員は、区域内に土地建物の所有権を保有せず、地権者ではありませんが、不動産や再開発に関するノウハウを有する事業者が、地権者の決議により組合の定款で組合員となることが認められ手続きに参加しています(都市再開発法21条)。保留床処分金、つまり参加組合員分担金がどれくらいになるか、その対価としてどれくらいの床面積を譲渡するのかを決めることも再開発準備組合の大きな仕事になります。この時に、地権者が取得する権利床と、参加組合員が取得する保留床の割合をどうするか(ちなみに全国平均では地権者4割、参加組合員6割程度です、公益社団法人全国市街地再開発協会が発行している「日本の都市再開発」第9集296ページ参照)、再開発準備組合の理事会で議論して、事業協力者とも交渉することになりますが、この時に、地権者の利益を無視して、参加組合員に有利な事業計画案を作成して、組合員に損失を与えた場合は、民事上・刑事上の法的責任を負う可能性があります。区域内地権者と参加組合員は、再開発ビル(施設建築物といいます)の床面積を分け合う、いわゆるゼロサムゲームの関係に立っています。地権者と参加組合員は、再開発事業を一緒に推進する協力関係に立ちますが、利害が対立する側面があることも忘れてはならないのです。

準備組合理事が職務を怠った場合、民事上は民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任、あるいは民法415条に基づく債務不履行責任を負う可能性がありますし、刑事上は刑法247条背任罪や、補助金の不正受給に関して刑法246条詐欺罪で立件される可能性があります。

※東京地裁立川支部令和3年11月18日詐欺被告事件判決

『【罪となるべき事実】

被告人は,a土地区画整理組合(以下「組合」という。)理事長相談役として,組合の業務全般を実質的に掌管していたもの,A(以下「A」という。)は,株式会社bから組合に派遣され,組合の業務に従事していたものであるが,日野市土地区画整理事業助成金は,土地区画整理組合等による土地区画整理事業を対象とし,同事業における各種の支出及び支出予定額等が,その実態に即し,あらかじめ定められた各支出科目に振り分けられて適正に計上されていることを前提として,これらを基に同事業終了時における欠損金の有無及びその見込額を算出した上,同欠損金の見込額に応じて各対象年度における助成金交付の必要性及びその額を決定して交付するものであるところ,被告人及びAは,同助成金の名目で日野市から現金をだまし取ろうと考え,共謀の上,平成29年9月28日,同市役所職員に対し,真実は,平成33年3月31日の組合の○○土地区画整理事業終了時までに支出を予定していた工事費は66億566万9000円であったのに,工事費としての支出が認められない被告人やAらの給与及び手当合計5億2795万円並びに互助会助成金名目の内部留保金合計6000万円をいずれも正当な工事費としての支出であるように装い,工事費を合計5億8795万円水増しした内容虚偽の「資金計画書」を記載した「事業計画書(第5回変更)」等を,メール送信又は同市役所で開催された要望ヒアリング会場に持参して提出するなどし,同職員を介して同市市長に,同水増し額を含む合計71億9361万9000円が同事業終了時までの正当な工事費としての支出予定額であり,同支出予定額等によれば組合では同事業終了時において約1億9900万円の欠損金が見込まれるため,組合による平成30年度助成対象事業に対して同助成金として8000万円を交付する必要があるものと誤信させ,よって,平成30年5月9日,同市長をして,同助成金を8000万円と内定させるとともに,同年9月18日付けで,同市役所において,同市職員に対し,「日野市土地区画整理事業助成金交付申請書(平成30年度当該年度)」を提出して前記のとおり内定した同助成金8000万円の交付を申請し,同年10月2日,同市長をして,同助成金8000万円の交付を決定させ,さらに,平成31年3月15日から同月29日までの間に,同市に対し,平成30年度助成対象事業の完了の報告及び同助成金8000万円の支払の請求をし,同年4月12日,同市職員をして,同市〈以下省略〉所在の東京南農業協同組合日野支店に開設された組合名義の普通貯金口座に現金8000万円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。』

