明け渡し断行仮処分における占有者の主張

民事|行政|再開発|断行仮処分|民事保全法23条2項|仮の地位を定める仮処分|憲法上の問題点|憲法体系からの解釈

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

再開発手続きの区域内で店舗を運営しています。組合担当者から執拗に「借家権消滅希望申出書」の提出を求められましたが、納得できる退去条件が提示されませんでしたので拒否しておりました。再開発ビルは家賃が3倍になるので退去した方が良いなどと嘘を言われ、不審感が募りました。退去するにしても、転居費用や内装費を到底賄えない提示であり、不可能な要求に思えました。

そうこうしているうちに権利変換期日も過ぎて「明け渡し通知」というものが送られてきました。それでも拒否していたら、組合の代理人弁護士から内容証明郵便が来ました。電話してみましたが、「あなたの主張は法令に照らして通らないので応じられない。このままだと裁判所の断行仮処分で強制執行により来月末までに退去して頂く」と言われました。私は、店舗を移転して仮店舗を運営して戻ってくるまでの当然の費用を請求しているだけです。それなのに、一切話を聞いてもらえず、強制執行で来月立ち退きさせられてしまうなんて本当でしょうか。

回答:

1、我が国の憲法では裁判を受ける権利(日本国憲法32条)が保障されており、裁判手続きは3審制がとられているので、原告と被告が相互に主張立証を行い、書証原本の証拠調べや証人尋問などの厳格な証拠調べを経た上で裁判所の判断を得て、これが最終的に確定するまで、第一審に加えて控訴審と上告審のチェックを経て合計3回の裁判を受けることができる仕組みになっていますが、審理を尽くすために裁判手続きが確定して終結するまでに数年の時間を要することがあるのも実情です。そこで、再開発組合によっては、本裁判(正式裁判)を行うことなく、あるいは本裁判の提起と並行して、明け渡し断行仮処分を申し立てして、裁判確定を経ずに短期間での強制執行による明け渡しを志向してくることがあります。

2、建物明け渡し断行仮処分は、民事保全法23条2項に定められた「仮の地位を定める仮処分」の一形態で、本裁判の結論が出る前でも、仮の法的地位として明け渡しの強制執行を仮処分で命ずるという例外的な措置です。被保全権利の疎明と、保全の必要性の疎明が必要とされています。仮地位仮処分は、建物明け渡し断行などの重大な結果を伴うので、原則として申立人(債権者)と、相手方(債務者)の双方が裁判所に出頭して裁判官の前で主張立証(疎明)を行う双方審尋手続きが必要とされています(民事保全法23条4項)。保全手続きですから、通常数か月以内に結審する迅速な手続きとなります。

3、断行仮処分における「保全の必要性」は、通常の仮差押えなどの保全処分よりも厳格に運用されています。本邦も含めた近代法治国家では、裁判を受ける権利を実質化するために、厳格な証拠調べを経た証拠と事実認定に基づく確定判決による強制執行を求めることが原則であり、仮処分は、この手続きを経ていては手遅れになってしまうような例外事例のみ認められるのが原則です。具体的に言えば、占有を強暴により侵奪された被害者や、これと同視できる事由により占有を奪われた被害者、占有を奪われて当該建物が取り壊されそうになっている被害者、占有移転禁止仮処分を得たが債務者が仮処分命令に違反して第三者に占有を移転しようとしている場合、などです。断行仮処分は、奪われた占有を回復するための手続きであり、原則として新たな占有を設定するための手続きではありません。当然、裁判を省略するための手続きでもありません。再開発における組合が申立する断行仮処分は「建物を取り壊すための断行仮処分」であり、それまで一度も占有を取得したことのない再開発組合に新たな占有を設定し、その建物を取り壊してしまうという、極めて異例な手続きであると言わざるを得ません。再開発手続きに少しでも疑問や問題点がある場合は、証拠原本の証拠調べや証人尋問などの厳格な証拠調べを経た口頭弁論期日が必要ですから断行仮処分はできないという主張を行う必要があります。

4、関連事例集 その他事例集参照。

解説:

1、裁判を受ける権利・法の支配の理念

日本国憲法32条は、国民の裁判を受ける権利を保障しています。

日本国憲法 第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

これは、日本国憲法31条適正手続き保障と同じ趣旨を条文化しているものであり、近現代法治国家における「法の支配」の理念を具体化したものです。これは、人権保障を実質化できるような、民主制の過程を経て法制化された適正公平な法に基づいて、国の統治機構が運営されることが求められるとする理念です。

日本国憲法 第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

これは、中世封建絶対王政のもとで、「人の支配」に基づく独裁者による恣意的な専制統治、あるいは無政府状態における恣意的な自力救済により人々の人権が蹂躙されてきた歴史の反省に立ち、基本的人権の保障を全うするために、「法の支配」を実現するべく、その手続き保障を定めているものです。法の支配の理念については、こちらも参照下さい。

基本的人権の保障は、単に憲法や法律で人権規定を定めればそれで足りることではありません。人権が実質的に守られているか、国民全員による日々の陶冶、メンテナンスが欠かせないのです。人権の内容や実現方法について、日々のチェックと研鑚努力が必要なのです。この努力を怠ってしまえば、法令に書き込まれた人権保障は有名無実化してしまい、絵に描いた餅となってしまいます。立法府によってどのような法令を規定するのかだけでなく、行政府における法令の実際の運用状況も大切ですし、司法府においてどのように法令解釈適用されるのかも常に大事なことになります。国民の一人ひとりが、これらの国家作用に注意を払い、権利を実現するための努力を継続することが必要です。

勿論、最も利害関係の大きい権利侵害を受けた当事者である被害者自身に対して、被害を回復するための手続き手段が保証されていることが最も大切なことになります。警察に被害届を提出したり、裁判所に損害賠償請求を訴え出る手段が保障されていなければなりません。但し、これは「被害者」から見れば被害回復の行為となりますが、その請求を受ける逆の立場から見れば、それは根拠の無い「不当請求」の可能性があることになります。「原告」と「被告」の主張が相互に矛盾している場合には、どちらの主張を法的に認めるべきか、これは難しい問題となりますが、権力者による恣意的な判断を排除するために、近代法治国家では、「証拠に基づく」、「適正衡平な裁判手続き」により事実認定し、法令を適用し、国家作用として判決を確定させ、それに基づいて強制執行を行うという構造を採用しています。いわば、原告と被告がサッカーなどの競技者となりルールに基づいて双方の主張立証を戦わせ、資格試験や研修制度などにより能力担保のある適法適式に任命された裁判官がレフリー審判となって判定を下す構造となっています。レフリーがミスをしている場合は、上級審に抗議(控訴)することもできるのです。適正衡平な裁判手続きを実現するために、原告と裁判官が親戚関係にあるなど、衡平性に疑義を生ずる場合には裁判官の忌避(民事訴訟法第24条1項)や除斥や回避の制度が設けられていますし、裁判の公開(日本国憲法82条1項)や、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所の三審制も保障されています。裁判官だけでなく、裁判所書記官(民事訴訟法27条)、鑑定人、通訳人、仲裁人、審判官などについても忌避の制度があります。

従って、このように手続き保障されている民事本裁判の口頭弁論期日における証拠調べ手続きを経ずに占有状態の変更を決めてしまう「明け渡し断行仮処分」は、本来認められない例外手続きということになります。

2、判例紹介

実務上、明け渡し断行仮処分は、和解により終結することが多くなっていますが、どうしても和解成立しない時に、一部裁判例(判決ではなく決定)も発令されることがあり判例集に搭載されることがあります。債権者(断行仮処分申立人)に占有を引き渡せという決定もありますが、申し立てを却下した裁判例もいくつかあります。

大阪地裁平成12年6月9日決定 『債務者が事務所部分をN分会の組合事務所として使用していることは当事者間に争いがなく,これについては被保全権利(貸借契約終了に基づく返還請求権)及び保全の必要性の有無が問題となる。 ところで,本件のような終局判決と同じ内容の仮処分は,その性質上,被保全権利の存在が極めて確実であるのみならず,保全の必要性の点においても回復しがたい著しい損害を避けるため緊急かつやむを得ない場合に限り,容認すべきものであると考えられる。 そこで,以下では,さきに保全の必要性について検討することとする。 疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の全趣旨によれば,債権者は,平成11年4月28日,Sゴムに対して同年7月末日限り,Mビル5階ないし8階の賃貸借契約を解約する旨通告し,さらに,同年6月10日,解約日を同月11日とし,8階は引き続き賃借したい旨の申入れを行い,Sゴムもこれを承諾したこと,その後も現在まで債権者はSゴムに対し解約部分の明渡しをしていないこと,このため,Sゴムからは,債権者に対し,5階ないし7階の早期一括明渡しを求めるとともに,明渡しまでの賃料及び共益費相当額(平成11年8月分としての請求額は156万7618円である。なお平成10年6月時点では5階ないし7階の賃料及び共益費の合計は月額133万2900円であり,そのうち5階部分のみでは月額65万2950円と合意されていた。)の損害賠償を請求してきていること,さらに,Sゴムは,債権者従業員の建物占拠により空室の賃貸が困難になっており,また,入居者からも早急な対策を求められ,賃貸借契約解除の警告や賃料減額の請求を受けているなどとして,これらによって被る損害につき,債権者に賠償請求の予告をしてきていること,債務者の組合員の一部にはゼッケンを着用して組合事務所に出入りしている者がいること,支援団体の訪問がこれまでに2,3回程度あったこと,債務者は朝,組合事務所から宣伝活動のためのノボリや立て看板を持ち出し,夕刻,これを持ち帰っていること,夜間は組合員が組合事務所確保のため組合事務所に寝泊まりしていること,平成11年9月初旬まで廊下のエレベーターホールに債務者の組合要求を記載したビラが多数枚張られていたが,その後はビラの貼付はないこと,が一応認められる。 以上によれば,債権者は遅くとも平成11年7月末日限りでSゴムに対し本件建物の明渡義務を負っていることが認められ,債務者の組合事務所使用によってそれが履行できなくなっており,このため賃料相当損害金の支払を余儀なくされているというべきである。 しかしながら,債権者のSゴムへの明渡しに関しては,Mビル5階ないし7階の一括明渡しが不可欠で,そのために賃料相当損害金が債権者主張のように月額約160万円にも昇るものであるかについては疑問なしとしないし(債権者自身8階部分の賃借を継続しており,6階及び7階のみの一部明渡しでも一部弁済として有効と解する余地がある。),仮に,そのような額になるとしても,債務者の明渡遅延によって債権者に生じる賃料相当の損害は,建物明渡訴訟には通常生じるところの損害というべきであり,これを理由に保全の必要ありとするときは,殆どすべての明渡断行を求める仮処分に保全の必要が認められることになるが,それでは,未だ明渡義務の存否が確定しないうちから明渡しを余儀なくされる借主側の不利益と対比して著しく均衡を失することになりかねない。本件でも,審尋の全趣旨によれば,債務者は,債権者及び大阪証券取引所を相手方とし,賃金の一部カットや解雇撤回,団体交渉等を求め,大阪地方労働委員会に対し平成10年及び平成11年にそれぞれ不当労働行為救済申立をなし,これらの事件が現在係属中であること,債務者組合員らは債権者から解雇されて以来大阪証券取引所前での連日の座り込みや北浜周辺で宣伝活動などの組合活動を行っていることが一応認められ,これらの組合活動の拠点としてN分会の組合事務所の必要性は普段にもまして増大しており,その明渡断行を認めるときは,債務者から右のような組合活動の拠点を奪うことになり,ひいては債務者の団結権に重大な影響を及ぼすものと解され,債務者の被る不利益は大きいというべきである。これに関して,債権者は,債務者が本部の組合事務所を有しており,本件事務所明渡しによって組合活動に支障を生じるものではないとも主張しており,審尋の全趣旨によれば,債務者が取引所分会と共用している本部事務所を有していることが一応認められるものの,同事務所では,当然のことながら本部として及び取引所分会としての組合活動が行われており,N分会が必要に応じて随時分会としての組合活動を行えるものではなく,本部事務所がN分会事務所に代わり得るものとは考えられない。 したがって,賃料相当の損害が生じるということのみで明渡断行の仮処分の必要性があるとするのは相当でない。』

