婚約破棄を理由とする損害賠償請求|専業主婦となるように言われ退職した後に婚約破棄された事案

民事|婚約破棄の正当事由とは|請求できる損害の内容

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

大学生の頃から3年間交際した男性と,半年前に婚約をしました。両家顔合わせはしましたが,結納などはおこなっていません。婚約指輪をもらい,こちらも高級腕時計を渡しました。結婚式場の予約も済ませており,予約金を両家折半でそれぞれ30万円ずつ支払済みです。私は大学卒業後,一流企業で一般職として働いていましたが,彼に「仕事を辞めて専業主婦になってほしい。」と言われたので,結婚に備えて先月会社を退職しました。

ところが,婚約相手と結婚式の準備に向けての話し合いや相手の両親の考え方などについて話し合ううちに,喧嘩が増え,彼から「結婚に不安を感じている。」と言われてしまいました。そもそも,彼の親が私との結婚に反対しているようです。

私は彼と結婚したいと思っていたのですが,このまま気持ちがまとまらず,彼から婚約解消を申し入れられた場合,慰謝料請求はできますか。

回答

1 婚約指輪等の交換,結婚式場の予約,予約金の支払いという事情があれば婚約が成立したと判断されるでしょう。そこで婚約を破棄する場合の損害賠償ですが,婚約を一種の契約と考え,当事者は結婚する債務を負っていると考えると結婚しないことは債務不履行となり無理やり結婚させることはできませんから,履行不能となり損害賠償請求ができることになります。但し,結婚しないことについて相手方に責めに帰すべき事由が無い場合は債務不履行とはなりません。通常の売買契約等は,約束を守らないことは当然に債務不履行責任があるということになりますが,婚約不履行の場合は,結婚を拒否する理由の判断が必要になります。拒否される方としては拒否する理由は分からないわけですから,相手の主張を十分に聞いて検討する必要があります。

2 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 婚約の意義

まず,婚約とはどういうものか,考えてみましょう。民法上,婚姻の予約について規定した条文はありませんから,非典型契約(無名契約)と言うことになります。民法に明記されていない契約の事を非典型契約又は無名契約と言います。民法は典型契約を定めると同時に,契約自由の原則も定めていますので,典型契約以外の当事者の合意であって,公序良俗違反(民法90条)にならないものは法律的に有効とし,当事者を拘束し,約束違反があれば,裁判所に損害賠償命令などを求めることが出来ることとしたのです。

民法90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は,無効とする。

民法90条は,逆に言うと,「公序良俗の範囲内の法律行為は有効」と解釈することができます。将来の結婚を約束することは古来行われてきたことですし,不当な条件や対価が定められていなければ有効に成立し,法的保護の対象になると解釈されています。

判例上,婚約とは,「結納の取交し,その他慣習上の儀式を挙げて男女間に将来婚姻をしようと約束した場合に限定されるべきものではなく,男女が誠心誠意をもって将来に夫婦となるべき予想の下に約束をした時に成立する。」(大審院昭和6年2月20日判決)とされています。現代では,「結納」という形で婚約をする方も減り,当事者の約束という形だけで済まされる方も多いと思います。

口約束であったとしても,双方が誠心誠意,将来夫婦になることを希望して約束をした,という段階であれば婚約が成立しているとみなされます。あなたのケースのように,両家顔合わせをし,ご家族に対してお二人が夫婦になることを約束したのであれば,十分婚約が成立していると言えるでしょう。他に,婚約指輪を渡した,式場を予約した,ということなども婚約成立の要素のひとつになるでしょう。逆に,「結婚を前提に付き合おう」と言ったことがある,単なる同棲生活を数ヶ月送っていた,という程度では,婚約とはみなされないことが多いようです。

2 婚約破棄の賠償責任

では,婚約が成立している場合で,夫婦になろうとしている者の一方が婚姻を望んでいても,もう一方が婚約破棄したいと考えている場合,婚約をしていることによって,必ず,婚約破棄する者が損害賠償の責任を負うことになるでしょうか。

