大幅なスピード違反の起訴前弁護活動について

刑事|道路交通法違反|制限速度からの超過が時速80km以上となるスピード違反|略式手続か正式起訴か|東京高裁令和2年10月16日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

先日,首都高を高速で運転してしまい,オービスで検挙されました。制限速度が時速60キロの区間を時速140キロで運転していたとされています。速度超過の幅が時速80キロメートルを超えてしまうと正式な裁判で懲役刑となってしまう可能性が高いと聞きました。

しかし私は公務員として勤務しているため,万が一,正式な裁判となれば起訴休職となり,懲役刑の有罪判決を受ければ失職してしまいます。

何とか正式な裁判を回避することはできないでしょうか。

回答:

1 検察庁の運用では,速度超過の程度が時速80キロメートルを超える場合,略式手続きによる罰金刑とされることはなく,正式に起訴され,懲役刑を求刑されることとなります。

2 しかし,懲役刑となることが事案に比してあまりに過酷とされる特別な事情がある場合は,懲役刑ではなく罰金刑が選択されることもあります。例えば,被告人が公務員であり,懲役刑の有罪判決を受ければ自動的に失職となり,退職金の支給なども受けられなくなってしまう場合に,例外的に罰金刑を選択した高等裁判所による裁判例も存在します。

同様の事情がみとめられる場合には,起訴される前に検察官との交渉により,正式な裁判ではなく,略式手続きによる罰金刑へと留めることを交渉することも可能です。

3 まずは,同種事案の取り扱いの多い弁護士に相談することをお勧めいたします。

解説:

1 スピード違反の刑事罰の処分相場について

公道上での速度超過(スピード違反)については,道路交通法により規制がされています。

具体的には,同法22条(最高速度)の定めに違反した場合,同法118条1項1号により「6か月以下の懲役または10万円以下の罰金」という刑罰が科されることとなります。

この点,軽微なスピード違反(制限速度からの超過が時速30km未満のスピード違反)であれば,交通反則通告制度(同法125条~132条)の適用があるため,警察より交付された交通違反告知書(いわゆる青キップ)に従い反則金を納付すれば,起訴されて刑事罰を科されることはありません(したがって法律上の前科ともなりません)。

しかし,制限速度からの超過が時速30km以上となるスピード違反は,この特例措置の対象になりません。そのため,原則に戻り、刑事手続にのっとって処理されることになります(いわゆる赤切符)。すなわち,事件が警察から検察庁に送致され,検察官が裁判所に起訴し,裁判所が刑罰を下す,という審査を経ることになります。

もっとも,この刑事手続の中にも特例があり,刑罰として罰金又は科料を科す場合には,正式な裁判(公判)ではなく,略式手続きにより,刑罰を科すことができます。略式手続きは,書面の審査のみで簡易迅速に実施することができるため,特段,交通違反の内容を当事者が争わない場合で,検察官が事案として罰金を科すのが相当と考える場合には,略式起訴を選択することとなります。

もっとも,検察官が,事案の処分として罰金刑では軽く,懲役刑を選択するのが相当と考える場合、例えばスピード違反で何回も罰金刑に処せられている場合などには,略式起訴ではなく,正式な裁判(公判)を請求することとなります。

検察官がいかなる刑罰を相当と考えるかについて,スピード違反の事例(特に首都高速道路)では比較的明確な基準があり,制限速度からの超過が時速80km以上となるスピード違反は,懲役刑を求刑するために公判請求を選択し,それ未満の場合には略式起訴による罰金刑を選択する運用となっています。

公判請求の場合,最終的な刑罰は,公判での審理を踏まえて裁判所が決めることとなりますが,検察官の求刑に従い懲役刑が選択されることが非常に多いといえます。もっとも懲役刑となっても初犯であれば,基本的に懲役3月,執行猶予3年程度の判断となり,執行猶予が付されることが多いです。

以上の次第ですので,ご相談の事例で予想される処分としては,公判請求を受けた上で,懲役3月,執行猶予3年程度の判断となる可能性が高いといえます。

2 例外的に罰金刑が選択されるケースについて

⑴ 近時の裁判例

もっとも,時速80キロを超える速度超過の事例でも,公判請求を回避できる可能性が全くないわけではありません。

刑罰は,あくまで具体的な事案に即して決定されるものであるため,大幅に速度を超過してしまった場合でも,懲役刑を科すことが相当ではないといえるような特段の事情があれば,罰金刑が選択される可能性もあります。

例えば,時速80キロを超える速度超過の事例において,裁判所が罰金刑を科すのが相当と判示した近時の裁判例として,東京高裁令和2年10月16日判決があります。

同事例は,首都高速の制限速度が時速60キロメートルの区間を時速140キロメートルで走行したという,80キロの速度超過の事例でした。第一審の東京地裁判決では,懲役3月・執行猶予2年の判決が下されましたが,高等裁判所が原判決を破棄し,罰金10万円へと変更しました。その理由としては,被告人が公務員として稼働しており,起訴に伴う休職処分により給与が大幅に減額された状況にあったこと,被告人が反省を深めて今後は二度と運転をしないと固く誓っていることに加えて,被告人が失職した場合には条例により退職金が支給されないという不利益の大きさを指摘しています。