この判例では、土地区画整理組合の理事長が、不必要な工事費5億8795万円を水増しした内容虚偽の事業計画書を市役所に提出し、補助金8千万円を請求し受領した行為が詐欺罪にあたるとされました。詐欺罪(刑法246条)の構成要件は、「人を欺い」て、「財物を交付」させる行為です。「財産上の利益」を得たり、「他人に得させ」る行為も詐欺利得罪(刑法246条2項)として処罰されます。

再開発準備組合では補助金を受給することはありませんが、都道府県知事に設立認可申請をして、再開発組合(いわゆる本組合)が設立された場合は、行政からの補助金を受給することになりますので、経費の水増しをして補助金の申請をする行為は刑事罰の可能性があるということになります。

※東京地裁平成19年 9月28日背任被告事件判決 『中央会は,投資顧問会社と投資一任契約を締結するなどして年金共済資金の運用を委託して,同資金の運用に関し,危険性を分散した資産配分にしていたのであるから,中央会が自ら新たに投資対象を選択,決定して同資金を投資するなどの資産運用を行うに当たっては,被告人において,専門家に依頼するなどして,その投資内容やこれに内在する危険性の程度を調査し,その結果を踏まえて,投資の是非や適切な投資規模を検討した上,危険性を分散した資産配分となるような運用額及び運用割合とするべき任務を有していたにもかかわらず,被告人は,チャンセリーアンドリーデンホール社(以下「チャンセリー社」という。)が発行する私募債であるチャンセリー債を中央会として購入することにより,同私募債の購入を仲介した戊野E作(以下「戊野」という。)から,購入に関する謝礼金を受領しようと企て,自己の利益を図る目的で,上記任務に背き,同私募債の仕組みやリスク等について十分な調査検討等を行うことなく,従前の運用形態を変更して運用可能資産の大半を同私募債の購入に充てることとし,平成14年12月20日,同都目黒区〈以下省略〉所在の中央会事務所において,中央会が購入する私募債等の保護預かり等の管理業務を行う機関をクレディスイスとする旨の中央会及びクレディスイスとの間の信託契約書に中央会の担当者に捺印させ,同契約を締結させ,別表記載のとおり,同月30日から平成15年4月22日までの間,前後3回にわたり,上記チャンセリー債の購入代金等として,同都渋谷区〈以下省略〉所在の株式会社東京三菱銀行恵比寿支店に開設された中央会年金共済口名義の普通預金口座から,クレディスイスファーストボストンを通じてクレディスイスプライベートバンクジュネーブの指定口座に合計144億7981万円を送金し,上記契約に基づき,中央会のために保護預かり等の管理業務を行うクレディスイスに上記チャンセリー債を購入させ,よって中央会の年金資産の運用対象としてその仕組みやリスク等を把握していない商品で,かつ,リスク性の高い商品を組入れ,しかも,その組入比率を年金資産の7割以上とし,もって中央会の年金資産構成上の危険性を著しく高め,中央会に通常の年金資産運用上許容される限度を超えたリスクを負わせる財産上の損害を加え【平成18年3月8日付け追起訴状記載の公訴事実に係るもの】たものである。』

この事案では、酒販組合中央会の事務局長が、同団体の年金用資金の約7割に当たる144億円余りを運用のため危険性の高い金融商品に投資し、年金資産に通常許容される限度を超えたリスクを負わせたことが財産上の損害に当たるとして背任罪の成立が認められました。被告人は,仲介者から合計1億3842万1468円のリベートを受け取っていました。背任罪(刑法247条)の構成要件は、「他人のためにその事務を処理する者」が、「自己もしくは第三者の利益を図り、または、本人に損害を加える目的」で、「その任務に背く行為」をし、「本人に財産上の損害」を加えることです。再開発準備組合で言えば、自己の利益を図るために、準備組合理事としての本来の任務に背く行為をして、区域内地権者に損害を与える行為が、背任罪を構成し得る行為となります。再開発事業の工事費を水増ししたり、保留床処分単価を下げて区域内地権者の権利床を削減させる行為などが考えられます。

