給料差し押さえ・債権者の競合・配当

民事|執行|民執法85条

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

知人にお金を貸しましたが返してくれませんので、裁判を起こし、勝訴判決を得て、給与を差し押さえました。知人は、税金の滞納もしているようですし、金融会社など他にも色々な債権者が居るようです。実際に支払いを受けるにはどうしたらよいのでしょうか?

回答:

1、給与債権の差押命令の送達ができても、実際に支払いを受けるには様々な法的措置を行う必要があります。特に、法律用語になりますが「配当加入遮断効」を早期に生じさせることが大切になります。

2、債権差押命令は、裁判所から第三債務者(債務者に対して支払い義務を負っている者)に対して債務者(第三債務者からみて本来の債権者)に対する債務の弁済を禁ずる命令です。少し難しいように思われるかもしれませんが、裁判所が発行する差押命令には対象となる債権や禁止される行為内容が具体的に記載されています。第三債務者に対して、差し押さえ命令が1本だけ送達され、差し押さえの競合を生じない場合は、送達から1週間で取立権が発生し、あなたは第三債務者から直接弁済を受けることができます。

3、第三債務者に対する差し押さえ命令が2本以上送達され、差し押さえの競合を生じた場合は、第三債務者は自分の債務を法務局に供託し、執行裁判所の裁判所書記官が配当表を作成し、そこに記載された配当額に従って、裁判所が各差押債権者に対して配当を行います。各債権者の配当額は、債権者平等原則に従えば債権額に応じて平等に(配当額=債権額×配当率)分配されますが、法令の定めに従い、国税債権や労働債権など優先債権がある場合は、一般債権者に優先して配当されるように、配当表が作成されます。実際の配当手続きは、銀行振り込みや小切手の交付により行われます。

4、差し押さえの競合を生じるかどうかは、配当要求の終期(配当加入遮断効)を意識した執行手続きが必要です。他にも債権者がいるおそれがある場合は、勝訴判決を持っている場合でも、弁護士に御相談なさり手続きなさることをお勧めいたします。

5、差押手続に関する関連事例集参照。

解説:

1、総説

あなたは、知人が勤務先に対して有する給与債権を差し押さえたのですが、実際に支払いを受けるには、様々な法的な措置を行う必要があります。特に、法律用語になりますが「配当加入遮断効」を早期に生じさせることができるか否かで差し押さえた債権の中から回収できる額の多少が変わる場合があり、「配当加入遮断効」が重要なポイントとなります。以下、順番に説明します。

2、差押から配当までの原則的手続

①そもそも、あなたの給与差し押さえの申し立てにより裁判所が発令した債権差押命令は、どのようなものか確認してみましょう。

②条文をみて見ましょう。

民事執行法145条 執行裁判所は、差押命令において、債務者(お金を借りた人です。)に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者(この場合は勤務先会社の事です。)に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。

2項 差押命令は、債務者及び第三債務者を審尋しないで発する

3項 差押命令は、債務者及び第三債務者に送達しなければならない。

4項 差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。

5項 差押命令の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。

意外に思われるかもしれませんが、「差押命令」とは、単に債務者に対する支払いを停止しなさい、というだけの意味しかありません。給与差押で言うと、会社は従業員に対する給与の振込みを停止するだけで良いのです。あなたとしては、最初から、差押債権者である自分に対して支払え、という命令を出して欲しいと考えるところですが、法律の手続きはそのようにはなっていません。

③どうして、このような手続きになっているかといいますと、まず、過誤手続を防止することがあります。差押命令を第三債務者(この場合は勤務会社)に送っても、会社は、事情がよく分かりません。裁判後の判決に基づく差し押さえ申し立てに時間的制限がありませんからもしかしたら、敗訴判決の後で従業員である債務者が、債権者である原告に対して既に支払っているかもしれません。そのような手続きに間違いがあったときのために、債務者から異議申し立ての機会を保障しなければなりません。そこで、民事執行法は、差押の効力自体は第三債務者への送達により生ずるけれども、実際の支払い手続きは、債務者への差押命令が送達されて、1週間の異議申し立て期間を経過してからでないと、できないように定めているのです。異議申し立て期間が経過すると、差押債権者により取立てをすることができる状態(取立権発生といいます)になります。

民事執行法155条 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。

2 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。

3 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。

④ また、法律に従い、債権者を平等に扱わなければなりませんから、他の債権者にも配当加入の機会を与え、債権額や、法律の規定に従った弁済額を決めなければならないことも、理由として考えられます。税金の他にも、債務者が雇用主の場合の従業員の給料(民法308条)や債務者に対して日用品を供給した債権者の日用品購入代金(民法310条)など先取特権として、優先弁済が認められるものがありますから、そういう権利関係を整理するために、配当等実施手続が法律によって整備されているのです。

