子供の連れ去りと監護権指定

家事|親権|監護権|東京高裁平成17年6月28日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は夫と別居しており、離婚調停中です。先日、別居の際私が連れて出てきていた子供を、夫が無理矢理に連れて行ってしまいました。私は子供の親権を絶対に手放したくないので、監護権者指定の申し立てを行おうと思いますが、手元に子供がいないということが不利に働くかもしれない、ということを聞きました。子供を無理矢理奪って行った夫が監護権者になってしまうのでは私としては到底納得がいきませんが、そうなってしまうかもしれないリスクを考えると、申し立てをしないで調停を続けた方がいいのでは、とも思います。この点について、アドバイスをお願いします。

回答:

1.監護権者を指定するにあたっては、子の福祉を最も重視しますので、あなたが監護権者に指定されるかは一概には言えず、ケースバイケースと答えざるを得ません。

2.ただし、東京高裁平成17年6月28日決定によれば「事前の警告に反して周到な計画の下に行われた子の奪取は、極めて違法性の高い行為であり、子の監護権者を奪取者に指定することは、そのような違法行為をあたかも追認することになるのであるから、そのようなことが許される場合は、特にそれをしなければ子の福祉が害されることが明らかといえるような特段の状況が認められる場合に限られる」という判断がされておりますので、あなたの下でのお子さんの生活が通常どおりになされていたのであれば、監護賢者に指定される可能性は高いと思います。

3.仮に、監護権が指定されても夫が引き渡しに応じない場合もありますが、その点に関しては事務所事例集662号427号421号を参照してください。

4.監護権者指定に関する関連事例集参照。

解説:

監護権指定の制度趣旨(民法766条、家事審判法9条、乙4号)

どうして監護権指定制度があるかというと、未成熟な子の健全な精神的肉体的成長発達を保障し、個人の尊厳を確保するためです。未成熟の子は、将来国の構成員となり公正な国家社会秩序を維持発展させる社会国家の人材、財産、宝であり国の礎です。従って、個人の尊厳保障(憲法13条、法の支配の理念)は未成熟な子供にこそ与えられなければなりませんから,教育の原点である家庭内において不幸にして両親が離婚しても、元もと離婚原因に無関係な未成熟の子の教育監護は子供の健全な成長発達という面から総合的に判断され,合目的に裁判所の後見的作用により訴訟ではなく家事審判手続きで決定されることになります(事例集696号、511号参照)。監護者指定の具体的判断基準は、子の尊厳、利益、福祉保障の観点から父母側の事情と子側の事情をもとに決定されます。

①父母側の事情としては、健康、精神状態、性格異常、生活態度、経済状態(資産、収入)、家庭環境、住居、教育環境、子に対する愛情の度合い、現在、将来の環境状況、監護補助者の有無、補助の程度・方法、父母の再婚の可能性、離婚の有責性。

②子側の事情としては、子の年齢と意思(0~10才・・・母親の方が強い)、(10~15才・・・子の心身の発育状況により子の意思を尊重)、(15歳以上・・・子の意思を尊重、審判前に必ず子の陳述を聞く必要あり)。

以上父親の強引な連れ去り行為は、両親の事情の性格異常、生活態度、家庭教育環境、子供の意思尊重の面から監護権指定に不利益な事情として考慮されると考えられます。以下判例を含め詳論いたします。

別居中の夫婦の間の子に対する監護権者の指定については、当事務所ホームページ事例集662番304番19番をご参照ください。本稿では、特にご自身の下からお子さんを奪取された場合について解説いたします。

別居中の夫婦間の子に対する監護権者の指定

(1)別居中の夫婦において、その間の子の監護権者の指定については、一般的には①父母の側の事情として、両名の監護能力、従来の監護状況、子に対する愛情の度合、両名及びその実家の資産、親族の援助の期待の大小があり、また、②子の側の事情として、年齢、性別、意向、従来の環境への順応状況、環境の変化への対応力、といった事情が考慮されて決定されます。

(2)となると、特にどの事情が重視されるかが問題になります。すなわち、本件のように、お子さんを無理矢理にでも連れて行き、その環境に順応させてしまえば監護権者になりうるというのであれば、結局はお子さんを手元に置いたもの勝ちという結論になってしまうからです。

この点について、上記「回答」で挙げた東京高裁決定が大変参考になります。この決定は、夫が調停委員から無理矢理子供を自分のところへ連れていくことは自力救済にあたり禁止されていることを警告されていたにもかかわらず、その警告を無視して子供を連れ去ったのち、夫婦両名から監護賢者指定の申し立てがなされたという事案におけるものです。決定において東京高裁は、先の判断を示すとともに従前より子を監護していた母親には子の福祉を害するような特段の事情は認められないとして、母親を監護権者として指定しました。

