万引きの前歴とインターネット記事削除方法
民事|検索エンジン業者に対する仮処分手続|最高裁平成29年1月31日第三小法廷決定
目次
質問:
都内在住の52歳の会社員です。私は、現在の会社に転職する以前に市役所の一般職員として事務の仕事をしていた4年ほど前、仕事上のストレスから書店で万引きをしてしまったことで、窃盗罪で逮捕され、事件が実名報道されたことがありました。その後、刑事事件は書店に謝罪と被害弁償を行ったため、不起訴となったのですが、現在も逮捕記事のコピーがインターネット上に拡散しており、困っています。個別のサイト管理者に対する自力での削除請求を試みたのですが、サイト管理者が削除に応じてくれなかったり、海外サイトのためにそもそも管理者と連絡が取れなかったりすることがあり、検索事業者に対する削除要請も無視されています。検索エンジンで私の名前を入力すると、未だに逮捕記事を掲載しているサイトが十数件ほどヒットする状態であり、今後の社会生活上の影響が不安です。何か良い方法があれば教えて頂けますでしょうか。
回答:
1. インターネット上のサイトへのアクセスは、その大部分が検索エンジンを経由したものですので、逮捕記事を掲載したサイトが検索結果に表示されないようにしてもらうことができれば、実際上は個別のサイトを削除したのと同様の効果を得られることになります。そのためには、裁判所に対して、検索事業者を相手方として、検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てという手続きを行うことが考えられます(民事保全法23条2項)。
2. あなたとしては、名誉権ないしプライバシー権(人格権・憲法13条後段)に基づく差止請求権としての検索結果の削除を主張すべきことになります。人格権侵害に対する差止請求権については、法律上明文は存在しないものの、判例は、従前より差止請求が可能な場合があることを認めてきました(最高裁昭和61年6月11日大法廷判決、最高裁平成14年9月24日第三小法廷判決等)。問題は、いかなる場合に検索結果の削除が認められるかですが、この点に関して、最近、最高裁が重要な決定を出しています。
3. 最高裁は、検索事業者に対する削除請求を、検索事業者の表現行為としての側面(憲法21条1項参照)と個人の人格権とが対立する場面と捉えた上で、「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。」との判断基準を示しました(最高裁平成29年1月31日第三小法廷決定)。この事件は、児童買春による逮捕事実の検索結果の削除を求めた事案でしたが、児童買春が社会的に強い非難の対象とされていること等から、逮捕事実が今なお公共の利害に関する事項といえること、検索結果が氏名及び居住する県の名称を条件とした場合のものであり、逮捕事実が伝達される範囲がある程度限られていることを理由に「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」として、検索結果の削除を認めませんでした。
4. 上記基準の「明らか」という表現がいかなる趣旨で用いられているのかについては判然としないところですが、ご相談の場合、逮捕に係る被疑事実が万引きという比較的軽微な事案類型であること、不起訴処分となっていること、既に事件から約4年が経過していること、氏名を検索しただけで逮捕記事のURLが表示される状態にあり、逮捕事実が伝達される範囲が限定されていないこと等の事情に照らせば、最高裁の基準に照らしても、「公表されない法的利益が優越することが明らか」であるとして、検索結果の削除が認められる可能性も十分見込まれると考えられます。ただし、より正確な判断のためには、詳細な事情を伺った上での法的検討が必要となります。
5. 仮処分命令の申立ての手続きの流れを解説にて説明しますので、参考になさって下さい。実際の手続きは相当に専門的であるため、インターネット関係に強く、同種手続の経験がある弁護士など、適任の専門家に依頼の上、手続きを進められることをお勧めいたします。
6. 関連事例集1763番、1573番、1443番、1406番、1376番、1279番、1270番、1229番、1170番、1169番、1035番、755番、732番、317番、216番、208番参照。
7. その他インターネット記事削除に関する関連事例集参照。
解説:
1.(検索事業者に対する検索結果の削除請求)
過去の逮捕歴に関する記事がインターネット上に拡散し、不特定多数のインターネット利用者がそれらを閲覧しうる状態にある場合、名誉権ないしプライバシー権(人格権・憲法13条後段)に基づいて、一次的には個別のサイト管理者に対する削除請求を検討すべきことになります。もっとも、ご指摘の通り、サイトによっては任意の削除請求に応じないことがあり、特に海外サイトの場合、削除請求のための連絡を取ること自体が困難であることが多々あります。その場合、裁判所に対して、個別のサイト管理者に対して逮捕記事の削除を求める、仮処分命令の申立てという手続きを行い、仮処分命令の発令によって削除を実現する方法が考えられますが、手続き自体が非常に煩雑である上、仮に仮処分命令を取得したとしてもこれを無視する海外サイトも多く、相手方となるべきサイト管理者が多数に及び、海外サイトも含まれているという本件では、現実的な方法とは言えないでしょう。
