新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1350、2012/10/4 15:10 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【家事・重婚的な婚姻予約の有効性・重婚的婚姻予約の破棄に基づく損害賠償・名古屋高裁昭和59年1月19日判決等】

質問:私は,結婚している身ながら,仕事上知り合った20歳の他の女性と交際していました。その女性は,私に妻がいることを知っていたのですが,事あるごとに結婚してほしいと言ってきており,私は,妻とは離婚することになっているから,そしたら結婚しようと伝えていました。時間を見つけては会う日々が続く中,その女性との間に子どもができ,女性はその子を出産しました。ところが,その後諸々の事情があり,結局その女性とは結婚しないことになりました。結局,妻とは離婚したのですが,先日,その女性から,慰謝料を支払えと請求されました。私はその子に対する養育費をすでに払っていますし,その女性は私に妻がいることを知りながら交際していたわけですし,妻と別れたあげく,何でさらにその女性にお金を払わなければならないのか,納得がいきません。慰謝料を支払う必要があるのでしょうか。

回答:
1 婚約破棄における損害賠償請求
  一般的に婚約には法的な拘束力があり,現実的履行(結婚届出の提出を強制すること)の強制をすることはできませんが,不当な婚約破棄に対しては,債務不履行に基づく損害賠償(精神的損害への賠償としての慰謝料など)の請求ができます。ご相談のように一方または双方が婚姻している場合の婚約(以下「重婚的婚約」といいます。)については,公序良俗に反しないという条件のもと,有効とされます。
2 重婚的婚約のうち公序良俗に反しないものは有効とされますから,合理的理由のない破棄は債務不履行となり慰謝料支払い義務が生じます。
  また,公序良俗に反し無効な婚約と判断される場合でも,男性の行為により女性の貞操権侵害があったとして慰謝料支払い義務が認められる可能性があります。
  情交の動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合で,男性側の情交を結んだ動機,詐言の内容程度及びその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し女性側における動機に内在する不法の程度に比し,男性側における違法性が著しく大きいと評価されるときには,貞操権侵害を理由とする慰謝料請求が認められるとされています。
3 あなたの場合,まず,@婚約といえる程度の合意であったかどうかを検討する必要があるでしょう。婚約があったとなった場合,A「妻とは離婚することになっている」との説明がどの程度のものであったか,奥さんとの離婚がどういう経緯でなされたか(本当に離婚する合意が固まっていたのかどうか)などによって,その婚約が有効なのか無効なのかも変わってくるところです。
  また,無効とされる場合でも,B貞操権侵害という形で慰謝料請求が認められる可能性はあります。あなたの場合,相手女性は20歳と若年ですので,その点は貞操権侵害を認める方向に作用しますが,知り合った経緯や,交際中の詐言によって結論は異なってきます。
4 これらの判断要素に関する具体的事情がどうだったかによって,結論が異なってきます。それらの事情を総合的に勘案して,見通しや今後の対応を決める必要があるでしょう。一度弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
5 関連事例集921番783番参照。

解説:
1 (婚約とはなにか,婚約破棄における損害賠償請求について)
  婚約とは,将来夫婦になろうという合意(婚姻契約の予約)をいいます。婚約は,当事者間の合意のみで成立しますが,確定的に夫婦となることの合意である必要があります。結納の授受,エンゲージ・リングの交換その他一定の形式は必要ではありませんが,儀式その他慣行上婚約の成立と認められるような外形的な事実の全然ない場合にこの合意の成立を認定するには,相当慎重でなければならないとされています。婚姻という人生の重大な事件についての合意ですので,慎重に考慮され,確実に決意し,意思表示を行った者についてのみ,効果意思として婚約の法律的効果を生じさせるべきであるという価値判断があるからです。
  婚姻意思のない者について強制的に婚姻を成立させても,婚約の目的を達することはできない以上,現実的履行の強制をすることはできませんが,不当な婚約破棄に対しては,債務不履行に基づく損害賠償の請求(精神的損害への賠償としての慰謝料など。民法415条参照。)ができます。婚約も民法上保護される契約の一種ですので,これを当事者の一方が不当に破棄した場合には,損害賠償請求の対象となると解釈されているのです。

2 (重婚的婚約の要保護性)
  もっとも,婚約のうち,重婚的婚約については,重婚という婚姻障害(民法732条)との関係で問題があります。この点,同条で禁止されている重婚とは,戸籍上の届出のある婚姻が重なることを指しますが,婚約はあくまで婚姻の予約であるため,この予約によって直ちに重婚禁止に抵触するわけではありませんし,既存の婚姻の解消後の婚姻を予約している限りにおいては,重婚を招来するものともなりません。ただ,現存の婚姻の継続を可及的に(できるだけ)尊重する法の趣旨からすれば,その婚姻が終了することを前提とするような重婚的婚約は,公序良俗等との関係で,問題となってくるところです。
  反対に,一般論として,双方が一度なした合意は可及的に尊重されるべきという価値判断も他方にあります。そのため,婚姻障害事由が存在していることで,一律に婚約の成立が否定されるものではありません。重婚的婚約についても,公序良俗に反しない事情があれば,有効とされます。
  そこで,以下,重婚的婚約の破棄に関する裁判例を検討し,重婚的婚約が保護される要件を検討します。

