ペアローンの場合の個人再生手続
民事|債務整理|民事再生の特則|小規模個人再生の申立て方法|ペアローン
目次
質問:
私は,個人で工務店をやっているのですが,負債が大分重なってしまったので,債務の整理を考えています。ただ,全額はどうしても払うことはできません。また,会社員の妻がいるのですが,家計を支えるために消費者金融から借金をしてしまい,金額が膨らんでいます。また私達夫婦は,10年前にいわゆるペアローンを組んで住宅を購入しました。不動産の持分はそれぞれ半分ずつです。抵当権は住宅ローンを組んだ際に,私は第1順位で,妻が第2順位で設定されています。幼い子どももいますので,何とか自宅だけは確保したいと思っています。個人再生という方法を使うと,家を守りながら債務を減らすことができるということを聞いたのですが,私ども夫婦のようなペアローンの場合であっても,個人再生の申立てをすることができるのでしょうか。
回答:
1、 夫婦両名同時に個人再生を申し立て,かつ,住宅にそれぞれ住宅資金特別条項を設けることによって,自宅に設定されている抵当権の実行を防ぐことは十分に可能と思われます。
ペアローンの場合,夫婦それぞれの債務に抵当権が住居の不動産に設定されています。一つの不動産に複数の抵当権がある場合には個人再生を申し立てても,他の抵当権の実行により住居が失われる可能性がありますので原則として住宅資金特別条項が付けられません。ただ,両名で一度に申立てを行い住宅資金特別条項をつけ,その後も住宅ローンの支払を継続するのであれば,両方の抵当権が実行されるおそれはありません。したがって,夫婦両名が上記のように申立てを行う場合には住宅資金特別条項を付けることができるとするのが裁判所の運用です。
2、 また,個人再生の申立てにおいては,(1)最低弁済額基準,(2)清算価値保障原則基準いずれかの高い方が,弁済の基準となります。最低弁済額は概ね,債務総額の2割程度で,弁済期間は3年から最大5年程度となります。
最低弁済額は,住宅ローン以外の債権(無意義債権)の総額に応じて法律上決まった金額です。清算価値とは,申立人が保有する資産の財産的価値のことを指し,不動産や財産(個人工務店としての資産)の価値の総額を金額として算定する必要があります。この点,清算価値が大きくなってしまうと弁済額が大きくなってしまうので,財産については正確な価値の把握(不動産であれば簡易査定など)に努める必要があります。工務店の個人の資産も清算価値に入る可能性がありますので,売掛金の金額・回収可能性,事業用資産の現在の価値を正確に把握することが重要となります。
個人再生の手続は,法律的に複雑な点も絡み難しい手続ですので,お困りの場合には弁護士に相談することをお勧めします。
3、 その他,個人再生に関する事例集としては1554番、1282番、835番、834番、833番、428番、155番参照。
4 その他個人再生に関する関連事例集参照。
解説:
第1 個人再生及びペアローンの場合の個人再生の可否
1 個人再生とは
(1)個人再生手続は,民事再生手続法の「小規模個人再生及び給与所得者等再生に関する特則」の適用を受ける再生手続です。借金が多すぎて返済ができないという場合の法的な手続には,債務者の全財産を換価してこれを債権者に配当する清算型手続と,債務者を再建するため弁済を猶予して、その収益等から債権者に対する弁済を図る再建型手続があります。民事再生手続は,このうち後者の再建型の手続で、個人は、民事再生法の定める個人再生手続を利用することもできます。
個人再生を利用する場合の最大のメリットは,自己が所有している住宅ローン付の住宅の保持できる可能性があることです。破産手続の場合には,破産者が有している資産を全て換価して債権者に配当をする必要があるのですが,個人再生の場合,住宅ローン債務につき住宅資金特別条項を付け,他の債務とは別に支払うことが可能です。これにより,住宅ローンをそのまま支払って住宅を保持し,かつ,他の債務については圧縮することができるのです。
(2)個人再生には,小規模個人再生と給与所得者等再生の2種類があります。
