自転車同士の事故における損害賠償の概要

民事・交通事故|任意保険の運用|自転車損害賠償保険等加入義務

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集

質問

先日,都内を自転車で走行中,後ろから来た別の自転車に衝突され,転倒しました。相手は無傷でしたが,私は転倒した際に顔を道路に強打し,片目が失明してしまいました。

衝突してきた自転車の運転手は,フードデリバリーサービスの配達員で,スマートフォンで地図を見ながら走行していたために,前方をよく見ていなかったようです。

今回の事故で生じた損害の賠償を請求したいのですが,どのように進めていけば良いでしょうか。

回答

1 スマートフォンを見ながら走行していた相手方には,前方不注視の過失が認められますので,相手方に対して,不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが可能です。

しかし,相手方に十分な資力がない場合も想定されます。

2 そこで,自動車事故と同様に,相手方加入の保険会社に損害賠償請求を行うことが考えられます。近年,各自治体で,自転車利用者に自転車損害賠償保険等への加入を義務化する動きがみられ,東京都でも,令和元年9月に「東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が改正され(施行は令和2年4月),自転車利用者,保護者,自転車使用事業者及び自転車貸付業者による自転車損害賠償保険等への加入の義務化(27条〜27条の4)が盛り込まれました。

罰則こそありませんが,確実に自転車利用者の損害賠償保険の加入率が上がっており,個人の資力不足の問題が解消され始めています。本件でも,相手方の保険加入の有無の確認が必要です。

また,相手方の業務時間中の事故ですから,相手方が個人事業主である等,会社との雇用関係がない場合を除き,所属する会社に対して使用者責任を追及することも考えられます。

3 各損害項目については,解説をご参照ください。本件では,失明による後遺障害が残存しておりますので,後遺障害等級の認定を受ける必要があります。等級の認定が付いた場合,治療費,休業損害,入通院慰謝料に加えて,将来の労働能力喪失を理由とする逸失利益の請求や,後遺障害の慰謝料を請求することが可能です。

4 本件事案に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第1 加害車両が自転車の場合における被害者の救済手段

1 自転車損害賠償保険等を通じた損害の填補

本件では,相手方の前方不注視が原因で事故が発生しておりますので,相手方に対して不法行為責任を追及できます(民法709条,710条)。

自動車の運転者は自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)への加入が義務付けられていますので,自賠責保険を通じて,立証の負担なく(運転者の過失や損害の額についての立証は必要ありません),最低限の賠償を受ける機会が保障されます。また,多くの場合は任意保険にも加入しているため,自賠責保険で賄い切れない損害について,任意保険会社を通じて填補を受けられるケースが多いでしょう。

他方で,自転車は自賠法の適用対象外ですから,自賠責保険による損害の填補を受けることが出来ません。そのため,相手方が個人賠償責任保険に加入していない場合は,相手方に直接損害賠償請求を行う必要があり,従来,資力との関係で,十分な補償を受けられない事例が散見されていました。この問題を解消するために,多くの自治体で自転車利用者らに自転車損害賠償保険等への加入を義務化する動きがみられ,各都道府県条例の制定,改正が行われました(一部自治体は努力義務)。東京都でも,令和元年9月に「東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が改正され(施行は令和2年4月),①自転車利用者,保護者,自転車使用事業者及び自転車貸付業者による自転車損害賠償保険等への加入の義務化(27条〜27条の4),②自転車小売業者による自転車購入者に対する自転車損害賠償保険等への加入の有無の確認,確認ができないときの自転車損害賠償保険等への加入に関する情報提供の努力義務化(27条の5第1項,2項),③事業者による自転車通勤をする従業者に対する自転車損害賠償保険等への加入の有無の確認,確認ができないときの自転車損害賠償保険等への加入に関する情報提供の努力義務化(27条の5第3項,4項),④自転車貸付業者による借受人に対する貸付自転車の利用に係る自転車損害賠償保険等の内容に関する情報提供の努力義務化(27条の5第5項),⑤学校等の設置者に対し,児童,生徒等への自転車損害賠償保険等に関する情報提供の努力義務化(28条2項)が盛り込まれました。

ここでいう「自転車損害賠償保険等」とは,自転車の利用によって生じた損害を填補するための保険又は共済をいいます(第2条9号)。必ずしも自転車保険という名称の保険に限られず,従来から存在していた個人賠償責任保険もこれに該当しますので,既に加入している場合は新たに自転車保険に加入するまでの必要はありません。また,現在のところ,加入義務違反に対する罰則は存在せず,事実上の強制力しかありませんが,従前よりも賠償責任保険への加入率は上がっており,加害車両が自転車の場合でも,相手方加入保険による損害の填補を受けられる場合が多くなってきました。