3 (重婚的婚約の破棄に対する慰謝料請求が認められる事案の検討)
 (1)大審院大正9年5月28日判決大民26−773
  戦前,大審院において重婚的婚約の破棄が問題となった際は,次のように判断されていました。すなわち,一方に配偶者があり,他方もその事実を知っていながら,将来婚姻の解消をした場合には婚姻するという予約がなされた事案において,日本国民道徳の観念からすると,善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為として,このような重婚的婚約は無効であると判断されました。

 (2)東京地裁昭和34年12月25日判決判時219−25
  もっとも,戦後の裁判例においては,重婚的婚約であればそのすべてが公序良俗に違反するという枠組みでは判断されていません。
  東京地裁昭和34年の裁判例では,女性が男性側に妻がいることを知ってはいたものの,男性は離婚することは既成事実であると言い,離婚したと告げていた(実際は離婚していなかった)という事案において,男性の離婚についての説明や,それを受けて女性も離婚済みであると信じていたことなどの事情のもとに成立した婚姻予約であることから,少なくとも当事者間では婚姻予約が有効であるとされ,婚姻予約の破棄による慰謝料請求が認められました。対外的にも有効かどうかは別としても,少なくとも当事者間では重婚的婚約が有効であるとして慰謝料請求が認められたのです。

 (3)大阪地裁昭和52年6月24日判決判時880−60
  また,大阪地裁昭和52年の裁判例では,男性既婚者側の夫婦間において協議離婚には異議がなかったものの,子どものために離婚の時期は先にする旨の合意があったという事案において,その旨の念書を作成し,協議離婚届を男性に交付して,男性が離婚届を女性に呈示していたことから,婚姻予約は公序良俗に反しないとして慰謝料請求が認められました。
  婚約以前に,婚姻が破綻していて事実上離婚状態にあるのであれば,婚約により既存の婚姻が破壊されるということはないわけですから,この様な場合の婚約を無効とする必要はないという理由です。

 (4)名古屋高裁昭和59年1月19日判決判時1121−53
  名古屋高裁昭和59年の裁判例では,重婚的婚約について,情交関係を持った当時,事実上離婚状態にあったとは認定できず,善良の風俗に反するものとして婚姻予約の不履行と構成することは許されないとされました。
  ただ,同裁判例では,情交の動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合で,男性側の情交を結んだ動機,詐言の内容程度及びその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し女性側における動機に内在する不法の程度に比し,男性側における違法性が著しく大きいと評価されるときには,貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰謝料請求は許されるとも判断されました。そして,若年の犯罪被害女性を事情聴取の機会に誘い,捜査継続中に情交しながら妻と離婚する旨詐言していた男性警察官に対する,貞操権侵害での慰謝料請求が認められました。

 (5)検討
  以上のとおり,@大審院においては,重婚的婚約は公序良俗違反で無効とされていたものの,その後,A離婚済みと告げられてそう信じていた場合には,少なくとも当事者間では有効,Bすでに離婚の合意ができていた場合には,公序良俗には反せず有効とされ,重婚的婚約の中でも公序良俗違反でないケースも想定できるというスタンスの判断がなされました。さらに,C重婚的婚約が公序良俗違反で無効であるケースにおいても,男性の詐言を信じた場合で女性側に比べ男性側の違法性が著しく大きいときには,貞操権侵害という形で慰謝料請求が認められる余地があります。
  これらを総合すると,重婚的婚約のうち公序良俗に反しないものは有効とされ,さらに,公序良俗に反していても,上記要件を満たすような場合には貞操権侵害が認められうるという判断の大枠が観念できます。そして,公序良俗違反かどうかの判断基準については,婚姻の維持という法の建前を実質的に害さない内容の婚約については,公序良俗に違反しないものとして有効とされているととらえられるのではないかと思います。たとえば離婚しているとの男性の詐言で,女性が離婚済みとの認識であった場合,婚姻予約における女性の意思表示の内容としては重婚的な要素は含まれませんし,離婚の合意がすでにできている場合は,維持すべき婚姻の実質自体がないものと考えられます。

  そうすると,かなり限定的なケースにはなりますが,婚姻制度を実質的に阻害しない範囲では重婚的婚約が認められるといえるでしょう。そのような婚約である場合,たとえそれが重婚的なものであったとしても,合理的理由のない不当破棄があれば債務不履行として慰謝料を支払う義務が生じてくることになります。合理的理由というのは,婚姻生活を継続することの困難な事情が婚約後に明らかになったということになります。例えば,男性側からの婚約破棄の場合ですと,婚約当時から女性には他にも肉体関係のある交際相手の男性が複数居た,というようなことや,病気や事故などにより女性が妊娠出産できない体であると医師の診断を受けていたにも関わらずこれを男性に隠していたこと,夫婦の家計を維持するのに必要な生活費を賄うことができないのに職業や収入を偽った説明をしていたこと,などです。

