離婚後扶養を要素とする財産分与について(最終更新、平成23年8月8日)


1.財産分与とは、夫婦の協力によって築き上げてきた財産を、離婚に際して清算することをいいます。そのため、財産分与の対象の中心となるものとしては、婚姻後に夫婦の協力によって取得した(単独名義の)財産ということになります。夫名義の自宅土地建物不動産や、預貯金や株式などがその典型例です。もっとも、財産分与の要素には、夫婦財産の清算の他にも「損害賠償、慰謝料」や「離婚後の扶養」という要素も含まれていると考えられています。そこで、一定の場合には、離婚後扶養として、元夫に対して、今後の生活を送るための一定金額を請求することが可能と考えられます。すなわち、婚姻後に夫婦の協力によって取得した目ぼしい財産がなくとも、財産の清算としてではなく、一定の金額について、元夫に請求しうるということです。但し、離婚後は、互いに他人同士になりますので、互いに夫婦関係に基く法律上の扶養義務はありませんので、清算的財産分与、慰謝料請求だけでは生活が困難であるという補充性が必要とされています。

2.具体的には、@相談者様の財産及び今後の収入によって、今後の生活をすることが困難であって、A長年夫婦生活を送ったことで新しい仕事で生活していくことも難しく、かつ、B年齢との関係で生活を支えてくれる新しい配偶者の出現の可能性も低いといった事情がございましたら離婚後扶養の請求もなしうるといえます。すなわち、その内容及び程度は、当事者の具体的資力、年齢、健康状態、扶養を必要とする者の就職の可能性、再婚の可能性等の事情を総合的に考慮して定めることになるでしょう。財産分与は家事審判乙類事項(家事審判法9条乙類5号)ですから、当事者の事情をつぶさに検討し裁判所にその合理的裁量権が広く認められることになります。

解説:

1.財産分与の根拠条文
  財産分与に関する民法上の規定は、768条に規定されているのみです。もっとも、「離婚した者は相手方に対して財産の分与を請求できる。」と規定するだけで、財産分与の内容について、原則として当事者間の協議によることとし、協議ができない場合は「当事者双方の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」家庭裁判所が決定する(3項)という一般的な規定になっています。そこで、離婚給付(財産分与)の内容は、離婚給付の根拠から解釈によって導き出すことになります。「当事者双方の協力によって得た財産の額」という部分が夫婦共有財産の清算(清算的財産分与)に該当し、「その他一切の事情」という部分に、財産分与の慰謝料的要素(慰謝料的財産分与)や、離婚後扶養の要素(扶養的財産分与)が含まれていると解釈することができます。

2.離婚給付の根拠
  離婚給付とは、そもそも、離婚に際して、配偶者の一方から他方に財産上の給付をすることをいいます。
  そして、離婚給付が認められる実質的な根拠には、夫婦財産の清算、離婚による慰謝料が含まれることに争いはありません。その他、離婚に伴う扶養の要素も根拠となっています。しかし、従来、離婚したのに他人となった相手方を何故扶養しなければならないのか理論的な根拠が不明確でした。夫婦間の相互の扶助義務(民法752条)、婚姻費用の分担(760条)も離婚により解消されており、離婚後の扶養義務の法的根拠にはならないからです。従って、扶養の要素は当然に是認されるわけではなく、扶養の補充性という原則が必要とされています。
  すなわち、離婚後の扶養を要素とする離婚給付は、夫婦共有財産の清算、慰謝料の支払いによっても一方が生活に困窮する場合にのみ認められ得るものです。従来、離婚給付における離婚後の扶養の要素は、人道的理由に基き認められているという考え方が中心になっていました。いわば、恩恵的な色彩をもつものとして把握されていました。しかし、離婚後扶養の根拠を権利として確立するために、様々な法律構成が多数の審判手続において試みられ、現在では、離婚の際に妻が被る不利益の補償とし、その不利益の原因を婚姻生活の基礎にある性別役割分業に求める見解が有力となっています。
  すなわち、女性は本来独自に生活できる十分な稼働能力をもつものであるが、結婚や育児などをきっかけとして婚姻生活上の分担として主婦業を行うことにより喪失又は減退した稼働能力に対する補償を求める権利があり、それが離婚後扶養の実質的内容であるという考え方です。この考え方によれば、請求の理由も説明しやすく、額も以前より充実したものとすることができます。但し、離婚している以上、その内容は、補充性の限界がありますし、いわゆる生活扶助義務(配偶者の生活に余裕がある場合の義務)の範囲にとどまるでしょう。

3.財産分与の内容
  離婚給付の根拠を性別役割分業に基づく離婚に伴う妻の不利益補償に求める見解からすれば、夫が職業労働を担当し、妻が家事労働を長年担当することによって、妻がキャリア形成の機会を喪失し、離婚によって経済的に自立不可能になった場合に受ける不利益を補償するために、離婚給付の算定も行われると考えるのが自然です。
  そこで、財産分与の内容としては、夫婦共有財産の清算に限られず、損害賠償や離婚後の扶養も要素として含まれると考えられているのです。