この判例は、解散決議をして廃業し清算中である債権者が、労働組合に便宜供与として使用させていた組合事務所の貸借契約が終了したのに債務者が建物を不法に占拠していると主張して、その明渡しの断行を求めた事案でしたが、地位保全仮処分の要件について、「本件のような終局判決と同じ内容の仮処分は,その性質上,被保全権利の存在が極めて確実であるのみならず,保全の必要性の点においても回復しがたい著しい損害を避けるため緊急かつやむを得ない場合に限り,容認すべきものであると考えられる。」という要件解釈を行い、保全の必要性については、債権者と債務者の双方の建物占有の必要性を相互に検討し、債権者には廃業したのに賃料相当額の損害金を支払い続けなければならない不利益が存在するのに対し、債務者は廃業に伴う賃金の一部カットや解雇に対して撤回を求める団体交渉を行い、地方労働局に不当労働行為救済申し立てをするなどの組合活動を行っている最中であり、債務者から右のような組合活動の拠点を奪うことになり、ひいては債務者の団結権に重大な影響を及ぼすものと解され、債務者の被る不利益は大きいというべきである、と判示しました。これは、会社側の賃料相当額の経済的負担と、労働者側の生存権を比較衡量したものと考えられ、債務者側の損害が大きいとした判断は妥当なものです。

この判例で、「債務者の明渡遅延によって債権者に生じる賃料相当の損害は,建物明渡訴訟には通常生じるところの損害というべきであり,これを理由に保全の必要ありとするときは,殆どすべての明渡断行を求める仮処分に保全の必要が認められることになるが,それでは,未だ明渡義務の存否が確定しないうちから明渡しを余儀なくされる借主側の不利益と対比して著しく均衡を失することになりかねない。」と判示した部分は、賃貸契約解除後のあらゆる明渡し請求事件で考慮すべき重要な法律解釈です。地位保全仮処分には、通常の損害を回避するためには用いることができる、特別の著しい損害を避けるための手続きであることが宣言されています。

大阪地裁令和2年9月23日決定

『(1) 債権者は,仮処分命令が発令されないことにより債権者に著しい損害が生じるとして,具体的には,①債権者は,直ちに本件建物の仮の引渡しを受けなければ,本件建物や設備機器類等の保守管理ができず,仮に本案訴訟に勝訴しても,これらの修理や買替え等により多額の損害が生じる,②債務者が,債権者を誹謗中傷する発言を繰り返しており,本件建物の仮の引渡しが認められなければ,債権者は本件店舗を経営することができず,債務者により大きく毀損された債権者のブランドイメージを回復させる機会を与えられないまま,債務者から一方的にブランドイメージを毀損する誹謗中傷を受け続けることになる,③本案審理を待っていては,多額の逸失利益(本件店舗を24時間営業することにより得べかりし利益及び仮に債権者との土地賃貸借契約が解除された場合には商圏喪失により失われる利益)が生じ,債務者から回収することはできないなどと主張する。

ア ①について

債務者は,現在本件店舗での営業を休止しており,本件建物や設備機器類等を毀損するなど不適切に扱っていることを認めるに足りる的確な疎明は認められない。また,本案審理を待っていては,修理や買替えを必要とする程度に本件建物や設備機器類が劣化すること,ひいてはその費用が後日の金銭賠償では賄えないほどに著しく多額に上るということについて,これらを認めるに足りる的確な疎明も認められない。

イ ②について

仮に債権者が主張するとおり,債務者が債権者を誹謗中傷し,債権者のブランドイメージが毀損されているとしても,それは本件建物の引渡しや本件店舗の営業再開とは次元を異にする問題であって,直ちに仮の引渡しを認めるべき保全の必要性に結びつくものとはいえない。

ウ ③について

(ア) まず,本件店舗を営業できないことによる逸失利益の点についてみると,目的不動産の使用収益ができないことにより逸失利益が生じることはこの種事案一般に生じる問題であり,債権者が日本国内で2万1000店ものコンビニエンスストアを事業展開していること(前記前提事実(1)ア)をも併せ考慮すると,この点をもって直ちに仮の引渡しを認めるべき保全の必要性を基礎付けるとはいえない。

(イ) 次に,商圏喪失による逸失利益の点についてみると,債権者は,賃貸人との土地賃貸借契約において,本件土地を専らコンビニエンスストア事業の用に供する建物を所有するため使用するものとし,居住の用に供する建物を建築してはならない(第2条),賃貸人の書面による承諾を受けないで,本件土地の使用目的を変更し,又は第三者に賃借権を譲渡してはならない(第14条)等の義務を負っている(甲7,8)が,債務者が本件建物を退去しないことをもって,直ちに債権者が上記土地賃貸借契約に違背したと評価することはできない。また,そもそも賃貸人が上記賃貸借契約を有効に解除できることについて疎明がされているとはいえない上,賃貸人代表者の陳述書(甲51)の内容に照らしても,上記賃貸借契約が解除される現実的な危険が生じているとの疎明がされているとはいえない。そうすると,現時点において,債権者が主張するような商圏喪失による逸失利益が生じる蓋然性が高いとまで認めることはできない。

エ 小括

(ア) 以上のとおりであって,第1事件の保全の必要性に係る債権者の上記①ないし③の各主張はいずれも採用できず,仮の引渡しが認められないことにより債権者に著しい損害が生じるということはできない。

(イ) なお,債権者は,仮処分命令が発令されたとしても,債務者に損害が生じることはない旨指摘する。

確かに,債務者は現在本件店舗での営業をしておらず,債権者が商品の供給等をしない以上,現時点において,今後も債務者において本件店舗での営業を再開できる見込みは乏しいのであり,債務者において本件建物を使用する必要性は低いといえる。しかしながら,債権者に対する仮の引渡しがされ,いったん債権者又は第三者が本件店舗での営業を再開してしまうと,仮に本案訴訟で債務者が勝訴しても,債務者が再び本件店舗で営業をすることが事実上困難になる可能性があることは否定し得ないのであるから,仮の引渡しがされることによって債務者に損害が生じないということはできない。したがって,債権者の上記主張は採用できない。

(ウ) また,債権者は,上記のほかにも第1事件に係る保全の必要性について縷々主張している(前記第4の5[債権者の主張])が,これらの点を十分に考慮したとしても,上記の認定判断を左右するものとはいえない。

(2) 以上によれば,第1事件に係る保全の必要性があるとは認められない。』

この判例は、建物賃貸契約を含むコンビニエンスストアのフランチャイズ契約が解除されたことを理由として、従前加盟店である債務者が本件建物の占有権原を喪失したにもかかわらず占有していると主張して、本件建物の所有権に基づく建物引渡請求権を被保全権利として、本件建物を仮に引き渡すことを申し立てた(第1事件)ところ、従前加盟店が契約解除は無効であるとしてフランチャイズ契約上の地位にあることを仮処分で求めた(第2事件)でした。

この判例では、民事保全法23条2項の「著しい損害」として、①債権者は,直ちに本件建物の仮の引渡しを受けなければ,本件建物や設備機器類等の保守管理ができず,仮に本案訴訟に勝訴しても,これらの修理や買替え等により多額の損害が生じる,②債務者が,債権者を誹謗中傷する発言を繰り返しており,本件建物の仮の引渡しが認められなければ,債権者は本件店舗を経営することができず,債務者により大きく毀損された債権者のブランドイメージを回復させる機会を与えられないまま,債務者から一方的にブランドイメージを毀損する誹謗中傷を受け続けることになる,③本案審理を待っていては,多額の逸失利益(本件店舗を24時間営業することにより得べかりし利益及び仮に債権者との土地賃貸借契約が解除された場合には商圏喪失により失われる利益)が生じ,債務者から回収することはできないなどと主張し、更に、債務者が現に本件店舗の営業をしておらず、仮処分命令が発令されても債務者に損害が生じることは無いと主張していました。いわば、「必要性」に加えて、「許容性」も主張した事案でした。この「許容性」は法23条2項の法律要件とはなっていませんが、必要性を補強する主張として行われたものであり、裁判所も判断が必要であるとして検討を加えています。