4 (本事例の検討)
  あなたの場合,まず,婚約といえる程度の合意であったかどうかを検討する必要があるでしょう。
  婚約があったとなった場合,「妻とは離婚することになっている」との説明がどの程度のものであったか,奥さんとの離婚がどういう経緯でなされたか(本当に離婚する合意が固まっていたのかどうか)などによって,その婚約が有効なのか無効なのかも変わってくるところです。仮に,婚約当時は妻との間には離婚の話がなく,女性に対する離婚することになっている程度の説明があったのみだったとすると,公序良俗違反で無効となる可能性は高いかもしれません。
  もっとも,その場合でも,貞操権侵害という形で慰謝料請求が認められる可能性はあります。あなたの場合,相手女性は20歳と若年ですので,その点は貞操権侵害を認める方向に作用しますが,知り合った経緯や,交際中の詐言によって結論が異なってきます。
5 (終わりに)
  以上,重婚的婚約に関する慰謝料請求について述べてきましたが,これらの判断要素に関する具体的事情がどうだったかによって,結論が異なってきます。それらの事情を総合的に勘案して,見通しや今後の対応を決める必要があるでしょう。一度弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

≪参照条文≫

民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
(重婚の禁止)
第七百三十二条 配偶者のある者は,重ねて婚姻をすることができない。

