新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1290、2012/6/21 9:59

【民事・男女交際と妊娠中絶による損害賠償請求の可否・東京高裁平成21年10月15日判決】

質問:学校を卒業し,社会人となってから知り合った社会人の男性と交際しました。彼は避妊するのが嫌いなようで,「大丈夫だから」と求められ,避妊せず性交渉を重ねていました。その結果,交際半年で妊娠に至りましたが,それを知った途端,彼の態度が変化し,「中絶し別れてくれ」と言われてしまいました。私は仕方なく中絶手術を受けることになりました。私は精神的に傷ついたので,彼に何らかの誠意を見せて欲しいと連絡しましたが,「交際したのも中絶したのも同意の上だから手術費用折半する以外は応じられない」という回答でした。合意があったのは事実ですが,これを聞いて私の両親も憤慨しています。私は,彼に対して,法的な損害賠償請求をすることはできないのでしょうか。

回答:
1,性行為について同意があるのであれば,性行為を行ったこと自体について後日,損害賠償請求することはできないのが原則です。
2,妊娠中絶手術についても性行為について同意があるのであれば,これについて後日,損害賠償請求することはできないのが原則です。
3,男女関係の交際が,結婚の約束を経たいわゆる「婚約」の状態に至っていないのであれば,男女の関係を解消することになっても,損害賠償請求することはできないのが原則となります。
4,以上,法的な損害賠償を請求できないというのが基本原則です。しかしながら,男女の交際が性交渉を伴う段階に至り,妊娠した場合で,人工妊娠中絶手術を選択する結果となった場合には,男性にも女性の精神的経済的な負担を軽減すべき義務があり,中絶手術に至る過程において男性がその義務を果たさない場合はそのような男性の態度を不法行為として,女性からの賠償請求が認められる可能性があります。
5,事務所事例集論文634番115番参照。その他936番参照。

解説:

1,(損害賠償請求の根拠  私的自治の大原則)
私的自治の大原則は,個人の行動の自由,契約の自由を基本内容にして故意,過失行為があった場合にのみ責任を負わせるというものであり,公正,公平な秩序の実現による社会全体の発展を目指しています。従って,契約による責任又は,契約がなくても,違法に他人の権利利益を侵害した不法行為の場合に限り法的責任を負うことになります。その内容は以下の規定として現れます。
民法上の損害賠償請求というのは,主として民法415条又は709条を原因として請求することができる権利になります。

民法第415条 (債務不履行による損害賠償)
 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
同第709条(不法行為による損害賠償)
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

つまり,故意又は過失により,相手方に損害を負わせた場合に,損害を受けたものはこれら条文を根拠として損害賠償請求をすることができることになります。当事者間の契約が先行する場合は,契約により直接又は間接に定められた義務に違反した行為があった場合に損害賠償が認められますし,当事者間に契約関係が無い場合でも,私人間には相互に相手の権利(生命・身体・財産)利益を侵害しないように行動すべき注意義務が課せられているのであり故意・過失により相手の権利,利益を侵害してしまった場合には,賠償を填補すべく,侵害者の賠償義務が法定されているのです。

2,(男女交際と損害賠償の原則)
従って,当事者間で合意に基いて行った行為により一方に損害が生じた場合であっても,それが公序良俗違反となるような合意に基づくものでなければ,法律上もその合意は尊重されることになりますので,民法415条や709条の賠償義務は発生しないことになるのが原則になります。合意に基いて性交渉し,その結果妊娠し,中絶手術を受けるに至った場合女性の側にだけ損害が生じていることになりますが相手方男性に対して損害賠償請求できないのが原則となります。男女交際が解消された場合に損害賠償義務を生ずるのは,当事者が結婚している場合,内縁関係(事実婚)にある場合,又は,婚約している場合に,合理的な根拠無く不当にこれを解消する場合に限られるのが原則になります。当事者の自由意志で男女交際が始まった場合,それが将来解消されることは当然に予想されることであり,解消に反対し,精神的経済的損害を受ける他方当事者においても当然に甘受すべきことがらと判断されます。結婚している夫婦間であれば相互に平穏な家庭生活を維持すべき法律上の義務を負担することになりますが,それに至らない男女交際そのものには交際関係を継続する義務は含まれませんので,双方の相性が合わないというような抽象的な理由でも交際は解消されることがありえることになりますし,これについて,法律が干渉することは許されません。自由主義の当然の帰結となります。