※東京高裁平成17年6月28日決定

『相手方及び同人の実父母による事件本人の実力による奪取行為は、調停委員等からの事前の警告に反して周到な計画の下に行われた極めて違法性の高い行為であるといわざるを得ず、この実行行為により事件本人に強い衝撃を与え、同人の心に傷をもたらしたものであることは推認するに難くない。相手方は、前記奪取行為に出た理由について、抗告人が事件本人との面会を求める相手方の申し出を拒否し続け、面会を実現する見込みの立たない状況の下でいわば自力救済的に行われた旨を主張しているものと解せられるが、前記奪取行為がされた時点においては、相手方から抗告人との夫婦関係の調整を求める調停が申し立てられていたのみならず、事件本人の監護者を相手方に定める審判の申立て及び審判前の保全処分の申立てがされており、これらの事件についての調停が続けられていたのであるから、その中で相手方と事件本人との面接交渉についての話合いや検討が可能であり、それを待たずに強引に事件本人に衝撃を与える態様で同人を奪取する行為に出たことには何らの正当性も見い出すことはできない(原審判は、前記奪取行為が違法であることを認めながら、子の福祉を判断する上で必要な諸事情の中の一要素として考慮すべきであると判示するが、それまでの抗告人による監護養育状況に特段の問題が見当たらない状況の下で、これを違法に変更する前記奪取行為がされた場合は、この事実を重視すべきは当然のことであり、諸事情の中の単なる一要素とみるのは相当ではない。)。そうすると、このような状況の下で事件本人の監護者を相手方と定めることは、前記明らかな違法行為をあたかも追認することになるのであるから、そのようなことが許される場合は、特にそれをしなければ事件本人の福祉が害されることが明らかといえるような特段の状況が認められる場合(たとえば、抗告人に事件本人の監護をゆだねたときには、同人を虐待するがい然性が高いとか、抗告人が事件本人の監護養育を放棄する事態が容易に想定される場合であるとか、抗告人の監護養育環境が相手方のそれと比較して著しく劣悪であるような場合)に限られるというべきである。しかるに、本件においては、このような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。』

別居中の子の奪取に関する裁判例

(1)この決定以外にも、近時は子を奪取した別居中の共同親権者に対して厳しい判断をする裁判例が続出しております(仙台高裁秋田支部平成17年6月2日決定、大阪高裁平成17年6月22日決定、札幌高裁平成17年6月3日決定など。)。これらに共通することは、①監護継続者が平穏に子を監護下においていたこと②相手方たる共同親権者が無断で子を連れ去り、違法に自己の監護下においたこと が挙げられます。このような事情がある場合にもかかわらず、違法に子を連れ去ることでいわば子との生活と言う「既成事実」を形成し、監護権者の指定を受けることを望むというのは以下の理由により認められないものといえます。

ア まず、監護権者の指定という法的な手続より子の奪取という違法行為を先行させることにより、自力救済によって有利な地位を獲得し結果として違法行為を助長することは許されないということです。

イ 次に、連れ去り行為により、それまでの親子での親密平穏な生活を突如強制的に終了させ、親子関係を断絶させるという深刻な結果をもたらすことは許されないということも挙げられます。

ウ さらには、そもそも子と同居しているという状況そのものが相手方の平穏な生活を侵害した違法行為に基づいているものであることから、それにもかかわらず自らの平穏な生活の利益を主張することはクリーンハンズの原則(自らも悪いこと、あるいはそれによる利益の恩恵を受けておきながら、それを忘れて他人のことを批判してはならないという法諺)に反することも根拠となります。

(2)また、本件と同様の事例において未成年者略取罪の成立を認めた判例もあります(最高裁第二小法廷平成17年12月6日判決)。

まとめ

このように、別居中の共同親権者による子の連れ去りに対しては、裁判所は厳しい判断を下すようになっております。連れ去られるまでの生活状況に特段の問題がなかったのであれば、監護権者指定の申し立てを行ってよいのではないでしょうか。弁護士にご相談し、ご検討ください。

以上

関連事例集

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※参照条文

民法

(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)

第七百六十六条 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。

2 子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の監護をすべき者を変更し、その他監護について相当な処分を命ずることができる。

3 前二項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。

家事審判法

第九条 家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。

甲類

(省略)

乙類

四 民法第七百六十六条第一項 又は第二項 (これらの規定を同法第七百四十九条、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分

刑法

(未成年者略取及び誘拐)

第二百二十四条 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。