≪参考判例≫
大審院大正9年5月28日判決大民26−773より抜粋
「上告論旨第一点ハ被上告人カ其妻精神上異状アリテ家政ヲ執ルニ堪エサリシ為メ将来之ト離婚スルヲ得ハ上告人ト結婚シ度旨上告人ニ申入レ上告人カ之ヲ応諾シタリトノ事実ハ唯相互ノ将来ノ不確定ナル希望ニ過キスシテ重婚禁止ノ規定ト何等牴触スルトコロナク又何等公序良俗ニ反スル事項ヲ目的トスルモノト云フヲ得スト信スト謂ヒ」同第二点ハ又被上告人ハ上告人ニ対シ之ト婚姻ヲ為スコトヲ得ヘキ時期到来スルニ至ルマテ一定額ノ扶養料ヲ給与スヘシトノ契約ハ被上告人ハ上告人ニ対シ一定額ノ扶養料ヲ給与スヘク右契約ハ被上告人カ上告人ト結婚ヲ為スコトヲ得ルノ時期到来セハ将来ニ向ツテ其効力ヲ失フノ旨趣ニシテ其目的ハ扶養料ノ給与ニアリ唯其存続期間ヲ不確定ナル事実ノ発生ニ繋ラシメタルニ過キスシテ之ヲ以テ公序良俗ニ反スル事項ヲ目的トスルモノト云フヲ得サルヘシト信スト謂フニ在リ
 按スルニ婚姻ノ予約カ原則トシテ有効ナルコトハ本院従来ノ判例ノ示ス所ナリ然レトモ本件ニ付キ原裁判所ノ確定スル所ニ依レハ被上告人ニハ配偶者アリテ上告人モ其事実ヲ知レルニ拘ハラス将来該婚姻ノ解消シタル場合ニ於テ互ニ婚姻ヲ為スヘキ旨ヲ予約シタルモノトス斯クノ如キ婚姻ノ予約ハ我国民道徳ノ観念ニ照シ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ニシテ全然無効ナルモノト解スルヲ相当トス而シテ本件請求ノ原因タル甲第一号証ノ契約ハ原審ノ認定スル所ニ依レハ前示婚姻ノ予約ニ基キ被上告人カ上告人ト婚姻ヲ為シ入籍ヲ為サシムルコトヲ得ルニ至ルマテ被上告人ヨリ上告人ニ扶養料ヲ給与スル旨ヲ約シタルモノニシテ右婚姻ノ予約ノ維持ヲ目的トシ之ヲ其契約ノ内容トスルモノナレハ該契約モ亦善良ノ風俗ニ反スルモノニシテ無効ト謂ハサルヲ得ス原判決ノ旨趣モ亦結局右ニ示ス所ニ外ナラサルモノト認ム故ニ本論旨ハ孰レモ其理由ナキモノト謂ハサルヲ得ス」
東京地裁昭和34年12月25日判決判時219−25より抜粋
「(一) 事実摘示記載の被告の自認した事実と成立に争のない乙第一号証(戸籍謄本),甲第二号証の二,同第三号証の一乃至四,同第五乃至第七号証の各記載及び証人北村タカ,
椿文雄,大山ミチ,原告本人並被告本人の各供述とを綜合すれば,被告は昭和一四年五月三〇日山田春と届出による婚姻を為し昭和二七年当時には其の間に一子太郎(昭和二四年一〇月二九日生)を儲けていたところ,同年八月頃から被告は原告主張の如き会社勤務の同僚として原告と識合ひ,原告に対し積極的に交際を求め原告の歓心を買ふに努め次第に親密の度合を増した。その間被告は原告に対し,自己の妻は病床に在つて子供もあるが現在は別居中であり離婚の予定であると告げて原告に求婚したが原告の応ずる所とならなかつた。然るに其後被告は妻と離婚した旨を告げ強く原告に婚姻を求めたので原告も一時は躊躇したが被告の言を信じ,遂に昭和二八年二月中共に伊豆大島へ旅行した際,将来正式に婚姻する約束の下に関係を結ぶに至つた。原被告はその後もその関係を続けて居たが,同年十一,二月頃被告は勤務会社を辞職した。同年十二月頃原告はその会社支店長から,被告には妻子がある旨注意されたので驚いて被告に事実を質ねたところ,被告は妻のあることを言下に否定したのでその言を信じて依然関係を続けて居た。被告の辞職後,同人との関係のため原告は会社に於て冷眼視される空気を感じ之を被告に告げて相談したところ,同人は何れにせよ婚姻すれば止める関係だからと言ふので,原告も昭和二九年一月同会社を辞職した。同年秋になつても被告は約旨に反し結婚式をしないので原告の周囲が不審に思ひ興信所に依頼して調査した結果同年十月中,被告が依然妻春と夫婦として同棲し且つ戸籍上もその記載のあることが判明した。この結果原告は被告の住所である両親の家を訪ねたところ同人の妻が子供を抱えて居るのを現認したので,女性として自分が身を引くべきものと決心しその旨を被告に告げた。然るに被告の母は被告を伴つて原告宅に来て,今迄の被告の非を詑び且つ原告が嫁に出られないなら被告を原告家の養子としてもよい,必ず結婚させる,当分遠くへ行つて生活して居れば,その裡に一諸になれると懇願するので,被告の母の言にほだされ原告も之を承諾し,その結果原被告及び被告の母が相談の上被告は自衛隊に入隊し,その任地で同棲することを約した。被告は昭和三〇年一月久留米で教習を受け同年四月から三重県久居部隊に入隊し,原告は同地で被告と同棲する予定であつたが,それに先立つて約旨による離婚の実行があるか否かについて被告の戸籍を調査したところ,未だ離婚して居ないことが判明したので,原告は再三の被告の不信を怒り同人とは婚姻し得ない旨伝へた。然るに被告から自衛隊に退職願を出す,自殺する等の手紙を寄越したので原告も驚いて同年四月二五日久居の被告の許に赴いた。翌二六日被告の母も来合はせ被告との婚姻を懇願するので原告も遂に之を承諾し同日以降昭和三一年七月十五日迄,帰京の期間を除き,約百九十日間夫婦として同棲したことを認めるに十分である。以上の認定に反する被告本人の供述部分は冒頭掲示の各証拠に照らして当裁判所の措信しない所である。