本件でも,相手方が賠償責任保険に加入している場合は,相手方加入保険を通じて賠償を受けることができます(具体的には、加害者に対して損害の請求をする際に、任意保険会社が加害者に代わって交渉することになります。加害者に請求すれば加害者の方で自分が加入している保険会社に連絡して、保険会社から、被害者に連絡が来て交渉が始まります)。

2 使用者責任

また,本件事故は相手方が注文品の配達中に起きているところ,相手方が会社の従業員である場合は,事業の執行について第三者(あなた)に損害を加えたものといえますから,使用者責任(民法715条)に基づき,使用者たる会社に損害賠償請求を行うことも可能です。これに対し,相手方が会社と直接的な雇用関係がなく,あくまでも個人事業主として業務を行なっていたような場合は,相手方本人に請求する他ありません。

一般的に,会社の方が個人よりも資金力がありますから,会社に請求できる場合は,会社に請求するのが合理的な選択です。相手方の雇用関係を確認するためにも,名刺をもらっておくと良いでしょう。

第2 損害項目について

1 概要

損害の金額を計算するには損害の項目ごとに計算することになりますが、この計算は自動車の交通事故との場合と同じです。損害の項目は,大きく分類すると,症状固定前の損害と症状固定後の損害に分けられます。

症状固定とは,一般的に「これ以上治療を継続しても症状の改善が望めない状態になったとき」をいうものとされます。症状が固定したときに,まだ症状が残っているということであれば,それは「後遺障害」と扱われます。

以下,各損害項目について概要を説明いたします。

2 症状固定前の損害

⑴ 財産的損害

ア 積極損害

治療費,付添費用,雑費,通院交通費等が挙げられます。領収書をしっかりと保管しておく必要がございます。

イ 消極損害

交通事故によって収入が減少した場合に,休業前の収入との差額が休業損害となります。事故前の収入を基礎として,受傷によって休業したことによる現実の収入減分について,賠償の対象となり得ます。直近の給与明細書,源泉徴収票が主要な証拠になるでしょう。

⑵ 精神的損害

入通院に伴って受けた精神的苦痛は入通院慰謝料として請求可能です。

入通院慰謝料の算定は,実務上,入通院期間を基礎として客観的に算定されます。

入通院慰謝料については,特に保険会社の算定基準と金額に差が出るところですので,保険会社との交渉時には特に問題になることが多いです。

3 症状固定後の損害

⑴ 財産的損害(消極損害)

ア 後遺障害等級の認定

症状固定後も症状が残存する場合には,主治医に後遺障害診断書の作成を依頼し,当該診断書等をもとに,後遺障害の内容に応じて,後遺障害別等級表(自賠法施行令の別表第1及び第2)のいずれかの等級の認定を申請します。所定の認定基準に適合していると判断されれば,損害保険料率機構という機関によって,等級が認定されることになります(あらゆる症状の全てについて等級の認定を受けられるわけではないことに注意を要します)。

損害保険料率機構は,後遺障害診断書の他,画像や診断経過などの一見資料を総合的に考慮し,基本的には書面審理により等級を決定しますので,後遺障害診断書の記載内容は非常に重要です。各等級の認定基準に沿った記載になっている必要があります。

<参考HP>国土交通省HP・後遺障害等級
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/jibai/payment_pop.html

本件で問題となっている眼の機能障害については,その程度に応じて,1級から13級まで認定の幅があり,片目の失明だけであれば,8級1号に該当することになります。

イ 逸失利益の請求

後遺症が残った場合,将来の労働能力が一部喪失したと捉えることができ,将来得られたはずの収入を逸失利益として請求可能です。

逸失利益の算定方法を計算式にすると,以下のようになります。

(計算式) 逸失利益=基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

基礎収入の算定は事故前の収入を基礎とします。ただし,現実の収入が賃金センサスを下回る場合,平均賃金額を得られる蓋然性があれば,賃金センサスによることが許されます。家事従事者の基礎収入は,休業損害と同様に賃金センサスを用います。

労働能力喪失率は,後遺障害別等級表にしたがって判定されます。

労働能力喪失期間は,症状固定日から67歳までとするのが通例です。67歳を超える者については,簡易生命表の平均余命の2分の1を喪失期間とします。

ライプニッツ係数は,労働能力喪失期間に応じて数値が決まっています。

⑵ 精神的損害

後遺障害が残ったことの精神的苦痛を填補するための後遺障害慰謝料も請求が可能です。裁判例の蓄積によって,等級ごとに後遺症慰謝料の金額の相場が存在するため,参考にして請求を行うことになります。保険会社が提示する金額は,経営上の理由から裁判基準よりも低い金額であることが多く,注意が必要です。弁護士に交渉を依頼することで,裁判基準での支払いを確保することが可能です。