4.離婚後扶養の位置付け
  もっとも、前述のとおり、財産分与の中心は、婚姻後に夫婦の協力によって取得した夫婦の一方名義の財産を離婚の際に清算することにありますので、離婚後扶養は、このような分与をもってしてもなお離婚後の当事者の格差の是正が困難な場合に、離婚後の自立を援助する手段として請求できるものということになります。
  具体的に、どのような場合に離婚後扶養が認められるかについては、後述の参考裁判・審判例をご参照ください。
  判断の基準としては、離婚後の生活、特に収入について単独での収入で生活が可能か否か、分与の対象とならない財産の有無、離婚の原因等の事実関係を基準に公平の見地から財産分与の必要性とその金額を判断しているといえます。

5.参考裁判・審判例
(1)肯定裁判例
 @東京高裁昭和46年9月23日判決
   「2 次に、離婚に伴う財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配し、かつ、離婚後における一方の当事者の生計の維持をはかることを目的とするものであると解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第一四二号同四六年七月二三日判決裁判所時報五七六号一頁参照)。
(省略)、次の事実が認められる。すなわち、(一) 被控訴人は、埼玉県○○およびその地上の家屋番号○○番の二コンクリートブロツク造陸屋根二階建居宅一棟床面積一階一〇三・五三平方メートル、二階一〇五・一八平方メートルの被控訴人所有家屋など時価一、〇〇〇万円を超える資産を有し、右所有家屋およびその敷地には、専売共済組合を債権者とする自らの債務のため債権額二一〇万円の一番抵当権および東京労働金庫を債権者とする自らの債務のため債権額三〇〇万円の二番抵当権が設定されているが、被控訴人は昭和四四年一一月当時で毎月七万八、一九七円の給料のほか、同年七月九万九、三〇八円、同年一二月二〇万二、九九四円の賞与その後これを上廻る給与を得ているのに対し、控訴人は、嫁入り道具のほかみるべき財産はなく、同年四月以降タイピスト見習としてそれまで経験のなかつたタイプライテイングをはじめ、昭和四六年六月当時で毎月手取り三万六、七〇〇円の収入を得、アパート代を支払つて自活していること、(二) 被控訴人の前記不動産は、控訴人の協力によつて得たものではないこと、右の事実を認めることができ、(三)
     なお、前叙のとおりの生年月日から推せば、控訴人の再婚には困難が伴い、中年から開始したタイプライター技術の修得に相当長期間の訓練期間を必要とするのはみやすいところであるから、これらの事実に前記慰藉料額を参酌すれば、被控訴人は、控訴人に対し、その扶養のための財産分与として金三〇万円を支払うのが相当である。」

 A東京高裁昭和63年6月7日判決
   「3 以上によると、第一審原告は現在七五歳であり、離婚によって婚姻費用の分担分の支払を受けることもなくなり、相続権も失う反面、これから一〇年はあると推定される老後を、生活の不安に晒されながら生きることになりかねず、右期間に相当する生活費、特に【証拠略】によると、昭和六一年当時で厚生年金からの収入のみを考慮しても第一審被告太郎の負担すべき婚姻費用分担額は一〇万円をやや下回る金額に達することが認められるところ、その扶養的要素や相続権を失うことを考慮すると、第一審被告太郎としては、その名義の不動産等はないが、前認定の収入、資産の状況等からして、第一審原告に対し、財産分与として金一二〇〇万円を支払うべきである。」

 B東京高裁平成元年11月22日判決
   「3 離婚後の生活費
     本件離婚請求が認容されたならば、被控訴人は将来の配偶者としての相続権を失い、また、現在は請求していないものの、事情が変更した場合の婚姻費用分担申立ても不可能となることから、老後の不安が増大することは避けられないというべきである。《証拠略》中には、控訴人は現在年間三二〇万円ないし三三〇万円の収入しかないとする部分もあるけれども、《証拠略》によれば、株式会社甲原の代表取締役、有限会社丙田の取締役をし、甲野松子との間に二人の男子に恵まれ、一家によって右二つの会社のほか、株式会社乙原を経営しており、少なくとも平均以上の経済生活を送っていることが推認される。他方、《証拠略》によれば、被控訴人は現在年間一一〇万円余りの厚生年金の収入しかなく、七三歳の高齢で自治能力が全くないことが認められ、これらの事情を考慮すると、被控訴人が主張する月額一〇万円ずつを少なくとも平均余命の範囲内である今後一〇年間の生活費として負担を命じることは相当というべきであり、本件記録にあらわれた一切の事情を考慮すると、右生活費にかかわる財産分与として控訴人に一〇〇〇万円の支払を命ずるのが相当である(被控訴人主張額九〇〇万円を超えるけれども、財産分与であることからしても、またその申立ての総額四〇〇〇万円の範囲内であることからしても、右程度の超過は許されてしかるべきである。)。」

