知らない内に預金差し押さえされてしまった場合の対応

民事|強制執行|公示送達による判決の確定|執行の不都合|不変期間|上訴の追完

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

先日,銀行に預金の引出しに行ったところ,私の預金が差押えられていることがわかりました。裁判所に確認したところ,以前,私と金銭トラブルのあったAさんが私に対して3か月前に訴訟を起こし,私が知らないうちに判決が出されていたことが分かりました。半年程前に転居した際,住民登録の異動手続をしていなかったため,書類が届かなかったようですが,Aさんは,私の転居先を知っていたはずです。今から,異議を述べることができますか。

回答:

1.民事訴訟の手続きにおいては,訴状や判決等の書類は,当事者である被告に送達されることとなっています(民事訴訟法〔以下「法」といいます。〕138条,255条等)。そして,送達の方式は,交付送達が原則とされており,通常は,送達を受けるべき者に書類等が交付されます(法101条)。具体的には郵送されますから郵便局の配達する人が被告に手渡す事になります。しかしながら,当事者の住所等が分からない場合に,訴訟手続を行うことができないとすると,憲法で保障されているはずの裁判を受ける権利(憲法31条)が実際上は認められないことになってしまうため,公示送達という送達方法が定められています(法110条以下)。

 公示送達は,当事者の住所,居所その他送達をすべき場所が知れない場合等法110条1項に列挙された事由がある場合に,当事者の申立てにより,裁判所書記官が送達すべき書類を保管し,いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示板に掲示し,掲示を始めた日から2週間を経過することによって送達の効力が生じるというものです。公示送達の制度が認められる理由は次のとおりです。まず、法治国家では強制的に権利を実現する場合、自らの力で権利を実現する自力救済は許されません。基本的には紛争の強制的な解決としては裁判という手続を踏まなければなりません。裁判は国家が公の立場から権利に関する紛争について解決するものですから、当事者にとり適正、公平にそして迅速性(紛争を長引かせては社会秩序が維持されません)、経済性(税金で裁判所は運営されていますので無駄は許されません)が要請されます。

 そして、公平、適正な解決を図るため、裁判は訴状等書類が相手方に到達したときから開始、進行されることになっています。そのため、肝心の訴状が届かなければ何時までたっても裁判は進行されず権利の救済ができませんし(又、民事訴訟の場合判決が出ても判決書が送達されなければ上訴の期間が進行しませんので裁判も確定しない事になります。刑事訴訟の場合は判決言い渡しの日から期間は進行します。)、迅速性、経済性にも反する事になってしまいます。そこで民事訴訟法は、種々の対応策をとっているのですが(法104-108条)送達場所不明等訴状等の書類がどうしても被告に渡す事が出来ない場合にやむを得ず訴訟が起こされている事を裁判所に公示して被告に訴状等を被告に渡したと同じ効果を認め訴訟を進めてしまうのです。そうしないと自分の住所を不明にする等して公的権利行使を妨害するような事態が生じることもあり、又、当事者に書類を交付できないという事だけで裁判が出来ないというのであれば、国家に紛争解決の判断権を委ねた裁判の目的が達成できなくなってしまうからです。

2.あなたの場合,住民登録を異動していなかったということですから,Aさんは,あなたの住所,居所その他送達をすべき場所が分からないとして,公示送達を申立てたことにより,あなたの知らないうちに訴訟が開始され,判決が出されてしまったものと思われます。あなたの場合は,故意に住所を不明にしているわけではありませんが,住所が不明なことに変わりはありません。また本来住所を移転した場合は住民登録をすることが公的義務ですから,これを怠っていた場合は住所不明として裁判を進行されてもやむをえないと評価されてしまいます。正式に住所を移転していれば要件上原告も簡単に公示送達は出来なかったはずです。

3.このように,公示送達の場合,被告は,反論する機会のないまま敗訴判決を受けることになってしまい,当事者としての保護に欠ける結果になりますし,特に,あなたのケースのAさんのように,原告が,被告の住所を本当は知っていたにもかかわらず,住民登録が変更されていないことを奇貨として公示送達の申立てをしたような場合には,被告に何らかの救済措置が必要なのは当然です。

4.それでは,あなたのようなケースの場合に,具体的にどのような手続をとることが考えられるかを,最高裁判所の判例に沿って,ご説明いたします。

5.強制執行に関する関連事例集参照。

解説:

(1)上訴の追完

 第1審において敗訴判決を受けた当事者は,判決に不服があれば,通常,控訴をすることになりますが,この控訴期間は,判決書等の送達を受けた日から2週間以内と定められています(法285条)。ところが,公示送達によって判決書等の送達がなされた場合,当事者が実際に判決の内容を知ったときは,控訴期間が既に経過しているということが大半でしょう。このような場合,訴訟行為の追完(法97条1項)の規定により,なお,控訴を提起することが考えられます。すなわち,同条項は,当事者がその責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には,その事由が消滅した後1週間以内に限り,訴訟行為を追完することができる旨規定しております。したがって,公示送達の方法が取られたために,訴訟提起の事実や判決言渡しの事実を知ることができなかった場合には,その責めに帰することができない事由によって控訴期間を遵守することができなかった場合に該当するため,事情を知ってから1週間以内であれば,控訴期間経過後であっても控訴をすることが可能となります(控訴の追完)。

 法97条の趣旨ですが,不変期間は裁判所が職権で勝手に伸縮できない期間であり条文上に明らかにされており,ほとんどが上訴期間,不服申し立て期間等です(対立概念として通常期間があります。条文上不変と書いてなければ通常期間ということになります)。本来訴訟手続の進行,手続期間の設定は,迅速性,経済性から当事者でなく裁判所の職権に任されるですが(法96条),審理が十分尽くされ裁判という形で紛争に対する公的判断が一旦下された以上裁判所の裁量も排除し不服申し立て期間等を厳格に決め紛争の早期解決,法的秩序の安定を図っているのです。しかし,訴訟における当事者の公平,適正な解決も無視できませんから例外的に当事者に責任がなく著しく不利益を及ぼす可能性がある場合は事実上期間を延長しているのです。従って期間も1週間と短期間になっています。本件のように知らないうちに公示送達により判決が確定された当事者はこの規定により保護されることになります。あなたは,住所移転の義務を果たしてはいませんが,控訴期間を守らなかったという点についてまで責任がありませんので「責めに帰すことが出来ない事由」があったものと考えられます。

 最高裁の判例でも,公示送達の方法により,被告不出頭のまま審理の上,判決言渡しがあり,その判決正本の送達も公示送達によってなされたため,被告が訴訟提起の事実も,第一審判決の言渡しがあったことも,その当時全く知らず,強制執行の手続きが取られて初めてその事実を知ったという事案(最判昭和36年5月26日),原告が,被告が住民登録上の住所に居住しているのを知っていながら,土地の登記簿上の住所地であった本籍地を原告の住所地であると称して訴訟提起をし,受送達者(被告)の住所が不明であるとして公示送達の申立てをした結果,被告不出頭のまま審理判決され,その判決の送達も公示送達の方法によってなされたという事案(最判昭和42年2月24日)に,控訴の追完を認めています。ただし,公示送達による判決書の送達であっても,他日判決が言渡されるであろうことが十分予想され,しかもその内容が被告にとって不利なものとなることも優に予測されるにもかかわらず,被告が何らの調査もせずに控訴期間を徒過した場合は,被告の責めに帰することができない事由によって控訴期間を遵守することができなかったとはいえないとして,控訴の追間を否定していますので(最判昭和54年7月31日),注意してください。

(2)再審の訴え

 もう一つの方法として,再審の訴えを提起することも考えられます。再審の訴えは,338条1項に定める事由がある場合に限り,確定した終局判決に対して,不服申し立てをすることできるものです。公示送達によって,判決書の送達を受けたため,上訴期間内に上訴ができなかった場合であっても,一応は,判決が確定したことになるため,再審の訴えが提起できるかどうかが問題になるのです。この点,学説においては,代理権の欠缺を定める同条1項3号の類推適用ができるとして,再審の訴えが可能であるとする有力な見解もあります。しかし,最高裁判所は,相手方の住所を知りながら公示送達の申立てをし,相手方の欠席のまま勝訴の確定判決を得たとしても,338条1項3号(当時は旧法420条1項3号)の再審事由にはあたらないと判断しました(最判昭和56年10月8日)。