この判例では、債権者側の、①建物が毀損して保守管理費用が増大するという主張については疎明が無いと判示し、②債務者の誹謗中傷によりブランドイメージが低下しているという主張については、「本件建物の引渡しや本件店舗の営業再開とは次元を異にする問題であって,直ちに仮の引渡しを認めるべき保全の必要性に結びつくものとはいえない」と判示し、③逸失利益については、当該店舗の逸失利益は店舗を営業できないことによる通常の損害であると判示し、また、商圏喪失による逸失利益の点でも現在の建物占有状況が土地賃貸人との借地契約解除に繋がることまでは疎明されていないと判示しました。

この判例を見ると、仮の地位を定める仮処分における債権者の著しい損害の立証は極めてハードルが高いことが分かります。

債務者側の事情としては、「債権者に対する仮の引渡しがされ,いったん債権者又は第三者が本件店舗での営業を再開してしまうと,仮に本案訴訟で債務者が勝訴しても,債務者が再び本件店舗で営業をすることが事実上困難になる可能性があることは否定し得ない」として、債務者の損害も大きい旨を判示しています。

大阪地裁令和2年12月1日決定

『 本件事案の内容,性質,当事者の主張内容等に鑑みて,本件については,被保全権利の有無に関する判断(争点2,3)に先立ち,保全の必要性(争点4)から検討することとする。

(1)本件建物建替計画の遅れの点について

ア 上記認定事実(1)(西成特区構想に関する事実経過)によれば,本件建物の建替えは,耐震性に問題がある建物の処遇という観点のみならず,本件地域に存在する多様な問題を解決するための特区構想の中心的な施策の一つとして高い公益性を有する事業であるということができるところ,債務者らによる本件土地占有は,本件建物の建替計画の遂行につき一定の支障になっていると認められる。

イ しかしながら,〔1〕少なくとも本件建物内に存在した各施設については,既に本移転又は仮移転を完了ないし近々予定しており(認定事実(3)),その機能を維持していること,〔2〕本件建物解体工事の実施時期については,まちづくり会議において提案,了承された後も,度々変更が加えられてきたこと(認定事実(1)ウ),〔3〕新労働施設の建設に関しては,同施設の供用開始時期を令和7年度(2025年度)とする部分は確定しつつあったものの,同年度に供用を開始しなければならないという個別具体的な必要性については,明確な根拠等があったとはいえないこと,〔4〕新労働施設については,本件敷地内南側に新設するという大まかな方針(利用イメージ案。甲19の〔2〕)は示されたものの,その内容は,概略的なものにとどまっており(甲19の〔2〕の図参照),同施設自体の規模や機能といった基本的な計画さえも未だ定まっていないこと(認定事実(1)ウ(サ)),〔5〕本件敷地全体については,利用イメージ案が示されているにすぎず,個々具体的な利用計画に関しては,未だまちづくり会議において検討の基礎とされる案が行政機関からも示されていない段階にあること,〔6〕本件建物の解体工事についてみても,事業契約請求が既にされたことを認めるに足りる的確な疎明はなく,工事業者の入札時期や工事金額が決定したことを認めるに足りる的確な疎明資料も認められないこと,〔7〕その結果,同工事費用に関する予算措置も今後の大阪市議会に委ねられていること,〔8〕大阪市は,解体工事期間につき2年間を想定しているものの,同年数が必要であることを根拠付ける具体的な根拠に関する疎明は認められないこと,以上の点からすると,債権者がその遅れを懸念する本件建物の建替計画については,それ自体が将来にわたる不確定要素を多く含むものといわざるを得ない。そうすると,本件本案訴訟の結果を待つことにより本件建物の立替計画の実施時期に変更が加えられたとして,債権者において,具体的に,どのような損害が生じるのかという点について,十分に疎明されているとは言い難い。

(2)まちづくり会議等の参加団体と債権者との間の信頼関係の毀損及びこれによる本件地域再開発への影響の点について

債権者は,前記第2の4(4)(債権者の主張)イ記載の点を挙げて,保全の必要性がある旨主張する。

しかしながら,上記認定事実(1)で認定説示した会議の経過やその内容等に鑑みると,そもそも,まちづくり会議の参加団体等と債権者との間の信頼関係なるものは,極めて抽象的かつ主観的なものにすぎないといわざるを得ない。また,仮に,債権者主張に係る信頼関係を観念できるとしても,〔1〕上記(1)で認定説示したとおり,本件建物の建替計画それ自体について,未だ不確定要素が多く含まれていること,〔2〕これまでも,会議を開催するたびに,スケジュールが度々変更されてきたこと,〔3〕まちづくり会議の委員の中には,本件建物の解体工事に伴う野宿生活者の排除について懸念を示す者もいたこと(認定事実(1)ウ(サ)),以上の点が認められ,これらの点に,債権者は,計画実現に向け,債務者らによる本件土地占有を排除すべく本件本案訴訟を提起していること(前提事実(4)イ)をも併せ鑑みれば,債務者らによる本件土地占有及び本件本案訴訟の帰趨といった要因により再びスケジュールが変更されることがあったとしても,直ちに上記信頼関係に悪影響が及ぶとは考え難い。そうすると,債権者の上記主張は,採用することができない。

(3)本件土地管理上の問題の点について

債権者は,前記第2の4(4)(債権者の主張)ウ記載の点を挙げて,保全の必要性がある旨主張する。

確かに,上記2(5)で認定した事実によれば,債務者らが本件土地を占有していることと,本件土地上に可燃物と思しきものが置かれていることには相関関係があるということができ,可燃物が置かれているが故に,火災が発生したとも考え得る。

しかしながら,上記火災はいずれも早期に消火されるなどして小規模にとどまっていること,防犯カメラについても,少なくとも現時点ではその機能に支障が生じているとまではうかがわれないこと,以上の点からすると,債務者らの本件土地占有により,同土地の管理上一定の問題が生じているという点を踏まえたとしても,その程度が重大であるとまでいうことはできず,これにより債権者に著しい損害又は急迫の危険が存在するとは認められない。

(4)本件建物の耐震性の点について

債権者は,前記第2の4(4)(債権者の主張)ア記載の点を挙げて,保全の必要性がある旨主張する。

ア 確かに,上記認定事実(2)によれば,本件建物の耐震性には問題があり,震度6以上の地震が発生した場合には崩壊又は倒壊するおそれが高いということができること,大阪府内において震度6以上の地震が発生する可能性も否定し難いこと,以上の点が認められる。

イ しかしながら,〔1〕本件建物の耐震性に問題があるとの指摘は,平成20年度になされていたところ,それにもかかわらず,債権者及び大阪市は,本件建物について,その後10年以上も補修を重ねながら利用を継続してきたこと,〔2〕令和2年12月に終了予定であるとはいえ,同建物内において本件医療施設が稼働している状態にあること,以上の点が認められ,これらの点に,〔3〕前記前提事実(4)で認定したとおり,債権者は,令和2年1月に本件土地につき債務者らの一部を債務者として別件占有移転禁止仮処分決定を得た上,同年3月に大阪府議会において,本件本案訴訟の提起に関する承認を得て,同年4月に別件占有移転禁止仮処分決定が執行された債務者らを被告として本件本案訴訟を提起し,その後,同年7月に至って,本件申立てを行っているところ,これらの経緯や各種会議における議論内容等からすると,債権者として,本件建物の建替え等に当たって,本件建物の耐震性を喫緊の課題であると認識していたとはうかがわれない。以上の点に鑑みると,本件に関する保全の必要性を検討するに当たって,本件建物の耐震性の点を殊更重視するのは相当とはいえず,少なくとも本件建物の耐震性の点をもって,本件本案訴訟の結果を待っていては債権者の目的達成のために不十分であり,債権者に著しい損害又は急迫の危険が生じているとまでは認められない。

(5)債務者らに係る不利益の点について

債権者は,前記第2の4(4)(債権者の主張)エにおいて,本件土地を仮に明け渡すことにより発生する債務者らの不利益はほとんどない旨主張する。

ア 確かに,債務者らは,債務者らによる本件土地占有の正当性について縷々主張するものの(前記第2の4(2)(3)における各債務者の主張),一件記録を精査しても,債務者らに本件土地を占有する権原があるとか,債権者による明渡請求が権利濫用等に該当することを認めるに足りる的確な疎明がなされているとはいえない。また,大阪市等の行政機関が,野宿生活者に対し,生活相談会を実施し生活保護の受給を促すなど一定の配慮を行ってきたこと(認定事実(6))を考え合わせると,本件において,債務者らの本件土地占有を保護すべき個別具体的な事情があると認め難い。

イ しかしながら,そのような債務者らの状況等を前提にしたとしても,上記(1)ないし(4)で認定説示した点(本件申立てに係る保全の必要性に関する問題点)を総合的に勘案すると,本件本案訴訟の結果を待つことによる著しい損害等が債権者に生じているとまでは認められず,この点をもって,本件における保全の必要性があるとはいえない。

なお,債権者は,前記第2の4(4)(債権者の主張)エにおいて,債務者らが,暴力的に奪取して占有を開始した点を挙げているところ,債務者の中には,いささか乱暴な態様による占有開始の事実がうかがわれるものの,債権者が主張するような暴力的な占有奪取とまでいえる事実があったとまでは認められず,債権者の上記主張は,上記認定説示した点を覆すには足りない。

(6)小括

以上のとおり,本件建物建替計画に関しては,現時点においてもなお,未確定な部分が多く(上記3(1)),また,債務者らによる本件土地占有及び本件本案訴訟の帰趨によって債権者等が立案した計画が変更されることがあったとしても,まちづくり会議等の参加団体と債権者等との信頼関係に悪影響が及ぶとは考え難いのであって(上記3(2)),これらの点に,本件申立てに至る経緯(前提事実(4)記載の本件に関連する裁判等の手続)を併せ鑑みると,本件土地管理上の問題(上記3(3))のほか,本件建物の耐震性の点(上記3(4))や債務者らの不利益の点(上記3(5))を考慮したとしても、本件本案訴訟の結果を待っていては債権者の目的達成のために不十分であり,債権者に著しい損害又は急迫の危険が生じるなど,本件申立てに係る保全の必要性があるとは認められない。』