 C名古屋高等裁判所平成15年(ラ)第32号平成18年5月31日決定(財産分与申立審判に対する即時抗告事件)大学教授夫婦の離婚に際し、扶養的財産分与として夫婦共有マンションの無償使用を一定期間(離婚後約8年間)認めています。妥当な判断でしょう。
   「ところで、夫婦が離婚に至った場合、離婚後においては各自の経済力に応じて生活するのが原則であり、離婚した配偶者は、他方に対し、離婚後も婚姻中と同程度の生活を保証する義務を負うものではない。しかし、婚姻における生活共同関係が解消されるにあたって、将来の生活に不安があり、困窮するおそれのある配偶者に対し、その社会経済的な自立等に配慮して、資力を有する他方配偶者は、生計の維持のための一定の援助ないし扶養をすべきであり、その具体的な内容及び程度は、当事者の資力、健康状態、就職の可能性等の事情を考慮して定めることになる。」

   「本件各記録によれば、抗告人の勤務先における給与収入は平成15年において年間約210万円であった(時給制で賞与はない。)こと、他に社会保障給付として4か月毎に、市の遺児手当が4か月に一度未成年者ら3人分で合計3万4800円(月額8700円)、県の遺児手当が合計5万4000円(月額1万3500円)、市の児童扶養手当が合計11万6680円(月額2万9170円)の給付を受けており、平成15年の月額収入は、給与収入、相手方からの養育費及び上記社会保障給付を合わせて平均約41万円であったこと、そして、抗告人の毎月の支出は、子供の学費等を含めて月額約37万円程度であるが、自動車税及び自動車保険料に加え、本件マンションの老朽化に伴う室内修繕費(例えば、平成16年4月にはトイレ修繕費として12万6000円を負担している。)、二女の入学諸費用等の臨時出費をも踏まえると、抗告人の平成16年の年間収支は概ね同額程度であること、他方、相手方の収入は、平成15年において年間約1170万円(妻の収入も合わせた世帯収入は約1560万円、いずれも税込み)であるが、自らの生活費以外に未成年者らへの養育費、本件マンションのローン返済だけでも月額30万円以上を負担しており(ローン返済は月額返済とは別に、さらに年2回各約41万円を負担している。)、大学教授としての職業上の必要経費も一定程度見込まれることが認められる。以上の事実を前提にすれば、抗告人と相手方との収入格差は依然大きいものの、抗告人は、社会経済的に一応の自立を果たしており、また、その収支の状況をみても、外形上は、一定の生活水準が保たれているかのようである。」

(2)否定審判例
 ○東京家裁昭和46年1月21日審判
   「ところで、財産分与請求権の性格については、種々の見解が対立しているが、当裁判所は、財産分与請求権は、離婚に際して夫婦財産の清算を請求する権利(清算的財産分与請求権)を中核とし、これに離婚後の扶養を請求する権利(扶養的財産分与請求権)および離婚そのものによる慰謝料請求権とが複合する包括的な離婚給付請求権であると解するのが相当であると思料する。
   かかる見解によつて、本件をみるに、申立人は、前記認定事実によれば、既に一定の職業を有し、相当の収入を挙げているのであるから、離婚後の扶養を考える必要はなく、また、前記認定事実によれば、本件離婚は、直接には申立人の不貞行為によつて招来され、申立人が主要な責任を負うべきであるというべきであるから、申立人が離婚そのものによる慰謝料を請求することができないことは明らかであり、したがって本件の財産分与においては、もつぱら夫婦財産関係の清算のみを考慮すれば足りるというべきである。」
この審判例は離婚後の扶養請求自体を否定したものではなく、事案を検討すると扶養の補充性を満たさない判断と言えるでしょう。

6.最後に
  離婚給付の内容については、夫婦間の協議で定めるのが理想ですが、離婚前後の時期に円満に利害の対立する金額を決めることは困難な場合が少なくありません。冷静な第三者を交えて決めた方が、双方の公平にかなう場合が多いと思います。具体的には、弁護士に代理人交渉を依頼し、公正証書による離婚給付契約書を作成する方法が考えられます。交渉が不調の場合は、家庭裁判所の調停や審判に移行することになります。交渉開始前には、離婚原因に関する証拠の保全についての打ち合わせも必要です。一度、お近くの法律事務所に御相談なさることをお勧め致します。

≪参照条文≫

民法
第七百六十八条  協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。 
2  前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。 
3  前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。乙類
第九条  家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。
五 民法第七百六十八条第二項 (同法第七百四十九条 及び第七百七十一条 において準用する場合を含む。)の規定による財産の分与に関する処分

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