 最高裁の背後には,上述の上訴の追完によって対応可能なので,当事者の保護に欠けるところはないとの判断があると思われますが,再審の訴えの提訴期間が30日であるのに対し(法342条1項),上訴の追間は1週間にすぎないため(法97条1項),後者によっては,当事者に酷な結果になることも多いと思われますので,私見としては,最高裁の判断には,若干の疑問も感じます。ただし,いずれにしても,最高裁の判断が明確に出されている以上,現在の実務上は,このようなケースで,再審の訴えを提起することはできないというほかありません。

(3)まとめ

 以上のとおりですので,あなたのケースでは,事情を知ってから1週間以内に控訴をすることが可能と考えられます。時間的な余裕がないため,早急に弁護士に相談することをお勧めします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

(訴訟行為の追完)

第97条 当事者がその責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には,その事由が消滅した後1週間以内に限り,不変期間内にすべき訴訟行為の追完をすることができる。ただし,外国に在る当事者については,この期間は,2月とする。

2 前項の期間については,前条第1項本文の規定は,適用しない。

(交付送達の原則)

第101条 送達は,特別の定めがある場合を除き,送達を受けるべき者に送達すべき書類を交付してする。

(公示送達の要件)

第110条 次に掲げる場合には,裁判所書記官は,申立てにより,公示送達をすることができる。

1.当事者の住所,居所その他送達をすべき場所が知れない場合

2.第107条第1項の規定により送達をすることができない場合

3.外国においてすべき送達について,第108条の規定によることができず,又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合

4.第108条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後6月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合2 前項の場合において,裁判所は,訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは,申立てがないときであっても,裁判所書記官に公示送達をすべきことを命ずることができる。3 同一の当事者に対する2回目以降の公示送達は,職権でする。ただし,第1項第4号に掲げる場合は,この限りでない。

(公示送達の方法)

第111条 公示送達は,裁判所書記官が送達すべき書類を保管し,いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示してする。

(公示送達の効力発生の時期)

第112条 公示送達は,前条の規定による掲示を始めた日から2週間を経過することによって,その効力を生ずる。ただし,第110条第3項の公示送達は,掲示を始めた日の翌日にその効力を生ずる。

2 外国においてすべき送達についてした公示送達にあっては,前項の期間は,6週間とする。

3 前2項の期間は,短縮することができない。

(公示送達による意思表示の到達)

第113条 訴訟の当事者が相手方の所在を知ることができない場合において,相手方に対する公示送達がされた書類に,その相手方に対しその訴訟の目的である請求又は防御の方法に関する意思表示をする旨の記載があるときは,その意思表示は,第111条の規定による掲示を始めた日から2週間を経過した時に,相手方に到達したものとみなす。この場合においては,民法第98条第3項ただし書の規定を準用する。

(訴状の送達)

第138条 訴状は,被告に送達しなければならない。前条の規定は,訴状の送達をすることができない場合(訴状の送達に必要な費用を予納しない場合を含む。)について準用する。

(判決書等の送達)

第255条 判決書又は前条第2項の調書は,当事者に送達しなければならない。前項に規定する送達は,判決書の正本又は前条第2項の調書の謄本によってする。

(控訴期間)

第285条 控訴は,判決書又は第254条第2項の調書の送達を受けた日から2週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし,その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

(再審の事由)

第338条 次に掲げる事由がある場合には,確定した終局判決に対し,再審の訴えをもって,不服を申し立てることができる。ただし,当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき,又はこれを知りながら主張しなかったときは,この限りでない。

1.法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。

2.法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。

3.法定代理権,訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。

4.判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。

5.刑事上罰すべき他人の行為により,自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。

6.判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。

7.証人,鑑定人,通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。

8.判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。

9.判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。

10.不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。

2 前項第4号から第7号までに掲げる事由がある場合においては,罰すべき行為について,有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき,又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り,再審の訴えを提起することができる。

3 控訴審において事件につき本案判決をしたときは,第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。

(再審期間)

第342条 再審の訴えは,当事者が判決の確定した後再審の事由を知った日から30日の不変期間内に提起しなければならない。

2 判決が確定した日(再審の事由が判決の確定した後に生じた場合にあっては,その事由が発生した日)から5年を経過したときは,再審の訴えを提起することができない。

3 前2項の規定は,第338条第1項第3号に掲げる事由のうち代理権を欠いたこと及び同項第10号に掲げる事由を理由とする再審の訴えには,適用しない。