小規模個人再生は,将来継続的に収入を得る見込みのある個人債務者で,無担保債権(住宅ローン債権は抵当権が付いているので除外)の総額が5000万円を超えない者を対象として,その収入を弁済原資とし,再生債権を原則3年(最大で5年まで伸長可)で分割弁済することを内容とする再生計画案を作成し,再生債権者の決議及び裁判所の認可を経て,これを履行することで残債務を免除することを内容とする手続です。
住宅ローン債務については,別途住宅資金特別条項を設け支払を継続することとなります。
また,給与所得者等再生は,小規模個人再生の対象者のうち,サラリーマンなど将来の収入を確実かつ容易に把握できるものを対象とする手続です。再生債務者の収入や家族構成等を基礎にその再生債務者の可処分所得を算出し,その2年分以上の額を弁済原資に充てることを条件として,再生計画の成立に通常必要とされる再生債権者の決議を省略するというところで,小規模個人再生手続とは異なります。
給与所得者再生は債権者の同意がない点で有利ですが,給与またはこれに類する定期的な収入があること,可処分所得の金額次第では弁済額が大きくなってしまうこと,債権者の同意の点については不同意が議決権者総数の半数に満たず,議決権の額が議決権の総額の2分の1を超えないという消極的同意であり,消費者金融などの場合には積極的に不同意の意見を述べるケースは極めて稀であることから,個人再生の大多数は,小規模個人再生が選択されています。
本件も,工務店の経営ということで定期的な収入という要件なども考慮し,問題がある債権者がいなければ小規模個人再生を主軸として進めていくことになるでしょう。本稿においても,以後小規模個人再生を念頭に説明します。
2 個人再生の場合の弁済額
(1)最低弁済額基準
次に個人再生においてどの程度の金額を弁済していくのかという点について検討していきます。小規模個人再生においては,再生計画案(今後の弁済予定の内容を示したもの)を裁判所に提出してその認可を受けた後,各債権者に圧縮された金額を所定の回数(原則3年,やむを得ない事由がある場合には5年まで)支払うこととなります。
そして,再生計画においては最低弁済基準額というものが定められており,無異議債権(住宅資金特別条項付の債権を除いた,債権の総額と考えていただければと思います)の総額(基準債権総額)によって,以下のとおり定められています。なお,無異議債権総額が5000万円以上の場合には,個人再生手続を利用することはできません。
ア 基準債権総額が100万円未満のとき 基準債権の総額
イ 100万円以上500万円未満のとき 100万円
ウ 500万円以上1500万円以下のとき 基準債権総額の2割相当額
エ 1500万円を超えるとき 300万円
例えば,住宅ローンを除いた債権者の債権総額が1200万円の場合には,その2割である240万円が最低弁済額となります。そして,最低弁済額240万円について3年払いであれば月6万6666円程度の支払,支払が厳しいような場合にはやむを得ない事由を説明して5年払,月4万円程度の支払を毎月行っていくことになります。
(2)清算価値保障原則
個人再生の弁済額の基準のもう一つは,清算価値補償原則になります。清算価値とは,債務者について破産手続が選択された場合,債権者に分配される総額をいいます。再生計画に定める弁済総額は,この清算価値を下回ってはならないことになっています(民事再生法230条2項,174条2項4号,241条2項2号)。債権者の債権を減額して、債務者の再生を図る手続きですから、破産の場合と比較して、債権者への返済額が多いという場合に限って再生手続きが行われることは当然といえます。
すなわち,申立人において有する資産を換価した場合,上記の最低弁済額を超えているような場合には,その金額が再生計画案のベースになります。上の例でいえば,債権総額1200万,最低弁済額が240万円であっても,保有資産の換価した場合の総額がこれを超える場合,例えば不動産を売却した場合300万以上の余剰が出る見込みがある場合などには,300万円が弁済額の基準となります。
