育児休暇の不正取得に対する懲戒処分の弁明対応
行政|公務員の懲戒処分|公務員の利益と行政庁の利益対立|公務員の社会的地位の保全手続き方法|行政庁の職務保全|裁量権の逸脱|基準|新潟地方裁判所令和令和2年4月15日
目次
質問:
私は〇〇市に勤務する地方公務員です。現在育児休暇中ですが,数か月前に妻と不仲となり,妻が子を連れて実家に帰ってしまったため,一時別居状態となっていました。すると,勤務先から,実際に子どもと同居していないため,育児休業手当金の取得が公金の詐取に該当するとして,懲戒処分の対象となると指摘されました。現在は,処分を待っている状況です。
私としては,妻子とは別居に向けて話し合いをしている最中でしたので,公金の詐取には該当しないと思います。私は,懲戒免職になってしまうのでしょうか。免職を回避するためにはどうしたらよいでしょうか。
回答:
1. 懲戒処分の処分量定についてですがまず不当な扱いを受けないため公務員の地位の利益確保のために処分対象者には弁明の機会が与えられるほか,代理人弁護士を通じて,処分について法律上の意見を述べることも認められています。本来、公務員といえどもその地位に関して行政庁から不当な不利益処分を受けることは、個人の尊厳(憲法13条)を守るため許されることではありません。行政庁の処分ですから行政事件として行政手続法が適用になるように思いますが、公務員が国民全体の奉仕者としての性格にかんがみて 適正公平な処分の理想から 一般国民に対する行政処分とは異なる側面があり原則行政手続法の適用範囲外となります。行政手続法3条1項9号で公務員の職務または身分に関してされる処分は適用外です。
これは、公務員の懲戒処分が、一般的な行政処分とは異なり、全体の奉仕者である公務員の身分や服務に関するものであり、その性質上、行政手続法の規定をそのまま適用することが適正公平の理念から妥当でないと考えられるためです。
ただし、公務員の懲戒処分であっても、適正な手続きで処分が行われるべきであるという原則は変わりません(憲法31条)。そのため、国民全体の利益保護(公共の福祉秩序保護)に対立する公務員の懲戒処分を行う際には、地方公務員法や国家公務員法などの関連法規に基づき、適正な手続きが要請されます。
具体的には、懲戒処分を受ける公務員に対して、弁明の機会や有利な事実関係の説明など、実質的な権利保護が図られる手続きが解釈上必要です。
2. 関連事例集1716番、1547番、1255番参照。その他、懲戒免職に関する関連事例集参照。
解説:
第1 懲戒処分の処分量定について
1 懲戒処分の弁明手続きについて
公務員の方がいわゆる非違行為を起こしてしまった場合、それを理由として、懲戒処分の手続を受けることになります(行政手続法3条1項9号地方公務員法29条1項3号、国家公務員法82条等)。公務員の懲戒処分については,行政手続法の適用除外となっているため,懲戒手続きにおいて,本人にいかなる手続きで弁明を認めるかについては,法律上の定めや条例が存在しないことが多いです。しかし,裁判例上,適切な弁明の機会を与えなかったことが理由で懲戒処分が違法とされる場合があるため,原則として,処分対象者には弁明の機会が与えられるほか,代理人弁護士を通じて,処分について法律上の意見を述べることも認められています。
そのため,懲戒免職処分を回避するためには,この弁明の機会において,当該事案が懲戒免職処分の対象となるものではないことを,処分権者に説得的に主張する必要はあります。
2 処分量定上の類型
いかなる懲戒処分が科されるかについては、多くの場合、各行政機関が定める懲戒処分の指針に沿って処分が決定されることになります。
この点、東京都総務局では、「懲戒処分の指針」という基準を公表しております。そのため,まず本件非違行為が,懲戒処分の指針のうち,いかなる行為類型にあたるかを検討する必要があります。
本件でまず考えられるのが,2(3)で挙げられている「公金の詐取」の類型です。公務員の方の給与は,公金となりますので,虚偽の事実関係を申告して,本来受給することが許されない手当を受給したような場合は,公金の詐取に該当する可能性があります。この場合の処分量定は,免職のみですので,非常に厳しい類型となります。
一方,本件は,2(8)「諸給与の違法支払・不適正受給」に該当することも考えられます。この類型は,「故意に法令に違反して諸給与を不正に支給した職員及び故意に届出を怠り、又は虚偽の届出をするなどして諸給与を不正に受給した行為」ですが,この場合の処分量定は,定食又は減給とする。 そのため,本件で処分を軽微なものにするためには,まず処分類型として,「詐取」ではなく「諸給与の違法支払・不適正受給」に該当するとの主張をする必要があります。