すなわち,公務員は,起訴されて公判請求となると,自動的に休職となります(地方公務員法28条2項)。加えて,禁固以上の刑に処された場合には,失職することになります(同28条4項,16条1号)。そして,失職した場合には,条例により退職金不支給の処分を受けることが多いです(例えば東京との場合,職員の退職手当に関する条例17条1項2号)。上記事例において,裁判所は,被告の勤続歴が26年に及んでおり,その期間に応じた退職金の支給を受けられなくなることが,スピード違反という本件の事案に比して過酷な重すぎる処分となることを指摘し,原判決を変更しました。

⑵ 略式手続きによる罰金刑が期待できるケース

ア 上記の裁判例が,懲役刑を重すぎる処分とし,罰金刑を相当と判断した理由は,懲役刑となった場合に被告人が受ける不利益が,法律上明確であったためと考えられます。

そのため,上記のような被告人が公務員である場合以外にも,同様に,法律上,懲役刑を受けた場合の不利益が明示的に示されるような場合などは,罰金刑を選択させることが期待できると言えます。

例えば,被告人が医師の資格を有している場合は,懲役刑の処分を受けると,その医師免許停止等の処分を受ける場合があります(医師法7条,4条3号)。さらに,検察庁と厚労省の間では,医師が刑事事件を起こした場合に,情報を提供する体制が通達により構築されているため,仮懲役刑の宣告を受けた場合には,相応の厳しい行政処分を受ける可能性が高いことを明確であると言えます。

このような場合には,不利益が生じることが明確であることを示すために,上記の検察庁と厚労省の間の通達(https://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/02/h0224-1.html)を証拠資料として示す等して,罰金刑を主張することが考えられます。加えて,上記裁判例でも言及されているような有利な事情として,贖罪のための寄付(交通遺児育英会等への寄付)や,再犯防止のために運転を今後しないことの証明(車両の売却,免許の返納など)等の証拠資料も準備する必要があります。

イ そして,このようなケースにおいては,ただ裁判で罰金刑を主張するのみならず,起訴不起訴を決める検察官に対しても,最初から公判を請求することはせずに,略式手続きによる罰金刑を選択するよう交渉することも考えられます。

検察官の起訴裁量は、刑事訴訟法248条で、起訴便宜主義として定められています。単にオービスで時速80キロ以上の超過の数字が出ている事実のみをもって機械的に公判を請求するのであれば,検察官が当該事案を処理する意味がありません。右起訴便宜主義の観点からしても,公判において罰金刑が予想される事例であれば,検察官において略式手続きを選択すべきです。

そのため,上記のように懲役刑により大きな不利益が生じることが明確に示せる場合には,検察官に対して、事前に十分に事情を説明することが必要になります。

実際に速度超過が時速80キロを超える事例で略式手続きを得るハードルは高いものがありますが,先例がないものではありません。まずは,ご自身の状況に即して,経験のある弁護士に相談してみることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

参照条文

(道路交通法)

(最高速度)

第二十二条(略) 車両は、道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を、その他の道路においては政令で定める最高速度をこえる速度で進行してはならない。

第百十八条(略) 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

一 第二十二条(最高速度)の規定の違反となるような行為をした者

(地方公務員法)

(欠格条項)

第十六条(略) 次の各号のいずれかに該当する者は、条例で定める場合を除くほか、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。

一 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者

(降任、免職、休職等)

第二十八条 職員が、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。

一 人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合

二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合

三 前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合

四 職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合

2 職員が、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、その意に反して、これを休職することができる。

一 心身の故障のため、長期の休養を要する場合

二 刑事事件に関し起訴された場合

3 職員の意に反する降任、免職、休職及び降給の手続及び効果は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、条例で定めなければならない。

4 職員は、第十六条各号(第二号を除く。)のいずれかに該当するに至つたときは、条例に特別の定めがある場合を除くほか、その職を失う。

(職員の退職手当に関する条例・東京都)

(懲戒免職等処分を受けた場合等の退職手当の支給制限)

第十七条 退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、事情(当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違に至つた経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響をいう。)を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

二 地方公務員法第二十八条第四項の規定による失職又はこれに準ずる退職をした者
※参考判例

(東京高裁令和2年10月16日判決)

4 しかしながら,本件は,個別具体的な事情を踏まえた罰金刑の選択が許容されない事案であるとまではいえない。そして,当審における事実取調べの結果を併せると,被告人は,令和2年1月の本件起訴に伴う休職処分により,給与が大幅に減額された状況にあったところ,原判決後も含め,このような状況が7か月以上続いており,自らが犯した速度違反が招いた結果とはいえ,一定程度の社会的制裁を受けたと評価できること,原判決後,被告人が,交通事故による被害者遺族の手記を読むなどして反省を深め,今後は運転免許を再取得せず,二度と運転をしないと固く誓っていることが認められる。加えて,所論が指摘するとおり,東京都a区職員の退職手当に関する条例(昭和35年4月1日東京都a区条例第11号)16条1項2号によれば,禁錮以上の刑の確定により被告人が失職した場合は,退職手当の全部又は一部が支給されない可能性があるところ,被告人の勤続年数が26年を超えていることを考えると,このような不利益の可能性も無視することはできない(なお,この点の事情は,原審の審理には現れていない。)。

以上によれば,現時点においては,原判決の量刑は,懲役刑を選択している点で重すぎる結果になったというべきである。

5 そこで,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して更に判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実に,原判決が挙示する法令を適用し,所定刑中罰金刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金10万円に処し,その罰金を完納することができないときは,刑法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。