したがって,不動産の価値がローンの金額を大幅に超えているような場合や,他に高価値の財産を有しているような場合には,弁済総額が大きくなることに注意が必要です。そのような場合は、不動産の売却処分と破産手続きを検討したほうが妥当な結論になります。どうしても今の家に住みたいという場合は、任意売却の買主を知人や親類に依頼し、買主から賃借したり、後日、資金ができた時点で買い戻すという方法を検討することもできます。なお,個人再生における財産評価の基準については,破産手続における場合と同様となっています。
3 個人再生の標準的なスケジュール
次に,個人再生手続きの標準的スケジュールについてみていきます。
ア 個人再生の申立て(申立てまで通常数か月かかります)
まず,各債権者に受任通知を送り,正確な債権者・債権額を把握し,債権者一覧表を作成します。
必要な資産調査なども行った上で,清算価値の検討,また,大よその最低弁済額を算出します。住宅ローンについてそのまま支払を継続して住宅を保持したい場合には,申立の時点において住宅ローン債権について住宅資金特別条項を設ける予定である旨明記しておく必要があります。
準備が整い次第,小規模個人再生の申立てを行うことになります。債権調査・資産調査の関係で,申立まではある程度の時間がかかるのが通常です。
イ 個人再生委員の選任・面談 ~ 直ちに
個人再生の申立てを行った後,当該小規模個人再生事件を監督する個人再生委員弁護士が別途選任されます。個人再生委員は,申立書の内容をチェックした上で,不足する資料があれば改めて提出,報告を求めます。その上で,個人再生手続自体に直ちに棄却すべき事由がない場合には,個人再生手続の開始が相当である旨の意見を述べることになります。
なお,上記申立書には,予定される弁済額についても記載しておく必要があり,個人再生委員選任後,再生計画認可決定まで毎月予定の弁済額を個人再生委員に収めることとなっています。履行可能性テストというもので,個人再生が実際に可能であるかを確認するものです。積立額はおよそ6ヶ月程度となります。
ウ 個人再生手続開始決定 ~ 4週間
エ 再生債務者の債権認否一覧表,報告書の提出 ~ 10週間
再生手続が開始された後は,個人再生に至った事情や債務者の財産に関する経過及び現状に関する報告書(民事再生法125条1項)を提出します。また,開始決定に伴い,債権者から具体的な債権額について改めて連絡がありますので,金額についての認否を行う債権認否一覧表を提出することとなります。
オ 再生計画案提出 ~ 18週間
個人再生において最も重要なのが,再生計画案です。上記のとおり申立て時に大よその弁済額については決まっているところですが,債権認否などによって状況が変わることもありますし,弁済期間を3年から5年に伸ばす必要がある場合もあります。これらの点を考慮して,具体的な再生計画案を立てていくこととなります。なお,再生計画案の提出期限は法定期限なので,期限内に提出がない場合には手続が廃止されることとなりますので,注意が必要です。
カ 書面による決議に付する旨又は意見を聞く旨の決定 ~ 20週間
再生計画案が提出された後は,各債権者に対して書面にてその適否についての判断を委ねることになります。ただ,上に述べたように,積極的に不同意にする意見を述べる業者は多くなく,多くの場合には再生計画が認可されることが通常と思われます。
キ 再生計画の認可・不認可決定 ~ 25週間
再生計画案について過半数が同意(消極的同意)した場合には,再生計画案が認可され,計画案にしたがった弁済額の弁済がスタートすることになります。
第2 ペアローンの場合の個人再生
1 ペアローン場合の住宅資金特別条項の可否
(1)以上,個人再生手続きの概要についてみてきました。ここで,本件特有の問題となるのが,ペアローンの場合に,住宅を確保しながらの個人再生の申立てが可能であるかという点になりますので,検討していきます。
ペアローンとは,夫婦や親子が,共有する住宅の持分に従い,互いに住宅ローンを組み,共有不動産の全体にそれぞれを債務者とする抵当権を設定するローンのことをいいます。
ここでの問題点は,当該住宅の共有持ち分には,夫の抵当権と,妻の抵当権がそれぞれ設定されている点です。