この判例は、地方自治体が申立人債権者となり、労働福祉センターに占有居住している野宿生活者(いわゆるホームレス居住者)や労働組合員に対して、労働福祉センターの建て替え計画に支障があるとして行政が明け渡し断行仮処分を求めた事件でしたが、①労働施設は既に仮移転ないし本移転しており行政機能に具体的支障はないこと、②行政諮問機関である「まちづくり会議」でもホームレス即時退去に懸念を示す意見があったこと、③小規模ボヤが発生したことがあるが施設管理上急迫の危険とは言えないこと、④耐震性に本案訴訟を待つことができないほどの急迫の問題はみられないこと、⑤債務者の占有取得は暴力的占有奪取とまでは言えないことなどを認定して、仮処分を却下しました。債権者に何らかの保全の必要性が認められるとしても、それが債務者の裁判を受ける権利を制限してまで認められる必要性かどうかを厳格に判断した事案でした。ちなみに、この事件では1年後の令和3年12月2日に大阪地裁で本案判決で占有者に対する明け渡し認容判決が言い渡されましたが、一審判決時点での「仮執行宣言」は認めませんでした。占有者側は控訴審に申し立てしており、明け渡しが実現しないまま、なお審理が続いています。これが本来の裁判手続きであるとも言えます。

平成29年4月27日 京都地方裁判所決定 暴力団組事務所使用禁止等仮処分命令申立

『A会内部での抗争が続いている状況下では,A会の暴力団組事務所として使用されている本件事務所周辺で抗争事件が発生する可能性は高い。そのような事態になれば,本件事務所の周辺にある本件施設の利用者や職員の生命身体に危険を及ぼすという取り返しのつかない結果が生じる可能性がある。また,抗争事件の発生に至らなくても,債権者はいつ抗争事件が発生するとも限らない状況のもとで,施設の利用者への対応や施設の利用制限をするなど平穏にその業務を遂行する権利を害され続けることになるのであるから,仮処分により,本件事務所を暴力団組事務所等として使用することの差止めを求める必要性は極めて高いというべきである。したがって,保全の必要性も認められる。』

これは、「暴力団対策法」32条の5第1項により国家公安委員会の認定を受けた都道府県暴力追放運動推進センターである債権者が,暴力団組事務所の付近に居住する委託者から委託を受けて,同法32条の4第1項に基づき,本件委託者らのために,本件建物が指定暴力団六代目A会の下部組織であるB会の事務所として使用されていることにより,本件委託者らの平穏に生活する権利が侵害されていると主張して,人格権(妨害排除請求権)に基づき,同会会長である債務者に対して,本件建物を同会その他の指定暴力団の事務所等として使用することの禁止等の仮処分を求めた事案です。暴力団組事務所であれば、日常的に拳銃やナイフなどを使った暴力団の抗争現場となる恐れがありますし、近隣住民の差し迫った生命身体の危険があることから使用差し止めの仮処分が認容された事案でした。「流れ弾」に当たって近隣住民が亡くなってしまったら「取り返しの付かないことになる」というのが、保全の必要性を満たす事情になります。断行仮処分では常にこの、「取り返しがつかないことになってしまうかどうか」という観点で考えることが必要です。

3、保全の必要性に関する占有者の主張

(事前のお断り)本項の主張は、過去の裁判例で裁判所に採用されたものではありません。新銀座法律事務所の弁護士が法律構成した独自の法的主張方法を御参考にして頂くものとなります。実際の裁判手続きはケースバイケースになりますので、これを援用して実際の手続きで主張なさったとしても必ずしも裁判所の理解が得られるかどうかは個別具体的な検討を経ないと分かりません。代理人弁護士を依頼せずに主張することは極めて困難だと思われますので、代理人弁護士を依頼なさった上で、依頼されている弁護士さんと良く相談なさった上で御主張なさって下さい(以下、「である調」となりますが、御了承下さい。)。

(1)民事保全法23条2項と旧民訴法760条

仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条2項)発令に必要な「保全の必要性」について論じる。

民事保全法23条2項 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

これは、平成3年に改正された旧民事訴訟法760条の規定を引き継いで制定されたものである。

第七百六十条 仮処分ハ争アル権利関係ニ付キ仮ノ地位ヲ定ムル為ニモ亦之ヲ為スコトヲ得但其処分ハ殊ニ継続スル権利関係ニ付キ著シキ損害ヲ避ケ若クハ急迫ナル強暴ヲ防ク為メ又ハ其他ノ理由ニ因リ之ヲ必要トスルトキニ限ル

ここで、「継続スル権利関係」を保護するというのは、「保全で権利義務を変更するつもりはない」「裁判を代替するものではない」という当然の法理を明確に宣言していたものである。これは民事保全手続きの性質上当然のことを条文化していたものである。つまり、国民の裁判を受ける権利を当然の前提として、裁判をきちんとやるためにはどうしたらよいか、裁判を実効あらしめるためにどうするべきか、ということがここで規定されていたのである。

裁判を受ける権利が無に帰してしまうような緊急事態を回避するために、通常の仮差押え、処分禁止仮処分、占有移転禁止仮処分に加えて、仮の地位を定める仮処分の手続きが規定されていたのである。これは、基本的人権保障を実現するための、法の支配を具現化した規定であり、民事保全手続きの本質にかかわることであるから、日本国憲法の財産権保障や裁判を受ける権利が変更されていない以上、当然に現行民事保全法23条2項においても妥当するものである。

また、地位保全仮処分が旧民事訴訟法760条に規定されていたのは、保全処分も民事訴訟手続きの「一部」だったからであると理解することができる。平成3年に「民事保全法」が施行されて、民事訴訟と保全手続きは別の手続きのような誤解を生じる者も居るかもしれないが、本来は、一つの法律で規定される一つの手続きだったのである。つまり、本件の明渡し請求手続きであれば、明け渡し請求訴訟という本案手続きがあり、本案訴訟を遂行することを当然の前提として、この原告が勝訴判決を得ても実質的に意味が無くなってしまうような緊急事態を阻止するために、地位保全仮処分として、断行仮処分が観念されうることになるのである。

これは決して本案訴訟を省略するための手続きでは無かった。従って、組合が既に建物の占有を取得しているのに、これを第三者が強奪したような場合とか、本件のように占有移転禁止仮処分が発令されているのに、債務者がこれに違反して第三者に占有を移転しようとしているような場合に「のみ」、明け渡し断行仮処分を観念することができるものである。

明け渡し断行仮処分は、明け渡し請求権を「保全」するためのものであるから、明け渡し請求権の実現が危機に瀕しているかどうかを考えれば適用できる場面かどうかを理解することができる。

このように考えると、債権者が債務者に占有を奪われて、債務者がまさに建物を取り壊そうとしているような場合に、明け渡し請求権を保全するための明渡し断行仮処分の申し立てということが観念され得ることになる。明け渡し断行仮処分は本来、建物の取り壊しを防止するための手続きであって、建物の取り壊しを行うために使うことは出来ないものであり、これを建物の取り壊しをするために適用することは本末転倒であり、背理に他ならない。

通常の賃借人だと思って貸渡した居室が、暴力団事務所に使われてしまったり、違法風俗店に使われてしまっているような場合も同様である。暴力団や、違法風俗店の占有が一日一日と継続すればするほど、家主が継続してきた平穏な賃貸不動産の居室という権利関係が危機に瀕することになるのであり、まさに、明け渡し請求権を保全するために、明け渡しの断行仮処分が必要な事例と理解することができる。

(2)建物明け渡し断行仮処分(仮の地位を定める仮処分)は保全命令であるから、「新たな占有を設定する仮処分」は法が本来予定していないことである。

保全命令は,本案訴訟を前提として,原告が本案勝訴判決を受けた時に,その執行に支障が生じないように予め必要な措置を取る手続き,保全措置である。原告が勝訴判決を得ても,強制執行を経ることが不可能となってしまうような特別の懸念を生じているような場合に,裁判手続きを経ることを前提として,裁判勝訴後の執行に差し支えない様に,必要最低限度の保全措置を認めているものである。それは,被告の責任財産の仮差押えであったり,被告占有物の占有移転禁止の仮処分であったりするのである。これは,憲法32条裁判を受ける権利がある以上,例外的処置である(本案判決がない限り、相手方の権利を制限する保全措置もできないのが原則である。)。

従って,建物の占有権の存否が問題となっている場合に,一度も占有権を取得したことのない再開発組合が,断行仮処分により建物占有を取得し,建物を取り壊して,再開発ビルを建築するということは,「保全手続き」の範囲を逸脱した,違法,不可能な手段を求めていることになるのである。保全手続きによって新たな占有を設定するということは,法が本来予定していないことである。通常の裁判手続きによらなければならない。建物の占有権についての権利義務の存否を確定させ、建物を取り壊そうとするのであれば本案審理を経ることが必要不可欠である。

断行の仮処分で,本案訴訟前に債権者に占有を取得させるのは,例えば,債権者が従来占有を所持していたのに,債務者に一時的に占有を奪われ,債務者が今にも建物を取り壊そうとしているような急迫緊急事態に,保全措置として仮処分を申し立てて,債権者の占有を回復させ,取り壊しを阻止した上で,本案訴訟において占有権の存否を法的に確定させるためである。つまり,保全命令である建物明け渡し断行仮処分は,原則として建物の取り壊し等(違法状態を強固にして債権者の占有排除を確固たるものにする行為)を阻止するための手続きなのである。

債権者が建物の取り壊しを目的とする断行仮処分を主張するのであれば,上記法原則の例外が存在することを法体系内における位置づけも含めて要件効果を全て提示する必要がある。

(3)裁判なしで新たな占有を設定できる旨を定めた他の法令規定と都市再開発法96条1項との違いからも保全の必要性は認められない。

都市再開発法96条1項が組合に対して認めている明け渡し請求権は、文字通り請求権としての占有者に対する明け渡しを求める権利であり、裁判なしで明け渡しの実現を規定するものではない。裁判なしで明け渡しを実現できる旨の他の法令との対比を見ても、一度も建物の占有権を取得したことのない組合が民事保全法23条2項を根拠として明け渡しを実現できないことは明白である。

