漁業法違反起訴前弁護
刑事|漁業法違反|窃盗罪との関係|弁護活動の方法
目次
質問:
現在,私は、海岸で岩カキを取ってしまい漁業法違反の罪に問われ,海上保安庁から呼び出しを受けています。確かに看板で取ってはいけないという禁止の表示はありましたが,ここまで大事になるとは思っておりませんでした。できれば,前科は付けたくないと思っております。今後,私はどのようにしたらよいでしょうか。
回答:
1 一定の海域について,漁業協同組合が漁業を排他的に行うことができる権利(漁業権)を侵害した場合には,漁業法違反となります。今回の行為も,無断で養殖・漁業の対象となり得る貝類を取ってしまったということで,漁業法違反が成立するでしょう。当該犯罪は告訴がなければ処罰されない犯罪類型ですが,各地漁業組合では漁業従事者の生活権に関わる重大事案と捉えて一律に刑事告訴をする扱いになっていることが多いようです。
漁業法は,一定の海域の海産資源を保護するという社会的法益に関する罪でもありますので,何もしなければ罰金刑(20万円が上限)となる可能性が高いと言えます。刑罰に付随する処分(医師資格等の行政上の資格制限,職場の懲戒処分)も考えられるところです。
2 具体的な活動としては,漁業協同組合と示談交渉を行い,告訴を取消してもらうことが必要となります。漁業権は,海産資源に関して独占することのできる財産的価値を有する権利ですので,その点に伴い生じた被害(海産資源相当額,捜査機関への捜査協力に伴う休業損害,迷惑料等)を弁償する必要があります。告訴を取消してもらえた場合には,検察庁に告訴取消書を提出することによって漁業法違反の罪については必ず不起訴処分となります。
ただ,漁業組合としてもこのような密漁行為に対しては厳格な姿勢で臨んでいることも多く,示談交渉については細心の注意が必要であり,また専門的経験も必要となります。基本的には通常の示談方法と異なるところはなく、誠心誠意お詫び申し上げる気持ちが重要で相手方の対応に応じて示談金を受け取っていただけるような状況づくりが求められます。重罪ではありませんので方法論さえ間違わなければ告訴取消は可能でしょう。どうしてもお困りの場合には,お近くの弁護士への相談をお薦め致します。
3 その他,漁業法に関する事例集としては2049番、1724番、1411番、1266番番等を参照してください。
4 漁業法違反に関する関連事例集参照。
解説:
第1 漁業法違反について
1 漁業権とは・その性質
(1)現在,あなたは漁業法違反の被疑事実により刑事処罰の対象となっているということです。まずは,漁業法の概略,漁業権の内容について説明していきます。
漁業法とは,漁業生産に関する基本制度を定めることによって,漁業者(漁業を営む者),その他漁業調整機構が,水面を総合的に利用し,漁業生産力を発展させることを目的とするとされています(漁業法1条)。すなわち,漁業を営む者を一定程度制限する(行政による監督化に置く)ことによって,適正な海産資源の保護・発展を目的とするところに法律の制度趣旨があると言えます。
すなわち,漁業法の目的としては,その海域周辺の海産資源の保護という社会的な法益保護をもその目的としているといえます。
(2)一方で,漁業法を営む者については,「漁業権」という権利を与えることによって,その保護も図っています。漁業権とは,「置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権」を意味するものとされ(漁業法2条),それぞれ定置網漁,区画漁業(養殖業),共同漁業(定着性の水産動物を目的とする漁業,網漁具を利用する漁業)といった内容を有するとされています(漁業法6条各号参照)。漁業権は,通常,各地方の漁業協同組合が都道府県知事から許可を受けることによって与えられます(漁業法10条)。その上で,個別の漁業については,漁業を営む権利を有する者がこれを行使することとなります。
こういった漁業を営む権利については,次の者が有するとされています。
漁業法8条1項
「漁業協同組合の組合員(漁業者又は漁業従事者であるものに限る。)であつて、当該漁業協同組合又は当該漁業協同組合を会員とする漁業協同組合連合会がその有する各特定区画漁業権若しくは共同漁業権又は入漁権ごとに制定する漁業権行使規則又は入漁権行使規則で規定する資格に該当する者は、当該漁業協同組合又は漁業協同組合連合会の有する当該特定区画漁業権若しくは共同漁業権又は入漁権の範囲内において漁業を営む権利を有する。」