婚約はひとつの契約ですので,この契約が成立した後は,債務不履行として,損害賠償請求が認められる場合があります。婚約破棄についても,民法415条の解釈により,「正当な理由」がある場合を除いて,婚約を解消する側に損害賠償の責任が生じ得ます。民法415条により,債務不履行責任も「過失責任」の一種であると解釈されています(勿論故意も含まれます)。債務者に過失が無い場合や,正当な理由がある場合には,損害賠償責任を免れると解釈されています。別な言葉でいえば,415条後段履行不能に記載されているように「責めに帰すべき事由」が存在するかということです。

民法415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。

「正当な理由」というのは,法律で定めはありませんが,一般的に

  1. ①お互いの合意がある場合。
  2. ②相手が生活上重大なことについて嘘をついたりそれを隠していた場合。すなわち,学歴,職業,資格,地位の詐称,または,前科や消費者金融からの多額の借金を隠していた,実は他の恋人・愛人・子供がいた,同性愛者であること,性的異常嗜好など。
  3. ③回復の困難な精神病や性的不能や生殖不能などの持病などがある場合。
  4. ④婚約後に不貞,暴力,侮辱などの行為があり将来を期待できないとき。
  5. ⑤婚約後に交通事故などで重い障害を負ったとき。

このようなケースが,婚約破棄の正当な理由として認められる傾向にあります。

上記のような,婚約破棄の「正当な理由」がない場合には,婚約破棄に伴う財産的損害,精神的損害の賠償を請求できることになります。この正当な理由の事実を債務者が立証しなければなりません(挙証責任を債務者が負います。)。債権者は,履行がなされなければ,訴訟で契約解除,損害賠償を請求して債務者の正当事由の主張を待つことになります。これは債務者の「抗弁」になりますから債務者が正当事由を明らかにしなければ債権者は勝訴します。正当な理由がないことは「ないことの証明」につながるので債権者は挙証責任を公平上負いません。

3 損害の内容

⑴ 財産的損害

財産的損害は,物的な損害と逸失利益に大きく分けることが出来ますが,正当事由なく婚約破棄されたからといって,上記の全ての損害が認められるわけではありません。物的損害とは,結納にかかったお金,結婚式場予約金,新婚旅行申し込み代金など,実際に,結婚の準備に伴ってこれまでにかかった費用で無駄になってしまった費用のことを言います。あなたの場合,結婚式場の予約をそれぞれ30万円ずつ支払っているということなので,この部分については損害賠償請求できるでしょう。また,結婚式キャンセル料や,既に購入済みのドレスの代金も請求可能です。嫁入り道具を購入,準備してしまっている場合も,物的損害としてその購入代金を損害賠償請求できます。

実際に,嫁入道具を特注で準備した後に婚約破棄となった例において,特注の嫁入り道具は日用家具としての有用性が少ないことを考慮し,購入費の7割を損害額として認めた判例があります(徳島地裁昭和57年6月21日判決)。

⑵ 逸失利益

婚約し,結婚準備のために会社を辞めたときに,退職をしなかったら得られたであろう給与の額などを逸失利益といいますが,これも損害賠償の範囲に入る場合があります。

認められた例としては,

男性側から,仕事を辞めるよう勧められ退職した後に,男性から婚約破棄された事例において,

「原告が被告との関係の結果前示勤務会社に於て周囲から冷眼視され,被告に相談の結果,早晩婚姻すべき了解の下に,同会社を退職したことは既に認定の通りであり,原告が,被告との婚姻予約がなかつたならば,少くともなお二年六月は同会社に勤務したことは本件弁論の全趣旨に照らして之を認め得るから,此の期間の得べかりし利益は婚姻予約が誠実に履行されることを信頼したことに因つて被つた損害と解するを相当とする。」として,給与の一部について逸失利益と認め,被告男性に慰謝料と併せて損害賠償の支払いを命じています(昭和34年12月25日東京地裁判決)。