まず、行政庁が確定判決などの裁判手続きを経ずに直接自己の実力により明け渡しを実現できる行政代執行法2条を引用する。これは道路にはみ出したり、容積率違反で耐震強度不足など、建築基準法違反の建物を強制撤去する場合などに適用される条文である。近隣住民の生活の安全などが脅かされているなどの格別の事情がある場合などに、行政庁は所定の手続きを踏んだ上で裁判手続きを経ずに実力により違法建築の撤去を行うこともできるのである。

行政代執行法第2条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下 同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為 (他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行し ない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不 履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、 自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用 を義務者から徴収することができる。

これは、行政庁が行政目的を実現するために裁判手続き(確定判決)を経ずに現実に直接に動くことができる旨の規定であって、行政庁の「請求権」を定めたものではない。警察官が裁判手続きを経ずに刑事犯人を現行犯逮捕するのと同じことである。

都市再開発法でも、98条2項で行政代執行法の援用ができる旨規定されており、今回の手続きでこれが選択されていない以上、他の法令を適用しても裁判なしの明け渡しはできないものと解するほか無い。今回の手続きで行政庁が行政代執行を選択していないのは、本件再開発事業が民間主導の第一種市街地再開発事業であり、本件の債権者と債務者の争いは、区域内権利者と参加組合員、また、区域内権利者同士の民間同士のゼロサムゲームの争いに過ぎない側面が否定できないからである。行政代執行は営利目的を実現するために適用できる条文ではないからである。本件市街地再開発事業が純然たる行政目的を実現するための行政事業ではなく、参加組合員が保留床を格安で大量に取得して莫大な収益を上げるための営利事業であることを行政庁も良く理解しているから、行政代執行手続きには移行させていないのである。

次に、不動産競売の競落人が占有者からの引き渡しを簡易に実現できる民事執行法83条1項を引用する。

民事執行法83条1項(引渡命令)執行裁判所は、代金を納付した買受人の申立 てにより、債務者又は不動産の占有者に対し、不動産を買受人に引き渡すべき旨 を命ずることができる。ただし、事件の記録上買受人に対抗することができる権 原により占有していると認められる者に対しては、この限りでない。

これは競売不動産の占有者に対して裁判所が買受人への引き渡しを命ずる規定であり、執行官による現実の執行ができる旨を規定しているものである。買受人の「引き渡し請求権」を定めたものでは無い。法は、現実の引き渡しを実現すべきときには、このような定め方をするのであって、都市再開発法96条1項のような請求権の定め方とは根本的に異なる形を取ることになるのである。

そもそも、民事執行法83条1項の前提となる不動産の強制競売は、不動産登記名義人(所有権者)の印鑑証明つきの担保権設定登記申請や、不動産登記名義人に対する確定給付判決等の債務名義取得を端緒として手続きが進行するものであり、競落後の買受人に対する建物の引き渡しは、一番最初の抵当権設定登記や、債務名義取得の瞬間から最終的に権利を実現するまでの一連の流れの最終局面を規定しているに過ぎないと見ることもできる。つまり、この規定は、何の前触れもなく突然に裁判なしで建物の引き渡しを認めている条文ではなく、裁判を受ける権利を一時制限しても守るべき権利がある場合の緊急規定として定められたものでもなく、債務者の処分行為や裁判所の確定判決を前提としてこれを実現するための手続き規定に過ぎないのである。実体法上の権利を定めこれを裁判なしで実現できる旨を規定したものではない。勿論、今回の都再法の明け渡し請求に、これら同様の処分行為や裁判手続きは存在していないのである。

ここで再度、都市再開発法96条1項の請求権を引用する。

都市再開発法96条1項(土地の明渡し)施行者は、権利変換期日後第一種市街 地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土 地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求める ことができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占 有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第 一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。

これは、民法等に無数に規定された通常の「請求権」と何ら変わることの無い規定であることは明白である。これは、再開発組合に実体法上の請求権を与えた規定である。実体法の権利を実現するには、確定判決を経て 民事執行手続きを経るのは当然のことである。その本案執行に支障を生ずる恐れがある場合は、占有移転禁止仮処分などを申し立てれば良いのであり、それ以外の保全措置は手続きは不要なのであり、保全の目的を逸脱するために行うこともできない。

(4)法の支配の大原則から自力救済は禁止され、裁判を受ける権利の保障が必要である

そもそも,本件断行仮処分手続きには,占有移転禁止仮処分が先行しており,これが発令および執行され,これに債務者が従っている状態が継続しているのだから,債権者に正当な権利があるのであれば本案手続きの勝訴判決を経由して債権者が占有を取得できる条件は確保されている。本主張書面に記載している論点について債務者の裁判を受ける権利を奪ってまで明け渡しを断行する必要性は存在しない。

現行民事保全法23条2項「仮の地位を定める仮処分命令は,争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。」という要件は,

平成3年改正旧民事訴訟法760条「仮処分ハ争アル権利関係ニ付キ仮ノ地位ヲ定ムル為ニモ亦之ヲ為スコトヲ得但其処分ハ殊ニ継続スル権利関係ニ付キ著シキ損害ヲ避ケ若クハ急迫ナル強暴ヲ防ク為メ又ハ其他ノ理由ニ因リ之ヲ必要トスルトキニ限ル」という条文が整理・改正されたものであり,

仮の地位を定める仮処分は,継続した権利関係を保護するために例外的に用いることができる手続きであり,現行民事保全法23条2項においても,実質的何ら異なるところは無い。それは,旧民訴の時代から一貫して日本国憲法32条「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」が改正されていないからである。裁判を受ける権利についての法規範の基本に何ら変わるところは無い。それは法治国家の根本規範だからである。

例えば,給与で生計を立てている従業員が不当解雇を受けてしまい,給与の支払いが停止され,住宅ローンの支払いが滞納し,家を追い出されて,食費も賄えず,一家離散して餓死してしまうようなことになってしまえば取り返しがつかないことになってしまうので,法は正義を維持するために仮の地位を定める仮処分の手続きを整備して給与仮払いの道を拓いているのである。また,不動産賃貸業オーナーが,通常の事業会社に対して不動産を賃貸したと思ったら,入居申し込み手続きに虚偽説明などがあり当該賃借人は,暴力団事務所であったり,違法な風俗営業テナントであることが判明してしまったような場合には,継続した平穏な占有という事実状態が不法に奪われてしまったのであり,時間が経てば経つほど,従来の平穏な建物使用状態を回復することが不可能になってしまうために,一刻も早く仮の地位を定める仮処分の申し立てをして,建物明け渡しの断行仮処分を命じて貰い正義を維持できる道を拓いているのである。この手続きは原則として,新たな占有を設定するために用いられる手続きではないのである。新たな占有権限の設定は,通常一般訴訟手続きによってしか実現することはできない。これは法の支配の原理から当然の結論である。

仮の地位を定める仮処分が財産保全などの通常の保全命令の例外であるから,新たな占有を設定する断行仮処分は,例外中の例外ということになる。この法規範は,大阪地裁平成12年6月9日決定,大阪地裁令和2年9月23日決定,大阪地裁令和2年12月1日決定を見ても明らかである。

本件では,〇〇年以上にわたって継続して当該建物を賃借して〇〇営業してきたのは債務者の側であり,虚偽説明を受けて不当に占有を奪われようとしているのも債務者の側なのである。本件断行仮処分が発令され,債務者が強制的に退去させられ,閉店させられ,建物が取り壊されてしまったら,前記の雇人の餓死のように,店舗の営業の死を意味することになり,債務者は取り返しのつかない損害を受けることになる。本件断行仮処分は,本来の債権者と債務者の地位が逆転してあべこべの関係になっている事件であり,日本国憲法の裁判を受ける権利に照らして到底認められる手続きでは無い。

(5)民事保全法各条項における保全の必要性の要件

前記の通り民事保全手続きは、本案訴訟を前提として、本案勝訴判決を得ても強制執行をすることができない恐れがある時に、これを予防するための保全措置として例外的に発令されるものである。この命令は、厳格な証拠調べを経て、相互に攻撃防御方法を尽くした主張立証に基づいて発令されるものではなく、国民の裁判を受ける権利保障に照らせば、これは必要最小限度の保全措置に留めるべきことが当然に必要である。

この観点で、民事保全法各条項の「保全の必要性」要件の規定方法を見れば、それぞれの手続きにおける要件と制度趣旨が明確となるものである。

民事保全手続きの総則規定は、民事保全法13条である。保全命令の申立ては、「その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして」行うべきことが規定されている。

民事保全法第13条(申立て及び疎明)

1項 保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。

2項 保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

仮差押え手続きにおける、保全の必要性は、「強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるとき」に発令できると規定されている。金銭の支払いを命ずる債務名義を実現するためには、財産的な満足を得ることが必要であるから、訴訟提起から勝訴判決を得て強制執行をするまでの時間の経過により、債務者の責任財産が流出し判決取得後の強制執行に支障を生じる恐れがある時に、予め差し押さえ命令の申立てができることになる。

民事保全法第20条1項 仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。

次に、占有移転禁止仮処分や処分禁止仮処分などについては、「その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるとき」発令できると規定されている。これは占有移転や権利移転などの「現状変更」を阻止するための保全命令、まさに保全のための措置である。

民事保全法第23条(仮処分命令の必要性等)

1項 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。

2項 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

そして、明け渡し断行も含む「仮の地位を定める仮処分」においては、仮差押えのような責任財産の保全や、占有移転禁止仮処分のような現状変更の禁止だけに留まらず、占有の移転や給与の仮払いなど、現在の権利・事実状態の変更をも為し得る(仮の法的地位を定める)保全命令であり、濫用の恐れがあるために、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」という厳格な要件を定めて、国民の裁判を受ける権利を保護するために必要な時に限って、発令を認めているのである。23条2項の「著しい損害」、「急迫の危険」という要件はこれらの事情を直截に規定しているものである。この手続きの濫用を防ぐためには、建物明け渡し断行仮処分を求める債権者は、民事保全法に規定された他の手段、「占有移転禁止仮処分」を得るだけでは裁判を受ける権利を実質的に実現することができないことを詳細に主張し疎明することが必要である。債権者が占有移転禁止仮処分を得て、債務者がこの仮処分の執行を受け、仮処分命令に従っているのに、更に重ねて、現実の明渡しという現状変更まで必要な事情とはどのようなものなのか、その特殊事情の主張と疎明が必要なのである。