(二) 以上認定の事実によれば,原被告は昭和二八年二月中将来婚姻すべき約束の下に関係し其後この関係を継続し昭和三〇年四月二七日から三重県久居に於て内縁の夫婦として同棲して居たもの即ち所謂婚姻予約の関係に在つたものと認めるに十分である。被告は以上は単なる合意上の私通関係に過ぎず,将来婚姻する旨の合意はなかつた旨主張するが,本件全資料に徴しても到底之を認めるに足らないから右主張は採用すべくもない。
 「唯本件に於ては前段認定の如く被告には戸籍上の正当な妻があつたのであり,原告が被告と単なる同僚として交際を初めた当時そのことは被告の言によつても原告も知つて居たのであるが,被告は同人の妻が病気であり離婚することは既定事実である旨原告及び周囲に吹聴して居り其後離婚したことをも告げられたため,原告は被告と最初肉体関係を持つた時は勿論その後昭和二九年一〇月二六日興信所の報告ある迄は,被告の離婚済みであることを信じて居たことは前段認定の通りであり,又その後も前段認定の如き曲折を経て三一年七月一五日迄その関係を継続して居たものであること而も昭和三一年四月二日には被告と妻春と協議離婚をしたことは被告の自認及び前記乙第一号証(戸籍謄本)の記載によつて明らかであるから,以上の事情の下に成立した本件婚姻予約は少くとも原被告間に於ては法律上有効なものと認めるを相当とする。」
(三) 然り而して被告がその後原告との婚姻を断念し昭和三二年二月一八日再び前妻春と届出による婚姻をしたことは被告の自認及び乙第一号証の記載によつて明らかである。被告は同人が原告との婚姻を断念したのは,同人が被告主張の如き実行不能な事実に固執し且つ乱暴する等のことに起因する旨主張し,被告本人も之に副ふ如く供述するが,該供述は本件弁論の全趣旨に照らして輒く信用し得ないのみならず,仮に原告から被告主張の如き申出があつたとしても,前段認定した通り被告が長きに亘つて原告と関係乃至同棲したこと而も原告に対する当初からの関係等を考慮すれば,少くとも被告は愛情と善意と忍耐とを以て原告を説きその態度の緩和を計り又は適当な打開の方策を講ずべき義務があるのに拘らず,本件全資料に徴しても被告が斯る努力を払つた形跡は毫も認め得ないから,被告の右主張は採用することを得ない。
 以上の如くであるから,被告は前妻との再婚によつて原告との間の婚姻予約を理由なく破棄したものと認めるを相当とする。
(四) 原告が被告の理由なき婚姻予約破棄によつて精神的肉体的に苦痛を受けたことは勿論であり,被告はその慰藉料を支払ふべき義務あることは言ふを用ひない。(1)原告が旧制高等女学校を卒業後大妻専門学校被服科(夜間)を卒業し母と二人暮しの生活をして居たことは被告の自認及び原告本人の供述を綜合して明らかであり,原告が東洋電機株式会社東京支店に勤務し,一ケ月平均一万二千円の収入のあつたことは原告本人の供述によつて之を認め得べく,原告が被告との関係同棲中二回に亘つて中絶手術をしたことは被告の認める所である。(2)また被告が早稲田大学法学部を卒業し前示会社に勤務して居たこと,現在自衛隊二等陸尉として中隊長代理を勤め,手取り二万二千円乃至二万二千五百円の月収あることは同本人の供述によつて明らかである。以上(1)(2)の事実と前段認定の各事実並に本件弁論に現れた諸般の事情を綜合参酌すれば,被告から原告に支払ふべき慰藉料の額は,原告請求通り金四十万円を相当と認める。
(五) 「原告が被告との関係の結果前示勤務会社に於て周囲から冷眼視され,被告に相談の結果,早晩婚姻すべき了解の下に,同会社を退職したことは既に認定の通りであり,原告が,被告との婚姻予約がなかつたならば,少くともなお二年六月は同会社に勤務したことは本件弁論の全趣旨に照らして之を認め得るから,此の期間の得べかりし利益は婚姻予約が誠実に履行されることを信頼したことに因つて被つた損害と解するを相当とする。」而して原告が当時月収一万二千円の手取があつたことは既に認定の通りであるから,生計費を控除すれば月五千円の実収があつたものと認むべく,従つて二年六月分合計十五万円は原告の得べかりし利益として被告に於て支払の義務があるが,其の余の部分の請求は失当であるから之を棄却する。」