※東京高等裁判所平成13年11月21日判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/125/000125_hanrei.pdf

『控訴人は,東京都港区ab丁目所在のマンション(以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員で構成される管理組合であり,被控訴人は,平成10年11月30日ころまで,本件マンションの区分所有者であった者であり,遅くとも平成7年夏ころから平成10年5月末ころまで控訴人の代表者たる理事長の地位にあった。

本件は,被控訴人が,控訴人の理事長として,複数の自動販売機設置業者(以下「自販機業者」という。)との間で,自販機業者が控訴人に手数料を支払い,本件マンションの1階共用部分に缶ジュース,清涼飲料等の自動販売機を設置する等の契約を締結したが,その際,同時に,被控訴人が「ABC」なる屋号の自動販売機取扱(個人)業者として,自販機業者との間で,上記自動販売機につき,自販機業者が被控訴人(「ABC」)に対し自動販売機設置に係る仲介手数料を支払うとの契約(以下「本件各仲介契約」という。)を締結し,仲介手数料名下に各自販機業者から合計67万7475円の支払を受けたことに関し,控訴人が,その被控訴人の行為は控訴人の理事長としての職務に反し,背任行為に当たる旨主張し,不法行為に基づく損害賠償として,上記仲介手数料と同額の損害金67万7475円及び弁護士費用等40万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求するとともに被控訴人が本件マンションの区分所有者として延滞している水道料等9万1880円及びこれらに対する上記と同様の遅延損害金の支払を請求した事案である。』

『 前記第2,1(3)ないし(5)のとおり,控訴人が各自販機業者と締結した本件各設置契約と被控訴人が各自販機業者と締結した本件各仲介契約は,同一の自動販売機を控訴人が管理する本件マンションの1階共用部分に設置することに係るものであるから,各自販機業者としては,本件自動販売機を設置するにつき,本件各設置契約に基づき控訴人に支払うべき手数料と本件各仲介契約に基づき被控訴人に支払うべき手数料の合計額,すなわち1本当たり22円ないし28円を自動販売機設置の手数料として支払う意思があったものであり,被控訴人が控訴人のために誠実に交渉すれば,控訴人において,自販機業者から上記金員全額を自動販売機設置の手数料として取得することが可能であったと認められる。これらのことは,前記第2,1(7)及び(8)のとおり,被控訴人が控訴人の理事長を退任した後,控訴人と各自販機業者(ただし,株式会社Dを除く。)との間で,各自販機業者が控訴人に対し1本当たり28円を自動販売機設置の手数料として支払う旨の契約が締結されるとともに,各自販機業者が被控訴人に対する本件各仲介契約による手数料の支払を止めたことからも明らかである。

このような自販機業者と本件自動販売機の設置の許諾,手数料の額や支払方法等について交渉し,契約を締結する職務を負っていた被控訴人は,その設置の場所を控訴人が管理する本件マンションの1階共用部分とする(物件の稼働費たる照明電気代等は控訴人が負担する)のであるから,控訴人が各自販機業者から各自販機業者が支払う意思のある本件自動販売機設置の手数料の全額を得られるように交渉し,かつ,その旨の契約を締結するべき善良な管理者としての注意義務及び誠実に職務を遂行するべき義務があったものといわなければならない。

ところが,被控訴人は,このような義務に反し,各自販機業者とそのような交渉をせず,控訴人が各自販機業者から支払を受けることが可能であった1本当たり22円ないし28円の自動販売機設置の手数料の一部のみを控訴人に取得させるよう交渉するとともに,被控訴人が個人として営業している「ABC」が各自販機業者から仲介手数料として1本当たり22円ないし28円から控訴人が取得する手数料の額を控除した残額に相当する金員を取得するよう交渉し,そのような交渉の結果,本件各設置契約を締結するとともに,本件各仲介契約を締結したものであり,これらにより,被控訴人が前記の義務に従い誠実に職務を遂行すれば控訴人が取得し得た手数料の全額を控訴人に収受させず,かえって,その手数料の一部の額に相当する金員を本件各仲介契約による手数料として被控訴人自らが取得したものであるから,被控訴人は,控訴人の理事長としての任務に背き,自己の利益を図り,かつ,控訴人に被控訴人自らが取得した手数料相当額の損害を加えたものといわなければならない。すなわち,被控訴人は,控訴人に対し不法行為責任を免れない。』