これらの、民事保全法20条1項(仮差押え)、23条1項(係争物に関する仮処分命令)、23条2項(地位を定める仮処分)は、それぞれ問題となっている被保全権利の状況に応じて、それぞれの保全の必要性の要件の定め方が異なっているが、いずれも、国民の裁判を受ける権利を保護するための、必要最小限度の保全措置を認めるという趣旨で定められていることに変わりはない。これらの規定は、裁判を実質的に遂行させるための規定であり、決して裁判手続きを省略することを認めた条文ではないのである。

(6)仮の地位を定める仮処分の法体系全体における位置づけ

法治国家である日本の国民の裁判を受ける権利(憲法32条)と適正手続き保障(憲法31条)を認めていないかのように誤解されやすい仮地位仮処分に基づく建物明け渡し断行仮処分(および執行)が可能となる基準は,法体系全体の中の位置づけを考えれば一目瞭然に理解することができる。それは,まさに裁判を受ける権利が侵害されようとしている急迫・緊急事態において,法が認めた特別の例外措置ということである。

すなわち,例外の又例外を認めることになるので,急迫・緊急事態にしか断行の仮処分は認められないのである。ここから要件を吟味する必要がある。

具体的な条文を列挙する。これは各法令を「急迫」という単語で検索すれば簡単に調べることができる。

民法722条(正当防衛及び緊急避難)

1項 他人の不法行為に対し,自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため,やむを得ず加害行為をした者は,損害賠償の責任を負わない。ただし,被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。

2項 前項の規定は,他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

刑法36条(正当防衛)

1項 急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為は,罰しない。

2項 防衛の程度を超えた行為は,情状により,その刑を減軽し,又は免除することができる。

民事訴訟法234条(証拠保全) 裁判所は,あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは,申立てにより,この章の規定に従い,証拠調べをすることができる。

同235条(管轄裁判所等)

1項 訴えの提起後における証拠保全の申立ては,その証拠を使用すべき審級の裁判所にしなければならない。ただし,最初の口頭弁論の期日が指定され,又は事件が弁論準備手続若しくは書面による準備手続に付された後口頭弁論の終結に至るまでの間は,受訴裁判所にしなければならない。

2項 訴えの提起前における証拠保全の申立ては,尋問を受けるべき者若しくは文書を所持する者の居所又は検証物の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にしなければならない。

3項 急迫の事情がある場合には,訴えの提起後であっても,前項の地方裁判所又は簡易裁判所に証拠保全の申立てをすることができる。

刑事訴訟法213条 現行犯人は,何人でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。

同214条 検察官,検察事務官及び司法警察職員以外の者は,現行犯人を逮捕したときは,直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。

民事保全法23条2項 仮の地位を定める仮処分命令は,争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

民法722条1項の正当防衛,刑法36条1項の正当防衛,民事訴訟法235条3項の訴え提起後の証拠保全,刑事訴訟法213条の私人逮捕,民事保全法23条2項仮地位仮処分の規定は,いずれも正式裁判の口頭弁論手続きを経て法律関係を確定させていく法の原則からすると必要の無い余計な手続きの様にも思われるが,いずれも,急迫の緊急事態に直面した者の「裁判を受ける権利」を実質的に保障するためには必要不可欠な例外措置である。

刑法および民法の正当防衛は,法益がまさに侵害されようとしている時に,原則通りの手続きを要求していたのでは,却って取り返しの付かない損害を受けてしまう者が居る場合に,自力救済禁止の例外として事件の現場で必要最小限度の損害回避措置を認めるというものである。

民事訴訟法235条3項の訴え提起後の証拠保全手続きも,訴え提起後は受訴裁判所が管轄になるという原則を逸脱し,尋問を受けるべき者もしくは文書を所持する者の居所または検証物の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所に証拠保全の申立てをすることができると規定している。

これは,特定の証拠調べを一時的に受訴裁判所とは別の裁判所に委ねるものであり,当事者の単一裁判所で首尾一貫した裁判を受ける権利を侵害しているとも批判されかねない大胆な規定であるが,正当防衛類似状況があると考えれば「法の趣旨」を瞬時に理解することができる。

本来であれば,訴訟提起後の証拠調べは当事者の攻撃防御方法の宛先を明確化するために受訴裁判所が集中して審理すべき事項であるが,この大原則を曲げても,証拠保全すべき緊急の事情がある場合は,裁判所が機動的に口頭弁論を分離して証拠を保全し,正しい裁判結果を担保しようとする趣旨のものである。

刑事訴訟法213条の私人逮捕も,何の権限も与えられていない一般市民(老人でも,子供でも,刑罰法規の知識を何も知らない者ですら)が他人を逮捕できるとするもので,憲法31条の適正手続保障に違反するような,一見極めて乱暴な規定に見えるかも知れないが,それは,まさに犯罪行為が行われた時(構成要件該当行為の実行の着手時)に,重大な法益侵害が行われようとしている究極の緊急事態に,現行犯人を現認した場合には,犯人に逃亡されて裁判を受ける機会が失われてしまっては,却って犯罪事実を明らかにして加害者に償いをさせる機会も失われてしまうことになるので,被害者にも加害者にも正式裁判を受ける権利を実質化するために,何人であってもそれを見咎めた者は犯人を逮捕できると規定しているのである。これは,憲法31条の適正手続保障を否定するものではなく,むしろ実質化するものである。

そして,民事保全法23条2項の仮地位仮処分であるが,これも,例外的に財産の仮差押処分や占有移転禁止仮処分や処分禁止仮処分手続きが整備されているところに,更に加えて,給与の仮払いを命じたり,社員の地位を仮に定めたり,新株発行を差し止めたり,書籍の販売を差し止めたり,建物の明渡しを命じたり,仮処分命令の内容も手段を問わず裁判所が必要な措置を発令し,執行官による保全執行もできるとされているのである。時には巨大な原子力発電所の稼働を差し止めする仮処分すら発令することもできるのである。全て、保全措置を執らないことによる「回復不可能な手遅れの事態発生」を回避するための緊急措置である。

これらの各法令に規定された例外的な措置は,正式裁判を受ける権利を放棄するものではなく,むしろ裁判を受ける権利を実質化するための緊急措置であるとすると,全ての規定の制度趣旨と適用の可否が瞬時に理解することができるものである。

本件の断行仮処分命令申し立て事件を,一度も建物の占有を取得したことの無い再開発組合が申し立てしていることが,手続きの入り口から法の適用を誤った暴挙であることが明白である。民事保全の原理,体系を無視したものであり法の支配の原理から許されない主張である。

(7)民事保全法23条2項保全の必要性の2項目はひとつの同じ事態を示していること。

民事保全法23条2項「仮の地位を定める仮処分命令は,争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。」と規定しており,「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険」と規定しているため,文理解釈により,前者「債権者に生ずる著しい損害」でも,後者「急迫の危険」でも,どちらか一方を満たせば保全の必要性が認められると誤解されやすいものであるが,前記の通り,本邦の法体系全体から俯瞰して見れば,これは,ひとつの同じことから派生して要件を例示しているに過ぎないことが分かる。

それは,裁判を受ける権利を実質化するために,どうしても自力救済禁止の例外となるような措置が必要な緊急事態に至っているかどうかということである。

民事事件であれば,裁判所に訴訟を提起し勝訴判決を得て強制執行して権利を実現できるし,刑事事件であれば,法益侵害のおそれがある場合は110番通報をして警察官の到着を待ち現行犯逮捕もしくは令状逮捕をしてもらい,捜査の結果得られた証拠に基づいて刑事裁判を経て法的な償いを得ることになるが,これらの正規手続きを経ていては「取り返しのつかないことになってしまう特別事情」がある場合には,むしろ裁判を受ける権利を実質化するために,例外的な措置として,正当防衛や緊急避難や私人逮捕の規定が設けられているのである。

従って,仮地位仮処分事件については,自力救済禁止原則に固執していると,却って取り返しのつかない事態に立ち至ってしまうかどうかという基準で考えれば足りることになる。取り返しの付かない破局的事態を予防するために,仮の地位を定める仮処分命令を発令することができると規定されているのである。被用者の給与仮払いも,暴力団事務所の使用禁止仮処分も,すべてこの基準で発令されている。そのことを,民事保全法23条2項は,「債権者に生ずる著しい損害」と「急迫の危険」という法文で定めているのである。この二つの要件は,同じひとつのものを説明しているに過ぎないものである。

(8)都市再開発法87条2項(権利変換処分)と同96条1項(明渡請求権)の規定,民事保全法23条2項(仮の地位を定める仮処分)は,すべて合憲限定解釈されることが必要である。

債権者が本件断行仮処分の被保全権利としている権利変換処分に基づく明け渡し請求権や,この請求権を被保全権利として,裁判手続きを経ないで仮の地位として明け渡しの執行を求める断行仮処分の申し立てをしていることについては,全て日本国憲法の各条項に違反しないように合憲限定解釈することが当然に必要である。

通常の民法や区分所有法に基づく建て替え手続きに加えて,昭和44年6月3日に都市再開発法が公布され,また,これが逐次改正され,権利変換処分や明け渡し請求権の手続きが整備されてきたが,これによって,日本国民の私権の取り扱いが多少の変容を受けたとしても,本邦における私権保障の根本は一切変わっていない。それは,法律をいくら改正しても,憲法を改正することは出来ないからである。

憲法29条1項の私有財産制保障の制度趣旨は,日本国民が生まれてから死亡するまで,汗水たらして働いて取得した財産は誰にも理由なく奪うことはできないということである。私有財産には,不動産も金銭も動産も含まれるが,要するに,人が毎日生活し,仕事をして,そして子孫に残していく生活の基盤は誰にも奪うことはできないということである。それは,有史以来,幾多の戦争や革命などの多大な犠牲を伴う混乱を経て我々が獲得してきた自然法に由来する普遍の根本規範であり憲法13条幸福追求権の前提となる重大な権利である。