大阪地裁昭和52年6月24日判決判時880−60より抜粋
「一 原告請求原因(一)の事実は当事者間に争いがなく,《証拠略》によると,被告は昭和九年頃訴外花子と婚姻し,その間に長女咲子,長男一郎をもうけたが,花子とは昭和三三年八月頃から別居をしていたこと,被告花子は協議離婚をすることに異議がなかったが,離婚が子供達の結婚や就職の障害になるとして子供達が結婚や就職をすませた後にその届出をすることに合意していたこと,妻花子は昭和四〇年九月七日付で「私は貴方との協議離婚届は昭和四二年四月には必ず致します。これは咲子の結婚と一郎の就職問題もありますのでそれ迄待ってもらいたいのです。右期日が到来したら必ず協議離婚届に署名捺印致します。後日の為念証を差入れます」と書きその母親らと共に署名捺印した念証を作成し,別に協議離婚届に署名捺印してこれらを被告に交付していたこと,被告は見合いの後右の離婚届を原告に呈示したことが認められる(《証拠判断略》)ので,当時被告に法律上の妻があったとはいえ,原被告の本件婚姻予約は公序良俗に違反せず,予約の破棄が正当な事由に基くものでないときは,双方はこれによって生じた損害の賠償を求めることができるというべきである。
二 原告請求原因(二)ないし(六)の事実のうち,原被告が同棲した後も原告が○○銀行に勤務したこと,同棲期間中原告が二回妊娠し中絶したこと,原被告が当時二人の住居とすべき家を探したこと,昭和四七年七月以降は原被告が共同生活をしていないこと,昭和四八年一月頃より被告が妻花子と共同生活を始めたこと,昭和四八年二月下旬原被告が出合い被告が婚姻予約の破棄を申し出たこと,その後原告が○○銀行を退職したこと,以上の事実は当事者間に争いがなく,これらの事実に《証拠略》を綜合すると,次のとおり認めることができる。
(1) 原被告は昭和四〇年一〇月頃丙川雪子こと丙川フユの仲介で見合いをしたが,見合い後一〇日位した頃から原告は豊中市○町×丁目の被告のアパートを訪れるようになり,その頃二人の間に肉体関係ができ,見合い後一箇月位した頃から仲人の了解を得ることなく被告のアパートで二人の同棲生活が始まった。昭和四一年一〇月頃になり原告は新婚用の家具を買って右アパートへ運び入れたが,結納の授受とか挙式とかは結局せずに終った。同棲を始めた頃被告は,長女咲子は妻が面倒をみるが長男一郎はゆくゆくは自分が引きとりたい旨を告げ,原告もこれを諒解し,被告は大体において月二万円位を長男に仕送りしていた。
(2) 昭和四二年一月頃被告の二人の子が遊びに来たが,原告は親子だけで話をするとして感情を害し,また子らに対し「もう勤めている人もあるのだから,親にせびることばかりせずに靴下の一足も持ってきてあげたらどうか」等と言ったため,口喧嘩になり,子らは泊るつもりで来たのに夜八時頃になって津市の母親の許に帰ったが,途中交通費が不足して中川駅から家まで歩いて帰るようなことになったため,以来被告の子らは原告に好感を持たないようになった。同年四月頃から原告は被告に屡々入籍してくれるよう求めたが,被告はまだ子供がまだ一人前になっていないとか子供が反対するとか言って婚姻の届出を拒んだ。原告は昭和四二年九月頃および昭和四三年八月頃の二回妊娠したが,入籍がすんでいないことおよび子供を生むと共稼ぎが出来なくなるとの理由から被告の同意の下に中絶をした。原告はかなり気の強い性格で感情の起伏が激しく,被告と屡々喧嘩をし,昭和四三年五月頃被告と金銭問題等で口論の末,自殺をすると称してガスコンロのガスを開放し,被告にとどめられたことがあった。長男一郎は昭和四三年四月就職したが,被告は子供達が反対すると云い,何時までも婚姻届を出そうとしなかった。もっとも昭和四三年から四四年頃二人の住居とする家を探そうと云い,数回にわたり不動産業者を訪れたり売家などを検分に出かけたことがあった。
(3) 昭和四三年七月頃原告はアパートの隣人と仲違いをし,被告とも口争いをした上,被告のアパートから歩いて五分位のところにある原告の実家へ帰り,原告の母と二人で生活を始め,被告は従前どおりアパートで住んだが,双方共関係を打ち切るまでの考えはなかった。昭和四四年二月頃原告方で犬が死に,その埋葬を被告に頼み,被告がそれに応じたことから仲直りができ,以来被告は原告方で寝泊りして会社に通うようになったが,被告のアパートも引き続き賃借したままであった。ところで原告は昭和四二年八月から生活費を自分の給料から支出せず,給料を自分の名義で預金していたところ,昭和四五年七月頃被告がこれを発見したことから対立がおき,その頃から被告は又もアパートで独りで生活するようになった。当時万国博が開かれていて,被告は自分の親戚をアパートに宿泊させたが,その際原告は被告が自分を妻として扱わなかったとして,親戚の者の前で大いに腹を立てたことがあった。その後暫らく別居状態が続いたが,昭和四六年一月頃千里川の水が氾濫して原告方が浸水したことがあり,原告が救助に行ったことから,又もや被告は原告方で生活するようになった。その後も別居と同居が繰りかえされ,昭和四六年八月頃原告方でクーラーを取りつけた際,被告の頼んだ工事人のつけたクーラーの品物が悪いと原告が文句を言ったことから被告はアパートへ帰り,その対立も何とか収まって昭和四七年一月被告は原告方に戻ってきたが,同年の七月頃被告が会社の仕事を家へ持って帰った際,原告が能力がないからそのようなことをせねばならないのだと言ったことから又々被告は自分のアパートへ帰り,これ以降原被告は共同生活したことはなかった。
(4) 被告はアパートで生活しているうち,子供達が母親と一緒になることを希望したので,妻花子とのよりを戻すことにし,原告に知らせることなく,昭和四七年一二月より妻を呼びよせてアパートに居住させた。昭和四八年一月頃原告がアパートに電話をし,被告の妻が電話に出たことから,原告はこのことを知った。原告は被告との同棲を勤務先の誰にも明かしていなかったが,この時上司の検査部長にはじめて事情を打ちあけ,上司立会いのもとに昭和四八年二月下旬被告と話合いの機会をもった。この時被告は原告との関係を打ち切る意思を正式に表明し,原告との婚姻予約を解除した。原告は仕事を続ける意慾を失ない,同年三月永年勤めた○○銀行を退職した。 以上のとおり認めることができ(る。)
《証拠判断略》
三 右認定の事実によれば,原被告の同棲生活は決して平坦なものではなく,同居と別居が繰りかえされたことが明らかであり,原告にも至らぬ点が多々あったことが窺われるのであるが,さりとて不和の日ばかりであったとも思われないし,被告の子らの反対が原告との婚姻予約の履行を妨げる決定的事由になるものでもないであろう。むしろ被告は婚姻予約の履行を正当な理由なく遷延しているうち,一旦別れることを約した筈の妻とのよりが戻り,それが主たる動機となって原告との予約を破棄したものと認められるから,やはり婚姻予約不履行の責任を免れず,これによって原告が蒙った精神的損害を賠償する義務があるというべきである。而してその慰藉料の額は,前認定の事実関係その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すれば,金八〇万円が相当であると認められる。
四 次に被告は,慰藉料債権が認められた場合反対債権をもって相殺する旨主張する。思うに,離婚に伴なう慰藉料請求権や内縁の不当破棄による慰藉料請求権が不法行為より生じた債権であることは一般に承認されているところであって,これに対し相殺が許されないことは民法第五〇九条の規定上明らかであるが,婚姻予約不履行に基づく慰藉料請求権も,形式的には債務不履行により生じた債権の構成をとるとはいえ,実質的には右諸権利とほとんど差異のない権利であるから,民法第五〇九条の類推適用があり,この請求権に対し反対債権による相殺をもって対抗することは許されないものと解するのが相当である。
すると,被告の抗弁は反対債権の存否その他について立ち入るまでもなく排斥を免れない。」