民事執行法85条 (配当表の作成)

1項 執行裁判所は、配当期日において、第八十七条第一項各号に掲げる各債権者について、その債権の元本及び利息その他の附帯の債権の額、執行費用の額並びに配当の順位及び額を定める。ただし、配当の順位及び額については、配当期日においてすべての債権者間に合意が成立した場合は、この限りでない。

2項 執行裁判所は、前項本文の規定により配当の順位及び額を定める場合には、民法、商法 その他の法律の定めるところによらなければならない。

⑤あなたの他にも、税金の滞納や債権者が居て、同じように給与債権に対して差押命令の申立をしてくることがあります。このような場合は、第三債務者(債務者が勤務している会社)としては、あなたからの請求があっても、誰が優先権を持っていて誰にどれだけ支払うべきか、迷ってしまうことがあります。そのような場合の為に、執行供託という制度が用意されています。例えば債権者が暴力金融等で事前に作成しておいた委任状を利用し作成した公正証書により脅迫的言動等を用いて支払いを迫ってきた時などは第三債務者である当該会社は供託してしまえばいい訳です。後は裁判所が公平に分配してくれますから結果的にあなたの正当な利益は保護される事になります。下記の条文を参照してください。

民事執行法156条2項 第三債務者は、次条第一項に規定する訴えの訴状の送達を受ける時までに、差押えに係る金銭債権のうち差し押さえられていない部分を超えて発せられた差押命令、差押処分又は仮差押命令の送達を受けたときはその債権の全額に相当する金銭を、配当要求があつた旨を記載した文書の送達を受けたときは差し押さえられた部分に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託しなければならない。

⑥そして、供託を受けて、裁判所が配当表を作成し、関係者を配当期日に呼び出し、異議があれば述べる旨を催告するという、配当手続きを実施し、どの債権者に幾ら分配すべきかを決定し、供託金から、それぞれの債権者が支払いを受けることになります。

民事執行法165条 配当等を受けるべき債権者は、次に掲げる時までに差押え、仮差押えの執行又は配当要求をした債権者とする。

一 第三債務者が第百五十六条第一項又は第二項の規定による供託をした時

二 取立訴訟の訴状が第三債務者に送達された時

三 売却命令により執行官が売得金の交付を受けた時

⑦当然、税金は優先債権ですから、債務者に税金の未納があれば、あなたよりも税務署の配当要求が遅くても、税金の支払いのほうが優先してしまうことになります。

(条文参照) 国税徴収法8条(国税優先の原則)国税は、納税者の総財産について、この章に別段の定がある場合を除き、すべての公課その他の債権に先だつて徴収する。

⑧もちろん、他の債権者がいる時には、債権額に応じた按分比例により、配当額が計算されますので、例えば貴方の債権額の10倍の債権者が現れた場合は、貴方は、差押債権の11分の1の金額しか配当を受けることができません。(債権者平等原則=民法427条の反対解釈。)

(条文参照) 民法427条(分割債権及び分割債務) 数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。

3、配当手続き

しかし、折角差押をしたのですから、なるべく、差押した債権を「独り占め」したいと考えるのが、差押債権者の立場では当然の気持ちと思います。特にあなたの場合は他に債権者が多数存在するようですから差し押さえた対象の財産たる債権から確実により多く配当を受けたいと願っているでしょうし配当額を心配していると思います。民事執行法の解釈上、そのような配当を受ける債権者を限定する効力は、「配当加入遮断効」と呼ばれています。具体的には、配当加入遮断効を生じる時までに、差押や配当要求をした債権者に限定して、配当手続きが行われることになりますから詳しく解説いたします。以下、個別に説明したいと思います。

①その1=第三債務者が執行供託をした時(民事執行法165条1項1号)

執行供託とは、差押を受けた債権を法務局に供託し、弁済方法を裁判所の配当等実施手続きの中で決めていくための手段です。差押が1件だけで差押の競合が生じない時は、供託義務はありませんが、複数の差押が競合し、それらの差押債権者が有する債権の合計金額が差し押さえた給与債権を超える場合は第三債務者は供託する義務を負います(民事執行法156条2項)。長所は、取立権発生前でも配当加入遮断効を生じさせることができる点です。短所は、債権者側の行動ではなく、第三債務者側の行為が必要なことです。供託手続きには、司法書士又は弁護士に相談することが一般には必要でしょう。しかし、第三債務者としても、弁済期限を過ぎれば遅延損害金を負担しなければなりませんし、供託義務を負担している時は法律上も供託をすることが要請されていますので、差押債権者としても、第三債務者に連絡をとって、執行供託を促すことはできると思います。必要な法的資料を提供するなどしても良いでしょう。