退職による減収が,逸失利益として認められなかった例もあります。「結婚退職」したからといって,その後,二度と働けなくなってしまうわけではないので,交通事故などの後遺症により働けなくなってしまった場合とは同視できないというわけです。

「いわゆる「結婚退職」により生じた減収分の賠償が認められるか否かについては,これを認めるべきであるとする見解もある。しかしながら,今日の社会は,両性の平等の理念のもと男女共同参画社会の実現を目指す段階に入っており」,「ことに原告と被告の世代においては,既に,「結婚退職」は社会通念上当然のことではなくなっていて,結婚を機に退職するか否かは,もっぱら当該本人の自由な意思決定に委ねられている。その際,将来の配偶者となる相手方との間で,将来の自分たちの婚姻生活のあり方の決定という意味で協議が行われるべきことは当然であり,その中で,事実上,一方が他方の意向を尊重した結果として一方の退職という選択がなされるということも十分考えられるけれども,最終的には,それは,自己の生き方を自己の意思により選択した結果に他ならない。」(平成15年7月17日東京地裁判決)

女性が,結婚後も働くということが,当然の選択肢のひとつとなった現在において,一般的な婚約破棄のケースでは,退職による減収が逸失利益と認められにくい傾向にあるかもしれません。しかし,あなたの場合は,彼に「仕事を辞めて専業主婦になってほしい。」といわれて仕事を辞めたということですので,その点を強く主張する価値はあるでしょう。

⑶ 慰謝料

次に,婚約破棄による精神的苦痛に対する慰謝料請求についてみてみます。

婚約破棄の慰謝料請求が認められたケースで,以下のような判例があります。

婚約中に自己の運転する車に同乗中事故に遭い,後遺障害で顔面に傷跡が残ると知ると,一方的に婚約を破棄したケースにおいて,「被告は原告と婚約をかわし婚姻することを前提として肉体関係を結び,原告に妊娠中絶までさせながら,自己の過失行為に基づく交通事故により,原告の外貌に著しい醜状を残すと判明するや,一方的に婚約を破棄せんとしたもので,右被告の行為は原告に対する不法行為を構成するものと判断され,被告の右不法行為により蒙つた原告の精神的打撃を慰藉するには金一〇〇万円が相当であるものと認められる」として,慰謝料100万円を認めています(昭和51年5月28日秋田地裁判決)。

また,婚約相手が部落出身者であることを原因に婚約を破棄したケースにおいて,「婚約の相手方が被差別部落出身であることを理由に婚約を一方的に破棄することはあってはならないことであり,単に婚約解消の正当な理由とならないというにとどまらず,著しく公序に反する行為と評すべく,婚姻予約上の地位の侵害として不法行為を構成するというべきであり,また,第三者が被差別部落出身であることを理由に当該婚約の履行に干渉してこれを妨害したときは,婚約破棄者と共同して不法行為の責を負うべきものと解さなければならない。」と,婚約破棄者本人と,婚約の履行に干渉した本人の親両者に対し,合計500万円の慰謝料を認めています(昭和58年3月28日大阪地裁判決)。

このケースでは,婚約破棄の理由が差別にあり,合理性を著しく欠いているので,通常より高額の慰謝料が認められているように思います。

4 おわりに

損害賠償は,まずは内容証明で請求することができますので,相手方が婚約破棄を申し出るに至った事情を書き添えて,請求してみてもよいでしょう。相手から納得のいく回答が得られない場合には,もちろん訴訟を提起することもできます。

婚約破棄を受けた場合,精神的に大きな痛手となってしまいますが,法的に解決をつけることにより,気持の整理を行い,精神的な区切りをつけることが出来る場合もあります。どの程度の金額を請求できるのか,といったことは,ケースバイケースですので,まずはお近くの弁護士事務所にご相談されることをおすすめいたします。

以上

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