このような場合、検索事業者に対して、問題の記事を掲載したサイトを検索結果から削除するよう請求する方法が有効と思われます。インターネット上のサイトへのアクセスは、その大部分が検索エンジンを経由したものですので、逮捕記事を掲載したサイトが検索結果に表示されないようにしてもらうことができれば、実際上は個別のサイトを削除したのと同様の効果を得られることになります。あなたの場合、既に検索事業者に対して任意での検索結果の削除を請求しているにもかかわらず、対応してもらえていないということですので、裁判所に対して、検索事業者を相手方として、検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てという手続きを行うべきことになります(民事保全法23条2項)。
2.(仮処分について)
仮処分とは、正確には「仮の地位を定める仮処分」といい、争いがある権利関係につき、債権者(申立人)に著しい損害や急迫の危険が生じることを避けるために暫定的な法律上の地位を定める民事保全の手続のことを指します(民事保全法23条2項)。本来、民事上の権利の実現は民事訴訟を通して図られるべきというのが法治国家の基本的な考え方です。しかし、即時に権利内容の実現ができないと著しい損害を被ったり、場合によっては訴訟手続そのものが無意味になったりする場合もあり得ることから、このような不都合を回避するために、民事訴訟に先だって一定の暫定的な法律上の地位や権能を認めてもらうための手続が民事保全です。
検索事業者に対する検索結果の削除を求める権利を民事訴訟によって実現しようとしても、その間に提供された検索結果を通じて、不特定多数のインターネット利用者によって逮捕記事が閲覧されることにより、あなたの社会的評価が著しく毀損されるなどして回復し難い損害を被るおそれがあるため、民事保全手続(仮処分命令)によって、即時に検索結果を仮に削除してもらうことを求める、というのが本手続の位置付けとなります。
3.(いかなる場合に検索結果の削除が認められるか)
問題は、いかなる場合に検索結果の削除が認められるかですが、この点に関して、最近、最高裁が重要な決定を出していますので、ご紹介いたします。
最高裁は、児童買春をしたとの被疑事実に基づき、平成23年11月に逮捕され、同年12月に罰金刑に処せられた者が、その者の氏名及び居住する県の名称を条件として検索すると、検索結果に含まれるURLにかかるウェブサイトに逮捕の事実を含む記事が掲載されているとして、検索事業者に対して人格権ないし人格的利益(憲法13条後段の幸福追求権として保障されるべき人格的生存に不可欠な権利ないし利益)に基づき、検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案において、「検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。」との判断基準を示しました(最高裁平成29年1月31日第三小法廷決定)。
検索結果の削除を認める場合を「事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に限定した理由としては、「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となる」一方で、検索結果を収集、整理、提供するプログラムが検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されている点で「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」とともに、検索事業者による検索結果の提供は「現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」ものであり、「検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる」ことが指摘されています。
「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」ということは、検索事業者の表現の自由(憲法21条1項)と個人の人格権(憲法13条後段)とが衝突する場面であることを意味しており、これらの利害調整の見地から「比較衡量して判断すべき」との枠組みが示されているものといえます。
もっとも、当該事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」といえるのがどのような場合であるかについては判然とせず、上記判断基準に従った今後の裁判例の蓄積が待たれるところでしょう。
なお、最高裁は、事案に対する判断としては、児童買春が社会的に強い非難の対象とされていること等から、逮捕事実が今なお公共の利害に関する事項といえること、検索結果が氏名及び居住する県の名称を条件とした場合のものであり、逮捕事実が伝達される範囲がある程度限られていることを理由に「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」として、検索結果の削除を認めませんでした。
4.(本件における削除の可否)
上記の最高裁の事案では検索結果の削除は認められませんでしたが、あなたのケースとは事案が大きく異なるため、仮処分命令の申立てを行ってみる価値は十分あるように思われます。