3, しかしながら,男女交際が性交渉を伴い,妊娠に至り,中絶手術を受けるという事態に至ったときは,女性だけが精神的経済的な損害を被るのは事実ですし,これに対して男性に倫理的な責任がある事は否定できないでしょう。
そこで問題となるのは,何ら責任を負おうとしない男性に対して損害賠償責任という法的な責任を追及できるか,いなかという点です。
この点について,男性としても,妊娠している胎児の父親として,母親との間で,中絶手術にともなう不利益を解消又は軽減するための行為の提供をする義務があると考え出産するか中絶するかの話し合いに真摯に応じ,中絶する場合には,母親の身体的精神的苦痛や経済的負担を軽減するために,男性としても協力し,精神的・金銭的な負担を行うべき義務があるとして損害賠償を認めた裁判例があります。
この義務は,条文上の根拠が明確ではありませんが,私的自治の原則に内在する信義誠実の原則,権利濫用禁止の原則(憲法12条,民法1条,1条の2)から導かれるものと考えられます。結婚,婚約契約関係になくとも,男女間に生じる精神的,経済的問題について当事者の公平,公正な解決を図る見地から是認される法的義務と評価できます。

4,(判例紹介 東京高裁平成21年10月15日判決) 
東京高裁平成21年10月15日判決は,結婚相談所を介して交際した男女間の事例でしたが,中絶に際して胎児の父親としての義務を履行しなかったとして男性に対して114万円の損害賠償を命じました。一部引用します。

「しかし,控訴人と被控訴人が行った性行為は,生殖行為にほかならないのであって,それによって芽生えた生命を育んで新たな生命の誕生を迎えることができるのであれば慶ばしいことではあるが,そうではなく,胎児が母体外において生命を保持することができない時期に,人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては,母体は,選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から,直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに,その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが,それらの苦痛や負担は,控訴人と被控訴人が共同で行った性行為に由来するものであって,その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから,控訴人と被控訴人とが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。しかして,直接的に身体的及び精神的苦痛を受け,経済的負担を負う被控訴人としては,性行為という共同行為の結果として,母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から,それらの不利益を軽減し,解消するための行為の提供を受け,あるいは,被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し,この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく,控訴人は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり,それらの不利益を軽減し,解消するための行為をせず,あるいは,被控訴人と等しく不利益を分担することをしないという行為は,上記法律上保護される利益を違法に害するものとして,被控訴人に対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり,これによる損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である(被控訴人が,条理上の義務違反に基づく損害賠償責任というところの趣旨は上記趣旨をいうものと解される。)。
 しかるに,控訴人は,前記認定のとおり,どうすればよいのか分からず,父性としての上記責任に思いを致すことなく,被控訴人と具体的な話し合いをしようともせず,ただ被控訴人に子を産むかそれとも中絶手術を受けるかどうかの選択をゆだねるのみであったのであり,被控訴人との共同による先行行為により負担した父性としての上記行為義務を履行しなかったものであって,これは,とりもなおさず,上記認定に係る法律上保護される被控訴人の法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず,これによって,被控訴人に生じた損害を賠償する義務があるというべきである(なお,その損害賠償義務の発生原因及び性質からすると,損害賠償義務の範囲は,生じた損害の二分の一とすべきである。)。」

5,(判例の検討)
上記判例は,法律と倫理の限界線を示す画期的な裁判例だとおもいます。従来の基準では,合意に基いて性交渉して妊娠し中絶しても,婚約不当破棄が無ければ賠償義務は無い,という結論でした。不法行為の原則である過失責任論から言って,これは譲ることのできない結論でした。しかし,この判例では,性行為も避妊しないことも中絶手術を受けることも,全てが合意の上での行為であったとしても,中絶に伴う不利益のすべてを女性に負担させるのは不合理であるという倫理的な感情とも整合性を保てるように,生殖行為を行った男性に胎児の父親としての義務を認めるという法律構成をとりました。性行為は一時の行為のように誤解されやすいですが,生命を宿す可能性のある行為であるから,性行為の時だけでなく,胎児の行く末を最後まで責任をもって行動すべき,という考え方を法律(民法709条をはじめとする不法行為法)の枠組みに乗せたのが本判決の考え方です。倫理上どんなにかわいそうな人が居ても,法律上の根拠が無ければ法律上の賠償請求権を認めることはできません。この判例は,個々の行為の性質や因果関係を詳細に分析しなおすことにより,一見難しいように見える法律上の義務を認める可能性があるということを示しています。私的自治の原則に内在する信義誠実,権利濫用禁止の法理から是認される結論と評価できます。信義則から認められる安全配慮義務(業務上相手方の生命身体に危害が及ぼす可能性がある一定の法律関係にある者は,当該契約関係に付随して生じる相手方の生命身体の安全を配慮し保障すべき信義則上の義務を言います。)と同様の理論構成でしょうか。本件にとどまらず,自然の感情に照らして不都合があるとお考えの事件に巻き込まれてしまった場合には,当事者間の契約や合意があったとしてもこれに過度に左右されず,お近くの法律事務所に一度ご相談なさってみると良いでしょう。思わぬ突破口が見つかる場合があると思います。

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