3 裁判例における処分量定類型の判断基準
右の類型の区別に関する参考裁判例としては,新潟地方裁判所令和令和2年4月15日判決があります。右判例は,時間外手当の不正受給の事例について,処分量定上の「詐取」と「諸給与の不正受給」のいずれに該当するかについて,概要,以下のような判示をしました(一部省略)。
〇新潟地方裁判所令和令和2年4月15日判決 「原告は,処分基準などが定められていない被告において人事院指針を参考にしたという扱いについては前提とした上で,人事院指針の定めに従えば,本件非違行為は違法支払等の例に該当するものとして処分が量定されるべきであり,それが詐取の例とは別にあえて定められていることからすれば,詐取の例に該当すると評価されるべき行為は,刑法上の詐欺罪に該当することについて一定の刑事司法手続を経るなどにより確実視される場合や,地方自治体が刑事告訴等をした場合に限られるべきであるとし,具体的には,補助金や年金などの業務に携わる職員が,外部の業者等と結託して,国等から補助金や年金などをだまし取る場合がこれに該当するもので,本件について詐取の例に該当するとして処分を量定することは許されないなどと主張する。しかしながら,人を欺いて公金等を交付させた場合である詐取の例と,故意に法令に違反して諸給与を不正に受給等する場合である違法支払等の例に,類型的に重なり合う部分があることは,それらの文言に照らしても明らかであり,それを前提としたときに,詐取の例を原告の主張するように限定的に解すべき根拠は,直ちに見当たらない。この点,人事院指針の「第2 標準例」の「2 公金官物取扱い関係」において,「(1) 横領」や「(3) 詐取」が免職とされている一方で,それらに該当する行為が類型的に同時に該当し得る「(8) 諸給与の違法支払・不適正受給」や「(9) 公金官物処理不適正」が減給または戒告とされていること(甲6)を踏まえれば,人事院指針は,むしろ,横領や詐取の例に該当する行為のうち,特に,自らすべき届出や自己保管中の公金等について不正をした者については,それらが自己申告に係るものであったり自己保管中のものであることなどから,行為者に対する誘惑が強く,その点で動機において責任非難が小さいといえる側面があるため,軽微な処分を相当としているものと解するのが相当である。それゆえ,時間外勤務手当の不正受給などの事案においても,行為態様等に照らし,人を欺いて公金等を交付させた場合に該当すると認められる限りは,詐取の例に当たることは前提とした上で,それが同時に故意に法令に違反して諸給与を不正に受給等した場合に該当すると認められる場合には,上記のように特に軽微な処分をもって臨むのが相当であるか否かを検討するのが相当であるところ,前記アで指摘した諸点のほか,人事院指針が被告において参考とされているものにとどまり被告の定めた処分基準ではないことにも照らせば,詐取の例をもって臨むか違法支払等の例をもって臨むかの点も,最終的な処分の量定についての懲戒権者の裁量権の行使の一内容に含まれるものとして,本件各処分について裁量権の範囲からの逸脱又はその濫用があったか否かを検討するのが相当である(なお,甲34の1及び2,乙1の76頁参照)。
つまり,「公金の詐取」と「諸給与の不正支払い」は,その内容が重なりあう部分が大きいことを前提に,それらの重なる行為の中で,免職をもって臨むべき悪質な行為を「公金の詐取」,軽い処分をもって臨むべきものを「諸給与の不正支払い」と分類するに過ぎない,と示しています。結局のところ,処分量定はあくまで処分の目安を定めたものに過ぎないため,最終的は,非違行為の内容や性質を詳細に検討した上で,処分者が選択する処分が,裁量権の逸脱・濫用となるかを判断するものとされています。
そして,懲戒処分に関する裁量権の逸脱,濫用の判断基準としては,最高裁判所による判例が存在しています。すなわち判例によれば、「懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」判断するとされています。
そのため懲戒免職処分を回避するためには,これらの判例であげられた考慮要素に言及しつつ,本件が「公金の詐取」として免職処分の対象とすべき非違行為ではないことを主張することが必要となります。
第2 本件で主張すべき内容
1 不正受給の態様,経緯について