②その2=取立訴訟の訴状送達時(民事執行法165条1項2号)

これは、差押命令が債務者に送達され1週間が経過し、取立権が発生したのに、第三債務者が弁済せず、または、執行供託をしない場合に、差押債権者が弁済又は供託を求めて第三債務者を提訴する手続きです。訴状を準備し、裁判所に申立を行い、裁判所から第三債務者への訴状送達が完了した時点で、配当を受ける債権者を限定するという規定です。この時までに、他の債権者が手続きに参加してこなかった場合は、あなたが、独占して配当を受けることができます。長所は、債権者の行動で効力を生じさせることができる点です。短所は、訴状及び証拠書類の準備を要することと、申立の印紙代も負担しなければならない点です。

③その3=売却命令により執行官が売得金の交付を受けた時(民事執行法165条1項3号)

これは、差押債権に条件が付いているなど、直接取り立てることが困難な場合に、差押債権者の申立により、裁判所が売却命令を発令し、執行官が売却代金を受領した場合に、配当加入遮断効が生じるというものです。今回のテーマである給与債権にも、支給日として弁済期の定めはありますが、「直接取り立てることが困難」な場合には当たりませんので、通常、売却命令の申立は行いません。預金債権や売掛債権でも、同じように不要ですので、珍しい手続きだと思います。長所は、債権者の行動で効力を生じさせることができる点です。短所は、売却命令の申立が別途必要なこと、執行官による売却手続きのため時間と費用が掛かることです。

④その4=転付命令が確定した時(民事執行法159条)

転付命令は、差押された債権を、裁判所の命令で、差押債権者に移転させる手続きです。差押債権者が実際に弁済を受ける前に、「弁済されたものとみなす」という効力が生じ、差押の原因となった、請求債権が消滅し、確定判決など債務名義の効力も消滅してしまいます。配当に関する民事執行法165条には規定されていませんが、弁済されるということは、差押手続きも終了するということであり、事実上、配当加入遮断効と同じ効力があると解釈されています。

民事執行法160条(転付命令の効力) 差押命令及び転付命令が確定した場合においては、差押債権者の債権及び執行費用は、転付命令に係る金銭債権が存する限り、その券面額で、転付命令が第三債務者に送達された時に弁済されたものとみなす。

長所は、債権者側の行為で効力を生じさせることができる点です。短所は、転付命令が効力を生ずると、債務名義の効力も消滅してしまうことです。第三債務者の資力が乏しく取立てが困難な場合でも、差押を取り下げて、比較的取立容易な別の財産に対する差押をやり直す、ということができなくなってしまいます。ですから、銀行預金などのように、第三債務者の信用状況に不安が無いような場合であれば、差押え命令と同時に転付命令を申し立てることも多いですが、普通の元請業者など、弁済に関わるリスクも存在するような場合には、差押命令と同時に転付命令の申立をすることは、一般的にお勧めできません。

4、まとめ

このように、配当加入遮断効を生じさせるための、様々な手段があり、どの手続きにも長所や短所があり、一概にどれが良いかは判断できません。勝訴判決や差押命令の申立までは問題なかったとしても、最後の、配当加入遮断効のところで、ゆっくりしていた為に、実際の配当を受けられなかったり、配当額が極めて少なくなってしまう場合もあります。裁判所は公平な機関ですから、差押命令にしても、転付命令にしても、債権者からの申立を受けて審査し、執行していくだけです。裁判所から、「配当加入遮断させなくて良いのですか?転付命令を申し立てなくて良いのですか?」などと促してくるようなことは原則としてありません。勝訴判決を取り、差押命令の申立をしただけで安心せず、最後の最後で、効果的な配当を受けることに気を使いながら執行手続きを進めなければなりません。

本事例は、貸金と給与差押に関する解説となっておりますが、会社同士の売掛回収事件でも、金額が大きくても少なくても、事情は同じです。通常は弁護士に依頼する手続きと思いますが、途中まで依頼せず御自分で手続きした場合でも、最後の部分はとても重要ですので、一度は執行手続きに詳しい弁護士の相談をお受けになることをお勧め致します。

以上

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