また,判例が確立している通り,個別財産の強制収用の場合には完全補償が必要であり,収用手続きにおいて「収用の前後を通じて財産的損害を与えないような補償」が求められていることに鑑みれば,再開発手続きにおいても,「再開発の前後を通じて権利者に財産的損害を与えないような補償」が必要ということになるのである。これは,いわゆる用対連基準に適合する計算がされているというような形式的なことではなく,権利者の生活が変わりなく続いていけるかどうか,という実質的・憲法的視点が必要である。

都市再開発法87条2項(権利変換処分)と同96条1項(明渡請求権)は,店舗を運営する従前借家人の店舗が存続できなくなるような手続きであれば,憲法29条1項に違反することになってしまい,法令違憲を免れないことになってしまうのであり,店舗事業者である借家人の営業の存続が可能となるような借家人補償が整備された手続きとして憲法29条1項に適合するように解釈適用されることが必要である。

また,民事保全法23条2項(仮の地位を定める仮処分)も,憲法32条の裁判を受ける権利(法の支配の根底をなす自力救済禁止の大原則遵守,今なお繰り返される欧米の暴動を想起すれば明らかである。)を放棄するような形で適用されたならば,これは法令違憲の規定ということになってしまうのであるから,憲法32条の趣旨に適合するように合憲限定解釈されることが必要である。それは,前記の通り,急迫不正の侵害を避けるための正当防衛に匹敵するような事情が存在する場合に限って適用できると解釈することに他ならないのである。

(9)債権者が主張している損害は自ら招いているものであり(いわゆる自招危難)他人に法的要求ができるような損害とは言えないし,そもそも起算点が誤っていること。

刑法36条正当防衛の適用の可否が問題となった事件で再三議論されてきたとおり,積極的加害意思を持ち,挑発行為を伴うなどの防衛行為性が疑われるような自招防衛とされる行為は,違法性が阻却されないとする判例が確立している(最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁ほか)。

債権者は,債務者に対して,〇〇という虚偽説明,不当要求を繰り返してきているのであり,債務者に対して店舗の存続に著しい懸念を生ぜしめる行為を行い続けてきたのである。また,移転に伴う通常損失補償についても,現実に移転するのに全く不足する,〇〇円,〇〇円,〇〇円,〇〇円と場当たり的に提示しており,応じなければ増額を見直すなどと提示額を自由勝手に上下させ,これが最後などと威嚇し,債権者の行為が現在の債務者の態度に追い込んでいる状態であることは明白である。これが,適正公平に職務執行を行わなければならないはずの本再開発組合が行う対応なのである。

債権者は,保全の必要性があると主張するのであれば,まず度重なる借家権者を蔑ろにした虚偽説明を謝罪し,再開発についての借家人の地位について全借家人に説明義務を果たした上で,再入居賃料の定め方について法的に正しい説明を行い,「適正な借家権面積」,「従来同様の客寄せができる借家権配置」,「2度の内装工事と,4年以上の建て替え期間に同様の客寄せができる店舗との賃料差額を含む通損補償提示」につき,説明を尽くし,その上で,債務者には店舗の存続に何ら支障はないという条件を提示し説明を尽くすのでなければ,自招防衛同様の謗りを免れないものである。債権者が今までに債務者に対し説明したのは,金額の提示,撤回,増額,面積縮小,拡大など,計算上のことのみ5,6回,時間にして数時間だけであり,それも権利変換前のここ1,2年である。勉強会,準備組合設立から十数年以上の間,情報も書面も一切渡さず,放置,除外,締め出しているのである。この違法手続は,重大であり,故意過失に基づくものであるから,権利変換手続は無効である。被保全権利も生じていない。

債権者が損害発生の起算点を主張するのであれば,自ら勝手に作成したスケジュールに遅れているなどと根拠不明な主張を繰り返すのではなく,前記の全ての条件を満たした後に,それでも,債務者が合理的理由なく明け渡しを拒んでいることを十分に疎明できた場合に,損害発生の起算点を主張することができるものである。本件再開発事業では,これらの条件を一切満たしていないのであるから,損害発生の起算点も到来しているとは言えず,債権者の損害発生の主張は失当である。保全の必要性は存在しない。

例えば,土地建物の不動産売買で,代金(例え100億円でも)を支払ったが(登記済み),期限が来ても正当な理由なく引き渡しを拒否している売主に対し,買主は断行の仮処分で明渡しを請求することはできないのである。売主の裁判を受ける権利がある以上,自力救済は許されないのである。買主は直ちに本訴を起こし,仮執行宣言を得て強制執行すれば良いのである。この例で買主が占有を取得できていないならば、それは引き渡しなく100億を支払った買主の責任であり,断行の仮処分は利用できない。売主による占有侵害(同等の行為)がない以上,許されない。売買契約で断行仮処分が認められるとすれば,売買代金の支払いと物件の引き渡しも全て完了した後に,理由なく売主が買い主の占有を強暴に侵奪し建物の取り壊しをしようとしているような例外的事情に限られるものである。

(10)建物の取り壊しを目的とする断行仮処分は万一過誤のあった場合に取り返しの付かない結果を招来する、「死刑の冤罪」と同様の問題を孕んでいる。

本件断行仮処分は、再開発組合が施設建築物の建て替え工事を施工することを企図して申し立てされたものであり、再開発組合は、本件断行仮処分の認容決定を得た場合はただちに仮処分の執行を得て本件建物の占有を取得して、建物を取り壊して、敷地を更地にして事業計画決定された施設建築物の建設工事を行う予定である。決して、本案訴訟の勝訴判決後の強制執行を確実に遂行するための保全措置として企図されているものではない。

このような形態の断行仮処分は、債務者の裁判を受ける権利を没却する問題があるが、それに加えて、万一過誤があった場合に、債務者の占有を現状に復せしめることができなくなってしまうという重大な問題がある。後日過誤が判明して、裁判所が仮処分の取り消しをしても、明け渡し断行後に建物が取り壊されてしまっていては、債務者に復帰せしめるべき建物自体が存在しなくなっているのである。数十年来営業してきた店舗は取り壊され、死刑執行を受けたのと同じように店舗が閉店しており、回復することは出来ないのである。いわば、「死刑の冤罪」問題と同じ不都合を内包している状態となっているのである。死刑執行後に冤罪が判明して立証されても、後の祭りということになる。どんなに反省しても冤罪被告の生命は戻ってこない。懲役刑服役後の冤罪確定であれば、服役期間の逸失利益などを国家賠償法に基づいて損害賠償請求して損害を回復する方途も残されていると言えるが、死刑執行後には損害賠償請求できる被告自体が亡くなってしまっており損害を回復することはできないのである。死刑判決にはこのような重大な性質があるために、裁判所は死刑判決を選択する場合には慎重にも慎重を重ねて審理している。

死刑求刑の無罪最高裁判決の例として、最高裁平成22年4月27日判決を引用する。 『しかしながら,第1審の事実認定に関する判断及びその事実認定を維持した原審の判断は,いずれも是認することができない。すなわち,刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(最高裁平成19年(あ)第398号同年10月16日第一小法廷決定・刑集61巻7号677頁参照),直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。ところが,本件において認定された間接事実は,以下のとおり,この点を満たすものとは認められず,第1審及び原審において十分な審理が尽くされたとはいい難い。』

この最高裁判決は、地裁判決と高裁判決における審理不尽を理由として死刑の高裁判決を破棄しているのである。正式裁判を地裁および高裁と経ていても審理不尽の危険があるのに、まして保全手続きで、このような店舗の死刑にも等しい処分を下すことができるはずもない。

本件のような、明け渡し断行仮処分、つまり満足的仮処分執行後に、建物が取り壊された場合は、被保全権利に関して事実状態の変更を生じているのであり、本案に関する審理において斟酌しなければならないことになる。最高裁昭和54年4月17日判決、および、昭和55年7月3日判決(判例時報985号77ページ)も同趣旨である。建物が滅失された場合は本案の明け渡し訴訟は、訴えの利益がないとして請求棄却下されることとなるので、仮処分債権者としては、目的物滅失までの満足的仮処分による履行状態を正当とする内容(損害賠償義務不存在確認など)の請求に変更する必要を生じることになる。

最高裁昭和54年4月17日建物明渡請求事件判決

『仮処分における被保全権利は、債務者において訴訟に関係なく任意にその義務を履行し、又はその存在が本案訴訟において終局的に確定され、これに基づく履行が完了して始めて法律上実現されたものというべきであり、いわゆる満足的仮処分の執行自体によつて被保全権利が実現されたと同様の状態が事実上達成されているとしても、それはあくまでもかりのものにすぎないのであるから、このかりの履行状態の実現は、本来、本案訴訟においてしんしやくされるべき筋合いのものではない。

しかしながら、仮処分執行後に生じた被保全権利の目的物の滅失等被保全権利に関して生じた事実状態の変動については、本案裁判所は、仮処分債権者においてその事実状態の変動を生じさせることが当該仮処分の必要性を根拠づけるものとなつており、実際上も仮処分執行に引き続いて仮処分債権者がその事実状態の変動を生じさせたものであるため、その変動が実質において当該仮処分執行の内容の一部をなすものとみられるなど、特別の事情がある場合を除いては、本案に関する審理においてこれをしんしやくしなければならないもの、と解するのが相当である。』
最高裁昭和55年7月3日建物収去土地明渡請求事件判決 『被保全権利についてその満足を受けるのと同一の状態の実現を得させる内容の仮処分の執行により仮の履行状態が作り出されたとしても、裁判所はこれを斟酌しないで本案の請求の当否を判断すべきであるが、仮の履行状態の継続中に生じた被保全権利の譲渡、目的物の滅失等被保全権利に関する右とは別個の新たな事態については、仮処分債権者においてその事態を生じさせることが当該仮処分の必要性を根拠づけるものとなつており、実際上も仮処分執行に引き続いて仮処分債権者がその事態を生じさせたものであるため、そのことが実質において当該仮処分の内容の一部をなすものとみられるなど、特別の事情のない限り、裁判所は本案の審理においてこれを斟酌しなければならないものと解するのが相当である(最高裁昭和五一年(オ)第九三七号同五四年四月一七日第三小法廷判決・民集三三巻三号三六六頁参照)。』