この判例は、民事賠償責任ですが、マンション管理組合理事長が、マンション共用部分に設置した自動販売機のリベート67万7475円を個人的に受領していた行為が、本来管理組合の収入となるべき手数料を減額させて組合に損害を与えたとして、損害賠償請求が認められたものでした。

いずれの事案も、個人的利益を図るために、委任者の利益を無視して損害を与えた行為について法的責任が発生したものです。個人的利益は、金銭授受に限りません。有形無形を問わず、人の欲望を満たすに足りるすべての利益が賄賂となり得ます(明治43年12月19日大審院判決)。次のようなものが考えられます。知らぬ間に経済的利益を収受してしまうことが有りますので注意が必要です。

・金銭の受領(リベート、キックバック、手数料)

・物品の受領(ゴルフクラブ、衣服、バッグ類、美術品、骨とう品、宝石、貴金属、時計、パソコンなど)

・保証債務の引き受け

・債務の第三者弁済

・債務免除

・個人的な仕事の受注(業務の報酬を受領する)

・個人的な仕事の紹介あっせん

・飲食や酒食の供応接待を受ける行為

・異性間の情交、性行為

・ゴルフ接待を受ける行為

・家族親族の就職あっせん

・裏口入学あっせん

・不動産賃貸(廉価に賃借する、高価に賃貸する)

・不動産売買(廉価に譲渡を受ける、高価に譲渡する)

・新規上場予定株式を公開価格で取得する行為(最決昭和63年7月18日)

不動産取引や仕事の受注など、表面的には通常の経済取引の形式を備えていたとしても、それが客観的に見て個人的な利益供与と判断されてしまうと、法的責任を負う可能性があるということになります。「理事になったら何か得するかもしれない」と思って理事に就任することはリスクがあると言わざるを得ません。「地域住民の共同の利益のために一肌脱ぐ」というような考え方があるべき態度です。

但し、過度に心配する必要は無いでしょう。刑事事件として立件されたり、民事訴訟を起こされてしまうのは、「(リベートを受け取るなど)自分自身の個人的利益のために、区域内地権者の権利を侵害し、不動産デベロッパー・ゼネコンに利益を与える」という特別な逸脱行為をした場合です。いわゆる「当不当の問題」について責任を問われるものではありません。当不当の問題というのは、「適当であったか、そうでなかったか」ということです。理事として地権者の代表として最善を尽くして努力したが、ベストではなかった、ということは、能力不足・力不足の結果かもしれませんが、決して違法性を帯びることは無いのです。地権者の代表として、自分自身の判断に基づき、当然の考え方に基づいて、当然の意思決定を重ねていれば何の問題もありません。

5、再開発本組合理事の法的責任

市街地再開発事業の都市計画決定が告示され、本組合が設立された場合は、再開発組合は、都市再開発法8条で法人格を付与されており、理事は、総会で選任され、準備組合と同様に、全組合員から業務執行の委任を受けていますから、民法644条の「善良なる管理者の注意」を持って業務執行にあたることが求められております。この点は、準備組合理事と同じです。

更に、都市再開発法で、市街地再開発事業は、道路事業などと同じように行政目的(公益目的)を実現するための、「都市計画事業」を施行する団体と位置付けられておりますので、再開発組合の理事は「みなし公務員」として贈収賄罪の客体と位置付けられています。理事の職務に関して賄賂を収受し、又は要求し、若しくは約束したときは、三年以下の懲役に処されます(都市再開発法140条1項前段)。また、その結果として、不正の行為をし、又は相当の行為をしないときは、七年以下の懲役に処されます(都市再開発法140条1項後段)。賄賂を渡す側は贈賄罪が適用されます(都市再開発法141条1項)。