名古屋高裁昭和59年1月19日判決判時1121−53より抜粋
「一1《証拠略》を総合すれば,次の事実が認められる。 
(一)被控訴人は,昭和三二年六月六日鹿児島県に生まれ,同四五年三月家族とともに豊橋市に転居して,同所で中学校,高等学校を卒えたのち,暫く豊川市内のマーケツトなどで働いていたが,同五一年一二月下旬単身名古屋市に移つて,スナツクに勤めるようになつた。
(二)控訴人は,昭和二一年三月一七日福岡県に生まれて同四四年に警察官を拝命し,同四八年五月二一日一宮市において乙山松夫,松子夫婦と養子縁組をすると同時に同人らの二女春子(同二四年一〇月二五日生)と婚姻して,同女との間に長男(同四九年三月九日生)及び二男(同五〇年四月七日生)を儲けた(控訴人が一宮市において婚姻し,二子を儲けたことは当事者間に争いがない。)。
(三)被控訴人は,昭和五二年七月下旬ころから名古屋市千種区内のAコーポラスに居住していたところ,同五三年二月下旬ころ右コーポラスの居室において強姦及び窃盗の被害に遭つたため,そのころ千種警察署に出頭して同事件の担当警察官である控訴人から事情聴取を受けた。そして,二度目の事情聴取における雑談の折,被控訴人と控訴人との間には後日街で会うことが約束され,その結果,数日後の土曜日の午後,被控訴人はその住居の近くまで迎えに来た控訴人の車でドライブに出掛け,控訴人の乗り入れた一宮市内のホテルで肉体関係を持つに至つた(被控訴人が上記のころAコーポラスに居住して犯罪に遭い,控訴人から事情聴取を受けたこと及びその後両名が肉体関係を持つたことは当事者間に争いがない。)。
(四)爾来,控訴人はしばしば被控訴人方を訪れるようになり,夕方被控訴人を勤務先のスナツクまで送つて行つたり,深夜勤めを終えた同人を住居まで送り届けたり時には右住居に泊つたりするようになつたが,昭和五三年三月ごろには,控訴人は妻子には全寮制の研修があるという口実を設けて,被控訴人の許に三週間余り居続けて,夫婦にも等しい同居生活を送り,そこから警察署に出勤した。のみならず,控訴人は被控訴人に対し,折にふれて自己の養親が冷淡,吝嗇であるとか,妻が世間知らずであるとかの愚痴をこぼし,将来被控訴人と一緒になりたい旨の言辞を弄して,同人と結婚する意思があるかのような態度を示したので,被控訴人も,そのころ控訴人が既婚者であることを確知するとともに,次第に控訴人がいずれ離縁,離婚して自分と結婚してくれるであろうことを期待するようになつた。そしてまた,昭和五三年四月ごろには,控訴人は被控訴人の三兄三郎が豊川市内に寿司店を開くにあたつて,そのための資金七〇万円を貸与してくれたこともあつて,ますます控訴人に対する信頼を厚くし,同年六月中旬には夜間勤務のスナツクをやめて,喫茶店にアルバイトとして働くようになつた。その後,昭和五三年六月下旬ころ,被控訴人は名古屋市西区内のアパート「B荘」に転居したがこのアパートも控訴人が見付けてきたものであり,その権利金,敷金の一部は控訴人において負担し,控訴人のすすめもあつて右「B荘」に移つてから程なく被控訴人の母親が,次いで昭和五三年一一月には父親が,ここに同居するようになつた(上記のころ被控訴人が転居し,その後両親が同居したことは当事者間に争いがない。)。
「B荘」に移つてから後も,控訴人は自らも部屋の鍵を所持して,毎日のように出勤途次の早朝及び勤務を終えたのちの夕方に,「B荘」に立ち寄り,時に土曜日などには宿泊をし,とりわけ昭和五四年一月初めには数日間も泊り続けて,その間の日常身辺の一切を被控訴人あるいはその母親の手に委ねるなど,被控訴人との親密な関係を続けていた。さらに,控訴人は同郷の誼もあつて,折々被控訴人の両親と語り合い,また,同人らから酒食の提供を受けながら,同人らに対しても,自己の養親及び妻の非をならす一方,将来被控訴人と一緒になつて店を持たせてやりたい,両親のために庭付きの家を手に入れたいなどと告げ,そして,昭和五三年九月ごろから再びスナツクに働きはじめた被控訴人が,より広い住居を求めて同五四年一月中に名古屋市千種区内のCハイツに移転した際にも,控訴人は右移居に要した費用の一部を負担した。かくして,控訴人と被控訴人とのただならぬ仲は,少なくとも昭和五四年三月初めごろまで継続した。
(五)昭和五四年五月ごろ,被控訴人は妊娠していることに気付き,これを控訴人に告げたところ,控訴人も出産には特に反対することもなく,生まれてくる子供の面倒はみる旨を述べたので,被控訴人は同年六月末にはスナツク「D」をやめて食堂のアルバイトとして働き,同年一二月二九日男児を出産し,控訴人に諮つて「夏夫」と命名した(上記の日に被控訴人が男児を出産したことは当事者間に争いがない。)。