つまり、建物を取り壊すこと自体が被保全権利であるとして断行仮処分が申し立てられたような極めて例外的な事案を除いて、建物明け渡し断行仮処分の保全執行後に、債権者によって建物が取り壊された場合は、本案訴訟に影響せざるを得ないことになるのである。

このような仮処分によって本案訴訟が影響してしまうような本末転倒の事態を招いてしまうことは例外中の例外的な措置であると言う他ない。明け渡し請求権を保全するための、奪われた占有を回復するような通常の明け渡し断行仮処分と、本案訴訟を省略して、明け渡し請求の本案訴訟の判決が書けなくなってしまうような建物取り壊しを目的とする満足的断行仮処分は全く別の概念に属する手続きであると言わざるを得ない。建物の取り壊しを目的とする明け渡し断行仮処分は法制度全体に対する挑戦と言っても過言ではない間違った手続きである。

(11)債務者が裁判を受ける権利を放棄している事案ではないこと

債務者として論ずる必要も無いことではあるが、民事保全法23条2項の仮地位仮処分に際して、債務者が裁判所からの適式な保全審尋期日の呼出し状の受領を拒否し、具体的な反論も行っていない場合には、債務者自ら裁判を受ける権利を放棄していると考えることもできるので、先例を引用しつつ、この点を論ずる。

※千葉地裁平成8年6月10日決定

『第二 当裁判所の判断

一 被保全権利及び保全の高度の必要性について

本件の被保全権利及び仮の地位を定める仮処分に要求される保全の高度の必要性については、疎甲号各証により、疎明があるものと認める。

二 債務者審尋期日を指定しなかったことについて

1 次の(一)及び(二)の各事実は、当裁判所に顕著である。

(一) 債権者は、本件に先立ち、本件債務者、N興業株式会社ほか一名を債務者として別紙物件目録五記載の建物(以下「本件建物」という。)について処分禁止の仮処分及び占有移転禁止の仮処分を申し立て(当庁平成七年ョ第四八六号事件)、申立てのとおり仮処分決定がなされた。右決定正本はN興業株式会社には送達されたが、債務者に対しては、平成七年一二月二五日以降数度にわたり特別送達及び執行官送達が試みられたものの、いずれも不在のため不奏効に終わった。しかし、債務者の外国人登録上の住所は「千葉県木更津市○○○」とされているところ、これが変更された形跡は窺われないし、右仮処分決定正本の送達のため訪れた執行官に対し、送達場所である右住所地の建物の階下にあるN興業株式会社の従業員が、「債務者は海外旅行中である」あるいは「東京の別宅に出向いている」旨の陳述をし、債務者が右住所地に居住していることを否定していない(なお、債務者は、N興業株式会社の役員には就任していないが、右会社を含む「N興業グループ」の代表取締役である旨を表示した名刺を使用している。)ことなどから、平成八年四月一日、民事保全法第七条、民事訴訟法第一七二条により、書留郵便に付する送達が行われた。

(二) また、債権者は、右仮処分命令の申し立てと同時に、本件債務者を債務者として本件と同趣旨の処分(代替執行費用支払いを除く。)を内容とする建物収去土地明渡仮処分命令を申し立てた(当庁平成七年ョ第四八五号事件)。右事件については、当事者双方の審尋期日が平成八年一月一八日午後一時三〇分と定められたものの、債務者に対する審尋期日の呼出状、答弁書催告状、申立書副本及び疎明資料の写し等の送達が前記仮処分決定正本と同様の経過により不奏効に終わったため、期日変更、延期を余儀なくされ、同年三月一九日午後二時の審尋期日呼出状等の送達については、同月五日書留郵便に付する送達が行われた。そして、同月一九日の債務者不出頭の審尋期日において、債権者は本決定主文第二項第1項に当たる部分(いわゆる授権決定)の申立てを取り下げ、同月二八日本決定主文第一項に当たる部分につき仮処分決定がなされ、債務者に対する右決定正本の特別送達も不奏効に終わったため、右決定正本についても、同年四月一八日書留郵便に付する送達が行われた(なお、右仮処分決定は執行に至らず、同年六月四日仮処分命令申立てが取り下げられた。)。

2 また、疎甲号各証によれば、債権者は、平成四年六月ころ以降、債務者との間で別紙物件目録一ないし四の土地明渡しの交渉を重ねてきたが、債務者は、任意の明渡しに応じないばかりか、平成七年一一月六日の話し合いの席では、書類を受け取らないことで時間稼ぎをする趣旨の発言をし、同月八日には、建設省関東地方建設局千葉国道工事事務所長が発した同月七日付け明渡催告書の受領を拒否していること、平成八年三月一二日には、債務者の代理人と称する内藤某が、債権者の担当者に対し、裁判には出席しないし裁判所からの書類は一切受け取らない旨公言していること等の各事実が認められる(〈証拠略〉)。

3 右の事実関係によると、債務者が、裁判所からの書類の受領を拒絶して手続の進行を遅延させる意図を有していることは明らかである。そして、前記1(二)のとおり、本件と同趣旨の処分(代替執行費用支払いを除く。)を内容とする仮処分命令申立ての審理に関し、債務者に審尋期日への出頭と防御の機会が十分に与えられたことを考慮すれば、本件申立ての内容について債務者が意見を述べる機会は既にあったものと認めるのが相当である。したがって、本件申立てについて債務者審尋期日を指定することはしない。

三 代替執行費用支払いについて

債権者は、平成八年六月五日付け申立書により、本件建物収去等の代替執行費用支払いの申立てをなしているところ、右費用支払いは本決定主文第一項及び第二項第1項所定の仮処分命令の申立ての目的を達するために必要な処分と認めることができる。そして、債権者提出の見積書等から右費用を算定するに、金三一六七万一四七〇円を認めるのが相当である。

四 結論

以上によれば、本件申立ては理由があるので、債権者に金二三〇〇万円の担保(千葉地方法務局平成八年度金第五七六号)を立てさせて、これを認容し、申立費用については民事保全法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。』

この事例では、債務者が処分禁止の仮処分及び占有移転禁止の仮処分の決定書の送達に際して債務者法人の従業員が「債務者は海外旅行中である」あるいは「東京の別宅に出向いている」旨の陳述をし、また、債権者担当者との協議において、書類を受け取らないことで時間稼ぎをする趣旨の発言をしたり、建設省関東地方建設局千葉国道工事事務所長が発した明渡催告書の受領を拒否したり、債務者の代理人と称する者が、債権者の担当者に対し、裁判には出席しないし裁判所からの書類は一切受け取らない旨公言していること等の各事実が認められ、「債務者が、裁判所からの書類の受領を拒絶して手続の進行を遅延させる意図を有していることは明らかである」という事実認定がなされた特殊な事案であった。

このように、債務者自ら、被保全権利の存否や、民事保全法上の保全の必要性の疎明について主張や反論などを一切放棄しているような事案においては、債務者自ら裁判を受ける権利を事実上放棄していると評価することもできるのであり、民事保全法23条4項「第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。」の例外に当たるものと解釈することができる。

この法規範および事情を本件について見てみると、債務者は都市再開発法の手続きにおいて具体的な瑕疵を主張し、断行仮処分の期日の呼出しにも誠実に応じ、詳細な主張書面を提出しているのだから、上記事案とは根本的に異なるものであり、裁判を受ける権利を放棄した事案とは認めることができず、この例外に当たるとして同条項を適用することはできない。

(12)民事保全法23条2項の必要性と公益事業の関係

債権者は,本件市街地再開発事業が公益性の高い再開発事業であるから,保全の必要性も満たしている,と主張している。

しかし,民事保全法23条2項の保全の必要性は,公益性の名の下に国民の裁判を受ける権利を全て奪うことを許容するような規定ではない。もしも公益事業であれば全て保全の必要性が認められるのであれば,公益事業については全て裁判を受ける権利が存在しないことを意味してしまう。本邦の三権分立を骨格とする統治機構では,その論理は採ることはできない。

公益事業であっても,それが,例えば地方自治体が施行者となるオリンピック競技場を建設するような「第二種市街地再開発事業」であるのか,地権者が主体となる「第一種市街地再開発事業」であるのか,また,本件のように,ほとんどの床面積(保留床は8割以上と考えられるが,通常の等価交換ならば,組合側の保留床は4割前後が通常である。錬金術を駆使し,無知の賃借人,地権者の利益を収奪して再開発の利益をすべて収奪する違法手続である。)を参加組合員が取得する金儲けとしてのデベロッパー主体の第一種市街地再開発事業であるのかによって,公益性の程度も異なる。

第二種市街地再開発事業であっても,国際万国博覧会,国際競技大会やオリンピック開催など,将来の具体的な期日を目標として競技場などの必要不可欠の施設を整備するために都市計画事業の施行が必要な場合と,都市の防災機能を高めるというような抽象的な目標実現のための事業とでは自ずと保全の必要性に向けた公益性の程度も異なる。

また,民間主導の第一種市街地再開発事業であっても,木造木密地区で消防車の進入もままならないような細い路地の地区を改修するのと,本件のような既に鉄筋コンクリート造建物が林立している駅前地区について,いわゆる昭和56年6月に施行された建築基準法の「新耐震基準」を満たすための再開発事業とでは再開発事業の緊急度が自ずと異なってくるものである。本件再開発事業の緊急度は相対的に低いものと言わざるを得ない。

本件再開発事業は,具体的に定められた将来の国民的な特定イベントの期日に向けた必要不可欠の建て替え事業とも言えないし,木造密集地帯の危険性を取り除くような緊急性も無いし,開発利益(容積率緩和された床面積)のほとんどを参加組合員が取得する民間営利事業の性質が強い再開発事業であるから,都市計画審議会の追認を経た都市計画事業であってもその一事を以って民事保全法23条2項の必要性を満たすとは言えない。

以上

関連事例集

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参照条文
民事保全法23条(仮処分命令の必要性等)

1 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。

2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。

4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。