都市再開発法第140条

1項 個人施行者(法人である個人施行者にあつては、その役員又は職員)、組合の役員、総代若しくは職員、再開発会社の役員若しくは職員又は審査委員(以下「個人施行者等」と総称する。)が職務に関して賄賂ろを収受し、又は要求し、若しくは約束したときは、三年以下の懲役に処する。よつて不正の行為をし、又は相当の行為をしないときは、七年以下の懲役に処する。

2項 個人施行者等であつた者がその在職中に請託を受けて職務上不正の行為をし、又は相当の行為をしなかつたことにつき賄賂ろを収受し、又は要求し、若しくは約束したときは、三年以下の懲役に処する。

3項 個人施行者等がその職務に関し請託を受けて第三者に賄賂ろを供与させ、又はその供与を約束したときは、三年以下の懲役に処する。

4項 犯人又は情を知つた第三者の収受した賄賂ろは、没収する。その全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴する。

第141条

1項 前条第一項から第三項までに規定する賄賂ろを供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

2項 前項の罪を犯した者が自首したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

当然、組合員に損害を与えた場合は、組合からの損害賠償請求訴訟を提起される可能性もあります。再開発組合理事の贈収賄に関して参考判例がありますので、ご紹介します。

※参考判例、東京地裁平成28年9月29日判決

『1 前提事実のとおり,原告と被告は,平成18年12月13日付けで本件覚書を締結しているところ,証拠(甲4,乙10)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告は,同年10月30日に本件協力金を支払うことを合意(以下「本件合意」という。)しており,その後に支払方法等に関するやり取りをしたため,本件覚書の締結自体は前記日付けとなったことが認められる。

そして,前提事実のとおり,本件事業に関し,準備組合が設立されたのは平成18年12月20日であるものの,本件組合が設立されたのが平成24年5月31日であることや,本件覚書が締結されるまでに,原告が本件組合の設立時にその理事長に就任することが予定されていたとか,原告ないし被告がこれを認識していたといった事情は見当たらないから,原告と被告が,本件合意をし,本件覚書を締結した時点で,贈収賄の認識があったとか,本件合意や本件覚書の締結が,贈収賄を企図したものであったとは認められない。

2 証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,被告が原告に対し本件協力金を支払うこととした趣旨は,本件組合の対象地区の地権者の一人であった原告が,同地区内に有していた建物が木造家屋であるので,他の地権者と比べて立ち退きの補償額が低額となることが予想され,本件事業への同意に難色を示していたため,その追加補償の意味合いを有するものであることが認められるところ,前提事実のとおり,本件覚書によれば,本件協力金は,原告が本件事業の対象地区内の権利者全員の再開発(本件事業)に対する賛成同意を取りまとめ,今後の本件事業において指導的かつ中心的立場に立って本件事業の推進にあたることへの対価としての性質を有していることが明らかである。

そして,証拠(乙11)及び弁論の全趣旨によれば,本件組合の定款(4条)においては,本件組合の事業の範囲について,①施設建築物及び施設建築敷地の整備に関する事業,②公共的施設の整備に関する事業,③これらに付帯する事業とされていることが認められ,これによれば,本件組合における理事長の職務と前記認定説示の本件覚書で定められた本件協力金と対価関係にある原告の職務とは重複する関係にあると考えられ,このことは,原告が本件事業の推進のためにした活動(乙1ないし乙9)について,本件組合の理事長に就任する前後において有意な差がみられないことからしても推認されるというべきである。

そうすると,被告の原告に対する本件協力金の支払義務は,原告が本件組合の理事長に就任したことにより,本件合意や本件覚書の締結時には想定されなかった事情変更があったと考えられ,前提事実のとおり,原告及び被告の関係者がともに都市再開発法違反(贈収賄)の嫌疑により事情聴取を受けたことからしても(甲4,乙10),被告は,原告に対し,原告が本件組合の理事の地位にとどまる限り,本件協力金の支払義務を負担しないこととなったと解するのが相当である。