すなわち,漁業権行使に関する規則に規定する資格を有し,かつ漁業協同組合の組合員(漁業者のみ)でなければ,漁業を営む権利を行使することはできません。
(3)漁業権は,あくまで都道府県(行政)から許可を受けて漁業を営むという行政上の権利ですが,上記のとおり,漁業権の指定を受けた漁業協同組合(その組合員)は,その海域の漁業を排他的に独占する権利を有しており,組合の個別的な財産権と評価することができます。
漁業権は,「漁業権は、物権とみなし、土地に関する規定を準用する。」(漁業法23条1項)とされているのはこの裏付けであり,海面上について私法上の財産権に準じた権利を有しているということになります。
(4)このように,漁業上は,指定された海域付近の漁業資源の確保という社会的な法益を保護する法律であるとともに,各漁業権者(漁業協同組合)が有する個別の漁業権・財産権といった個別的法益を保護する法律であると評価することができます。この点は,後述の漁業組合との示談交渉の解釈において意味を有することとなります。
2 漁業法違反
(1)次に,本件で成立する犯罪についてみていきます。
あなたは,とある漁業組合が管理する海域において岩ガキを無断で取ってしまったということです。
上記のように,一定の水面を漁業組合権者・組合員が共同で利用して,貝類などの定着性の水産動物を目的とする漁業(養殖業)については,漁業を営む権利として法的保護の対象となるものであり,漁業の対象となり得るカキ(貝類)を無断で取ってしまうことは,漁業権者の「漁業を営む権利」を侵害したものとして,20万円以下の罰金刑に処せられる可能性があります(漁業法143条)。
一方で,本条違反の犯罪は,いわゆる親告罪と言って告訴がない限り処罰されない犯罪類型になります。ただ,漁業組合としても本件のような密漁にも該当するような行為については厳格な態度で臨んでいることが多く,一律に告訴を行う方針であることも多いといえるでしょう。
なお,漁業の対象となる海産動物を捕獲するという行為は漁業法違反の他に,漁業組合に対する窃盗罪が成立する場合も考えられます。養殖施設にいる魚など漁業組合に所有権があり,占有管理している海産動物を採取することは、漁業組合等の海産動物に対する所有権、占有権を侵害することになり窃盗罪(刑法235条)に該当し,10年以下の懲役か50万円以下の罰金という重い処罰が下されることとなります。漁業組合等が所有権、占有権を有しない漁業の対象となる海産動物については窃盗罪が成立しませんので、漁業権の侵害として漁業法違反の犯罪が成立します。漁業権はあくまで行政から許可を得て漁業を営む権利であり,当該海産物に対する直接の支配権(所有権)を有するわけではありませんから、今回の場合も窃盗罪には該当しないことになります。実際の運用も,漁業法違反のみの告訴,刑事処罰の対象とされるのが通常です。
※参考文書、全国漁業組合連合会パンフレット「海のルールとマナー教本」
http://www.jsafishing.or.jp/wp-content/uploads/2016/02/rule.pdf
(2)そして,現在あなたは漁業法違反の被疑者として,海上保安庁に呼び出しを受けているとのことです(海上保安庁職員も,刑事訴訟法の特別司法警察職員として捜査権限を有します)。今後は在宅事件として所定の取調べを受け,検察庁に事件が送致され,検察官が最終的な刑事処分を決めることとなります。
上記のとおり,漁業法違反は,一定の海域の海産資源の確保という社会的な法益を保護する社会的法益に反する罪という側面があります。このような社会的法益に関する犯罪については不起訴処分にはなりにくい類型であり,何もしなければ罰金刑に処せられる可能性が高いと言えるでしょう。
罰金刑を科された場合には,法律上の前科が付いてしまう他,一定の資格制限(医師など),職場に発覚してしまった場合には懲戒処分の対象ともなってしまう可能性があります。
第2 具体的な弁護活動について
1 示談交渉の必要性
(1)次に,漁業法違反の場合の具体的な弁護活動についてみていきます。
上述のとおり,漁業法違反は親告罪(器物損壊罪のように犯罪自体が軽微であるとの理由。)ですので,告訴がなければ処罰することができない犯罪類型となります。そして,告訴は起訴されるまでは取り消すことができますので(刑事訴訟法237条),示談交渉により告訴を取消してもらえるか否かが重要となります。告訴が取り消されれば,不起訴処分になります。