民事再生法198条1項によれば,「住宅資金貸付債権(民法第五百条 の規定により住宅資金貸付債権を有する者に代位した再生債権者が当該代位により有するものを除く。)については、再生計画において、住宅資金特別条項を定めることができる。ただし、住宅の上に第五十三条第一項に規定する担保権(第百九十六条第三号に規定する抵当権を除く。)が存するとき、又は住宅以外の不動産にも同号に規定する抵当権が設定されている場合において当該不動産の上に第五十三条第一項に規定する担保権で当該抵当権に後れるものが存するときは、この限りでない。」となっています。
すなわち,住宅資金特別条項を定めたい住宅において,自身の抵当権以外に別の担保権(抵当権)が付いているような場合には,住宅資金特別条項を設けることができないということになるのです。その趣旨としては,このような担保権が存在する場合には,仮に住宅資金特別条項を定めたとしても,担保権が実行されれば(再生手続とは別に行使が可能です)住宅を失ってしまい,住宅の確保という住宅資金特別条項の趣旨が失われてしまうからです。
(2)ペアローンの場合、民事再生法198条1項を形式的に適用すれば住宅資金特別条項は適用できないことになります。しかし,前項記載の条文の趣旨からすれば,当該抵当権が実行される恐れがないような場合には,住宅資金特別条項を定めたとしても住宅の確保という趣旨は害されないことになります。
すなわち,ペアローンの場合には,夫婦両方で個人再生手続きの開始の申立てをして,かつ,住宅資金特別条項の利用を求めるのであれば,実質的にみて申立ての中で一つの住宅資金貸付債権として扱うのと同じことになり,夫婦両名で手続を進めるので,双方の再生計画案の認可により,各自の住宅資金特別条項の効力によって,担保権の実行がされる可能性はなくなります。
そこで,東京地方裁判所の運用では,夫婦ペアローンの場合には,両名が一度に個人再生の申立てを行った場合に,それぞれ住宅資金特別条項の利用を認めることとされています(東京地方裁判所以外の裁判所の運用に関しては確認できていませんが、同様の運用が可能と考えられます)。
以上より,夫婦両名で個人再生の申立てを行い,共有の住宅について住宅資金特別条項を定めることによって,住宅ローンをそのまま支払いながら,債務の圧縮を図ることができます。
2 本件における申立ての準備について
(1)受任通知,債権調査
以上を前提に,本件について個人再生の準備を進めていくこととなります。弁護士に個人再生を依頼すると、弁護士は、第一に債権者に対して、個人再生手続きを依頼した旨の受任通知を発送します。その時点で債権者からの督促は、債務者本人に対してはなくなります。夫婦両名での個人再生の申立てを行うことになるので,まず各債権者に夫婦両名が債務整理予定であることを通知し,債権調査を行うこととなります。
各債権者からは,その時点での債権額が確認されることとなりますので,概ねの最低弁済額を算定することが可能です。
注意が必要なのは,住宅ローン債権者には個人再生申立て予定であり,住宅資金特別条項を利用してローン支払いは継続予定である旨しっかりと伝えておくことになります。
(2)資産調査
さらに,清算価値補償原則との関係で,資産調査が重要になります。上述のとおり,資産の価値が最低弁済額を超える場合には,その金額が支払のベースになるためです。
まず,もっとも大きな資産である不動産については,複数社の簡易査定を取り,現在の資産価値を把握することが重要です。仮にオーバーローン(残ローン額が現在の不動産の価格を上回っている場合)の場合には,不動産の資産価値なしということになります。
また,相談者様は個人事業で工務店をやっているということですので,事業で保有している財産,売掛債権などが資産として計上される可能性があります。確定申告書などの業務書類に加え,現在保有している財産について確認の上,申立時に詳細に報告を行うことが必要と思われます。
(3)結論
以上の債権調査,資産調査を踏まえた上で,概ねの再生計画案を策定した上で,夫婦両名の個人再生を一度に申立てることとなります。個人再生の申立てについては,複雑な点もありますので,お困りの場合には一度弁護士に相談することをお勧めいたします。
以上