第3 過失相殺について

最後に,交通事故の場合は,過失相殺が常に問題となります。自転車同士の事故の場合は,双方が交通ルールを遵守して走行している限りは,50対50となるのが一般的です。各自が相手の損害について半分負担するということになります。

これに対し,どちらかが交通ルールを遵守していなかったような場合は,過失割合に修正が加えられることになります。スマートフォンを見ながら走行して、後ろから追突するという前方不注視が交通ルールからの逸脱であることは明白ですから,あなたの走行に特段の問題がなかったのであれば,相手方からの過失相殺の主張は認められにくいと考えられます。その場合は100パーセント相手が損害を負担する責任があります。

第4 まとめ

あなたは,交通事故の被害者として,上で説明した各損害の賠償を求めることができますが,その前提として,相手方の保険加入の有無,雇用関係等の調査が不可欠です。また,相手方が保険に加入しておらず,かつ,個人事業主であったような場合は,相手方の資力によっては十分な回収が実現できないおそれもあります。

自分でできないような状況であれば専門家である弁護士の力を借りて,回収の実現可能性を探ると良いでしょう。

【参照条文】
●東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例●

(自転車利用者の自転車損害賠償保険等への加入等)

第二十七条 自転車利用者(未成年者を除く。以下この条において同じ。) は、自転車の利用によって生じた他人の生命又は身体の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入しなければならない。

2 自転車利用者は、自転車の利用によって生じた他人の財産の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入するよう努めなければならない。

3 前二項の規定は、自転車利用者以外の者により、当該利用に係る自転車損害賠償保険等への加入の措置が講じられているときは、適用しない。

(保護者の自転車損害賠償保険等への加入等)

第二十七条の二 保護者は、その監護する未成年者が自転車を利用するときは、自転車の利用によって生じた他人の生命又は身体の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入しなければならない。

2 保護者は、その監護する未成年者が自転車を利用するときは、自転車の利用によって生じた他人の財産の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入するよう努めなければならない。

3 前二項の規定は、保護者以外の者により、当該利用に係る自転車損害賠償保険等への加入の措置が講じられているときは、適用しない。

(自転車使用事業者の自転車損害賠償保険等への加入等)

第二十七条の三 自転車使用事業者は、その事業活動において自転車を利用するときは、自転車の利用によって生じた他人の生命又は身体の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入しなければならない。

2 自転車使用事業者は、その事業活動において自転車を利用するときは、自転車の利用によって生じた他人の財産の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入するよう努めなければならない。

3 前二項の規定は、自転車使用事業者以外の者により、当該利用に係る自転車損害賠償保険等への加入の措置が講じられているときは、適用しない。

(自転車貸付業者の自転車損害賠償保険等への加入等)

第二十七条の四 自転車貸付業者は、自転車を貸し付けるときは、自転車の利用によって生じた他人の生命又は身体の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入しなければならない。

2 自転車貸付業者は、自転車を貸し付けるときは、自転車の利用によって生じた他人の財産の損害を賠償することができるよう、自転車損害賠償保険等に加入するよう努めなければならない。

3 前二項の規定は、自転車貸付業者以外の者が当該自転車の利用に係る自転車損害賠償 保険等に加入しているときは、適用しない。

(自転車損害賠償保険等への加入の確認等)

第二十七条の五 自転車小売業者は、自転車を販売するときは、当該自転車を購入しようとする者(以下「自転車購入者」という。) に対し、当該自転車の利用に係る自転車損害賠償保険等の加入の有無を確認するよう努めなければならない。

2 自転車小売業者は、前項の規定による確認により、自転車購入者が自転車損害賠償保険等に加入していることを確認できないときは、当該自転車購入者に対し、自転車損害賠償保険等への加入に関する情報を提供するよう努めなければならない。

3 特定事業者は、その従業者のうちに、自転車を利用して通勤する従業者がいるときは、 当該従業者に対し、当該利用に係る自転車損害賠償保険等の加入の有無を確認するよう努めなければならない。

4 第二項の規定は、前項の特定事業者について準用する。この場合において、第二項中 「自転車小売業者」とあるのは「特定事業者」と、「自転車購入者」とあるのは「自転車 を利用して通勤する従業者」と読み替えるものとする。

5 自転車貸付業者は、その借受人に対し、当該自転車の利用に係る自転車損害賠償保険 等の内容に関する情報を提供するよう努めなければならない。

(自転車損害賠償保険等の普及等)

第二十八条 自転車損害賠償保険等を引き受ける保険者は、自転車損害賠償保険等の普及に努めなければならない。

2 学校等(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する小学校、中学

校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校、 同法第百二十四条に規定する専修学校並びに同法第百三十四条第一項に規定する各種学 校をいう。) の設置者は、自転車を利用する児童、生徒及び学生並びにその保護者に対し、 自転車損害賠償保険等に関する情報を提供するよう努めなければならない。

以上

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