示談交渉の相手方は,告訴権者でありこの場合は漁業権を有する者になりますが,通常は,その海域について漁業権を有するのは各漁業協同組合となります。
上述のとおり漁業法は当該地方の海産資源の確保を目的とする社会的法益に関する罪でもありますが,個別の漁業権・財産権をも保護することを目的とする犯罪類型ですから,漁業権者として受けた損害については賠償の上,示談交渉に臨む必要があります。
漁業権はあくまで行政から許可を受けて漁業を営む権利であり行政上の権利に過ぎず,示談交渉の相手方にならないのではないかとの疑問も生じ得るところです。しかし,上記のとおり,漁業権とは私法上の財産権(物権)とみなすことができますので,海産資源を害された場合には財産的損害が生じたとして,損害賠償(金銭賠償・被害弁償)の対象となり得ます。実際に漁業組合自身が告訴権者ともなっておりますので,示談交渉の際には適切な被害弁償の上,告訴を取り下げてもらうように交渉を行う必要があるでしょう。
(2)漁業組合として受けた損害としては,具体的な海産動物の財産的な価値に加え,海上保安庁に対して告訴の手続きを行った場合にはその分の休業損害があります。刑事事件における良い情状としては金銭的な負担をある程度行ったという事実も重要ですので,一定程度の迷惑料も上乗せして支払う必要があるでしょう。また,本人の謝罪の意思を伝えるため,謝罪文を交付することも有効といえます。
示談金額については,個別の具体的事情(被害にあった海産動物の価額,被害感情の強さ)を総合的に考慮して決定することとなりますが,具体的な指標といったものはありません。ただ,取得した海産動物の価額が極めて大きい(数十,百万円単位)ということでなければ,本来処罰を受ける際の罰金額を被害者である漁業協同組合に交付するという結論が相当ともいえます。したがって,罰金額相当(漁業法違反では法定刑は20万円)の金額に多少の謝罪金を上乗せした支払条件を提示することが了解を得られやすいでしょう。
ただ,漁業組合としても,このような犯罪類型は多数発生しているところであり,海産資源を害した者に対しては厳罰を持って臨むということで,基本的には示談交渉に応じない姿勢を示す組合も多いでしょう。具体的な弁護活動については,専門的な経験を有する弁護士への相談をお勧めします。
2 供託・贖罪寄付
仮に示談が成立しないような場合には,告訴の取消しもなされませんので,社会的法益を害した犯罪類型として,罰金刑の可能性が高まります。ただ,示談金を受け取らない場合であっても,法務局に同額の金銭を供託することによっていつでも被害弁償金を受け取れる地位を取得することになり良い情状と評価される場合があります。
また,本件のような社会的法益に関する犯罪類型に対しては,社会に対する贖罪の意思を示すために,一定の金額を贖罪寄付することも有効といえます。
供託金額については,上記の1の示談交渉の際に提示した金額がベースになります。贖罪寄付の金額については,やはり明確な指標といったものはありません。ただ,贖罪寄付は自己の経済的負担をもって,社会に対して贖罪をするという意味合いもあり,本人の資力からしても十分な金額をもって行う必要があるでしょう。ここでも,社会的制裁としての漁業法違反における刑罰(20万円)に相当する金額が一定の参考になるといえます。当該金額に,本人の資力の程度,謝罪の意思の強さを考慮して,貴額を増減させることになります。
贖罪寄付の対象については,様々な機関があります。もっとも有用なのは,当該漁業組合が口座を開示した場合には,その口座に一定の金銭を寄付金として振り込むことになります。直接の被害者である漁業組合への寄付金の交付はもっとも有利な情状となり得ます。漁業組合がこれを拒否したような場合には,日本弁護士連合会,全国の単位弁護士会(東京弁護士会など)が贖罪寄付を受け付けているので,そちらに寄付を行うとよいでしょう。贖罪寄付希望の旨の連絡を行うと,申込書等必要書類を頂けるので,当該申込書を提出し,一定の金額を振り込むと贖罪寄付証明書,領収書の発行を受けることができます。
これらの資料を有利な情状資料として担当検察官に提出することとなります。
3 検察官との交渉(弁護活動)
上記の漁業組合との交渉の他に,検察官に対して不起訴処分となるように意見書を提出し,交渉を行うことが重要といえます。特に本人からでは主張しづらい謝罪・反省の意思,示談に関する状況については,弁護人から主張してもらうことが望ましいと言えるでしょう。
以上