最高裁は、削除を認めるか否かの判断要素として「当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など」を挙げていますが、まず、児童買春と万引きとでは、社会的非難の度合いの点で一線を隔するといえるでしょう。実際、最高裁の事案では罰金刑を受けているのに対し、あなたは不起訴処分となっており、少なくとも刑事処罰が相当と判断される程の重大事案ではなかったといえます。また、既に事件から約4年が経過しており、あなたが当時公務員であったことを考慮しても、今もなお社会的関心が強い事案とは言い難く、現在も逮捕記事を掲載し続ける必要性は乏しいといえるでしょう。さらに、最高裁の事案では、検索結果が氏名及び居住する県の名称を条件とした場合のものであるのに対し、あなたの場合、氏名を検索しただけで逮捕記事のURLが表示されるとのことですので、逮捕事実が伝達される範囲が限られているともいえません。
以上によれば、最高裁の基準に照らしても、「公表されない法的利益が優越することが明らか」であるとして、検索結果の削除が認められる可能性も十分見込まれると考えられます。もっとも、より正確な判断のためには、検索結果の提供によって被っている具体的被害の内容、あなたの事件当時及び現在の地位(役職や業務内容、社会的影響力の有無等)、検索結果に表示される記事の具体的内容等の詳細を確認した上での法的検討が必要となります。まずは弁護士に具体的事情の下での削除の可否に関する見通しについて相談してみることをお勧めいたします。
5.(手続の流れ、注意点)
仮処分命令の申立てにあたっては、申立書において、被保全権利(検索結果の削除を求める権利)の存在とともに、保全の必要性を具体的に記載して明らかにする必要があります(民事保全法13条1項、民事保全規則13条)。ここでいう保全の必要性とは、債権者(申立人)に生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるために仮処分命令による削除が必要と認められることを意味します(民事保全法23条2項)。最高裁の判断基準において示された判断要素を踏まえた説得的な記載が求められることになります。削除を求める対象となる検索結果については、仮処分命令申立書の別紙として、個別のサイトのタイトル、URL、スニペットの記載等を整理してまとめた検索結果目録を作成して添付する必要があります。
保全すべき権利及び保全の必要性は即時に取り調べることができる証拠によって疎明(裁判所に対し、事実の存在について一応確からしいという程度の心証を得させるために証拠を提出すること)する必要があるため(民事保全法13条2項、民事訴訟法188条)、検索結果が表示された画面の写し、あなたが不起訴処分となったことを示す不起訴処分告知書、事件当時及び現在のあなたの地位(役職や仕事内容等)を示す資料、逮捕された事件の詳細や、逮捕記事を含むサイトが検索結果として表示され続けることによって著しい損害を被っていること等を具体的に記載した陳述書等の証拠を準備する必要があります。
また、申立に際しては、債務者である検索事業者の資格証明書が必要となり(民事保全規則6条、民事訴訟規則18条、15条)、検索事業者が外国法人の場合、外国登記を取得しておく必要があります。検索事業者が外国法人の場合、さらに申立書等の外国語訳の添付を求められることになります。
なお、特に検索事業者が外国法人の場合、裁判所の管轄(どこの裁判所に申立てをすべきか)が問題となりますが、結論としては、債権者(申立人)の住所地を管轄する裁判所での申立が可能です。検索結果の削除を求める仮処分命令の申立ては、名誉権やプライバシー権等の人格権の侵害を理由とする不法行為(民法709条)に関するものですので(最高裁平成16年4月8日第一小法廷決定参照)、「不法行為があった地」を管轄する裁判所が管轄権を有するところ(民事保全法12条1項、民事訴訟法3条の3第8号、5条9号)、不法行為地には権利利益を侵害されるおそれのある地が含まれ(最高裁平成26年4月24日第一小法廷判決)、インターネットによる人格権侵害の場合、債権者(申立人)の住所地において権利侵害が発生しているといえることがその理由です。申立てに際しては、裁判管轄をあなたの住所地の管轄裁判所とされたい旨の上申書を提出するなどして、管轄を認めてもらう必要があるでしょう。
申立後は、債務者である検索事業者(実際には代理人の弁護士)が立ち会うことのできる審尋の期日(複数回となることが殆どです。)が設定され(民事保全法23条4項本文・2項)、双方審尋を経て仮処分命令の可否が判断されることになります。申立てに理由があると判断された場合、保全命令の発令に際して、担保金の供託が要求されることが通常です(民事保全法14条1項、4条1項)。これは、後の本案の訴訟で申立てにかかる請求が認められなかった場合、保全命令によって債務者に損害を与えるおそれがあることから、かかる損害を担保するために要求されるものであり、検索結果の削除を求める仮処分の場合、債務者である検索事業者に具体的な損害が生じないなどとして担保金を不要とするケースもありますが、実際は30万円ないし50万円程度が指定されることが多いようです(削除対象が多い場合、より高額となることがあります。)。裁判所が定める担保金を供託することで、検索結果を仮に削除するよう命じる仮処分命令が発令されることになります。
6.(最後に)
以上、ご覧頂いてお分かり頂ける通り、仮処分命令申立の手続きは、手続き、主張立証すべき内容、ともに相当に専門的です。また、説得的な主張のためにはインターネット関係の知識も不可欠であり、現実的には専門家である弁護士に依頼しなければ解決困難であることが多いと思われます。インターネット関係に強く、同種手続の経験がある弁護士など、適任の専門家に依頼の上、手続きを進められることをお勧めいたします。
以上