3 もっとも,前記認定説示のとおり,原告と被告が本件合意をし本件覚書を締結したことが贈収賄を企図したものであったとは認められず,前提事実のとおり,本件組合は平成28年9月6日に解散し,原告は理事としての地位を喪失したことに加え,原告が本件組合の理事長として在職中に被告から請託を受けて職務上不正の行為をしたり相当の行為をしなかったことを示す証拠は見当たらないから,本件組合の解散により,被告が原告に対し本件協力金の残金を支払うに関する障碍はなくなったということができ,また,証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によれば,本件事業に係る再開発ビルは,当初の計画どおり竣工したことが認められる。

4 以上によれば,原告の請求は,被告に対し,本件協力金の残金3500万円及びこれに対する本件組合が解散し原告が本件組合の理事の地位を喪失した日の翌日である平成28年9月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。

よって,主文のとおり判決する。』

この事案は、原告である区域内地権者と被告デベロッパーの間で、再開発組合設立前に地権者の賛成同意を取りまとめて事業を推進する対価として6千万円の協力金を支払う密約があり、原告が再開発組合の理事長に就任して事業を推進し事業完成したもののデベロッパーが2500万円しか支払わなかったため残金の支払いを求めた訴訟において、理事の職務に関して請託を受けて職務上不正の行為をしたり相当の行為をしなかったことを示す証拠は見当たらないとして、つまり当該契約は公序良俗違反(民法90条)による無効とはならないとして、協力金残金3500万円の支払いを命じたものでした。しかし、一部の地権者や参加組合員デベロッパーのみに利益を供与して建て替え事業を推進しようとすることは、地権者の公平要件(都市再開発法74条2項)に反する事情であり、都再法140条および141条贈収賄罪が適用される可能性もある問題のある行為です。刑事事件化するかどうか警察検察の判断も限界事例だったと思われます。判決文でも元理事長が警察の事情聴取を受けていたことが言及されています。当然ながら、協力金の原資は、デベロッパーが再開発事業から得る開発利益です。この開発利益は、区域内地権者の共同の利益ですから、本来は区域内地権者で平等衡平に享受すべきものであり、ひとりの地権者が各別に取得することは許されないのです。

但し、この判例の事案のように、個人的利益を図って、地権者の利益を蔑ろにするような特別の行為がなければ責任を問われることは有りませんので御心配はありません。どうしても心配な場合は、個人的に顧問弁護士を選任され、定期的に弁護士と御相談なさって、理事の務めを果たしていかれることも御検討なさって下さい。再開発の手続き期間中のみ顧問弁護士の契約をすることもできますし、特定の事項について継続的な法律相談の契約をすることもできます。以上

※参照条文

都市再開発法4条(第一種市街地再開発事業又は第二種市街地再開発事業に関する都市計画に定める事項)

1項 第一種市街地再開発事業又は第二種市街地再開発事業に関する都市計画においては、都市計画法第十二条第二項に定める事項のほか、公共施設の配置及び規模並びに建築物及び建築敷地の整備に関する計画を定めるものとする。

2項 第一種市街地再開発事業又は第二種市街地再開発事業に関する都市計画は、次の各号に規定するところに従つて定めなければならない。

一号 道路、公園、下水道その他の施設に関する都市計画が定められている場合においては、その都市計画に適合するように定めること。

二号 当該区域が、適正な配置及び規模の道路、公園その他の公共施設を備えた良好な都市環境のものとなるように定めること。

三号 建築物の整備に関する計画は、市街地の空間の有効な利用、建築物相互間の開放性の確保及び建築物の利用者の利便を考慮して、建築物が都市計画上当該地区にふさわしい容積、建築面積、高さ、配列及び用途構成を備えた健全な高度利用形態となるように定めること。

四号 建築敷地の整備に関する計画は、前号の高度利用形態に適合した適正な街区が形成されるように定めること。

第74条(権利変換計画の決定の基準)

1項 権利変換計画は、災害を防止し、衛生を向上し、その他居住条件を改善するとともに、施設建築物、施設建築敷地及び個別利用区内の宅地の合理的利用を図るように定めなければならない。

2項 権利変換計画は、関係権利者間の利害の衡平に十分の考慮を払つて定めなければならない。

以上

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※参照条文