本件のご相談は,妻子と別居中状態となったにも関わらず,育児休業手当金の受給を継続したとの内容です。育児休業手当金の受給要件は,あくまでその当事者が現に育児のために休業していることが前提となりますので,別居している場合には,育児休業手当金の要件を満たすことにはなりません。そのため,その間の受給は,不正な受給と判断されてしまう可能性は高いでしょう。もっとも,例えば妻が実家に一時的に帰省している場合まで,不正受給に該当すると判断することはできません。そのため,懲戒処分の手続きにおいても,妻子と別居状態となっている期間や,ご自身の育児への関与状況については,詳細を説明すべきでしょう。また場合によっては,奥様にもあなたの育児への参加状況について,陳述書などを作成してもらって提出すると良いでしょう。
また本件では,当初から不正な受給を試みたものではなく,もともとは適法な手当金の申請であったのが,途中から別居により違法状態となった,いわば不作為による詐取の事例です。この点,公金の詐取と評価される非違行為の多くは,基本的に行為者が虚偽の事実を申請して,公金取得する作為的なものです。前記の新潟地裁の裁判例においても,詐取の態様として,課長印を不正に使用して残業の命令書を作成して残業手当を受給していた点が大きく考慮され,(諸給与の不正支払いではなく)詐取に該当するとの判断がされています。そのため本件でも,作為的な方法で受給をしていたものではない点について,時系列や申請の経緯を詳細に主張すべきでしょう。
また,懲戒処分にあたっては,処分後の事情も考慮されます。そのため,不正受給に該当し得る金額については,受給した手当を返金すべきでしょう。
2 その他、情状面の主張について
前記のとおり,判例上,懲戒免職処分の適法性を判断する上では,非違行為の内容のみならず,当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮すべきものされています。その為、懲戒権者に対して懲戒処分の回避・軽減を意見する場合には、単に犯罪の成否について述べるだけではなく、上記判例で言及されているような様々な事項を主張した上で、妥当な裁量権を行使した結果、軽減された懲戒処分となるのが妥当である旨を論じる必要があります。
具体的には、家庭・家計の状況、これまでの日頃の勤務の状況等、事件としての報道の有無やその内容,それによる社会的な影響等について、有利な点を細かく主張すべきでしょう。またこれはあくまで最後の手段ではありますが,場合によっては事前に辞職願を提出しておくことによって,懲戒免職を回避し,依願退職との形式に収めることも考えられます。この点は,事前によく懲戒担当者と協議しつつ,懲戒処分が決まってしまう前に早めに対応を検討すべきでしょう。
この点については、『公務員の万引きと懲戒免職回避』で裁判例の動向を検討しているので、ご参照ください。
第3 懲戒免職処分が為されてしまった場合の対応
万が一、懲戒処分が課された場合、その適法性は、審査請求又は処分の取消訴訟の手続において事後的に判断されることになります。
まず,処分を知った日の翌日から三カ月以内に人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができます(地方公務員法49条の2、同法49条の3)。
審査請求によっても懲戒免職の処分が維持されてしまった場合には、裁判所に対して懲戒免職処分の取消訴訟を提起し、司法判断を仰ぐことになります(同法51条の2)。
各手続には申立て・出訴の期間制限がありますので、十分な準備の時間を確保する為にも、早めに専門家に相談することが必要です。
この事後的な司法判断は、「懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会概念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」とされています。
すなわち、事後的な司法判断においては、行政機関の裁量権を尊重する余り、例え当該懲戒処分が社会通念上妥当性を欠く場合でも、それが著しく不当で無い限りは、適法と判断されてしまうことになります。そのため、処分の軽減を図るのであれば、懲戒権者が懲戒処分の方針を固める前に、迅速な対応をすることが何よりも重要であるといえるでしょう。
第4 まとめ
諸手当の不正受給の問題は,事実関係の認定によって,処分の内容が大きく変わり得る事案です。裁判例での認定基準を踏まえて、事案の内容を詳細かつ説得的に主張することができれば、懲戒免職処分を回避することは十分可能です。
懲戒免職処分は、生活の基盤の安定に係る重大な処分であり、その不利益は刑事処分に比べても非常に過酷な処分です。早急に弁護士に相談するなどして、万全の状態で回避できるよう努めるべきでしょう。
以上