 ところが,控訴人は右昭和五四年五月ごろから,被控訴人及びその両親らに控訴人と被控訴人との関係及び懐妊の事実は養親あるいは控訴人の勤務先に秘匿するよう求めるとともに,部長の試験があるなどと口実を構えて次第に被控訴人から遠去かるようになり,このような控訴人の態度をみて,昭和五五年初めごろ,被控訴人の両親,長兄一郎(東京警視庁勤務の警察官)らは控訴人に対して,子供を取るか,被控訴人と結婚するか,と難詰したことから,控訴人は夏夫を引取つたが,しかし,直ぐ同人を九州の実家に預けたので,これを不憫に思つた被控訴人が自分の手許に置くことを望んだため,夏夫はその後間もなく被控訴人に引取られた。また,控訴人は当初夏夫を直ぐにでも認知するかのような口吻を洩らしていながら,これを実行しないため,ついに昭和五五年中に,被控訴人が夏夫の法定代理人として控訴人を相手どつて名古屋地裁に認知を求める訴を提起し,鑑定等を経て,同五六年一〇月二三日ようやく控訴人は夏夫を自己の子として認知する旨の届出をした。これらの間に,控訴人は昭和五五年七月二三日養父母と協議離縁をし,また,同年九月二〇日ころには警察官を辞するに至つている。
 以上の事実が認められる。《証拠判断略》
2 ところで,本件においては,控訴人が被控訴人と情交関係を持つた当時,控訴人とその妻春子との間が事実上離婚状態にあつたと認むべき資料はなく,したがつて,控訴人と被控訴人との関係は善良の風俗に反するものとして,その存続を法的保護の対象とはなしえない筋合いであるから,右両名の離別を,婚姻予約の不履行ないし内縁関係の不当破棄そのものとして構成することは許されないというべきである。しかしながら,女性が男性に妻のあることを知りながら情交関係を結んだとしても,情交の動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合で,男性側の情交関係を結んだ動機,詐言の内容程度及びその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し,女性側における動機に内在する不法の程度に比し,男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには,貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰藉料請求は,許されるものと解すべきである(最高裁昭和四四年九月二六日第二小法廷判決・民集二三巻九号一七二七頁参照)。
 本件についてこれをみるに,被控訴人が控訴人に妻のあることを知りながら情交関係を結んだのは,控訴人が警察官という世人一般の信頼厚い職業に就きながら,担当事件の被害者である被控訴人と警察署における事情聴取の機会に早くも逢瀬を約束し,したがつて,事件は未だ解決をみておらず,延いて,被害者の立場にある者としては取調官に対しておのずから心理的弱みを抱くのを常とする段階において,これら状況を顧慮することなく,むしろこれに乗じて被控訴人と情を通じ,引き続きこれに近接した時期に,三週間ほども被控訴人宅に同居して出勤を重ねるなど,警察官として極めて厚顔にして節度のない行動を敢てとつたことが端緒であり,かような行動に随時の詐言が付加されることにより,成人して間もない若年の被控訴人において,控訴人はいずれ現在の妻と別れ,自分と結婚してくれるであろうとの期待を持つたとしても決して無理からぬ状態を作出したことに因るというほかはない。さすれば,前叙判例に示す諸般の事情を斟酌するとき,本件における情交関係を誘起した責任は主として控訴人にあり,被控訴人の側における動機に内在する不法の程度に比し,控訴人側における違法性が著しく大きいものと評価することができる場合にあたるというべく,したがつて,被控訴人の控訴人に対する不法行為に基づく慰藉料請求は,貞操等の侵害を理由として許されるところといわねばならない。
3 控訴人は,被控訴人には当時重畳的に異性関係があり,控訴人との間柄も一時の私通関係にすぎないと主張し,しかして,《証拠略》に徴すると,被控訴人が少なくとも昭和五四年一月ごろ勤務先のバーテン丙川某と肉体関係を持つたことが認められる。しかしながら,被控訴人の右時点における異性関係を配慮に入れても,その一〇か月ほど以前から始まつている控訴人と被控訴人との一連の交渉が,単なる私通関係にとどまるものでないことは前認定の事実に照らし明らかであつて,右異性関係の存在は単に被控訴人の求める慰藉料額の算定につき斟酌されるべき一事情にすぎないというべきである。」

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